世間はクリスマスが終わって年末ムードで羨ましい。それどころか学園の大半が年末モードになって気が緩んでいる。
何しろ年末の祭典、有マ記念は昨日終わっている。張り詰めた気のまま練習しているのは、全体の二割ぐらいだ。
俺も二日後のG1ホープフルステークスを勝つために、気の抜けた練習はしない。
うちのフクキタさんが出走した今年の有マ記念でグランプリウマ娘に輝いたのはグラスワンダー先輩だった。ゴールドシップさんが三着、ウンスカ先輩は四着。フクキタさんは着外十着と惨敗だ。
国際G1レース≪ジャパンカップ≫を制したエルコンドルパサー先輩といい、今年のクラシック世代は精鋭揃いだよ。
先輩の無念を少しでも晴らして新年を迎えたい。そう思って今年最後のレースに備えて、暗くなってもトレーニングに打ち込んだ。
ホープフルステークス当日。チーム≪フォーチュン≫は三日ぶりに中山レース場に来た。今度は八人全員での観戦だ。
駐車場は粗方埋まっていて、有マほどではなくても、ファンの数は数万は居る。
「今日も流行ってるね。あー結構ドキドキしてきた」
「おいおい、まだ外だぞアパオシャ。コースでビビって縮こまるんじゃないぞ」
メイクデビュー前に居眠りしてたことを思い出せとか言われてもなあ。
……なんだよ、そこで笑うなよ。あぁカフェさんと『お友だち』もなんか一緒になって笑うし。
「はいはい。分かったよ、いつも通り走りますよっと」
「ふふん!レース前からビビってるなんて、今日はうちのイクノの勝ちだね!!」
「えっ誰?」
隣にはいつの間にか、トレセンの制服を着た青色の髪の子が腰に手を当てて仁王立ちしていた。チームメイトや髭を見ても誰も知らない。
あれ?さっきイクノって言ってたよな。
「こらぁターボ!いきなりどこ行ったのよぉ。―――あっ≪フォーチュン≫だ」
もう一人トレセン生が走って来た。明るい茶髪を両サイドでふわっと結んだウマ娘だ。見たことあると持ったら、俺に勝った奴だ。
「ナイスネイチャで良かったか?」
「えっ?あ、あたしの事知ってたの?」
「去年模擬レースで俺に勝っただろ」
「い、いやあ、あれは何と言いますか、たまたまって言うか、調子が良かったって言うか……」
歯切れが悪いな。相変わらず自信が無いのか。
さらに後からスーツを着た優男が、帽子を被った子とイクノディクタスさんとこっちに来た。なるほど、この青髪の子はイクノディクタスさんの所属するチーム≪カノープス≫のメンバーだったのか。
「よう、南坂も来てたか」
「今日はよろしく藤村。うちのイクノディクタスは強いですよ」
「うちのもだよ」
トレーナー同士でがっちり握手を交わして視線で火花を散らしてる。後で分かったがこの二人、同期だった。そりゃあ対抗心ぐらいはある。
そしてイクノディクタスさんも俺に手を出したから握手した。
「アパオシャさん。今日は私が勝ちます」
「俺より強かったら勝つさ」
「じゃあイクノディクタスが勝つね!悔しくても泣くんじゃないぞ!!」
「はいはい、もう行きますよターボ。みなさん、騒がせて申し訳ありません。今日は良いレースをしましょう」
≪カノープス≫は先にレース場に行った。やれやれ台風みたいなチームだったな。
俺達も気を取り直してレース場に向かい、控室に荷物だけ置いて、俺も昼頃までは前座のレースを観戦した。
途中『まんまる焼き』なる物を売ってたエプロン姿のシャルさんがいた。よく見たら御座候だった。何でまんまる焼きなんだろう。
「またゴールドシップさんが沢山焼いて、余ったら私達が食べて良いって言ったんです」
「分かりました。では全部いただけるかしら?」
クイーンちゃんがノータイムで財布から札束を出そうとしてダンに止められた。どう見ても百個も無いから札一枚で買い占められるって。
結局トレーナーの財布で支払って、その場で俺達が全部昼飯代わりに食べ切った。つーか三割ぐらいはクイーンちゃんが食べてたぞ。
でも全部売り切ったシャルさんがなぜかションボりして帰ったけど、もしかして売れ残りを期待したのか。ダービー勝って、菊花賞とジャパンカップ入賞して賞金たんまり入ったんだから、美味しい物を好きなだけ買えるでしょ。
良い感じに腹を満たせたから、準備のために俺は控室に行き、トレーニングルームで汗を流す。
途中、センジも来たから、一緒にルームランナーでランニングする。
「良かったな、レースに出走出来て。追試と補習でG1欠場は、なかなか無いぞ」
「その話やめろしっ!あたしはレース終わったらまた補習なんだから!」
それだけ補習地獄でトレーニング時間取れないのに、三戦三勝してG1出場してるんだから大したもんだよ。こいつの才能、下手したら俺やゴルシーよりあるんじゃないのか。
「みんなにテストじゃ勝てないけど、レースでは勝つし」
「勝つのは俺だぞ」
「あたしっ!」
センジと言い合って目が合い、互いに笑う。こういう言い争いして、レースで全力でぶつかっても友達で、仲が悪くなったりしないから不思議だな。
隣同士で汗を流しつつ、さっきゴルシーとビジンに会ったら売り子やってたとか、小学生の時の担任が応援しに来てたとか、色々話が聞けた。
適度に体が温まったから、ウォーミングアップを切り上げて控室に戻る。
勝負服に着替えて水分と糖分を補給して、いつものように時間まで静かに待ち続けた。
スタッフが呼びに来た。他の出走者とも何人かは廊下で一緒になる。みんな個性のある勝負服を着て、化粧もしてる子もいる。
パドック裏にイクノディクタスさんも居た。イケメン女子らしく英国紳士みたいなキリッとした勝負服に、他のウマ娘が見とれている。魔性の女だなイクノディクタスさん。
後からセンジも来た。うーん、こっちはゴルシー並みに露出が高く、配色がラメ入りの緑と紫は一発でこいつだと分かるぐらいインパクトがでかい勝負服だ。
「アパオシャの服って結構派手よね」
「鏡見て言える?」
「これぐらいふつーだし」
まあ俺の服も赤、青、黄、白、黒と原色バリバリに金のアクセサリーあるから、あんまり人の事言えないか。
さて、時間になってパドックでお披露目だ。今日は18人中16番の外枠だから結構後だ。
俺の番になり、観客の前に出ると、その大観衆の熱気に圧倒された。先輩達はいつもこの光景を見ていたのか。これが選ばれたウマ娘にしか見る事を許されない景色。
同じ舞台に立ち、同じモノが見れたのが無性に嬉しかった。
客への顔見せも済ませて地下通路を渡り、コースへ出る。今日はよく晴れて芝も乾いている。コース状態は芙蓉ステークスの時とあまり変わらない。
ファンファーレが鳴り、スタートゲートへ入る。いつものように一番外には同居者がいる。また今日も競争か。
―――――ゲートが開いて飛び出した。ワンテンポずれたが、この程度なら誤差だ。
今日はプランA…いつも通り『差し』ってことだ。先行する連中と競わず、後方で隙を窺う。
最初から坂のコースでゆっくりと始まる。坂だから直線でも先団の様子が見れて楽だ。先頭はイクノディクタスさんか。
それを追いかける五人の集団。ちょっとペースが早いから、あの六人はみんな『逃げ』なのかな。
センジは六人の前集団からちょっと離れて、真ん中の七~八番で場所を競り合ってるか。そして俺は十五番と。
坂を登り切って、最初のコーナーを駆ける。身体に叩き込んだタイムでペースを維持しつつ、一つ順位を上げる。十四番。
コーナーが終わり長い直線へ入る。下り坂を利用して全員が速度を上げて、次のコーナーへと入る寸前に、先頭集団の何人かがペースを落として中団へと下がってしまった。
さらにペースが落ちて、コーナーの途中で抜いたすれ違いざまに顔を見たら、息も絶え絶えだった。これは掛かったか緊張でスタミナ使い切ったか。
自滅した四人と、コーナー中でペースアップして抜いた二人を合わせて六人抜いて、八番まで順位を繰り上げる。センジは三バ身、先頭のイクノディクタスさんは七バ身ぐらい離れてる。
コーナーが終わり、中山の短い最終直線に入った。ここからが本番だ。
今まで溜めた足に力を入れて、温存したスタミナを使い加速。坂までの100メートルで三人を抜き去り、100メートルで2.2メートル上がる急こう配の坂へ突入。
足をピッチ走法に切り替えて、小刻みに足を使ってさらに加速。スタミナ切れで失速した二人を置き去りにする。これであと二人。
先を行くイクノディクタスさんは『逃げ』でスタミナをほぼ使い切ってる。坂を登り切った所で、俺とセンジが抜いた。これで残り一人!G1ウマ娘が見えてきたぞ。
後続は足音もしない。あとは友達との最後の競り合いだ。
残り100メートルで先頭のセンジとは一バ身。スタミナ残量から計算して余裕で抜いて、一バ身差で勝てる。
ジリジリと近づき、残り50メートルで横に並び、隣の息の荒さで残りスタミナを把握する。
「まけない……あたしはまけない」
「…俺もだよ」
内心では最後はイクノディクタスさんと一騎打ちと思ってたが、やっぱりお前は俺より才能あるから足が速いよ。でも練習不足でスタミナが全然足りない。
最後までスタミナを使い切るつもりで最後の加速。友達を置いてきぼりにして、一人で走って同居者の黒いケツを見ながらゴールを駆け抜けた。
勝った喜びと負けた不快感を同時に味わいながら、ウイニングランだ。
足を止め、大きく息を吸って吐く。G3を超える数の客の目が全て俺に集中する。
「今だけは全部俺のモノだ」
空へ拳を高く向けたのを合図に、スタンドから耳が割れるような大歓声と拍手が沸き起こる。
チームの皆と≪スピカ≫の連中も俺に声援を送ってくれるのが見えた。
「今日は負けましたが、もっとレースに出て強くなって、次こそは勝ちます」
「ああ、待ってるよ」
イクノディクタスさんが握手を求めたからそれに返す。
それからセンジも俺の所に来て、次は負けないと宣言した。だから補習に使う時間をトレーニングに充てれば勝てるとマジレスしたら、滅茶苦茶悔しそうな顔をしていた。正直に言っただけだからな。
地下通路に行くと、スタッフからトロフィーの授与式があると言われて、連れていかれた。そういえばG1レースはURAの偉い人からトロフィーが渡されるんだったな。
レース場のホールで背広の偉い人が俺に『おめでとう』と言って、大きな優勝カップを渡した。カメラのシャッター音がカシャカシャ煩いが我慢だ。テレビカメラもあるから、これ生放送されてるのか。うわぁ失敗出来ねえ。
次は隣にうちの髭トレーナーを立たせてツーショットだ。
あとは記者団から質問が飛ぶ。
「おめでとうございますアパオシャさん。この勝利の嬉しさを最初にどなたに報告したいですか」
「最初なら、チームの皆ですね。特に今まで指導してくれた先輩達全員に優勝カップを早く見せたいです」
「今日のレースはどうでしたか?前の京都ジュニアステークスでの、最初から最後まで先頭を譲らないレース展開と違いましたが」
「今日は晴れてて芝が痛んでなかったから、荒れないレースになると思ってじっくり後ろで機会を窺える余裕がありました。展開が違うのはそういう理由です」
「では今日の出走者の中で手強いと思った方はいますか」
「センジ……あー最後に競り合った友達のトーセンジョーダンが強かったです」
「アパオシャさん、次のレースの展望は何かありますか?やはり狙うのはクラシック三冠でしょうか?それも、現在無敗ならシンボリルドルフ以来の無敗三冠をと」
ここで一度髭を見て、頷くのを確認した。言っても問題は無いな。
「三冠は狙えるなら狙いますが、同期が強いから総取りは相当難しいですね。みんなトリプルティアラを狙ってくれるなら、クラシック三冠バになれるんですけど」
記者達にどよめきが起きる。四戦無敗のジュニアG1ウマ娘なら、大抵シンボリルドルフを目指すものだと思っていたんだろう。弱気と見るか、謙虚と見るかは記者次第かな。
「では、誰がクラシック路線に参戦して冠を争うと思いますか?」
「阪神ジュベナイルフィリーズを勝った、ゴル…ゴールドシチー。学園での最初の友達です」
記者達は納得して、喜んでメモを取ってる。
俺たちの世代の中でも実力があり、かつ百年に一人の美少女なんて持て囃してるんだ。同期のG1勝者が持ちあげたら、良い記事になると思ってるんだろう。
「アパオシャさんのような無敗のG1バが弱気とは意外です。これからいよいよクラシックへ突入すると言うのに、それでは気持ちの上でライバルには勝てませんよ」
髭が言ってたが記者の中には、わざとこちらを怒らせて本音を引き出そうとする性格の悪い奴が居ると言ってたが、そういう奴もいるな。予想通りなんだけどね。
「勘違いしないでください。俺は常に勝ちを目指して本気で走ってます。負けていいなんて思って走った事は一度だって無い。それでもチームの先輩達と練習で走ってるといつも負ける。そういう時は、もっと強くならないと……常にそう思って練習して、レースで走ってます。自分を強いと思って驕った瞬間から負けが始まる」
「……なるほど。ありがとうございました」
これも髭が教えてくれたが、大口を叩く奴より相手を、特に先輩を立てる発言をする奴は好まれやすいそうだ。全部事実だから、不自然にキャラ作るわけでもないし。
ウイニングライブも控えている事もあって記者会見はこれで終わった。
ホールから直行でライブ会場へ行って、センジとイクノディクタスさんを従えて歌ったのは覚えてるけど、会場の熱気で興奮し過ぎて全然覚えていない。やはりG1は色々違う。
着替えてチームと合流した。その間も歩くたびに声援を受けたりカメラで写真を撮られた。俺はアイドルでも芸能人でもないんだけど。それに、こんな男みたいな外見だぞ。もっと可愛い子を追っかけた方が良いんじゃないのか。あっ、でもイクノディクタスさんみたいなイケメン女子も人気あるし、似たようなものか。
人に群がられる前にそそくさと車に乗って学園に帰った。
翌日はニュースで俺の事を特集してた。あのオグリキャップ先輩以来の、笠松から来た≪怪物の再来≫か?というテロップで色々好き勝手に言ってる。疑問符なのはまだジュニアだからだな。
寮に残ってた同じクラスの子からは会うたびに『おめでとう』と言ってもらえたのは嬉しい。
朝ご飯を食べて部室に行く。練習は二日前で終わりだから、例年通り今日は部室の大掃除だった。
チームのみんなで手分けして、昼には終わった。部室も一年ご苦労様。
あとは昼ご飯を食べたら年末オフになる。今回はダンの要望でおでんになった。寒いしみんな賛成だ。
学園近くのおでん屋に行って、昨日の祝勝会も兼ねて大いに食べまくって、店の食材を粗方食べ切って暖簾を畳まれた。ウマ娘七人ならそうもなろう。
「みんな、今年も一年よく頑張ったな。次のチームでの練習は正月過ぎになる。それまではゆっくり休むも良い、さらに鍛えるのも自由だ。一年、本当にご苦労だった」
トレーナーの言葉でチーム≪フォーチュン≫の一年は締めくくられた。
後はみんな各自の判断で正月を過ごす。今年もトレーナーは実家に顔を出すから、学園に残れば自主トレか、正月休みを満喫する。
今回は俺も実家の岐阜に帰る。というか親から、いい加減顔ぐらい見せて欲しいとお願いされた。デビューしてG1も勝ったから、ちょうどいい機会だと思う。
明日新幹線で帰るから、夕方までに荷造りした。ルームメイトのウンスカ先輩は残って自主トレするみたい。有マ記念で友達のグラスワンダー先輩に負けたのがよっぽど悔しかったんだな。
代わりに正月を楽しんできてと言われたから、岐阜のお土産を用意すると返して、その日は早めに寝た。