公式サイトの用語集を読み直して、模擬レース、選抜レースの使い分けて訂正しました。
レース場にファンファーレが鳴り響き、観客の興奮は否応なく引き上げられた。
そして走者は一人、また一人とゲートに入り、フクキタさんも運命の瞬間を待っている。
ゲートが開き、ウマ娘達が我先に飛び出した。
観客から悲鳴が上がる。二人出遅れた。
先頭に立ってるのは予想通り逃げのメジロパーマー。もう一人の逃げウマ娘と競り合うように、後方を五バ身引き離して彼女達がレースを作る。
先輩は後ろから三番目ぐらいでペースを保っている。落ち着いているから今の所は大丈夫そうだ。
隣ではバクシさんがバクシンバクシン言ってる。応援の掛け声なんだろうが、今から驀進したら体力持たないからあかんて。
カフェさんとオンさんは静かに見守っている。二人は性格上、声を張り上げるのは苦手だから、俺とバクシさんで四人分を賄った。
「ミホシンザンは最後尾か。このまま沈んでてくればいいんだが」
髭が祈るように最後尾に目を向ける。鹿毛の彼女は資料で見た限りは差し以上に、後方からの末脚で追い抜くレースを好む。追い抜くタイミングを誤ると追いつけずに惨敗する『逃げ』並に難しく、見る者には爽快感を与える走りで魅了してきた。
レースは1000メートルを通過した。まだ三分の一も過ぎていない。
走者たちは順位を常に入れ替えて常に出方を伺い、駆け引きに終始している。3200メートルの長丁場で勝負に出るには早いが、ある程度好位置をキープして、いつでも集団から抜け出せるように気を配ったり、競り合いを避けてスタミナ消費を減らす工夫は、見ているだけでとても参考になる。
状況が動いたのは1500メートル地点のコーナー。中団の一人が雨と前座レースで剥げた芝に足を取られて、よろけた煽りで数人の走りが乱れた。
チャンスとばかりにすぐ後ろがペースを上げて一気に順位が入れ替わった。
「いけないねえ。レースはまだ半分なのに、もう勝負所と決めつけてしまう」
「その心は?」
「今加速してもすぐ先の急な登坂で減速してしまうよ。さらにせっかく上げた順位を落としたくないから余計な足を使ってしまう」
つまり冷静さを欠いて掛かってしまうわけか。相手のミスは美味しいが、それで自分のペースを乱してしまうのは本末転倒。
先頭のメジロパーマーが二度目の登り坂を最初に踏み、後続も次々坂に入った。
パーマーの顔が苦しそうだ。これまで逃げで多くスタミナを消費した上に、登り坂でどんどんスタミナを奪われる。だが、それでも彼女は必死で先頭をひた走る。どんなに辛くても最後は勝つためにだ。
フクキタさんも坂を踏みしめ駆け上がる。脚は衰えない。むしろ加速すらして一人、二人と抜いた。その後ろにミホシンザンがピタリと付いている。
「凄い」
「……ずっと練習で……走ってました。トレーニングは……嘘をついたりしません」
カフェさんの言う通りだ。練習の数だけレースで力が出る。
300メートル超の登坂を走り切った先は下り坂のコーナー。加速を得られる代わりにコーナーで膨らんでしまうとロスが生まれる、足取りが難しい場面だ。
フクキタさんがここで下りを利用して一気にペースを上げた。ゴールまでまだ700メートル、スパートをかけるには距離があるが、先頭のパーマーを捉えるには今から動かないと追いつけない。
「スタミナが持ってくれれば――――」
「心配ありません!!フクキタルさんは強い人ですからっ!今ですバクシンッ!!バクシィィンッ!!」
こういう時にバクシさんのポジティブ姿勢はありがたい。
フクキタさんは下りの外からガンガン前を抜いて順位を上げて七番――今、六番に立った。
コーナーが終わり最後の直線は400メートル。
パーマーもスタミナをほぼ使い切って、既に失速しかけていたが未だに先頭を譲らない。だが後続との差は確実に埋まっていく。
会場は贔屓のウマ娘の名前が混ざり合ってまともに聞き取れない。俺だって懸命に応援する。
フクキタさんは残り100メートルで、凄まじい末脚を発揮。ぐんぐん前のウマ娘を抜き去り、ゴールの50メートル前でとうとうパーマーに並び、抜いた。
「っしー!!」
「バクシン!バクシーンっ!!」
大歓声の中、フクキタさんが最初にゴール板を駆け抜け――――――さらに後ろからもう一つの影が迫る。
「やられたね。ここで来るのかい」
オンさんの呟き通り、信じられない速さでミホシンザンが猛追。ラスト10メートルで先輩に並んだ。
それでも先輩は最後の力を振り絞り、差し返そうとするが、相手は逆に一歩だけ先に出てゴール板を駆け抜けた。
「くそーーーー!!!!」
髭の絶叫の後、掲示板に着順の数字と着差が点灯する。先輩はハナ差で同タイムの二着。どれだけ接戦でも一歩遅ければ負けは負けだ。
俺達は落胆しても、会場は勝利したミホシンザンへの歓声と拍手で満ちていた。
「……お前ら、拍手してやれ。勝ったミホシンザンと二位のフクキタル。それ以外のウマ娘にもだ」
俺達はトレーナーに言われるまま、拍手で今日のレースで死力を尽くした全ての走者を讃えた。
しかし、勝利したミホシンザンがレース場で膝を着いて倒れた事で会場は騒然となった。
彼女のトレーナーが観客席から飛び出して寄り添う。
すぐ後に、待機していた救護班が担架で彼女を運び、負けた十七人が勝者を心配そうに見送った。
しばらくして運営からアナウンスが流れた。
「お知らせします。一着のミホシンザンは疲労困憊により自力歩行が困難とみなされたので、表彰式とウイニングライブは欠場します」
観客からは落胆と、それ以上に骨折のような重大事故ではないと分かり、安堵の声が上がった。
勝者の心配はもういい。俺達は会場を離れて、先輩を労うために控室に行く。
フクキタさんは控室の椅子に力無く座ってボケーっとしていた。悔しくて泣いていると思ってたが、予想と違った。
「お疲れフクキタル。ミホシンザンだけじゃない、みんな強かったな」
「……そうですねぇ。トレーナーさん、今日の私は強かったですか?」
「ああ、良い走りをしていたぞ。ただ、何で負けたのか俺にも分からん」
「私、調子に乗ってたんでしょうか?占いが大開運だから、全力を出さなくても勝てるなんて思って、最後に気が抜けて追い抜かれて――――」
「…フクキタルさん……実は朝の占いは……逆だったんです。……今日の運勢は最悪で………最下位になる……未来でした……」
カフェさんの暴露でフクキタさんが飛び上がって驚いた。
「つまりだよフクキタル。運が最悪でも君自身の実力とやる気で、惜しくはあったが素晴らしいレースをしたのさ。決して手を抜いて走ったわけじゃあない」
それでも負けるのなら、相手がただ強かったとしか言えない。さしずめ己の限界を超えた実力以上の速さで勝利を掴んだと言うべきだ。その代償が自力歩行不可のウイニングライブ欠場。むしろあれだけの速さの末脚を使って骨折しなかったミホシンザンこそ幸運だろう。
「フクキタさん、負けたのは悔しいけど、今日のレースは凄かったです。俺もあんなレースを早くしたい!」
「アパオシャさん……」
先輩の顔に力が戻った。
しばらく後に会場スタッフがウイニングライブの説明に来た。今回はフクキタさんが勝者不在の繰り上がりでセンターを務める事になった。負けた自分がと躊躇いを見せたが、URAの決定とファンへの感謝と説かれれば否とは言わない。
そして先輩はライブ会場で見事な歌とダンスを披露。ファンの熱い声援を受けて、笑顔で春の天皇賞を締めくくった。