偽書・銀河英雄伝説   作:隠居おっさん

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 多分、本作で今の所"一番ミスってはいけない回"のはずです。


No.27 捕虜交換式

 

「それじゃあ、行ってくるわ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 七九七年一月二八日、キャゼルヌ率いる捕虜交換式事務班+対策室工作調査チームがハイネセンを出発した。到着予定は二月一五日(※1)である。使者が接触して一週間程度ではあるが応援として来た専用スタッフは侵攻作戦時の後方チーム中心(※2)でありキャゼルヌとしても安心して仕事を任せることが出来た。そうでなければ今この瞬間も仕事をしつつの出発となっただろう。

 

「そっちも宜しく頼むよ」

 

「わかりました。古巣なので挨拶するタイミングを作るのは大丈夫でしょう」

 

 ラインハルトとも軽く会話を交わす、こちらのメインは工作調査。それの関連でちょっとした追加お仕事が発生しているのである。

 

「これでしばらくの間、こっちの仕事はペースが落ちるなぁ」

 

 見送りから戻りつつヤンがぼやく。しかし工作調査は戻ってきてからが本番だし対策班キャゼルヌチームの当面業務はキャゼルヌが出発前に(何をどうやったか判らないが捕虜交換式の準備をしつつ全員分の資料を用意して)指示済みである。

 

「戻られてからの仕事に支障が出ないように対策室本来の仕事を進めておかなくてはいけませんね」

 

 キャゼルヌ、ラインハルト、ユリアンが行ってしまったので対策班唯一のヤン(さぼり)対応要員になった感のあるフレデリカがさりげなく当面の仕事に誘導する。恐らくは彼らからたっぷりとレクチャーを受けていたのであろう、ヤンは出張組の帰還まで途切れなく積み上げられるお仕事を淡々とこなす羽目になるのである。

 

 

 一行は予定通り二月一五日にイゼルローンへ到着した。

 

「あれがイゼルローン要塞。映像で見た事はありますが、やはり実物は違うものですね」

 

 一行の中で唯一、イゼルローンを直接訪れた事のなかったユリアンが当然のような反応を見せる。

 

「まぁお前さんが職業軍人にでもならない限り、最初で最後の訪問だ。従卒としての仕事はしてもらうが理由をつけて内部もある程度見学出来るようには手配するさ」

 

 何かの資料をペラペラめくりながらキャゼルヌが応える。ここまでの移動中も彼の仕事は止まらなかった。この移動期間は当然ながら外部情報のアクセスに制限がかかるのではあるが手持ちの資料だけで出来る対策室の仕事を用意してこなしていた(君たちも対策室の人だから、とラインハルト&ユリアンにも作業を割り振る徹底性)、同行する捕虜交換会人員に準備の指示をしつつ、である。ただ、本人曰く

 

「やりたくてやっている訳じゃない。やらないとどうしようもない程に積み重なってるんだ。来年の予算請求を考えれば夏までに必要な形を作り終えてないといけないんだぞ!」

 

という事である。現実問題、室長であるヤンは"こんなこといいな、できたらいいな"とひたすら考えるのが役目でありそれをかなえてくれるのは周囲のみんなみんなみんな(他組織の人たち)であり、ふしぎなポッケもべんりなどうぐも無い以上、みんながかなえてくれるような形に事務職が落とし込まないといけないしお金の絡むそれを取り仕切るのがキャゼルヌの役目なのである。余計な時間などどこにもない。

 

「本艦はこれより、イゼルローン要塞第×ゲートに着艦致します。各要員達は○○:××までに準備を済ませ、所定の位置にて・・・・」

 

 そんなこんなで艦はイゼルローンにたどり着く。

 

「よし、対策室本業はここまで。ここからまずは捕虜交換式準備の〆だ。時間は限られているからお前たちも頼むぞ」

 

 いつの間にか準備を済ませているキャゼルヌが周囲に声をかけて準備を促す。二月一五日一六時四四分、ハイネセン捕虜交換式事務班+対策室工作調査チーム、イゼルローン要塞に到着。

 

「ウランフ大将から夕飯を誘われているが来るか?対策室の面子は追加できるぞ?」

 

 到着の時間が時間だったので挨拶だけを軽く済ませこの日の仕事は終了となり各々が割り当てられた客室に戻る中、キャゼルヌがラインハルトとユリアンに声をかける。

 

「すいません。私は古巣(薔薇の騎士)の方から誘われてまして」

 

「あそこか、確か頼まれ事があるんだったな。やれるうちにやっとくといい。それと多分、成人になってるから色々と手荒い"歓迎"になるかもしれんから注意しとけよ」

 

 ラインハルトが残念そうに断りを入れ、キャゼルヌがその理由を察すると共に注意を促す。

 

「流石に明日からの仕事に影響が出る事にはならないと思いますが・・・・注意しておきます」

 

 そそくさとラインハルトが立ち去り、あっという間に姿を消す。

 

「まぁ、飲み屋は山ほどできてるだろうが"そういうお店(※3)"はまだ開いたとは聞いてないから大丈夫か。じゃあ、俺達二人で行くとしようか」

 

 そういうとキャゼルヌはユリアンを誘い、士官食堂へと足を進める。到着初日はこうして終了した。

 翌日からは捕虜交換式の最終準備である。同盟側は二〇〇万人という捕虜に対して倍する輸送艦が待機している。半分は返還する捕虜を満載しており、もう半分は帰還する捕虜を受け入れる艦である。暴動その他の対策として捕虜交換そのものはイゼルローンを介さず艦艇同士で行う事とされた。この指示に対してキャゼルヌ以下の事務班は各地から捕虜達を個別輸送すると共に同量の空き輸送艦と大量の生活物資を準備した。キャゼルヌ達が交換式当日より早い到着となったのはこのかき集めた捕虜達を原隊毎にまとめた形で空き輸送艦に移動(※4)させると共に捕虜名簿の最終確認&更新、そして空いた輸送船を今度は帝国から帰還する捕虜の受け入れ先として掃除する。こういう作業を当日までにこなす必要があるからであった。そしてその作業が一段落する頃、帝国艦隊が姿を現した。

 

 

「やっと来たか、面倒だが次の仕事が始まるぞ。判らない者もいるだろうから言っておくが、これまでの作業が優しく感じるくらいの"本番"だぞ」

 

 二月十九日、予定していた時間通りに帝国艦隊が姿を現す。そうは言っても使節団などが乗っているであろう戦艦数隻が随伴しているだけで大部分が捕虜輸送艦とその管制艦である(※5)。船団から離れた戦艦がイゼルローンに入港する。イゼルローン司令部としてはこの瞬間まであの艦が全て自爆艦で・・という不安があったが流石にここまで来たらそれは無いだろう。安心した雰囲気が司令部に広がる。しかしここから始まる交換式という晴れやかな式典の裏では同盟帝国両国の事務班による起こるべくして起きる諸問題との戦いも始まるのである。

 

「はぁ?連結橋の規格が合わない?こういう時にわざわざこっちが帝国規格に合わせると思ってるのか?イゼルローンに鹵獲した帝国フェザーン規格の変換連結機があるはずだ、そこから更にこっち(同盟)への変換機を繋げろ。無いなら予備のシャトルでピストン輸送だ!」

「何?階級に合わせた個室を用意しろ、と。はっはっは、将官でもない限り集団部屋だ。汎用兵員輸送艦にそれだけの余剰あるわけないだろ。駄々こねるのなら雑倉庫を個室と称して突っ込んでけ!」

「帝国に帰りたくない、と。収容所からの出発前と直前の再編移動の時に確認したよね? そんなこともあろうと予備艦は数隻用意してある。そこに移動してもらえ」

「帰還兵が顔を見合わせたとたんに大喧嘩?何故に"失敗して捕虜になった部隊"と"その失敗のせいで捕虜になった部隊"を同じ艦に入れるんだよ!事前に同艦禁止の原隊リストは作ってるはずだろ!」

 

 前例のない二〇〇万人同士の捕虜移動である、何も起きないはずはなく・・・・。晴れやかな交換式典がスクリーンに映る最中、何かがある度にキャゼルヌが走り(正直混乱しているので足を運ばないと何も進まなくなる)ラインハルトが追走する。尚、ユリアンは事務班作業室でお茶くみ兼雑務兼最下級使い走りでてんてこまいである。

 イゼルローンをせわしく移動するキャゼルヌ達と帝国軍服を着た人がすれ違う、帝国側事務班の面々なのだが暗黙の了解で階級問わず目礼のみで敬礼不要である。彼らがここにいるのは当然ながら問題が起きるのは帝国側も同様であるし何かあれば双方顔を合わせてすり合わせないといけないし、という事で使節団とは別に事務班もイゼルローンへでの作業が許可される運びになっていた(※6)。

 

 そしてその時もキャゼルヌはラインハルトを連れてとある他部署部屋から戻ってくる最中であった

 

「軍服がそこまで足りなくなるとは・・・侵攻戦帰還組が多いから大丈夫だろうと思ってたのだがなぁ・・・・ 少佐!預けている資料の生活雑貨の二番の札がついたのを・・・・ってどうした?」

 

 キャゼルヌが振り返るとラインハルトが突っ立っている。目はこちらを向いているはずなのだがこちらを見ていない。無意識に鞄を床に置き、両腕を組んで首を傾げて何かを考えている。そのラインハルト越しにたった今すれ違った帝国軍人が同じように考え込む背中を見せており、上官らしき者が"これはなんでしょう?"とこちらにアイコンタクトを送ってくる。そのままどうしようもない時間が、恐らく数秒程度のはずだがとても長く感じる時間が経過した時、

 

「キルヒアイス!! ジークフリード・キルヒアイス!!!!」

「ラインハルト!! ラインハルト・フォン・ミューゼル!!!!」

 

 合図をしたかのように二人が振り返り、指を指し叫ぶ。"ほかの人がいなくてよかったな"とキャゼルヌが思う。完全に学芸会における下手糞演技感動の1シーンである。

 

「まさかこんな所で会えるとは!!いや、うん、本当に!!!」

「一〇年、かな?変わっているはずなのに本当に変わってない!!」

「それはお互い様だ!!」

 

 抱き合い、お互いに背中を力いっぱい叩きながら言葉を交わす。完全に二人の世界に入っており、その他のものが全部頭から飛び出している。

 

(とりあえずあちらさんは、准将か。こっちから口を出した方がいいかな)

 

 そう考えるとキャゼルヌが二人の世界を横目に相手の上官の元に足を進める。

 

「自由惑星同盟軍少将、アレックス・キャゼルヌです。捕虜交換式の事務対応を行っております。彼は、まぁ、そちらからの亡命者でして・・・」

 

 同盟軍式の正式な敬礼をしつつ相手に事情を伝える。

 

「何事かと思いましたがなるほど、そういう事情でしたか。・・・・失礼。銀河帝国軍准将、ウルリッヒ・ケスラーと申します。同じく事務対応として場を借りております」

 

 帝国軍式の丁寧な返礼をしつつ、ケスラーが応える。

 

「それにしても、どうしましょうかね?これ?」

 

「立場の違いはあれど、あれは特別な関係だったのでしょう。仕方ないといいましょうかなんというか」

 

 まだ二人の世界を見つめる困った二人が困り果てる。"後でお互いに確認は必要となってしまいますが・・"とケスラーが呟きつつ時計を見て決める。

 

「キルヒアイス大佐!」

 

「あ、はい!!」

 

 ケスラーの呼びかけでやっと二人の世界が解放される。

 

「三〇分だ。それまでに戻ってくるように。名目は"捕虜交換のアクシデント等について若い者に情報交換させておいた"だ。それと判っていると思うが捕虜交換式以外の軍規、いや、軍務に関する事と政治に関わる全ての会話は禁止だ。相手が関係する事を口にした場合、漏らさず報告するように。いいな」

 

 ケスラーの許可にキルヒアイスが無言の敬礼で応える。

 

「右に同じく、だ。何が良くて何が悪いかは言わなくても判るね。ちなみにそこの廊下の一つ目の十字路を右に行った所に位置が悪くて不人気な自販機コーナーがある。多分誰もいない。では」

 

 キャゼルヌも許可を出し、ケスラーに軽く会釈をすると(彼がが床に置いた資料入り鞄を拾って)立ち去る。何時の間にかケスラーも立ち去っており、廊下には二人が残った。どうやら感情爆発の反動が来たのか、二人っきりになった時から妙に気まずい空気が流れ始める。

 

「とりあえず、その人がいなさそうって場所まで行こうか」

 

「そうだね」

 

 建前上の名目をもらっておいたとは言えやはり同盟軍人と帝国軍人が二人っきりになるのは何か気まずい以上の何かが発生するらしく二人はおどおどいそいそと言われた場所に移動する。傍から見ると逆におどおどしすぎて怪しまれないレベルである。

 

「と、とりあえず久しぶり!」

 

 ラインハルトが腕を出し、キルヒアイスが握り返す。

 

「それにしても大佐とは凄いな。同年代でその階級は聞いたことが無い」

 

「・・・上官に恵まれたからね。君こそ少佐というのも凄いじゃないか。なんというか、こっちよりそういう人事とかはなさそうだし」

 

 相手が云々とは言えない、運と片付けてもいけない、贔屓人事とも言えない、なかなかに会話が難しい。

 

「こっちも上官のお陰だよ。おかげで階級に頭がついていかない」

 

 お互いに"特別な武勲等が無い限り、こんな階級にはなれない"とは判っているがそれを口に出す事は出来ない。"どの戦いに参加していたのか?"は重要な軍務情報だ。

 

「その、君とご家族には迷惑な事にならなかっただろうか?だとしたら本当にすまない。何せやった事が事だから・・・」

 

 この会話は続けられない、と思ったラインハルトがやっと落ち着いて"言わなくてはいけないと思っていた事"を口にし、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「うん、まぁ、事態が事態だからそれなりに騒ぎになったし事情聴取というかそういう事もあったよ。けど、あまり周囲を巻きこんで大騒ぎはしたくなかったんだろうね。警察からの話はすぐに終わったよ」

 

「そうか。厳しい追及がなくて良かったよ。そういうのがあったらどう顔を合わせていいものかと・・・・・ それで、なんだけど私の父は・・・・」

 

 最も知りたい事。やはりそれに話が行ってしまう。

 

「・・・その日から数日経って、いつもとは違う車が来てそれに乗ったのは見た。そして直ぐに引っ越し業者が来て」

 

 キルヒアイスがそこで口を止める。つまりはそれが"最後"という事だ。

 

「そうか。・・・・ありがとう」

 

 そう答えるしかない。どちらの勢力なのかはわからないがきちんと"後片付け"も用意しているあたりもう何も残っていないのであろう。

 

「こういう別れになった以上、あの時にその覚悟はしてた。君の御両親はまだ健在なのだろう?だとしたら大事にしてやってくれ」

 

「・・・・・そうだね」

 

 キルヒアイスの返答が少し遅れる。何か理由があるのかもしれないがそこまで入れ込むわけにはいかない、とラインハルトは口を紡ぐ。

 

「そういえば、お姉さんは元気かい?」

 

 キルヒアイスも同様なのだろう、違う話に切り替える。

 

「元気だよ。今は菓子職人として経済的にも自立できている」

 

「それは天職だ。・・・お菓子も料理も、みんな美味しかったからなぁ」

 

 表裏ない話題になり、ごく自然に言葉が弾み、時は進む。

 

 

「もうそろそろ、時間だね」

 

「そうだな。時間だ」

 

 壁に掛けられている時計を二人が見つめる。指定の時間まであと七分。軍人が不可抗力無しでの遅刻などあってはならないのでもう時は無い。

 

「本当に会えるとは思わなかった。君が軍人になるとは思ってもみなかったから」

 

「・・・ならなかったら徴兵で兵卒だから、ね。"生き抜く"為にはこうするしかなかった」

 

「そうか。"生き抜く"為に、か。私はその為とはいえ国そのものから逃げてしまった・・・・」

 

「だけど、だからまた会えた」

 

「あぁ、会えた」

 

 二人がゆっくりと戻り始める。十字路まで戻った所でそれまで一度も遭遇しなかった他人と初めて遭遇する。"え?"という顔で二人を見つめるその人と何とも言えないぎぐしゃく感で通り過ぎようとする二人。すれ違った直後、それは思いついた。

 

「すいません!!」 「は、はい!!」

 

 振り返ったラインハルトがおもむろに声をかけ、その人が驚いたように反応する。

 

「えーーー、あーーー、こ、これで私達の写真を取ってもらえませんか!!」

 

「こちらにもお願いします」

 

 ラインハルトがじたばたと携帯端末を突き出し、キルヒアイスが落ち着いて自分の物を差し出した。

 

 

 次の十字路にたどり着く。ここで同盟側と帝国側に事務室への道が分かれる。

 

「それじゃ」

 

「うん」

 

 二人が向かい合う。

 

「武勲を祈る事は出来ない。でも、お互いに"満足した"と言えるまで"生き抜こう"」

 

「うん。"生き抜こう"」

 

 二人がそれぞれ、己の国の形で敬礼を交わす。背を向ける。歩み出す。そこから二人は振り返らなかった。一瞬でも振り返ってしまうと溜まっている感情が爆発しそうで、どうなるか判らなくて、我慢して、二人は前に進んだ。

 

 

「お疲れ様。申し訳ないけど何を話したのか簡潔でもいいからまとめておくように。それと"どのような意見交換を行ったか"についてはこっちで台本を作ってあちらにも根回ししておくから記憶しておく事。・・・・・あと、顔洗ってこい。そんなくしゃ顔で仕事されたら誰も話しかけられん」

 

「はい」

 

 戻って来たラインハルトにキャゼルヌがあえて事務的に話しかける。顔を洗って戻って来るとスクリーンには交換式の様子が映し出されている。代表同士のやり取りも終わり、事務担当同士が締めの手続きを行っている様だ。交換式は終わりに近づこうとしていた。

 

 

「戻って来たか。・・どうした?顔が怖いぞ」

 

 戻って来たキルヒアイスを見るなり、驚いたようにケスラーが尋ねる。

 

「・・・!! 申し訳ありません、気持ちを入れ替えないと、と力み過ぎてしまったようです」

 

 そういうと両頬をパンパンと軽く叩く。それだけでキルヒアイスの表情がいつもの姿に戻る。

 

「すまないが会話の内容をまとめておくように。痛くない腹を探られんようにこちらで辻褄は合わせておく。さて、三〇分の時間は与えたが仕事を免除したという訳ではない。雑務はデスクに置いておいたのでさっそくではあるが片付けておいて欲しい」

 

 自分のデスクに戻るキルヒアイスを見つめケスラーが考える。

 

(ラインハルト・フォン・ミューゼル、といったな。亡命者、ミューゼル姓。あの記録にそれらしき記載があった気がする。記憶が正しければ表沙汰に出来ない腹いせに関係者に悪質な八つ当たりがあったようだが・・・・)

 

 ケスラーはそこで考えを止め、己の分の雑務を処理し始める。積み重なっていた書類も随分と減り、交換式が終わりに近づいている事を感じさせる。スクリーンに移る交換式は終了を迎えていた。

 

 

「戦争なんぞ、やらんで済めばそれでいいはずなのですがなぁ」

 

 目の前で行われいる事務担当の作業を見守りつつシュヴァルベルクが呟く。代表者としての仕事はもう無いのであとは見守るのみである。

「しかし我々はそうしなくてはいけない国是を掲げてしまっています」

 

 その呟きに同じく見守るだけのウランフが反応する。

 

「両者共に既に足はガクガク。倒れない為には相手にもたれかかる必要がある。しかしその姿勢でお互いに殴りあう。傍から見ると正気を疑う光景ですな」

 

「しかし、止める事は出来ない」

 

「そう。殴り合い続けるという事自体があたりまえでそれに疑問を挟もうという考えが起こらない」

 

 何を合図にしたという事もなく二人は同時にため息をつく。結局の所、軍人というのは一般市民から見る以上に戦いたくないものなのだ。正常な精神を持った者が死ぬ可能性が高くなる所に好き好んで行くものか。

 

「この銀河にく・・・勢力が二つ、いや三つは少なすぎるのでしょうなぁ」

 

 シュヴァルベルクが思わず国という言葉を使いそうになり、慌てて言いなおす。

 

「かといって一つ二つ増やそうとしても一強が生まれるだけでしょう。人類が地球のみで暮らしていた時代には何百もの国があり、我々のような間柄であっても話し合いの出来る多国間論議の場があったと言い伝えられていますが・・・」

 

「想像もできませんな」

 

 それだけの国があるのなら帝国のような国是は笑いものになるだけだろう。それだけの国があるのなら同盟は建国せずに他の国に亡命すればいいだけだろう。それだけの国があるのなら安易な懲罰・拡大戦争は起こせないだろう。それだけの国があるのなら正反対の国是だろうと国の形の一つと認められるだろう。

 

「だが、今は我々しかいない」

 

「せめて、我々が最後だった、にはしたくないものですな」

 

 作業をしていた事務担当が合図を送る。全てが終わったようだ。

 

「それでは次は戦場で・・・・・会いたくはありませんな」

 

「まったくです」

 

 二人は握手を交わし別れる。敬礼でなかったのは殺し合う軍人としてではなく、人と人としての別れにしたかったという無意識の行動なのかもしれない。こうして銀河帝国と自由惑星同盟の人道的見地に基づく捕虜交換式は終了し、双方共に二〇〇万人という人が再び祖国の地に戻れる事となった。

 

 

 イゼルローンからの帰路。戦艦バルバロッサに用意された艦隊司令官用個室でジークフリード・キルヒアイスは束の間の休息を取ることになった。本来使用すべき部屋ではないと固辞したのだが"この艦で一番偉いのだから艦長個室より上位の部屋にいてもらわないと困る"と艦長から押し付けられたのだ。任務のどたばたもあり、この帰路にやらないといけない事は設定されていない。帰還後に待ち受けているであろう次の戦いが激務になる事は確実なのでたまには英気を養うのも良いだろうとキルヒアイスはだらける事を決める。

 

「それにしても、会うとはなぁ。確かに軍人と言われると納得しかない選択だけど」

 

 ラフな格好になり、ベッドに横たわる。そうするとやはり彼との遭遇が脳内をかき乱す。思い起こせば二〇年程度の人生であるがあの一家がお隣さんだったのは年にも満たないまさしく一瞬といえなくもない短い期間であった。しかしその輝かしいばかりの姉弟はキルヒアイスに残りの時間全てを上回る光、そして影をもたらした。本当にあの時、よく耐える事が出来たものだと思う。

 

「次は、あるのかな? まぁ・・・・・・・・・・・どうでもいいや」

 

 気が抜けたのか眠気が押し寄せ、彼はその流れに身を任せる事にする。ゆっくりと意識が遠のく中でキルヒアイスは彼に、最後の言葉を語りかけていた。

 

 

 追及が無くて良かった。あぁ、そうだね。表向きの組織がやる事には限りがあるからね。ご両親を大切に。あぁ、そうだね。壊れてしまっても両親は両親だからね。軍人になるとは思わなかった。あぁ、そうだね。でもそれ以外に忠義を示す方法が無かったからね。生き抜く為に。あぁ、そうだね。その結果が今だからね。

 生き抜く為に仮面を被り続けた。誰からも有益な人間であるように、誰からも不利益な人間にならないように。露骨に媚も売った、人には言えない媚も売った。人に誇れる事もした、人に誇れぬ事もした。運よく元帥に拾われ、売る必要は無くなったがまだ終わらない、むしろこれからが始まり。その為にちょっとそっちを騒がしくさせるかもしれないけど謝らなくてもいいよね。だって生き抜く為なのだから。君のお陰でここにいる。ありがとう。でも、君のお陰でここにいる。これはやはり、ありがとう以外の何かがあるんだ。

 




 この職場でヤンは一番偉くて権力有るはずなのに自由に動ける気配が全くないんですよね。精神的優越者三名(キャゼルヌ、フレデリカ、ユリアン)が強すぎる。そしてラインハルトは己の身の安全の為にそういう時はヤンの味方につかない(いつも後でヤンにじと目で愚痴られる)。

 ウルリッヒ・ケスラー。帝国領侵攻作戦で実名を出しそびれた原作人3号。辺境基地勤務(准将)で支援要員として戦闘領域後方で待機、戦闘後奪回地の住民支援や捕虜対応に従事。そのまま現地で捕虜対応を行っていた関係でそのまま交換会要員として参加。ちなみに1号と2号は"先任将校"と"ディッケル艦隊の実質的指揮官だった参謀長"です。

 かなり最初の方に"キルヒアイス出世RTAを書くタイミングが無かった"みたいな事を書いた気がしますが最初からこの回の事を予定していたが為の嘘です。書けませんので。

※1:イゼルローンまでの移動時間
 艦隊移動よりも早いのは集団で同時移動の調整が必要ない事と艦隊規模のワープに適した大きなポイントより当然ながら単艦移動ならOKというポイントの方が遥かに多く、効率の良い長距離ワープをやりやすいからである。

※2:元侵攻作戦後方チーム
 彼らに罪は無いのだが対面的な物もあってか控えめな部署等に回されており"とても優秀なのだが外したら困るような仕事を抱えていない"という状態だった。いい機会なのでここで働かせたうえで(=功績挙げさせて)力量に相応しい部署に戻そう、という後方勤務本部上層部の思惑で集められた。何せ総軍五〇〇〇万のうち三〇〇〇万を動かした作戦の兵站を切り盛りしていた連中である。さっさと本来の働き場に戻らないと抜けた穴のせいで組織がマヒる。

※3:そういうお店
 ラインハルトは古巣との飲みの後に前連隊長から「"そういうお店"はまだ開いていないが行くところに行けば密かな学び相手はいるものでな」とどこかに連れ去られようとしましたが本気モードの現連隊長に止められて断念した模様。ちなみに"そういうお店"がまだ開いていないのは「あの要塞事務監さん(=ムライ)が怖くてまだ(そういうお店を開いていいか)尋ねる事が出来ていない」からである。実際の所としては「(軍人が多いので)男性比率が高くなるであろう人口数百万人予定の"都市"で合法的なその手の店がないというのは治安上逆に危険である」という事を常識的に認識しているので合法的手続きで許可を求めれば即OKは出る。実際にムライさん、そういう厳格な性格っぽいのは確かであるが"ヤンがいるので&ヤンファミリーがああなので意図的にそういう仮面を被り続けた"側面もある。それが無い本作ではある程度は崩れるかな、と思ったが本作でもイゼルローンにはアッテンボローがいてシェーンコップとポプランもいる事になっていて(要地に相応しい優秀な陸戦隊と要塞航空隊を揃える際に自然とやってきた)、ウランフもヤン程ではないが少しくらいいだろうって放任しちゃうくらいの懐の深さはありそうなので結局ムライの役目変わんねぇじゃねぇか!って感じになってる。

※4:捕虜の移動
 組織的行動や防諜上の理由で獲得した捕虜は各地の捕虜収容所にある程度バラけた形で収容されている。返す際にそういうバラバラな状態だと失礼なので整頓が必要なのである。

※5:帝国艦艇
 回廊まで護衛してきた艦艇がいるのだが回廊内までくるのは流石に無礼だろうという事で回廊出口に待機している。

※6:イゼルローン作業許可
 当然ながら現在イゼルローンは同盟所有となっているので使節団含め帝国入港者は全員IDカード発行となる。嫌な顔されるけど。
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