新潟記念の翌週。チームにレース新聞の記者が取材に来た。以前から何度か取材に来ているのを見ていると、癖しか無いようなうちのチームも一流なのだとしみじみ思う。
今回は新潟記念を勝ったフクキタさんの取材がメインだったが、他の先輩達の取材にも結構時間を取っていた。
オンさんは今月末にG2オールカマー戦に出走、バクシさんは来月頭に自身の初になるG1スプリンターズSに出走する。カフェさんも来月中頃にG2京都大賞典が控えていた。改めて思うと、先輩達三人も取材する価値は大きいな。
変人の集まりのチーム≪フォーチュン≫は忘れがちだが、G1優勝者を三人抱えて、もう一人は複数重賞勝利者が所属している。超実力派チームだから取材もひっきりなしに申し込まれては、学園の方でろくでもない記者や週刊誌の依頼は門前払いをしているらしい。
今回の記者は学園から合格点を貰ってるから、こちらが下手な発言さえしなかったら何事もなく取材は終わるはず―――ちゃんと終わるのかなぁ。
でも、うちの髭トレーナーが発光している記事は見た事無いから、あれで取材は真っ当にやってるんだろう。
デビューすらしてない俺には取材は来ないし関係無いから、軽いランニングをして時間を潰しておくか。
一人で広い学園内をふらふら走り、練習コース場まで行くとチーム≪リギル≫がトレーニングをしていた。思わずコース上の十人に目が惹き付けられて足が止まる。
今はグラスワンダー先輩とエルコンドルパサー先輩が、トレーナーの女性にフォームの指導を受けている。
しかし改めて思うとチーム≪リギル≫の十人近いウマ娘を、あのトレーナーが一人で指導しているのか。うちの倍の規模を受け持ちつつ、G1をコンスタントに勝たせる指導力は物凄い高い。しかも元は≪皇帝≫を育てた人のサブトレーナーだったんだよな。
そんな事を考えてコースを見続けていると、俺の視線に気づいた一人がこっちに目を向ける。何を思ったのかその人は、俺に手招きをして降りて来いと仕草で伝えた。しかもその人はシンボリルドルフ会長だった。これは無視したら色々とまずい。
観念してコースに降りて、最初に練習を邪魔した事を謝る。
「呼び止めたのはこちらだよアパオシャ。それに見られて困るような練習はしていないさ」
「俺はあなたと面識は無いのに名前知ってるんですね」
「生徒の顔と名前を覚えるのは生徒会長としての嗜みだよ」
学園の生徒は二千人規模だぞ、すげえな生徒会長。その上無敗のクラシック三冠達成して、G1七冠。負けはたった三回。最高のウマ娘の評判に誇張は無かった。
「直接話をするのは初めてね。私は≪リギル≫のトレーナーをしている東条ハナよ」
「初めまして、アパオシャです。練習の邪魔にならないように大人しくしています」
「……貴女、本当に≪フォーチュン≫のメンバーなの?苦労してたら相談ぐらいは乗るわよ」
どういう意味の発言かと思ったが、多分癖の強さがパッと見て無いから、チームに馴染めないと勘違いしてるのか。大体認識は合ってると思うし、善意の発言と思えば東条トレーナーがお人よしなのは分かる。
お人好しならそのままトレーニングを見学させてもらった。
≪リギル≫の練習を間近で見ると、突出した実力に衝撃を受ける。伊達で学園最強チームと言われていない。みんなカフェさん達と同等クラスの実力者ばかりだ。
ただ、一人だけ俺とそんなに変わらない実力の子がいる。宝塚の時にルドルフ会長達と一緒に居た、黒髪を荒縄でポニーにした子だ。
「ナリタブライアンが気になるかしら」
「うーん、同じ年だから多少は」
「…なら、一緒に走ってみる?」
東条トレーナーの発言に驚く。パッと見て堅物というか管理の厳しい人だと思ってたのに、案外気安い人なのかな。
ナリタブライアンを呼び、俺との一対一のレースを指示した。
「面白い」
彼女は飢えた肉食獣のような獰猛な笑みを俺に向けてきた。
「距離はアンタの好きな長さで良い」
「いいの?じゃあ3600で」
おっ、東条トレーナーとナリタブライアンが明らかに動揺した。そりゃそうだ、3600メートルは国内レースで最長距離。デビューもしてないウマ娘にとって未知の距離で、走り切る事すら保証出来ない。
「走れないなら2000メートルぐらいにしてもいいぞ」
「いや、3600でいい」
「駄目よブライアン。せめて3000にしてくれるかしら」
東条トレーナーから待ったがかかり、ナリタブライアンは不服そうな顔をして「3000でいい」とぶっきらぼうに言った。一度言った事を自分から引っ込めないから、負けん気が強い性格なのかな。競技者には向いてるけど、冷静さはちょっと無いかな。
条件が決まり、メンバーの練習は一旦休止して、俺とナリタブライアンのレース観戦になった。
距離を聞いて全員が何かしらの否定的な感情を見せていたが、本人がやると言った以上は口を出さない。
コースに立ち、スタート役のエアグルーヴさんが手を振り下ろしたのを合図にレースが始まった。
まずは先行して相手の前を走る。すると負けじとペースを上げてこちらを抜く。ならば俺もペースを上げて再度抜いて先を走ると、やっぱりナリタブライアンは負けん気を出して前へ行く。
1000メートルぐらいこんな競り合いを続けると、大体彼女の事が分かった。なら、とことん付き合ってやろう。
2200メートルまで抜き合い競り合いを続けた結果、ガクっとナリタブライアンの脚が鈍った。
これだけの距離を一定のペースを保たずに、緩急を付けて走らされたら余計にスタミナを使って足が付いてこない。むしろもっと早く足が鈍ると思ったが結構手強い。
「じゃあ、ゴールで待ってるぞ」
戦意をへし折るため、すれ違う時に一気に加速して前に出た。
ハイペースを維持したまま2500メートルを超え、2600、2700と距離を刻んでも、ナリタブライアンはまだ五バ身ぐらいで食い下がっていた。マジかよ。まだ持つのか。
いや、それでも顔は青くなり、血の気が引いている。俺だって結構キツいんだから、さすがに向こうはもう限界なはずだ。
止めを刺すために少し早いが溜めた足を使って、残り200メートル直線でラストスパートをかける。
ナリタブライアンは遥か後方。これでもう安全圏だと思った時、背中に冷たい汗が落ちる。
俺じゃない足音がどんどん大きくなって近づいてくる。後ろを振り返って確かめたいが、それをしたら本能と隣を走る同居者が負けると囁く。
心臓を締め付けられる重圧感を振り切り、酸素を無理矢理押し込んで動かす。
見えない怪物の影に追われながら、100、50、20とゴールのヒシアマゾンさんの姿が近づくにつれて、見えないプレッシャーは遠のき弱くなった。
「ゴール!!勝ったのはアパオシャだーー!!」
勝利宣言を聞いてホッと一息吐けた。すぐ後にナリタブライアンもゴールして、チームメイトの先輩に声をかけられている。
フジキセキ先輩が俺に水のボトルを渡してくれた。
「君は強いねポニーちゃん。一対一でブライアンに勝てる同年代は居ないと思ってたよ」
水をガブガブ飲んで乾いた喉を潤して礼を言う。それと何バ身離れてたか聞くと、二バ身だった。予想よりかなり苦戦したな。
「もっと距離が短かったら勝てなかったです。中距離じゃ、アレの相手はしたくない」
「そうだね。ブライアンの得意距離はマイルから中距離だから、今回はかなり不利なレースだったと思う」
先輩の意見には全面的に同意する。その上でスタミナ勝負で押し切るつもりが逆に追い込まれた。こんな奴が同じ年代に居て、競うのは嫌だよ。もっと楽に勝たせてくれ。
俺はまだ長距離が本領だから良いけど、マイルと中距離連中はほぼ全滅かな。ゴルシーやビジンは泣きを見るぞ。
落ち着いてから、座り込んだ敗者に声をかけた。悔しそうにしてるが、どこか喜びを感じてるような、楽しそうな顔に寒気がする。
「アンタ、強いな。私とまた走ってくれるか?」
「疲れるからもう嫌だよ。どうしても走りたかったら賞金が出る公式のレースにしてくれ。タダはゴメンだ」
「っ!!良いだろう。それまでに私はもっと強くなっている」
おう強くなれ。俺はお前が出ないレースか有利な長距離で勝つぞ。
期せずしてギリギリのレースが出来て大きな収穫を得たが、厄介なライバルがいるのは喜べない。
二年後はどうしようか。マイル中距離が得意みたいだし、多分皐月賞やダービーに出るだろうな。
クラシックG1は優勝賞金が多いからなるべく勝ちたいけど、菊花賞を除いてこいつ相手に勝てる目はかなり少ない。あーあ、困ったぞ。
勝っても苦い気分のまま≪リギル≫メンバーとトレーナーに礼を言ってコース場から離れたら、東条トレーナーに呼び止められた。
「あなたには感謝するわ。ブライアンは常に強い相手と走る事を目的で走ってる所があるから、良い目標が出来たもの」
「俺はもっと楽に勝てる相手とレースがしたい」
「そうね、どうせ走るなら勝てるレースを走りたいのはみんな同じよ。でもあの娘と同じ世代に生まれた以上は、どこかで争う事になる。怪物の影からは逃れられないと覚悟しておきなさい」
最悪の予告をしてくれたよ。まあ、どうせシニアになったら上の世代とも戦うんだから、やる事は変わらないか。
練習して強くなって、誰であれ試合をして勝つ。アスリートにとっては、ただそれだけの事だよな。
「しょうがない。頑張るか」