あの一連の騒動があった後、ディノは潮風がよく当たる、エルガドの港に佇み、ひたすらに海を眺めていた。
「……いいの?」
「何がですか?」
「私みたいな、モンスターの事を、ハンターであるあなたが庇って」
隣に佇むサバタに、思わずそう尋ねた。
彼はハンターであり、人間だ。半分はモンスターである自分を庇うなど、掟破りにも程がある。
「多分、いけないんでしょうけど。貴女みたいな人が、エルガドの皆を傷つけるなんて到底思えなかった。なのに、人知れず死ぬなんて。そんなの、あんまりじゃないですか」
「……優しいのね」
風が生温く感じられた。気持ち悪いくらいに心地良い。それは表情に出て、微かな微笑みとなって浮かび上がる。
「ほら、その笑顔。なんだか、それを見てるとあったかくなる」
サバタはそう言うと、しばらくこちらの顔を見つめた後、顔を僅かに赤らめて、それを誤魔化すためにずっと持っていた兜を被った。
「あはは。変な人」
笑えてくる。
あったかい、ってこんなにも笑えてくるものなのか。
「よく言われます。変な人の元で修行してたもので」
「お師匠様がいるの?」
「はい。俺のお師匠様と言うよりか、皆の英雄ですよ」
皆の英雄。そう言う彼は、どこか誇らしげであった。
「さ。本題に入りましょう。バハリさんに認めてもらうためには、それ相応の何かを達成しないといけませんからね」
「……そこまでしてくれるのね」
「まぁ、もう言っちゃいましたから」
ツバタは苦く笑いながらそう言った。勢いでああ言えるのなら、中々肝が座っている。その割には、恥辱の事実を暴露された時、随分と焦っていたが。
兜を被ると、彼は一気に狩人らしい風貌に早変わりした。青々と輝く鉱石で作られたその兜からは、見ただけで、装着者が勇猛なるハンターであると分からせる不思議な魅力があった。
他のハンターとやらを、まじまじと見たことが無い彼女にとっては、初めての感覚であった。
「エルガドでは今、傀異化モンスターの騒動に悩まされているんです」
――傀異化モンスター。独立した噛生虫キュリアにより、暴走状態となったモンスターの事。王域のみならず、現在は各地で問題となっているらしい。
エルガドに滞在して数週間だが、そうする理由もないため一度も対峙した事がなかった。どれほどの脅威なのか、彼女は知らない。
「みんな頭を悩ませる調査依頼が届いていてですね……」
そう言いつつツバタはポーチを漁る。小さなメモを取り出し、こう続けた。
「あ。あった――傀異化したセルレギオスと、エスピナスの狩猟依頼なんですが……」
千刃竜に棘竜。いずれも強力なモンスターではあるが、皆が皆頭を悩ませるような組み合わせではない。腕利きのハンターたちがすぐに受注し、あっさり無くなりそうな依頼ではあるが。
「一体、未確認のモンスターが目撃されているとの情報があって……不気味がって誰も受注しないです」
「未確認?」
「はい。正体不明のモンスター……らしいです」
何十年と生きてきたが、まだ聞いたこともないモンスターがいたとは。早くも生きてて良かったと、ほんの少しだけ思える瞬間が訪れた。
「ね、一緒にこれを達成しましょう! そうしたら、バハリさんも認めてくれますよ!」
「それだけで……本当に?」
「大丈夫! バハリさんは、ああは言っているけど、そこまで酷い人じゃありませんから」
あまり信憑性が無いが、彼の言うことだ。信じないのは、申し訳なかった。
二人は受付を行う為に、受付嬢のいるクエストカウンターへと向かった。
ここの受付嬢は元々は王国の姫君であるのだが、皆の役に立ちたいという一心で猛勉強し受付嬢になったらしい。
可愛らしい格好をした、小さな受付嬢 チッチェ姫が一礼して出迎えてくれた。
「ツバタさん、何なりとお申し付けを! ……おや? そちらの方は確か……ティガレックスのクエストを受注された……」
「訳あって一緒に行くことになって。このクエストを受注できるかな?」
「いいのですか? 未確認のモンスターが目撃されているとの情報がありますが……」
「構いませんよ。姫様」
「では、いってらっしゃいませ」
二人はクエストを受注した。
この瞬間は、毎回心が緊迫する。
多分、色々な感情が渦巻いているからだと思う。
◇
ぴゅー、とひんやりとした冷気を含む風が頬を撫でる。瞬く間に鳥肌が立ち、身体を芯から凍えさせた。
城塞高地は様々な地形が入り混じる個性豊かな大地。それに応じた多種多様なモンスターが生息する、危険な狩り場でもある。実に、ディノがここに訪れるのは初めてであった。
「棘竜は近場にいると思います。案内しますね」
「お願いするわ」
ツバタが背負っているのは、大砲と槍が合わさったような武器――ガンランス。巨大な盾とセットになった王牙銃槍【火雷】。あんなにも大きな物を持てるのは、鍛えた成果によるものだろう。
彼に案内され、城塞高地の森林地帯へ足を踏み入れた。
湿気が凄く、しっとりとした空気が鼻の中に入り込み、喉奥を僅かに潤してくる。
「気をつけてください。そこに足を取られたら厄介ですよ」
「わっ……」
どろり、とした液体がたっぷり張られた泥沼。彼が言うには、破裂するカエルが潜んでいるため危険なのだとか。
多彩な顔がある城塞高地。美しくもありながら、油断すればあっという間に命を奪われてしまいそうな、残酷さもあった。
毒々しい液体が滴る木が聳え立つエリアに、それはいた。
荒い寝息を立てながら、優雅に眠る飛竜。真紅の棘が伸びる緑の甲殻に身を包み、その安らかな表情からは、確かなる凶暴性を感じさせていた。
棘竜――エスピナス。今回の標的の一体だ。
寝息を立てる竜に忍び寄る二人は、少し手を伸ばせば、奴に触れる事ができそうな距離まで接近した。
奴はこれだけ近づいても悠々と眠っていられるくらいには強い。目覚めて、激昂する事があれば、手に負えない程に。
「ディノさん、しーっ……今起こすと厄介な事になりますから。今のうちに準備をしましょう」
寝ているモンスターを前にして、ハンターが準備するもの――ディノはすぐに予想がついて、若干苦く笑う。
けむり玉の白煙を散布して、ツバタは翔蟲でキャンプの方へ飛んでいった。
眠り惚けるエスピナスを見ながら待ちぼうけでいると、サバタが大きな荷台を引っ張りながら再びやってきた。
その荷台には、大タル爆弾がしこたま詰め込まれていた。
「静かにですよ。静かに」
「ば、爆発させないようにね」
「そんなヘマしませんよ」
二人は荷台に積まれたタル爆弾を、せっせと運んで、エスピナスの側へセットしていく。
全てのタル爆弾を置き終えて、爆風に巻き込まれない遥かに離れた場所にポジションを移す。
「俺が起爆してきます」
「き、気をつけて……ね」
「平気ですよ」
起爆前の小タル爆弾を抱えた彼は、爆弾に囲われたエスピナスの元へ小走りで駆けていった。
勇敢な彼の背中を、細い双眸で見つめる。
あれが“ハンター”。弱い身体を持ちながらも、勇敢に、逞しくモンスターへ挑む、まさしく“英雄”。
その証を手に入れた者は、皆、あのような自分がちっぽけに感じられる背中を持っているのだろうか。
彼がエスピナスに近づいたその時――。
唸り声を上げながら、エスピナスが首をぬるりと起き上がらせ、ツバタを瞬時に血走る眼で捉えた。
「おっと……」
棘竜が吠え、その首をぶるん、と振るった――。
「ツバタッ!!!!」
徐ろに駆け出したディノは、彼目掛けて飛び込んで、両腕を伸ばす――。
振るわれた棘の大木が、大タル爆弾を根こそぎ薙ぎ払う。
耳を劈く、絶叫のような爆発音が轟いて、大地が震える衝撃と、空気を焼き焦がす熱風が辺り一帯を覆い尽くした。