変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々   作:ウヅキ

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第96話 レースを引退したら

 

 

 煩いぐらいのセミの鳴き声が響く東京の真夏は、イギリスの暑さと比べ物にならないぐらいの酷い暑さだった。下手をしたら命に関わる危険すら孕んでいる。

 それでも中央トレセンのウマ娘はトレーニングを怠らない。暑さを理由に鍛錬を怠けたら、あっという間に周りに置いて行かれる。

 よって、炎天下の死人が出るような暑さの中でも、多くのウマ娘は熱中症対策を万全にして学園内の至る所でトレーニングに励んでいた。

 俺が探しているウマ娘も練習コースの外のベンチに座りパラソルの下で、ストップウォッチを見ながらノートにチームメイトのタイムを書き込んでいる。

 その相手に近づき、向こうが気付いて振り向いたところで声をかけた。

 

「ただいまゴルシー」

 

「えっ?アパオシャじゃん!?帰って来たんだ」

 

「ああ、ついさっきね」

 

 驚きと共にパッと花が咲いたような笑顔になった。同時にベンチの隣に置いてあるセグウェイと松葉杖。さらに右足に着けたギブスが目に入る。

 ウマ娘にとって怪我は付き物だけど、こうも立て続けに怪我人が身近に増えると気が重くなる。視線に籠った感情に気づいたゴルシーは先程と異なる苦笑いを見せる。

 

「レース中の怪我はしょうがないっしょ。治ったらまた走れるんだから、アンタが気にしないの」

 

「――――そうだな。これイギリス土産」

 

 これ以上は怪我には触れず、当初の目的通り土産を渡した。中身は数種類のジャム瓶。

 

「ありがとう。それとグッドウッドカップ優勝おめでとう。去年の負けは取り戻せたわね」

 

「代わりにゴールドカップは負けたから、結局は痛み分けだよ」

 

 二つとも勝つつもりだったけど、片方しか勝てなかったんだから手放しでは喜べない。

 特に一緒に遠征したナリタブライアンがプリンスオブウェールズSとキングジョージ6世&クイーンエリザベスSの優勝カップを両方とも手にしたのを見てると、ライバルの強さを誇らしく思うと同時に、軽い嫉妬すら覚えてしまう。

 

「まったくもう、片方でも勝てたのなら喜ぶ!それで次頑張ればいいだけっしょ!」

 

「んー分かったよ。ありがとうな」

 

「分かればよろしい。そうだ、ユキノから連絡あった?今月にG3のダートマイルに勝ったって」

 

「知ってる。アメリカで頑張ってるみたいだな」

 

「あの子もアタシに憧れてるだけじゃなくて、ちゃんと自分のやりたい事やってて良かったっしょ!」

 

 自分の事のように喜ぶゴルシーの笑顔が眩しい。

 それから隣に座って≪スピカ≫の練習を一緒に見る。

 沖野トレーナーの指導の下、七人が暑さを物ともせずコースを駆け続けている。

 春の天皇賞で骨折したウオーちゃんも、今は完治して元通り元気に走れるようになった。

 カレットちゃんと並んで張り合っているウオッカちゃんは、先月の安田記念を勝ち抜いてG1三冠目を飾り、冠の数はカレットちゃんに並んだ。

 ライバルのカレットちゃんも、その半月後にG3マーメイドステークスを勝ち、調子を上げていた。

 日本ダービーを三着だったライスシャワーちゃんも、前より確実に力を付けた鋭い走りを見せている。これはガンちゃんも油断したら菊花賞を獲られかねない。

 

「≪スピカ≫は調子良さそうだな」

 

「まあね、と言いたいけどそっちの≪フォーチュン≫もでしょ。あたしも宝塚記念はアンタのとこのマックイーンちゃんに負けちゃったし」

 

 ケラケラ笑っているけど、その瞳の奥には僅かに澱みが見えた。

 ゴルシーが右足を骨折したのは宝塚記念の最中だった。レースにはうちのクイーンちゃんやセンジにハッピーミーク、バンブーメモリーさんとクラチヨさんも出走していた。

 そして勝ったのはうちのクイーンちゃん。二着はハッピーミーク、センジは三着、ゴルシーはレース途中の骨折もあって八着の着外に終わった。

 さらにクラチヨさんもレース中に二度目の骨折をしてしまった。今年はあまりにシニアの負傷が多くファンは悲嘆に暮れた。

 だからと言ってゴルシーがクイーンちゃんを恨んでいるなんて事は無い。あくまで怪我をした自分の足が腹立たしいだけだろう。

 

「今年中には完治しそう?」

 

「多分ね。暫くはチームの雑用しながら療養するわ」

 

「引退するなんてまだ言うなよ」

 

「言わないって。アタシはまだまだ走りたいんだから」

 

 そうか、それならいい。

 友達が一足先に引退したら俺ものほほんとなんてしていられない。出来ればシニア三年まで走り切って欲しい。

 ゴルシーを見ると、何か言いたげな視線で見られているのに気付いた。

 

「――――本音を言うとさ、アタシはアパオシャが羨ましいんだ」

 

「どのあたりが?」

 

「どんなに無茶な走りをしても絶対に怪我をしない鋼鉄みたいな脚。たぶん、トレセンに居る子全員がそう思ってる」

 

 言われて納得した。誰もがいつ走れなくなるか分からない恐怖の中でレースをしているのに、そんな心配を全くせずに走れる奴が隣に居たら、きっと腹が立つぐらい羨ましいと思う。

 

「ジョーダン、うちのテイオーやスズカさん、ライスだってもっとひどい怪我で今みたいに走れなかったかもしれない。宝塚記念の後、脚が砕けてもう走れないかもって思ったら耐えられないぐらい怖くて、こっそり泣いたの」

 

「ごめん、俺にはその怖さが分かるなんて言えない」

 

「いいわよ、ただの無い物ねだりなんだから。――――でも今の話したのアンタだけだから、他の子に言ったら怒るわよ」

 

 ただ一言「分かった」とだけ言って頷いた。

 再び陽炎で歪むコースを見れば新人のゼンノロブロイちゃんも結構いい走りを見せている。うちのブラックちゃんと友達のサトノダイヤモンドちゃんとも良いライバルになれる子だ。

 

「あの新人のゼンノロブロイちゃん、これからもっと強くなる」

 

「でしょ♪本人もすごいやる気あって、絶対G1勝てる子っしょ!」

 

「うちのブラックちゃんも負けてないぞ。何と言ってもバクシさんの後継者だからな。ジャンも夏休みが終わればデビューしてバンバン勝つ」

 

 これからしばらく自分のチームの後輩自慢になって、≪スピカ≫メンバーが休憩に入るまで続いた。

 

 ゴルシーに土産を渡したら、次はセンジやチームの皆にも土産を持って行った。途中に会ったビワハヤヒデさんにも渡しておいた。

 夕方にはウンスカ先輩もトレーニングから戻っていた。こちらも部屋で土産を渡したら喜んでくれた。

 

「ラビットフットというイギリスのお守りです。持ってると幸運が来るそうですよ」

 

「わーい、ありがとうアパオシャちゃん」

 

「それで足どうですか?俺がイギリス行った後にトレーニング再開してるみたいだけど」

 

「うーん、脚自体は治ったけど、速さは元に戻らなかったよ」

 

 さらっと口にするけど、その声には幾らかの寂しさが含まれている。

 ウマ娘が足を骨折した場合、骨折前を100%としたら骨折後はどれだけリハビリしても90%までしか力を発揮出来ないケースはそれなりに多い。

 さらに何度も骨折した場合、癖がついてしまって重大な障害を負ってしまい、生涯杖が手放せない事態もあり得た。

 骨折を二度経験したグラスワンダー先輩も同様に、怪我前より若干力が落ちていると聞いた。ウンスカ先輩も同様なんだろう。

 

「私の場合はピークが過ぎてて衰えもあったから、遅くなったのは骨折のせいか分からないんだけどね。どっちにしても、あと一回か二回走ったら引退かな。ドリームトロフィーは難しいし」

 

「寂しくなります」

 

「こればっかりはウマ娘の宿命だからね。でも、今から引退後はどうしようか考えるのは楽しいよ」

 

 カラ元気なのは分かってるけど、いちいちそんな事を指摘なんかしない。本人がそうだと言うんだからそうなんだ。

 レースを一生走り続けられるウマ娘なんて誰も居ない。いつかは別の道を走り出す時が来る。チームの先輩達もそうだったし、同室の先輩もその時がもうすぐ来ている。それだけの事なんだ。

 

「ウンスカ先輩は引退したらどんなことをしたいですか?」

 

「とりあえず今までしなかった分だけ昼寝する」

 

 まだ寝足りないのかと思ったら、冗談と言われた。あんまり冗談には聞こえない。

 

「爺ちゃんに行けるなら大学は行っとけって言われてるから、とりあえず高等部卒業したらトレセンの大学には行って、後で考えるよ」

 

「魚とか釣り関係の仕事とかしないんですか?」

 

「そっちは趣味だから仕事にしたら、たぶん楽しくなくなるから嫌かな」

 

 そういうものか。

 他に身内で参考になるのは、今年大学四年生のうちの兄さんか。この前、通っていた大学の同県の博物館に、事務員での内定が決まったと連絡があった。

 趣味が高じてそのまま就職したんだけど、この場合はどっちが正しいんだろう。

 

「アパオシャちゃんはもう少し先だろうけど、レースを引退したらやりたい事ってある?」

 

「何が出来るかはまだよく分かってないけど、何をしたいか漠然とした考えはちょっとあります」

 

「そっか、じゃあお互いこれからゆっくり考えようか。さあ、晩ご飯食べにいこ」

 

 まだ考える時間はある。だから急がず答えなくていい、先輩にそう言われた気がした。

 

 

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