ファミレスというのはなかなか便利な店舗だと思う。早い店なら朝から開いてて深夜近くまで年中無休で営業している。
それなりに美味しい料理が安価に食べられて、名前の通りファミリーで訪れても、千差万別の舌を満足させられるメニューに富んでいる。
うちのチームは名門のお嬢様が二人いるわけで、そんなお嬢も阪神レース場のホテル近くにある、このファミレスには結構満足している。
チーム≪フォーチュン≫は宝塚でレースがある時の前日は、毎回この店で夕食を取る。
店側も何年も大きなレースの時には利用しているから対応も手慣れたものだ。外と他の客の目に付きにくい、死角の多い隅の席をわざわざ選んでくれる。
こちらがウマ娘八人と男一人で、大量に料理を注文する上客と分かっているから、ある程度融通を利かせている面もあるんだろう。
四人掛けテーブル二つを埋め尽くした料理が次々空になって、ウエイターが空皿の回収と追加オーダーを取りに来る。
俺とクイーンちゃん以外は、季節限定の『抹茶とイチゴ』のデザートを常人の数倍頼む。明日レースを控えた俺達は一つだけ。
髭も結構甘い物が好きだから、一緒に食べている。昔は大学の旅仲間と日本各地を巡って、ご当地の甘い物の早食い対決なんかしてたらしい。海外で野宿したりと、学のあるトレーナーらしからぬ変な人だよ。
「くっ!明日の春の天皇賞が終われば、スイーツ食べ放題………もう少しの辛抱です!」
俺も出来ればみんなと同じぐらい食べたいけど、クイーンちゃんほどの渇望は無いなあ。
それでもここで欲望に負けて食い散らかさない分別は褒めてあげたい。そうなったら俺と競わずとも負けると分かっているからこそ、必死に耐えているわけだ。
しかしこの抹茶とイチゴのパフェはなかなか美味い。抹茶の苦味とイチゴの酸味、生クリームの甘みが混ざり合って、喧嘩せずそれぞれの味を引き出している。
「ブラックちゃんも遠慮無しに食べなよ。今食べておかないと、メイクデビューしたら好きに食べられない時が増えるんだから」
「はい!先輩達の分まで沢山食べます!」
そう言ってプリンとアイスクリームをバクバク食べる。素直でよろしい。そしてクイーンちゃんは、そんなに恨めしそうに見るのを止めなさい。
腹八分目に抑えて食事はおしまい。今日もいつもと味覚は変わらない。明日は調子が良さそうだな。
翌日の阪神レース場は午前中には満員御礼。前もってスタンド席を予約してなかったら、チームの皆も席を取れなかった。
まだ時間があるからブラックちゃんと一緒に早めの昼食を買いに、レース場のフードコートに来ていた。
昼には早い時間でも多くの店は賑わっていて、席もかなり埋まっている。
「やっぱり勝つのはトウカイテイオーね」
「そうか?俺はメジロマックイーンが一番だぞ」
カレーうどんを啜るカップルがそんな事を話している。
別の場所では男連中がゴルシーとセンジの良さを語り合ったり、ファングッズの出来を批評していた。
俺の名も時々耳にする。今日『皇帝』を超えられるか、そういう話題が多い。
「ブラックちゃんはウオーちゃんを応援する?」
「えっ!?いやーそれはアパオシャさんに負けろってことだから―――」
「冗談だよ。でも憧れの相手とチームメイトはまた違うから、そう遠慮する事も無い」
実のところ顔見知りと走り続けてると、こういうケースは頻繁に起こる。俺だって親しい先輩と友達が一緒に走るレースは、誰を応援するか結構悩んだ。
だから後輩が誰を応援するか強制せずに、自由意思で決めればいいと思う。
「応援はともかく、昼飯どうしようっかな――――あれなんか良さそう」
指さす方向には持ち帰り専門の粉もの屋がある。その名も『ゴルちゃん焼き』。名前の通り、俺達の先輩のゴールドシップさんが今年起業した店で、既に各レース場に出店していた。看板にはデフォルメされているゴールドシップさんの舌出しイラストが載っている。
「いらっしゃいませー!ご注文――――あっ」
店の人に注文しようとしたら、エプロン姿のカレットちゃんと目が合った。そして横には、華麗なピック捌きでタコ焼きをひっくり返すゴールドシップさんも居る。
「えっとタコ焼き十人前と焼きそば二十人前お願い」
「――――承りました。センパーイ、タコ焼き十人前、焼きそば二十人前です」
「おう、待ってろ!サイコーに美味いモン食わせてやっからよー!!うおおおおーーー!ファイヤー!!」
ゴールドシップさんはタコ焼きを焼きつつ、鉄板の上で大量のキャベツと焼きそばを焼き始めて、芸術的なまでに洗練された手順で、あっという間に大量の注文をこなしてしまった。
昔から思ってたけど、この人相変わらず謎過ぎる。そしてレースの予定が無いから手伝いに駆り出されているカレットちゃんが不憫だ。
「おおーよく見たらアパオシャじゃねーか!今日はうちのスペと妹とテイオーが出るから、気合入れて走れよ!」
「はい。先輩も商売頑張ってください」
代金を払ってチームの皆の所に戻った。焼きそばとタコ焼きは大変美味で、全員に好評だった。これはレースのたびに食べたくなってしまう。
春の暖かい風が吹く快晴の空の下の元に、午後の阪神レース場は熱気と興奮が渦巻いている。
スタンドを見れば多くの八万人のファンがこれから始まる俺達のレースを前に、暴動が起きそうなぐらい熱をため込んでいた。
翻ってターフの十五人を見渡せば、全てが俺を意識して視線を向けている。
思い返せば、これまでの俺のレースはいつも挑戦する側、もしくは対等な立場での勝負だった。
シニアの先輩達に挑み、外国の強豪とも戦った。それが今は後輩のクイーンちゃんを始めとして、同年のゴルシーやセンジも俺に挑む。
それどころか『日本の総大将』と言われたシャル先輩すら、追いかける立場になっている。
URAは俺の事を『ブラックプリンス』改め、『ブラックサン』と宣伝している。日本のウマ娘レース界の太陽に等しい扱いらしい。
『皇帝』や『女帝』なんて称号の類似品は、仰々しくて重いから出来れば要らない。でも走り続けるなら、勝ちまで譲ってやるつもりは無い。
同居者がいつも自分が勝ってるとウザったく言うのは無視だ無視。雨で走らなかった時は不戦敗に数えているからな。悔しかったら雨の中を走れ。
そう言ったら不機嫌そうに歯を鳴らした。ふふん。
ファンファーレが響き、そろそろゲートに入る。今日は16人中の13番。黒助も一番外側で待機する。
初めての勝負服で走る。さあ、どんな景色が広がっているんだ。
―――――スタートはコンマ1秒出遅れた。でも今日は長丁場だから大した影響は無い。
徐々に集団が形作られて、スローペースでレースが始まった。
最初の外回りコーナーに突入する。クイーンちゃんは3番手、マチカネタンホイザちゃんがその後ろ、センジは5番か。
ゴルシーはウオーちゃんと一緒にもう少し後ろの中団。俺は後方12番ぐらいか。シャル先輩は後ろで最後尾か。
ついでに同居者は珍しく一番後ろを陣取っている。いつもは一番前を走るってのに。
コーナーの曲面を使って前後を確認すると、『おやっ?』と訝しむ。俺の周囲3メートルほどが、ポッカリと空白地帯になっていた。
前を走る走者は度々後方を確認している。俺が加速すると、それに連動するかのように前もペースを上げた。
反対に速度を意図的に落として後ろに下がると、今度は後方もペースを落とす。
(俺を基準にペースを決めているのか)
マークというには奇妙な距離感だ。これはまるで俺の近くで走るのを避けているようだ。
―――――≪領域≫に入った時に受けるプレッシャーを避けているのかな。
髭も≪領域≫の事は噂程度しか知らなかった。オンさんやカフェさんが使える事は把握していたみたいだけど、具体的な事は同じレースを走る、そのまたごく一部のウマ娘にしか分からない。
それでも俺とのレースで経験したウマ娘は多くいる。その経験から各トレーナーが対処法を考え付いたのだろう。
こんな序盤から警戒しているのは、いつ≪領域≫に入るか分からないから、常に対応出来るように気を配っているわけか。
俺の≪領域≫は感覚の鋭敏化と周囲へのプレッシャーで、速度向上に寄与しない。他の走者に離れられたら恩恵はさして無い。
良い対処法だ。少ない情報から的確な対抗策を考えるのは、さすが中央トレーナーとG1に出るウマ娘だよ。
でも、それだけで勝てると思うのは大間違いだ。
今すぐ加速を始めて前を追い立てていく。狙い通り、前を走る子達はペースを上げた。
≪領域≫の恩恵が薄いなら、今日は真っ向から俺とスタミナの削り合いに終始してもらうとしよう。
外回りの下り坂を使って、コースを膨らまない程度に加速し続ける。
外周が終わり、長い直線へ入る。脚をさらに早めれば、後団も続けとペースを上げた。これで全員を高速展開に引き摺り込めた。
相変わらず周囲は空白地帯。一番近くにいても大体4メートルは離れている。いやー嫌われたものだ。
じゃあ、もっと嫌がらせをしよう。加速しながら外側に移動して、これ見よがしに並んだり抜いて順位を上げていく。
隣に並ぶたびに驚く息遣いが聞こえて、逃げるように前へ前へと駆けていく。
一回目のゴール付近でウオーちゃんと並んだ。ちらりと横を向くと、目が合って後輩がニッカリ笑う。俺と直接走るのは初めてだから≪領域≫の事はシャル先輩やゴルシーから聞いていても、話半分しか信じてないって顔だな。
信じてないならそれでもいいか。先達として真っ向から叩き伏せて敗北を教えてやる。
ゴールを超えて後半に入った。今は8番手で第三コーナーを走る。本来ならここで≪領域≫に入ってるが、今回はその分のスタミナを加速に回しているから、より速く走れる。みんなは最後まで付き合い切れるかな。
コーナーを周り、最初のスタート地点に戻って来た。最初に先頭を走っていた子は必要以上にスタミナを減らして沈んだ。
前にはクイーンちゃんが2番、センジが3番。マチカネタンホイザちゃん、ゴルシー、ウオーちゃんと続く。
ここからは俺より前は順位が入れ替わり立ち代わりの鎬を削るレースになり、第五コーナーを過ぎた頃には先頭が脱落した。
今日はハイペースに追い込んでいる。後ろから見て先団がだいぶ苦しいのは分かる。特にゴルシーは常に後ろの俺に気を配り過ぎて、余計にスタミナを使い過ぎたな。
まだ余裕があるのは先頭のクイーンちゃんと、二番手のセンジぐらいか。
なら、そろそろ他の走者には退場願おう。
体中の血が沸騰し、それでいて頭は冷え切っている。今聞こえているのは自身の心臓の鼓動と魂の咆哮だけ。
「おああああっ!!」
次の瞬間、世界が一変して俺の周囲は赤い砂に覆われた。前の集団に砂が絡み付き、彼女達の顔つきが変わる。
最終コーナーへと入り、脚のピッチを上げて外から一気に三人を抜いてセンジに並ぶ。友達は恐怖に慄き、僅かに後ろへ下がる。
残るは一バ身先を行くクイーンちゃんのみ。
それに追従しながら徐々に差を縮め、最後の直線で肩を並べる。
「さあ、決着をつけようか!!」
砂塵がクイーンちゃんを飲み込み、そして弾き飛ばされる。
彼女の背には白く透き通った一対の翼が生えていた。
そうか、それが君の≪領域≫か。いいだろう、ここではチームの先輩後輩は無い。ただ一人のアスリートとして、対等の勝負をしよう。
激突して赤い砂と舞い散る羽根が塵へと変わる。
互いの≪領域≫のイメージが喰らい合い、加速を続け、もはや俺達以外は誰も付いてこられない。
ただひたすら前へ前へ、ゴールの先にある勝利だけを目指して走り続ける。
もっとだ、もっと速く動け脚。俺は負けていいなんて毛筋だって思っていない。
ゴール前の最後の坂も、ありったけのスタミナを注ぎ込んだ高ピッチ回転の脚で駆け上がる。
それでもクイーンちゃんの鼓動と息遣いが離れる事は無い。
ほんの一歩、あと数cmでも前に行けば俺が勝つ。その僅かな長さが無限にも等しく思える。
坂を登り切った先のゴール板まで、もう数歩まで迫っていた。
あと少し、あと少し――――――俺とクイーンちゃんの想いは一つに重なり、最後は同時に駆け抜けた。
≪領域≫が遠のき、俺達は大きく息を吐いて、無言で視線を交わした。
スタンドの観客からはざわめきが起こる。電光掲示板には写真判定の文字と、三着にセンジの番号が出ていた。
息を整えて、続々とゴールする他の走者を出迎える。
「はぁはぁ………あーんもう!また負けちゃった!!」
ゴルシーは十着ぐらいか。さすがに3200メートルは長かったな。
五分が経ち、まだ掲示板には結果が出ない。既に四着がマチカネタンホイザちゃん、五着はシャル先輩と出ている。無敗宣言したウオーちゃんは着外。
タイムは≪3:11.4≫。去年より1秒以上早くなってるが、カフェさんのレコードには及ばなかった。
クイーンちゃんとウオーちゃんは隣り合って何か話している。二人の直接対決は日本ダービーと今回でひとまず一勝一敗。
「待ち時間なっが!ちょっとー、ありえなくない!?」
「落ち着けってセンジ。こういうこともある」
「アパオシャは落ち着き過ぎっ!あんたの二連覇と『八冠』かかってて、それはおかしいって」
「出すモノ出し切ったからな。俺とクイーンちゃんのどっちが勝っても納得するよ」
ここまで真っ向から競り合ったのはナリタブライアンとキュプロクス以来だ。強い後輩に育ってくれて、結構嬉しい。
同居者の奴は俺にアタマ差をつけて勝ったと言い張ってるけど、正直クイーンちゃんとのレースにしか気が向いていなかったから、どうでもいいや。
さらに五分が経ち、客も走者も徐々に苛立ちが募る中、ようやく結果が出た。
スタンドからは困惑と熱狂の交じり合った歓声が天地を揺るがした。
「同着とは予想外だ」
春の天皇賞の勝者は俺とクイーンちゃん。一着の同着はたまにあるが、G1での同着優勝は相当珍しい。
史上初のG1八冠達成、初の春の天皇賞二連覇、同着優勝の三連コンボで、スタンドは心臓発作で死人が出るんじゃないかと思うぐらい興奮の渦の中にある。
大歓声の中、ウオーちゃんの隣にいたクイーンちゃんの傍に行く。
「すげえ強かったよ。さすがだねクイーンちゃん」
「それはこちらが言うべき事ですわ。私の知る限り、貴女は誰よりも強いウマ娘です」
そして俺達は並んで応援してくれた観客に手を振って応えた。
横で悔しそうに俯くウオーちゃんが目に入る。負けは負けだ。借りを返したかったら、いつでも挑んで来い。
ターフを降り、場所を変えた表彰式で、昨年貰った木製の大きな盾をまず俺が受け取る。その後にクイーンちゃんに渡した。
「今日はクイーンちゃんが持ちなよ。俺は去年の分がある」
クイーンちゃんは少し遠慮がちに盾を貰い、顔をほころばせた。理由は知らないが天皇賞勝利はメジロ家の悲願と聞いている。念願叶って感無量って奴だ。
隣に居る髭トレーナーも感動のあまり泣いている。髭のオッサンの泣いてるシーンって絵面が結構汚いな。
それから報道陣からの質問を適度に捌いて、ウイニングライブで歌い、嵐のような春の天皇賞は幕を下ろした。
その日の夜はホテルからまともに出られず、中で大人しく過ごした。テレビはレース特集一色に染まり、全国の街中で号外が乱発されたとニュースで見た。
やれやれ、これでしばらくは記者達の相手で時間が潰れる。