変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々   作:ウヅキ

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第61話 春の盾のゆくえ

 

 

 春の天皇賞の日が行われる、四月の最後の日曜日の朝。見知った天井を見上げて、ベッドから体を起こした。

 カーテンを開けて外を眺める。宝塚の空は薄雲がかかって、隙間から朝日が差し込んでいる。この分なら雨は多分降らないだろう。

 

「……ん。朝ですか……」

 

「おはようございます」

 

 同室のカフェさんと『お友だち』に挨拶する。

 それから顔を洗って身支度を整えて、二人で朝の散歩に出かけた。ガンちゃんはまだ寝かしておいた。

 朝のひんやりした空気で身が引き締まる。隣で俺の同居者と『お友だち』が取っ組み合いしているのは無視する。

 ホテルの周囲を歩くと、時折今からレース場に向かうファンとすれ違って、声援を受けた。まだレース場は開場する前だが、徹夜組も出るほどに今回のレースは盛り上がっている。

 途中の自販機で温かいコーヒーを買って、歩きながら飲む。

 

「チームで初めて応援に来たのも、春の天皇賞でした」

 

「……フクキタルさんの時でしたね………あれから……もう三年ですか」

 

「カフェさんから見て、その時から俺は成長しましたか?」

 

「勿論ですよ。今のアパオシャさんは……私より強いです」

 

 世辞でもカフェさんに言ってもらえると本当だと思える。

 そこまで言われた今日のレースは勝たないと格好がつかない。

 来月のヴィクトリアマイルを控えて練習に励むバクシさんとダン。昨日東京で青葉賞を勝ったクイーンちゃん。指導に残ったオンさんとフクキタさん。一緒に来たトレーナーとガンちゃんに、自腹で付き合ってくれたカフェさん。東京に残ったチームのみんなに良い報告もしたい。

 それに故郷の笠松からは、両親を含めて町内の応援団と、京都からは兄さんが応援に来てくれる。みんな俺が勝つ瞬間を見たいのだ。

 自分が勝って最高の気分を味わいたいからレースをするのは譲らないが、そんな人達の声を切り捨てるつもりは無い。出来れば応えてあげたいと思う。

 

「勝って……お祝いしましょう」

 

「はいっ!」

 

 激励はそれだけ貰えれば十分だ。

 それからホテルに戻って、朝食をガッツリ食べて、準備を万全にしてタクシーでレース場に送ってもらった。

 

 阪神レース場は午前中でも集まった観客でパンパンになりつつあった。外に並んだ出店には引っ切り無しに食べ物を買いに来る客が並び、グッズを扱うURA直営店には今日のレースに出るウマ娘達のグッズを買い求めるファンが列を作った。

 そこかしこで見かけるポスターには、六人のG1二冠以上のウマ娘が激突する、十年に一度の最高のレースと煽り文句がデカデカと書かれていた。嘘ではないな。

 去年の王者であり、現役最強と言われるシャル先輩、菊花賞ウマ娘のウンスカ先輩とビワハヤヒデさんと俺、エリザベス女王のゴルシー、昨年の有マ記念王者のナリタブライアン。

 その六人が一挙に会するレースともなれば、ここ数年でもっとも質の高いレースになるに違いない。その分、贔屓のウマ娘への応援は熾烈で、時折ファン同士で険悪な雰囲気になっているのが見えた。

 当然一般席は残りそうも無いから、今回は学園に前もって関係者席を確保してもらった。

 レース場に入るたびにファンが俺に声援を送る。それにほどほどに手を振って返して、スタンド上層の関係者席に入る。

 

「よう、お前らも来たか藤村」

 

「こんにちは沖野さん」

 

 ≪スピカ≫の沖野トレーナーが先に席に就いていた。テーブルにはゴールドシップさん、サイレンススズカさん、ライスシャワーちゃんも居る。そして今日の主役のシャル先輩とゴルシーも。クラシックトリオは来月のオークスと日本ダービーを控えて来ていないか。

 桜花賞はカレットちゃんが勝ち、惜しくもウオッカちゃんが二着。皐月賞はウオーちゃんが余裕の勝利。今年のクラシックは≪スピカ≫が主役なんて言われてる。そうやって言ってるのも今のうちだぞ。ティアラはそっちで頑張ってくれればいいけど、日本ダービーはうちのクイーンちゃんが貰うからな。

 

「二人とも、今日は俺が勝つから」

 

「勝つのはアタシっ!」

 

「私だって今日は二連覇しますからね!」

 

 走る前からバチバチやり合うも、取っ組み合いにはならないし、それ以上口汚く罵り合いもしない。あくまでレースで決着を付ければそれで済む。

 その後はチーム≪リギル≫も勢揃いで来た。噂の新人のテイエムオペラオーちゃんも一緒だ。何というかポジティブより煩いという方がしっくりくる。フジキセキ先輩とは方向性が多少違うが、やたら芝居がかってるのが目立つ。新人でこれとは、東条トレーナーの苦労が偲ばれる。

 それから3チームで一緒に前座のレースを観戦して、出前で昼食を食べて、出走する俺達は控室に向かう。

 トレーニングルームにウォーミングアップに行くと、既にナイスネイチャとウンスカ先輩が居た。

 軽く挨拶したら、各々のペースで身体を温めて、それぞれ控室に戻った。

 いつも以上に念入りに水分と糖分を補給してから、着替えを済ませて静かに出番を待つ。

 

 ノックと共にスタッフの声が聞こえた。――――――よし。メンタルは十分に整った。

 部屋を出て、パドックに行く。

 静かに出番を待ち、他の17人の走者にも目を向けない。今日のレースは己との限界を競り合うモノだ。

 順番が来た。今日は9番。パドックを回って帰って、さっさとコースに出る。

 レースはまだか。早く走らせろ。いい加減我慢するのは辛いんだよ。俺に勝利の喜びを感じさせろ。

 途中でウンスカ先輩と話したような気がするがよく覚えていない。多分頑張ろうとかそんな内容だろう。どうでもいい。

 ようやくファンファーレが鳴り響き、それぞれゲートに入る。

 ゲートの中で気が満ちていくのが感じられる。今なら全員の息遣いと心臓の鼓動も全て聞き分けられる。

 ――――開いたゲートから一瞬の遅れもなく飛び出て、素早く好位置を確保する。

 十八人がそれぞれの思惑で順位を決め、幾つかの集団を形成する。

 先頭は定位置のウンスカ先輩。先団にはナリタブライアン姉妹、中団にゴルシー、俺はそこからやや離れて後方、シャル先輩の二つ前。ナイスネイチャも後ろの方か。

 同居者も先頭に立って、俺以外に人知れずレースに参加している。今日はそのケツより先にゴールしてやるよ。

 序盤はゆったりとしたペースで進む。春天皇賞は3200メートルの長丁場だ。ペースメーカーのウンスカ先輩もまだスローペースを保っている。

 500メートルほど走り続けて徐々に全体のペースが上がり始めた。誰かが仕掛け始めたらしい。まあいい。誰かが作ったペースに興味は無い。

 外側を回って1000メートルを超え、順位が変動して、中間点の一週目のゴール板を通過した。

 

 そろそろ準備体操は終わりにしようか。

 神経を研ぎ澄ませ、血の流れを感じ取れ、魂を震わせろ。俺が一番強いんだ。

 赤い砂塵が俺を包み込み、ターフの一部を乾いた荒野へ変えてしまう。周囲の走者は息苦しさを覚え、喉を押さえる者も出てくる。

 後ろを走るシャル先輩は俺の≪領域≫に気付いたな。そして信じられないという顔をした。

 なぜ驚く?≪領域≫は終盤にしか出てこないと思ったのか?ああ、アンタやナリタブライアンはそうだよな。

 ≪領域≫への突入は体力と気力の消耗が大きいから、長期戦には向かないと思う。けど、カフェさんは二年前に残り1200メートル付近から≪領域≫に入っていた。十分なスタミナと≪個人差≫を把握していれば、中間点からでも余裕で持つんだよ。

 そして俺の≪領域≫はアンタらみたいに、速さの向上はさほど無い。代わりに背中に目が張り付いたような広い視界と認識力の向上、強烈なプレッシャーで周囲への≪渇き≫を誘発させる。それこそ唐突に灼熱の砂漠に放り出されたように、本能的に水を求めるようになる。

 さあ、渇いた喉で1マイルを走らされる拷問を味わってもらおう。

 現在俺は13位。残りは1500メートル。だいたい100メートル刻みで、一つ一つじっくりと順位を上げていこうか。

 ゆっくり、ゆっくりとペースを上げて、そのたびに俺の存在に恐怖と渇きを覚える走者の心情が、まるで自分の事のように感じられる。

 また一人、また一人と喉を押さえて後ろへと追いやられていく。

 

「悪いなゴルシー」

 

 優しい言葉すら、友達には正体不明の怪物の鳴き声に聞こえただろう。涙すら浮かべた友達に別れを告げた。

 残り800メートル。6位で第五コーナーへと入り、前の人が自然と道を開けてくれる。

 さらに前にあの姉妹か。

 ああ、ビワハヤヒデさんとナリタブライアン。そろそろ道を空けてもらおうか。

 俺の接近に気が付いて、二人が≪領域≫に入った。二人とも最終コーナーから入るつもりだったんだろう。

 

「賢い選択だよ」

 

 前のレースで分かったが≪領域≫には≪領域≫を以って相手のプレッシャーに対抗するしかない。だがそれは俺とここからスタミナ勝負をするに等しいぞ。

 姉妹が俺から逃げるように赤と青のグリッド線と黒い影を生み出し、加速していく。それを俺の赤い砂が絡めとって離さない。

 逃がさん。

 俺達三人が最終コーナーからスパートをかけて、未だ『逃げ』続ける先頭三人を追い立てていく。

 その誰もが恐怖と渇きに顔を歪め、諦観の境地へと追い立てられた。

 この場で走り続けるには俺達と同じ≪領域≫にいる者だけ。

 最終コーナーを過ぎ、最後の直線へと入った。

 今も競り合い続けるアンタ達は凄い姉妹だよ。でも、そろそろ限界が見えてきたぞ。

 徐々に差を縮め、残り200メートルでスタミナが切れた二人を抜き去った。

 これで後は前を走る同居者のみと言いたいが、まだアンタが残ってたよなシャル先輩。

 直接見えなくても、耳で、鼻で、足から伝わる振動から、凄まじい末脚でグングン追いかけてくる、光を纏った先輩の姿がはっきりと分かる。

 

「さあ、来い!」

 

 残り100メートルで五バ身まで迫られたが、それ以上は伸びてこない。≪領域≫も末脚も関係無い。純然たる距離適性の差とスタミナ残量で、俺の方が勝っている。

 さらに足に力を入れて、ラストスパートでシャル先輩を突き放し、同居者だけを見据えてグングン加速していく。

 ふふ、今日は後ろを見る余裕が無いんだな。

 もっとだ、もっと速く、もっともっと―――――――――

 あぁ、もうゴールだ。何でこんなに短いんだよ。

 

「やっぱ、もっと長くないとダメだな」

 

 また追いつけなかったか。カフェさんが『お友だち』に追いつけずに、悔しそうにする気持ちが少し分かる。

 振り向き電光掲示板に目をやる。タイムは≪3:12.5≫。以前カフェさんが更新したタイムより結構遅いか。俺は≪領域≫に入っても、そこまで速く走れないから、こんなものか。代わりに足へのダメージも皆無だから良しとしよう。

 二着は八バ身差でシャル先輩。三、四とナリタブライアン、ビワハヤヒデさん。そこから離れて五着はウンスカ先輩か。

 スタンドを見て、喝采を挙げる観客に応えるように拳を空高く突き上げる。

 ファンは新たな王者の俺を拍手で迎えてくれた。

 

 その後は表彰式で、偉い人から木製の大きな盾を渡された。髭トレーナーと一緒に盾を持ったのを写真に撮る。

 記者会見では最初に今の気分を聞かれた。

 

「まだ走り足りないから、今からでももう一度レースがしたいですね」

 

「えぇ、いやそれは何とも凄いですね」

 

 記者達が取り繕うように笑う。普通G1勝って物足りないと言われたら、返しが難しいよな。

 

「では今日の優勝を誰に伝えたいですか?」

 

「東京に残って次のレースに備えているチームの仲間達に早く教えたいです」

 

「アパオシャさん、次のレースは何を想定してますか?長距離のG2ですか、それとも宝塚でしょうか?」

 

 一度髭の方を向いて、頷いたのを確認する。ある程度は言っていいって事だな。

 

「次は海外レースを考えています。学園には前から話を進めてもらって、今日のレースの走りで是非を決める事になってました」

 

 記者達から矢継ぎ早に、どの海外レースか質問攻めにあったが、それはトレーナーが後日正式にトレセン学園から通達するまでは黙秘すると突っぱねた。

 ウイニングライブが待ってるのもあって、記者会見はここでおしまい。

 ライブ会場には沢山のファンが待っていて、シャル先輩とナリタブライアンとで、声援にライブで返礼した。

 ライブが終わり、ナリタブライアンを捕まえた。

 

「痛かったら我慢せずに病院行けよ」

 

「なにを……」

 

「隠しててもレースの時より動きが悪くなってるぞ」

 

「余計なお世話だ。次は私が勝つから、アンタこそもっと強くなっていろ」

 

 意地っ張りめ。まさか注射が怖いから病院に行きたくないのか。まあいい、忠告はしたからな。

 出番が全部終わって、控室に戻り着替えを済ませる。

 スタンド席に戻ると、ガンちゃんが真っ先に迎えてくれた。

 

「すっごーい!アパオシャさんのレース、マヤちんとってもワクワクしたよー!!」

 

「ありがとう。ガンちゃんも今年デビューだから、参考にしてくれ」

 

「うん!マヤもアパオシャさんみたいにキラキラになるねっ!」

 

 ガンちゃんの頭を撫でて、カフェさんと向き合う。

 

「……とても良いレースでした」

 

「カフェさんと走れたら、もっと良いレースになってたと思います。俺がもっと早く生まれてたら……」

 

 つくづく歳の差というのは腹立たしい。

 

「それを悔やむのは間違いだよアパオシャ」

 

 シンボリルドルフ会長が厳しい顔を向けて、俺の嘆きを否定した。

 

「マンハッタンカフェは自分のレースを走り切って、自らの意志で引退した。それを無理に引っ張り出すべきではない。そして今を走る者達にもっと目を向けるべきだ。これからも君が競う者達は沢山いる。そんな、今いるウマ娘達を否定してはいけない」

 

「あー……そうだな。いや、そうですね。これからもっと強いウマ娘は出てくる。来年はうちのクイーンちゃんとも、有マ記念や春の天皇賞を競えます」

 

「トウカイテイオーもだ。私こそ、見どころのある後輩の壁となって立ち塞がれる君が羨ましいよ」

 

 そうか、そういう考え方もある。下の世代が育って俺に挑んでくる。上も同年も下とも走れるシニアというのは、意外と良い立場じゃないか。

 このスタンド席にも、何人もの綺羅星みたいに輝く未来のマンハッタンカフェさんがいる。それを待つのも楽しみの一つかもしれないな。

 

 全てのレースが終わってから、マスコミを避けて、その日のうちに東京に戻った。

 お祝いは次の日の放課後に、チームのみんなでやった。

 俺への取材の依頼が激増したが、ほぼ全てを学園側が突っぱねてくれたおかげで、面倒な相手をせずに済んだ。

 学園も俺の海外遠征の要望を全面的に認めてくれて、相手との交渉と準備を一段と進めている。マスコミ対策もその一環だろう。下手にストレスを掛けられて良い結果を出せなかったら、学園だって損失が大きい。

 レースに勝つごとに面倒事が増えていく。俺をただ走らせてくれよ。

 

 

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