変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々   作:ウヅキ

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第98話 貴重な休息

 

 

 海辺の夏合宿も今日で一週間になる。

 これまでの期間はひたすら基礎トレーニングにより、身体能力の向上を目指した。

 トレーニングは幾つかのグループに分かれて行われた。

 一つは屈腱炎が完治したばかりのナイスネイチャと育成期のブラックちゃん。この二人は多少軽めのトレーニングをさせて無理をさせない。

 二つ目はメイクデビューを控えたジャンとメイショウドトウちゃん、それと負荷をかけて元の調子を取り戻すのが目的のダン。

 最後にガッチリ鍛える俺達シニア勢とガンちゃんの六人だ。

 波が打ち寄せる砂浜を走り続け、海を何時間も泳ぎ続ける。山に行けば坂道をひたすら登り続けて、雨が降ればトレーニングジムで器具を使っての筋トレ。

 途中で疲れが抜けずにペースが落ちたら、すかさずオンさんの七色に光る栄養注射でブスっとやって復帰するサイクル。

 たまに七色に光ったままトレーニングする羽目になっても、全員が気力を振り絞って体を動かし続けた。

 

 そんなトレセンでも出来る単調な基礎トレーニングばかりでは、飽きる子が出てくるのではないのか。

 特に天才型のガンちゃんはすぐに飽きると思ったが、意外と長く続いていた。

 

「ジムのトレーニングはつまんないけど、キラキラする砂浜を走ったり、波のある海を泳ぐの楽しいもん!山を登って高い所から見る景色も、マヤ好きだよ!」

 

 こういう返事が返って来た。初日に南坂トレーナーが『普段と異なる環境でのトレーニングは良い刺激になる』と言ったのは事実だったな。

 どうしようもなくなったらオンさんが手を打つから大丈夫だと思ってたけど、手間が増えなくて良かったよ。

 それと合宿三日目ぐらいに≪カノープス≫から、名前が長くて呼び難かったら好きに呼んでいいと言われているから、好きな呼び方で呼んでいる。

 ナイスネイチャはナス、イクノディクタスさんはノディさん、マチカネタンホイザちゃんはホイザちゃん、ツインターボはツボ、メイショウドトウちゃんはウドちゃんと呼ぶ事にした。

 ノディさんとホイザちゃん以外はクッソ不評だったけど、好きに呼べと言ったのは当人達だからもう遅いぞ。

 

 

 みっちり基礎トレーニングを積んで合宿後半になってからは、久しぶりにコースを走るトレーニングに移った。

 しかし、なぜか朝からレース場の観客席には多数の野次馬が詰めかけて、俺達の練習風景を見ている。

 記者連中がいるのはずっと張り付いているから分かるんだけど、それ以外にもざっと千人は居るぞ。そこら辺の地元のオジさんとか日焼けした小学生ぐらいの子供達もいれば、明らかにレース場で見かけるような気合の入ったファンとかも居る。

 コースは貸し切りにして誰も入ってこないから良いけど、急に見物客が増えたのはなぜだろう。

 髭に聞いたら宣伝しておいたと答えが返って来た。

 

「実際のデビューレースに近い状況を作りたかったから、三日前から地元民に宣伝したんだよ。あとは勝手にウマッターやら口コミで広まった」

 

 納得した。俺達も本番に近い環境で練習出来れば身になるし、集まった見物人もタダでトップクラスのウマ娘の走りが見られるなら、お互い損は無い。

 というわけで観衆の視線の元で走行トレーニングは始まった。

 朝のトレーニングのメインは夏休み後にデビュー戦を控えたジャンとウドちゃんで、経験を積ませるために2000メートルを想定して、ナスを除いた全員で実際のレース形式で何度も走る。

 ブラックちゃん以外は全員が最低重賞勝利ウマ娘の超豪華な模擬レースである。

 そしてただ走るだけでなく、デビューする二人を色々な状況に置いて対処させる能力を伸ばさないといけない。

 こういうのは天才でもない限りは数をこなして慣れさせるもので、状況を作ってひたすら走らせて経験を積ませた。

 

 デビューウマ娘二人に経験を積ませてブラックちゃんと一緒に休憩を取らせたら、次は現役の俺達がトレーニングをする番だ。

 最初は当面の目標を秋の天皇賞に定めているダンとクイーンちゃん、ノディさんとツボが2000メートルで走る。

 結果はクイーンちゃんの勝ちだったが勝ち負けはさして重要じゃない。

 隣に居るオンさんはレース中のダンの動きを見て思案顔になる。

 

「ふぅむ、アルダンくんはまだ鈍っているようだね。この合宿で錆落としを終わらせないと」

 

「秋天皇賞前に一回レースを走らせます?」

 

「レース勘も鈍ってたら困るから、その方が良さそうだね。オールカマーあたりを走らせるか」

 

 手元の端末を操作して、スケジュールを組み始めた。

 髭の方も走り終えたクイーンちゃんに指導を始めて、南坂トレーナーも教え子二人にアドバイスをしている。

 

 次は俺達の番だ。今回はガンちゃんとホイザちゃんの三人で、とりあえず菊花賞を想定した3000メートルを走る。

 結果は俺が一着、ホイザちゃんが二着で、ガンちゃんは三着だ。

 ホイザちゃんは日本ダービーと菊花賞を三着で、ダイヤモンドステークスのレコード保持者だから強い強い。日経新春杯と函館記念も勝ってるから、自分は普通のウマ娘だって言ってるけど十分一流である。

 

「ホイザちゃんは一度≪普通≫の定義を確認したら?」

 

「いやーG1を一回も勝ってませんし、私は主人公属性の無い、よくいる普通のウマ娘ですって」

 

 普通どころか、重賞複数勝利ウマ娘は『よく』は居ないぞ。ナスといい変に拗らせてる子だな。

 まあいい。≪カノープス≫が変なウマ娘の集まりなのは既に分かっていた。優先すべきはトレーニングだ。

 ガンちゃんはオンさんとさっきの並走の改善点を話しているが、毎度思うがあの二人は理論が欠片も無くフィーリングで話していて全く分からん。

 うちのメンバーは皆慣れてるけど、ツボとナスが宇宙人を見るような目で見ていた。

 天才師弟の指導はともかく、今度は中距離組が二度目を走る。

 さらにそれが終わったら、今度は長距離組の番だ。

 こうして昼まで交互に並走して、日が傾くまでは休んでしてから、また夕方まで走り続けた。

 

 

 レース場の並走トレーニングも三日目を数えた昼の食堂。

 早朝から動き続けた俺達は少しでも失った栄養を補給しようと、貪るように食べ続ける。そこに品や女らしさは欠片も無かった。

 しかしそれを咎める者は一人もおらず、むしろもっと寄越せとばかりにお代わりを要求した。

 合宿所に来て、はや十日。ここまで走るか、勉強するか、寝るか、食事以外に何もしていない。

 別に空き時間に遊ぶ事が禁止されているわけじゃない。みんな疲れ果てて、初日以外はオンさん特製虹色栄養剤を飲んで、いつのまにか寝てしまって手が出ないだけだ。

 おかげで速くなった実感はあっても、段々とみんなの精神が荒んでいくのが目に見えて分かる。

 もちろんトレーナー達もそれを黙って見ているわけじゃあない。ちゃんと救済処置は用意してあった。

 

「「「夏祭り?」」」

 

「そうだよ。ここの近くで明日の夜に行われるんだ」

 

 生姜焼き定食をガツガツ食べる面々に、南坂トレーナーがポスターを見せた。

 おじさん達が叩く太鼓と提灯を背景に、浴衣姿のおばさんと小さな子供が楽しそうに笑っている。

 全国区に響くような大きなものじゃなくて、ここの近くの神社が主催している地域の夏祭りか。

 

「トレーナーっ!ターボ、お祭り行っていいのっ!?」

 

「ええ、十日間ずっとトレーニングばかりじゃ辛いからね。明日と明後日のトレーニングは午前中で終わりだよ」

 

 全員が歓声を上げて喜び盛り上がる。百戦錬磨のトレセン生でも、さすがに十日間ぶっ続けでトレーニングは精神的にきつかったか。

 だからこそぶら下がったご褒美がいつも以上に輝いて見えて、落ちていた士気が急上昇した。トレーナー連中は分かっててやってるな。

 目論見通り、先程まで事務的に料理を口に放り込んでいた面子が一気に生気を取り戻した。

 

 午後からのトレーニングも、いつにも増して気合が入ったものになった。

 夜にはオンさんから浴衣の貸衣装の広告を見せられれば、死体と間違うような疲れ切ったみんなの体が途端に蘇り、気に入った浴衣をワイワイ指差して騒いだ。

 

 翌朝はいつもなら時間ギリギリまで寝ているガンちゃんやジャンも、今日に限っては時間前に起きて早朝自主トレまでやってる。よっぽどお祭りが楽しみなのか。

 トレーニングもいつにも増して気迫の籠った走りを見せ、次々前日までのタイムを更新した。お祭り効果は凄まじいよ。

 昼食が終われば約束通り久しぶりの休みだ。

 だからと言って部屋で休んでいる子はおらず、俺もほぼ引っ張られる形で、オンさんのくれたチラシの貸衣装屋に連れて行かれた。

 

「おお~!これは選ぶの迷っちゃいますよ」

 

 店内の浴衣の多さにブラックちゃんが声を上げる。後輩の言う通り店の規模に反して、所狭しと多種多様な浴衣が置かれていて、みんな目を輝かせて浴衣を手に取っていた。

 この店は衣装を貸すだけでなく、着付けのサービスも込みだから気軽に和服が着られる。

 ただ、ちょっと気になったのは男女用、子供用に比べてウマ娘用の浴衣の比率がやけに大きいように思える。

 ウマ娘の出生率は数百人に一人ぐらいだから、専門店でもない限りは商品も相応に少ないのが普通だぞ。気になったから店の人に理由を聞いてみた。

 

「毎年この時期はトレセン学園の生徒の方々が合宿の後に夏祭りに来て頂いていまして、おそらく今年もお見えになると予想して商品を多めに用意しています。どうぞ手に取ってお楽しみください」

 

 店員の説明に納得した。商人は機に敏くないと務まらないな。

 納得した所で目に付いた浴衣を適当に手に取って、皆と同じように気に入る物を探した。

 

 日が落ちて幾分涼しくなった浜風が吹き抜ける夕暮れ時。

 昼間来ていた貸衣装屋に再び訪れて、全員浴衣の着付けをしてもらった。

 

「おー、みんなよく似合ってるじゃないか。華やかでいいな」

 

「そうだね。色とりどりの花を見ているみたいだ」

 

 トレーナー二人の感想はまあまあだな。男二人も祭りを楽しむつもりだから、どちらも浴衣に着替えている。オンさんは興味が無いからパスした。

 代わりと言っては何だが、今回は飛び入りが一人いるわけで。

 

「………その………どうでしょうか。………似合いますか?」

 

 黒地に白い蝶柄の浴衣姿の、髪を結ったカフェさんが、おずおずと髭トレーナーに問いかける。

 何でここにカフェさんが居るかと言ったらオンさんが呼んだから。

 イギリスから帰ってきて殆どそのまま合宿に来たから、まともに会えなかった友人とチームの同僚に、夏祭りぐらいは二人でゆっくり過ごして欲しいという心配りという奴だ。

 さすがに宿所には泊められないから地元のホテルに泊まるだろうが、トレーナーだって少しぐらい休息を取っても文句は出ない。

 

「ああ、よく似合う。俺が知る中で誰よりも綺麗だ」

 

 そして髭がカフェさんを褒めれば、周囲はキャーキャー言って騒ぐ。気持ちは分からんでもない。

 言われたカフェさんも尻尾を振り、髭の言う通り物凄い綺麗な微笑みで喜びを露にする。

 反対に同僚の南坂トレーナーは大分気まずい思いをしている。同期が元教え子とロマンスやってたら、目のやり場に困るのも分かる。

 でもカフェさんも20歳だし、今はトレーナーもプライベートな時間だから、好きにさせてやって欲しい。

 サプライズはあったが当初の予定通り、夏祭りの会場に向かう。

 道中は同じような祭りに参加する客達がこちらをスマホで撮影している。今はプライベートな時間なんだけど、十余人のウマ娘達が着飾って歩いていれば、こうなるのも仕方ないか。

 通行人の視線とカメラの中を歩き続け、店から大体十分ぐらいの小高い丘に建てられた神社の麓で、多種多様な出店が軒を連ねて出迎えてくれた。

 

「はぁ、カステラの良い香り。ニンジン飴とチョコバナナも私を待っていますわっ!」

 

「マヤは射的と輪投げをやるー!」

 

「いえいえ、ここは定番の金魚すくいをしませんか」

 

「太鼓の音に乗ってワッショイワッショイ!!盆踊りを楽しみましょう!」

 

 好き勝手に言い始めたけど、十人も居たら意見は纏まらんわ。さりとて一人で遊ばせるには人が多くて色々と危ない。

 髭トレーナーを見ると、何故か俺に視線を向けて何も言わない。

 ―――――それは俺が≪フォーチュン≫のリーダーだから、チームの面倒見るのは当然って事か。はいはい、分かったよ。

 

「こっちにちゅーもく。色々見て回りたいのは分かったけど、一人で動くのはダメだぞ。最低二人で、基本は三人ぐらいで行動な。年長者は年下の子をちゃんと見てあげる事。組み分けはジャンケンで同じ手を出した子同士でいいか?」

 

 全員が了承して、ジャンケンを始める。

 厳選した結果、俺はブラックちゃんとウドちゃんと一緒の組になった。二人組になったツボとジャンはヤバそうだったから、引率を南坂トレーナーに頼んだ。喜べ、美少女二人の両手に花だ。

 

「じゃあ、午後八時になったら下の鳥居の前に集合だぞ。遊び呆けて忘れるなよ」

 

『はーい』

 

 みんなはそれぞれの組に別れて人ごみに入って行った。

 いつの間にか髭と腕を組んでいたカフェさんが俺を見て微笑む。

 

「ふふっ……良いリーダーになりましたね」

 

「今までのチームの先輩達の真似をしているだけですよ。俺個人は向いてるとは思ってません」

 

「向いてると思ってる奴ほど向いてないし、慕われないのはよくある事だ。お前はよくやってる方だよアパオシャ」

 

「そう思う事にしとくよ。じゃあ、二人とも待たせたけど俺達も行こうか。遊んだり踊る前に何か食べてからの方が良いぞ」

 

 俺も年下二人を引き連れて、久しぶりの夏祭りを楽しむことにした。

 

 

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