変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々   作:ウヅキ

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第73話 東京の夏休み

 

 

 半日以上飛行機に乗り続けて、中で七月から八月になった午後に日本に戻ってこられた。日本の日差しは建物の中に居ても、ギラギラして熱い。

 

「日本ってこんなに暑かったんですね」

 

「そうだよ。私もフランスに行った時は驚いたさ」

 

 たった二ヵ月の間に日本の事を忘れていた。さすがに日本語は忘れていないから大丈夫だろう。

 荷物を回収して帰国審査の所まで行って、露骨にテンションが下がる。

 記者の群れがカメラを持って待ち構えていた。しかもレース後のインタビューと桁違いの数に加えて、ファンらしき群衆も詰めかけて、空港の警備員が四苦八苦して抑えている。ご苦労様だよ。

 

「今すぐ回れ右して飛行機に乗りたいですよ」

 

「諦めたまえ。メインは君だよ」

 

 隣の森崎さんはただのスタッフだから関われないし、逃げ場が全く無い。

 向こうもそれが分かってるから、逃げられない空港で待ち構えているのか。

 観念して、先頭に立って記者陣と群衆の中へと入っていく。

 

「アパオシャさん、イギリスはどうでしたか?」

 

「ゴールドカップ優勝おめでとうございます!」

 

「これからの展望について一言お願いします!」

 

「凄かったぞーアパオシャ!!あんたは日本の誇りだっ!!」

 

「アパオシャちゃん、こっち向いてー!!」

 

 マスコミ以外にも数百人の野次馬達が押し寄せそうな勢いを見せている。これは収拾つくのかなあ。

 仕方が無いからライブ用の笑顔を作って、歩きながら手を振ってみせる。

 

「みんなありがとうー。次はオーストラリアで走りますよ。イギリスは友達が沢山できました。良い所でしたよ」

 

 ほどほどに愛想を振りまいて、観衆の欲を満たしてあげた。まったく、面倒くさい。

 地下の駐車場にも何人か記者が張っているが、そちらも空港の警備の人が押し留めてくれている隙に、学園が用意してくれた迎えの車に乗って事なきを得た。

 

 学園に戻り、二ヵ月ぶりの自室でようやく一息入れられた。部屋に行くまで会う人会う人みんなが俺に『おめでとう』と言い続ける。それ自体は嫌ではないものの、少し騒ぎ過ぎて食傷気味になってる。

 一人で静かに荷物を整理している時間が心の癒しになった。

 

「――――あれ、机に埃が無い。ウンスカ先輩か」

 

 シーツも二ヵ月使ってなかったのに洗い立てになってる。俺が帰ってくるから掃除しておいてくれたのか。ルームメイトの先輩のささやかな気配りに心が温かくなる。

 荷物を片付けて清潔なベッドに寝転がる。暫くはレースの疲れを癒すためにトレーニングも無い。毎年の恒例となったメジロの保養所で合宿している髭トレーナーに連絡を入れたら、合宿が終わるお盆過ぎまでは好きにしていろと言われた。オンさんは明後日にはチームの皆と合流するから、短い夏休みをどう過ごすかが問題だ。

 

「遊ぶにしてもなー」

 

 ここにいる生徒の殆どは夏休みだからといって暇じゃない。常にトレーニングに打ち込んでいるか、合宿で学園を離れている。

 かと言って一人で遊びに行くのも味気ない。実家に帰ってもゴロゴロするのは同じ。

 どうしようか考えていると、馴染みのベッドの感触に眠気が襲ってきた。

 

 ふっと目を覚まして起き上がったらウンスカ先輩が机で勉強していた。

 

「おかえりーアパオシャちゃん。疲れてたみたいだね」

 

「久しぶりです先輩。あーなんか懐かしいです」

 

「ほんの二ヵ月ぐらいだって。……頑張ったね」

 

 起き上がって頷いた。今は午後五時か。夕食まではまだ時間がある。

 さっき整理した荷物から袋を一つ出して、先輩に差し出した。

 

「これ、イギリスのお土産です」

 

「――――おぉー!ルアーだねえ。それも二つも」

 

「海用と川用の二つです。流石に釣り竿は無理だけど、それならお土産にいいかなと」

 

「気を遣ってくれてありがとう」

 

 喜んでくれて何よりだ。

 それからイギリスの土産話をしたり、向こうのトレセンの子から貰った菓子を、二人で味見して首を捻ったりもした。不味くは無いが日本の菓子と結構味や匂いが違う。

 お土産に本当に美味しい物は少ないと言うから、珍しい物だと割り切ろう。

 部屋でそこそこ時間を潰して、お土産を持って先輩と一緒に食堂に行く。

 夕食に集まっていた寮の子達から一斉に、お帰りとかお祝いの言葉を貰い、返礼にイギリス土産を自由に食べていいと言って、テーブルに置いておいた。

 そして久しぶりの日本の夕食を食べて、ホッとしているとビジンが夕食を食べに来た。

 

「よぉ久しぶり、ビジン」

 

「アパオシャさんでねえが!?おがえりなさい!」

 

 パァっと花が咲いたような笑顔で俺の隣に座る。尻尾も嬉しそうにフリフリしている。

 ただ、その前にご飯を一緒に食べるように促して、ビジンも自分のご飯を持ってきて、一緒に食べながら話すことにした。

 イギリスの事を話したり、ビジンのレースの事も聞いた。昨日札幌でG3のクイーンステークスを勝って帰って来たそうだ。

 ゴルシーの奴はチームで海に合宿中。センジは今月中旬に札幌記念を走るから、今は調整に追われて忙しい。

 ウンスカ先輩も二週間後に小倉記念を控えている。

 

「みんな忙しいねえ。俺はしばらく足の休養で大人しくするように言われてるから、どうするかなー」

 

「アパオシャちゃんが足を痛めるって初めてだよね」

 

「ほえー、イギリスのレースは過酷だったンだなはん」

 

「うん、雨降った後のコースはこの味噌汁のワカメの上を走ってる感じだった。今度走る時はもっとパワー付けないと」

 

「おぉ、じゃあ来年もイギリスに行くんだ。次は二つとも勝とうね」

 

「すごいなあ……アパオシャさんも立派な≪シチーガール≫だべぇ」

 

「とはいえ、今は休養しないと。ただ、半月勉強漬けってのも味気ないしなあ。ビジンもレース終わったばかりだけど予定ある?」

 

 レースばかりで特定の趣味とか持った事無いと、こういう時に困る。

 

「あたしもトレーニングど授業が無いがらどうするべが迷ってます」

 

「じゃあ、二人で東京見物でもしてみたら。ユキノちゃんは知らないけど、アパオシャちゃんはトレセンに来ても、全然東京で遊んだこと無いでしょ」

 

 ウンスカ先輩に言われて、これまでの三年間を思い出すと、トレーニングかレースした思い出が八割だった。あとは授業と、まれにチームの皆やセンジ達と買い物したり、ちょっと遊んだ記憶しかない。

 

「そうですね。どうせトレーニング出来なかったから、寮でダラダラするのも街で遊ぶのも大した違いじゃない。ビジンは?」

 

「あたしもちゃんと東京見だことねえから、思い切って遊びに行きます!」

 

 というわけで明日から俺とビジンの田舎者二人の東京見物が決まった。そして俺達の話を聞いた寮のみんながワイワイ集まってきて、東京の名所をたっぷりと教えてくれたから、あっという間に予定が埋まった。行く場所に悩む暇もない。

 

 翌日は学園に残ってトレーニングをしていたセンジに、イギリス土産とスポーツドリンクなどの差し入れをして激励も忘れない。

 その後に、ビジンと二人で遠出して東京をあちこち見ては、美味い物を食べて思いっきり楽しんで、数年ぶりにトレーニングの無い夏休みを満喫した。

 ところが話は上手くいかず、休日二日目にして学園側からマスコミの取材要請や、URAが写真集を作りたいから撮影日を設けて欲しいと言われて、予定の半分しか巡れなかった。

 ビジンには悪い事をしてしまったが、気にしないでいいと笑って許してくれた。

 

 

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