変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々   作:ウヅキ

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第57話 『証明』

 

 

 正月二日目の午後の笠松トレセンは、元旦ほどの人は集まらなかったが正月イベントは盛況だ。

 串カツやおでん片手に地元の子供達のレースを見て、大食い大会に声援を送ったり、ビンゴやクイズをしてウマ娘やレースを身近に感じる催しこそ、地方トレセン本来のお祭りだと思う。

 一方で地方レースの経営は苦しく、注目を集めて人を呼び寄せないと施設の維持管理、働くスタッフの給料すら払えないような経営難に陥りやすい。

 だから今年のように、中央で活躍する地元出身のウマ娘を客寄せに使って宣伝する行為も、時には必要な事だと理解している。

 笠松トレセンが今日と明日のイベントが終わってからレース場を貸したのは、来年もゲストに呼ぶ事を考えて、恩を売っておく腹積もりと思われる。

 元旦のイベントが終わってからオグリキャップ先輩は、俺と笠松レース場で走る事を希望した。ただ、走るべきだと理由はその場で教えてもらえなかった。それでも断る事はしなかった。

 一応髭にも電話で、オグリキャップ先輩と模擬レースをする事は伝えておいた。俺の頑丈さなら怪我はしないと思ってるが、あまり無理はするなとだけ言われて、許可は貰えた。

 イベントが終わり夕暮れ時になって、人気がまばらになったのを見計らって、ジャージ姿の俺と先輩がダートに立つ。既にウォーミングアップは済ませている。ダート用のシューズは念のために練習用のを東京から持ってきて良かった。

 ……おい、お前も一緒に走るのかよ。―――――はいはい、久しぶりに一緒にダートで走ってやるよ。

 

「距離は分かりやすく、コース丸二周の2200メートルの模擬レース。君もダートは走れるな」

 

「ええ、幼年クラブは基本ダートで、東京でも練習でよく走ります」

 

 専門に比べたらそれなりに速さは劣るが、多少は走れると思う。オグリキャップ先輩も今はウマ娘としての力は減退して引退しても、元はダートで地方十勝している。

 もろもろ込みで考えたら、彼我の力は互角に近いと思われる。

 

「今から一緒に走って≪領域≫を教えよう。環境は少し合わないが、本気のレースなら多分関係無い」

 

「≪領域≫の条件が極限状態なら、一流のウマ娘同士がぶつかり合えば、自然と入るという事ですか」

 

 先輩が頷く。かつてディクタストライカさんと模擬レースをした時に≪領域≫に入りかかった事があったらしい。つまり今日と明日でその再現をすると説明された。

 あとは走って自力で気付けと言われた。こういうのは口で説明しても習得は無理らしい。

 ともかく、スタート合図は機械任せで、模擬レースを始めた。

 お互いにスローペースで始まりダートを走る。芝と異なり砂に沈み込む脚の違和感はあるが、身体に染み込んだ距離とタイムは正確に刻んでくれる。

 そして俺の同居者はさっさと前を走ってしまった。

 中間点の1100メートルを過ぎても先輩はまだペースを保ったまま。俺はそろそろ足が温まってきたから速さを一段上げて前に行く。

 1200、1400、1800と距離を刻むたびに少しずつ先輩の足音は離れていくが、決して油断はしない。あの人は元からスロースターターの『差し』ウマ娘だ。少しの出遅れ程度はゴール手前で、暴力的な末脚によってぶち抜いて勝ってしまう。

 だから落ち着いて少しずつ加速して距離を広げていく。

 最終コーナーを過ぎ、残り200メートルになった瞬間、後ろから尻尾をねじ切られるような痛みと恐怖を感じた。

 

「ヌルいぞアパオシャ。そんな走りでは≪領域≫には到底届かない」

 

 次の瞬間、ガス爆発でもしたような爆音が聞こえ、外からオグリキャップ先輩が俺を抜いていた。その後ろ姿は陽炎のように歪み、灰を纏うバケモノのように見えた。

 なんだこいつは……≪怪物≫と言われるナリタブライアンと走っても、こうまで恐れを感じなかったし、震えもしなかった。

 これが誰からも愛される、あのオグリキャップ先輩の本当の姿なのか。

 ―――いや、恐れている場合じゃない。俺はこれから、同じバケモノ達とレースを走るんだ。

 

「こんなところで立ち止まれるかよーッ!!」

 

 吼えて加速。

 だが、先輩との距離は縮まらない。これはただの脚の性能と技術の差じゃない。これが≪領域≫!

 懸命に脚を動かしても届かない。息が出来ない。目がチカチカする。周りの音も良く聞こえない。分かるのは俺の心臓の音だけ………

 あの同居者の黒助がとっくに居たゴールでせせら笑っていやがる。それのクソッタレで忌々しい顔に、体中の血が沸騰する。

 

(なんだぁ、お前ここまでかよ?ずっと面倒見てきた俺を失望させるんじゃねえよ)

 

『ブチッ!!』

 

 俺の中で何かが千切れた。

 

「テメエはいい加減そのニヤケ面をヤメローーーーー!!!!!」

 

 咆哮と共にダートと違う赤い砂塵が俺の身体を纏い、前を走るオグリキャップ先輩の身体にも伸びて纏わりついた。

 もうレースなんてどうでもいい。俺はあの黒助を蹴り飛ばす事しか考えていない。

 一瞬でも早くゴールの先でニヤついてる野郎の顔を蹴り飛ばすために限界を超えて疾走する。

 途中で何かを追い越した気がするがどうでもいい。

 ゴールが目前に来たところで、足に再度力を溜めてた瞬間、野郎が空に逃げやがった。

 

「……くそっ!―――――――あっ、レースしてたんだった」

 

 いかんいかん。同居者への怒りで本来の目的を忘れていた。隣に居たオグリキャップ先輩を見る。

 

「……ふう。掴めたみたいだな」

 

「あの感覚が≪領域≫。―――――ちっ!」

 

 空を見上げてドヤ顔の同居者を睨みつける。あいつの手助けで≪領域≫に踏み込めたと思うと納得いかない。

 

「アパオシャ………その大丈夫か?さっきかなり怒ってたみたいだが」

 

「あー大丈夫です。先輩とは関わりの無い怒りで吼えただけです」

 

「怒りか…。君の≪領域≫は私やタマと違う、ディクタに近いのか?」

 

「怒りで踏み込むのはダメなんでしょうか?」

 

「それは分からない。でも、私は何のために走るか答えが見つかった時に≪領域≫に入り、有マ記念でタマに勝てた」

 

 先輩の顔はとても晴れやかで綺麗な笑顔だった。きっと怒りで歪んでいた俺の顔とは全然違う。

 

「アパオシャ、私は走るために生まれてきたんだ。走る事で私自身を『証明』し続けた。それはレースを引退した今でも変わってない」

 

「…………」

 

「タマ、オベイ、ディクタ。たぶん君のライバルのナリタブライアンや多くの友達も、レースで『何か』を証明したかったんだ。君もその『何か』に気付いて、走ってくれる事を期待している」

 

「はい。なら、もう何度かレースしていいですか?」

 

「勿論だ。ふふふ、やっぱりレースは楽しいな」

 

 それから俺と先輩は日が暮れて、ライトアップしたダートコースを何周も走り続けた。

 ≪領域≫に意識的に入るのはまだ難しい。だが、感覚は走るたびに掴めてきている。あとは数をこなすか、実際のレースで走るしかない。

 

 翌日も正月イベントが終わってから二人で走る予定だったが、トレセンの方に話が伝わって、正月に残っていた笠松の生徒が見学に大挙してスタンドに集まっていた。

 それどころか、俺達と一緒に走らせてほしいと頼み込むトレセン生も居る。

 

「私は構わないが、アパオシャはどうする?」

 

「走る数が多い方が実際のレースに近くなるから良いですよ」

 

 許可が出て笠松のウマ娘達が湧き返る。ただし条件として距離は2000メートル以上と決めたら、大抵の子が委縮した。

 地方レースは基本的に距離が短い。笠松なら800メートルの超短距離から始まって、長くてもマイルの1800までだ。殆どの子が2000メートルは未知の距離になる。

 一部、名古屋や別の地方開催の重賞レースで2000メートル以上を走った経験者も居るが、そういう上澄みはごく少数に留まる。

 仕方が無いから俺と先輩がコース二周の2200メートル、トレセン生の多くは一人1100メートルで二人リレー形式で走る事になった。

 マイルの子は先輩が一人で担当して、2000メートル超えの希望者は俺が担当した。

 

 ――――都合コースを十周ばかりした。結果は俺とオグリキャップ先輩の全勝。ダートの不得手を込みで平均三バ身差の勝ちなら、中央ウマ娘の面目は立った。

 笠松トレセン生とレースをしていて分かった事は、力量差があり過ぎると≪領域≫に入りにくく、不利な条件を課せられた方が精神集中しやすく≪領域≫に入りやすい。

 個人的な感覚では≪領域≫に入った時は、自分以外が止まったように見えるどころか、後ろを走る相手すら見えているように把握出来た。おかげで、位置取りや集団からの抜け出しが極めて容易になった。

 それとスタミナ消費がやけに減って、殆ど息切れをしない。むしろ相手の方が俺のプレッシャーで息が上がったように見えた。

 反面、いつもより加速性能が上昇しているのは確かでも、オグリキャップ先輩やナリタブライアン姉妹のような、異様な加速は見られなかった。この辺は個人差として納得するしかない。

 基本的な状態は把握出来た。あとは意識的に入れるかどうかだ。

 ともかく模擬レースはこれでおしまい。ヘトヘトになった笠松の子達と一緒にトレセンの風呂に入って、食堂で夕食もご馳走になった。

 笠松トレセン生はオグリキャップ先輩の食欲を伝説として聞いていても、実際に怪物染みた食べっぷりを目の当たりにして、誰もが箸が止まった。

 そして今日の食材を全て使い切って、コックからストップがかかり、急遽始まった二日間の正月模擬レースは無事に終わった。

 先輩のタクシーを待っている間に、ちょっと話をした。

 

「三日間、ありがとうございました。おかげで俺はまだまだ強くなれそうです」

 

「私も同じ故郷の後輩と走れて楽しかった。あとは君次第だ」

 

 その後はどて煮が美味かったとか、友達が笠松のトレーナーになってたとか、軽い雑談をしてお別れをした。と言っても、俺とオグリキャップ先輩も正月が終われば東京に戻るから、また近いうちに会える。

 俺も明日は東京だから、家に帰って早めに寝た。

 翌日、チームの部室に顔を出したら、髭トレーナーが俺を『別人のようだ』と称した。カフェさんやオンさんも、一目で察したみたいだ。≪領域≫に入るとそう見えるのか。

 実際に、クイーンちゃんやダンと並走する通常トレーニングも、明らかにキレが増して速くなって驚いた。それで慢心なんてしないが、ちょっと嬉しい。

 ガンちゃんも俺が何で速くなったのか分からず、何度も並走を挑んでは首を傾げてウンウン唸ってる。流石に育成期で≪領域≫に入られたら、俺も自信失くすからもうちょっと後で追い付いてね。

 

 正月気分も抜けて、レースも再開。うちのチームは、今月の三週目にクイーンちゃんが初の重賞レースに出走した。中山で行われたG3京成杯を快勝。クラシック期を最高の形でスタートした。

 同期生も昨年に骨折して休養していたクラチヨさんが久しぶりに年始のOP戦を走り、勝利を飾ってファンに元気な姿を見せた。

 去年の有マ記念で三着と善戦したナイスネイチャも、G2日経新春杯をハッピーミークと競り合って勝利。強さを示した。

 さらにセンジもG2アメリカJCCに出走。これも一着入賞を果たし、順調に強豪ウマ娘の道を走り始めている。

 みんな一年の最初を良い形でスタートして良かった。俺も来月はG3ダイヤモンドステークスの出走を決めて、トレーニングに打ち込んだ。

 

 

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