一〇月一〇日正午四時
「ポイントAの監視ドローンから通信、分隊規模の艦艇が通過したと思われます。尚、明らかに発見されている位置を通っている模様ですが設置した監視ドローンは破壊されていません」
「ビュコック提督に通信を、恐らく見つからずに出来る最後の機会だ」
ポイントA、それは前進を命じられた後陣(第五・一三艦隊)が設置していた監視ドローンの最先頭に位置する。帝国が引き込みたい領域(=後陣が見つかりたくないと思っている領域)から後陣が占領していた領域を結ぶ主航路において少数の艦艇でバレずに設置できるぎりぎりのポイントである。第五・一三艦隊はその主航路を挟み込むように布陣していた。主航路に位置取る訳にはいかず、片側に寄ってしまうと二つに分かれた先陣任務群の片方との距離が開きすぎて隙間に入られる可能性がある。帝国軍を裏側に入れない為の布陣ではあるが主航路を進まれてしまうと何かしらの対応が必要となってしまう。
「ヤン提督、どうする? 姿を見せるべきかこのままとするべきか?」
開口一番にビュコック提督が尋ねる。年齢とは別の理由で額に皺を作りつつ尋ねるその姿は自由に行動できない辛さが滲み出ている。
「監視ドローンが破壊されなかったのは恐らく後に本命の"見せたいもの"が通るからだと思います、そこまでは隠れたままの方がいいでしょう。見せなかったとしてもそれはそれで動く事は出来ます」
「受け身にならざるを得ないか。我々が侵攻側のはずなのだがのぅ」
ビュコックがため息を漏らしつつ愚痴をこぼす。如何せん"焦土戦に巻き込まれるかもしれない"という制約が発生した瞬間からこちらが見つかるかもしれない形での偵察が不可能になった。こちらにも偵察巡洋艦はあるがシュタインメッツ部隊とは違い展開できる領域に限界があり見つかりにくい工作艦として監視ドローンの設置に向かわせるので精一杯である。こちらの領域にはシュタインメッツ部隊のような"隠し窓"にできる場所などないのだ(そもそも主航路以外の"海図"情報に乏しい(※1))
「補給前に仕掛けてくるのであれば必ず複数の艦隊が姿を見せるはずです。私たちの艦隊が止めなくては移動中の輸送艦隊に追いつくかもしれない、イゼルローンへの帰路を封じられるかもしれない、そういう状況を作る為にです」
「問題はわしらを封じて他を叩くか、わしらを先に叩くか……どちらにせよ本来の任務の一つであった"後詰"にはもうなれないと言う事だ」
「はい。今抑えている主航路の放棄はイゼルローンまでの航路を開くようなものですから……」
手の平の上、とはこの事なのだろうとヤンは考える。そもそも事前偵察を怠った状態で未開の領域に侵攻したあげくに更なる偵察が封じられたとあってはもうどうやっても動けないのだ。本来ならその時点で占領地域を縮めるなり全軍撤収するなりを考えねばならないのだが初回の補給に目途が立ってしまったが為に"踏ん切りがつかない"状況になってしまった。その結果がこの有様である。
「無駄とは思うがとりあえず"伝令"を出して現状を報告するとしよう。半日程度の移動で通信をさせる、Aポイントからの距離を考えればこの伝令の回答の情報共有が見つからずに通信を行える最後のタイミングになる。そこまでは遺憾ながら待機だ。しかし、ポイントAに艦隊規模の反応があった時はわしが通信封鎖を解除する。貴官の方でわしからは見えないポイントAより近い場所で見つけた場合も解除するように。責任は先任としてのわしが取る」
「了解しました。それと、伝令を出されるのであれば私たちの占領地域に対して撤収準備を行っておくように伝えておいてください」
「わかった。伝えておこう」
通信が終了し、ヤンが深いため息をつく。"十分な兵力で中央(後陣艦隊を)突破するかもしれない"、"中央から(後陣艦隊が)来ないのをいい事に先陣を集中攻撃するかもしれない"、"中央に牽制の兵量をおいて……"と選択肢が自由な帝国側に対峙した状態で"しかし見つかるわけにもいかないのでなるべく隠れているように"と命じられてしまったら何が出来るというのか。そしてもやもやした感情の中、伝令が回答を得る一二時間が経過する。
「言うは易く行うは難し、という奴だ」
ビュコックが静かに何かを堪えながら伝える。伝令が持ち帰った(現地から通信してきた)内容は以下のような命令であった。
1・補給が完了するまで、こちらから接触をしてはならない
2・但し、敵艦隊を捕捉した場合、これを見失わない距離を保つ事
3・敵艦隊が前進し後陣占領地域へ侵入しそうな場合、その侵入を阻止せよ(交戦許可・通信制限解除)
「"接触してはならない"と"見失わない距離を保つ事"ですか。難しい、いえ、矛盾していますね」
「"接触してはならない"なら直接偵察は出せん。つまりは相手の進路予想を立てていつでも接触できる位置取りをしろ、という事だ。それもこの主航路から外れた未開の領域で、だ」
ビュコックの口調がとても静かである。故に自分のせいではないとはいえ"怖さ"を感じてしまう。伝令ではなくて直接通信だったらどうなっていた事か。
「通信無しで位置取りを連携する事は出来ませんので主航路上で合流しましょう。敵哨戒と接触する可能性は高いですがお互いに分断された状態で動く事になるよりかはマシというものです」
「……もはや事が起きた後に動きやすい状態になる事を優先せよ、ということだな」
「はい。事ここに至っては最悪を回避するよりも最悪な状況からどれだけ回収できるか、です」
ヤンの本音は違った。彼は"むしろ逆に見つかってしまって事を進めた方がいいのでは"と思ってしまっている。基本、ヤン・ウェンリーは自分の権限内での準備を十分に行い、相手の行動に合わせて事を起こすという"受け手"の動きがメインである。そして現状の"権限もなく、準備も出来ない"なかで"相手の動きに合わせて行動できない"という彼の性格の正反対の状況がその活動力を完全に削いでいる。それ故の"事が起きて欲しい"という無意識の願望であった。しかしそれは隠れていろと言う命令に違反する事であり、そもそも敵がまだ攻撃する気が無いというのなら補給後に撤収できるかもしれないという万が一の可能性を潰す事であり、何百万という人の死をスタートさせるトリガーにもなってしまう事でもある。後世、ユリアン・ミンツのメモと言う形で発見されたその"本音"については"後の結果を招いた失敗"なのか"当時の彼の権限、元々の彼の性格の限界"なのか何度も何度も繰り返された"ヤン・ウェンリー考察ブーム"の一つのテーマとなるのである。
「そうだな、では合流するとしよう。今ならまだ最初に見つけた敵哨戒部隊が来る前に抜け出せるはずだ」
ビュコックが合意し、両艦隊は移動を開始する。それは帝国軍の望みでもある動かなくてはいけない状況そのものであった。そして合流後の位置取りを相談している最中、
「ポイントAにて艦隊規模の敵艦を感知、直後にロスト。監視ドローンが破壊された模様です」
帝国軍から発せられた「見せるものは見せた」「私達は"踏み込んで"いるぞ」というメッセージである。ポイントAまで来たという事は帝国軍は先陣任務群の各艦隊よりも距離的にはイゼルローンに近い所まで踏み込んできたという事だ(※2)。
「ポイントAに進出してきたという事は帝国艦隊は有人惑星帯を越えてきています。つまりはここにいる二個艦隊を焦土戦に巻き込むのは諦めた、と考えていいでしょう」
「感知した艦隊はわしらを拘束する為の部隊じゃな……それぞれの位置は、と」
ビュコックが目を逸らし、傍らのディスプレイを確認する。ディスプレイの情報が正しければ最初に見つけた敵哨戒部隊がここから前方に推定四時間、Aポイントが更に一二時間、と表示されている。
「敵哨戒部隊に対しては工作艦などを総動員して排除し、こちらの艦隊に接触させないようにする。敵艦隊に対しては残った監視ドローンの反応を元に位置調整を行う。それでも前進してくるのなら、後退不可能になった時点で開戦するしかなかろう」
ビュコックの決断にヤンは無言で頷く事で賛成する。先陣任務群に補給部隊が届くかもしれない、という一縷の望みが残っている。いや、"残ってしまっている"が為に、とにかく余計な事はするなと縛られている。後は敵艦隊が希望する開戦日時が補給前なのか後なのかである。その時が来れば先陣任務群方面とタイミングを合わせる為に問答無用で突っ込んでくるだろう。そして……
一〇月一一日正午〇時
「敵艦隊尚も前進中、このままですと一二時間以内に占領星域の侵入が開始されます」
フレデリカが最後通告といいうべき報告をヤンに行う。艦隊は既に占領星域ぎりぎりの所まで後退している、つまりは限界という事だ。敵艦隊はその後も淡々と前進を続け、用意した排除網も突破している。遂にやってきた"崖っぷち"なのだが不幸中の幸いと言えばギリギリまで後退してしまったが為に後陣向け輸送部隊との合流に成功し、補給そのものは受けることが出来たという事くらいである。尚、先陣任務群向けの補給部隊は後陣後退によって縮まった安全地帯を避けるために遠回りを余儀なくされており、到着がまだ一日以上かかる状態である。
「ヤン提督」
ビュコックからの通信が入る。
「我々が担当している占領地域は輸送部隊が持ってきた品の受け渡し担当を除き、上(宇宙)に上げ次第、後退。艦隊は現在地にて防衛戦の準備、偵察部隊の発進・接触を許可する。後、これから総司令部を叩き起こす。結果はすぐに知らせるので準備を開始しておくように」
ビュコックの言葉を聞き、ヤンが頷く。そしてビュコックは通信回線を総司令部に切り替えた。
「お話を伺わせていただきます」
通信スクリーンに登場してきたのがあのフォーク准将であっても特に驚く事ではなかった。時間が時間なので当直以外はすぐ近くの休憩室にでもいるのだろう。
「総司令官か総参謀長を呼んでもらいたい。両名不在という事はあるまい、どちらかは起きられているはずだ」
「いかなる理由で?」
「直接話す、貴官はその時に一緒に聞けば良かろう。それが作戦参謀の本来の役目なのだからな」
ふんぞり返るフォークにうんざりしつつビュコックが適当にあしらう。
「それならば取次を行う事は出来ません。どのような内容であれ、私を通して頂きます。それが規則ですので」
「…………」
「通信を切ってもよろしいですか?」
「ふむ、それは残念だ。"貴官の責任"において通信が切られるとなると現場と総指揮官との連絡が途絶えるという事になる。となると現場最先任が代理指揮を取らねばならぬ。では、これから始まる全域での戦闘については現場最先任のわしが取らせてもらうとしよう。では」
「ちょ、ちょっとお待ちください!!!!」
ビュコックがわざとらしく通信を切ろうとする仕草を見せるとフォークが慌てふためいて止めに入る。どうせその場ででっち上げた"規則"なのだろう。血色は悪いが厚さはたっぷりな面であってもこれから起こると言っている事の責任を被れる程の頑丈さは無いようだ。
「そ、その"これから始まる戦闘"についてのお話を……」
「だから直接話すと言っている。二度手間をかけさせるな」
精神的優位を獲得したビュコックがお返しとばかりにふんぞり返って対応をする。何とも言えないにらめっこが一〇秒程度続いた後にフォークが内部電話を手に取った。
「ビュコック提督より重要な話があるようです。作戦室までお越しください」
受話器を置いたフォークが"呼んでやったぞ"と言わんがばかりの顔でビュコックを睨みつけるが既にビュコックの視界からフォークの姿は除外されていた。
「待たせてしまったようだね、すまない。……どうかしたのか?」
通信用スクリーンの手前までやって来たグリーンヒルがフォークとビュコックの表情を何度か見返しながら不思議そうな反応をする。
「いやいや、わしが彼に内容を話して取次をしてもらわんといかんという"規則"を知らなかったものでな。少々揉めてしまった」
「規則ですか? ふむ、規則……」
その意味を咀嚼し、理解したグリーンヒルがこの人としては珍しい視線をフォークに向ける。
「重要な話との事ですので早速内容の確認を」
そのフォークがその厚い面の皮をひくつかせながらもなんとか話を進めようとする。グリーンヒルがそれを認め(というかフォークを無視する事に決めて)ビュコックの方を向く。
「では、話させてもらおう」
一二時間程度で敵艦隊が到達し、後陣艦隊は最初で最後の防衛ラインでの戦闘を開始するだろうという事。それを踏まえて後陣占領地域からは可能な限りの撤収準備を開始した事。自分たちに向けて進む敵艦隊だけでは突出してしまうので先陣任務群の艦隊にも同時刻程度にむしろ本命と言える敵艦隊が姿を現すであろうという事。それに対応して先陣占領地域からも撤収準備は当然ながら撤収そのものも行った方が良いという事。先陣任務群の艦隊そのものも(少なくとも補給部隊との最短合流を目指して)一時後退した方が良いという事。
「以上が報告及び提案となります。総司令部の御裁可を頂きたい」
「何を言うのですか!! 一戦もせずに艦隊を後退させるなど論外です!! もう少しで補給出来るのですから少し耐えればそこから反撃可能です。まだまだ勝機はあるのですから前線指揮官がそのような敗北主義的言動を取るのはおやめ頂きたい!!!」
「フォーク准将、今は私とビュコック提督が話をしているのだ」
「その前線指揮官としてこのような劣悪な環境にされては勝負にならんと言っておるのだ。それを作り出した本人が一番判ってないというのはどういう事だ。前線二五〇〇万人の命はお前のお遊戯の道具ではない」
「戦いもせずに何を言うのですか!! 虎穴に入らずんば虎子を得ず!!! 踏みとどまって、進んでこそ勝利はあるというものです!!!」
「大軍の勝敗は撃ち始めるまでの積み重ねで決まる。それをぶち壊した貴様の尻を前線や輸送隊が拭いてやっているのだ。いい加減にしたまえ」
「あなたこそ黙って総司令部の、私の指示に従えばいいのです。士官学校も出てない戦闘屋が司令部の紡ぎ出す大戦略を理解できるとでも思っているのですか!!!」
「そこまで指揮を執りたいのならここまで来るといい。弾が飛び交う前線で、兵の命と責任を背負って口先ではなく行動でやってみせるがいい」
「盤の上に直に立つプレイヤーがどこにいるというのです、駒は駒らしく」
「いい加減にしないか二人とも!!!!」
直接の対面であれば言葉ではなく物理での応酬になりかねない形相となった二人をグリーンヒルが強引に止める。
「ビュコック提督、もう少し落ち着いてください。これでは私に出来る裁可すら進められません」
「……すまん。しかし元をただせばこの作戦参謀が…………ん?」
ビュコックの視線がある一点で止まり、言葉も止まる。
「どうなされましたか? ……!!!!!!」
不思議に思ったグリーンヒルがその方向、フォークのいる方を振り向く。フォークは立っていた。白目をむき、半開きになった口からはよだれが垂れ始め、手足がピクピクと震える。そして全ての支えを失った人形の如く、一気に崩れ落ちた。
ガゴンッ!!!
倒れ込んだフォークの顔が床に叩き付けられる。それでも何の動きもしない事から完全に意識を失っているのだろう。
「誰でもいい!! 医療班を呼びなさい!!!」
グリーンヒルが叫び、慌てて受話器を取る者、フォークに駆け寄って状態を見る者などてんやわんやになる司令部をスクリーン越しにビュコックが呆然と見守る。
「そ、そのですな。総司令部からの、その、御裁可というかご回答と言うかそういうものを頂きたいのだが?」
流石のビュコックも言葉がおかしい。グリーンヒルが魂の抜けた表情でビュコックを数秒見つめ、何かに気づく。そして目を閉じ、深く1回深呼吸して目を開く。その後ろでは担架に乗せられたフォークが運び出されていく。
「私の持つ権限内での回答とさせて頂きます」
グリーンヒルの表情がいつも通りに戻っている。
「地上要員について、全占領地域からの撤収準備はおっしゃられた通り進めてください。撤退に関しては現段階では許可を出せません。しかし、"各艦隊の占領地域内での配置転換"は状況に合わせて行ってもよいと思われます」
"撤退"という許可は出せないが各艦隊が占領している地域内での配置転換は可能。つまりは「出来るだけ後ろに移動させてしまえ」と言う事だ。
「艦隊の移動については?」
ビュコックが提案の肝について尋ねる。
「艦隊移動、及び撤退の決定については総司令官の御裁可が無いと行えません」
「呼び出してもらえませんかな? あれが居なくなったのなら出来ると思うが?」
当然の要求を受けたグリーンヒルが苦渋の表情をうかべ、感情を押し殺した官僚的口調で答える。
「総司令官は就寝中ですが、敵襲以外は起こすなと厳命されています。起床は〇六〇〇予定となっておりますのでその後の回答となる事をご了承ください」
ビュコックにはグリーンヒルの目が別の何かを語っているように思えた。これが軍隊における"上からの命令"の持つ(持たなくてはいけない)効力というものである。
「そうですか……、ならば先程の準備について進めさせてもらおう。それで起きられるまでの時間は無駄にはならんでしょう。総司令官にはお目覚め後すぐの労働となりますが何卒お早めにご指示をお出しいただければ、とビュコックが申していたとお伝えくだされ」
「わかりました。必ず」
通信は閉じられた。
「許可を受けた範囲での既成事実を積み上げるしかない。頼むぞ」
ビュコックからの号令で各艦隊は撤収の準備に入る。しかし、露骨に動けば相手も動き始めてしまうかもしれないので慎重に事を進める必要があった。帝国軍の艦艇と違い同盟軍の艦艇には大気圏突入・離脱能力が無い為、その移動はシャトルで行う必要があるのだがそのシャトルは常時、物資・人員の移動の為に動いている。それに紛れて地上要員を多く上げていく事で地上の人員を減らす。そして人員輸送艦同士でも人を"寄せて"行く作業を行い、満杯にした艦から後方に"配置転換"を行っていく。勘のいい諜報員なら気づくかもしれないがそれはもう誤魔化せない。何時気づくか、それまでにどれだけできるかの競争である。その競争が開始されて直ぐの一〇月一一日六時三〇分、総司令部から正式な命令が告げられた。
・撤収準備は総参謀長の指示通りで変更なし。
・先陣任務群:艦隊の移動については補給部隊との合流し、現地住民への物資配給完了後に状況を見て定める。それまでは現在地を維持せよ。
・後陣任務群:基本、先陣任務群と同じであるが確認された敵艦隊に対し優位が保てると判断出来る場合は積極的攻勢を許可する。
・備考:作戦参謀フォーク准将は急病の為、その担当業務については作戦主任参謀が引き継ぐものとする。
つまりは今やっていること以上の事はやるな、である。総司令部に何の期待もしなくなっていたというのもあるが確かに輸送が届くかもしれないという期待と撤収準備が認められた以上それを置き去りにして艦隊が最前線から下がるわけにもいかないという状況が艦隊移動不可に対して止む無しという感情を生み出していた。後はその時まで何も発生せずに事が進めば、なのだが……
最初にそれを感知したのは第一〇艦隊であった。
「敵艦隊を感知。時間にして約一〇分後に接触します」
オペレーターの報告に第一〇艦隊司令官ウランフ中将は大きなため息を一つつくと心のスイッチを入れる。
「全艦総力戦準備、総司令部及び各艦隊に連絡、"われ敵と遭遇せり"だ。あと、リューゲンの地上部隊に連絡。撤収作業を打ち切る、輸送艦艇は即撤退せよ」
「リューゲンにはまだ数十万の人員がいるはずです!!」
ウランフの命令に悲鳴とも抗議ともいえる声が上がる。
「間に合わん。命令だ、急げ!」
有無を言わせず命じる。勝てれば艦隊のシャトルで無理矢理引き上げる事が可能であるがそれが可能とは思えない。この瞬間、彼は数十万人の帰り道を閉じたのである。
「アッテンボローに繋げ」
ウランフが立て続けに指示を飛ばす。スクリーンに若手将官の顔を確認するとすぐさま命令する。
「お前のネタはそのまま採用だ。……一時間やる、準備せよ」
「せめてにじか…………いえ、一時間でやります!」
「よろしい、やれ!」
言うな否や通信を切り、正面のスクリーンを見つめる。そこには彼の知る、見慣れた光景が広がりつつあった。
「さて、始めるとしよう」
ヤンがフルパワーに近い動きが出来るのはまだ後です。言い換えると ある という事です。
※1:海図
シュタインメッツ部隊が活動していた領域は主航路・有人惑星帯から外れた帝国軍管理下の非民間開放エリアです。同盟軍にとっては"情報無し"のエリアになります。そもそも同盟軍はイゼルローン占領後に十分な偵察を行っていない為、フェザーンや亡命者から得られる基本的主航路と有人惑星情報以外の海図をまだ得られていません。第五・一三艦隊の隠れているエリアも主航路外(=未開の地)なので実はかなり危ない行為です。
※2:大体の配置
すまん、画像を用意できるほど器用ではない。
時計で表すと
6時:イゼルローン
中心:後陣の初期目標地、ここから先陣任務群の各艦隊が9~12~3時方面に扇状に展開
だが帝国軍の誘導により先陣任務群は9時~10時半、1時半~3時の方面に引っ張り出されてしまい12時方面が穴となる。その為、後陣艦隊は12時方面に一定距離進み、10時半&1時半の位置にいる艦隊との隙間を狭めることになった。ポイントAはその後陣艦隊と12時との間に設定された監視最先端となる。