あらすじを修正してタグにアグネスタキオンを追記しておきました。
チーム≪フォーチュン≫に所属した翌日の放課後。
今日はチーム全員と顔合わせしてから、初めての練習をする予定だ。
その前に俺はチームトレーナー藤村、通称『髭』と共に、先にスカウトの声をかけた二人のトレーナーに断りの挨拶をした。
こういう時は直接足を運んで頭を下げないと、相手の面子を潰して後々面倒になるから、キッチリやっておくのがレース業界の処世術らしい。
二人のトレーナーは髭トレーナーに良い顔を向けなかったが、今度酒の一杯でも奢れと言われただけで済ませた。
髭の人徳なのか、またはこうした選手の取り合いが日常なのかは知らない。ただ、オンさんの名を出した時に、俺へ同情の目を向けたのはあの人がトレーナー達から、どういう目で見られているのか何となくわかった。とにかく何事もなく≪フォーチュン≫で走れそうだ。
チームの使っている部室は校舎と練習場の間にあり、他のチームの部室もそこに固まっている。授業が終わればすぐに立ち寄れる利便性が良い。
「最初に言っておくが俺のチームは癖が強いウマ娘が多い。というか曲者しかいない」
「あ、うん。それは大体分かる」
「俺がサブトレーナーから独立して最初にスカウトしたのがタキオンだったから、どうもチームにそういう色が付いたような気がする」
「七色に発光するだけに?」
「上手いこと言ったつもりかよ。アレはやむを得ない処置だったんだよぉ。退学するつもりだったタキオンを引き留めるために薬を飲んで、そのままズルズルと――――話が逸れたな。とにかく癖は強いが優秀で良い先輩ばかりだから楽しみにしていろ」
髭トレーナーは新人の俺の緊張をほぐそうとして気を回している。日々俺達ウマ娘のために心身を削っている姿は絶対に真似したくないが信頼出来そうだ。
そうこうしているうちに部室の前に来た。髭はドアの横に裏返しでかかっていた札を見せる。表には入室禁止と書かれていた。
「これは俺用だからお前は気にするな。札は着替えの時にでも使え」
俺達みたいな年頃の女と場所を共有するには、男トレーナーは色々と気苦労が多そうだ。
ともかく改めて部室に入る。
「お前ら、待望の新人を連れて来たぞー。仲良くしてやれ」
「アパオシャです。よろしくお願いします」
「おおっ!よくぞ≪フォーチュン≫に来てくれました!!私は学級委員長のサクラバクシンオーです!!これから一緒にバクシンしましょう。バクシーン!!」
目に桜の花びらの紋様のある、おでこの広い先輩が俺の手を握ってハイテンションに力説する。
この人はサクラバクシンオーか。今はクラシックで短距離専門に走ってる生粋のスプリンターと雑誌に載ってた。かなりの実力者で、既にG3、G2を一勝ずつ挙げている重賞ウマ娘。このままG1もほぼ確実に勝てる逸材とコラムの記者は手放しに誉めていた。
髭トレーナーの言う通り、良い先輩っぽい。
後ろにはカフェさんが困った様子で苦笑して、オンさんはいつものように怪しい。
そしてもう一人、外に跳ねた栗毛のショートヘアの先輩が、何故か水晶玉を持ってこちらの様子を窺っている。なぜか髪飾りは小さなダルマだ。
「えっと、マチカネフクキタル先輩ですね?」
「ふぉおおっ!!私の名前を知ってるんですか!?」
いやそりゃ、去年の菊花賞を勝ち取ったスターウマ娘なら、顔と名前ぐらいは知ってるよ。
マチカネフクキタル先輩は去年の菊花賞を勝ったG1ウマ娘。それ以外にもG2を二度勝ってる。知ってるのはそれぐらいだが、本人は顔すら知られていないと思ってるらしい。謙虚なのか自己評価が低い人なんだろうか。
「ではお近づきの印に不肖ながら貴女の運勢を占ってもよろしいですか!?」
「はあ、じゃあ一つお願いします」
「ふんにゃか~、はんにゃか~!かしこみ~!エコエコアザラシ…エコエコオットセイ…シラオキハッピー!とうっ!」
物凄い独特な掛け声で水晶玉を覗き込む。うん、これは髭の言う通り、良い人だが癖の強い先輩だ。
「―――――出ました!アパオシャさんの今後の運勢は……」
やけにもったいぶってくれる。こういう引きはテレビでたまに見る占い師が良くやる手法だな。
「晴れです!」
「あっはい」
吉凶じゃないけど晴れならまあ運が良い方だろう。
「あれ?どうして天気が出てくるんでしょう?もう一回リセマラかしこみしてみますね」
リセマラって、占いはガチャじゃないんだぞ。内心で突っ込んでも聞こえる筈が無いので先輩の占いが終わるまで待っている。
「ふんぎゃろ!ふんぎゃろ!――――出ました。風速4メートル、スギ花粉にご注意です!……ひょえー何でですか~!!シラオキさまぁ~」
やっぱり水晶型のスマホで明日の天気を見てるのかな。同居者が床に転げ回って笑ってやがる。
「おら、いつまでも遊んでないでトレーニングするぞ。アパオシャはジャージに着替えてから練習コースに来い」
トレーナーから空いているロッカーを教えられて、残り全員は先に練習場に向かった。
早速着替えて練習場に向かうと、先輩達は準備体操をしていたから、それに混じって体をほぐす。
「よーし。今日の内容を説明する。フクは今月最終日の天皇賞春に向けて坂道走破だ。3200メートルの長距離と二度の坂道は相当キツいが、辛くても数をこなせ」
「任せてください」
「バクシンはダートのシャトルランでスタートの力をつけろ。お前は初速が肝心だ」
「委員長はどこでもバクシーン!」
「カフェとタキオンは、アパオシャと軽く並走して力を見てやれ。ジュニア、クラシックで勝てるようにな」
「二人とも、よろしくお願いします」
練習とはいえ初日からG1勝利者と並走は僥倖だ。
二人からの提案は芝コース一周2000メートルをレース形式での並走。
「さて、どうして2000メートルなのか分かるかな?」
「ジュニアのコース最長距離が2000までしか無いからですか」
「……正解です。アパオシャさんは……私と同じ…長距離が得意みたいですが……長距離レースはクラシックの後半まで……ありません」
「それでカフェは結構苦労したみたいだからねぇ。今のうちに中距離にも慣れておいた方がいいのさ」
納得の理由だ。URAの主催するトゥインクル・シリーズのジュニア、クラシック期は中距離とマイルが充実していて長距離レースは少ない。かと言って長距離レースが充実するクラシックやシニアまで走らないという選択肢は無い。
せっかくウマ娘としてレースに出て、大金を稼ぐ機会があるなら、積極的にチャンスを利用したい。そのためにはえり好みせずに中距離でも勝てるように鍛える事は願ったりだ。
早速三人でコースを走り、そして見事にぶっちぎられた。
うん、まあ分かってた。相手は遥か格上の大先輩。夕陽で伸び切った影すら踏めないのは順当な力量差だと思う。
それと、俺の同居者とカフェさんの『お友だち』も競争してるみたいだったが、同居者の方が空を飛んで俺達全員をぶっちぎった。
だからか『お友だち』が滅茶苦茶キレて地団駄踏んで、空に向かって手を振り上げてる。輪郭がボヤっとしか見えないけど、たぶん中指立てて罵倒してるんじゃないかと思う。空を飛ぶのはレギュレーション違反だぞ。
変な奴等は置いておき、俺は負けても挫けるつもりはなく、すぐに二回目をお願いした。
都合五回の並走を終えて、息の荒いオンさんの方からストップがかかった。
「ちょっと休憩を入れないかい?私のスタミナは君たちほど持たないんだよ」
言われて気付いた。確かに五回もコースを回れば10km走った事になる。≪超光速≫の異名を持つオンさんは、速さこそ随一でもスタミナはシニアでも平均クラスだから、生粋のステイヤーには付き合いきれないのか。
一方、カフェさんは汗こそかいていても、息の乱れは俺より少ない。その上で俺より五バ身は先にゴールしてるから、やはり凄い。
「あーやっぱり楽しいなー」
「……練習が…ですか?」
「自分が上手くなるって実感してる時かな」
最初はオンさんに大差で置いて行かれていたが、回数を数えるごとに差は縮まっているように思える。
オンさんやカフェさんの走りのフォームを後ろから見続けて、一つ一つ良い点を見つけて自分なりに当てはめて身に付けていく。
お手本を追いかける、ただそれだけで確実に速く走れるようになると実感出来るのだから、楽しくて仕方がない。
俺は大金を稼ぎたいからアスリートの道を選んだ。勝ち負けはオマケみたいなものだと思ってるが、それでもやはりウマ娘として速く走れるのは気分が良い。
「クフッフッフ。一緒に走って分かったが、やはり君は逸材だよアパオシャ」
オンさんはスポーツドリンクを飲みながら、瞳に怪しい光を宿して俺を見る。
「レースはただ速く走れるだけで勝てるものではない。短距離レースでさえ最初からスパートをかけたら、どんなウマ娘も体力が持たない。体力の消耗は思考力と冷静さを奪う。だから自分なりのスタミナ配分でペースを作る。特に長距離はスタミナと冷静さを失った者から脱落していく。しかし君はこれだけ走ってもなお私達を観察し続けて、走りに取り込むだけの頭脳的余裕を持ち続けた。いやはやデビューが楽しみだよ。―――さあ、これを飲んで水分補給をしたまえ」
オンさんに褒められてちょっと嬉しかったのに、最後に勧められたボトルの蓋に付いた蛍光色の液体に気付いて手を引っ込めた。褒めたのはこれの前振りかい。
「そんなに怖がらないでおくれよぉ。味の保証はしかねるだけで、ただの疲労回復のドリンクさ」
「いいえ、俺は遠慮しておきます」
幾ら疲労が回復するからと言ってサイケに光る液体を飲むほど追い詰められていない。
横からカフェさんが差し出したドリンクを選んで一口飲む。すっと体に染み渡る感覚が心地良い。
同時に『まだ足りない』と心の奥底から湧き上がる渇きを感じている。
この感覚は生まれてから何度も経験している。
何をしても満たされない。常に心が渇きを訴えて、水を欲していた。まだ飲み足りない。もっともっと、貪るように欲しいんだ。
「カフェさん、あと二、三本付き合ってくれますか」
「…はい……お付き合いしますね」
カフェさんの隣にいる『お友だち』が見えなくても笑っているような気がした。
俺の心の渇きに応えてくれる人が身近にいる。それが無性に嬉しかった。