変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々   作:ウヅキ

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第100話 果ての光景

 

 

 天気晴朗なれども風強し。

 本日のパリロンシャンレース場は秋の風が吹く、晴天に恵まれた。

 数日前は雨に見舞われたから、レース当日はどうなるか危ぶんでいたが晴れてくれて助かった。

 眼下に広がる芝を一歩踏めば、サンダルの隙間から水を含んだ芝の感触を感じる。レース場の公式発表は稍重だった。想定の中ではマシな方だろう。元より日本の良バ場など望むべくもない。

 

「波打ち際の砂浜を走るよりは大分マシ」

 

『何か言ったアパオシャ?』

 

『大した事じゃないさ、エンプレスオブノウズ』

 

 煽情的な褐色肌の友人に返す。今年はイギリスのレースに来なかったが、こうしてフランスで肩を並べてまた走れるのは喜ばしい。

 スタート前の僅かな時間は、それぞれが精神を昂らせるために使う。

 何もせず、ただ始まりの時を待ち続ける、もう何度も一緒に走ったドイツの古豪プリンセスゾーン。

 入念に柔軟体操をするご当地フランスのスレイジーノとシルヴァウィング。

 イギリスの新顔モルガンウェルズ。

 アメリカからは大柄なアルバトロスが周囲を威嚇するように吼えている。

 ゴールドカップにも顔を出していたアイルランドのブルースマートは、同郷のキュプロクスと共に何かを話している。

 それ以外にも蹄鉄を確認したり、勝負服の紐が緩んでいないかを引っ張って確かめる子も居る。

 この総勢11人が凱旋門賞ウィーク初日の第四戦カドラン賞を走る。

 四万人を超える観客達は俺達をどう見ているのやら。さすがにここまで離れていると、ウマ娘の優れた聴覚でも観客達の声は殆ど届かない。

 4000メートルコースのスタート地点はスタンドから1km近くは離れた外側コースの一番奥まった場所にあるから、中継カメラを使ってターフビジョンでこちらを見るしかない。

 カドラン賞はG1でも、現在の日本や世界の主流のマイルと中距離ではない。悪い言い方をすれば、明日の凱旋門賞の前座レース扱い。

 それでも世界中から集まったVIPと地元フランス国民からの、熱の籠った視線は何となく感じる。

 一緒に日本から来たナリタブライアンの姿は会場に無い。あいつは今も明日のレースのために最後の調整を進めている。凱旋門賞はカドラン賞と同様に、世界最高の中距離ウマ娘が集まる最高のレース。レース観戦などして無駄に時間を使っている余裕は無い。

 

『私は勝っても負けても今日で引退だから、最高の走りをするからね!』

 

『そっか、寂しくなる。でも俺は手を抜いて走ったりはしないよ』

 

『そうしてよ。情けなんて掛けたら、幾ら友達だって許さないから』

 

 エンプレスオブノウズの僅かにトーンを下げた本気の声に、無言で頷いて全力で走る事を約束した。

 友人との約束で気が昂り、観客達の前ではウマ娘達の楽団によるファンファーレが流れている。さすが芸術の都パリは楽団にも華やかなウマ娘を採用している。

 5番ゲートに入る前に、キュプロクスを見る。足運びは前のレースの時より少し固いように感じられる。

 三ヵ月前のゴールドカップで爪が割れてから、一度もレースは出ずに療養に務めていたと聞いている。さらにフランスに来ても、全力を出したトレーニングはしていない。調整不足を噂されているがドレスの内に秘めた鍛え上げられた肉の重厚感は、怪我の前より増しているように思えた。甘く見たら必ず食われる、そういう強さをひしひしと感じる。それでこそ俺がライバルと認めた一人だよ。

 そしてゲートの外側で待っている同居者を見る。相変わらず自分が負けると微塵も思っていない、余裕の欠伸をしていた。―――まあいい。

 ゲートに入り、張り詰めた気を維持したまま静かに始まりを待つ。

 

 ――――――――開いたゲートの一瞬の遅れも無く飛び出して、一気に加速してハナを取った。

 後方の十人は特に焦りを感じていないはずだ。俺の走りは基本の『差し』とたまに『逃げ』。マーク外しのために先頭を取る『逃げ』は、彼女達も十分予想の範疇。

 しかしここからが違うぞ。

 スタート位置から数百メートル進んでコース外周へと入り、下り坂を利用してガンガン加速して後続との差を一気に十バ身以上に広げた。

 正面スタンドの観客の驚きが目に入る。そうだろう。今の俺はただの『逃げ』じゃない。ヨーロッパレースの中ではめったに見られない後続と十バ身差以上をつける『大逃げ』。増して読み合い探り合いに終始しながら走り続ける4000メートルの超長距離レースで、こんな博打めいた手を初手で打つウマ娘は絶無だろう。

 黒助は長い付き合いだから、特に気にはしないだろう。だが非常識、想定外、予想外、慮外の一手に後続の十名は真意を測りかねて困惑している。いいぞ、そうして冷静さを欠いていけ。

 そのまま最初のコーナーを曲がり、短いフォルスストレート(偽りの直線)でさらに加速。

 スタンド前の最終直線を一人で駆け抜けて、一度目のゴール板を通り過ぎる。だいたいあと3000メートルってところか。

 直線が終われば角度のキツい第二コーナーへと入り、曲面を使って後ろを軽く確認しておく。二番手は大体十五バ身後ろ。同居者は七~八バ身ぐらいの差か。

 あの黒いケツを見ずに走れるのは良い気分だ。サイレンススズカ先輩が先頭を走るのを譲らないのも分かる。

 そして最後にケツを見せられて屈辱のままゴールなんて、これ以上は御免こうむる。なればこその非常識な『大逃げ』だ。

 あいつは自在に飛べるけど、己の意志で走ると決めた時は、俺達と同様に環境の影響を受ける。

 同居者が一体何なのかは今でもよく分からない。悪魔なのか、幽霊なのか、俺の生み出した単なる幻なのか、カフェさんの『お友だち』と同種なのか。それすら分からない。

 けど、ご自慢の四つの黒脚に絡み付く雨の残滓が大嫌いで、俺以上に脚を取られて速度が出せない事だけは分かっている。よって今日の稍重のコンディションは俺に優位になる。

 急な第三コーナーを細心の注意を払い、出来る限り速度を落とさず曲がって長い直線へと入る。相変わらずの一人旅に、後続はかなり混乱して走っているのが見えた。

 後ろは俺の走りをただのヤケや自滅行為なんて思っていない。同時にこの逃げが謀か、ただの力技かどうかで迷っているんだろう。

 その予想は正しい。何しろ今日はいつもの駆け引き小細工は一切無し、スタミナが尽きる前に最速で走り切る事しか考えていない。

 よって今回は≪領域≫に入る事も予定に無い。アレはメリットとデメリットが混在する、決して便利なだけの代物じゃない。特に俺の場合は速度や力に寄与しない特性だから、今のように一人で走る状況なら無駄にスタミナを減らすだけで意味は無い。同居者には何の影響も与えないし。

 向こう正面の直線を走り続けて登り坂に突入した。これでようやくレースは半分を過ぎた。

 日本ではなかなかお目にかかれない急な坂。これがカフェさんを初めとして、日本の幾多の強豪ウマ娘達を阻んできた試練の坂か。

 けれどアスコットレース場の1マイルの坂に比べたら大した事は無い。菊花賞の後、海外遠征を決めた時から二年間鍛え続けていた脚なら、この坂でも難なく走れる。スタミナも十二分に足りている。

 一人孤独に走り続けて、坂を登り切った。脚はちゃんと耐えてくれた。こんな丈夫な脚をくれた両親と、一緒に鍛え続けてくれた髭やチームの皆に感謝したい。

 長い直線を終え、コース外周のコーナーに入る。ここからは本日二度目の下り坂になる。後ろを見れば五バ身離れて同居者、さらに後方十二バ身に後続集団。キュプロクスは最後方にいるが気は抜けない。

 ずっと側に居続けて全てを理解している同居者は除いて、このレース場に居る者全てが疑問に思うはず。なぜ、こんな自爆染みた走りを選んだのか。今回はフリーハンドを許可してくれた髭トレーナーだって、このレース展開は想像すらしてなかっただろう。

 でもそうしなければ全てに勝てない。そう、全てにだ。キュプロクスを含めた走者全員、そしてうざったい同居者にも。

 下り坂を利用して、加速を続ける。登り坂で差が縮まったから、ここで出来るだけ差を広げでおきたい。

 幾らか限界を超えた速度に、脚が徐々に軋んで悲鳴を上げ始めている。桁違いに頑強な脚でも金剛不壊じゃない。願わくばゴールを駆けるまではもってくれ。

 二度目のフォルスストレート(偽りの直線)をただ一人走り続ける俺を、観客達はどう思っているのやら。セオリーを無視しまくったアホか、はたまた常識を超えた怪物か。 どっちでもいいか。レースを走る者以外に俺の恐れは理解出来ない。

 そうしている間に最終直線へと入った。後方には三バ身差で同居者、十バ身離れて二番手のプリンセスゾーンがいる。だいぶ差が縮まって来たな。

 残りは400メートル余り。スタミナは最後まで持つ。思考力は酸素が足りずに多少落ちているけど、平静さはまだ保っていられる。脚は痛いが壊れるのを度外視すれば、さらにスピードは捻り出せるはずだ。

 

「………やるか」

 

 ここまで来て負けるなんて受け入れられるか。脚に力を込めて、さらにピッチ回転を上げて破滅的な速度を生み出す。

 途中で右脚の指先から嫌な音が聞こえた気がしたけど、そんなものは重要じゃない。まだ脚は動くし速度も上がっているから問題は無い。

 200メートル先にゴール板が見える。後ろから同居者の荒い吐息が聞こえる。この感じだとあと二バ身も離れていない。このままだと負けるか。

 ふざけるな。今日こそお前の悔しがる顔を拝んでやると決めたんだ。

 だったら、最後の隠し札を切ってやるよ。今の今まで固め続けた姿勢から腰と顔を下げて、より低い前傾姿勢を作り上げる。

 イメージするのはナリタブライアンの地を這うような狼の走り。俺はライバル本人じゃないんだから完全な再現など不可能でも、かつて研究して模範した経験から、似せた付け焼き刃の走りぐらいなら何とかなる。

 そんなパチモンの走りだろうが恩恵は多少なりともあり、より加速して黒助を僅かながら突き放した。

 後ろからゴリゴリと不快な音がする。あいつが不機嫌な時に出す歯の軋む音だ。ざまあみろ、今日はお前に負けてやらん。

 残り50メートル。今度は左脚の動きがちょっと悪くなった。知った事か。いまさら関係無い、動け俺の脚。

 一歩、一歩とゴール板が近づくにつれて肺と心臓が限界だと助けを求めている。煩いからちょっと黙ってろ。

 あと20メートル。一呼吸で届くはずの距離が途方も無く長く感じる。

 最後だ、最後まで持てよ俺。

 10……5……3……1…0だ。

 ゴールを駆け抜けて、気を抜いて脚を止めた瞬間に両膝が落ちた。力入らねぇ。

 横から今まで見た事が無いぐらい、怒りと屈辱で顔に皺を刻み込んだ同居者が無駄に長い首で覗き込んでいる。

 

「ははは………俺のぉ勝ちだぁ!」

 

 敗北と煽りが心底気に食わなかった黒助は俺を睨みつけつつも、勝敗自体にはケチをつけずに不機嫌なまま首を逸らした。

 ああ、俺は勝った。勝ったんだ。生まれて初めて本気で走った黒助に勝った。

 喜びが全身を駆け巡り、魂を揺さぶった。すると僅かに力が沸き上がり、両腕を空へと高らかに上げた。

 その動きに呼応するように、観客から天を裂きかねないほどの大歓声が巻き起こった。

 内ラチに手を掛けてゆっくりと立ち上がる。走っている間は誤魔化してたけど、脚がクソ痛ぇ。

 右足を見たら爪から出血してるけど、こっちは多分爪が割れただけだろう。問題は左脚の方か。

 脚を気にしている間に後続も次々ゴールして、その場にへたり込むウマ娘達が続出した。スタミナ自慢の連中だって俺の破滅的なペースを追いかけたら、余力なんて欠片も残らない。

 尤も例外も居るわけで。

 

『お見事でした。悔しいですが今日は貴女に完敗です』

 

『おう、これで俺の勝ち越しだなキュプロクス。今日は運が良かった』

 

『脚を怪我してもですか?』

 

『君達に勝ってこの程度で済めば幸運だろ?』

 

 前のゴールドカップの時のやり取りをそっくりそのまま返したら、キュプロクスはクスリと笑う。彼女の隣に居た同居者は真っ黒な瞳でこちらを睨みつける。

 レースは終わった。それも勝ちたい相手全員に勝って。こんなに喜びを感じたのは生まれて初めてだ。代償はそれなりに支払ったが、十分に割に合う対価を得た。

 あーいやでも、うちの髭は怒るだろうな。どうやって謝ろう。

 

『ついでだから救護班呼んでくれ。左脚の方が不味い』

 

『今日のウイニングライブは私が代役ですか』

 

『前回は俺がやったんだから、おあいこだ』

 

 この言葉に互いに堪え切れなくなって噴き出して笑ってしまった。レースの勝ち負けはあっても、こうして話していれば気の合う相手だって分かる。

 そしておもむろにキュプロクスは俺を抱えて歩き出す。よく聞くお姫様抱っこって奴で。

 

『おい』

 

『こちらの方が早いですよ。それに貴女は私よりかなり軽いですから』

 

 そりゃ俺の方が10cmは背が低いし、肉も付いていないからな。抵抗する事も出来ずに運ばれてしまい、救護員に届けられた。

 当然だけど髭トレーナーがすっ飛んできて脚の様子を聞いて、その場で怒られた。

 それから病院に直行して検査の嵐だ。

 

 

 

「―――――右足親指と中指の爪に亀裂、左足首の靭帯損傷。全治二ヵ月と言う所か。あれだけの速度で最初から最後までぶっ飛ばしてこれだけで済んだのは、お前が呆れるほど頑丈だからだぞ」

 

 夜のパリの病院の一室。検査が終わったら、ただっ広いホテルの一室みたいな個室に押し込まれた。

 両足に包帯を巻いた俺の横で、髭がカルテの写しを読みながら座っている。

 

「トレーナーの俺がお前にレースの裁量を任せた以上は、どういうレース展開にするかケチをつける資格は無い。勝っても負けてもだ」

 

 どこまでも平坦な声が却って嵐の前の静けさと言う奴に似ている。

 

「二年前の日本ダービーの時のような跳び込みじゃない。あくまで走った上での負傷だから、これ以上は怒らない。だが、そこまでするようなレースとも思えなかった。確かにキュプロクス他十名は世界屈指のステイヤー達だ。それでもお前ならいつもの走りで一バ身程度の差で勝てた。わざわざ十五バ身以上の大差をつけて勝つなんて目立つ演出を、お前が選ぶとも思えない」

 

「今日どうしても勝ちたかったんだよ。負けてそこの隅で不貞腐れてる奴に。だから限界を超えて速く走るしか無かった」

 

 指さしたパッと見て何も無い空間を髭が見る。当然だけどあいつは俺以外にカフェさんしか見えない。でも髭はそこにいるかのように信じて、認識してから溜息を吐いた。そして俺の両肩を掴んで鼻と鼻が触れ合うぐらいに顔を近づけて、目を覗き込まれた。

 

「何でお前は先輩の悪い所をそっくりそのまま真似るんだ。無理をして怪我をしたら、次のレースが走れないぞ!」

 

「その『次』がある保証が、どこにも無いのが俺達のレースだからだよ」

 

 髭が言葉に詰まった。俺の言葉は全てのウマ娘とトレーナーに突き刺さる命題だと知っているから。

 虚を突かれた髭の手を引き剥がしてから、胸を小突いて突き放した。

 ウマ娘のレースは過酷の一言に尽きる。細い二本の脚で時速70km近い速度のまま走り続ければ、どれだけ鍛えて注意を払っても怪我をする時はどうあっても怪我をして、時には脚そのものを失う事だってある。

 それを分かっていてもなお俺達は走り続けて、トレーナーは支える関係であり続ける。

 

「ずっと前から気付いてたんだよ。オンさんが脚を砕いた時に、俺達ウマ娘はとても儚い存在だって。はっきりと意識したのは夏休みにゴルシーを見舞った時だけどな。あの時、不意に恐くなったんだ」

 

「怪我をして走れなくなるのがか?」

 

「正確にはレースに負けて、俺に勝った相手が怪我をしたまま引退して勝ち逃げされる事に。六月のゴールドカップの時だってキュプロクスに負けた。あのまま彼女が重度の負傷で引退していたら、俺が負け越したまま逃げられていた。それがどうしようもなく、腹が立って怖くなった」

 

「待て。お前の言い分は他のウマ娘のことだろう。そこにいる『奴』は別じゃないのか」

 

「それだって確証は無いんだよ。明日いきなりエクソシストが除霊か悪魔祓いして急にどっか行く可能性だってあると気付いたんだ。カフェさんの『お友だち』だって、最近はフラフラして側に居ない事が増えたって寝物語で聞いてるだろ?」

 

「おいっ!」

 

 何だよ、別に恥ずかしがる事も無いだろが。俺だって大人のお付き合いがどういうものかぐらいは知ってるぞ。

 カフェさんの事は置いておくとして、今更だけどこの世に確かな事なんて何も無い事に気づいたら、次なんて待っていられない。そうじゃないのか。

 

「相手に勝ち逃げされるぐらいだったら、怪我をしようが俺が勝って、走れなかったら引退してやる。身勝手だけど勝ってこそのレースだろ?」

 

「お前って奴は……」

 

「ただ、トレーナーに心配をかけたのは悪いと思ってる。もうしないとは言わないけどゴメン」

 

「そこはもう二度としないと言えよ」

 

 やだね。俺は出来ない約束はしない主義だ。

 

「まったく、これで明日は主役無しで俺一人の授賞式か。記者会見もどうするか」

 

「あーそっちもあったか。なんかいい具合に言い訳作らないとメディアは変に騒ぎ立てる。ナリタブライアンが明日勝ったら全部うやむやに出来るのに」

 

「例え勝っても全部は無理だ。お前とナリタブライアン、どちらのレースも日本のウマ娘にとって初勝利なんだぞ。それと前人未到の十冠ウマ娘だって忘れるな」

 

 けっ!メディアとURAの偉い人が大好きな凱旋門賞ウマ娘が日本に誕生するんだぞ。俺の事ぐらい脇に置いて忘れてろよ。

 ――――――――よし、一つ言い訳を思いついた。

 

「先輩のオンさんに倣って、俺はレースに勝つと同時に自分自身の限界への挑戦の果てに、怪我をしたとか言っておいてくれ。まんざら嘘じゃないし」

 

「それでも監督責任を問われるのがトレーナーなんだけど、まあ何とか今日中にもう少し上手い言い訳を考えるさ。お前はしばらくここで療養していろ」

 

 それだけ言い残して髭は病室から出て行った。

 一人になってとりあえずスマホを見る。現在午後九時だから、時差のある日本は夜明けぐらい。まだ連絡には早いし、やる事も無くなったから寝るか。

 電気を消して、暗闇でさっきの話を反芻する。

 

「十冠ウマ娘ねえ」

 

 冠の数が増えた所で何かが変わるわけじゃない。それにG1ウマ娘だって負ける時はあっさり負ける。

 十冠だの無敗の三冠バとか持ち上げ過ぎなんだよ。俺達だって怪我もすれば負けもする、ホイザちゃんの言う通り『普通』のウマ娘達だ。

 俺達がフランスに来た後、日本ではオールカマーと神戸新聞杯があった。

 オールカマーにはダンとドーベルちゃん、≪カノープス≫のツボが出ていた。結果はツボの優勝。

 神戸新聞杯はガンちゃん、ライアンちゃん、ミホノブルボンが走り、勝ったのはライアンちゃんだった。

 どちらもG1優勝者以外が勝っている。どれだけG1勝利を重ねたって無敵じゃない。ちょっとした要素で負けるのがレースだ。

 さて、俺のライバルは明日世界最高のレースに勝てるかな。俺が勝ったんだから、出来ればあいつにも勝ってほしいよ。

 

 

 翌日、スマホに祝福メッセージと怪我を心配するメッセージが大量に届いた。

 それらに返事をしつつ、テレビでレースを見た。

 凱旋門賞も最後まで見届けた。

 

「やったなナリタブライアン。やっぱりお前が最強だよ」

 

 テレビにはぶっきらぼうな栄光の勝者が画面いっぱいに映っていた。

 

 

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