【指令を無視して作戦を台無しにした責任は重い。現場指揮官からも、鉄拳行為の報告が来ている、扱いきれないとな。配属先にもリコリスとリリベルが一人ずついる。生意気だが優秀な奴らだ。得られる物もあるだろう】
「草」
先ほど司令に言われた言葉を思い出し、少年――井ノ上たいがは鼻で笑った。
その行動を見て、姉――たきなは首を傾げる。
「たいが、どうしたの?」
「んにゃ、別に。ちょっと上層部って馬鹿だなって思っただけ」
少年の歳はたきなより一つ下くらいだろうか。
整った黒髪に紫の童顔の瞳をしていて、一目見れば女子だと誤認してしまいそうな風貌をしている。
「すぐDAに戻れるよ。あの時みたいにたいがが変なことさえしなければ」
「転属になったのはお互いに悪いでしょ? 僕に責任を押しつけないで」
「別に押しつけてない」
たきなは無表情のままたいがから目をそらした。
たきなの歳は高校生くらいであろうか、長い黒髪につり目気味の双眸を持つ女の子だ。
二人は姉弟であり、仕事仲間の相棒同士。
なぜかわからないが仕事で失敗したと判断され、なぜか知らないが殴られて左遷された。
――ただ指示なしでぶっ放しただけなのに……
他愛もない話をしていると、今日配属になる店に着いた。
「「……喫茶店」」
二人のつぶやきが見事にシンクロした。
町にぽつんと建てられていたそれは、何の変哲もない二階建ての喫茶店で、カラフルな硝子張りが特徴的な店だ。
ベンチの隣に看板が置いてあり、
――和喫茶リコリコ
極上のコーシー!を
ハートフル少女! が入れちゃいますぜ!
と書かれていた。
「喫茶
たいがはそんなことをぼやきながら、たきなと共に喫茶店に入店する。
「アー、ここにも母となるべき才能が今結婚という障害に阻まれているのよ! 不満だわ! 今すぐアタシにいい男を支援しなさいぃ!」
『凡人のやっかみですな』
「んだとぉ!?」
店内に入ると、最初に目ついたのは机を叩き、テレビの音にツッコんでいる女性だった。
歳は二十代くらいだろうか、亜麻色の髪を後ろで縛り、和服のような緑の服を着ている眼鏡をかけた女性だ。
「あの……」
「ぅおっ……!」
その女性はたきなが声をかけると、驚いたようにこちらを向いた。
「あんたら……誰?」
「本日配属になりました、井ノ上たきなです。こっちは弟の――」
「井ノ上たいがです」
頭を下げることもなく、まるで事務作業のように自己紹介をする二人。
「来たか。たきな、たいが」
すると、カウンターの方から男性の声が聞こえてきた。見たところ、日本人ではなく、黒人……外国人のようだ。
すると、「あー」と納得したように眼鏡の女性が声を上げた。
「DAクビになったってリコリスか――」
「クビじゃないです」
誤解をしている眼鏡の女性にすぐさま訂正を入れるたきな。
「貴方達から学べ、との命令です」
「よろしくお願いします。千束さん、
「転属は本意ではありませんが、東京で一番のリコリスから学べる機会が得られて光栄です」
たいがは今日からお世話になる二人に頭を下げた。
――千束、千道。
旧電波塔を二人だけでテロリストから守った優秀な兄妹。DAでは有名な話だ。
しかし、とうの二人はなぜか顔を見合わせていた。
「それは千束ではない」
「それって言うな!」
どうやら今まで千束だと思ってた人は別人のようだ。
つまり――、不意に二人は黒人男性を見ていた。
「そのおっさんでもねぇよ!」
「ここの管理者のミカだ」
「井ノ上たきなです」
「たいがです」
ミカに手を差し出され、握手を交わす二人。
そして、ミカは眼鏡の女性に目を向けた。
「彼女はみずき、元DAだ。所属は情報」
「んっ」
酒を片手にこちらに目を向けるみずき。
――元?
「元?」
「嫌気がさしたのよ。孤児を集めてあんたらリコリスみたいな殺し屋を作ってるキモい組織に……」
と、そんな話をしていると、
「でっかい犬ですねオオカミみたい!」
「犬もオオカミもそんなかわらんだろ」
そんな話し声が外のほうから聞こえてきた。
すると、みずきがドアの方に目を向け、苦笑した。
「ほぉら、やかましい奴らが来たぞぉ」
みずきのその声と共に、カランカランッと扉が開く。
開いた扉の先には、みずきと同じような和服に身を包んだ二人がいた。
「せんせ~、大変! 食べもぐの口コミでこの店ホールスタッフが可愛いって! これわたしの事だよね?!」
「調子に乗るなガキ」
「いてっ」
一人はたきなと同い年くらいだろうか。
白いショートヘアに赤いリボン、そしてくりくりとした赤い双眸を持つ少女だ。
もう一人はたきなより二つくらいは上だろうか。銀髪に鋭い瞳を持つ少年でどこか近寄りがたい印象を受ける少年だ。
「ん?」
と、少女の方がこちらに気づいたのか、見ていたスマホから視線を外し、こちらの方を見てきた。
その行動で気づいたのか、男もじっとこちらを見てくる。
「あ? だれだてめぇら、リコリスとリリベルだよな」
「ってかどうしたのその顔」
「例のリコリスとリリベルだ。話しただろ二人とも」
誰かわかっていない二人に、ミカが註釈を入れた。
「今日からお互い相棒同士だ。仲良くしろ」
「……この人が?」
「この子がぁぁ――ッ!」
それを聞くと、少女は目を大きく開き、目をキラキラさせた後にたきなの両手を包むようにしてつかんだ。
「よろしく相棒! 千束でぇす!」
「井ノ上たきなです……。よろしく――」
「たきなぁ! 初めましてよね?」
「……はい、去年京都から転属になったばかりで――」
「おおぉ、転属組! 優秀なのね歳は?!」
「十六です……」
「わたしが一つお姉ちゃんか~。けど『さん』はいらないからねっ」
いつも無表情なたきなも、少女のマシンガンのようなトークに目を白黒させている。
そんな光景を見ていると、男がたいがに近づいてきた。
「よう」
「ど、どうも……」
「千道だ。よろしくな」
「よ、よろしくおねがい、します。たいが……です」
まるで獲物を狙うような鋭い眼光で見てくるため、たいがは怖がって身を萎縮させた。
「もうっ、お兄ちゃん? いい加減殺意を振りまくのはやめてよね? え・が・おっ」
「……へっ!!」
まるで魂のない魚が笑ったような不気味な嘲笑。
「いてっ!」
その瞬間、千束は持っていたスマホを千道の顔面めがけてぶん投げた。
「気持ち悪っ! 二度と笑うなっ!」
「笑えっつったのてめぇだろ!」
突然喧嘩をし始めた二人、たきなとたいがは目を見合わせていた。
「なんか、変な人たちだね」
「……えぇ」
「ちゃんとやってける……かな」
たいがが不安そうな表情をすると、たきなは表情を変えずにたいがの頭を撫でた。
「大丈夫、お姉ちゃんがついてるから」
「むっ……子供扱いしないで」
たいがとたきなの姉弟関係はかなり仲の良い方だ。二人ともあまり喋らないため、喧嘩もほとんどしたことがない。
しかし、
「この際だから言うがな千束、お前は普段から――」
「お兄ちゃんには言われたくないんだけど?! 大体お兄ちゃんは――」
この二人はどうだ。
自己主張が激しく、ずっと喧嘩をしている。
――まるで真反対の兄妹だ。
「そんなことより! この前のあれ! すごかったねぇ!」
と、喧嘩が終わったのか。また千束がこちらの方に話題を振ってきた。
「二人のその傷は、名誉の負傷?」
「……違います」
□ □ □
「離せお兄ちゃん! フキに電話がかけれない!」
「あのなぁ、フキは指揮官として当然の行動をしただけだ。ってかなんでお前が怒るんだよ」
カウンター先の電話の前で千道が千束を羽交い締めしている所を見ながら、ミカは鼻で笑った。
「想像と違ったか?」
「……いえ、そんなことは――」
たきなはそう言っているが、たいがとしてはかなりギャップが激しい。
優秀な二人だと聞いていたので、一体どこまで機械のように仕事を実行するのかと思ったが、見たところ普通の兄妹だ。
「もう良い! お兄ちゃんの馬鹿っ」
と、喧嘩が一通り終わったのか、千束が千道を強引に引き剥がした。
「よし早速仕事に行こう!二人とも!」
「はいっ」
「あ、先生のコーヒー飲んでからで良いよ。すごくおいしいから。わたし達は着替えてくるね、ごゆっくり~」
そう言い残すと、千束と千道は厨房の奥へと消えていった。
「あぁ!! 二人とも」
「はいっ」
が、すぐに戻ってきた。
「リコリコへようこそ~。いっひひひひっ」
「ほら、さっさと着替えるぞ」
千道は千束の首根っこをひっつかみ、奥へと消えていった。
「どうぞ」
「あ、っはい」
「いただきます」
と、ミカにコーヒーを差し出され、二人はそれを飲み始めた。
「………………おいしい」
かなり間を空けて言うたいがを見て、たきなは表情を崩すことなく、
「すいません、砂糖。お願いします」
助け船を出した。
□ □ □
そして、四人は外へ出かけた。
ビルが立ち並ぶ道路を歩きながら、四人は話をしていた。
「悪いやつじゃないんだけどね。ああいう性格だから……、ああフキのこと」
「……親しいのですか?」
「うん、昔、リコリス棟で同室だった」
「昨日まで、姉さんもそうだったんだよ」
「ぉぉマジで? それはご愁傷様。歯ぎしりすごいでしょ? 夢でもカリカリしてるのよ」
「お前フキのこときらいなん?」
と、そんな他愛もない話をしていると、たいががある疑問を口にした。
「お二人は、どうしてDAにいないの?」
当然の疑問だ。
電波塔を守るほどの優秀なDAなら、わざわざこんな所にいなくてもDAで出来る仕事が山ほどあるはずだ。
その言葉を聞いた千束が、少し考えた表情を見せ、苦笑いを浮かべた。
「……問題児、だからだよ」
「優秀なリコリスだと伺ってます」
「くすのきさんがそう言ってた?!」
「たきな、それは指令の超過大評価だ。実際のこいつはただのKSGK」
「KSGK……って何?」
「ggrks」
千道の罵倒が意味がよくわかってないのか、千束は頭の上にはてなマークを浮かべた。
「あれも……千束さんと千道さんの仕事だと」
たきながそう言って、四人は壊れた旧電波塔に視線を向けた。
「あ~……いや壊したのはわたしじゃないよ?!」
「いっとくけど俺でもないぞ」
「ホントはお兄ちゃんが壊したんじゃないの~。斧でも持ってさ」
「んな訳ねぇだろ、あほか」
「旧電波塔を二人でテロリストから守った兄妹、地方でも有名なんだ」
「……でも結局壊れちゃってるしね、優秀なリコリスは、DAにいる人だと思います」
「僕たちも……そうなるはずだった」
旧電波塔を見ながら、たいがはどこか悲しそうな表情をする。
すると、
ぎゅっ――
「きゅっ」
突然、たきながたいがを抱きしめた。
「おおっだいったんっ!」
「ね、姉さん。人のいる前だから……っ」
「でも、こうしないとたいがは不安になるから」
「子供の頃の話でしょ!」
顔を真っ赤にし、たいがは強引にたきなを引き剥がした。
たきなは目を丸くした。
「……反抗期?」
「いや、そいつの歳ならあれが普通の反応だぞ」
「そうですか」
((……ブラコン?))
そんな思考が千束と千道を襲ったが、それ以上は考えないことにした。
「そういえば例の銃取引、取り押さえられたのか?」
「いえ、ありませんでした」
「あ?」
いってる意味がわからないという様子の千道に、たいがが註釈を入れた。
□□□
「銃が消えただと? 量は?」
「約千丁です」
「はっ、戦争でもやるのかよ。証人は?」
「全員射殺した」
「まじかよ……」
頑張った、と胸を張るたいがを見て、千道は盛大なため息をついた。
「うーん、はじめから誤情報だったんじゃない?」
「そうでしょうか……」
「そうだろうな、そうでなきゃその千丁が誰の手にもいかず、消えたことになる」
「そう……なのかな?」
と、そんな話をしながら保育園を通りかかった時だった。
「ちさとー! せんどー!」
「おねえちゃーん! おにいちゃーん!」
鉄網越しに、子供達の声が聞こえた。
なぜか二人の名前を呼んでいる。そんな中、目の前にこの保育園の先生であろうおばあさんが現れた。
「いらっしゃい。千束、千道」
「どもっす」
千道が軽くおばあさんに挨拶をすると、子供達がこちらの方に駆け寄ってきた。
「新しいお友達の、たきなおねえちゃんとたいがおにいちゃんだよ~」
「「「「「わーわーわーっ!」」」」」
「「…………」」
□ □ □
バンッ!
「エクササイズはぁあんっ! 戸惑っています!」
「「「「「とまどっています」」」」」
子供に連れ回された次は日本語学校。
「出身校が同じなんで、俺らが出来る言葉は大抵できるはずっす」
「あー、二人とも。ロシア語は?」
「「хотя бы немного(少しなら)」」
□ □ □
「うぉるらぁあ――! ここはガキの来るところじゃねぇぞぉ!」
「んだとごらぁ! てめぇどこの組の門よ!」
今度はヤクザの事務所、新入りっぽい人に千道がメンチを切っている。
「組長は忙しいんだ! けがする前に帰れぇ!」
「上等だてめぇ、表出ろやぁ!」
「お兄ちゃんやめて」
そして、なぜか中に通された。
「新入りでな、許してやってくれ二人とも」
「いやいや、アンタが来なきゃ格の違いをわからせているところだったっすよ」
通された部屋は、仁義と書かれているフレームが飾られているいかにも組長室、というような場所だ。
「んじゃ、これ、ご注文の品だ」
不敵に笑いながら、千道は組長らしき男に小さな紙袋を差し出した。
「おおっ、たっっぷりはいってるなぁ」
「だろう? 上物だぜ」
「……良い香りだぁ」
「「っ」」
……明らかに危険な薬物の取引現場だ。
たきなとたいがは同時に拳銃を抜こうとする。
が、慌てた表情の千束に止められた。
「ひ、引き立てだって! 先生が」
「そうか。マスターによろしくな」
中身を見てみると、それはただのコーヒーだった。
たいがは安堵の息を漏らす。
「それでそちらの二人は?」
「たきなさんとたいがくん。二人ともうちで働く事になったんだ」
「「「「「たきなさん! たいがさん! よろしくぅ!!」」」」」
□ □ □
「へっ、やばい粉だと思っただろ」
「んっ、マジで撃ち殺す所だった」
「冗談が通じんやつだ」
まるで悪魔のように笑う千道を、千束はジト目で見つめた。
「もうっ、お兄ちゃんってっば変な言い方するんだから、こっちがヒヤヒヤしたよ」
「ヤクザの世界ってのはな。それっぽい事言って、喧嘩してればなんとかなるんだよ」
「わけわかんないよ糞兄貴」
「だろうな、お前
「むきぃいい――――ッ!」
((……結局、ここって何する部署なの?))
喧嘩をする二人を見ながら、姉弟は目を見合わせて同じ事を考えた。