決戦の日がやって来た。
今日はクラシック三冠最初の≪皐月賞≫の開催される日だ。
天気は春の温かさを感じる青天なり。数日は雨の気配すらない。神様は恵みの雨を降らせてくれなかったよ。
出走するウマ娘と観戦希望の学生がトレセン学園の用意したバスに乗り、中山レース場へと向かう。
本来学園が送迎バスまで用意する事は無いのだが、今年の皐月賞は昨年のジュニアG1バ四人全員が出走する、例年に無い盛り上がりを見せた。
よってちびっ子理事長の提案で、新入生の遠足を兼ねた形で多くの生徒がレース場に行くことになった。新入生全員と希望者を合わせると、生徒の半数の千人以上が希望して、大所帯での観戦となった。
バスは基本的に同クラスで振り分けられたから、俺の隣はビジンが座ってる。
「は~シチーさんと、アパオシャさん。どっち応援するべぎが悩むべぇ」
朝から大体こんな感じだ。複数の友達が一緒のレースで走るのはよくある事。俺も先週の桜花賞はちょっと悩んだけど、皆を応援した。
今年の桜花賞は横に居るビジンと、ダンのルームメイトで色々手を貸してくれたクラチヨさん、それとイクノディクタスさんも出走した華やかなレースになった。
結果はクラチヨさんが勝ち、ビジンは惜しかったが二着に終わった。二度目のG1も二着に終わった。それでもめげずに、翌日にはオークスへの申込書を提出したのは根性あると思った。
ナリタブライアンはそのクラチヨさんを二度負かし、先月にはG2スプリングステークスではゴルシーに勝ったため、堂々と今日の一番人気に推されている。
そういえばセンジの奴も共同通信杯であの≪怪物≫に負けてたんだよな。そのレースが原因で酷い爪割れを起こして、現在は長期療養を言い渡された。
仇討ちというわけではないが、ゴルシー自身の雪辱戦もあって、今日はかなり気合入ってるみたいだ。
「アパオシャさんは、普段通りだね。さすが無敗の≪王子≫は違うなぁ」
「面と向かって言われると恥ずかしいからよせって」
後ろのクラスメイトがからかい半分に言ってくる。どうも弥生賞あたりから、俺の事を≪王子≫呼ばわりする子が増えた。URAのポスターとかで盛んに俺を王子扱いするから、どんどん周囲が乗せてきやがる。それと男の少ない環境だから、少数の同性を王子扱いしてキャーキャー言いたいんだろ。
そういうのはフジキセキ先輩の領分だけど、あの人はドリームトロフィーリーグに行ったから、俺に役回りが来てしまった。男扱いは構わないが≪王子扱い≫は大変迷惑である。
「えー、いいじゃん。みんなーアパオシャさんは王子だと思う人~」
「「「「はーい」」」」
バスの中の半分以上が手を挙げた。クスクス笑ってる奴が多いから、悪ノリでやってるのが丸わかりだっての。
まったく、走らない外野は気楽でいい事だ。
バスは中山レース場に着いた。生徒のウマ娘がゾロゾロ降りて、ワイワイ騒いでいるからクラス担任の先生が四苦八苦して統率を取っている。
今日のレースに出走する俺を含めた選手は、トレーナーと一緒に一足先にレース場に行く。途中で新入生から応援を受けたから、ほどほどに手を振って応えておいた。
あっ、メジロ家のライアンちゃんとドーベルちゃんが居た。そういえば今年トレセンに入学して、チームにも挨拶に来てたな。どちらも≪フォーチュン≫には入らず、自分でトレーナーを探すと言ってた。
二人とも今月の選抜レースで勝ってて、有望な新入生とトレーナー達に目を付けられているとか。
ちらっとダンから聞いたら、去年の夏合宿で見たオンさんの七色注射器が怖くてチームには入りたくないらしい。オンさんぇえ……
過ぎた事は言っても仕方がないし、チームがメジロ一色になるのも考え物だから、別の新入生が来る事を期待しよう。
レース場の控室に行って、ちょっと髭と話す。
「相手はみんな強いが、お前なら勝てるさ」
「ああ、そうだね。勝って賞金たんまり貰うさ。でも、負けたって文句言わないでくれよ」
「負けたら俺の責任にしろ。それがトレーナーの仕事だ」
心からそう思って言ってくれるからアンタはかっこいいんだよ。カフェさんが惚れるのが何か分かる。取ったりしないけどな。
今回に限ってはそれも――――――おっと、顔に出すのも良くないな。
ともかく、レースまでは結構時間がある。たっぷり時間を使って準備を万全に整えた。
時間になり、パドックへ行く。
薄壁一つ隔てた先のスタンドの熱気と期待がひしひしと伝わってくる。今日は15番を引いたからお披露目は後の方だ。
一番最初はハッピーミーク。勝負服は水色のブラウスとスカートの上から白いコートを羽織って、赤い眼と白髪によく映える。
さらに何人か続き、ナリタブライアンの出番だ。何というか勝負服は露出が高いのにサラシや包帯を巻いているから学ラン番長みたいな印象がある。男前なんだけどスカートだから女の子さもある、奇妙なバランスの服だな。
その後にゴルシーも客に顔を見せた。一番人気のナリタブライアンより声援が大きい。流石、モデルやってて見栄えがすると反応が違う。
そして俺の番が回ってきた。パドックの先は去年の末に見た光景よりさらに刺激的だ。よく見るとテレビカメラの台数もかなり多い。それだけ注目を集めたレースというわけか。
ふと目を向けた先に懐かしい言葉が書かれた横断幕を見つけた。掲げている周囲には、近所の人や笠松トレセンの人がいる。あっ、小松先生だ。本当にツアー組んで応援に来てたのか。
「『カサマツの英雄・アパオシャ』ね」
オグリキャップ先輩の時は『カサマツの星』だったから、ちょっと変化を付けたのかな。
「――――やりにくいねえ」
期待に応えたいという心の欲求と、冷淡に冴えた理性とがぶつかり合ってる。
これ以上見ると天秤が傾きそうだから、踵を返してパドックから引き揚げた。
コース場までの地下通路にナリタブライアンが佇んでいる。
「待ってたぞ。アンタに負けた時から、この日を楽しみにしていた」
「俺は来てほしくなかったぞ」
ツンツンした言葉さえ相手には届かず、虎みたいな獰猛な笑みを俺に向けてくる。おまけに拳をバキバキ鳴らして喧嘩をするような仕草までしやがって。
「俺には2000メートルだって短い距離だからな。手ごたえが無いと思っても文句言うなよ」
「そうはならんさ。アンタなら距離がどうあれ全力の走りをしないと勝てない」
持ち上げすぎだっての。何でこうも俺にあれこれ期待するんだか。
言いたい事だけ言ってナリタブライアンは先に行く。まったく、勘弁してもらいたい。
ターフは相変わらず程よい緊張感に満たされている。いつものように芝と足の確認をしてから、スタートゲートに入る。
―――――――予想通りってところかな。
ゴールを駆け抜けた俺は、先を走った二人の後姿を冷静に視界に留めた。荒く息を吐き出し、スタンドを見る。
「なるほどなぁ」
観客は俺ではない勝利者の名を連呼して、歓声を上げている。これまで五回とも俺の名を聞いたのと比べると、寂しさを感じるな。そうか、俺に負けた人達はこういう感情を抱いたのか。
特にカサマツの横断幕を掲げた人達の落胆ぶりは結構なものだった。気合を入れて応援しているからこそ負けた時の落差が酷い。
「よう、お互い残念だったなゴルシー」
「ハァハァ……分かってたけど、ナリタブライアンはマジ強いわ」
二着だったゴルシーは歯を食いしばって悔しさを滲ませる。同じ相手に何度も負けるのは悔しいよな。それでも俺より順位は上なんだぞ。一着じゃなかったら賞金以外は二着と三着も等しく負けだけどな。
四着はハッピーミークだった。これでひとまずのクラシック四強の格付けは出来た形になる。
おっと、勝利者が来なすった。
ナリタブライアンは1メートル離れて俺を睨みつける。ゴルシーは不審に思ったが動かない。
「どういうつもりだ?なぜ本気で走らなかった」
「本気で走ったさ。走った上で今日は負けた。レース結果が全てだよ」
「ふざけるなっ!!アンタはもっと強いはずだ!なぜ私とあの時のように競り合おうとしなかった!!」
「今日の所はここまでだよ勝利者。まだウイニングライブが残ってるんだから、早く行けよ」
「~~っ!またか、また私と走るのを諦めるのかっ!くそっ、くっそ!!」
怒りと失望を滲ませたナリタブライアンは、俺に興味を失くして地下通路に歩いていく。
勝手に期待されて失望されるとかさあ、正直困るぞ。
ゴルシーは俺の事を心配そうに覗き込む。
「大丈夫?」
「ああ、平気だ。負けた奴が勝った奴を恨むのはよくあるけど、逆はそう無いぞ」
「……そっか。ほら、アンタもライブっしょ。お互いセンターは立てなかったけど、行こう!」
ゴルシーに手を取られて、俺もライブ会場へ向かった。何も聞かずにいてくれるゴルシーは優しい奴だよ。
ライブはまあ盛り上がった。新入生も力強いナリタブライアンの歌とダンスに拍手喝采。負けはしたが、入賞した俺達にもそれぞれ声援が送られた。
ライブが終わって着替えが済み、控室を出ると、髭トレーナーが待ってた。
「すまんトレーナー。負けた」
「……今日は何を考えて走ってた」
「勿論レースに勝つ事を考えてた。いつもと同じだ。俺は勝つ事だけを考えて走ってる」
「………分かった。お前を信じる。次は日本ダービーで良いか?」
「ああ、次はナリタブライアンにだって勝つさ」
トレーナーは俺の頭をガシガシ撫でる。慰めてるのかな?いやぁ、今日はそんなに悔しくないぞ。
その日のスポーツニュースはナリタブライアンの≪皐月賞≫勝利一色に塗り替えられたが、本人は凄まじく機嫌が悪かったと翌日に聞いた。