偽書・銀河英雄伝説   作:隠居おっさん

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 帝国軍フェイズ
 3500対6250という絶望的数値差


No.13 帝国領侵攻作戦(3)

 

 七九六年八月某日 帝国軍宇宙艦隊司令部

 

 会議室に主要な幕僚が集められた。行っていた作業は停止して良いと言われており、重要な会議である事は理解したが内容は何も知らせておらず不安やら期待やらといった様子が伺える。

 

「長官、入る」

 

 宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥が参謀長のみを伴い入室する。起立し敬礼する幕僚達に答礼し席に着く。幕僚達も席に付き一瞬の静寂が訪れた後、ミュッケンベルガーが前置きもなく主題を述べる。

 

「情報部よりフェザーン経由での情報だ。叛徒共が大規模な侵攻を企てている。詳細は現在確認中だが何故かフェザーンが積極的に情報入手に協力しているらしく、最新情報は比較的早期に入手できると考えてよい。貴官らはこれよりその対応をする事になる」

 

 ここまで一気に言うと参謀長アーベントロート中将が立ち上がり詳細な説明に入る。

 

「概要は長官のおっしゃられた通りである。大規模とは言うが正式な規模も時期も不明である。それを踏まえて我々は叛徒軍が"最大規模で準備が整い次第侵攻をしてくる"という前提でいくつかの迎撃案を考える。概要案の作成期限は・・・・・・二四時間以内である」

 

 二四時間という期限に幕僚達が騒めく。しかしアーベントロートは構わずに言葉を続ける。

 

「作成した概要案を元に上層部にて採用する案を当日中に決定する。そして直ちに全艦隊、準備が整い次第即出撃する。これはその時までに入手した新しい情報で侵攻までに間があると判明しない限り実行される。つまりは詳細な作戦案は現地への移動中に作成する必要があるという事だ。迎撃案はそれを前提とし出撃後に回してよいものと出撃までに行わなくてはならないものをまとめておく事。尚、統帥本部や軍務省、情報部などで必要な人員がいる場合は連れていくことを前提として良い」

 

 ここでアーベントロートは一息ついて幕僚達を見まわす。一部を除き、幕僚達の顔には"動揺"の二文字が浮かんでいる。あまりにも急すぎる展開についていけないようだ。

 

「これだけ急かさねばならぬ理由はただ一つ。ここオーディンからイゼルローンまでの距離と叛徒どものハイネセンからイゼルローンまでの距離である。判っていると思うが前者は六二五〇光年で後者は三五〇〇光年、同日に出発し同速度で移動した場合、理論上遭遇するのはオーディンから四八七五光年でありイゼルローンから一三七五光年侵攻された地点となる。我ら帝国の歴史においても叛徒領にこれだけ深く侵攻したのは多くなく、叛徒軍にかの御親征(※1)の如き深部への侵攻など許されるわけがない。それを阻止する為に我が軍は迎撃側でありながら侵攻側より早く動き始める必要があるのだ」

 

 イゼルローンを起点とした攻守の交代、帝国側と同盟側における最大の違いがここにある。帝国側の侵攻の場合、同盟側の迎撃はその出発を感知(※2)してからでも準備が間に合う。しかし逆の場合、感知した時点では既に手遅れになってしまうのだ。それに対応するための前線基地はやっと建設地を定め必要な物資を集積し始めた状態であり、恐らく侵攻に対しては集めた物資を奪われ活用される事の無いように手を打つ必要が出てしまうであろう。

 

「政府からの要請はただ一つ。叛徒軍が再侵攻を躊躇うだけの損害を与える事、それのみだ。今後どうやってイゼルローンを奪回するか、それまでの間どうやって防衛するか、なんにせよ時間が必要となる。その時間を稼げるだけのダメージを叛徒軍に与えろという事だ。これに関しては軍上層部も同意見である。それを念頭に作成を立ててもらいたい。尚、最後に言っておくが我が軍の動員兵力は長官の直轄下一一個艦隊及び各星域にある基地部隊を全て使ってよいものとする」

 

 それを合図に幕僚達の口が開かれる。司令長官や参謀長といった幹部には別途仕事があるし作戦立案への細かい介入は行わないので両名共に手頃なタイミングで退席し、立案は若い幕僚達中心で行われる事になる。ごく自然に先任将官が進行役となり、ベテラン中堅が書記的な役割でボードに内容をまとめていく。到来時期が不明な為、作戦案は迎撃位置(イゼルローンからの距離)と兵力展開方法(集結・分散)毎に設定される事になるが時が進むにつれ作業は司令部幕僚としては新人である二人の佐官が中心となって進む形に落ち着いていった。

 

 

 ジークフリート・キルヒアイス大佐

 この若き大佐に対する他の幕僚達の心境としては羨望・戸惑い・妬みなど色々なものが混ざっていた。何せ去年末くらいまでは大尉だった男である。平民で一九歳で大尉というだけでも過去最速を疑う昇進なのだが、二〇歳になると同時期に少佐、その直後にアスターテ会戦の功績にて中佐、そこから数か月後に大佐。大佐への昇進は幕僚に加える為ともアスターテの功績が非常に大きい為の時間差とも言われているが(※3)詳細は知られていない。なによりも平民で二〇歳の大佐というのはどう接して良いか扱いに困られており、現時点にて幕僚陣の中で少々浮いた存在になってしまっている。その傾向は下記のオーベルシュタインがセットになった事で加速している。

 

 パウル・フォン・オーベルシュタイン中佐(※4)

 イゼルローンの生き証人。ヤンによるイゼルローン攻略戦において駐留艦隊幕僚として参加するも交戦直前に旗艦から無許可で離脱。その後、敗走する艦隊に再合流してオーディンに帰還。通常なら死刑もありうる厳罰となるべき行動だが彼が艦隊司令官とのやり取りを記録したレコーダーを提出(※5)した事で状況は一変する。艦隊から収集した戦闘記録などと突き合わせた結果、彼が艦隊司令官に行った進言は全て適切であり司令官が進言を受け入れていた場合、イゼルローンは維持できた可能性が高いと判断された。また、イゼルローン失陥の責任として三長官が提出していた辞表を保留とする為に責任を全て要塞司令官と駐留艦隊司令官に被せようとする政治的思惑も存在していた為、この記録が活用される事となり結果として彼は重罰を逃れることになった。しかし無罪放免とはいかず大佐から中佐へ降格、(引き取り手がいない&怖くて目の届かない所に置けないので)司令長官預かりとなりそのままキルヒアイスに押し付けられた。

 

 

 非常に頭が回る、短時間で他の幕僚達にそう認識されるに至った二人だがその傾向は正反対といえた。キルヒアイスは自軍の力を最大限に発揮できる状態を整えようとする正統派。それに対しオーベルシュタインは相手が力を最小限しか発揮できない状態を整えようとする技巧派。キルヒアイスは臣民への被害が少なくなるように考え、オーベルシュタインは臣民への被害も勝つためにはやむなしと考える。途中からお互いの傾向を把握したのかあえて自分の考えを強調した案を提示し、極端な部分を相手に修正させる形で調整を行うようになった。他の幕僚達はこの二人と同じ立ち位置で参加するのは無駄と悟ったのか直接案を語るよりも彼らの案に対してこれなら、あれならとあらゆる方向からの探りを入れる事で案の粗削りな部分を整えていく。

 最終的に彼らはイゼルローン回廊出口から二五〇光年単位に一二五〇光年まで五段階の迎撃ライン(※6)を設定、それぞれに兵力の集中と分散のパターンを用意し合計一〇パターンの兵力配置を作成。それに加えて侵攻遅延策として少数兵力による遊撃戦と焦土戦を用意した。しかしながら一〇〇〇光年ともなるともはや作戦範囲として掌握できるはずもなく相手がこちらの希望通りに進軍してくれない事には捕捉すら難しくなってしまう。それ故に各案そのものは作成するが本命は遅延作戦を用意し侵攻を遅らせて叩くイゼルローンから比較的近距離での戦闘案に集約される事になった。

 

「1日でよくここまで仕上げてくれた」

 

 濃いコーヒーの匂いが充満する会議室、1日で仕上げた作戦案を見てアーベントロートが満足そうに頷く。幕僚達はその言葉を聞いてやっと一安心と言った表情を浮かべるが

 

「昨日から今日にかけての続報として侵攻軍の規模は推定兵力三〇〇〇万・艦隊は八個乃至九個という情報が入って来た。元々最大規模を想定していたので影響はないと思われる。しかし、最も重要な事である侵攻時期については追加の情報はない。よって準備が出来次第各艦隊は出発する事になる。どの案を主とするかについては本日中に定めて通達するのでその迄は一休みしておくように。出発してしまったら取りこぼしがあっても戻る事は出来ない。それまでもほぼ休みなく働く事になるので覚悟しておくように。では、解散」

 

 言うだけ言うとアーベントロートは退出し、幕僚達が残される。これだけ急な動きになると幕僚たちの多くは未経験らしくどうすればいいのかとお互いに顔を見渡しそわそわした雰囲気になる。

 

「と、とりあえず各自宿舎なりに帰り衣類などをかき集めて戻ってきましょう。司令部にはシャワー・食堂・仮眠室、全部あるので出発まではここに住むつもりの覚悟で。判っていると思いますが情報漏洩は厳禁です、気を付けてください」

 

 ベテラン幕僚の助言で幕僚達は一時解散し動き始めた。如何せん案を作ったのは彼らなのだから最短の出発までにやらないといけない事も大体わかっている。その後の事を思うと大作戦を指揮する喜びよりも重労働への不安が多くのしかかってくるのだがとにもかくにも私的な準備を済ませて少しでも横になっておいたほうが良いという気持ちは皆一緒であった。

 再集合が通達されたのはそれから六時間後の一六時頃の事であった。幕僚達はこの六時間で荷物の準備、シャワー、食事、(タンクベッドでの)仮眠といった処置を済ませ、肉体上はリフレッシュして集合した。強行軍だがこの程度の事がやれずに司令部付き幕僚としては働けない。会議室に幕僚達が再集結し、緊張した気持ちで上層部の到着を待つ。待つこと数分、ミュッケンベルガーとアーベントロートが入室する。軽い挨拶を済ませ、相変わらずミュッケンベルガーが前置きなく主題に切り込んだ。

 

「政府及び統帥本部との確認を行った。結果として敵に早期撤退を許すかもしれない至近距離案(二五〇光年位置での迎撃)と作戦範囲として統制が取れなくなる可能性の高い一〇〇〇光年以上の案は却下。五〇〇光年乃至七五〇光年での迎撃を可能であれば五〇〇光年前後を限界線として行うべし、という結果になった。そして理想的位置にて迎撃が可能となるように、十分な成果を上げる事を条件に物資の引き上げ等を行う事も認められた。しかし、貴族領の一部については先方の許可が必要である。国が開発したうえで与えられた土地に関しては勅命による協力を求めれるように政府が手配する予定だが貴族が自らの手(資本)で開発し、所有が認められた地は正真正銘彼らの"私物"である。彼らが良しとせねば一切の手出しが出来ない」

 

 幕僚達が"やはり"という顔を見せる。近すぎる・遠すぎる案については彼らにとっても一応作っては見たものの正直駄目であろうとは思っていたので特に驚きはしない。そしてその間の位置となると何かしらの遅延策が必要になるのだが"物資の引き上げ等を行う事も認められた"とある。言葉を濁した言い方だが要するに"焦土戦"も許されるという事だ。幕僚達の頭に次々と"やらねばならぬ事"が浮かび始めるなかミュッケンベルガーが更に言葉を続ける

 

「あと、これは蛇足となるが念の為"あの六個艦隊(※7)"を借り受けられないかを確認したが断られた。よって動員艦隊は当初の通り一一個艦隊である。これで叛徒軍の八個乃至九個艦隊を撃破せねばならぬ。覚悟しておくように」

 

 会議室に静寂が訪れる。これで大敗でもすれば完全に主導権を握られ、イゼルローン近辺の星域は文字通り叛徒軍の狩場となるだろう。数ヵ月前まではイゼルローンという後方基地に支えられて順調に叛徒軍を押していた。要塞一つの勢力変更でここまで情勢が変わるのである。

 

「ひとつ、よろしいでしょうか?」

 

 幕僚の一人が発言を求める。認められるとその幕僚は多くの幕僚達が心に秘めていたが怖くて言い出せなかった事を口に出した。

 

「一一個艦隊が出撃してしまいますとオーディンに残るのは首都防衛艦隊を除くと、"あの六個艦隊"のみとなります。となりますと、その・・・」

 

「つまりはあの二つばかしの貴族勢力達が変な気を起こして暴走するのではないか?という事だな」

 

 ミュッケンベルガーが身も蓋もない言い方で質問を切る。「はい」とだけ答えたその幕僚を一瞥し、ミュッケンベルガーが心なしか口元を緩ませて語る

 

「これでも一応はお前たちを調べたうえで任命しているつもりだ。この場限りの話とするがこの一件については政府などとも確認を取ったうえで一一個艦隊を出してもよいという事になっている。確かに首都は手薄となるが直接行動は起きる可能性は非常に低い。もし、勢力が一つであれば起こり得ただろうが現状は二大勢力となっている関係上、片方が事を起こせばもう片方が確実にこちらに付く。そして現状、両勢力が協力して事を起こす事はない(※8) また、直接行動ではなく政治的に動いた場合は政府が断固阻止する構えだ。故に諸君はこれについては考えず、侵攻軍の撃退に全力を注げば良い」

 

 その言葉に幕僚達が安堵の表情を浮かべる。口には出さなかったが皆が気になっていた事である。少なくとも「何故考えていなかったんだ」と言われないだけの言質は取った、これで彼らにしてみたら一安心といった所だ。

 

「少し時間を取ってしまったな。これより一部の艦隊司令と共に案をさらに絞る。何名か内容を詳しく説明できる者を連れて行くが誰になる?」

 

 ミュッケンベルガーが幕僚達をひと睨みすると幕僚達の視線があの二人に集まる。

 

「お前たちか、よろしい付いてこい」

 

 それだけ言うとミュッケンベルガーが席を立ち退室する、キルヒアイスとオーベルシュタインが後に続くなかアーベントロートが残った幕僚達に指示を出す

 

「十分に侵攻させたうえで五〇〇光年程度の圏内で足が止まるよう遅延策の詳細を考え始めておけ。それがこの戦いにおける必須条件だ」

 

 そういうとアーベントロートも退室する。残った幕僚達による次の仕事が始まった。

 その日のうちに絞り込みも完了し、戻って来たキルヒアイスとオーベルシュタインも加わって幕僚達は出発まで休む事無く作業を続ける。それは各艦隊が出撃を開始する三日後まで続いた。

 

 





 小さな数値はぶっちゃけ無視していいと思ってますが三五〇〇光年と六二五〇光年の差を無視する事は出来ないんですよ(活動報告参照)
 ボード、と書いて誤魔化したけどこの時代にもインク式のホワイトボードってあるのだろうか?


※1:御親征
 六九九年、ゴールデンバウム朝銀河帝国第24代皇帝コルネリアス1世の大親征。
 万全な準備を整え、ダゴン星域会戦の勝利に奢る同盟軍を二度粉砕しハイネセンに迫る勢いであったが帝都で発生した宮廷クーデターによってやむなく帰還する事となった。クーデターが無ければ最終勝利も可能性も高かったが帰還時点で経済的余力は使い果たしており、勝ったとしてもその後上手く進んだかは不明。

※2:出発の感知
 少なくとも同盟側は比較的早期に情報の入手が出来ている。そうでなければ両国の交戦エリアがイゼルローンの近隣一定距離の星域に収まらなくなる。逆に同盟側からの攻撃(主にイゼルローン)は感知したとしてもオーディンからの増援到着は交戦開始から2~3週間はかかる距離になってしまう。この情報の入手は両国のスパイ網なのかパワーバランスの為のフェザーンのささやきなのかは原作においては不明なのだが市民レベルのスパイ網は両国まぁ用意しているだろうし万余の艦の移動なんぞすぐにばれるから簡単に感知できると思う。

※3:大佐への昇進
 カストロプ動乱での功績はフレーゲルがミュッケンベルガーに直接説明した為、首脳部は把握済みで昇進させたのだが討伐の報告書としてはキルヒアイスが当初作成した(自分の功績をほとんど書かなかった)もののままにしてしまった為、報告書を見ただけの人には彼の昇進はよくわからないものとなっている。

※4:オーベルシュタイン
 この時点で原作と同様に"帝国への恨み"はあるのですが状況が状況なだけに生き残る(=一定の立場を得る)事を優先しています。そういう意味では相変わらずの現実主義です。しかし"亡命"という選択肢が存在しない(思い浮かばない)事が彼の帝国人としての限界であるといえます。

※5:レコーダー
 本人曰く、自分の発言(提言)に間違いは無いか、相手からの聞き逃しは無いか、などの確認用として保存していたとの事。この一件に関しては結果オーライとなって不問となったが新たに預けられたキルヒアイスからは"今後は上官の許可なく使用禁止"とされ基本Offとなっている。

※6:迎撃ライン
 二五〇、五〇〇、七五〇、一〇〇〇、一二五〇の五段階。

※7:あの六個艦隊
 門閥貴族枠となっている艦隊の事

※8:二大勢力
 ブラウンシュヴァイク家とリッテンハイム家の事。彼らがここで事を起こすのであれば目的は直接の簒奪か継承権の獲得である。しかし、そう考えた時に両家が手を結べますかね?という事である。一応両家はまだ正攻法での継承権獲得が不可能になったわけではないのである。協力なんぞ出来ないし片方が暴発したらこれ幸いにともう片方が政府側についてライバルを叩き落せばいい。成功すればその後継承権を得られなくても門閥貴族一強勢力になれるので損はない。
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