変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々   作:ウヅキ

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第59話 見つけた答え

 

 

 寒い二月が終わり、そろそろ春の足音が聞こえる三月の一日。トレセンに来てから、三度目の卒業式になる。

 そして初めてチームの先輩が巣立っていく卒業式だった。チーム≪フォーチュン≫のカフェさんとオンさんが今日この日、高等部を卒業する。

 他にもヒシアマゾンさん、エアグルーヴさん、タイキシャトルさん、フジキセキさん、など一緒に卒業する事になった。

 栗東寮、美浦寮の両方の寮長が揃って卒業とあって、後任者が先日選ばれた。栗東寮はビワハヤヒデさんが、美浦寮からは何とうちのバクシさんが寮長に選ばれた。

 どういう人選なのか困惑したが、本人は学級委員長との兼務ながらやる気に満ちており、生徒からも殆ど反対の声が無かった事から、無事引継ぎは成された。

 卒業予定者も順次部屋の明け渡しのために引っ越し先を選んだり、ため込んだ私物の処分に追われている。

 カフェさんは無事に都内の調理師専門学校の入学が決まり、新しい部屋も決まった。

 オンさんと二人で共同使用していた元理科室は、当初の約束通り学園に返還されるので、こちらも私物は持ち出すか処分しないといけなかった。

 私物はそのまま持って行くが、一部の調度品などはファンの下級生に譲ってほしいと頼まれて、そのまま譲渡の流れになった。

 俺もアンティーク調の電気スタンドを譲ってもらった。机やソファのような大きめの家具は運び入れるのも手間だから、チームの部室に寄贈してもらい、そのまま使われる。

 オンさんの方は卒業してもトレセンのトレーナーとして在籍する。だから退寮して今度は学園の女性トレーナー寮に引っ越すので、私物は自宅とトレーナー室に分けた。

 ただ、あの人はトレーナー業務を行いつつ、九月から通信教育で外国の大学生も兼ねるらしい。

 中央トレセンも大学課程は一応あるんだが、レベルが低いと一刀の元に斬り捨ててしまった。相変わらずの自由奔放さに学園も腹を立てているみたいだが、アスリートと学者とトレーナーとして積み上げた実績の塔を見ると何も言えない。天は二物を与えず、なんて言うけど、四つ五つもなら気前よくくれるらしい。

 そうして多くの卒業予定者がそれぞれの道を歩む準備に追われ、今日晴れて卒業を迎える。

 

 式は滞りなく進み、卒業生代表としてエアグルーヴ先輩が在校生への訓示を述べて、無事に終了した。

 午前中に卒業式は全て終わり、あとは友達同士やチームの仲間とお別れ会を催したり、それぞれの形で別れを惜しんだ。

 チーム≪フォーチュン≫の場合は、次のレースが半月後だから、今日ぐらいは羽目を外していいという事で、前々からフクキタさん、俺、クイーンちゃんで計画した、トレーナーも含めての一泊の温泉旅行と相成った。

 数日前にG2中山記念を走った、ダンとバクシさんの慰労にもちょうど良かった。なお、勝ったのはダンで、バクシさんは三着。二着にはクラチヨさんが入着した。

 ゆったりと温泉に浸かって美味しい物を食べて、チーム結成時から頑張り続けた二人とトレーナーの苦労を盛大に労わった。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、次の朝になっていた。

 みんなが気にしつつも、敢えて触れないチームの変化があった。カフェさんとうちの髭トレーナーの距離が近いというか、雰囲気が変わっている。

 全て言うのは野暮の一言に尽きる。お互いが納得してるならそれで良いじゃないか。そして二人以外のチームの皆は、心の中で親指を上に立てた。

 

 そうした人付き合いの変化がありつつ、俺達ウマ娘のアスリート生活は何ら変わる事が無い。

 学園に帰ってからは、トレーニングの日々だ。特に俺は今月後半にG2阪神大賞典が控えている。ナリタブライアンだけでなく、≪日本一≫のシャル先輩も走るんだ。一秒だって無駄にしている時間は無い。

 ≪領域≫に関してはあまり進展が見られない。あれから、時間を見つけてはチームの皆や知り合いにレースを走る動機や理由をそれとなく聞いたり、自分なりに考えてはいるが、結局何も変わらない。

 ただ、カフェさんとオンさんは二人揃って『答えは意外と近くにある』とだけ言った。幸せの青い鳥じゃないんだからと思ったが、俺よりずっと前から≪領域≫に踏み込んだ先輩二人の言を無視するのは難しく、一人悩み続けていた。

 そうやって悩みながらトレーニングを重ね続けて何日も経ち、いよいよレースの当日になっていた。

 

 

 阪神レース場は、春時雨の降り注ぐ生憎の天気でも、多くのファンが詰めかけて盛況だ。

 今回はG1四冠のシャル先輩、有マ記念勝者のナリタブライアン、クラシック二冠の俺が出走するとなると、G2でも満員御礼になる。

 チームからの応援はガンちゃんとトレーナーとして付き添うオンさんだけだ。他は近日中にレースを控えている人もいるから、学園に残った。特にバクシさんは来週に高松宮記念だから調整で忙しい。ダンも大阪杯が控えている。

 スタンドで場所を取って、昼までは前座のレースを観戦してリラックスする。さすがにG2だと地元笠松の応援団は来ていない。と思ったら、兄さんとはバッタリ会った。しかも女の人連れで。大学の一年後輩の人と付き合ってるとの事。兄さんだって二十歳超えてるんだからそういう話もあるか。

 レース前だから多くは聞かなかったが、楽しくやってるならそれで良いよ。

 あとはいつも通り、昼飯食ってからウォーミングアップを始める。

 トレーニングルームでシャルさんと一緒になり、軽い世間話をする。

 

「先輩と公式戦は初めてですね。得意な長距離ですから負けませんよ」

 

「私だって同じダービーウマ娘として負けません!」

 

「ところで以前レース場で売ってた『まんまる焼き』はこの辺りだと『御座候』なんですよ。知ってました?」

 

「あれは『まんまる焼き』ですー。北海道ではそう呼ぶんですぅ」

 

 同じ北海道出身のメジロ家の面々も確かに最初は『まんまる焼き』と呼んでたけど、東京に来てからは『大判焼き』や『今川焼き』に順応してるぞ。

 何か妙なこだわりを感じる。意外と頑固な人だな。

 それから少し話をして、あとは自分のペースで身体を温めて部屋に戻った。

 

 時間になりスタッフが呼びに来て、6番ゼッケンを渡す。今日はG1勝者が三人居る加減で回避する選手が多く、出走者は12人しかいない。

 パドック裏は程よく温かい。気温の事ではなく、一番人気のシャル先輩の朗らかな雰囲気が伝播して、走者全体の空気が和やかになっている。俺やナリタブライアンじゃあこうはいかない。

 いつのもようにお披露目してから地下通路に行くと、2番ゼッケンを着けたナリタブライアンに待ち伏せされた。

 

「よう、レースは菊花賞以来か」

 

「ああ。今度はあんたの距離でも勝ってみせる」

 

「ふふ、いいよ。今日はとことんやろう」

 

 ナリタブライアンは眼を鋭くして獰猛な笑みを見せる。こいつがレースをする動機は『常に強い相手と戦いたい』だったか。優れた才能以上に生まれついての挑戦者だから、俺達の世代の中でいち早く≪領域≫に踏み込めた。

 強敵なのは分かっている。だからと言って負けてやるつもりは無いぞ。

 コースに出て芝を踏むと、雨を吸ったせいで若干重い。内側の芝も多少荒れている。今日はナリタブライアンもいるから、気持ち外側を走るか。

 同居者も小雨を嫌って、今日はスタンドの屋根の下で高みの見物。居ないなら居ないで構わない。

 スタートゲートに入り、気持ちを整える。

 

 ――――――まずまずのスタートを切れた。

 一人出遅れた以外は、それぞれ自分の好みの位置を得ようと苦心する。

 今日は俺は後方で様子見。ナリタブライアンは中団で悠々走っている。シャル先輩は俺のさらに後ろにいる。

 それとよく見たら、俺の前がナイスネイチャだった。この子もいつの間にかG1入賞してるから、多少気を付けて見ておかないと。

 レースが動いたのは最初のコーナーを超えて直線に入った1200メートル付近。最後尾の人が焦れてペースを上げて、俺達を順々に抜いていく。

 ふむ、ちょっと突いてみるか。俺もその人に乗っかって、ペースを上げる。ただし、スタミナ残量を必要以上に減らさないように気を配る事は忘れない。

 中間点を超えて、中団まで順位を繰り上げて、ナリタブライアンの後ろにピッタリ張り付く。

 後続は何人かが焦って俺に続くようにペースを上げて、先団も後ろがガンガン追い立てているのに気付いて、ペースを上げるか迷い始めた。

 先団の一人が我慢出来ずにペースを上げると、少しでも前に行こうと争いが激しくなり、それに引っ張られる形でレース全体が乱れ始めた。

 2000メートルを超えて、第五コーナーに入った時に、自分のペースを維持しているのは俺やナリタブライアン、シャル先輩など半分以下になってる。

 それに、まだ≪領域≫には誰も入っていない。

 オグリキャップ先輩は言っていた。≪領域≫は優れた空間認識力や驚異的な脚力を発揮するが、精神力やスタミナの消耗が激しく、長続きはしない。

 有マ記念とジャパンカップの時の、ナリタブライアンやシャル先輩も≪領域≫に入ったのは最終コーナーを過ぎて、最終直線でのことだ。まだ早い。

 後団で機を窺い、最終コーナー手前の残り400メートルで≪領域≫に入った。

 俺の周囲に赤い砂塵が舞うイメージが生まれ、周囲に広がって他の走者の身体に纏わりつく。

 その瞬間から周囲が止まって見えて、後ろにも目があるように誰がどこの位置に居るのかも手に取るように分かる。

 前を走る一団を追い抜くのに最適なラインが視覚化され、自然に身体を滑り込ませて一気に順位を上げる。

 さあ、どうするナリタブライアン、シャル先輩。

 走る、走る、走る。息苦しさも消え、音も聞こえず、ただ先を走る障害物をどう抜くかしか頭に無い。

 残り200メートル地点で、全ての邪魔者を抜き去り、俺が先頭に立った。

 来るなら早くしてくれ。あるいはこのまま先に行っちまうぞ。

 ……あぁ、来たか。

 光の道を突き進む≪日本一≫のウマ娘と、対照的に影を従えた≪怪物≫ウマ娘の二人が、解き放たれた矢の如き速さで俺を捉えようとしている。

 

「追い抜けるものなら追い抜いてみやがれーーーっ!!」

 

 ≪日本一≫がなんだ!≪怪物≫は倒されるべき役だろうが!お前達は砂に埋もれていろ!この景色は誰にも譲らん!

 走る、走る、走る、走る。

 残り100メートルで後ろは半バ身。ジリジリと差を詰められるプレッシャーに、吐き気がこみ上げる。

 ………おい、ふざけるなよ!いい加減俺に近づくな!なんで俺より前に出る!?負けるのはムカつくんだ、俺が勝つんだよ!

 クソがっ!俺にお前らの背中を見せるな!動け、俺の脚!何でそんなにゆっくりなんだ!もっと早く動け!動けってんだ!

 待て…待て……

 ――――――俺が負けるのか?

 ――――――悔しいなあ。

 

 漫然と俺より先にゴールした二人に視線を向ける。どっちが勝ったかなんてどうでも良い。俺が負けた事に変わりはない。

 ――――はて、なぜ負けたら悔しいのか。……勝った方が気持ちが良いからか。どうせレースをするなら勝った方が良い。

 それでいいのかな。何か大層な理由なんかなくても、ただ走って勝って気持ち良く〆ればそれでいいか。

 ウマ娘がレースで何かを『証明』したいというなら、勝つ事が気持ちが良いのを『証明』すれば良いだけじゃないか。

 ああ、そうだ。同居者に怒りを覚えたのは、俺に勝っていたからだ。負けた俺自身に怒りを覚えて≪領域≫に入った。

 なんだぁ、カフェさんやオンさんが『答えは意外と近くにある』と助言したのはそういう事か。悩んでたのがバカバカしくなったぞ。

 難しく考える必要は無かった。ただ、『勝つ』で十分じゃないか。俺はアスリートだ。走って勝って気分が良くなる。

 オグリキャップ先輩も言ってたよ。『私は走るために生まれてきた』って。

 そうだよ。そうだとも。俺に大層な理由なんて『重荷』でしかない。何物も背負わず、ただ一番速く走ること。『証明』はそれだけで十分だったよ。

 

「フッ、ククククク、ハハハハハハっ!!」

 

 小雨の降り注ぐ春天に向かって笑う。なんて清々しい気分なんだ。生まれ変わったような、というのはこういう心の晴れようなのか。

 

「えっと、そのぉ……アパオシャさん、大丈夫ですか……?」

 

「ああ、シャル先輩。大丈夫ですよ。ククク」

 

 何ですか先輩、そんなに怯えないでくださいよ。そしてもう一人、ナリタブライアンに目を向けた。

 

「シャル先輩、ナリタブライアン。二人に礼を言っておく。今日負けたおかげで、俺は誰よりも強くなれると分かった」

 

「アンタは一体なにを――――」

 

「『春の天皇賞』出てくれるか?今日みたいな腑抜けた走りはしない事を約束する」

 

「……いいだろう。私を熱くさせてくれるなら何でもいい」

 

 あんたならそういうと思った。なら望み通り、熱くさせてやるよ。

 

 ウイニングライブは無事に終わった。ナリタブライアンは一着、二着がシャル先輩で、俺が三着。ナイスネイチャも何気に四着入賞はしている。

 まあそんな事はどうでもいい。次だ次。

 ――――なんだ?楽しそうだって?言ってろ。そのうちお前も俺の背中の太陽を見て走るようになるからな。

 あー早くレースがしたい。この魂の高鳴りを余すところなく開放したいんだ。

 

 

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