変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々   作:ウヅキ

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第79話 あと一歩が足りない

 

 

 メルボルンカップの歴史は長い。元は小さな町だったメルボルンを大きく盛り上げようと、百年以上前に地元名士たちがオーストラリア一のウマ娘レースを開催したのが始まりだった。

 当時はまだメルボルンは片田舎の町で、レースもそれほど盛り上がらなかった。

 それでも回を重ねるごとに優勝賞金を上乗せしていくたびに、オーストラリア中から有力なウマ娘が集まった。街が大きく発展した頃には、いつしか近隣のニュージーランドや、かつての本国イギリスからもウマ娘が参加して、オセアニアで最も伝統と華やかさを持つ国際G1レースへと育った。

 メルボルンの人達はそんなレースを殊更に誇りに思い、いつしかメルボルンカップ・カーニバルという祝日にまで制定して、一年で最も華やかな春を彩る祭典になっていた。

 そういうわけで、今日は朝からフレミントンレース場近辺はパレードまで開かれている。

 ホテルの最上階からその様子を眺めて、ちょっと心が躍った。

 

 身支度を整え、昼過ぎにホテルを出た。相変わらずボディーガードの方々とイゼールさんが付いて回る。昨年日本に来ていたモンジューもこんな感じだったのかな。

 髭も今日はいつもの安めの背広ではなく、ドレスコートに対応した、見た目から高そうと分かるフォーマルのスーツを着て決めていた。

 レース場付近まで来ると、いよいよ人の波が目立つようになる。楽団が演奏していたり、人形劇を催したり、パントマイムを演じたりと、そこかしこに催し物が開かれていた。

 

「楽しそうだなー」

 

「アパオシャ様が走るレースこそ、今日のメインイベントですよ」

 

「おっと、そうでした」

 

 イゼールさんから突っ込まれて思い直した。お祭りを楽しむのも良いけど、レースに出て勝つ以上に楽しい事は無かったな。

 いつもと違い、車はレース場の関係者用の入口に横付けしたと思ったら、護衛の一人が赤絨毯を手に持って、車から入口まで広げた。

 

「うわっ、なんか凄い」

 

 ハリウッドスターみたいな扱いに、ちょっとビックリ。

 

「貴女は招待選手ですから、これぐらいは普通ですよ」

 

 そうかなー、そうかも。

 車から降りると、群衆がこちらに気付いて近づくけど、それらは警備員やボディーガードに阻まれて近づけない。

 その間に俺達はレース場に入って、用意された控室に行く。

 昼飯はホテルで済ませてきたから、すぐにレース場のトレーニングルームでウォーミングアップを始めた。

 ルームランナーで走っていると、隣に見た顔が増えた。

 

『オッス!アパオシャ!!調子はどうよ?』

 

『やあ、ペント。調子は良いよ。君こそ土曜日はお疲れ』

 

『頑丈なのがアタイの取り柄だからねっ!今日も優勝目指すよ!』

 

 栗毛の大柄なウマ娘が豪快に笑い飛ばす。彼女はゴールドカップで俺と走った事もあるサーペントタイタン。一週間前にレース場で親しくなり、俺はペントと呼んでいる。

 ゴールドカップの時には殆ど話す事は無かったが、実際に話すとそのサッパリとした性格が好ましい。英ダービーウマ娘として実績もある。

 そして三日前の土曜日に、芝2500メートルのG3アーチャーステークスを二着で走り切ったばかり。それどころか先月は重賞レースを三回も走った。さらに今日もメルボルンカップを走るという、とんでもなくタフネスな女性だ。

 おまけに昨日はハロウィンだったから、そちらも全力でお菓子を配ったり子供達の相手をしたのに、今日も元気いっぱいである。

 

『俺も負けるつもりは無い。勝った方が楽しいからね』

 

『ヘッヘー!!そうだよねっ!勝った方が気持ちが良いもんねー!』

 

 互いにニコっと笑って、拳をコツっと当てる。彼女とはこういう所で気が合う。

 

『ここに来るまで街を見たよ。お祭りが楽しそうだった』

 

『でしょ!アタイも見るのは今日で二度目だけど、華やかで気持ちがウキウキするんよっ!!』

 

 いかにも自分でお祭りを楽しみたいという様だ。

 実はこの人、オーストラリア生まれのウマ娘ではない。元はアイルランド人だったが、二年前にこの国に国籍を移して、今はオーストラリアのウマ娘として走っている。

 アイルランドで生まれ育ち、イギリスのダービーを勝ち、今はオーストラリアのウマ娘として走る。

 一生所属を変えずにそこで走り続ける日本のウマ娘とは、全く異なる思考と帰属意識にはとても驚かされた。ヨーロッパのウマ娘には、こうした国籍ごと変えてしまうケースは珍しくないらしい。

 日本のトレセンにも留学生は何人かいる。逆に日本から外国に留学したり、他国に移住するウマ娘はそんなに居ない。

 どちらが良いかは俺には分からない。でも、世界にはこのような考え方もあるというのを知るだけでも、今後選択肢は大きく増えるんじゃないかと思う。

 日本で走るならそれでも良い。外国で走りたいならそれでも構わない。ウマ娘は何処で走ろうともウマ娘。

 勝ち負けは置いておくが、自分が走りたい場所で走った方が幸せだろう。

 

『ふん、気楽なものね』

 

 俺とペントのルームランナーから一つ間を空けて走っていた、鹿毛のウマ娘が俺達の会話を聞いて、不服そうに鼻を鳴らした。

 彼女はゴールドドリームだったか。今日のメルボルンカップで俺達と一緒に走る。

 

『お祭りにかまけて気が抜けているような相手に私は絶対に負けない!』

 

 怒りすら滲ませる強い口調で俺達を威嚇する。

 ペントと顔を見合わせて、俺は首を横に振った。

 俺とゴールドドリームには大した関わりは無い。精々が二年前にカフェさんが走った凱旋門賞で、先輩より順位が下だったこと。そして去年はフランスのサンクール大賞でエルコンドルパサー先輩に負けた事ぐらいだ。

 そのサンクール大賞の後、フランスからオーストラリアへ移籍した。

 それから日本のウマ娘への対抗心が大きくなり、俺への風当たりが強い。

 面倒だな。勝てないのは自分の力不足だろ。

 

『それは今日のレースを走れば分かるよ。俺達はアスリートだ。口より足で強さを示せ』

 

『っ!!言われなくともっ!!』

 

 ゴールドドリームはそれ以上は何も言わず黙々と走る。

 俺達もそれぞれのペースでレースに備えた。

 

 

 そしてターフの上で多くのウマ娘がレースを、今か今かと待ち望んでいる。

 昨日はちょっと雨が降ったから、芝は大体稍重ぐらいかな。でもグッドウッドカップに比べれば、ずっとマシ。それどころか乾いていたアスコットの方がよほど走り難かった。

 メルボルンカップを走るウマ娘は総勢21人。イギリスのレースの半数、日本のフルゲート18人より、さらに多い数のウマ娘が3200メートルを走り、頂点を決める。

 そのうちオーストラリアのウマ娘は17人。ニュージーランドが3人。そして俺。さて、何が起きる?

 グッドウッドカップの時は十人かそこらだったのに、俺に三人の妨害役が付いた。今回は一体何人が付くんだろうねえ。

 となると、レース中の位置取りが難しくなるわけだ。かと言って俺程度の『逃げ』では死に物狂いで追いかけてくる妨害役に捉えられてしまう。

 いやー見くびられたものだな。

 

 さて楽団がファンファーレを奏でて始まりを知らせた。

 次々走者がスタートゲートに入るのを見守り、暫くその場で待ち続ける。スタッフは怪訝な顔でこちらを見ている。気にせず俺以外の全員がゲートに入ったのを確認してから、おもむろに左の靴を脱いだ。

 

『あの、アパオシャさん。そろそろスタートの時間なんですが』

 

『ちょっと待って。靴の中に石が入ってたみたいだから』

 

 嘘だけどな。こうして間を取って、他の連中の集中力を乱す事は野球でよくある手と、前に試合を見に行った時にクイーンちゃんが教えてくれた。

 そして普通の倍ぐらいの時間をかけて靴紐を結んで、ようやく俺の19番ゲートに入る。周囲が明らかに俺のせいでイラついてのが分かる。ゲートの外に並んだ同居者も、歯を鳴らして俺を咎めた。うるせえよ。

 ――――ゲートが開き、選りすぐりのウマ娘達が飛び出した。俺も遅れず、まずまずのスタートを切った。

 遠くのスタンドからは悲鳴が聞こえた。これは何人か出遅れたか。

 遅れた奴には構わず左側のラチに徐々に寄せていく。

 ただしラチから三人は余裕で通れるぐらいの幅を空けて、わざと抜かせられる位置のまま遅めのペースで走り、最後尾を確保して走る。

 まずはゴール板まで長い700メートルの直線の間、後ろからじっくり観察させてもらおう。

 ――――後団に三人ばかり後ろを気にしながら走るウマ娘がいるな。どれも視線が俺と繋がり、慌てて前に向き直った。ターゲットが気になるのかな。

 その前には青色のショートパンツと肩出しウェアを着た、トレーニングルームで絡んできたゴールドドリームがいる。

 もっと前に目を向けると、二人ばかり先団にも妙に後ろを気にする子がいる。保留と言いたいが、あれもラビットと思った方が良さそうか。

 推定五人の妨害役をこれから追い抜いて、最後に先頭に立つ。

 

「ふふ、グッドウッドより遥かに楽だ」

 

 あの悪条件に比べたら、鼻歌交じりで勝てるレースだよ。

 そのままのペースを維持しつつ、残り2500メートル地点でゴール板を過ぎた。ここからあとコースを一周してくる。

 俺は相変わらず最後尾で、そのすぐ前にはわざと三人がやや広く横並びで壁を作ってる。先頭はすでに最初のコーナーに差し掛かっている。

 先頭から十二~十三バ身ほど離されて、最初のコーナーを回る。その時に何度か壁を抜きにかかってみたが、露骨にブロックをして俺を前に行かせない。体をぶつけられても困るから、まだ大人しくしておくか。

 さらにレースは進み、長いストレートで中間点の1600メートルを超えた。

 さてと、そろそろ本番といこうじゃないか。魂の高ぶりに呼応するように、身体の周りに赤い砂が巻き上げられるイメージが生まれる。

 赤い砂が前を走る三人に絡み付き、途端に動きにブレが生まれる。右の一人は喉を押さえ、もう一人はよろめき、左は恐怖で走りながら嘔吐した。

 大きくなった隙間に身体を滑り込ませるように加速して、容易く一つ目のラビットの壁を抜いた。即席の連携なんて軽く突けば崩せるんだよ。

 ≪領域≫に入り、視界が一気に広まった。他のウマ娘全てが止まっているように見える。

 先頭からは既に十五バ身は離されたか。なら、100メートルごとに一バ身ずつ縮めよう。黒助は中団ぐらいで俺を煽ってるが、今は無視だ無視。

 そのまま少しずつペースを上げて一人を抜きつつ第三コーナーへと入り、緩やかで長大なカーブに突入した。

 カーブの外から一人、また一人と抜き、十五番まで順位を上げる。

 前を走るのは青い勝負服。ゴールドドリームだったな。彼女も俺に気付いて、左右に身体を揺らし始める。何としても俺を抜かせたくないか。

 でも、無駄だぞ。真後ろにピタリと付いたまま、左右に揺れた体の逆に動いて、外側からあっさり並ぶ。それでも彼女は俺に身体をぶつけてでも前に行かせたくなかったようだが、止まって見える相手に当てられるはずがない。

 一瞬早く加速して、逆に俺のいない何も無い空間によろけて失速した。これで十四番手、先頭からは十二バ身。まだまだ先は長い。

 ペースを上げて、さらに二人を抜いた。この時点でカーブの真ん中を超えたぐらい。残りの距離は1000メートル少々。

 まだ三分の一近く距離があるが、スタミナも半分は残っている。もう少しペースを上げても余裕はある。

 後ろは俺の放つ強烈なプレッシャーで、一定距離から入って来られない。ひとまず後続は気にせずともよい。

 脚のピッチ回転をさらに上げて、ジリジリと前にプレッシャーをかければ、今度は前を走る三人が追い立てられたように加速していく。俺もそれに続き、連鎖的に先団のペースが上がった。

 最後のスパートに明らかに早いタイミングで半数が加速を始めた事で、観客達は困惑と同時にヒートアップする。

 後方グループもこのままでは間に合わないと判断して、幾人かは脚を速める。

 高速展開になった集団は一気に最終コーナーを回る。

 450メートルの最終直線に入り、俺に追い立てられた恐怖で、より一層加速していく。中には早々にスタミナが枯渇して脱落していく走者も出た。先行していたペントもその一人だった。

 残り300メートルで俺は八番手。と言っても先団は既に一塊の集団になって、先頭とは既に三バ身差に縮めている。外から一気に抜いてしまえば、それで俺の勝ちだ。

 だがまだ早い。もう少し追い立ててスタミナを枯渇させてやる。

 さらにピッチを上げて先頭集団のケツを蹴り飛ばす勢いで煽れば、残り150メートルで五人がフラフラになって脱落した。あと二人。そして蹴り飛ばしたい黒いケツ。

 楽勝かと思ったが、後ろから猛追する足音が二つ三つ増えた。後続はまだ終わってなかったか。それでこそ国際G1レースだ。

 後ろから末脚を利かせた三人は恐怖に顔を歪めている。でも、決して勝ちを諦めずに走り続ける。

 

「その根性は認めるよ」

 

 ただし、それで勝てれば苦労は無い。

 俺は後続をさらなる絶望に叩き落すため、残るスタミナを全て注ぎ込んだ末脚で一段加速して、前の二人を抜き去った。

 残り100メートルで俺がまだ余力を残していたと知った後ろの一人は諦めた。でも、まだ二人は足掻き、魂を震わせ、追い縋る。

 そして前の同居者は一バ身半を先行している。今日こそ追い越してやるよ。

 もっとだ、もっと速く、速く動け、俺の脚よ。

 走れ、走れ、走れ!風のように、速く走るんだ。

 少し、また少し。ジリジリ近づくにつれて、同居者から余裕が消えていくのが手に取るように分かる。

 あと少しだ。あとほんの僅か――――――――まったく、3200メートルでも短いよ。

 ゴール板を過ぎた時の俺達は大体半バ身の差か。今日は晴れていても芝が少し水を吸ってたから、こいつも相当余裕が無かったみたいだな。

 ―――――今日は笑わないのか?―――ふふん、そろそろ負けを覚悟しろよ。

 おっと、レース場の客に少しは愛想を振りまかないとな。

 天に拳を突き上げれば、十万を超える観客が拍手と俺の名で応えてくれた。たまに少数が俺にブーイングをしてくるが、オマケとして貰っておいてやる。

 二着はゴールドドリームかな。俺が居なかったら勝てたぐらいには強かったか。

 ペントは………ドベ争いしてたか。三日前のレースの疲れが残ってたのかも。レーススケジュール見直した方が良いんじゃないのかな。

 

 レースが終われば、後はウイニングライブだ。ここも一日のレースが全部終わってから纏めてライブする方式だから、一旦控室に戻って休みを取った。

 オーストラリアのライブはイギリスに似ているように見えて、もっとド派手でエネルギッシュ。ファンも品が無い分だけ熱狂的で、俺達ウマ娘達もまたダイレクトに喜びを伝えられるライブになった。

 

 翌日の水曜日にレース場で表彰式が開かれて、優勝カップを手渡された。

 これでオーストラリア遠征は終わり―――――ではなく。招待選手として土曜日のレースを見届けるのが予定に含まれている。よって日本に帰るのは日曜日まで待たねばならない。

 レースが無い日は、ホテルで学校に居る時と同じようにタブレット端末を使って勉強したり、空いた時間はちょっと街を観光して、土産を買いこんだ。

 そうそう、髭がレースが終わるまで伏せていたが、先週末のダンとバクシさんのレース結果を教えてくれた。

 バクシさんのG2スワンステークスは、スプリンターズSに続いてレコードを更新して圧勝。もはや国内の短距離で、バクシさんに敵うウマ娘は誰も居なくなった。

 そして秋の天皇賞は、驚いた事にセンジがこれまたレコードを出して優勝してしまった。才能ある同期なのは分かってたけど、まさか天皇賞を勝つとは思わなかった。

 ダンは二着となり、またしてもメジロ家は至高の盾を逃した。それでも、よく頑張ったと俺は言ってやりたい。

 センジには初のG1勝利の祝いって事で、オーストラリア土産を奮発してやるか。

 

 それから土曜日のレースを観戦して、翌日の朝には予定通り、飛行機に乗ってその日のうちに日本に帰国した。

 

 

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