クラシック三冠の菊花賞が明日に迫った土曜日。
出走するクイーンちゃんとトレーナーとして付き添うオンさん、それと応援にガンちゃんの三人が昼には関西に出発した。
来週に短距離G2のスワンステークスを走るバクシさんと、秋天皇賞を走るダンが学園に残った。あとジャンも頑張ってトレーニングしている。
そして俺と髭トレーナーは今日の夕方の便で飛行機に乗って、オーストラリアのメルボルンに向かう。
メルボルンカップは十日後の来月初日に開催される。
前回のイギリス遠征に比べて遅い出発と思われるが、オーストラリアは日本のほぼ真南にあって時差ボケが生じない地理と、現地のフレミントンレース場の芝は日本阪神レース場の芝とかなり似ているのもあって、慣れる時間は少なくて済むとの事。
出来れば明日の菊花賞を見てから日本を出たかったが、流石にそれは遅すぎるから出発は今日になった。
午前中まではトレーニングをして、食事をして、荷物を確認したら、もう出発の時間だった。
出発前に寮でビジンから激励を受けた。彼女も先週、故郷の盛岡開催の『マイルチャンピオンシップ南部杯』を勝ち抜いて、見事G1二冠目の錦を故郷に飾った。
ゴルシーも同日のG2京都大賞典を快勝した。
それとセンジは、ダンと同様に秋天皇賞を走る。今年の秋も天皇賞は灼熱のレースになりそうだ。
俺も必ず友達に恥じないレースをしよう。
荷物を持って学校の正門で髭と空港まで送ってくれるトレセンスタッフが待っていた。
「ごめん、待たせた」
「時間前だからいいさ。じゃあ、行こうか」
荷物を車に乗せて乗り込んだ。今回は十日だから荷物もボストンバッグ二つで済んだ。
空港には何事もなく着き、搭乗手続きも二度目でスムーズに行えた。
意外にも髭はそこそこ海外に行った事があるから、俺より慣れているらしい。
「トレーナーになる前は色々と無茶してな。外国に行って、初日から宿が無くて道端で野宿したりもした」
「それは無茶っていうか無謀の類だろ」
「あの頃は若かったんだよ。もうやれないさ」
おう、そうしてくれ。そして今回は絶対にそんな事は無いから安心しろ。
何しろ今回は飛行機代と宿泊代諸々は、向こうが全額負担してくれるからな。
URAとフレミントンレース場を運営するヴィクトリア州レース協会(以下VRA)が互いに、春天皇賞とメルボルンカップの優勝ウマ娘を互いに招待している。
つまり俺とトレーナーはVIP待遇で招かれる立場にある。
イギリス遠征の時は自費で向こうに居たから、かなりの費用が掛かってレース賞金もトレセンの取り分の多くが滞在経費で消えたと聞いた。G1優勝したのに経費で賞金が消えるなんて、日本じゃ考えられん。負けてたら思いっきり赤字だったよ。
今回はそんな心配も無いから、トレセンの経理は胸を撫で下ろしている事だろう。それにメルボルンカップの優勝賞金は、ジャパンカップや有マ記念並の高額だから、俺も楽しみにしている。
髭の昔話を少し聞いていると搭乗時間が迫り、オーストラリア行きの飛行機に乗った
飛行機に乗って十時間ほどでヴィクトリア州メルボルン空港に着いた。時刻は朝七時を過ぎたぐらい。
機内で睡眠はまあまあ取れた。身体の調子は並程度だ。
入国手続きを済ませて、改めてオーストラリアの地を踏んだ。
同居者も窮屈な空の旅から解放されて、広い滑走路ではしゃぎ回ってる。
前回のイギリスは記者に絡まれたけど、今回は時間が早過ぎて誰も来てないからゆったり出来るぞ。
フレミントントレセンの迎えは一時間後に来る予定だから、それまでは空港のカフェで朝食となった。
食事を終えて、暇潰しにこっちのレース雑誌を買って読んでいると、メルボルンカップの記事と一緒に俺の特集も載っていた。
「―――日本の脅威再び、だって」
「十五年前のデルタブルースとポップロックに1、2決められたのを覚えてたみたいだな」
髭トレーナーの年ぐらいだと割と覚えてるんだろうけど、俺が生まれる前後の事なんて持ち出されても困る。
それに意外と知られていないけど、日本のウマ娘がオーストラリアへ遠征するのは結構ある。
ここ数年はちょっと控えられているけど、デルタブルースに続けとばかりに、五年ぐらい前までは頻繁にオーストラリアに出向いていた。ただし勝てた回数は片手で数えられる程度だったが。
そうして遠征が下火になった頃に、ゴールドカップ優勝者の俺が乗り込んでくるとあっては、警戒心を刺激されるんだろう。
さらにはサーペントタイタンのリベンジマッチとも煽り文がデカデカと書かれている。
ゴールドカップに出走してた革ジャンの人だな。ご当地に負けた相手が来たら、今度こそ勝ってほしいと思うファンはそこそこ居るんだろうが、本人はどう思ってるんだろう。イギリスの時には碌に話をした事無いから、そのうち会う機会もあるから聞いてみようかな。
ある程度時間が経ったら髭のスマホに連絡が来た。お迎えが空港に着いたらしい。
空港の入口には黒塗りのリムジンと、前後にやはり黒塗りのセダンが停まっていた。あと四人ぐらいのサングラスと黒服のウマ娘の方々が周囲を警戒していた。
さらにもう一人、タイトスカートのスーツの妙齢の栗毛ウマ娘が一歩前に出る。
「お迎えにあがりました。アパオシャ様、藤村様。ようこそメルボルンに。お二人の随伴員を務めるフレミントントレセンスタッフのイゼールと申します」
「初めまして、アパオシャのトレーナーの藤村です。これからよろしくお願いします」
「こちらに居る間は何でも要望を仰ってください。我々で叶えられる事なら全てお引き受けいたします」
「これは御丁寧にどうも」
一応こちらが英語で話せる事は向こうのトレセンに伝えてあるけど、最初から日本語で話しているのも、相当俺達に気を遣ってる証拠だな。
空港から三十分くらいの距離にフレミントンレース場とトレセンはある。
荷物を全て預けてリムジンに乗る。向かい席にイゼールさんがいる。
「―――――十五年以上前、私もこの街で日本のウマ娘とレースをしました。強い人でした」
「もしかしてデルタブルースさんと?」
イゼールさんは頷いた。
「その時から随分時が経ち、また強いウマ娘が日本からやって来た。うちの国のウマ娘達にも良い経験になります」
まるでお祭りを前にした子供のような、何とも純粋で楽しそうに笑う。自分の国のウマ娘が負ける事になろうが構わない―――そんな感情が漏れ出ているようにも感じられる。
イゼールさんから、これからの生活の説明を受けながら、段々と街中になりつつある風景を車内から眺めていた。
それから何事もなく俺達が泊るホテルに着いた。ホテルマンに荷物を持ってもらい、エレベーターで最上階に行く。
最上階はロイヤルスイートルームが二つあって、俺とトレーナーで一つずつ使えと言われた。アスコットミーティングの時より、さらに待遇がグレードアップしてる。
「いい所ですね」
「そう言って頂けて幸いです」
街中にあるから利便性が高く、すぐ近くにはフレミントンレース場があり、ちょっと車を走らせればすぐに行ける。レース場のオーナーが理事長を兼ねる、フレミントントレセンも近くにある。
荷物を部屋に運んでもらって、ちょっと一息ついた。
「何かご要望はありますか?」
「トレーニングは今日からでも出来ますか。出来れば実際のレース場で慣れておきたいんですが」
「申し訳ありませんが、今日はフレミントンレース場はレースで使っていますので、利用は明日以降になります。ここにあるトレーニングジムか、トレセンでしたら幾つかの施設は使えると思いますが」
髭も呼んで意見を聞く。
「レースまで慣らす時間は十分ある。今日は移動の疲れもあるから、トレーニングジムで軽く汗を流すだけで抑えておくんだ」
「分かったよ。イゼールさん、というわけで今日はホテルから出ずに大人しくしておきます」
「分かりました。他にご希望があれば、ホテル内に待機している私に連絡してください。それでは失礼します」
そして俺と髭が部屋に残った。
「トレーニングは昼からにしよう。それまでは部屋で大人しくしてるんだ」
「分かったよ。機内で寝足りなかったから、少し寝ている」
ボディーガードまで完備してるって事は、勝手に外に抜け出すのもダメって事だろう。ちょっと散歩や買い物にも行けないのは堅苦しいけど仕方がない。
一先ず部屋でチームの皆や友達に、現地に着いた連絡を入れて昼まで寝て、起きてからホテル内のジムで軽く身体を動かすに留めた。
そして夕方、日本のオンさんとクイーンちゃんから連絡があった。
菊花賞は見事に優勝。クイーンちゃんは堂々とクラシックG1ウマ娘になった。
遠く離れていてもその夜は、ささやかながら俺と髭でお祝いした。
オーストラリアはカンガルー肉とワニ肉が有名なので早速食べてみた。意外と美味しかった。
翌日からは予定通り、フレミントンレース場でトレーニングを始めた。
レース場の芝は事前データ通り、日本の芝に結構近くて軽い。これなら雨が降ってもイギリスの重たい芝のようにはならない。
高低差が殆ど無い、平坦な左回りの長大なコースだから、東京レース場に近い。
初日はコースと芝に慣れるために抑え気味に走り、それなりの手ごたえは感じられた。
フレミントンレース場が使えない時は、同じ街にあるフレミントントレセンの練習コースを使わせてもらい、トレセン生と一緒に並走する事もあった。
その中に一人面白い子がいた。ムラサマという子で、日本語を日本人以上に操る日本大好きウマ娘だった。今週日曜日のG1芝2400メートルのヴィクトリアダービーを走るから気合が入っている。
それと、なんか日本のゲームが凄い好きらしい。残念だけど俺はゲームを殆どしないから話が微妙に噛み合わないけど、そのうち日本に行ってレースを走ると意気込んでる。
こういう子が少数でもいると国との交流が盛んになって、レースも今以上に盛り上がると思う。
そういうわけでメルボルンカップまでの短い時間は、オーストラリアのウマ娘と共に汗を流した。