変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々   作:ウヅキ

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第68話 栄光のゴールドカップは誰の手に

 

 

 イギリスでもっとも華やかな時期と言われるアスコットミーティングも、今日で三日目となる。

 前二日間のレースの様子はホテルのテレビで、トレーニングの合間に見ている。

 そこでは誰もがドレスとモーニングで着飾り、ワインや料理を楽しみながらレースを観戦する。法被を着てサイリウムを振って応援する日本のレース場とは根本的に異なる趣を感じさせる。

 調整はオンさんのおかげで完璧に仕上がってる。レース場はここしばらく天候に恵まれて、良バ場判定。あとは俺の実力で全てが決まる。

 本番のレースは午後四時から。昼までゆったり過ごして、食事をしっかりとる。味はいつもと変わらないから、緊張はしていない。

 全ての準備を済ませて、開催者が用意した送迎車に三人で乗る。護衛にはパトカーが数台ついている。相当物々しい迎えだが王室主催の主役に何かあっては国家の恥。

 同じ街に滞在していた他の走者の車とともに、パトカーに挟まれてレース場まで送られた。

 

 外まで着飾った人で溢れ返るレース場に行き、オンさんと共に控室に入る。トレーニングルームで見知った顔のライバル兼友人と視線だけで言葉を交わし、ウォーミングアップをした。

 部屋に戻り、汗を拭いていつもの異国風の勝負服に着替える。そこでふと疑問を持った。

 

「俺の衣装って中東とかの土地のデザインだから、これを着てたら俺を日本のウマ娘と思わないですね」

 

「確かにそうだけど、私だって日本的なデザインの勝負服ではないからねえ。日本らしさを求めるなら、学園に申請して新しい勝負服を自前で用意するか、年度代表ウマ娘に選ばれて贈呈してもらえばいい。それか今日のレースで勝ったら、ご褒美に貰えるかもしれないよ」

 

 そういうことも出来るのか。レースが終わったら考えてみようか。

 レースまではまだ幾ばくか間がある。今のうちにゼリーで水分と糖分を補給して、もう一度他の出走者やコースのデータをおさらいした。

 俺のレースプランは、オンさんに言わせればコイントス並の博打と言われた。でも、1着以外なら2着でも最下位でもあまり変わらない。入賞狙いなんてハナから願い下げだ。なら伸るか反るかの大博打と行こうじゃないか。

 

 時間になり、スタッフに呼ばれた。オンさんは何も言わずに背中を押して激励した。分かってるよ先輩。俺は勝って帰ってくる。

 パドック裏には三人ほど先に来ていた。

 最初に目に付いたのは、紫を基調にした燕尾服の、気取り屋モーニングスター。

 もう一人は藍色の革ジャンとパンツの、大柄なサーペントタイタン。この場で革ジャンは中々お目にかかれない。

 さらに白のラインの入った黒いドレスと帽子のキュプロクスか。この子は何かポケーとしてるから、ハッピーミークみたいだ。

 次に入ってきたのは白のビキニトップと太ももまでしか無い赤いデニムパンツのエンプレスオブノウズ。褐色肌で肉質の身体だから、やたら煽情的だ。確かこの人出身が中東だけど、宗教的に大丈夫なのか。

 すぐ後にはストレイトヴァイスさん。黄色いシャツの上から羽織った黒のパンクスーツがロックローラーっぽい。なんかウオッカちゃんみたいな勝負服だな。

 さすがにこの場では、仲が良くてもライバルとは言葉を交わさない。『後は走りで語り合う』そういう意図を感じる。

 それから黄色と紫のディアンドルを着るプリンセスゾーン。黒いシスター服のスパニッシュフェイス。茶と黄色のストライプワンピースを着たアルセニックも来た。

 これでゴールドカップを走る十人が揃った。

 

 一人一人がゲート番号順に呼ばれ、そのたびに拍手と声援を受ける。

 そして九番目に俺の名が呼ばれ、表舞台へと姿を見せた。

 

「これが世界のレースか」

 

 上辺は今まで走った日本のレースと全く違うが、観客達の根底に流れる想いは何一つとして変わらない。

 

 『ウマ娘の全てをかけた走りを見たい』

 

 ただ、それだけだ。

 いいだろう。今から俺の全力を余すところなく見せてやる。

 無事にお披露目を済ませて、地下通路を歩き、スタンドから離れた直線コースに赴く。

 今この時間は日本は深夜だけど、チームの皆や友達はテレビで見ているのかな。もし見ていたら、明日寝坊しないと良いけど。

 後で思い返したらきっと暢気な事を考えていたと苦笑いするような事を考えながら、スタート地点に着いた。

 芝は相変わらず長くて、踏むと足が沈む。でも、もう慣れたよ。足の調子も良好だ。これなら全力で行ける。

 同居者もそこらを走り回って、レースを楽しみにしている。そろそろ俺が勝たせてもらうぞ。

 

 軍服を着た音楽隊の演奏が始まった。そろそろ時間だ。

 俺達十人はスタートゲートに入り、時を待った。

 ―――――――ゲートが開き、俺達は綺麗に飛び出し、一個の集団を形成する。俺はその中の最後尾に付く。予定通りだ。

 そのまま三角コースまでの長い700メートルの直線を駆ける。

 ヨーロッパのレースに日本の『逃げ』のような数バ身離して一騎駆けは少ない。最初はみんなスロースタートで、集団の中での駆け引きがメインになる。特にゴールドカップのようなスタミナを要求される長距離はその傾向がより顕著だ。

 全く以って『俺に向いた』レース展開だ。

 最初の直線700メートルは全員が腹の探り合いだったが、コースに入った所で俺は神経を研ぎ澄ませ、魂を震わせて≪領域≫へ突入した。

 赤い砂塵がターフを覆い隠し、荒れ野へと作り替え、俺達全員の身体に砂埃が張り付いた。俺とストレイトヴァイスさん以外の八人全員の顔に怯えが見える。

 やはりな。俺達十人の中で、≪領域≫に入れるウマ娘は二人だけだ。それはこれまでの全てのレースの映像から分かっている。≪領域≫は映像に残らなくとも、一緒に走るウマ娘の顔の怯えを見れば、ある程度予測は可能。

 そしてストレイトヴァイスさんも、≪領域≫への突入は最終コーナーを抜けた最終直線のみ。こんな序盤から他のウマ娘に仕掛けられた経験はおそらく無い。だからどうすべきか迷いが生まれる。

 八人は俺に追い立てられるように、コース最初の直線の登り坂で速度を上げ始めた。ストレイトヴァイスさんはペースを下げて、俺から発せられる威圧感と渇きを避けて、かなり離れた最後尾に陣取った。

 観客はこんな序盤からペースを上げる珍しい展開と、優勝候補の不可解な動きに困惑の色を深めている。

 俺達は第一コーナー手前に取り付けられたゴール板を超えて、下り坂に突入する。そこで俺は一旦≪領域≫を止めて、第一コーナーを回った。

 第一コーナーから第二コーナーの間の直線は下り坂だからペースに注意しつつ走る。

 前の八人と最後尾のストレイトヴァイスさんは、俺のプレッシャーから解放されて平静を取り戻す。

 これで終わりと思ったら大間違いだぞ。

 俺は下り直線の終わりがけで再度≪領域≫へと入り、二度目の圧迫を実行。

 二度目の奇襲を食らった八人は下り坂を利用して、追い立てられる恐怖と喉を焼く渇きから逃れたい一心で、なりふり構わぬペースアップを図った。

 先団は例年に無い早さのタイムで、ほぼ中間点の第二コーナーを回り、次第に直線の登り坂へと突入していく。ここからがこのアスコットレース場の、地獄の高低差22メートル超えの坂道だ。

 俺も二度目の≪領域≫を止めて息を整える。ここまで結構スタミナを消耗してしまった。俺はスタミナに絶対の自信を持ちつつ省エネの走行をしているが、それでも800メートル近い≪領域≫に入った後の登坂走行は負担がかかる。

 ここからゴールまで前半以上の繊細なペース管理が要求される。

 先の八人は既にまともなペースが作れなくなっていて、ゴールドカップとカドラン賞に入賞経験のあるプリンセスゾーンとて先頭をポツンと離れて走ったり、何人かは既に息が上がっている。

 俺は把握したスタミナ残量と自分の身体に刻んだペースを信じて、ピッチ回転を保ちながら登坂を走り続ける。

 ストレイトヴァイスさんは、まだ俺を警戒して最後方で待機している。アンタはそのまま大人しくしていてくれ。――――――というわけにはいかないよな。

 あの人は俺にもう切れる札が無いと判断して、前半押さえていた分だけ登坂を物ともせずペースを上げて、徐々に集団の前へと順位を押し上げていく。

 日本のレース場ではお目にかかれないキツくて長い坂で、十人の内半数が後方へと流されている。あと残りは1200メートル。

 先頭はどうにかプリンセスゾーンが走っているが、既に彼女は限界に近い。二番手はまだ余裕のあるストレイトヴァイスさん。三番手にはモーニングスターだが、こちらもかなり息が苦しそうだ。四番手が俺で、まだまだ行ける。

 残り1000メートル………800メートル。くそっ、まだ二割も残ってるのか。同居者も俺以外に見えていないが先頭を走って、時々後ろを振り向いて俺を見ている。ちっ、余裕だな。

 残り700メートルで先頭のプリンセスゾーンが沈んだ。あと二人だ。俺達三人のバ差は殆ど無い。

 最終コーナーの手前に3ハロン棒が見える。あそこであと600メートルか。

 その棒をストレイトヴァイスさんが通った瞬間、彼女から音楽が聞こえた。聞いた事の無い異国の軽快なミュージック。ロックか?俺はあまり詳しくないから判断なんて出来ないけど、この音楽が何を意味するのかは痛いほどに分かる。

 

「これがアンタの≪領域≫か」

 

 ようやく切り札を切ったな。あの人が加速して、コーナーに入る。なら俺も最後の札を切らせてもらうぞ。

 俺もすぐさま三度目の≪領域≫へと入り、俺達に挟まれる形になったモーニングスターが涙を浮かべて苦悶に喘ぎ、スピードが落ちていく。

 さあて、あとは気力とスタミナ勝負だぞ。

 俺とストレイトヴァイスさんが横並びで最終直線へと入り、二つの異なる≪領域≫が激突する。

 軽快な音楽に砂塵が擦れ合う音が混じり、不協和音が聴覚を刺激する。

 相手が一歩先を行けば、俺が盛り返して先を行く。互いに苦しいのは分かっている。相手の心臓が必死で血液を全身に送り続ける感覚だって、自分の事のように感じられる。

 あと残りは300メートル。相変わらず黒助の野郎は俺の前を走っているが、これまでよりずっと近くにいる。今日はもう少し頑張れば、手が黒いケツに触れそうだ。やらないけど。

 残り200メートルで、ストレイトヴァイスさんの足が鈍り始めた。そろそろ限界だと思ったよ。アンタは二年前の絶対王者だけど、もうシニア5年目だ。去年のレースを見て僅かだけど衰えが来ているのは分かってた。それでもここまで粘られたのは驚嘆に値する。アンタのことはチームの先輩達と同じぐらい尊敬するよ。

 ……けどなあ、勝者は一人でいいんだ。

 かつてのイギリスの絶対王者を抜き去った。残り100メートル、ようやくお前と一騎打ちが出来そうだぞ。

 ――――――いや待て。後ろから強烈なプレッシャーを感じる。芝を引き千切り、泥を撥ねつけた凄まじい足音。

 直接見ずとも、音だけで何が起きたのかおおよそ分かる。

 

「そうそうイギリスは陥ちてくれないか」

 

 後ろから黒いドレスの栗毛の子が鬼気迫る獣のような顔で、俺を食い殺さんばかりに追従している。

 それも花びらを纏い、俺の砂塵を悉く削り取っている。

 間違いない。あの子は―――――キュプロクスは≪領域≫に入っている。今まで隠していたわけじゃあるまい。この土壇場で生まれ変わったのか。

 ナリタブライアンやシャル先輩に匹敵どころか超えかねない、神がかった末脚で俺へと牙を突き立てんばかりに追いつこうとしていた。

 ふざけるなよ!ここまで来て負けて悔し涙を流せってのか。

 冗談じゃねえぞ!俺にまだ力が足りないなら、寿命でも命でも削って速くなってやる!足が砕けたって構やしない!

 

「絶対に負けてやるかよーーー!!!」

 

 ラスト50メートルでさらに一歩引き離し、残り20メートルでもう一歩。

 あと10……5………倒れ込むようにゴールに飛び込んだ。

 慣性のまま走り続け、足が動かなくなったら酸欠で膝が落ちた。

 

「はぁはぁ……」

 

 もう走れねえよ。それでも首から上は動くから、電光掲示板に目をやると、一着には俺の9番が爛々と記されていた。

 それで今更に俺の名を呼ぶ観衆の声に気が付いた。

 あぁ、俺は勝ったのか。異国の人が俺の名を叫ぶのを、どこか遠くの出来事のように受け止めていた。同居者が勝ち誇ってるけど、今はどうでもいいや。

 膝をついた俺を、敗者のキュプロクスが見下ろす。

 この構図は間違いだな。勝ってる奴が負けた奴に見下ろされるのは正しくない。

 息を入れて立ち上がり、同じ目線で互いの目を見る。

 

『今日は俺の勝ちだ』

 

『はい、悔しいですが貴女が強いから私は負けました』

 

『俺はグッドウッドカップに出る』

 

『私もです。では二回戦はそちらで。それまでに私はもっと強くなっています』

 

『知ってる。でも二回目も勝つのは俺だから』

 

 キュプロクスはニコりと笑って俺に握手を求めた。俺はその手をしっかりと握る。

 そして彼女は背を向けて去って行く。

 ふと握手した手がやけにヌルっとしたから、見たら血が付いていた。

 俺の血じゃない。さっきのキュプロクスを見たら指先から血がポタポタ垂れて、芝を赤く染めていた。

 血が出るほど悔しくて手を握り締めてたのか。

 

「そうだよな、負けたら悔しいよな」

 

 あー勝てて良かったよ。負けてたらきっと、さっきの彼女のようになってた。

 それから次々ゴールするライバル達の何人かに挨拶をして、勝った賞賛とリベンジ宣言を受けた。

 死力を尽くして堂々と走り切った俺達全員に、観客達は万雷の拍手を送り、勝者も敗者も等しく名誉を胸にコースを後にした。

 

 控室に戻ると、オンさんが体に不調は無いか尋ねた。

 疲れたと答えたら、抱きしめられた。

 

「君は素晴らしいウマ娘だよ。先輩として誇りに思う」

 

「良かった。これでまた一歩尊敬する人達に近づけました。オンさんもその一人ですよ」

 

 それを聞いたオンさんは苦笑して、身体を離した。

 その後は念のために俺の身体をあちこちチェックして、本当にどこにも怪我が無いのを確かめてから、先輩はようやく安堵の息を漏らした。

 

「例え勝っても、カフェのようにはなってほしくないからね。もし異常を感じたらすぐに私に言うんだよ」

 

 分かってますって。俺はナリタブライアンみたいな事はしないよ。

 アスコットミーティングのウイニングライブは、一日の全てのレースが終わってから始まる。今日のレースはまだ三つ残っているから、ライブにはまだ時間がある。

 その間に少し仮眠をとって、シャワーを浴びて、届けてもらったサンドイッチで少し腹を満たしておく。

 

 全てのレースが終わり、しばらく経ったら控室にスタッフが呼びに来た。

 円形劇場を模した日暮れのライブ会場は、まるでこれからクラシックコンサートをするような気品を感じさせる。

 バックヤードに集まったウマ娘達70人余りが、今か今かと自分の出番を待っている。順番は基本的にレースの格付け順だから、俺の出番は最後だ。

 裏側からこっそり他の子のライブを覗いたり、順番を待つ子と話したり、もちろん今日のレースで死力を尽くしたライバル達とも話をする。

 

『アパオシャ。貴女に先日の非礼を詫びたい』

 

 燕尾服のままのモーニングスターが俺にそう言った。レース後は気付かなかったが彼女が三着になったのか。ストレイトヴァイスさんはバックダンサーの衣装を着ている。

 

『貴女こそ、イギリスの栄誉を一身に受けるに値する強さを持った人だ。私は誠に尊敬する』

 

『だったら、日本に来て走って勝て。それで引き分けだ。俺と走ったら俺がまた勝つけど』

 

『ふはははは!分かった。いずれ、また共に走ろう!次は私が勝つ』

 

 気取った仮面を脱ぎ捨てて、俺と同年の自然な笑顔を見せた。なんだ、それが素の顔か。

 その後も走ったレース、その勝ち負けに関係無く、俺達は何年も共に過ごした親友のように笑い、再会を約束して、ライブを歌い切った。

 

 三日目の全日程が終わり、帰り支度を済ませたら俺達ウマ娘は駐車場で数百人の記者に囲まれたが、SPと警備員が全力で押し留めてくれた。

 その隙に車に乗って、行きと同じようにパトカーに護衛してもらった。それでも記者を乗せた車が大挙して押し寄せたが、流石にホテルにまでは入って来られず諦めたようだ。

 自室に入ってすぐにベッドに倒れ込んで、目を閉じたらいつの間にかスマホのアラームが鳴っていた。もう朝か。

 お知らせを見たら未読メッセージが百件超えてる。全部おめでとうメールだ。面倒だったから一斉メールで返信して済ませた。

 今日は朝トレするほど体力が戻ってないからランニングは休む。

 ただし、今日は昼前に昨日のレースの授賞式があるから、もう一度レース場に顔を出さないと。

 しかもまたドレスを着て行かなくちゃいけない。その上、同じものはなるべく着るなと、場慣れしたウマ娘達から聞いている。

 一応予備で白色の二着目を持ってきているから平気だけど、本当に面倒臭いな。

 まあいい。着替えるのは後にして、先にシャワーを浴びて頭をスッキリさせてから、オンさんと一緒に朝食を食べよう。何は無くともまずは腹を満たす事。全てはそこからだ。

 

 

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