変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々   作:ウヅキ

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第99話 時が経つのは早い

 

 

 実のあるトレーニングの出来た夏合宿からトレセン学園に戻り、幾日が経って夏休みも終わった。

 新学期に入り、夏を過ぎても未勝利だったクラシック期の下級生達の多くは学園を去った。

 この時期の風物詩とはいえ、空室とルームメイトの居ない生徒の増えた寮は少し活気が失われたように思う。

 だからか、朝起きた時に隣を見て先輩が幸せそうに眠っているのを見ると、ちょっと安心してしまう。

 ウンスカ先輩を起こさないように、静かに着替えて部屋を出た。

 夜が明けたばかりの早朝は、程よい涼しさで自主トレのランニングには最適だ。よって同じように起きてくる人もいる。

 

「あら、おはようございますアパオシャさん」

 

「おはようございますグラスワンダー先輩」

 

 鎌倉武者系ウマ娘の先輩に挨拶する。相変わらずこの人も早起きだな。

 こうして同じ時間に起きたわけだし、一緒にランニングする事になった。

 日が登り始める河川敷の土手を先輩と並んで走る。時折犬の散歩をしている近所の人とすれ違えば挨拶もする。

 折り返しに決めた陸橋まで行き、河原で休憩を兼ねたストレッチをしながら軽めの雑談する。

 

「先輩と初めて会ったのは四年ぐらい前でしたか。ちょうどこんな朝のランニングで」

 

「そうですね。あの時はアパオシャさんがまだ新入生の頃で、私もデビュー前でした」

 

 思えば随分と時が経ったように思う。

 あの時は学園一のチームの≪リギル≫にいる凄い先輩だと思った。実際、最優秀ジュニアウマ娘に選ばれて、クラシックで有マ記念を優勝する凄い人だった。

 惜しむのは二度も骨折して走れない時期が長かった事だ。それさえなかったらもっと走って、より白熱したレースを見せてくれたのに。つくづくウマ娘の怪我というのは恨めしい。

 

「先輩はドリームトロフィーを走りますか?」

 

「トレーナーから勧められてはいますが、まだ迷っています」

 

 この人の戦績は同世代の中でも突出している。おそらく五指に入るほど優秀なウマ娘だから、リーグ入り自体は容易いだろう。

 迷っているのは脚の不安とピークを過ぎたために、レースに出ても良い結果を出せるか確証が持てないからか。

 ここで出ろと言えるほどこの人と仲良くないし、軽はずみな事を言うような無責任でもない。

 ただ、俺には先輩がまだ走りたいって顔をしているように見える。

 

「走りたいなら走ればいいんじゃないですか。もう満足したなら引退も良いけど」

 

「ウマ娘は走るためにある。ならば心の求めるままに走り続けるのも一つの道ですか」

 

「うちのチームはなんか変に満足しちゃう先輩達ばっかりで、まだ誰もドリームトロフィーは行ってないんですけどね」

 

 オンさんは脚が砕けるのを分かってて、自分の限界を超えた速さを求めた。カフェさんも足折ってから何か満足したのか引退した。フクキタさんも衰えと、ラストランで俺と最高のレースをして満足した。

 バクシさんだけはまだ走れたけど、今度はあの人とまともにやり合える人がもう居ないから、ドリームトロフィーを走る意義を見出さなかった。海外に渡ってレースを続ける選択もあったけど、今のあの人は後輩のブラックちゃんを育てる楽しさを満喫しているから、それもアリかと思ってる。

 グラスワンダー先輩は無言で考え込み、数十秒ほど微動だにしなかった後、意を決したように口を開いた。

 

「………決めました。私はまだレースに満足はしていません。スペちゃんやエルと一緒に走って勝ちたい」

 

 背筋がゾワリとした。今まで穏やかだった先輩の雰囲気が一気に剣呑になり、体を伝う汗が冷たく感じられた。

 これだよ、日経賞の時にこの人から受けたプレッシャーだ。いや、あの時よりさらに研ぎ澄まされたような鋭利さがある。

 心の持ちよう一つでこれほど受ける重圧が変わるか。やっぱりこの人は生まれついての武者だ。

 道を定めたグラスワンダー先輩の帰りの走りは、行きと別人のように力が籠っていて目が離せなかった。

 

 寮に戻り、先輩と一緒にシャワーを浴びて朝食をがっつり食べた。

 登校時間になり寮を出でも、真っすぐ門には行かない。

 門から離れた壁をよじ登って道に出る。壁から降りて来た俺を見て、同じ寮の子がギョっとした。

 

「えっ、アパオシャ先輩?」

 

「おはよう。寮の門の外にまだ記者は居た?」

 

「は、はい。今日も沢山いました」

 

 まったく、朝からご苦労な事だ。何が何でもスクープが欲しいのかよ。

 後輩を陰にして、学園の正門もこっそり覗き込む。門には駿川さんの隣に、二十人ぐらいのカメラを持った連中が待ち構えていた。

 新聞屋には俺はオマケだけど、少しでも相手するのは面倒くさい。

 視線の壁になってくれた後輩に礼を言って、記者の待ち構える門から離れた外壁の前に近づき、先にカバンを中に放り込んでから、一足飛びで壁を乗り越えて学園に入る。

 この三日ずっとこんな感じで学園にメディアが張り付いて通学にも困る。でも学園内までは追いかけては来られまい。

 

 学生の本分の授業をすべて終えたら、今日も張り切ってトレーニングだ。

 次のレースまでもう時間が無い。出来る限り調整の時間を有効に使いたい。

 チームの部室に行き、トレーニングウェアに着替えてメンバーを待つ。その間はフランス語の教育映像を見ながら発音を練習する。

 フランス語は英語と大分近いから習得は楽な方だけど、似ているからこそ微妙な発音の違いの修正が面倒くさい。

 すぐにメンバーが揃い、トレーナー達も来た。

 

「よしっ、集まってるな。今日もそれぞれの距離のコーストレーニングをするぞ。質問あるか?」

 

 何も無いから早速トレーニングに移る。

 まずは練習コースでダンとガンちゃんが2200メートルを想定して走る。ダンはオールカマーを、ガンちゃんは神戸新聞杯を今月の同日に予定している。

 互いにG1ウマ娘とあって、練習とは思えないぐらい競り合って共にゴールした。どちらも良い仕上がりでちょっと安心した。

 特にダンは屈腱炎が完全に治り、錆落としもほぼ完了した。あとは実際のレースで勘を取り戻してくれれば、本番の秋天皇賞も万全だ。

 ガンちゃんも神戸新聞杯を勝って、最後のクラシック三冠の菊花賞の弾みにしたい。

 二人の併走が終わったら、今度はジャンとブラックちゃんが2000メートルを走る。ブラックちゃんはそうでもないが、ジャンはいつものとぼけた顔を引っ込めて真剣そのもの。来週いよいよ中山レース場でメイクデビューとなったら、昼寝大好きなアホの子とて気が引き締まる。

 走った後のタイムを確認した髭トレーナーはそこそこ満足した様子だ。あの顔は満点はやれないけど、良いタイムなんだろう。

 最後は俺とクイーンちゃんの併走になる。フランスのカドラン賞を想定した4000メートルは、ステイヤーのクイーンちゃんでも未知の領域だけど、他に俺のパートナーが務まるウマ娘は彼女しか居ない。来月の秋天皇賞までは少し間があるから、無理を言って頼んだ。

 本番さながらの練習を終えて、疲労感と共に手ごたえも感じる。

 出来ればヨーロッパのクソ重馬場を想定して、水浸しにしたコースを走りたいけど、それは練習日を決めたナリタブライアンとの合同練習じゃないとさせてもらえない。今日はその日じゃないから我慢だ。

 それでもチームで三交代制の並走を続けて、疲労が溜まればオンさん特製のドリンクで回復。また走る、疲れたら回復の繰り返しで今日の練習は終わった。

 

 日が落ちて練習が終わり、ジャンとブラックちゃんが電源が落ちたみたいに倒れ込んだ。

 眠りこけた二人は俺とバクシさんで部室まで背負って連れて行く。

 途中で同じく練習の終わった≪リギル≫とばったり会った。今日はルドルフ会長も一緒にトレーニングか。

 

「お疲れさまです東条さん」

 

「お互いにね、藤村。そちらも気合入ってるみたいね」

 

 東条トレーナーは背負われている二人を見て苦笑する。向こうは一部の下級生がフラフラだけど、まだ自分の足で歩いている。

 俺が背負っているジャンと同期の、テイエムオペラオーちゃんが目に付く。既に彼女は先月にデビューを果たして快勝している。普段の言動は癖があり過ぎるけど、実力はジュニア期の中でも五指に入る。

 もう一人エアグルーヴ先輩の隣に居る見慣れない褐色肌の子は新入生かな。

 ―――あ、思い出した。四月の選抜マイルレースで一着になって、声をかけたトレーナー全員を素っ気なく断ってた子だ。最初から≪リギル≫に入るつもりだったら、そういう態度にもなるか。

 

「よう、調子はどうだナリタブライアン」

 

「アンタと同じぐらいだ。次のレースも勝ちにいく」

 

 おーおー頼もしい限りだ。フランス凱旋門賞を前にしても、こいつは楽しみにしか思ってないか。

 今月初め、俺とナリタブライアンは、共に来月パリロンシャンレース場で行われる凱旋門賞ウィークエンドに参加する旨を関係各社に伝えた。

 俺の方は前々からフランスのカドラン賞を走ると発言していたから、さして注目は集まらなかった。

 しかしナリタブライアンの凱旋門賞挑戦の情報は日本中を湧かして、朝から晩までトレセン学園には取材申し込みの電話が鳴り響き、事務所は対応でいっぱいいっぱいになている。さらに昼夜を問わず記者が学園外に張り付いているから、警備員が24時間体制で巡回して侵入者を防いでいるとかなんとか。

 イギリスG1を二連勝した、日本レース史上最も凱旋門賞勝利に近いウマ娘に何かあっては、未来永劫に渡り凱旋門賞には勝てない。そう思ったURAと学園が渡仏まで、どんな些細な危険も排除しにかかる厳戒態勢を敷いていた。

 それでも俺とナリタブライアンの練習コースの予約が通常よりやや優先される程度に収まっている。

 前回のエルコンドルパサー先輩の時もそこまで特別扱いはしてなかったし、あまり優遇し過ぎるのも他のウマ娘に悪影響があると判断したからか。

 

「今のブライアンに敵は無い。無論、アパオシャも素晴らしい結果をもたらしてくれると、私は信じている」

 

「全力で走ってレースに勝ちますよ。俺に出来るのはそれぐらいですから」

 

「日本にいる間は何も心配せずにトレーニングに励むといい。些事はこちらで全て処理する」

 

 ルドルフ会長が普段の面白くないダジャレを口にせず、不敵に笑う。

 この人が俺達に降りかかる面倒で無駄な取材や、見ず知らずの人間との面会を弾いてくれているのは知ってる。だからいつか、何かの形で恩返しをしたいと思う。

 そのまま≪リギル≫と軽い雑談をしながら部室に戻り、ジャンとブラックちゃんを起こして着替えさせて、寮にまで連れて帰らせた。

 

 

 それから毎日厳しいトレーニングを繰り返して、十日が過ぎた。

 この日はいよいよジャンが中山レース場でデビューを果たす。

 一年前は猫を追いかけて迷子になっていたお調子者が2000メートルの芝を最初に走り切り、見事に勝利を掴み取った。

 これでジャンも一人前のウマ娘の仲間入りだ。

 帰りはみんなでケーキを食べてお祝いした。

 

「これで先輩達みたいに凄くカッコイイウマ娘になれたかな?」

 

「まだまだ一勝しただけ――――と言いたいけど、よくやったぞ。今日はお前が一番だ」

 

 髭に褒められて有頂天になってるけど、今日ぐらいは天狗にさせてやろう。

 

 

 さらに十日後。俺と髭、ナリタブライアンと東条トレーナーは機上の人となり、フランスの大地を踏みしめた。

 

 

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