師走の東京は寒くて雪が滅多に降らない。岩手出身のビジンや北海道生まれのメジロ家の面々は、どうして東京に雪が無いのか不思議だと言ってた。
実家の岐阜もそこそこ雪は降るから、この時期に雪が降らないのはちょっと寂しい。
そんな雪が降るような寒さの十二月でも、俺達ジュニア期のウマ娘にとっては雪すら溶けそうな熱気が渦巻いている。
何しろ今月はジュニア期の集大成になる、G1レースが四つ開催される。そのどれか一つに出走出来るだけでも、一生自慢していいほどの栄誉だ。さらに入賞、その上の優勝してG1ウマ娘として歴史に蹄跡を残せるとなれば、誰もが輝かしい未来を思い描いて熱に浮かされる。
そういうわけで、この時期にトレセン学園で最も練習に熱を入れるのは、有馬記念を控えたクラシックやシニアより、俺達ジュニアとトレーナーが言ってた。それ以外にクリスマス前でそわそわしているウマ娘もいるらしいが。
俺もそんなに人の事をとやかく言えるほど今日は落ち着いていない。なんと、今日勝負服が届くらしい。
もう四日後にはジュニア最初のG1阪神ジュベナイルフィリーズが始まるのに、まだ来ないのかとやきもきしたものだ。実際は俺の出走するホープフルステークスはG1の中で一番最後だから、結構日数の余裕はあるが、先月にはゴルシーやビジンの勝負服が届いて、見せびらかしていたからちょっと羨ましかった。
ビジンの雪の白を基調として青のアクセントを入れた、ふわっとしたドレスタイプの可愛らしい勝負服。本人のイメージ通りで凄い似合ってた。
ゴルシーの方はデニムのショートパンツに、青と白のボーダー柄のチューブトップの上から黒ジャケットを羽織った勝負服だった。すげえ露出の高いと思ったけど、本人は気に入ってるから敢えて何も言わなかったし、一緒に居たセンジも自分のも似たような物とか言ってた。
うんまあ、露出高い勝負服の先輩達も結構いるから普通なのか。一応肌面積抑えるように要望出してあるけど大丈夫かな?ちょっと心配になって来た。
期待と不安を胸に、部室へ行くと何人かが勉強中だった。訂正しよう、勉強してるのはバクシさんとフクキタさんだけだった。何でこの二人かって言うと、追試の可能性があるのがこの二人だからだ。
期末試験は先週で、今週には全部答案が返ってくる。その中で既に赤点だった教科を必死に勉強している。教師役は上級生のオンさんとカフェさんだった。
カフェさんも今はギブスが取れて、杖付きなら自力で歩ける程度まで回復している。怪我さえなかったらシニアを卒業して、来年からドリームトロフィーリーグに参戦するつもりだったのに、つくづく惜しい。本人はこれからもレースを続けるかまだ迷ってるみたいだけど、俺は出来ればまだ走って欲しいと思う。
追試で思い出したが、センジの奴どうするんだろうか。先週の土曜日に一勝クラスのレースを勝って累計三勝したから、ホープフルステークスの出走も多分通ると思うが、追試になったらレースの出走取消の可能性だってある。せっかくのG1を追試で辞退なんて勿体ないだろうに。
手助けしてくれそうなゴルシーとビジンは四日後の阪神ジュベナイルでそんな余裕無いし、俺だって自分のトレーニング時間まで割いて追試の勉強に付き合うつもりは無いぞ。
「フクキタさんはほんと頑張ってくださいよ。追試で有マ記念を辞退なんて情けなくて俺は泣きますからね」
「ひょえぇぇ!頑張りますから、プレッシャー掛けないでくださいっ!!」
心配だなぁ。あとクイーンちゃんとダンは大丈夫らしい。お嬢さまが追試と補習の常習犯は似合わないから、そのままでいてくれ。
ついでに宿題をしていると、髭が大きめの箱を抱えて部室に来た。あれはもしや――――
「待たせたな!アパオシャの勝負服が届いたぞ!」
「おおっ!待ってたよ!トレーナーは見たか!?」
「まだだよ。お前が最初に見なくてどうするんだ」
「おめでとうございます、アパオシャさん。私も来年こそは自分だけの勝負服を着てレースに挑みたいです」
「そう言うなアルダン。お前はお前のペースでゆっくり実績を積めばいいんだ」
羨ましそうにするダンには申し訳ないが、今日だけは譲れないんだよ。
髭から箱を受け取り、紐を震える手で解いた。チームの皆も勉強の手を止めて箱を覗き見る。
ゆっくりと箱のふたを上げると、そこにはキラキラと輝いて見える世界に二つと無い服が入っていた。
「おぉー!!なんかすげー!!」
「あっ剣が入ってますわ」
「こっちは靴だね。色は土色というより砂色か」
とにかく箱から全部出してみる。
「一度仮のサイズ合わせはしてあるから、大丈夫だと思うが試着はしておくんだぞ」
髭が気を利かせて部屋から出た後に、早速着替える。
みんなでキャッキャワイワイしながら着て、部屋にある大きな鏡で自分の姿を確かめた。
ノースリーブの白シャツに、スネまでの長さの群青色のパンツ、砂色のスニーカーには所々に揺らめく黒い炎のような模様が入れてある。
シャツの上から赤いベストを着る。ベストの前側には鏡合わせの白薔薇の刺繍がしてあり、なかなかオシャレ。
腰には黄色いシースルーの腰帯を巻いて、スニーカーと同じ黒炎の模様が入った白鞘の反りのある短剣を差す。
頭に深い青色のベールを被る。こちらはキラキラ輝く加工がされているから、生地の青と合わさって星空のような印象を受ける。
両腕には金のブレスレットを嵌めた。
「おおーこういう服になったのか。悪くないな」
「……お伽噺の……アラビアンナイトに出てきそうです……よく似合ってますよ」
「ベールの青はラピス・ラズリをイメージしているみたいだねぇ」
くるりと回って全体を確認する。みんなワイワイ喜んでるみたいだから、なかなか良いじゃないか。同居者も歯を見せて笑って見せた。この仕草はまあまあ似合ってると言いたいんだろう。
髭も寒い中で外で待っているから、中に呼んで披露した。チームのみんなと同じように、反応は良かった。
デザイナーの人は、俺のイメージ注文にある『乾いた土と太陽』で砂漠を連想して、そこからアラビアンナイトにコンセプトが発展したんだと思う。
俺の中のイメージも近いと言えば近いから、これでいいかと納得してる。
それに一番気に入ってるのがベールを除けて見える、ベストの背中側に施した黒い太陽だ。
「太陽を背に走る……いいね!」
クイーンちゃんにスマホで写真を撮ってもらって、ゴルシー達に送った。今は練習中だから後で返事が来るはず。
気分が乗ってると髭はこのまま勝負服を着て練習をしろと言ってきた。汚れたら困るんじゃないかと思ったが、実際に着て走ってみないと、レースのぶっつけ本番で着ることになるから、少しは慣らした方が良いのは確かだ。
そういうわけで今日はレース本番を想定して、ダンやクイーンちゃんと並走練習した。
着心地はなかなか良かった。練習が終わるまで着ていても疲れないどころか、何となくもっと走れるという気力が湧いてくる。そんな不思議な感覚にさせてくれる服だった。服を作ってくれたデザイナーに感謝してレースで使わせてもらおう。
勝負服でのトレーニングはもう一、二回して慣らすように言われた。明日からのトレーニングが楽しみだ。
夜に寮の自室でデザイナーへの感謝の手紙を書いて、ウンスカ先輩と勝負服の服の話をすると、先輩も俺と同じような気分になったと言ってた。
「私も勝負服を着るG1と、それ以外のレースはやる気が結構違うねー。勝とうって気持ちが出るのさー」
「クラシック二冠を獲った人が言うと説得力が違うなぁ。有マ記念も勝てればいいですね」
「みんな勝つ気で勝負服を着て走ってるから難しいけどねー。アパオシャちゃんもホープフルステークス頑張りなよ」
「はい。頑張ります」
そうだな。みんなが勝負服を着るんだから条件は同じだ。
手紙を書き終えて、スマホを弄るとゴルシー達から返事が返ってた。
似合ってると言ってくれたが、空飛ぶ絨毯と魔法のランプが足りないと書いてある。ランプはともかく絨毯は抱えて走れるか。
センジの奴はカレーが食いたいと書いてある。なんか違う物を連想してないかそれは?
あとは実際にレースで走る所を見せてやりたいね。一緒に走れば嫌って程に見る事になるんだろうけど。
週末。ジュニア期の最初のG1レース、阪神ジュベナイルフィリーズが始まった。俺は寮のテレビで観戦した。
18人のウマ娘の中にはゴルシーとビジンも居る。
ビジンにとっては憧れの相手との最初の直接対決だったが、負ける気は毛筋も無く、全力でぶつかると聞いている。
寮内は寮生のビジンを応援する声が多く、固唾を飲んでレースを見守った。
結果は残念ながらゴルシーの一バ身差勝利で、ビジンは二着だった。
惜しかったが、それでもみんなが全力で挑んだ良いレースだった事もあり、寮内とスタンドは拍手で包まれた。
それにしても、ゴルシーの奴また速くなってる。さすがゴールドシップ先輩の妹だ。俺ものほほんとしてたら負けてしまうな。
でも、冬場にその露出の高い腹まる出しの勝負服は寒いだろ。俺はとてもじゃないけど着れないな。