天高くウマ娘肥える秋の十月末日。府中には十二人の鍛え上げられたウマ娘が集った。
彼女達はこれから盾を求めて死力を尽くすレースをする。そして彼女達を見たいが為に、俺達を含めた万を超える観客が東京レース場に集結した。
観客席を見渡せば、そこかしこにトレセン学園の制服を着たウマ娘の姿が見える。彼女達は大抵店で買った食べ物を持ってて、半ばお祭り気分でいた。
何しろ東京レース場はトレセンの隣にあって、今日は日曜日だ。ある種のお祭りをトレーニングだけで済ますのは、俺達ぐらいの年には拷問に近い。
だから多くのトレーナーはレース観戦も立派なトレーニングと称して、昼からは休みを与えてウマ娘を自由にさせた。
かく言う俺達≪フォーチュン≫も全員レース場に居る。もちろん遊びで来たんじゃない。今日のメインレース秋天皇賞を出走するフクキタ先輩を応援するためだ。
バクシさんがわたあめと格闘して、カフェさんがドーナツを食べているのも、単に腹が減っては戦も見れないから。G1焼きなるアンコたっぷりの大判焼きおいしい。
隣には≪スピカ≫が一緒にいる。今日はゴルシーもゴールドシップさんに振り回されず、チームのみんなでホルモン煮を食ってた。チョイスが女子学生らしからぬが、選んだのはスペシャルウィークさんなので何も言うまい。
少し離れた所には、今年のクラシックを騒がした三人組BNWの姿もあった。皐月賞のナリタタイシンさん、ダービーのウイニングチケットさん、そして先週激闘を制してコースレコード『3分04秒7』と共に菊花賞ウマ娘に輝いたビワハヤヒデさんの三人。レースでは鎬を削り合うライバルでも、勝負から離れたら仲の良い友達か。
特にビワハヤヒデさんは、あの≪ナリタブライアン≫の姉と聞いている。姉妹と言ってどうこう特別な感情は無いが、何となく目が向いてしまう。……チョコバナナを食ってるな。
他に目を向けると、やはり≪リギル≫の姿もある。今月初めに、うちのバクシさんとスプリンターズSで競ったタイキシャトルさんは、ナリタブライアンと豪快に串肉を頬張っている。レースは惜しくも二着に終わったが、その日の夜に寮でバーベキューをするぐらいポジティブの塊みたいな人だ。余談だがスプリンターズSはニシノフラワーさんが優勝して、うちのバクシさんは着外六位だった。
しかし負けたと言えば、先日の京都大賞典は惜しかった。カフェさんが後方から捲るゴールドシップさんに内ラチギリギリからぶち抜かれて惜敗したのはまだ覚えてる。芝が荒れに荒れた内側の際から突っ込んでくるとは思わなった。カフェさんも久々の負けにションボリしてたよ。
今日のレースはその雪辱戦というわけでないが、フクキタさんには昨年以来遠ざかっているG1勝利を得て欲しいとチーム全員が思っている。
ちょうど10レース目のダートOP戦が終わり、いよいよメインレース天皇賞の出走者がパドックに堂々と姿を見せた。
一人一人のウマ娘にそれぞれのファンが声援を送り、彼女達もその声に精一杯応えようとする。
俺達もフクキタさんに声を送り、いつものように猫のぬいぐるみを背負った先輩は元気ハツラツに手を振ってくれた。
「トレーナー、オンさん。フクキタさんは勝てるよな?」
「勝つさ。これまでのトレーニングは無駄じゃない」
「フゥーハハッハッ!!勿論だとも!フクキタルくんはこれ以上ないぐらいに万全だよ!!」
「勝つのはスズカさんです!!」
「そうよっ!スズカ先輩は誰よりも速いんだからっ!!」
隣のスペシャルウィークさんとゴルシーから反発の声が飛ぶ。そうだよな、誰だって自分のチームの先輩が勝つって思うよ。でもそれを譲る気は無い。
「お前ら熱くなるなよ。レースが終わればどっちが正しいか答えは出る。俺達は信じて応援すればいいんだ」
沖野トレーナーが熱が入る俺達をひとまず落ち着ける。確かにここでどうこう言っても最後はレースで決着が付く。結局、俺達は応援して見届けるしかない。でもあんただって自分の教え子が一番だって思ってるよな?
出走する十二人のウマ娘がターフに集まる。一番人気は今月の毎日王冠を勝った宝塚記念王者サイレンススズカさん。今年の天皇賞の出走者が少ないのは、彼女を恐れて出走を避けたというのがもっぱらの噂だ。
二番人気は≪リギル≫のフジキセキさん。しかしあの人の胸部の開いた勝負服は何とかならんのか。
そしてフクキタさんは三番人気。でも大丈夫だ。今のあの人ならサイレンススズカさんにだって勝てる。
全員がゲートからスタートした。出遅れは居ない。
先頭に立つのは相変わらずのサイレンススズカさん。他に先頭を争う人はおらず、あの人の独走を前提にしてレースを運ぶつもりか。
他の十一人は互いに出方を伺いつつも、早いレース展開の中で牽制し合っている。サイレンススズカさんに引っ張られて全体的にペースが早い。
当人はもう後続を十五バ身以上離して一人旅を満喫中。今のうちに先頭の景色を楽しんでくれ。最後の最後でうちのフクキタさんが抜くからな。
そのフクキタさんは後方十番でジリジリ順位を押し上げて、周囲に圧力をかけている。うん、大丈夫。練習と同じ予定通りのペースで走ってる。俺に「逃げ差し」を覚えさせて、実際のレースに近い状況を再現までして練習した甲斐はあった。
コース半分の1000メートルを超えて、徐々に先頭以外の選手もギアを一段上げていく。
ジリジリ差は縮まり、第三コーナーを回る頃には先頭と二番手とは十バ身差まで近づいている。
「―――――あれ?スズカさんどうしたの?」
一番早く気付いたスペシャルウィークさんが困惑の声を上げ、すぐ後には観客の一部にも波紋が広がった。
第四コーナーに入る寸前に、サイレンススズカさんが曲がらず急減速して、外側の柵に寄りかかった。
「左足を庇ってるのか?あっ、おいスペ!?」
ゴールドシップさんの声も耳に入らず、スペシャルウィークさんは動けないサイレンススズカさんの元へ走って行き、沖野トレーナー、ゴルシーズも後に続く。
俺達だって心配でもレースはまだ続いていて、フクキタさんの勝ちを見るまでは、この場を動けない。
当のフクキタさんだって、まだレースを止めていない。先輩は後方から日本刀の様に鋭い切れ味の末脚を以って、一気にごぼう抜きして先頭を走るフジキセキさんに迫った。
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俺は今、チームの部室でバクシさんとカフェさんとで後片付けをしていた。みんなで前もって、フクキタさんの戦勝祝賀会と残念会の両方を予定して、ある程度準備をしてあったが、主役が来ないなら意味が無いから片付けてる。
「せっかくフクキタルさんが勝てたのに、祝えなくて残念です」
普段からハイテンションで、レースに負けてもポジティブなバクシさんでさえ、今日は気分が沈んでいた。
今日の秋天皇賞はフクキタさんの二分の一バ身差でフジキセキさんを下して、堂々の優勝ウマ娘に輝いた。実に一年ぶりのG1優勝だった。
ゴールした瞬間、会場の視線と湧き起こる拍手は全てフクキタさんに注がれた。
しかし担架で運ばれるサイレンススズカさんの姿に、観客の興奮は一気に冷めて、動揺と彼女を心配する声の方が大きくなった。
怪我人の心配を優先するのは慈愛の精神に富んでいると言えても、勝者への祝福を後回しにされたようで、何となく気分が良くない。
それでも勝ったフクキタさん当人がウイニングライブを終えたら、友人を心配してすぐに病院に直行したのだから、俺達が何も言う事は無い。
ゴルシーに連絡を入れたいけど、詮索するみたいで気が引けるから放置してる。明日以降に顔を見たら話をしてみるか。
「オンさんは何してるんだろう?」
「…研究室で……何かしているみたいですが……あの人は放っておきましょう」
マイペースの塊みたいな人だし、一番付き合いの深いカフェさんがそう言うんだからそのままだ。
結局、髭トレーナーやフクキタさんから連絡が来たのは片づけが終わって午後六時を過ぎてからだった。
「―――――――というわけです」
「骨折かぁ。でもさぁ治るんでしょ?」
「また聞きの医者の話だと治るそうですね」
今はウンスカ先輩と部屋で、今日の事を話している。先輩はレースを見ずに釣りをしてたから、今日の事は夕方のテレビで知ったらしい。
「セイちゃんもまだ経験無いけど、私たちウマ娘は怪我と隣り合わせで走ってるからね~。どれだけ気を付けてても完全には防げないし、あんまり気にし過ぎない方がいいよ」
「ですよね。なら、せっかく対サイレンススズカさん用に練習したのが無駄になったぐらいの気持ちでいます」
俺やウンスカさんはサイレンススズカさんとやや距離が遠い。あくまでフクキタさんの友人、ゴルシーのチームの先輩。ウンスカさんも友達の先輩なだけで、直接的な関わりは薄い。だからどんな凄いウマ娘でも事故は起きるとだけ思うしかない。
あとは部外者として、落ち込んでそうな友達や先輩にそれとなく気を配りつつ、いつも通り自分のトレーニングを続けるしかないんだ。
次の日にフクキタさんが部室に来た。
「天皇賞ウマ娘のフクキタさんだーすげー」
「ニャハハハ……なんだかくすぐったいですね」
割と棒読みでイマイチ心がこもってない賞賛でも、先輩は意外と喜んでくれた。この様子なら昨日の事はそんなに尾を引いてないな。
「スズカさんの怪我は悲しいけど、勝ちは勝ちです。それに怪我が治ればまた走れるようになるんですから、その時改めてレースで勝つために、私は練習を頑張ります!」
それから先輩は練習をしつつ、たまに休息を兼ねてサイレンススズカさんの見舞いに行くのが恒例になった。
同じように見舞いに行くゴルシーからは、毎度珍妙な開運グッズを持ち込む、良い人だけど困った先輩と認識されるようになった。