変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々   作:ウヅキ

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第70話 おいしい料理は人間関係の潤滑剤

 

 

 俺達はウィンザーの町を離れて、現在イギリス南部ウェスト・サセックス州チチェスターのグッドウッドに来ていた。

 ウィンザーやアスコットレース場は結構街中だったけど、ここは正直言ってかなり田舎だ。トレセン施設やホテルのような宿泊施設はそこそこ目立つんだが、山の山頂付近だから、それ以外にはレース場しか見当たらない。下手したら笠松より田舎のトレセンだ。こんなところでも毎年イギリス中の貴族や金持ちが集まるというから、不思議なものである。

 

「景色は良いですね。南に海が見える」

 

「何も無い環境だから、それだけトレーニングに打ち込めるのは良い事だよ。もっともアパオシャくんぐらいの子達には、退屈過ぎるかもしれないけどね」

 

 確かに東京トレセンは都内だから、娯楽施設が沢山あって買い物も簡単に出来るけど、ここは最寄りの町も人口数万人程度の小さな都市だ。満足に遊べもしない。

 でも俺達はあと一ヵ月ぐらいしかいないんだから、そんな心配をしても仕方ないか。どうせやる事は勉強とトレーニングとレースだし。

 さて、こんな駐車場にいつまでも居ても仕方がない。さっさと荷物を持ってトレセンの方に行くとしよう。

 

 まるでおとぎ話のお城だ。

 グッドウッドトレセンを最初に見た時はそう思った。ウィンザーの城ほどの大きさは無いけど、古さと外観はここも負けていない。

 建物から出てきたスタッフに案内されて中に入る。外と違って内装は結構新しい。荷物は用意した部屋に運ぶと言われたから全て預けた。

 着いた部屋のドアは『理事長室』と書かれている。

 中に入ると、年嵩の女性が座ってこちらを待っていた。壁には何枚もの肖像画と顔写真が掛かっていて、全てにチャールズ・レノックス=リッチモンド公爵と書かれている。

 

『ようこそ、アパオシャさん、アグネスタキオンさん、ミスター森崎。私メアリ=レノックスを初め、グッドウッドは皆さんを歓迎します』

 

『アグネスタキオンです。こちらこそ、七月末までお世話になります。ここはトレーニングしやすい良い場所ですね』

 

『設備は些か古いですが、レース場は国内で一番の自負があります。お望みとあらばお二人の移籍も手配いたしますよ』

 

 にこりと笑って平然と引き抜きをしてくる。この程度はこの人達にとっては挨拶でしかないんだろう。

 

『滞在中はどのような要望にも、可能な限りお応え致します。ゴールドカップ王者に不自由な思いは決してさせません』

 

『ありがとうございます。では、後日レース場やトレーニング設備を自由に使わせてもらいます』

 

『もちろん許可します。他に何かあれば学園スタッフにいつでも申し出てください。ところで昼食は済まされましたか?』

 

『いえ、まだですが』

 

『では私とご一緒に致しませんか?』

 

 断る理由は無かったので承諾する。

 

 食事は……腹は満たされたとだけ言っておく。オンさんは平気そうだけど、森崎さんは俺と同じような顔をしている。

 さすがホテルの飯は、高い金を払ってたから美味しかったんだ。

 アスコットレース場も王室主催だから、外国の客人をもてなす為に気合入れて何種類も作ってたんだと気付いた。

 とどのつまり日本人の連想するイギリス飯はこういうものかと納得した。

 野菜や魚がクタクタで食感が悪い。茹で過ぎて素材の味が抜けているから、とりあえず塩をかけて味付けしている。芋とパンは美味しいけど、味がしないものを食べ続けるのは辛い。

 内心、これは日本から持ち込んだ調味料の出番があると、密かに決意を固める。

 

 苦痛な食事が終わって、宛がわれた部屋で一息ついた。部屋は日本のトレセンの自室を一人で使っている感じの、家具の少ない普通の一人部屋だ。

 オンさんと森崎さんは、職員宿舎のほうに部屋を用意してもらって、俺は学生用の宿舎に分けられた。

 荷物を出して生活空間を整えてから、ちょっと外に出てレース場を見学に行く。

 スタンドからグッドウッドのレース場を見渡す。トレセン生と思われるウマ娘達がトレーナーと共に練習している。

 

「資料で見たのと一緒だ。まだアスコットレース場の方が日本のレース場に近い」

 

 他人に説明しづらいが、いびつな数字の8の下の部分に直線がくっ付いているとでもいうのか。右回りコースの第一、第二コーナーも直角と思うぐらいカーブがきつい。おまけに山の上をそのまま利用しているから高低差がえぐい。

 アスコットレース場の高低差も辛かったが、こちらも日本の整備された人工的なコースより難易度はずっと高い。

 当面はあの直角コーナーを上手く走る練習から始めよう。

 

 部屋に戻って夕食までの空いた時間は、昨日のうちにトレセン学園に連絡を入れて、タブレット端末に送ってもらった期末試験までの範囲の教科書のデータを出して勉強する。

 日暮れになったら食堂に行く。すれ違うトレセン生や食堂にいる子は俺を見て興味を持ったり、ヒソヒソ話をしているが向こうから声をかけることはない。

 ここの食堂も日本のトレセンやアスコットレース場と同じで、自分で好きなだけ食事をとって食べるスタイルだ。

 そして昼間と同様にレパートリーの少ないおかずとパン、ニンジンたっぷりの野菜スープに牛乳を持って適当な席に座る。

 スプーンでスープを掬って一口。………野菜の味が薄い。一回茹でたら全部煮汁を捨てたな。

 溜息を吐いて、隠して持っていた七味唐辛子を一振りかけて、もう一口。うむ、大分マシになった。

 

『……同席してよろしいですか、クイーン?』

 

『俺の名はアパオシャだけど、座ればいいよ』

 

 暗褐色の艶のある髪をした制服姿のウマ娘が俺の対面に座る。向こうの夕食も俺と同じメニューだ。

 

『私はダンシングナイト、高等部一年生の監督生をしています。名誉あるゴールドカップ王者に、何かお力になればと思って声を掛けました』

 

『それは良かった。トレセンの事はここのスタッフに説明してもらったけど、生徒の事は生徒に聞かないと分からないから。誰か同席する人を待ってた』

 

 自分から尋ねる事も出来たが、向こうが委縮したら困るから、物怖じしない子かそういう役目を割り振られた子が来るまで待ってた。

 まずは双方一口二口料理を食べてから話を始める。

 俺からの質問は利用する設備や道具の優先権、コースを使う時に生徒との並走は可能かどうかなど。

 

『教師陣や理事長から、貴女の要望には可能な限り応えるように言われています。施設は貴女が最優先で使ってください。生徒は……希望する子でしたら大丈夫だと思いますが、G1勝者が満足するかは分かりません』

 

『じゃあ、トレーニングは七月から始めるから、希望者をリストアップして。後で俺のスケジュールと合わせるよ』

 

『分かりました。ここのトレーナー達に言っておきます』

 

 それから二人で食事をしながら、距離感を探り合うような日常的な会話を進める。

 ダンシングナイトはパンにバターを塗るけど、料理には何もかけずに淡々と口に入れている。あれでよく食べられるものだ。俺はテーブルにある胡椒で味を変えて何とか食ってる。

 

『この学校やレース場はどう思われますか?』

 

『映画に出てくるような建物だと思ったよ。レース場の景色は良かったけど、初めて見る形だから慣れるのに時間がかかる』

 

『貴女でしたらすぐに慣れますよ。ところで、先程スープに何かを入れていたように見えました。アレは何ですか?』

 

 バレたか。隠していてもそのうち知られると思ったから、ポケットからヒョウタンに入った七味唐辛子を見せて、日本のスパイスと伝えて勧める。

 彼女は恐る恐るスープに入れて一口飲む。何度か頷いて二口三口と飲む。

 

『この国のチリペッパーと似てますね。こちらの方が味が優しいのと、匂いが良いです』

 

『良ければここに置いて誰でも使えばいいよ。俺はまだ二つ持ってるから』

 

『ありがとうございます。皆さん、アパオシャさんが日本のスパイスを譲ってくれました。使ってみたい方はどうぞ』

 

 その言葉に、様子を窺っていた一人二人が料理を持って傍の席に座り、七味をサラダやマッシュポテトにかけて食べる。評価はそれなりに良いみたいだ。

 二人の顔を見た生徒は自分達も使いたいと、どんどん近くに座り、場が一気に賑やかになった。

 その後は控えめに日本やレースの事を質問する子が段々と増えていく。

 俺から色々な事を話したり、聞く事は多かった。その中で分かった事は、ここの子は大なり小なり娯楽や刺激に飢えている事だ。

 立地的にやる事は勉強とトレーニングばかり、外部からの来客は限られた時だけ。レースへの出走を除いて、外出許可を出さないと街には行けない。外からの情報は新聞が基本で、テレビどころかネット環境すら許可を取った上での利用。噂に聞くミッション・スクールとて、ここまで閉鎖的ではあるまい。

 日本のトレセンは基本的に自主性と独立性を重んじる風潮だから、この規律の厳しさはかなり驚く。

 

『ここのトレセン生は大変だな。俺がいる一ヵ月と少しは何かあれば協力するよ』

 

 俺の言葉を聞いた周囲の生徒は、顔を見合わせて新聞の書いた事は嘘だったと言う。

 ほーん。イギリス人の書いた記事ねえ。そういえば空港で記者がいたな。どうせマスコミは碌な事を書かないだろう。

 ダンシングナイトも言うべきか言わざるべきか迷った末に、新聞の内容を教えてくれた。

 

『実は貴女は乱暴な礼儀知らずで、イギリスの栄光を受ける価値の無い『暴君』と。負けて泣いて日本に帰るのがお似合いだ、なんて新聞には書かれてました』

 

『マスコミはどの国でも同じだな。新聞に書いてある事は天気と日付以外は信用しない方が良いよ』

 

『そうですね、貴女は優しく強い淑女です。これから仲良くしてください』

 

 差し出された手を握り、友好を示した。

 グッドウッド・トレセンの初日はまずまずの出来だった。

 

 

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