偽書・銀河英雄伝説   作:隠居おっさん

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 やっと彼らです。ですがまぁ帝国の戦略的には正しいのでしょうが作品的にはつまらない扱いです(笑)


No.21 帝国領侵攻作戦(11)

 

 

「他の戦域が片付くまで動かなければそれで良し。という方針であろうとは簡単に判るのですが……」

 

「これ以上引けば友軍の退路が危険になるからのぅ。移動できる範囲が限られているというのは実にやりにくい」

 

 同盟軍後陣任務群(第五・一三艦隊)に対する帝国艦隊の行動は想定の範囲内だとしてもあまりにも露骨すぎてビュコックとヤンは失笑するしかなかった。帝国艦隊は交戦域まであと一分程度の位置で停止し、完全な様子見に入っていた。かといって手は抜かず電波障害は全開で働かせており、いくつかの他艦隊から戦闘開始の通信を拾ったのを最後に外部との通信は途絶えている。

 

「このまま状況の変化を待つのも一つの手ですがその時、我々が自由に動けるという保証はどこにもありません」

 

「友軍と状況を把握出来るまで暫く時間はかかる。それまでの間で自力で少しでも有利な状況にしておくしかあるまい。さて、押すか? 引くか? ……引いて失敗した方が危険だな。押すとしよう」

 

「数的優勢な側に攻める危険性もありますが……やむなしだと思います」

 

「ならば……相手に引かれるのも宜しくない。わしだけでまずは進むとしよう」

 

「判りました。直に追いつきます」

 

 通信を切り、後陣任務群が行動を開始した。

 

 

 これに対する帝国艦隊はクエンツェル大将、フォーゲル大将、そしてミュッケンベルガー元帥直属の三個艦隊。ビュコックの正面にクエンツェル、ヤンの正面にフォーゲル、後方にミュッケンベルガーが控えている形になる。しかし、ミュッケンベルガー艦隊は分艦隊を前面に多数分散配置しておりこれらを使って正面二個艦隊を支援する姿勢を見せていた。

 

「敵艦隊前進開始、片方の艦隊のみです。もう片方が若干の後退を開始」

 

「規定通りの対応を行うように伝えよ」

 

 オペレーターの報告にミュッケンベルガーが用意していた返答を返す。両方進む、両方下がる、片方が進む、片方下がるetc 考えられるパターンに対する対応法を事前に定めている。この場合は"進んできた方に集中して良い"である。そのまま片方が逃げたとしたら進んできた片方を全力で潰す。そうすれば逃げた敵一個艦隊が自由になったとしてもこちらは三個艦隊が自由になるので大局は有利になる。逃げではない何かの策だったとしても兵力に余裕はあるのだからこちらに来てから対応すればいい。

 

「両艦隊、戦闘を開始しました。後退した敵艦隊は前進を開始したようです」

 

「フォーゲルに準備をさせよ。丁寧な挨拶痛み入るが引く予定はないのでな」

 

 ミュッケンベルガーが再度指示し、第五艦隊との交戦を始めたばかりのフォーゲル艦隊がすぐさま身を引き第一三艦隊を引き受ける形を取る。これで双方、予定通りの対峙となった。同盟軍としては徹底的に距離を置くのかどうかを確認する為のブラフである。これでも距離を置くのであれば第一三艦隊が好きに動いて有利な形を作ればいい。しかし、ビュコックもヤンも引くとは思っていなかったので"直に追いつきます"なのである。

 

「これは手ごわい。下手に手を出すと火傷をする、予定通り適度に手を出すが守り中心で行くぞ」

 

「これならばなんとかなりそうだ」

 

 これがお手合わせをしてみたフォーゲルとヤンの率直な感想である。隻数はほぼ互角で補給状況も双方不備無し、となれば技量次第なのであるがこれに関してはヤンが上回っていると言ってよいものであった。といってもその状況に驚いているのはフォーゲルのみであり、元々その力量をアテにしていなかったミュッケンベルガーは用意していた分艦隊を前面の二艦隊に派遣してテコ入れをする。クエンツェル艦隊に派遣した分艦隊は兵力差(第五艦隊は一五〇〇〇隻であり標準的な帝国艦隊よりも多い)を埋めるためのものなのでそのまま合流し指揮権も移譲される。しかし、フォーゲル艦隊への派遣は合流させず艦隊から見て左翼側を迂回し、第一三艦隊から見て右翼側面から攻撃するように移動する。"フォーゲル艦隊に合流させたら自由に動けず使い潰されるだけ"というミュッケンベルガーから見た"信頼度"が緒実に現れた独立した機動である。そしてこの分艦隊の動きがヤンの思惑を大きく崩す事となる。

 

「俯角二〇度、二時方面、薄いです」

 

「中央前衛、今の所に集中! その後に右翼攻勢!!」

 

 第一三艦隊中央前衛部隊からフォーゲル艦隊の一点に攻撃が集中され艦隊の繋がりに一瞬の穴が開く。そしてその穴によって孤立気味になった部隊に右翼に攻勢を仕掛けようとするが……

 

「敵遊撃部隊、急速前進」

 

「右翼攻勢停止! そちらへの対応を優先!」

 

 そうなる事が判っていたかのように敵の遊撃部隊が仕掛けて来て攻勢が台無しになる。そしてフォーゲル艦隊が形を整えると何事もなかったかのように引く。一手二手と詰めていっても一回の乱入でリセットされる。それの繰り返しである。

 

「すまないね。また有効活用できなかった」

 

「いえ、しょうがありません。それにしてもあの分艦隊、本当に"嫌な動き"です」

 

 司令官卓の上で胡坐をかきながらヤンがラインハルトに語りかける。実の所、ラインハルトが立っている位置は本来参謀長が立つ場所なのだがいつのまにかラインハルトが立っていた、というか途中からムライが立ち位置を押し付けた。現在、第一三艦隊を指揮しているのはこの二人になってしまっている。

 ヤン・ウェンリーの用兵は受け身。相手の行動に合わせて最適解の対応を行ういわゆる"後の先"と言われる手法である。これを可能にするのが相手の意図を瞬時に見抜くヤンの洞察力とその対応を可能とする艦隊機動である。艦隊運用の達人と言われている副司令官エドウィン・フィッシャー少将が用意した機動データは標準データとは別格の効率で艦隊を動かし、迅速な対応を可能としている(※1)。そしてそのヤンの用兵にアクセントを加えているのがラインハルト・フォン・ミューゼルという大尉の行動であった。彼は受け身とは逆、積極的に動いて事を起こすのが好みらしい。ヤンも相手が動かない場合などはこちらから動くのだがそれは相手に何か対応をさせる為の仕掛けでありその反応を元に本命のカウンターを当てるまでがセットである。しかしラインハルトは初手で突くべき穴を見つけそれを攻める。最初、ラインハルトは少し離れたところでぼそぼそとそれを呟いていたのだがそれに気づいた副参謀長フョードル・パトリチェフ准将が聞き耳を立てた後にムライを呼び寄せ、ムライが内容を確認して自分の近く(参謀長の立つ場所)に引っ張り、聞こえるようになったヤンが"もっと聞きやすい場所で"と引き寄せて、あっという間にその立ち位置になってしまった。ラインハルトとしては実際に艦隊戦を正面で見るのは初めてだし、自分の思い付きが本当に適切なのかの自信も経験もないので隅で(ついつい)ぼそぼそと呟いていただけのはずなのだがいつの間にかとんでもない立ち位置になっていた。ヤンからは「遠慮なく言いなさい」と言われているがかなりのプレッシャーである。しかししばらくの間ラインハルトの戦術眼を確認し、手ごたえを得たヤンはお構いなしに新たな任務を与えてしまう。

 

「大尉」

 

「はい」

 

「あの遊撃部隊だけを見ておいてくれないかな。おそらくあれは正面艦隊の指揮下には入っていない。むしろ"連携すらしていない"と思う。それを前提として自分があの遊撃部隊の指揮官ならいつ、何をやるかを考えるんだ。もし、打つ手があるなら右翼側に行動を依頼してもいい。副参謀長、伝達役になってくれないか? 私への確認は必要ない。伝えてもいいと思ったものはそのまま伝えるように」

 

 言うだけ言うとヤンは正面艦隊との攻防を再開する。任せたとはいえ不安があるので右翼の負担を増やさぬよう左翼と中央のみで戦線を組み立てる。だからといって遊撃部隊は動きを止める事などなく、右翼に対して何か手当の必要な状況を作り出そうと蠢動する。遊撃部隊は数は少ないが采配が優れているので片手間で相手すると後手になりすぎる。正面艦隊は数だけなら互角なので片手間に相手をすると不本意な消耗戦になってしまう。そのような"連携せずに好き勝手動いてる二部隊による挟撃"に対応するためにこちらも対応する頭脳を二つに増やす。そしてその片方をラインハルトに任せてみたのだ。お互いの性格を考えるなら"ラインハルトが艦隊全体を指揮して正面艦隊を攻め、ヤンが遊撃部隊を見張る"のが最適なのだが流石に艦隊全体は任せられないしやってしまったら後で問題になる。

 

(第五艦隊も押し切れていない。ビュコック提督相手にあれだけ戦えているのだからあちらの敵司令官は力量があるのだろう。となるとこちらが大きく動かさないといけないのだけど……)

 

 正面艦隊(フォーゲル艦隊)の力量はこの戦域にいる指揮官の中で一番劣っていると思われる。しかしながら無理な攻めはしてこないし後方からのテコ入れが適切に行われているので崩れる気配もない。その結果、この戦線は決め手の無い煮え切らない状態で推移することとなる。損害比率でいうならば確実に第五・一三艦隊が優勢なのだが後方からの増援がその損失を穴埋めしてしまうので攻勢も続きにくいし傷口を広げる事も出来ない。そして当然ながらそのバックアップを全部磨り潰すには時間が無い。そうしているうちに結局この戦いの初日は決め手のないまま両軍が一旦距離を置く事で終了となった(といっても休憩→総力戦が間に合うぎりぎりの距離であり、お互い至近距離に見張りを立てている)。

 

「駄目じゃな。数的有利なのだから何か"欲"を出してくれると期待したのだがここまで引きに徹してしまうと手の打ちようがない」

 

「同感です。消極的な分、このまま戦い続けても優勢は保てますがそれ以上の意味を得る事は難しいでしょう」

 

 ビュコックとヤン、二人の思惑とその結果の認識は一致していた。数的有利な側に仕掛けるのだから相手に"欲"があれば勝ちに来る可能性がある。それをうまく捌いて叩ければ今後の希望が湧くのだが相手が無理をしない事できっちり意思統一がされている。こうなると余程の致命的失敗でも起こしてくれない限り事を大きく動かす事は出来ない。

 

「これ以上戦っても"価値のある消耗"にはならぬ。引く為の余力を少しでも残す為、明日は一旦様子見としよう。逃げていいのならさっさと逃げてしまうのが一番なのだがなぁ……」

 

 これ以上引いてはいけないラインがあるので尻尾を巻くわけにいかない。友軍が前線で踏ん張れている場合、自分達だけが勝手に引いてしまうと布陣が乱れる。敗北し、大きく後退している場合は殿として自分達が最後まで踏ん張らねばならない。どちらにせよまだ下がれない、それでいて数的有利な敵が守りを固めてるときている。こうなってしまうと出来る事と言えばなるべく動きやすい環境を保って周囲の変化を待つしかない。本来、ある程度後詰として自由に動く事を予定していた彼らの艦隊であるが現実としては最初から最後まで"周りの環境の為に動いてはいけない"状態が続く事となってしまった。

 

「ここで腐っても仕方あるまい。明日中には情報が集まって何か指示が来ることを願うとしよう」

 

 ビュコックのこの一言が締めとなって一日が終わる。どうせ逃げられないだろうし、逃げてくれた方が有り難い。そう思っているであろう帝国艦隊は憎たらしいほど静かに何もしかけてこなかった。

 

 

「布陣は変わらず。だとしたらこちらも予定通りの布陣を」

 

 翌朝、朝食のサンドイッチをほおばりつつヤンが初動の指示を出す。帝国艦隊の位置に大きな変更はなく、やっかいな遊撃部隊はこちらから手を出せないが相手からはすぐに乱入できるという嫌な位置にいる。敵味方で違う点があるとすれば敵艦隊に昨日与えた損害は補強されていて元通りになっているがこちらにそのような予備はなく、その分不利になっているという事である。

 

「敵艦隊動きません」

 

「相手からしてみれば追いかけられる姿勢さえ保てれば戦う必要はないからね」

 

 昨日はここから同盟軍が動いたのだが一日戦って崩しきれないと判った以上、無理に攻める理由はない。かといって現在の位置から下げるわけにもいかない。何とも言えない緊張感が両軍艦隊に漂い、静かに時が過ぎる。

 

「本当に彼を出してしまってよろしかったのですか?」

 

 暇を持て余している艦橋でムライが一つの疑問をヤンにぶつける。

 

「逃げたい時に逃げれる可能性を少しでも上げたいからね。正面の艦隊だけなら私と参謀長で事足りる。でもあの遊撃部隊がどうも不気味だしフィッシャー少将にも許可はとってある。対応させるとしたら直接その場にいた方が早く動けるから悪い手ではないだろう」

 

 と、ヤンが応える。早朝、敵の布陣を確認したヤンが行った最初の指示が「フィッシャーに許可を取ってラインハルトをそっち(フィッシャーの乗艦)に送り込む」というものだった。ここからフィッシャーに伝えるのと直接横に立たせるのでは対応速度が段違いである。昨日の戦闘中からヤンは考えていたのだが流石に戦闘中の移動は危険なので今日、敵陣形確認後に移動させた。昨日の後半戦のように右翼をあまり動かさずに戦うという事を今日も続けられるとは思えない。いっその事、本隊と右翼を入れ替えてしまおうかとも考えたがそうすると左翼が遠くなり指揮効率が落ちるしなによりもそれを確認した敵遊撃部隊が本隊を避けて他の方向、例えば左翼後方とかに移動されてしまうと手に負えなくなる。なので本隊は中央そのままで右翼の対応力を上げるという対応になった。艦隊指揮官としては"平均よりややマシ"という程度である(と本人も認識している)フィッシャーには良い増援であろう。

 

「受信箱に追加がありました」

 

 フレデリカがその報告をしてきたのが正午過ぎ、布陣が完了し睨みあいと他愛のない小競り合いを開始してかなりの時間が経過していた。

 "受信箱"というのは電波障害等が激しい戦場で運用されている通信手段の一つ、その通称である。電波障害等が強まると遠方との通信がほぼ遮断されるのだが時に短時間、それも瞬間的に通じる時がある。携帯通信端末において"基本圏外だがたまにちょっとだけ繋がる"ような状態である。その一瞬の合間で最低限の情報伝達を行えるように通信状態を常時監視し、繋がった瞬間に自動伝達する情報をあらかじめ"送信箱"に用意しておく。それの受けとり側が"受信箱"である。

 

「情報が届いたのが第八・九・一〇艦隊。第八・一〇が司令部健在で第九は司令官が戦死なされたが副司令官が健在。当然ながら早期に通信が回復したという事は安全圏近くに移動出来たという事だし、艦隊規模も比較的保たれている。けど、言い方を変えるならまだ通信回復していない艦隊は非常に危ない状況、若しくはすでに組織的報告が出来ない状況という事だ」

 

 そういうとヤンは眉をひそめる。厄介な事としてその危ない状況かもしれないのがの第五・一三艦隊の直近である第三・一二艦隊であるという事だ。この二艦隊の位置が分かればそれに合わせて動く事が出来るのだが通信が途絶えているだけでまだ当初の位置に健在ならばこちらも現地を死守せねばならない。元々それが現地に陣取る理由の一つだからだ。そして最悪の想定が"第三・一二艦隊が早期壊滅し、敵艦隊がこちらに突っ込んでくる"事である。そうなってしまったらもう命令など関係なく自分達が生きるために後退するしかない。

 

「最寄りから最短でも二日程度はかかる距離です。戦闘時間を考えればあと一日程度の猶予があります。それまでに全貌が判ればよいのですが……そもそも総司令部は何をしているのでしょうか? イゼルローンを出たらしいですが情報の収集しか行っていません」

 

 ムライが状況を整理すると共に愚痴もこぼす。総司令部がイゼルローンを出た事は比較的早い段階で連絡が(受信箱に)来て把握は出来ているがその後、短時間ながら直接通信が可能となった時ですら出てくる指示は「艦隊にて掌握している艦艇数・地上要員数を知らせよ」のみである。

 

「情報が入った各艦隊が後退を開始している以上どこまで下がるかが問題だけど…………総司令部は集結させて反攻できるかを考えているかもしれないね」

 

「この状況でですか?」

 

 今度はムライが眉をひそめる。

 

「この状況だからこそ何か戦果を得なくてはいけない、そうしないと面目が保てない。総司令部でもさらにその上のほうでも、それを考えてしまったのならば"まだ何かできる事があるはずだ"と思ってしまいさらに深みに嵌る。いわゆるジリ損がドカ損というやつさ」

 

「踏みとどまれる勇気を持てるのならその勇気を逃げる事に使っていただきたいものです。もうこの戦いは負けているのですから」

 

「つまりは"損切り"すべきって事だね。私も同感だ」

 

 ムライはとても優秀な常識人であり奇抜な事は口にしない。その常識の範囲ですら"もう負けなのだから損切りで終わらせるべき"と言うまでになっている。それが現状であり、ヤンも全面同意する現実であった。しかしやっている事と言えばどうにもならない睨みあいであり、この状況が変化するにはもうしばらくの時間が必要とされていた。

 

 

 一〇月一二日一八時××分

 

「全艦隊に連絡、これより我が軍は全占領領域を放棄し撤退を開始する。全体の統率は総司令部が行うが現場での詳細については現地指揮官の判断を尊重し、その結果については全て総司令部が責任を取る」

「後陣艦隊は後退を開始、振り切ったら全力で逃げてよい」

 

 総司令部のこの連絡が届いた事で遂に第五・一三艦隊はこの出兵後初めてのフリーハンドを得た。

 

「さて、引くとするかの。この相手だけならなんとかなるだろうが後はどれだけ追加がやってくるか、だ」

 

 ビュコック提督からの合図を受けて第五・一三艦隊は本格的な後退を開始する。元々その際の動きについては事前に確認を行っていたのでスムーズに開始させる事が可能だが問題は相手がどれだけ本気で食いついて来るかである。この対峙そのものが"なぁなぁ"に近い状況になってしまっていた為、逆に本気の逃げだと思ってくれなかったら幸いである。だが帝国艦隊はそこまで甘くはなかった。

 

「両艦隊前進開始。敵の後退そのものの完全阻止は考えなくても良い。補給が間に合わなくなるまで全力で攻撃を続け、戦果を増やす事を考えよ」

 

 ミュッケンベルガーの号令で帝国艦隊が動き出す。この戦域においては初めての攻勢命令である。実の所、ミュッケンベルガーとしてはここの二個艦隊については戦果の対象としていなかった。政府からのオーダーとしては「今後、叛徒軍が大規模侵攻を躊躇うだけの損害を与えよ」となっていたのだが現実問題として侵攻軍全体を壊滅させる事はよほどの欲と運がない限り不可能である。侵攻軍の全容を把握、六個艦隊の誘導に成功した時点で攻勢はこの六個艦隊に集中し所在不明な残りの二個艦隊に関しては動きたくても動けない状況になるようにしてとことん"蚊帳の外"に追いやろうと決めた。六個艦隊の半分程度を潰せれば大規模な再侵攻の目はほぼ潰れる(※2)。残った二個艦隊への対応は他方面の戦果を把握してからで問題ない。そして結果として主目的の六個艦隊に対する戦果は目標を十分に達成したといえる。ならばあとは無理せず追加の戦果を積み重ねればいいだけだ。つまりはこの攻勢はおまけのようなものであり同盟軍第五・一三艦隊はこの"ついで"に付き合わされる事になったのである。

 後退を開始した第五・一三艦隊に帝国艦隊がへばりつく。数にまかせた平押し積極攻勢である。当然ながら前進よりも後退は遅い。その後退で追撃を振り切る為には戦いつつ隙を伺い、足が遅れるような打撃を与えて距離を稼ぐ必要があるのだが敵艦隊は多少の打撃程度では足を止めず後方から増援部隊を次から次へと前線に送り込んでくるので距離を開ける事が出来ない。これに対し第五・一三艦隊は防御主体の戦いで後退を続けつつ息切れの機会を伺う。

 

「もうそろそろ予備のやりくりが限界です」

 

「了解」

 

 ムライの報告にヤンが短く答える。後退戦を開始して半日以上が経過し、基礎体力と言うべき兵力差故の問題が顕著になってきた。損傷に対する回復というべき修理が間に合わない。艦隊の総数において相手が上回っているので当然ながら工作艦も多く、同じペースで損傷艦が発生しても前線復帰は相手の方が多く・早い。予備のやりくりに限界が来ると本来は修理してから戻したい艦も前線に送らざるを得なくなり損失率も上がる。数に磨り潰されるとはこういうものである。

 

「正面に対しては手持ちでやりくりするしかない。予備は全部右翼に回る事を前提に編成を」

 

 ヤンが指示し、ムライがやりくりの末にばらばらになった小部隊を一つの組織的部隊に編成する。予備を右翼に回さないといけない理由、それはやはりあの遊撃部隊が原因であった。正面の帝国艦隊が積極的に攻撃を仕掛けてくる中、その遊撃部隊はとても丁寧に右翼の右側面を削り続けていた。決して無理はせず反撃が来たら引き、余裕が出来たら攻撃をしに戻ってくる。正面艦隊と統一した指揮系統を持っていれば連携を見極める事が出来る。異なっていても連携を心掛けていれば繋がりを見つける事が出来る。しかし、その遊撃部隊は正面艦隊の都合など考えず勝手に動いているのでヤンは正面艦隊と戦う事で遊撃部隊の動きを読むという事が出来ない。仕方ないので予備を右翼に優先的に回したうえで派遣したラインハルトに見張らせる事で対応力を確保する。遊撃部隊がアクションを起こしたら見張っていたラインハルトが対応内容をフィッシャーに進言し迎撃。それで凌いで必要に応じてヤンが本指示が出す。実質的に右翼は常に挟撃を受けている形になるがここまで潰れずにやり過ごす事が出来ているのは初動に反応するラインハルトの紛れもない戦果であった。

 

 

 一〇月一三日一三時××分

 

「第一〇艦隊からの通信です!!」

 

 艦橋内のスタッフから歓声が上がる。第五艦隊でも同じ状況だろう。

 撤退戦は終わりが近づいていた。帝国艦隊の攻勢は補給を上回る継続消費による限界で勢いを潜め、普通の後退と普通の遅延攻撃の応酬となっていた。そうなると純粋な技量勝負となりビュコックとヤンの技量は相対する相手のそれを上回っているし、何よりもやっかいだった遊撃部隊が補給と思われる後退を行った事が行動に余裕を持たせる事になった。そして第一〇艦隊合流が秒読みとなった事を合図として帝国艦隊は前進をを停止した。

 

「よく来てくれた。恩に着る」

 

 ビュコックが今回の出兵後一度も見せていなかった笑顔でウランフを迎える。第五・一三艦隊は第一〇艦隊と合流し安全圏まで後退。あとはイゼルローンまで安全に帰るだけである。

 

「どれだけ失われ、それだけ残るか。どちらにせよ生き残ったからには最善を尽くすしかあるまいて。特に貴官はもうただの艦隊司令官の席に収まるとは思えんからの」

 

「喜びたくはありませんがやらないといけない事が増えるなら、引き受けるしかないでしょう」

 

 ビュコックの言葉にウランフが応える。同盟軍の人事は大きく入れ替わる。そして実績から考えて大事な席の一つにウランフが座る事になるのは確実であろう。

 

「といってもイゼルローンを正しく使える限り、戦力は最低限で済みます。それだけは救いでしょう」

 

「だと良いのだがな。さて、帰ろう」

 

 第五・一〇・一三艦隊を殿として侵攻軍が撤収する。「帝国領侵攻作戦」と名づけられた一連の戦闘は同盟軍の完全撤退で幕を下ろす事となったが侵攻した兵力の多くを失い、何一つ得るものはない。一士官の欲の具体化を六人の人が承認した結果起こされた戦いのなんともあっけない幕切れであった。

 

 

・自由惑星同盟帝国領侵攻軍

 

 戦闘艦艇

  参加艦艇:一一万四〇〇〇隻余(八個艦隊+総司令部直属)

  参加人員:一二〇〇万名余

  損失大破:五万四九〇〇隻余

  損失者数:五一二万名余

 地上戦要員・占領地支援非戦闘要員など

  参加人員:一六〇〇万名余(一個艦隊あたり二〇〇万人)

  損失者数:六九〇万名余

 その他

  参加人員:二〇〇万名余(イゼルローン要塞及び内地活動者)

  損失者数:なし

 合計

  参加人員:三〇〇〇万人余

  損失者数:一二〇二万名余

 

 

 

 

「一歩遅かったか。まぁ仕方あるまい」

 

 駆けつけていたメルカッツ・カルネミッツ両艦隊が合流したのは前進を停止して四時間後、敵艦隊は既に圏外に脱している。

 

「戦果は十分、戦略目標は達したと考えていいだろう。貴官も急な派遣でよくやってくれた。カストロプでの手腕はフロックではなかったようだな」

 

「いえ、戦果を上げたのは司令官の手腕。私はそれを少しお助けしただけです」

 

 ミュッケンベルガーの賛辞にキルヒアイスが遠慮がちに応える。第五・一三艦隊との戦闘が開始されれば作戦立案にかき集められた幕僚達は特にやる事が無くなる。それではもったいないと一部の幕僚には経験を積ませる為という名目で分艦隊に派遣となった。キルヒアイスも対象となり"敵第一三艦隊の側面攻撃"を担当する分艦隊に派遣されていた。

 

「貴官を派遣した場所からは全て"このままいてほしい"と賛辞を受けているのだ。そう自分を下げなくてもよろしい」

 

 ミュッケンベルガーが滅多に見せないご機嫌な顔でキルヒアイスに語りかける。

 

「で、手ごたえはどうだった?」

 

 機嫌がいいのか口が軽い。

 

「己の未熟さを思い知らされました。どのような手を使っても短時間で対応されてしまいます。特に初日より攻勢を開始してからの方が反応が鋭かったです。陣形が変わったという訳ではないので指揮官に変更はないでしょう。となると私と同じような立場の"派遣された担当"がいたのかもしれません」

 

「そうか。貴官にそこまで言わせる"担当"がいたとしたら……出世はして欲しくないものだな」

 

 そういうとミュッケンベルガーが立ち上がる。彼と幕僚に戻ったキルヒアイスにはまだ奪回地の事後処理が残っていた。万が一を考え、処理が終わるまで各艦隊は待機する予定であるがその予定はとある一報で覆される事になる。

 

 

 




 本作帝国軍首脳というかミュッケンベルガーさんは原作ラインハルト程の"欲"は無いので蚊帳の外にすると決めた第五・一三艦隊は"適度にお帰り下さい"な扱いです。なので最後は「え?これで終わり?」という流れになりましたが書いてある通りこの戦いは開始時点で既に面白みのない"消化試合"なのです。そう思うと原作で"アムリッツァで再戦せずにさっさと撤収した場合"のヤンはこれ以上に何もしてない形になるよなぁ、と。

 考えてみたらヤンってバーミリオン以外の戦い、基本全部防戦なんですよね(まぁ同盟の状況がそうなだけですけど)。ドーリア会戦(対第一一艦隊)の時もヤンの方が攻め手だったんだけど相手が先に分離攻撃という手を打って来たので"後の先"で動けましたし。なのでまだ艦隊指揮に慣れてない状態(というか実質的司令官初陣)で"守備主体+賢い遊撃隊+バックアップ(増援)有り"相手にどこまでやれるのだろうか?という状態でした。

 ビュコック&ヤンはそこまで弱くない!と思う方もいると思いますが実際の所、適切なコンディションを保っている艦隊同士の戦いは1日でケリがついてしまう事の方が少ないはずだと思います。ましてや片方が負けない戦を心掛けるとよほどのことが無い限り崩れません。良い例がランテマリオでしょう。そう考えないと原作開始までの消耗で両国とも潰れています。原作開始後のペースが異常なのです。

 第五・一三艦隊は至近の帝国艦隊の妨害のせいで他艦隊~総司令部のやりとりがほぼほぼ拾えてません。伝わりにくくなっていると総司令部が判っているので入手した情報を"送信箱"に用意しておき、それを拾う事でなんとか状況を把握していたという流れです。


※1:専用の艦隊機動データ
 標準データに対してその艦隊の編成(艦種毎の数、同艦種でも世代などの違いによる差異)による差分を元にした修正を加えたもの。分艦隊を構成する小部隊単位の修正機動データを元に分艦隊のを修正してそれを元に艦隊の・・・といった具合に修正が入りまくるので標準データそのままと適切なチューニングがされた専用データでは同じ動きでも効率が全く違う。これを随時管理修正するのが艦隊運用担当でありその名人と言われているのがフィッシャー。フィッシャー本人も分艦隊司令官として戦っているので戦闘中に細かく指示している訳ではなくこういった事前データを作る事で貢献しているのである。欠点があるとしたらあくまでも専用の機動データなのでその艦隊の状況に合わせて作られるわけであり他の艦隊にそのまま適用が出来ない事である。それ(汎用データ化)が出来るのならフィッシャーはもっと昇進しててそれ用の重役になってる。 という作者認識。

※2:大規模侵攻の可能性
 どういう結果になるにせよ一旦落ち着いたら同盟軍の配備は首都防衛1・イゼルローン防衛1・その他(=侵攻戦力)になる。同盟軍が一〇個艦隊である事は把握したので三個艦隊が消えると残七個、その他になるのが五個。この五個を丸ごと使う勇気はもう(国力的に)ないだろうし帝国と同じ考えなら定期的に侵攻につかうのは使える戦力の三分の一程度、それなら建築予定の防衛ライン(艦隊規模駐留可能)で対応できる。というのがミュッケンベルガーの皮算用。
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