偽書・銀河英雄伝説   作:隠居おっさん

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序章
No.1 第一三艦隊


 

 

「第一三艦隊司令官室(仮)」

 

(仮)である。首都ハイネセン、各艦隊司令部がひしめくビルの一角にその部屋はあった。

 司令官室といってもデスクが2つと書類用の棚1つ、申し訳程度小さな棚にポットとインスタントコーヒー。客を迎えるテーブルもなく、司令官室というか掃除しただけのただの空き部屋である。そんな司令官室の2つのデスクで司令官と副官が美味しくもないコーヒーを片や仕方ないという顔で。もう片方は心底不味そうな顔で飲みつつ、黙々と作業を行っていた。

 

「閣下、個人用端末の設定等が終わりましたのでこれより副官としての業務を開始いたします」

 

「はい、了解。いきなりですまないけど司令官用フォルダにいくつか作成済みの書類があるから確認してもらっていいかな?」

 

 そう依頼をすると司令官、ヤン=ウェンリー少将はデスクを立つ。

 

「どちらへ?」

 

「飲み物買ってくる」

 

 そう言うとヤンは財布片手に司令官室を出ていった。

 

(確かに味は良くありませんがそれなら取り寄せるなりすればよいのでは?)

 副官であるフレデリカ=グリーンヒル中尉はそう思ったのだが、これがこの方の人なりなのだろうと思って依頼された作業に手を付ける。

 

 ヤンが戻ってきたのは5分程度、近くの自動販売機で買ってきたであろうペットボトルの紅茶を3本。器用にも左手で財布を持ちつつ脇に2本挟み、右手で1本を飲みつつの帰還。フレデリカの心の中にある"英雄 ヤン=ウェンリー"の姿に早くも疑問符を付け始めるには十分な姿であるがそんな気持ちを表に出す事もなく尋ねる。

 

「司令部人員の着任は私が最後のはずなのですが、全員の顔合わせはよろしいのでしょうか?」

 

「あぁ、それはもう少し後の予定。帳簿外で追加の要員を1名申請中でね、いい人材がいたらという話だからまだ編成表には載せてないんだ。もう少したったら何かしら連絡を入れてもらえる約束だからその後に顔合わせはやる予定だよ。如何せん要員が最低限しかいないししばらくの間超過勤務は確実、駄目元とはいえ言うだけは言っておいた感じさ」

 

「そうですか…………。それにしても確かに割当の部屋も少ないですしもう少し第四・六艦隊から回して頂いても良かったのではないでしょうか?」

 

「仕方ないさ。正規艦隊となると百数十万人の集団だ、解散するのも手間がかかるし複数艦隊の解散なんて初めての事だろうからね。それに……」

 

「それに?」

 

 

 

「第一三艦隊は正規艦隊、いわゆるナンバーズフリートじゃないからね!」

 

 

 

「え? …………え????」

 

 フレデリカの反応がすべてを物語っていた。初耳であるが仕方ない、これはヤンしか知らない事だし各要員には"艦隊"として作業が命じられている。

 

「申し訳ありません。よろしければ詳細を教えていただきたいのですが…………」

 

 当然の要望である。

 

「まぁ、そうなるよね」

 

 ヤンが苦笑いを浮かべながら答える。

 

「では中尉に質問だ。君が国防委員長だとして"半個艦隊でイゼルローン要塞を攻撃したいのですがいいですか? "と言われたら、許可を出すかな?」

 

 "出せるはずがない"と物語っている顔を見つつ、ヤンは淡々と経緯を語り始めた。

 

 

 自由惑星同盟軍は民主共和制の軍隊としていわゆる文民統制(シビリアンコントロール)の統制下にある。

 その編成・定員などは国防要綱と呼ばれる基本方針に定義されており、正規艦隊は「常置12個」と定められているのだが先のアスターテ会戦にて壊滅した第四・六艦隊は現在事後処理中なので"編成上はまだ存在している"のである。つまり第一三艦隊を正規艦隊とした場合、それは文字通り13個目となり国防要綱上は違反となってしまうのだ。

 

 

「なので、第一三艦隊は名前は正規艦隊っぽいけど編成表上は宇宙艦隊総司令部直属の独立部隊となっているのさ」

 

 説明が一段落したのかヤンはゆっくりと2本目の紅茶を飲み始める。

 

「ならば第四・六艦隊のどちらかに集約して再編成の形をとったほうが………… っ!!!!」

 

 フレデリカは当然ならがそう呟くのだが、どうやら気が付いたらしい。

 

「だから先ほどの質問になったのですね?」

 

「うん、正解だ」

 

 ヤンが満足そうに答える、どうやらこの副官は期待以上の理解力があるらしい。

 

「正規艦隊の出撃には国防委員長の許可がいる。そしてあまりにも無謀な出撃を許可した場合、当然ならその結果の責任も取らないといけない。"半個艦隊でイゼルローン要塞を攻撃したい"だなんて、許可できない。しかし、非正規艦隊の独立部隊なら……」

 

「必要に応じて統合作戦本部長の権限で動かすことが出来る、と」

 

 腑に落ちた、という顔でフレデリカが答えるがその顔がすぐさま"ん? あれ? "といった顔になる。

 

「つまり、今回の出撃は統合作戦本部長の独断という事なのでしょうか? 非公式の確認は取っているとは思いますが…………」

 顔が曇る。どうやら統合作戦本部長の私闘に担ぎ上げられているのでは? という気持ちになってきたらしい。

 

「流石に事前の承諾は得ていると思うよ。シトレ元帥とトリューニヒト国防委員長の仲は正直良いとは言えない。でもそれ以上にシトレ元帥は権限を振り回して好き勝手やる方じゃあない。トリューニヒト国防委員長としては失敗したら事前承諾の事を表に出さず、権限乱用として公然とシトレ元帥を更迭できる。成功したら逆に表に出して功績を分ける事でシトレ元帥の独り勝ちを防げる。失ったとしても半個艦隊、無視できない数ではあるが軍全体としてはまだ致命傷じゃあない」

 

「国防委員長としては損はしないであろう作戦ですが、何十万人もの命がかかってますし…………」

 

 安心させようとしたが逆効果だったようだ。さらに顔が曇ってしまった。

 

「そのあたりは上手く立ち回るさ。少なくとも駐留艦隊と正面から撃ちあったり、ましてや撃たれるような状況で要塞主砲に入ったりはしない。作戦に失敗しても責はシトレ元帥と僕が全部引き受けるようにはなってる。そこは安心していいよ」

 

 お願いします、とフレデリカが答えた事で一連の話が一段落する。そこからはお互いに手持ちの作業を再開していたのだが……

 

 

 PiPiPiPiPi!!! 

 

 

 ヤンのデスクの電話が鳴った。その発信元を確認し、ヤンが嬉々としてスイッチを押す。

 

「あー、先ほどぶりだな。副官殿は着任したかな?」

 

 ディスプレイに映るのはアレックス・キャゼルヌ少将。シトレ元帥の次席副官として第一三艦隊編成の統合作戦本部側の作業をまかされて(丸投げされて)いる。ヤンにとっては公私ともに頼りになる先輩である。

 

「えぇ、"優秀な若手"が本当に来るとは思いませんでした。ありがとうございます」

 

 プライベートでは毒口のキャッチボールをする間柄だがその欠片もない本音の感謝を述べつつ目線で合図をする。フレデリカがディスプレイの視界に入り軽く一礼した。

 

「それでだ、追加の要員なんだが……」

 

「これだけの副官を頂いてしまったんです。流石に無理……」

 

「見つけたぞ」

 

「え?」

 

 マジで? という顔になる後輩。

 

「ねだったのはお前の方だろうに」

 

 苦笑しつつキャゼルヌが手元の紙を取る。

 

「軍属上がりで先日大尉になった。士官になる前は白兵部隊にいたから体力はあるし士官になってからの評価は極めて高い。希望していた転属先に第一三艦隊が合致していたんで配属させた。どうだ?」

 

 軍属上がりの大尉、に引っかかるところはあるがこの人が送り出すからには出来る人材なのだろう。

 

「何から何まで本当に、コニャック三杯奢りの件、上乗せが必要ですね」

 

「おう、上乗せしてもらう。で、名前が……  ん? なんだー?」

 

 どうやら他所からの呼び出しらしい。

 

「すまん! 予定していたミーティングの時間だった。そっちには向かわせてあるから後は本人に自己紹介させてくれ。切らせてもらうぞ!」

 

 そう言い終わるとプツッっと画面がオフになる。立場が立場なだけに忙しいのだろう。

 

「とにもかくにも追加決定だ。少しは作業が楽になるんじゃないかな?」

 

 と言って後ろに控えていたフレデリカの方を振り返る。

 

「しかし、軍属上がりの大尉となるとややお年を召しているのではないでしょうか?」

 

 どうやら疑問点は一致しているらしい。

 

「なんだよねぇ……」

 

 士官学校卒にとって通り道である尉官であるが軍属上がりにとっては到達点。佐官となると余程の優等生、将官に至ってはそれこそ〇年に1度の逸材である。そもそも必然的に長期にわたっての前線勤務が無いと出世が出来ない、そこまで生き残るだけでも稀有なのだ。

 

「キャゼルヌ先輩が手配してくれたんだ、人柄が悪いという事はなさそうだからそこは安心出来るかな」

 

 そう言って3本目の紅茶に手を伸ばしたところで

 

 

 コンコンコン!! 

 

 

 司令官室(仮)の扉が叩かれる。

 

「どうやら丁度到着のようだ。  どうぞ!」

 

 扉が開き、その人が入室する。予想よりも若い、というか若すぎる。場所間違えた? 別用の方かしら人? と戸惑いの顔を浮かべる司令官と副官に対し、後に「何時間でも見ていられる」と評された敬礼をしつつ挨拶した。

 

 

 

 

「ラインハルト・フォン・ミューゼル大尉です。この度、第一三艦隊司令部付きとして配属となりました。よろしくお願いいたします」

 

 

 

 

「あ、はい、どうも」

 

 あまりにも間抜けな司令官の返礼を副官は咎めなかった。副官もまた、一瞬の思考停止が発生し返礼を行っていなかったのである。

 

 

 

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