残業ユートピア   作:ひょうたんふくろう

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──自己または他人の生命、身体、自由または財産に対する現在の危機を避けるため、やむを得ずに行った残業であっても処罰の対象となる。ただし、情状によりその刑を軽減することができる。【悪性超過勤務の禁止および健康で人間的な最低限度の生活確保に関する法律(通称:残業禁止法)より抜粋】


10 残業のある社会

 

「……ん」

 

 朝。時刻にして07:00。いつもの安アパートとは違う、それなりにしっかりした一室で休恵は目覚めた。

 

「ああ、そうだ……今日から、残業体験プログラムだったか……」

 

 ぼんやりした頭の中で、休恵は今の状況を思い出す。

 

 例の説明会を受けて、この体験施設に入ったのが昨日の夜のことだ。施設に入ってすぐにこの一室に案内され、そこから簡単に夕餉を済ませて、そうして眠りについて今に至る。

 

 仮の住居として宛がわれたここは、言ってみればビジネスホテルの一室のようなものだ。家具や生活雑貨の類は本当に最低限しかないが、逆に言えば普通に過ごす分には何ら問題が無い。

 

 普通のビジネスホテルと違うのは、冷蔵庫や洗濯機、電子レンジと言った家庭的(・・・)なものまで備え付けられていることだろうか。そういう意味では、むしろビジネスホテルよりも豪華であると言って良いかもしれない。

 

「……トーストと目玉焼きでいいかあ」

 

 冷蔵庫の中にはある程度の食材がすでに用意されている。パッと見た限り、三日分ほどといったところだろうか。保存が効くものがメインであるため、この分であれば少しくらいは買い出しをしなくても問題なさそうな感じではある。

 

「……このスーツ、普段使ってるやつより良いやつだな」

 

 朝餉をパッと済ませた休恵は、身支度を整えにかかる。クローゼットにはパリッと糊のきいたスーツがあり、そしてワイシャツは予備も含めて全て休恵が普段使っているものよりも上等なものだ。これらは社会生活を送る上での必需品ということで支給されているものだが、休恵にはどうにも、政府と庶民の金銭感覚の違いを感じずにはいられない。

 

「……ま、こんなもんだろ」

 

 上等なスーツに、紺のネクタイをきゅっと締めて。鏡の前の企業戦士は慣れた様子で身嗜みを確認し、そして部屋を後にする。エレベーターに乗ってエントランスまで赴けば、そこにはすでに、同じようにスーツに身を包んだ労河原が待っていた。

 

「おはよう、休恵」

 

「おはよう、労河原……なんだおい、ずいぶんと上機嫌じゃないか」

 

「はは……こんな立派なスーツに袖を通すのなんて初めてだからさ。つい気分が盛り上がっちゃったと言うか」

 

「わかるぜ、それ」

 

 服装一つで、朝の気分はがらりと変わる。同じように働くのなら、良い気分であるほうが絶対に良い。しかしそれは、それ相応に稼いでいなくては実現できないことで、こんな些細なことからも休恵は残業という行いそのものの正しさを感じ入ることができた。

 

「ちょっと早いけど、もう行くか?」

 

「そうだな。今が08:00だから……まぁ、余裕はかなりありそうだ。それにアレだろ、今日は研修だから……」

 

「電車もバスも使わない。ここからちょっと歩いたところにある、別の建物だ」

 

 通勤かばんを持って、二人は外に出た。

 

「青空だ……けど、やっぱり偽物ってわかるな。空が凄く近くに見える」

 

「横には広くできたんだろうけど、縦に広くするのは難しかったんだろうな。とはいえ体育館くらいの高さはありそうだし、雲だって再現されている……なんだろ、スクリーンみたいに投影しているのかな」

 

 目の前に広がる街並み。多少違和感というか、どこか作りものっぽさを覚えるものの、ここが地下空間だということを考えればなかなか頑張っている方だと言えるだろう。空の方だって、粗さは目立っているが十分それらしさは感じられるものであり、少なくとも地下空間特有の閉塞感みたいなものは感じられない。

 

「ああ……なんか物足りないと思ったら、ここには太陽が無いんだ。温かさも眩しさも無いし……風も吹いていない。鳥の鳴き声も聞こえない」

 

人気(ひとけ)がないのもそうだけど、自然を感じないのも作り物っぽさを感じる理由なんだろうな。さすがに見た目の再現だけで精いっぱいだったんだろ」

 

 そんな軽口を叩きながら、休恵と労河原は目的の施設を目指していく。丁寧に再現された街並みは、ガワだけ真似た見た目だけの張りぼてが多いものの、ちょっとしたテーマパークの中を歩いているかのようで休恵たちの好奇心を煽るには十分なものである。休日にはちょっと探索してみるのも悪くない……なんて思いながら、二人は朝の空気を感じないその街並みを歩いていく。

 

 十分も歩くころには、目的である建物に到着することができた。

 

「普通の建物……っぽいけど」

 

「よく見ると、建物の上の方が空を貫通してるな……」

 

 事前に通告されていた案内に従って、休恵たちはその建物の中に入っていく。見た目こそ少々違和感があったものの、それ以外はどこにもであるオフィスビルと何ら変わりなく、ここが地下空間の中の疑似社会であることを忘れてしまうほど、普通の企業らしいそれであった。

 

 そして。

 

「やあ……キミたちが休恵くんと労河原くんだね?」

 

 指定された部屋にいたのは、人のよさそうな笑みを浮かべた初老の男だった。この場にいるということは国家公務員であるのだろうが、パッと見た限りはどこの企業にも十数人はいるであろうベテランのようにしか見えない。

 

「ずいぶんと早い到着だね。始業開始までまだ三十分以上あるよ」

 

「はは……ここでの通勤は片道一時間と聞いていたので。今日だけは歩きですけど、慣れておくに越したことはないですから」

 

「……そうだね、確かにその通りだ。二人とも、根はまじめだというのは本当らしい。……おっと、私は初日研修の担当であるヤマダだ。どうだい、覚えやすくていいだろう?」

 

「あ、あはは……」

 

「……ふぅむ、ちょっと滑ってしまったか。慣れないことはするものじゃないね」

 

 こほん、と大きく咳払いをして。

 

 ヤマダは、ゆっくりと語りだした。

 

「キミたちはプログラム被験者だ。だけど……いや、だからこそ、私たちはキミたちのことをプログラム被験者ではなく、同じ企業に勤める同僚として扱おうと思っている。どうかキミたちも、そういう心持で臨んでほしい」

 

「元より、普通に働くつもりではありますが……」

 

「うん、わかっているならいいんだ。……この建屋にいる人間は、全てスタッフだ。だけど、出来得る限り普通の同僚として振舞うようにしているから、キミたちも変に畏まったり遠慮したりはしないように」

 

 そしてヤマダは、ゆったりと笑って言った。

 

「休恵くんは三階の部署、労河原くんは四階の部署が研修現場だ。年の近い【同僚】がOJTとしてここでの仕事の流れを教えるから、彼らの指示に従うように。事前に聞いていると思うが、ここでの仕事はあくまで模擬的なもの。内容自体は難しいものじゃないから、今日一日頑張れば、明日以降も問題なく仕事を進められるようになるだろう」

 

「承知しました……一応、確認ですけど」

 

「なんだい?」

 

「……就業時間は09:00~18:00。昼休憩は一時間で、合計八時間の労働……つまりは二時間の残業をしていいってことで、間違いないですよね?」

 

 このプログラムのメインの目的。残業のある社会の体感。今日限りは前準備のための研修とはいえ、休恵は初日から残業する気でいる。そのためにここに来たのだから、たった一日と言えど時間を無駄にする気は毛頭なかった。

 

「二時間の残業……そうか、そうだね。うん、この施設内の勤労であれば残業禁止法には抵触しないから、何も心配することは無いよ」

 

「ありがとうございます。それだけ確認しておきたかったんです」

 

 それだけ聞ければ、休恵には十分だった。あとはもう、始業時間を待つばかりである。働きたくて体がうずうずしていて、時計の針が動くのが何故だか妙にもどかしく感じるくらいだ。

 

「とうとう体験できるんだな……残業ってやつを」

 

「ああ、そうだな……労河原、この貴重な体験を無駄にするなよ。ただ漫然と残業するんじゃなくて、この後にどう活かすかを──残業のメリットをどう世の中に伝えて行けるかを考えて残業するんだ」

 

「うへえ……わかったよ、出来る限り頑張ってみるさ」

 

 口ではそんなことを言いながらも、労河原の顔は喜色に満ちている。晴れて念願の残業ができる環境となったのだ、嬉しくないはずがない。きっと自分も同じように笑っているのだろうと、休恵は鏡を見ずともそんな確信を抱くことができた。

 

「……じゃあ、心の準備ができ次第、各々現場に向かってもらおうか」

 

 少し目を伏せたまま、ヤマダが言葉を紡ぐ。

 

 それに対する、休恵の答えは。

 

「──もちろん、今すぐ向かわせてもらいますよ。なんてったって、これこそ俺たちが追い求めたものなんですから」

 

「…………」

 

 

 ──こうして、プログラム一日目が始まった。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 そして、夕方。

 

「……おつかれ、労河原」

 

「……おつかれ、休恵」

 

 仕事が終わり、社屋の前にて休恵と労河原は合流した。時刻はちょうど18:10。朝の説明にあった通りの労働時間──普段は六時間労働である休恵たちからしてみれば、いつもより三割増しで働いたことになるわけで、それ相応に疲れがあるのも当然なわけだが。

 

「……どうだった、残業?」

 

「……せーの、で言ってみようか」

 

 大きく大きく息を吸った二人は、満面の笑顔を浮かべて言い切った。

 

「「──最高だったっ!」」

 

 そうなのだ。はっきり言って、これ以上に無いほど最高で、理想的な労働環境だったのだ。

 

「OJTの先輩は優しいし、仕事は全然難しくないし……!」

 

「正直中学生でもこなせるような内容だったよな!?」

 

 宛がわれた仕事は、なるほど確かにごく簡単で誰にでもできるような事務作業であった。量こそそこそこ多かったものの、特に悩むことなく進められる作業であったため、仕事を進めるにあたり手が止まるといったことは一切ない。逆に、こなせばこなすだけ成果が目に見える形で増えていくから、達成感を覚えるくらいだったのだ。

 

 そして、業務については本当にそれだけでしかなかった。

 

「マジで普通に働いて、普通に終わったって感じだった……!」

 

「そうそう! すっげー当たり前のように残業に移行するからさ! なんかもう、それが普通だって感じで!」

 

 残業時間だってそうだ。別段何かの合図とかがあるわけでもなく、ごくごく自然に、シームレスにそれに移行した。いつもだったらまだ元気があるのに流れる業務終了のアナウンスもなく、休恵たちは普通に残業して……そして、キリの良い所で切り上げてきたのである。

 

「いつもだったら無駄に暇を持て余していた二時間なのに……! 今日はすごく充実している……!」

 

「この程よい疲労感……! 疲れたってよりも、爽やかでさっぱりしたような……! こりゃあ、今夜はよく寝られるぞぉ……! 普段だったら無駄に眼が冴えて寝つきも悪いってのに……!」

 

 そしてもちろん、嬉しいことはこれだけに留まらない。

 

「……お!」

 

 ぷるぷるとカバンの中で震えた端末。期待に胸を膨らませてその画面を見れば、そこにはやっぱり──期待通りの、いや、それ以上のことが書かれていた。

 

「さっそく来たぞ! 今日の給料だ!」

 

「ま、マジか……! たった一日働いただけでこんなにもらえるのか……!」

 

 そこに記されているのは、今日の分の給料だ。細かい数値はともかくとして、しっかり八時間分……普段の休恵のおよそ三割増しの金額が電子マネーとして振り込まれている。

 

 三割。これをたった(・・・)三割と捉える社会人はこの世に存在しないだろう。大手企業の平均昇給率が2%程度だということを考えると、休恵たちはたった二時間残業しただけで、十三年分の昇給に等しい額を貰えたということになる。

 

 そう、十三年。十三年も働いてようやく得られる基本給。しかし残業をすれば……たった二時間残業するだけで、無駄に弄していたその時間を勤労に充てるだけで、それに相当する金額を貰うことができるのだ。

 

「計算上はそうだってわかってたけどさ……! 実際に振り込まれた額を見ると実感がヤバいっていうか……! 日当換算でこんなにも嬉しいんだぜ!? もしこれが、月給として普通に振り込まれていたら……!」

 

 大した苦労もせず、ほんのちょっぴりいつもより仕事を頑張る時間を増やすだけでまとまった金が手に入る。金さえあれば好きなものが買えるし、好きなことを自由にできる。もちろん、使わないで貯金に回したっていい。それはそれでこれからの行動に余裕ができるし、ケガや病気の時に慌てることも無くなる。

 

 これを理想と言わずして、いったい何を理想というのか。このわずかな時間でこれだけメリットを見いだせているというのに、どうして残業は合法化されないのか。もしかして、みんなが残業すると経済的な混乱が起きてしまうからではないか──と、休恵にはそんな風に思えてしまう。

 

「なあ休恵……こんなに貰うと却って申し訳なくなってくるんだけど……本当に俺達、この金を使っていいんだよな? 俺、マジで特別なことなんて一切していないんだぜ?」

 

「ああ、もちろんだ。これは労働の正当な対価なんだから。長く働いた分たくさん金を貰う。たったそれだけの、ごくごく自然な当たり前の話だ」

 

「……だよな! これが本来あるべき普通で真っ当な姿なんだよな! ……よぉし、今日は景気づけに外食するってのはどうだ? これだけあれば、結構ちゃんとしたところで飲み食いしてもお釣りが出るぞ」

 

「いいねぇ! ……というか労河原、気づいたか? 俺たち今、待ち合わせをしなくても予定を決められたんだぜ?」

 

「え……あっ!?」

 

「そう。残業が認められているってことは、人を満遍なく働かせる必要が無い……つまり、タイムシフト制もこの社会にはないんだ」

 

「だから、みんなの仕事終わりの時間が一緒になる……! 特に意識しなくても、こうしてふらっと友人たちと仕事終わりに飯を食いに行ったりすることができるのか!」

 

 休恵たちは──というか、定時の違う人たちは、予定を合わせるのも一苦労だった。お互いの就業時間が近くないとそもそもとしてスケジュールを入れることが不可能で、例え休日であろうと、誰かが普段と寝る時間を大幅にずらすなどの負担を強いられることになる。完全に()の定時となってしまっている人が相手ともなれば、もはや真っ当な人付き合いは物理的に不可能と言って良い。

 

「まさしく健全な余暇の使い方だ……! そしてそれ以上に、誰かとコミュニケーションを取れる機会が大きく増える……! 今までは定時の近い人たちじゃないと友人になったり恋人になったりすることは事実上不可能だったけど、これなら……!」

 

「そうだよな……仕事の時間が合わないせいで、出会いが制限されるなんておかしな話だもんな……! でもって、こういう出会いがあらゆる意味で新たな何かを生み出していくわけだから……!」

 

「また見つけちゃったな、残業の良い所」

 

「ああ! というか、残業を禁止したせいで帳尻を無理やりに合わせなくっちゃいけなくなったことが多すぎる……残業禁止法のボロがでまくってるって感じだ! ……いや、ある意味当然のことなのか? 間違った法律のせいで不自然な何かが生じてるわけなんだから、大本の法律が正されれば自然のあるべき姿に戻るのは当たり前か」

 

「くっくくく……! 労河原、今のお前すごく哲学的だぞ。今のお前が感じていることをそっくりそのままネットに流すだけで、すぐに世間は残業推進の色に染まるだろうよ!」

 

「よせよ、休恵。俺なんかがそんな大層なことできるわけないだろ? もしそうだとしたら……俺が凄いんじゃなくて、それだけ残業禁止法が穴だらけだったってことさ!」

 

 違いない、と二人は笑いあってお互いの拳をこつんと合わせた。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

『よせよ、休恵。俺なんかがそんな大層なことできるわけないだろ? もしそうだとしたら……俺が凄いんじゃなくて、それだけ残業禁止法が穴だらけだったってことさ!』

 

「……呑気なものですね、本当に」

 

 施設のとある一室。モニター越しに二人の様子を見て、スズキは小さくため息をついた。

 

「まだ本当の【残業】を知らないくせに……自分たちが正しいと信じ切って、それ以上何も考えようとしていない。ちょっと考えれば、どう考えてもおかしいってわかるでしょうに」

 

 個室の中と言ったプライベートな空間はともかくとして。このプログラムの被験者は、その動向の変化や思想の変化、そして体調の変化をいち早く見抜くため、こうして常に監視の目に晒されている。プログラムの意義からすればそんなのは考えるまでもなく当然のことであるため、あえて説明されなかっただけだ。

 

「残業がないからこそできた制度に気づけたのに、どうして残業があるからこそ生まれた問題に気づけないのか……その問題に対処するための制度であることに、どうして理解が及ばないのか……」

 

「それはある意味、とても健全で真っ当な……それこそ、残業禁止法が目指していた社会が実現しているからじゃないのかな」

 

「……そうかも、しれませんが」

 

 ゆったりと腕組みをしたまま、同じようにモニターを見つめるヤマダ。彼もまた、モニター越しの二人の様子を見て、なんともやるせなさそうな表情をしていた。

 

「事前の情報通り、二人とも根はまじめでしっかりしている……純粋な好青年のようだね。こうもまっすぐな若者は、最近はもう絶滅危惧種みたいなものなんじゃないかな」

 

「純粋な好青年なら、残業テロリストになんてなりませんよ。彼らは純粋なんかじゃなくて、ただ単に考えなしで物事に対する想像力に欠けているだけです」

 

「……厳しいね」

 

「当然です。嘆願があったとはいえ、彼らが犯罪者であることは違いないのですから。それに……さっきから聞いていれば、仕事の内容やお金のことしか話していない」

 

「……」

 

「このプログラムは、残業を体験するプログラムじゃありません。残業がある社会を体験するプログラムなんです。だから仕事の内容なんて正直どうだっていい。なのに、そこに気づかない」

 

「……」

 

「彼らが考えるべきは……あんな簡単な業務内容なのに、なんでわざわざ一日かけて研修をしたのかというところです。あるいは、もっと単純に」

 

「そう断言できるのは、私たちがプログラムの主催者側だからだよ。こんな特別な状況下で、そこまで考えを巡らせられる人間なんてそうはいないさ」

 

「ですが……あの人は。あの人は、あの休恵という人のことをずいぶん買っているようでした。休恵という人物の能力を評価しているからこそ、あの人はわざわざ嘆願書を提出したんじゃないんでしょうか?」

 

「……だとしたら、なおさら彼らのこの後の動きに期待しようじゃないか。下手にプログラムの裏を見抜かれるよりも、彼らが真正面からプログラムに向き合って得た答えにこそ意味がある」

 

 ヤマダは一度言葉を区切り、そして重々しくつぶやいた。

 

「そもそもとして……私だってアレ(・・)は嫌だ。あんなもの、例え研修であっても体験したくはない」

 

「それについては同感です……というか、アレ(・・)を好きな人なんているはずないですよ。あんなのどう考えても頭がおかしい。真っ当な精神でいられるはずがない。残業のある社会が生み出した、紛れもない害悪です」

 

「であれば、初日のプログラムが業務内容の説明だけになるのは自然なことだろう?」

 

「自然というか、そうせざるを得ないってだけですけどね。……はぁ、あれだけしっかり説明したのに、どうして」

 

 楽しそうに笑いながらレストランに入っていく二人をモニター越しに眺めて、スズキは再びため息をついた。

 

「どうして……プログラム初日の研修の日に、【通勤】がないことを不思議に思わないのかなあ」

 

 

 ──休恵たちが彼女のつぶやきの意味を知るのは、あと十数時間後の話である。

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