全身に凄まじい激痛が、覆い被さるかのように降り掛かってくる。
ツバタを庇う形で地面に転がったディノは、絶えず燃え広がってゆく灼熱の中から脱出したものの、薄っぺらい防具であった為か一部に焔が燃え移っており、危機を脱してもなお苦痛は続いた。
「ディノさん!!」
身体を蝕む焔を彼に消火してもらい、荒んだ心が次第に落ち着いてきた。
致命傷レベルの火傷を負った。しかし、これほどの負傷を持ってしても、忌み子を殺すことはできないのだ。
「平気……すぐに治るから。それより、エスピナスを」
「何言ってるんですか……!! 大怪我ですよ!! 一旦キャンプに――」
「そんな暇があればいいけどね……」
爆炎と黒煙から垣間見える刺々しい巨体。
広げた両翼をぶん、と振るって焔と煙を搔き消し、怒り狂ったその姿を自ら曝け出した。
咆哮と同時に、エスピナスの甲殻の隙間から真っ赤な血管が浮き出てくる。息を瞬く間に荒くなり、目は血走り、正気を感じられなくなる。さっきまでの安らかな寝顔が夢のようだ。
軋む身体を無理矢理動かして、ポーチから秘薬を取り出す。
一口で頬張って嚥下すると、溶け出した成分がみるみる内に全身に染み渡り、不思議と痛みを忘れさせる。
ふらつきながら立ち上がった彼女は背中の太刀を引き抜き、エスピナスに矛先を向ける。
「じっとしててください!! これは……これは俺の責任です!!」
「そう……なら私の言う事聞いてくれる?」
ツバタは頷く。兜越しの表情は、きっと凛々しいだろう。
「私と一緒に戦って」
焼け爛れの跡が、じわじわと塞がってくる彼女の顔は、笑っていた。
それを見た彼は、兜越しにどんな表情を浮かべたのだろう。
「グオァァァァァァァァァ!!!!」
エスピナスのけたたましい咆哮が草木を揺るがし、大地を震わせる。
大きく開かれた悍ましい口内で、灼熱の焔が煮え滾り、やがて球体となりて放たれた。
凄まじいスピードの灼熱の豪速球を回避し、二人は各々反対方向に散開する。
エスピナスの炎には毒がある。吸い込めば、たとえモンスターの血を引くディノであれど命が危ない。
飛竜刀【藍染】の矛先で地面に軌跡を描き、耳に障る金属の音でエスピナスの注意を引きつつ奴との間合いを詰める。
こちらに向いたエスピナスの顔面に、強烈な一撃を叩き込む。
弾ける血飛沫と鱗を切り払い、また一撃。
一気に温度の上がった生温い空気を斬り裂いて、また一撃。
彼女の絶え間無く放たれる連撃に、エスピナスは対応しきれず押されっぱなし。反撃の猶予すら与えられなかった。
未だ立ち昇る黒煙の中から、王牙銃槍【火雷】の先端が覗き、真っ赤に爆ぜて黒煙をも焼き焦がした。
放たれた爆撃はエスピナスの左目に直撃。
眼球内が焼けて、堪らず絶叫する。
すかさず、悶える棘竜の首筋へ雷狼竜の銃槍が突き刺さり、血が溢れんばかりに噴出した。
一撃、二撃、三撃――と繰り返すたびに、銃槍の先端が赤くなって焔が爆ぜ、エスピナスの鱗を肉ごと粉々に吹き飛ばしていく。
ツバタがバックステップで後退した瞬間、空高く舞い上がったディノが放つ、空気を真っ二つに切断する凄まじい斬撃がエスピナスの身体から頭部にかけて炸裂する。
エスピナスはディノを頭から齧り取ろうとするも、王牙銃槍【火雷】の攻撃により制されて、逆にダメージを貰ってしまう。
並ぶ二人の狩人が、怒りで我を忘れ、滅びゆく我が身をも案じない棘竜の前に立ち塞がった。
まだまだ戦えるように見えるが、あれだけの傷と出血量では、明らかに瀕死状態だ。
最後の一押し――武器を握る拳へ最大限の力を入れ直して、深く息を吐き、エスピナスの方へ一歩踏み出した、その時だった。
「キィァァァァァァァァッッ!!!!」
風が吹き荒れたかと思えば、無数の“刃”がおびただしい軌道を描きながら地上に降り注いできて、その全てが、虫の息であったエスピナスの身体へ深々と突き刺さる。
エスピナスは倒れ、息絶えた。
その亡骸の上に降り立つ、禍々しい影。
――千刃竜 セルレギオス。その周りには、噛生虫が飛び回っていた。傀異化しているのが、見ただけで分かる。
二人を前にして、狂気に染まった千刃竜がけたたましい咆哮を轟かせた。その音でさえ、刃のように鋭い。
「まだ……やれる?」
「当たり前ですよ……!」
武器を構え、二人の狩人は千刃竜の元へ駆けていく。
奴が目をつけたのは、疾走するディノであったが、放った千刃を軽々避けられ、当たると思われた物も刃に打ち砕かれてしまった。
死にものぐるいで追いかけてくる噛生虫。八に噛まれると全身に毒が回る。何としても避けなければ。この依頼を終えるまでは、死ねないのだから。
噛生虫を刃で叩き落し、翔蟲を放つ。
伸びる鉄蟲糸を握りしめ、空へと駆ける。
セルレギオスを赤々と光る巨体を踏みつけ、夜空に浮かぶ円月を描くようにして身体を捻って刃を振るう。
こちらを向いた千刃竜の兜を、渾身の力で叩き割った。
パシュ、と僅かな音が鳴ったのを皮切りに、辺りの音が一気に静まる。
――刹那、セルレギオスの頭部を凄まじい衝撃が襲い、無数の斬撃が遅れて叩き込まれた。吹き出る血飛沫が、雨のように降り注ぎ、大地を鮮やかに彩った。
悶え苦しむセルレギオスの背後で、銃槍の弾丸を装填し終えるツバタ。
翔蟲を前方に放ち、先端を地面で擦って、摩擦で真っ赤に染め上げながら前進し、渾身の斬撃を喰らわせる。
熱々の金属が首筋を切り裂き、セルレギオスは更に悶えた。
飛び上がり、怒りに身を任せたまま翼をぶんと一振りし、その身に生え並ぶ千刃を地上へ放出する。
一手遅れたディノは、その千刃が間近に迫ってもまだ回避の体勢を取り始めたばかりであった。
しばらく動けなくなるな――と悟った瞬間、前方に立ったツバタが、ガンランスのシールドでこちらに降り注ぐ千刃を全て防いだ。
礼を言う間も惜しく、彼を追い抜いて、セルレギオスの斜め下に位置を移す。
傀異化の影響により、我を失い、本来の美しさすら失った千刃竜の顔は、どこか悲しそうに見えたのだ。ほんの、刹那の間だけであったが、確かにそう思えた。
セルレギオスは吠える。枯れた声で、絶え間無くその身を蝕み続ける噛生虫を解き放ちながら。
キュリアが、宿主を守る本能が働いたのかこちら目掛けて一目散に降り注いできて、思わず怖気づく。
太刀をぶん、と振るって追い払おうとするも圧倒的な数からか、全てをそうすることは不可能であり、やがてその体に纏わりつかれてしまった。
「不味い……!!」
劫血やられ。噛生虫に生命を吸われ続ける状態異常の一種。明確な治癒法はたった一つ――戦い続けることだ。
ディノは歯を食いしばり、太刀を今まで以上に強く握りしめた。
そして、地に降り立つセルレギオスと睨み合う。
両者は同時に攻撃を仕掛ける。
セルレギオスは前方に千刃を放つも、凄まじい勢いで疾走してくるディノには一つたりとも当たりはしなかった。
ディノの飛竜刀が、地面に擦り付けられて炎を放出する。その僅かな猶予を有効活用し、炎纏いし刃でセルレギオスの頭を存分に叩きつける。
一匹、また一匹とキュリアが離れていく。
戦いの最中で脈が急激に速くなれば、生命を吸うのに支障が出るのだとか。
だから、この高ぶる気持ちを抑え込んではならなかった。
ぐいっ、と身体を捻りつつ大回転斬りを叩き込み、振るわれた尻尾をバックステップで回避して、力強く踏み込みながら気刃無双斬りをお見舞する。
血管が焼き切れだった。こんなにも興奮したのは、生まれてから初めてかもしれない。
二回の大回転斬りと無双斬りを叩き込んだ後、再びバックステップで攻撃を回避してポジションを整える。
ふーーー、っと深く息を吐く。
その瞬間、周りの景色はスローモーションになり、集中が極限状態まで高まった。
前に掲げた刀身を鞘の中へ、そっと、そっと、滑り込ませてゆく。
キン、と納めた音がした直後、スローモーションの景色は元へ戻り、脇に抱えた太刀へ凄まじい力を送り込んでいく。
孤立し、棒立ち状態の彼女を見たセルレギオスは首を真っ二つにしてやろうと爪を剥き出しにし、飛び上がろうとするが、王牙銃槍【火雷】から解き放たれる竜杭砲が首に突き刺さり、その行動を制されてしまう。
一、二、三歩。刀を納めたまま前進する。
セルレギオスが動き出そうとした瞬間――刀を抜いた。
全身を駆け巡る血液が沸騰しそうな程熱くなり、刀を振るう腕の力を臨海まで高めた。
一撃は軽く、二撃目は軽やかに力強く奴の頭部へ叩き入れる。
そして三撃目。後ろへ少し下がり、僅かに飛び上がりながら、全ての力を腕へ結集させた強烈な斬撃を叩き入れ、太刀使いの究極奥義“気刃解放斬り”は完成する――。
傷が脳まで達したセルレギオスは、三撃目を食らわした時点で息絶えた。
力無く横たわる千刃竜の身体から、キュリア達が群れを成して空へ飛び立っていく。
一縷の光目指して、遥か彼方へと。