変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々   作:ウヅキ

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 今回は諸事情により三人称で書きました



第43話 日本ダービー後編

 

 

 雷雲渦巻く東京レース場のスタンド最前席。十人を超えるウマ娘が風雨に晒されるのも気にせず陣取って、レースの行方を見守っていた。

 トレセン学園のチームでも三指に数えられる≪スピカ≫≪フォーチュン≫のメンバーが揃い踏みで、チームメイトの勝利を信じている。

 

「か~こんなんでホントに走れるのかよ」

 

「中止になってないんだから、走るんでしょ。アンタはこの程度の雨でレースを辞めるの?」

 

「んだよ!俺が雨如きで怯むかよっ!!」

 

「ウオッカさんも、スカーレットさんも落ち着いて。でも、ライスも雷はちょっと苦手……」

 

 ≪スピカ≫に新しく入った新入生のライスシャワーの仲裁で、先輩二人は口喧嘩を止める。普段からいがみ合う仲のウオッカとダイワスカーレットも、後輩のライスシャワーの前では大人しくすることが多い。あのゴールドシップすら、破天荒な行動を多少でも控えるのだから、≪スピカ≫の中でこの娘の影響力はかなり大きい。

 

「藤村、お前のとこのアパオシャは雨が苦手だって聞いたぞ」

 

「大丈夫ですよ沖野さん。あいつは雨が嫌いなだけで苦手じゃないんです。いつも通り走れます」

 

「そうかい。シチーの奴が割と気にしてたからな。今度は全力でぶつかって勝ちたいってよ」

 

「覚悟しておいてください。今日のあいつはかなり手強いですよ」

 

 教え子の勝利を疑わない二人のトレーナーはお互いを見て笑った後に、ターフの選手達に視線を向けた。そろそろレースが始まる。

 横殴りの雨の中、ファンファーレが鳴り響き、観客の視線はゲートに入るウマ娘達に集中する。

 多くは圧倒的な強さのナリタブライアンが二冠目を獲得するのを期待しつつ、心のどこかでゴールドシチーを始めとした、スター性のあるウマ娘達が番狂わせをするのを求めていた。

 クラシック三冠の中で最も幸運なウマ娘が勝つと言われる、栄光の日本ダービーが今始まった。

 一斉に飛び出したウマ娘達―――いや、二人出遅れた。

 

「先頭はアパオシャか。一気に加速して『逃げ』を選んだか」

 

 沖野トレーナーの言う通り、先頭はアパオシャが取って後続がそれに続く。ゴールドシチーは後方、ナリタブライアンは5番程度で中団をキープしている。

 

「あの子速いわ。このペースのままで行くのかしら」

 

 サイレンススズカがアパオシャのペースの早さに眉をひそめる。アパオシャは現在二番手と十バ身以上離して一人旅状態。序盤の、しかも不良バ場でこれはペースが早過ぎる。

 現日本ウマ娘の中で最も『逃げ』を熟知した彼女の目から見て、今のアパオシャは掛かって暴走状態に近い。

 コーナーに入ってもその速さは落とさず、バ身差は変わらない。

 普通ならこんな序盤でスタミナを使い切るような超ハイペースは無謀に近い。しかし、今レースをしているウマ娘達は焦りを覚えた。

 相手はあの無尽蔵のスタミナを持つアパオシャだ。もしかしたら、万が一≪宝塚記念≫のサイレンススズカのように、最後の最後までこのペースでスタミナが持つかもしれない。不安に駆られた一部のウマ娘が一気にペースアップを図って、先頭との差が縮まり始めた。

 ペースを変えなかったナリタブライアンやハッピーミークのような数名は、どんどん追い抜かれて後方へと追いやられる。

 

「トレーナー、シチーさんのペースは大丈夫なの?ボク、まずい気がするんだけど」

 

「俺もそう思う。今日のあいつは雨音で寝不足気味だから、ちょっと神経質になってるな」

 

 レースが動いたと同時に、スタンドから悲鳴が起きる。中間点の1200メートルを走り、後半に突入していたアパオシャが足を滑らせて転倒しかけた。こんな不良バ場では珍しくないが、みるみるスピードが落ちている。

 

「ふんぎゃろー!!どこか足を痛めたかもしれません!!」

 

「アパオシャさーん!大丈夫ですかーー!!」

 

 チームメイトから悲鳴と心配の声が上がる。その間にもアパオシャのペースはグングン落ちて行き、とうとう後続に抜かれてしまい、直線が終わってコーナーに入る頃には最後尾近くまで順位を落としていた。既に先頭とは七バ身は離されたが、それでも彼女は走るのを止めない。

 入れ替わった先頭集団は重バ場を物ともせず、快調に3~4コーナーを走り続ける。

 先頭が最終コーナーを過ぎて、500メートルの最終直線へ入った。さらに後ろからは先頭を奪い取ろうと。何人ものウマ娘がペースを上げて熾烈な競り合いを始める。

 ここにナリタブライアンも参戦、その優れたバランス感覚と足の強さで悪路を物ともせず、後方から地を這うような走りで、一気に順位を上げていく。

 それに負けじとゴールドシチーも、ゴールドシップ仕込みのストライド走法で加速してトップに躍り出た。

 

「いけー!!シチーさん!!」

 

「勝て、ブライアンさんに勝てー!!」

 

 ≪スピカ≫のメンバーは懸命にゴールドシチーへ勝利の念と声を送り続ける。スタンドの特別観覧席にいた≪リギル≫もまた、ナリタブライアンの勝利を願った。

 一方アパオシャのチームメイトは、まだ後方でコース中央を走るアパオシャに必死に声援を送っているが反応は無い。

 しかしここで先頭を競った三人の一人が足をふらつかせて濡れた芝で滑り転びかけた。その煽りで外側の一人が転んでしまう。

 

「危ない!!」

 

 会場から悲鳴が起き、コースの走者も慌てて避けて、連鎖的な動きでバ群の中で競っていたナリタブライアン達のポジションがかなり乱れた。

 その動きが発端になったように、走者の半数以上のペースが落ちている。

 

「あいつらフラフラじゃないか。もうスタミナが残ってないのか?」

 

「アパオシャがレース全体を引っ掻き回しましたからね。最後までまともに走れるのは、引っかからずにペースを保ったナリタブライアン含めて数名ですよ」

 

 沖野の疑問に藤村が不敵に答えた。

 後輩トレーナーを問い詰めようとした沖野は、教え子のシチーもペースが落ちているのに気付いた。ゴールまではまだ300メートル近くあるのに、これでは『差し脚』が使えない。

 ナリタブライアンが脚色の衰えたシチーを置き去りにして先頭に立つ。スタンドはナリタブライアンの勝利を確信した。

 ここで後方に置き去りにされたアパオシャとハッピーミークが動いた。

 一気に加速してスタミナ切れを起こした連中を纏めて抜き去り、先頭のナリタブライアンに追従する。

 ハッピーミークはともかく、一度は足を痛めて沈んだと思われたアパオシャの復活に、観客達は度肝を抜かれた。

 

「いけーアパオシャさん!!バクシン!バクシイイン!!」

 

「ホームに一直線大逆転サヨナラ勝利ですわー!!」

 

 二人はジリジリとトップのナリタブライアンに追いつき、残り100メートルで三者が並ぶ。内ラチ近くのナリタブライアンと、外側で競い合うアパオシャとハッピーミーク。奇妙な距離感の三者の、最後のデッドヒート。

 ゴールまで残り僅かな距離でも三者の身は重なり合ったまま。

 このまま写真判定かと思われた瞬間、ゴール手前でアパオシャが走り幅跳び選手の如く跳んだ。

 そして左足の着地の瞬間、もう一度跳ね、空中で回転しながら、勢いそのまま地面を転がった。

 東京レース場に風雨と雷の音だけが響く。ターフに転がったアパオシャは動かない。幾ら頑強なウマ娘でも、全力疾走は時速70km/hに達する。そんな速度で転がったら、無事では済まない。

 スタッフが救護班の手配を叫んだのを皮切りに、スタンドから割れんばかりの歓声と悲鳴が交じり合う。

 その声に応えるかのように、アパオシャはターフに寝ながら天に拳を突き上げた。

 藤村トレーナーや≪フォーチュン≫のメンバー全員がアパオシャに駆け寄った。

 

「無事かアパオシャ!!まだ起きるんじゃないぞ!!」

 

「聞こえてるよトレーナー。大丈夫だよ、受け身は取って頭と足は保護したから」

 

「最後のは聞いてないぞ!!怪我どころか死んだらどうするんだ!?」

 

「だから転んだ時の対処法に、柔道の受け身の基礎を学んだんだろ。俺は元から頑丈だし、雨を吸った芝生と泥は柔らかいから大丈夫だって」

 

「ったく!タキオンといい、カフェといい、毎度ヒヤヒヤさせるんじゃねえ!」

 

 トレーナーの怒りと不安を払うように、立ち上がって自分の手足や胴に異常が無いか丹念に調べて、多少打ち身をしたが大丈夫と答えた。

 それよりアパオシャが気になったのがレース結果だ。電光掲示板には写真判定の文字が出ている。

 遅れてきた救護班は断って、判定を待ち続けた。

 ―――――結果が出た。一着にはアパオシャの4番がアタマ差の文字と共に爛々と輝いていた。二着にはハッピーミークが三着ナリタブライアンとハナ差だった。

 あとは大きく差が開いて四着にゴールドシチー。五着も出た。

 今年のダービーを制したのは≪ブラックプリンス≫アパオシャ。レース場は大歓声に包まれた。

 

 

 日本ダービーが終わった夜。全ての片づけを終えて、部室の施錠を済ませた藤村は、後ろに気配を感じて振り向いた。

 

「脅かさないでくださいよ東条さん」

 

「ああ、ごめんなさい。こちらから声をかけた方が良かったわね」

 

 振り返ると先輩トレーナーの東条ハナが立っていた。まさかレースに負けた腹いせに闇討ちは無いと思ったが、藤村はちょっと身構えた。

 

「ちょっと付いてきてくれるかしら。今日の事を色々聞きたいのよ」

 

「あーそういうことですか。良いですよ」

 

 敗因の答え合わせをしたいと言う事か。酒も出すと言われて、断れなかったから黙って付いて行く。

 藤村が連れてこられたのはトレーナーの仕事部屋だった。トレセンのトレーナーは複数人で一つの部屋を割り振られる。店で飲むよりは、こう言う所の方が静かに話せると思ったのだろう。雨の中で遠くまで出歩きたくないし。

 ただ、差し向かいで飲むと思っていたら、部屋に入ると見知った顔が先に居た。

 

「よう、お疲れさん。初ダービー勝利おめでとう」

 

「こ、こんばんわ。今日は良いレースでした」

 

 部屋には同僚の沖野と桐生院が居た。机にはビール缶やらウイスキー瓶の他につまみが各種置かれている。

 集まった四人は昨年のジュニアG1を勝利して、皐月賞と今日の日本ダービーに出走したウマ娘の担当トレーナーだった。

 

「レースが終わればウマ娘とトレーナーは怨みっこ無しという事ですか」

 

「そういうこと。今日は俺達全員お前にしてやられたから、飲みたい気分なんだよ」

 

「俺のせいじゃないですよ。全部アパオシャの思惑通りです」

 

「へぇ。それは面白そうな話が聞けるわね」

 

 後ろの東条が酷く愉快そうに喉を鳴らした。捕食されそうな気配を感じた藤村は、さっさと酒の置かれた席に就いた。

 最初に四人はビール缶を開けて一口飲んで舌を湿らせる。

 それから最初に口火を切ったのは沖野だ。

 

「最初のヤケクソみたいな『逃げ』はブラフか?」

 

「ええ、アパオシャの『逃げ』はサイレンススズカの『逃げ差し』と似てますから。あいつのスタミナと合わせて他の走者を慌てさせるのが目的です」

 

「それで逃げ切る事は出来なかったんですか?」

 

「あのペースはいくらアパオシャだってスタミナが持たない。練習でそれをしても目標タイムに届かなかったんだ。ナリタブライアンには最後に抜かれると分かってたから、ペースを乱す揺さぶりに留めた」

 

 実際序盤で滅茶苦茶なペースで走られて、逃げられると思った多くの選手が引っ張られる形でペースを上げた。自分のペースを維持したのはナリタブライアンやハッピーミークぐらいだ。

 

「そこがあいつの悪辣な所で、実は他の子がペースを上げた時に、あいつもこっそりペースを上げてたんですよ。それでレース全体をかなりのハイペースに誘導してから、本人は滑って足を怪我したと思わせて、後ろに下がって息を整えた」

 

「今日の重くて荒れた芝なら滑るのは珍しくないもの。レース場は全員まんまと演技に騙されてたってわけね」

 

「うちのミークは気付いてたみたいですよ。だから最後までアパオシャさんに引っ付いて警戒してました」

 

 沖野が口笛を吹いて、ツマミのサラミを放り込んでビールで流し込む。モデルのシチーさえ騙されたのに、あのボーっとした子が見破るとは。

 そうして気付かないうちにペースを狂わされていた大半の走者は、最終直線でスタミナ切れを起こした。

 でも、と桐生院は疑問に思う。なぜそんなスタミナ配分を間違えるほど、冷静さを欠いた子ばかりだったのか。

 疑問には東条が代表して答えた。

 

「一つは雨と雷ね。ウマ娘の聴覚は私達より鋭くて、余計に音を拾って苛立つもの。昨日からの豪雨で、うちの子も何人か寝れずに眠そうにしてたわ。芝も重くて余計に体力を使うし、距離の問題もある。青葉賞を除いて誰も公式戦の2400メートルを走った経験が無い。いくら練習で走ってても、G1の緊張もあるから、レース中に気付くのは難しかったのよ」

 

「で、ナリタブライアンやハッピーミーク以外はゴール前で失速。フラフラになって走りの乱れた子を躱したり、ポジションを直すのに左右に動くから結構疲れるし、手間を食う。その隙に後ろから再加速して抜き去る目論見だった」

 

「最後の直線でアパオシャ達は外よりを走ってたが、あれは荒れていない芝を走るのが目的でわざわざ遠い所に陣取ってたのか?」

 

「それもありますけど、距離のロスを覚悟しても、ナリタブライアンの傍で走らない事が一番重要だったそうです」

 

 沖野と桐生院は首を捻ったが、東条だけは「しまった」という顔をした。

 

「アパオシャが言ってましたが、ナリタブライアンは負けず嫌いで隣で誰かが抜こうとすると、ムキになって競り合おうとする癖があります。東条さんが矯正したみたいですが、追い詰められたら癖が出かねない。下手にやる気を引き出させては競り負けるから、離れて走る必要があった。特に自分と戦わずに諦めたような奴なんて眼中に無いだろうと、念を入れて」

 

「……それは皐月賞の時の事か。レース後にブライアンが怒ってたとかシチーに聞いたぞ」

 

「その時からマーク外しの仕込みはしてたそうです。どうせ負けるレースなら無理に競り合わずに、次の日本ダービーの仕込みに使ってやろうと。そっちはかなり後で聞きましたよ」

 

 トレーナー全員はなんて事考えるんだと、呆れと共に感心すら含む怒りを抱いた。一生に一度しか走れないクラシック三冠の一つを罠を張る道具に使うとは。

 

「正気の沙汰ではないですよ。怒りと失望を利用してまでレースに勝ちに来るなんて。しかもそれでうちのミークにも勝つなんて」

 

「三つの内、一つを取られても残り二つ取れれば勝率六割六分だから良いだろ、なんて言ってましたよ。最悪あるいは、三回のうち一回ヒットかホームラン打てば、クリーンナップ張れる一億円プレイヤーとも。菊花賞はアパオシャの適性距離だから、勝つ目は今日よりもありますし」

 

「それで本当に勝つ奴があるかよ。あーもう、やってらんねえ!」

 

 沖野は不貞腐れて、ウイスキーの蓋を開けて、グラスに注いでストレートで煽る。後輩トレーナーどころかウマ娘一人の掌の上で転がされてたなんて、飲まないとやってられない。

 

「けど、今日雨が降らなかったら、もう少し分が悪いレースになってたとは言ってましたよ。最後は桐生院さんのハッピーミークともギリギリで、無茶な跳び込みなんてやって……アイツの体が飛び抜けて頑丈ってのは知ってるけど、あれは俺も心臓が止まるかと思った」

 

 さすがに三人もゴールの跳び込みを見せられた藤村に同情した。反則にはならないがあんな無茶なやり方で勝っても、骨折どころか下手をすれば二度と走れない障害を負っていた可能性だってある。いくら転んだ時に受け身を取れるように練習してあっても、絶対にさせようとは思わない。

 

「あいつは普段は冷静で視野が広いくせに、土壇場であんな無謀な事をやりやがる。タキオンもだが、見ているこっちの身にもなれってんだ」

 

 東条は何も言わずに空いた二つのグラスにウイスキーを注いで、一つは自分、もう一つは藤村の前に置く。二人ともきつい酒に口を付けて喉を鳴らした。

 桐生院は自分も強い酒を飲まないといけない流れなのかと悩んだが、その前に気になる事があった。

 

「雨と言えば記者会見の時、アパオシャさんがフクキタルさんの雨乞いのおかげで勝てたって言ってましたけど、冗談ですよね?」

 

「一応雨乞いの儀式はしてたよ。わざわざお供え物まで買い揃えて、工事する時の地鎮祭に使うような神棚まで作って。本人達は信じてるけど、俺は偶然だと思う」

 

「「「それはそう(だ)(ね)(ですよ)」」」

 

 初めて四人は笑った。

 今日のレースの答え合わせが済み、後はトレーナー同士の普通の飲み会になった。普段の仕事の愚痴だったり、思春期のウマ娘との付き合い方の悩み、特に沖野と藤村は男だから色々と気を使って大変だとか。

 東条も最近チーム入りした新入生のエイシンフラッシュというドイツ留学生の、自分以上の秒単位まで徹底した管理主義を改めさせるのに苦労しているとボヤく。

 桐生院はハッピーミーク一人でも、トレーナーとして稀有な才能を持つ教え子を、これから導いてあげられるか弱音を吐いたりもした。本人は口にしなかったが、あるいは名門の実家からの圧力が強くて気苦労が多いのを、先輩達は何となく察して聞いている。

 指導者達は普段、教え子には打ち明けられない悩みや苦労を、この時ばかりは打ち明け、共有して遅くまで語り合った。

 

 

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