一『忌み子』
〈竜巣族〉と言うそうだ。
モンスターと、人間。決して相容れない存在同士が交わり、本来産まれてはならない子を作る。
そういう特殊な竜人族の事を、正式にはそう言うらしい。
しかし、その名で呼ばれる事は限りなく少ない。
皆、存在を知る人間は口を揃えて〈狂人族〉と言う。
自分の親を示す名称についてなど、どうでも良い。
――狩りの最中に、余計な事を考えてしまうのは、悪い癖であった。
「ゴガァァァァァッ!!」
轟、と空気が唸る。空間が粉々に割れてもおかしくないくらいの咆哮が、辺り一帯を震え上がらせた。
轟竜――ティガレックス。翼脚と呼ばれる発達した前脚と、強靭な顎が特徴的な凶暴かつ強力な飛竜種のモンスター。
得意とする攻撃は、突進である。
蒼みがかった赤髪の女性ハンターが、華奢な剣 太刀の矛先を轟竜に向ける。ピンと尖った耳で、辺りの音を的確に聞き分けた。
激突する寸前で、側転を用いて華麗に回避。そうすると同時に切り払い、頭部の肉を斬り裂いた。
彼女の防具は、一般流通していない特殊な代物。銀火竜の鱗が胸や腰回りを覆い、後は民族の衣装かのような、ひらひらとした銀白の布を靡かせる、狩りには少々危険ではないかとも思える防具であった。
構える太刀は、蒼火竜を討伐した証である飛竜刀【藍染】。灼熱の蒼き炎のように輝く刃が、再度ティガレックスの頭部を斬りつけた。
反撃しようとする轟竜の攻撃を華麗に避けて、首筋へ気刃斬りを叩き込む。
バックステップしながら相手の攻撃を見切り、滑るようにして斬りつけ、周囲の空気諸共薙ぎ払った。
強靭なる翼脚により抉り取られ、飛んでくる岩石を紙のように切り砕いて、猛スピードで接近。
鎌鼬でも通ったかのような連撃がティガレックスを襲う。頭部の至る所から血が吹き出て、鱗も剥がれて白くなってしまった。
翼脚、目元の血管がみるみるうちに浮かび上がって、目に見える程に荒い息が口元から溢れ出す。
怒り狂った轟竜の咆哮が、朽ち果てた大地を再び震え上がらせる。
「ゴガァァァァァァァ!!」
ティガレックスは彼女を眼に捉え、釘付けになったまま無我夢中で攻撃を仕掛けた。
しかし、どんな攻撃も彼女には当たらない。
まるで
しかし、高く飛んで着地をし、そこに生まれた僅かな隙を、轟竜は逃さなかった。
飛んでくる岩が、寸前まで迫る。もう、回避も間に合わない。
咄嗟に剣で防ごうとするも、眼の前で岩が砕けた反動は凄まじく、彼女の華奢な身体は、軽々吹き飛ばされてしまった。
「がっ……!!」
打ち付けられた彼女は、血反吐を吐きながら地面に蹲る。
のそり、のそりと迫りくる轟竜の気配を感じ取り、痛みに悶えながらも身体を起こした。
奴の生温い息が、頭上にまで迫る。
吐き気を催す臭いが、鼻の中に入ってきた。
――血の臭い。数多もの命を、直々に喰らってきた証――
突然――、カッと彼女の瞳孔がみるみるうちに細くなる。
歯を剥き出しにし、飛竜刀の刃をガキン、と音を立てながら咥えて、横へスライドさせた。
摩擦により、剣の属性が滲み出し、次第に炎が溢れ出てくる。
咥えた刀が口から離れた瞬間――
紅き閃光が、轟竜の喉元を焼き切った。
それはほんの一瞬の出来事であった。
焼き切られたティガレックスの喉から、みるみるうちに炎が広がり、肉を皮膚を焼き尽くしていく。
悶え苦しむティガレックス。喉の傷口から大量の血を垂れ流し、のたうち回るその姿を、彼女は肩で荒く息をしながらじっと見つめていた。
やがて轟竜は失血により力尽きる。息の根が止まったことを確認すると、彼女はその死体に近づいていった。
喉元の傷口を見て、ごくり、と生唾を飲む。
肉の中へ手を突っ込み、欠片を掌に取る。
血が滴るそれを、彼女は一心不乱に貪り食った。口周りが血塗れになろうとお構いなしである。
掌に取った肉の欠片を食べきった頃、彼女の瞳孔は元通りになり、その場に崩れ落ちて空を見上げた。
歯が痛い。少し欠けた気がするのに、もう抜け落ちてきそうだ。刃をスライドさせる時に切ったであろう唇の傷も、塞がりつつあった。
――モンスター。それは、野生に生き、野性に従って生きる者。
そして人間。知能を持ち、人同士で手を取り合いながら、活路を地道に切り開き進化していく者。
そのどちらにも当てはまらないのなら、自分は何なのだろう。
そう思った時に、いつも心に浮かび上がってくる答えは一つである。
〈忌み子〉。
モンスターの子を宿す、竜巣族から産まれてきてしまった
◇
調査拠点エルガド。多くの人々で賑わうここは、とある王国の管理下にある。
王国の華やかな雰囲気の人が度々通るために、いちいち避けて移動しなければならないのが面倒である。
今現在、ここら一帯では傀異化モンスターと呼ばれる存在が猛威を振るっているらしく、エルガドのハンター達は日夜対処に追われているのだという。
傀異化の脅威だとか、王国の危機だとかは彼女には関係ない。彼女がハンター業を営む理由は、最低限の生活を送るため。死なない程度、他人に迷惑が掛からない程度の本当に最低限の生活さえ送ることができれば本望であった。
もう時期、ここを訪れてから数週間が経つ頃か。そろそろ引きどきであった。
次なる活動拠点は何処にしようかと、悩みながら彼女は余所余所しい態度で歩いていた。
時折、歩いてくるアイルーにジト目で見つめられる。一応モンスターという種族に値する彼らには、彼女が少なからず
ふ、と昨日狩り場で貪った生肉の味が、舌の上に蘇る。
途端に吐き気が込み上げてきて、その場に蹲ってしまう。
普通は生肉を喰えば、腹の一つや二つ壊してもおかしくはないのに、全く身体に異常がない。
それどころか、
その事実が堪らなく恐ろしくて、全身が震えた。目立ってしまうが、それよりも恐怖が上回る。
「ね、ねぇ。君、大丈夫?」
爽やかな声が聞こえて、彼女は上を見上げる。今にも吐きそうだったが、霞む視界を何とか保つ。
心配げにこちらを見つめるのは、ハンターの青年。
澄み渡る青空のような短く整えられた青髪と碧眼、身に纏っているのは岩のようにゴツゴツとしたバサルX防具。いまいち全貌が掴めない青年であった。
「……あっ! りゅ、竜人族の方でしたか! し、失礼しました! だ、大丈夫ですか?」
彼女の耳と指を見て、真っ先に態度を変えた青年。竜人族は人とは成長する速度が段違いに遅い。同い年くらいの見た目でも、実際には数十年歳が離れている事もしばしばある。かくいう彼女も、実年齢は八十歳程であった。
「えーーーーー…………と。その、あの……」
長らくろくな会話をしていない為に、出す言葉に戸惑った。どう声を掛けていいものか、どう返すものか、悩みに悩んでいた。
「だ、大丈夫です……よ」
彼女はぎこちない笑みを浮かべる。
どきん、としたように青年の表情が少し強ばった。笑顔が不気味だっただろうか。
気まずくなり、すぐにその場を去ろうとした、その時だった。
「あの、お名前! お名前お聞きしてもよろしいですか?」
彼に呼び止められ、彼女は足を止めた。
「俺はツバタです! 貴女のお名前は?」
名乗ることすら億劫だった自分の名。忌み子の名前は、母親に宿った時から既に決まっている。
「……ディノ。ディノ・バルラルード」
ディノは、少しだけ嬉しそうに、そう名乗った。