殴り合い宇宙(そら) もう片方。
「ここまで逃がしてくれんとは」
第一二艦隊司令官ボロディン中将が額に滲む汗も拭かずにスクリーンを睨みつける。彼はウランフと同様、敵艦隊感知と共に撤収作業を打ち切り後退行動を開始した。しかしながら敵艦隊の展開が早く、完全に楔を打ち込まれてしまったのである。特に奇抜な手を使っているわけではなく教本通りの手筋がほとんどなのだが一つ一つが迅速且つ適切な為、後退も損害も物資消耗も想定より一段階悪い状態で推移してしまう。少しのズレも複数重なれば大きなズレとなりどこかで決壊すれば後は真っ逆さまである。状況が不利とはいえ艦隊の半分は持ち帰ってみせると思っていたのだがどうやら一番ひどい相手に当たってしまったようだ。
「もうそろそろ友軍が到来するはずだ。確認次第、全面攻勢に出るので準備を怠らないように」
その一番ひどい相手であるメルカッツ上級大将が事前に伝えた通りの行動を予告する。相手に一定の後退を許しているのも想定通りである。中途半端な気持ちで完全に止めようとするとどこかに綻びが招じて大きな後退を招いてしまうがあえて(友軍到来が間に合う程度の)一定の後退を許容範囲とする事で逆に敵の動きを制御しそれ以上の後退を防ぐ。そして友軍到来とともに全面攻勢をかける事で"無理矢理な後退=致命的損害"となってしまう状況を作れば完成である。友軍の予定は把握済み、あとは時間の問題…………
「一〇時方向より友軍艦隊です!」
「全艦突入開始。予備隊は二時方面へ、恐らく敵艦隊はそちらに流れる」
「四時方向より新手の敵艦隊です!」
「本隊が殿を務める! 他は何も考えずに逃げろ!! 立ち止まれば全て討たれる、だが全力で逃げれば幾ばくかは生き延びる!! いいか、生きろ!!」
新たな艦隊の出現に対して二人の司令官が瞬時に命令を発する。片方は予定の行動を、もう片方は予定の行動の全放棄を。ボロディン率いる本隊がメルカッツ艦隊の進行方向を塞ぎ、絶望的な抵抗を試みると共に一部の艦艇が死兵となって敵艦隊中央に突撃する。司令部に危険が迫れば艦隊そのものの動きを混乱させられるものだがメルカッツは動じない。
「両翼は予定通り敵艦隊を追撃せよ。中央は少し足を止めてもよい、突入してくる艦を確実に叩きその後に殿を拘束する。追撃力の不足は友軍艦隊が補ってくれるだろう」
中央部隊を敵殿の足止めと割り切る。追撃をあきらめたわけではない、殿に確実にいるであろう敵司令官を降伏乃至撃破する為の判断であった。
「ぜ、全艦突撃せよ。敵を逃がすな!」
「突撃というのなら方向を指定してくれ。このまま真っすぐでいいのか?」
頼りない艦隊司令官ディッケル中将の命令と言えるかどうかもわからない命令に艦隊先頭集団を率いる(はめになっている)フレーゲル中将が小言でぼやく。そのぼやきが通じたのか追加の命令は直に届いた。故あって艦隊の実質的指揮は出撃直前に交代した参謀長が行っているらしいがそちらからの指示なのであろう。先頭集団と右翼部隊はそのまま直進、本隊と左翼部隊は一〇時方向へ向きを変え敵艦隊の逃げ道になるであろうルートに先回りするという指示であった。
「位置的にこっちに逃げてくることは無いだろうから敗走する敵の前を塞がずに叩けば安全だろう」
(嫌々ながら)勉強中のフレーゲルでも配置を見ればその程度は判る。何とか怖い思いはせずに済みそうだと胸をなでおろすのだが……
「右翼部隊に中将はいないはずなのでこの"半個艦隊"の指揮を取らねばなりませんな」
いつもの男、アントン・フェルナー大佐が妙に生き生きとした顔で頷き、フレーゲルも気づく。ちなみにこの艦隊の副司令官は左翼司令官兼務なので司令官率いる本隊と一緒である。
(俺がいうのもなんだがこのまとまりのない艦隊を半分とはいえ指揮をしないといけないのか???)
まとまりのない艦隊、それがこのディッケル艦隊の実情であった。
そもそもこのディッケル艦隊はアイゼナッハ艦隊とは別の理由で分艦隊単位の行動が主となっていた。その主任務は他の艦隊の一時的な補強、直近ではアスターテ会戦においてメルカッツ艦隊の補強として五つの分艦隊(シュターデン・フォーゲル・エルラッハ・ファーレンハイト・フレーゲル)が動員された。艦隊司令官のディッケル中将の本業は基地なり要塞の司令といった管理・事務系であり、この艦隊においてはそれが求められていたのであるが今回の動員では艦隊として動かすか分艦隊として動かすかの決定がぎりぎりまで定まらなかった為、艦隊としても動かせるように出撃直前に参謀長交代という形で"実質的司令官"を送り込む事で対応可能にしておいたのである(※1)。その中においてフレーゲルは他のアスターテ組がのきなみ艦隊司令官となって新人分艦隊指揮官に交代した結果、中将且つ先任として席次が上がり先頭集団を率いる羽目になった。こう見えても彼はこの艦隊において副司令官に次ぐ三番目の席次(指揮権)を持つ分艦隊司令官であり上の二人(艦隊司令(=参謀長)・副司令)がいない以上、指揮をとらねばならぬ立場になってしまったのだ。
そのようなとばっちり状態のフレーゲルであるが幸いな事に逃げる敵を叩くだけでいいという状況なのでその指揮は彼の能力範囲内で収まった、ように思えた。効果的な交戦距離について、カストロプ動乱の時に学んでいた彼はその距離で逃げる敵を側面から叩ける位置取りを各分艦隊に命じる。あとは流れのままに叩き続ければいい。そう思っていた。
「敵艦隊の一部、こちらに向かってきます。いえ、流れそのものがこちらに向かいそうです!」
「なんで!!」
メルカッツ艦隊左翼に追いかけられていた第一二艦隊右翼、フレーゲルから見て三時方面から九時方面に流れるはずだった塊が左にカーブを描きつつ進む。このままカーブを続けた場合、先頭集団を直撃する。
「このままですと側面(ディッケル艦隊先頭集団&右翼)と背面(メルカッツ艦隊左翼)を撃たれ続けた挙句に先回りしている本隊(ディッケル艦隊本隊&左翼)にも狙われます。ならばこちらを正面突破して本隊に当たらない方がマシ、と判断したのでしょうな」
フェルナーの口調はいつも通りなのだが顔は若干ひきつっている。敵からしてみればこのままだとフェルナーの言う通りの結果だし、ディッケル艦隊の先頭集団&右翼と本隊&左翼の間を通り抜けようとすると先頭集団&右翼の至近距離を横切る必要があるし本隊&左翼にも捕まる可能性が残っている。しかし先頭集団を突破できればその後に遮る敵は無く、先頭集団の残骸が追撃への障害物となる。最後の博打としてはまぁあり得る一手だったという事だろう。その突破先にされるのはたまったものではないが。ここでフレーゲルは考えた、いや、メルカッツやボロディンと違い未熟な故に即断せずに考えてしまった。直撃ルートから外れるように後退しつつ受け流す、中央を開いて敵を通す、出来るか? 無理だ出来ない、ならどうする。
「直撃ルートです! ご指示を!!」
幕僚の叫びに我に返る。考えてしまっているうちに敵は交戦可能距離目前まで迫っていた。なるほどアスターテの敵艦隊(※2)はこういう心境で突撃を受けたのかと妙な納得を得るがそうだとしたらもうじたばたしてもどうにもならない。そう悟った(諦めた)フレーゲルは自棄になって怒号とも叫びともいえる命令を発した。
「撃てるものは全て撃てぇ! 他の分艦隊も同じだ!! ケツ追いかけれる友軍にも更なる増速を催促!! 数はこちらが優っているのだ、焼ききれる前に敵を磨り潰せ!!」
有効距離に入るや否やフレーゲルの先頭集団から後先考えない全力攻撃が開始され、右翼部隊からの攻撃も追加される。相手からの反撃も厳しいが元々総数は上回っておりメルカッツ艦隊との交戦で消耗もしている敵は本来の突破力を発揮できない。ほんの少し突撃が緩まった所でメルカッツ艦隊(左翼)の追撃も追いつき、後は一方的な展開となった。
「なんとかなったな……」
フレーゲルが静かになった戦場を見つめる。敵部隊はわずかな逃亡艦を除き、全てが撃沈乃至行動不能。対してこちらは突撃の的になった先頭集団に大きな損害が出たとはいえ行動の継続は可能。この方面の戦闘としては大きな勝利を得たと言って良いものであった。
「友軍はメルカッツ提督の元に戻るそうです。我々はいかがなさいますか?」
幕僚の確認を聞き、フレーゲルはまた考える事になる。ディッケル艦隊本隊&左翼は目的の部隊が先頭集団へ矛先を変えたのを確認するとその援護ではなくもう一方の敵部隊の追撃に入ってしまった。スクリーンにから消えた(範囲から外に出た)時からの時間経過を考えるとかなり遠くまで行ってしまったようである。
「とりあえず我々もメルカッツ提督の元に移動しよう。私が考えるよりも良い対応をしてもらえることは確実だ」
そう答えると幕僚達が移動の準備に取り掛かり、フレーゲルは僅かな休憩時間を満喫する事にした。
「目的は達成したといえるが面倒な状況になってしまったものだ」
スクリーンに映し出されている状況を見てメルカッツが呟く。敵第一二艦隊は壊滅し、目の前では数十隻にまで減った敵本隊が降伏処理を行っている。問題はこれからの行動なのだがメルカッツ艦隊の左翼(+ディッケル艦隊先頭集団&右翼)は合流済であるが右翼(+ディッケル艦隊本隊&左翼)はかかなり遠方まで追撃を行ってしまった。二つの艦隊がそれぞれ分断した状態になっているのである。「仕方あるまい」とメルカッツはディッケル艦隊に連絡し一つの提案を行った。"今まとまっている部隊そのままで活動をする"という内容だ。つまりはディッケル艦隊にメルカッツ艦隊の右翼を預ける。そのかわりにディッケル艦隊の先頭集団&右翼をメルカッツ艦隊で預かる。あちらの部隊は目標としている次の惑星にかなり近づいてしまっているので戻すのもこちらからの合流を待たせるのも勿体ない。元々、メルカッツ艦隊が各惑星の解放に進んでディッケル艦隊が本陣に戻る予定だったが結果として役目を入れ替える形となった。
「降伏艦の処置が完了しました。また、戦闘中に発生していた救援要請ですが現地諜報員に確認した所それらしき実態は存在せずという事です。続いて合流する部隊の状況ですが……」
副官のシュナイダー少佐がまとめ上げた情報を報告する。どうやら事後処理全般は終了したようである。
「よかろう、準備出来次第移動を開始せよ。兵に交代での休憩を与えておくように」
そういうとメルカッツもまた、休憩に入るのであった。
「ロイエンタール少将、予定通り本隊と予備隊の一部を預ける。両翼は最初支援に徹するので思うがままに戦ってくれ」
「閣下のご期待に添えるよう努力いたします」
通信スクリーンが閉じられ、一瞬の静寂が艦橋に訪れる。やる事はやったとシュヴァルベルク上級大将は従卒にコーヒーを用意させるとその時を待つ。彼は己の分(才能)を知り高望みはしない事と優れた者に任せて責任は取る姿勢を守る事で現在の地位を築いてきた。故に優秀な人材を集める事に余念がなく貴族間のごたごたで配属が宙ぶらりんになっていたオスカー・フォン・ロイエンタール少将を見つけた時は(その貴族の横やりなど相手にせず)小躍りして艦隊に引き入れ、先頭集団分艦隊の司令官として配置した。シュヴァルベルク艦隊の先頭集団分艦隊司令官は先の通り、本隊と予備隊の一部が常に添えられており尚且つ両翼部隊に対する要請と言う名目の一定の指揮権を与えられておりほぼほぼ艦隊をコントロールする立場として知られていた。欠点があるとすればそれがあまりにも知られすぎているので「艦隊司令官の登竜門」と見られており頃合い良しとなると艦隊司令官やそれに準じる立場へと転属させられてしまいまた人材を探しに行く事になってしまうのである(軍上層部曰く"人を見る目という才能の有効活用")。
「准将として盛れる部分は全部盛ったつもりだ。それ以上動かしたい場合は俺に言え、司令官から預かっている権限内なら何でもありだ」
「分艦隊司令官殿の御配慮に深く感謝致します。………………頼む、何か突っ込んでくれ」
「それを望んでそうだからあえて黙ってみるのも一興と思ってな」
ロイエンタールが今にも吹き出しそうなのを我慢して通信スクリーンに映る盟友に語りかける。
「実際の所、お前のお陰で今こうして立っていられるという恩もあるし、部下として働いてみたいという気持ちも本物だ。遠慮するな存分に使え」
盟友ウォルフガング・ミッターマイヤー准将が応える。
「俺としてはお前とは上下ではなく横で並んで戦いたいのだ。お膳立てはしてやるからさっさと戻ってこい」
「だが一度差がついてしまうと並ぶのは難しいぞ。ましてやお前の方が昇進しやすいだろうし」
「やはりそこが問題か……」
二人が同時にため息をつく。二人の階級に差がついてしまったのも昇進しやすさに差があるのも結局はそこが原因なのであった。
オスカー・フォン・ロイエンタールとウォルフガング・ミッターマイヤーは789年イゼルローン要塞にて出会い(当時共に中尉)多少の別行動はあれどいつの間にかセットで活用されるのが常となっていた。個々の才能そのものも同世代において卓越したものであるが二人のコンビネーションが「1+1が5とか6とかになる」とまで言われる代物であった為、人材の有効活用として同じ配属が続き結果として昇進も同時期となったのである。
その足並みに狂いが生じたのは795年の春、クロプシュトック事件と呼ばれるとある貴族の反乱鎮圧に参加した時である。反乱討伐軍に属していた門閥貴族が起こしたいわゆる凌辱と略奪・殺害行為に対し、ミッターマイヤーが将官として軍規に基づく処置(=銃殺)を実行した。それ自体は軍規・法律上何も問題のない正しい行為であったが"その程度の事で平民が門閥貴族に手を上げた(ましてや殺した)"事は門閥貴族界にとって軍規などを超越した問題であり、その報復としてミッターマイヤーは拘束されてしまう。ロイエンタールが(既に門閥貴族と深い溝が出来ていた)軍上層部を巻き込んだ事と、その門閥貴族側にも正規軍に所属し事を荒立てたくないとする人がいて動いた結果ミッターマイヤーはなんとか"消される"のを免れる事となった。当時少将だったミッターマイヤーは"落とし所"として准将に降格し、死地に送られる事を恐れたロイエンタールが自分の部下として引き取ったのである。
「嘆いていても仕方ない。(平民枠の)席は少ないだろうが艦隊司令官にさえなってしまえば切り取り自由だ。あとはそこで昇進せざるを得ない功績を得ればいい」
「俺にそこまでの力があるかはわからんが、万余の艦は指揮してみたいのもだ。時間が近い、最終調整をする。指揮を頼むぞ」
「あぁ、任せろ」
会敵予定時刻まで後数十分。シュヴァルベルク艦隊は全艦戦闘態勢に入りつつあった。
「駄目だ、穴が塞がらん!!」
第九艦隊司令官アル・サレム中将は本隊を率い既に壊滅に近い損害を受けている先頭集団領域の立て直しを図っていた。地上要員を満載した兵員輸送艦が安全圏まで後退するまでのしばらくの間、艦隊も後退しつつ戦線を維持できればそれでよかったはずである。しかし、敵先頭集団の攻撃があまりにも激しい為、後退が敗走にならないように処置する事で精一杯になってしまった。不幸中の幸いとしてはそういう作戦なのか、先頭集団についていけないのか両翼の動きはそこまで激しくはなく中央さえなんとかなれば想定の範囲内での後退にする事はまだ可能である。
(これは、難儀と言うレベルの話ではないぞ。張り切りすぎだミッターマイヤー)
ロイエンタールはいつも通りのポーカーフェイスで指揮をしている、ように見えて背中にびっしりと冷や汗を垂れ流していた。
ミッターマイヤーを昇進させたい、また並んで立ちたい、それ故に出来る限りのお膳立てをしてその要望には全力で応えようと決めた。それに応えミッターマイヤーは文字通り前線で"大暴れ"している。お膳立てしたとはいえミッターマイヤーの為に用意した(=直接指揮していいとした)兵力は本人の部隊を含め一〇〇〇隻程度なのでこれで作った穴を広げる部隊や、補給の為に一時的に引いた部隊の交代などはロイエンタールが補強していた。しかし補強で出してしまったが最後、ミッターマイヤーはその部隊も直接指示し始める。そうするとまた戦果は広がるが補強が必要になる。補強するとまた……という流れでいつの間にかミッターマイヤー隊が先頭集団そのものとなって敵の先頭集団が解体される。今さっきも敵本隊が前進し、艦隊旗艦の存在も感知したとの事で「更なる攻勢に入る」と連絡してきた。ついでに両翼の機動についても"注文"が入る。ミッターマイヤーの認識では「ロイエンタールが両翼への一定の指揮権をもっている→実質艦隊ほぼ全体の指揮権を持っている→自分が艦隊指揮官のつもりで"注文"すればロイエンタールが動かしてくれる」なのだ。あの男から信頼される事は喜ばしいしそれに応えられるのは自分位だという自負もある。だがしかし、
「指揮権は持っていても現実として俺の艦隊ではないのだから手足の様には動かせんしましてやお前が考えた通りの機動を実行できる者がどれだけいるというのだ?」
やはり一旦止めて落ち着かせよう。とロイエンタールが判断し伝えようとしたところ……
「先頭集団(?)から通信、"敵旗艦の撃破を確認、これより突入し敵艦隊中枢を撃破するので後方支援を求む。また、両翼に対して紡錘陣の両端となるを希望する。敵艦隊中枢を撃破し、左右に分断する"」
「ミッターマイヤーに伝えろ! "俺でもついていけない、少し止まれ" だ!」
慌ててロイエンタールが止めに入る。慌てなくても普通の追撃戦で十分な戦果は得られる状況になり、ミッターマイヤーの機動速度は既に過剰な域に入ってしまっている。指示が伝わったのか先頭集団(?)が動きを止め、両翼と協調できる位置まで下がる。後は自分達の動きで両翼を勝たせるだけだ。
「ロイエンタール少将!!」
形を落ち着かせた所で突然と言っていいタイミングでの通信が艦隊旗艦から入る。
「目標としている惑星から救援要請が入ったので本隊が急行する。貴官に預けている部隊はそのままとするので引き続き戦闘を継続せよ。追撃は……ここまでだ」
シュヴァルベルクからの直接命令、そしてディスプレイの地図には追撃限界線が引かれた。制限があるとはいえロイエンタールはこれで完全な指揮権を得たのだが……
「敵艦隊、後退を加速。三方向に分離しています」
オペレーターの声に反応しロイエンタールがスクリーンを見ると確かに敵艦隊が後退を早めている。こちらの本隊が別動したのを見て勝負に出たのだろう。敵艦隊はミッターマイヤーが敵中央を存分に叩きすぎてしまったので後退した中央と取り残された両翼とで分断されかけておりそれぞれが別方向に動きだしていた。一部が捕まるのを覚悟して残りを逃がす算段なのだろう。
「両翼に伝達、それぞれ対していた相手をそのまま追撃せよ。先頭集団は敵中央を殲滅した後、どちらかの追撃に加わる」
中央を壊滅させれば両翼は追撃戦のノルマ程度でも十分だろう。ロイエンタールはあくまでも預かり物の指揮権である事を考慮し、完全勝利を棚に上げる。"どちらかの追撃に加わる"というのはあくまでも理想論だ。急かすミッターマイヤーに進撃指示を出し、先頭集団が追撃を開始した。
「物足りない顔をしておるようだが戦果としては申し分ないだろう」
シュヴァルベルクが追撃結果を報告するロイエンタールに語りかける。
結果としてこの追撃戦はロイエンタールにとって非常に不満の残るものとなってしまった。一つは先頭集団が敵中央殲滅に手間取り、かなりの数の逃走を許すと共に当然ながら両翼の追撃には参加できなかった事。もう一つは両翼のうち片方がなんと"返り討ち"にあってしまったという事である。前者に関しては敵本隊残余が後退せずに徹底抗戦した事による遅延(敵旗艦は撃沈、司令官アル・サレム中将は戦死)、後者は功を焦った司令官が突出したほんの一瞬の油断を突かれ打ち取られてしまった事が原因である。最終的に敵艦隊は半分程度生き残ってしまったという予想がロイエンタールをさらに不機嫌にした。
「これ以上の戦果を上げたいのなら正式な艦隊司令官になって存分に訓練するしかあるまいて」
全てを見透かすようなシュヴァルベルクにロイエンタールがやっと気持ちを落ち着かせて頷く。力量を十分に発揮できる環境ではなかった、環境が揃えばやれると言ってくれているのだ。今はこの環境で得た結果で満足しておこう。
「艦隊はこれより、予定通りの進軍を行う。申し開けないが行く先々で罠と判ってる罠に引っかからねばならん。我慢してくれ」
シュヴァルベルクが苦々しい口調で進軍を宣言する。罠と判ってる罠、奪回予定惑星から出る偽救援要請の事である。今後は足の速い艦を先導させ、本隊到着前に確認を完了させる予定なので進軍速度に影響はないが本物が混ざる可能性が〇%でない以上、ルートそのものから外して進むわけにはいかない。シュヴァルベルク艦隊は先導役となったミッターマイヤー部隊(本人の部隊のみ)を一番手として進軍を再開した。
「敵艦隊、後退を加速、射程距離外に出ました」
「追え。一人残さず殺すつもりで駆り立てよ」
潰走にならないぎりぎりの後退をする同盟軍第七艦隊に対し、対する帝国艦隊を率いるガンダルフ・グリッセリン中将が煽り立てるように吠える。
「閣下、救援要請の確認が必要です。何かしらの対応を!」
「ケンプか……」
分艦隊司令官の一人であるカール・グスタフ・ケンプ少将が救援要請を無視して突き進もうとするグリッセリンを止めようと通信スクリーンに入り込む。何度も"注進"を受けてきたのであろう、いかにも面倒くさそうにグリッセリンが一応の返答をする。
「どうせ偽報だ、捨て置け。そのような些事で追撃を遅らせるわけにはいかん」
「もし本当に救援が必要な状況だったらどうするのです!!」
「目の前の賊軍一〇〇万を殺す事が優先だ。それに比べれば一般民の一〇万や二〇万が死のうが大した事ではない。本当に死んだのなら現地の賊軍がやった事にして奴らを適切に処理すればいいだけの事ではないか。そもそも俺はお前に意見など求めてはいない。命令だ、行くぞ」
「お断りします!!」
ケンプの即断にグリッセリンが青筋を立てる…………
「司令官の命令を拒否……死ぬか?」
「やりたければどうぞ。その際は我が分艦隊を丸ごと屠って頂きたい」
青筋が更に浮かび上がりひくひくと痙攣を繰り返す。
「なるほど、よくわかった。ではこうしよう。カール・グスタフ・ケンプ少将、貴様の分艦隊に救援要請対応の全権限を移譲する。貴様の責任でこれに対応せよ」
「……わかりました、私が対応します」
これ以上の問答は不毛と悟ったケンプが受け入れると同時に通信スクリーンが切断される。
「噂には聞いていたのだがここまでとはな……」
ケンプが嘆くように呟く。
ガンダルフ・グリッセリン中将は数少ない平民の提督である。帝国艦隊司令官の中で随一の指揮能力を持つが同時に"出来るものなら解任したい司令官"の筆頭となっている。あまりにも粗暴。非人道的行為など多数の容疑がかけられており少なからずの立証もされている。それでも艦隊司令官を解任されないのは彼が艦隊指揮を上回る技量で証拠の隠滅をしている事とパトロンとしての門閥貴族が後ろ盾となっているからである。彼はパトロンからの要請で彼らの私兵艦隊に教官として乗り込み、辺境・海賊討伐でいろいろと"働いて"いるらしい。解任した後に門閥貴族枠の艦隊に招かれて好き勝手されるか、一応は艦隊司令官として指揮下に置いて何とか制御するかという苦渋の選択がこの人物を艦隊司令官の席に止めている。
「もう考えるのはやめよう。どのような形であろうとも支援に対する指揮権は得たのだから奴の罪をこちらが被る事はない……ん? どうした?」
心を入れ替えて支援に徹しようとしていたケンプに顔を真っ青にした副官が駆け込み報告をする。
「…………それをやるかぁ!?」
副官曰く「分艦隊の補給艦が一隻残らず本隊に同行しました」との事である。
「いや、この為の編成か。ふざけた事を!!!」
ケンプの額にも青筋が立つ。これがグリッセリン艦隊のやり方であった。彼は艦隊司令官が持つ編成権限を行使し、各分艦隊直属の補給艦を取り上げ本隊の一括管理としている。これだと補給が出来なくなるので艦隊直属の補給艦の方を派遣する事で補給可能としている。必要な時、まさにこのような時に気に入らない分艦隊から補給艦を取り上げる為だ。艦隊直属の補給艦はグリッセリンが定期的に甘い汁を吸わせたり管理物資の帳簿を弄るのを黙認している為、彼の意のままとなっている。しかし分艦隊は補給と言う首根っこを掴まれているが故に彼らの高圧的態度に我慢せねばならなかった。そして最悪な事に艦隊が全補給艦を一括管理し、任務に応じた一時的再分配を行う事自体は多数の艦隊が行っている事であり禁止する事は出来ない。
「奴の言った"偽報"である事を祈るはめになるとはな。万が一の為だ、各艦の在庫物資の総量を確認しておいてくれ……」
それでもケンプは救援要請元への移動命令を出す。彼は移譲された救援要請対応の責任者としてその結果を被らねばならないのである。
「何処まで追いかけてくるつもりだ」
第七艦隊司令官ホーウッド中将が青ざめた顔でスクリーンに映る敵艦隊を睨みつける。骨折した左腕は痛々しく吊り下げられ、無理矢理塞いだ出血を補うための輸血バッグがぶら下がる。敗走に次ぐ敗走、艦隊の三分の二は永遠に失われ残りの半分は移動が精一杯、これが第七艦隊の全兵力であった。大破した旗艦より脱出し、近くの戦艦に回収されたホーウッドは本来誰かに指揮権を移譲し、医務室で寝ていなくてはいけない状態である。しかし全滅を防ぐ為に奮戦する分艦隊旗艦は見つかるや否や非情なまでの集中攻撃で撃沈され新たな指揮系統を構築できない。状況を知った艦長がホーウッドの命令をあえて無視し、艦を可能な限り先頭(=敵艦隊から遠方)に移動させ残り少ない分艦隊司令官が殿として戦う。その為、ホーウッドは使命を放棄する事も出来ず(する気もない)ここで指揮を取るしかなかった。
「もう少しで皆殺し達成だ。進め。殺せ」
醜く口を歪ませ、グリッセリンが煽り立てる。逃げ惑う敵を削り落とすのは獲物を追う猟師のような心境となり彼の心を潤す。途中で見つけた兵員輸送艦を問答無用で撃沈し、数万単位の賊を屠った時などまさに絶頂である(記録は全て腹心の参謀長により"抵抗されてので撃沈"と改竄されている)。
「敵艦隊の更に後方に追加の部隊反応。数千隻規模です」
「他の賊艦隊残兵か? 流石に深入りしすぎたがこの程度ならついでに殺れるだろう。遊ぶ必要はない、確実に殺していけ」
グリッセリンが煽り、艦隊が加速する。
「敵は八〇〇〇か九〇〇〇程度といった所か。第九艦隊の残存位置はここでいいのだな」
「間違いありません。およそ一時間もあれば合流可能です」
「よろしい。この領域にいる全艦に通達せよ」
"我、アイアース 之より該当宙域の全艦艇は総司令部直卒とする。 侵攻軍総司令官:ラザール・ロボス"
同盟軍先陣第二任務群、一次戦闘の結果は以下の通り。
同盟軍先陣第二任務群
戦闘艦艇(三個艦隊)
参加艦艇:四万隻余
参加人員:四〇〇万名余
損失大破:二万七六〇〇隻余
損失者数:二六〇万名余
地上戦要員
参加人員:六〇〇万名余
損失者数:三六〇万名余
合計
参加人員:一〇〇〇万名余
損失者数:六二〇万名余
帝国軍
戦闘艦艇(四個艦隊)
参加艦艇:五万二二〇〇隻余
参加人員:六三〇万名余
損失大破:八二〇〇隻余
損失者数:九七万名余
正規軍に所属し事を荒立てたくないとする人(門閥貴族)、さて、誰なんでしょうかねぇw
ミッターマイヤーが張り切りすぎちゃってますが気合が入りすぎてたり拙速を尊ぶあまりに味方がついていけない機動をしてしまったり(原作でもけっこうやってる)ロイエンタールならやってくれるとアテにしてしまっていたりとまぁまだ艦隊を指揮した事のない人が艦隊規模で動かせる(動かしてくれる)と思ってしまった故の若さの過ちみたいなものです。
知らない人には申し訳ないのですが自分の中ではシュヴァルベルクのイメージは完全にゴルドルフ・ムジーク(FGO)になっちゃってます。
※1:実質的司令官
艦隊司令官は要職(旧日本軍的に言えば親補職)であり、その時その時でコロコロ入れ替えられるものではないのでその下に送り込むことで対応した。
※2:アスターテの敵艦隊
最初に粉砕された第四艦隊