変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々   作:ウヅキ

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最終話 あれから幾年

 

 

 パチリと目を開けて、見慣れないホテルの天井が視界に入る。

 懐かしい夢を見た。あの頃はただひたすら走り続けた日々だった。

 あれから片手で足りない年数が経ったのか。

 夢の中で蘇る記憶を反芻して、首をゴキゴキ動かして眠気を払った。高等部と大学部を経て、晴れて社会人になったんだから当たり前か。

 日本や欧米が好むデザインとは異なる造りのベッドから起きて、窓の扉を開け放つ。

 冷えた外気が入り込むと共に、黄金の海と群青の空の境から朱の太陽が顔を出し、世界というカンバスを無限の色に染め上げていた。

 

「いやー我ながら遠くまで来たもんだ」

 

 荒野の夜明けというのも、なかなか見応えがある。

 と言っても同意してくれる人はおらず、一緒にいる同居者はまだ寝ているから、単なる独り言に終わった。

 

 朝食を済ませたら早速仕事に出かける。同伴するのは現地のイラン人の通訳兼ガイド、銃で武装した護衛の一人、あと俺の兄さん。そして同居者。

 ガイドが調達したオフロード車で未舗装の道なき荒野をひた走る。アメリカの荒野とはまた違った、人の手の入っていないイランの荒涼とした大地は刺激的だ。

 

「しかし、本当にお前のお目当てのウマ娘は本当にいるのか?」

 

「俺じゃなくて、後ろで寝ている黒助に行ってくれ。今回はいつもと違ってこいつの情報なんだよ」

 

「俺じゃ意思疎通出来ないから、お前の話は信じるけどな」

 

「そうだぞ。上司の言う事はちゃんと信じないと」

 

 上司という言葉に、兄さんは曖昧な笑いで流す。

 大学を卒業した俺は、現在URAの職員として管理部の人事課で働いている。兄さんは俺の後に転職してURAに入って来た。

 トレセン学園の大学部を卒業して、在学中にずっとやりたい事を探した末に、URAに就職した。

 割り振られた仕事の内容は主に二つ。

 

 一つは希望するウマ娘を海外に送り出し、逆に日本に海外のウマ娘を預かる事。そのための相手方と折衝する必要がある。

 昔から中央トレセン学園は外国出身のウマ娘を留学生として受け入れている。タイキシャトル先輩やエイシンフラッシュちゃんがその例だ。

 逆に日本も有望なウマ娘を外国に送り出している。とはいえ、その数は年に数人の規模でしか無かった。

 基本的に日本のウマ娘は海外レースの時だけ現地に行って、走ってすぐに帰国の繰り返しだ。

 

 流れが変わった契機は、数年前にアイルランド王族のファインモーションちゃんを留学生として受け入れた事だ。

 それから流行りのように日本にレース留学して、反対に日本から海外のトレセンに年単位で留学する子が増えた。

 そこで留学生の受け入れを円滑にするための交渉に、俺が現役時代に海外で培った人脈に目を付けた。

 俺もドリームトロフィーリーグに入って、毎年のように海外の長距離G1を走り、世界中から集まるウマ娘と友人になった。

 遠くの友人達が現役を退いても、それぞれのトレセンのOGとして一定の影響力を保ち、現地のトレセンと円滑に話を進めるための大きな助けになった。

 中にはトレセンを運営する一族の令嬢もそれなりに居て、一緒にお茶を飲むだけで留学を了承してくれるケースも多い。

 何ヵ月も交渉する必要無しに仕事が片付くから、URAとトレセン学園は凄く助かると評判も良い。

 

 もう一つが世界に数多くいるウマ娘をスカウトする事。こちらが俺がやりたかった仕事だ。

 スカウトはそのまま、世界各地に居る有望なウマ娘にレースと成果を出した時に得られる対価を提示して、トレセンに招く仕事。オリンピックやスポーツの世界ではよくある話だ。

 生徒会入りして、ルドルフ会長を傍で見る機会が得られて思った事がある。あの人は『全てのウマ娘の幸福』を願っていたが、全てというのは基本的にトレセン学園の生徒の事だ。学園の生徒会長なんだから、あくまで自分の目に届く学園の範囲の生徒までが対象なのは道理なんだけど、それがずっと引っかかっていた。

 むろんあの人は学園の生徒だけでなく、オグリキャップ先輩を笠松から中央に呼んだ事があるから、日本の地方トレセンも色々と見ている。

 その証拠に現在はURAの俺と違う部署で辣腕を振るって、今日も日本のウマ娘が自由に走れるように尽力している。立場が変わっても、あの人の想いは何も変わっていない。

 

 でもそれはあくまで日本国内だけで、海外までは目が届いていない。

 だから俺が目の届いていない海外を担当しようと思って、URAに希望して海外派遣職員という形で叶えてもらった。

 その引き換えに人脈を使った折衝役をする事になったが、さして苦にはならない。

 

 一つ問題になったのがウマ娘とはいえ女一人で海外に派遣する事だ。安全面以外にも女という理由で軽く扱われる土地もある。

 かと言って仕事でも四六時中、異性と居続けるのは結構疲れる。そこで博物館で働いていた兄を引っ張り込んだ。

 兄も最初は転職に難色を示したけど、世界各国を巡って現地のウマ娘の歴史を生で知れる誘惑には勝てなかった。

 あと、結婚して奥さんに子供が出来たから、養う金が必要だったのもある。海外出張手当も含めたら前職の倍以上の給料だから文句は無かろう。

 たとえそれが妹の部下として雑用を押し付けられる立場でもね。

 

「わざわざ日本から兄妹揃って、こんな電気も通っていないド田舎までウマ娘探しなんて物好きだねえ」

 

 運転するガイドのオッサンが呆れたように日本語で話す。言わんとする事は分かる。これから行く場所はホテルのある街から、車で五時間はかかる辺境だ。そんな場所までわざわざウマ娘を探しに来るのは、余程の酔狂者と言われても反論しようがない。

 

 

 それから道なき道をひた走り、六時間かかってようやく目当ての場所に辿り着けた。ガイドが居なかったら絶対に迷子になってた。

 目当ての場所には数十ものテントが張られて、数千を超えるヒツジやヤギと共に人々が集まっていた。

 さらに離れた場所には、平原に等間隔で杭が打ち込まれて綱が張られている。手作りのレース場のように見える。というかそのままレース場だ。

 車を降りてガイドが挨拶をする。俺も頭がすっぽりと隠れるスカーフを巻いて後に続いた。この辺りはイスラム教徒が多いから、女は肌を隠さないと色々と面倒が増える。

 祭りの主催者に挨拶に行き、レースを見に来たとガイドを通して伝えると、現地の主催者はジェスチャーで感謝の意を示した。 

 ここの人達は全員この国の遊牧民で、毎年この時期に各部族が一堂に集まってウマ娘のレースを行う。

 かつて古い時代に、家畜に食わせる草や水を巡って争った部族同士をどうにか穏便に和解させるため、それぞれの部族のウマ娘が代表になってレースに出て、勝った側の言い分を聞くという伝統が生まれた。そしてレースが終われば、ウマ娘達は神への誓いを歌と踊りで捧げる、ウイニングライブに似た神事が執り行われた。

 今は争いも減り、どちらかと言えば祭りとしての側面が強くなったが、それでも数千年廃れる事無く続いている。

 肝心のレースは夕方からなので、それまでは自由に過ごせる。

 早速兄さんはガイドの通訳を通して、この国のウマ娘の歴史を聞いて回るつもりだろう。

 女の俺は一人歩きしたら面倒になりそうなので、レースまでは客人用のテントで大人しくしているつもりだが、同居者はいつにも増してテンション高めで外を走り回っている。数年前にレースでドバイに来た時以上にはしゃいでいるな。まあいいや、あいつの事は放っておこう。

 

 日が傾き、涼しくなったら外が俄かに騒がしくなった。そろそろ時間かな。

 荒れ地のレース場に行くと、それぞれの部族を象徴する幾何学模様、動物や花柄の刺繍や織り込みの、華やかで美しい伝統衣装に身を包んだ、年齢の異なる十数名のウマ娘達が立っている。こうして見ると俺達のレースとよく似ている。

 それは特に気にするものじゃない。最も目を惹く存在に比べたら些末なものだ。

 レース場のウマ娘の一人の隣に居る、同居者とよく似た姿の白い奴が気になって仕方がない。しかも誰もそいつを気にした様子が無い。俺と同じケースか。

 もしかしてこの白い奴に会うために、わざわざこんな遠い国まで俺を連れて来たんじゃないだろうな。

 その白い奴が俺の元にやって来た。

 

「初めまして、アパオシャです」

 

 アイサツは大事。古い本にもそう書かれている。

 あと便宜上こいつは白助とでも呼ぼう。

 それからうちの同居者が戻ってきたら、いきなり白助と蹴り合い噛み合いを始めやがった。なんだこいつら……仲の悪い兄弟か何かか?

 唐突に喧嘩を始めた黒白コンビは放っておいて、演奏と共に始まるレースに集中しよう。

 

 レースは結構面白かった。ウマ娘達は技術の欠片も無い泥臭い走りばかりだけど、だからこそ走る事への喜びがダイレクトに伝わってきた。

 日が落ちて、月光と篝火に照らされた神へ捧げる舞いも神秘的で、これだけでもここまで来た甲斐があったというものだ。

 舞が終われば、後は普通の宴会が催された。

 兄さんは他の男連中と酒盛りに興じている。男ってのは酒があれば言葉が通じなくても大抵仲良くなれるものだ。

 そっちは放っておいても大丈夫だろう。

 俺の方は例の白助がこちらに来いと呼んでいる。日本語を話せるようには思えないけど、意思疎通に苦労は無い。理屈はよく分からんけど困らないから別にいいや。

 白助はレースに参加した十歳ぐらいの小さなウマ娘の一人の隣に佇む。その子の肌と、スカーフの間から覗く髪は雪のように白かった。

 

「こんばんは、俺は日本から来たアパオシャというんだ」

 

「私はティシュトリヤ。お姉さんも私と同じような『友達』がいるのね」

 

「早速だけど、日本でレースをする気はあるかい?」

 

 さて、同類は何と返答するかな。

 

 

 

 

 ―――完―――

 

 

 






 これにて『変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々』はおしまいです。
 最後の方はかなり駆け足で中身が薄くなってると思いましたが、ある程度書きたい事は書き切ってしまったので、申し訳ありませんがこれまでと納得してください。

 あとは一話だけ、それぞれの卒業後の進路なんかを投稿する予定です。
 第一話を投稿してから半年間、評価、感想の書き込み、お気に入りに登録していただいた読者の方々には、大きな感謝を述べさせていただきます。


 最終話を投稿したら、本作の続編に位置付けする新作『オグリの娘』を書こうと思います。その時はまた評価等よろしくお願いします。
 それでは長いようで短かったお付き合いを締めくくらせてもらいます。
 誠にありがとうございました。



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