三月一八日、イゼルローンを出発した帰還捕虜輸送船団は関係者を乗せてハイネセンに到着した。予定より八日遅れの到着であった。
「ご無事でなによりです。お仕事が八日分追加で詰み上がっているのでよろしくお願いします」
「そうだろうとは思ってはいたが結構危なかったんだぞ」
対策室チームを迎えに来たヤンにキャゼルヌがげんなりと答える。しかしそのヤンは船団の遅れが届く度に眉をひそめ、航路が改竄されていたという連絡に不安を隠せず、二日間連絡が完全に途絶えた時は文字通り死んだような顔色になっていた。フレデリカは一部始終を見ていたが(言ったら恐らくヤンにぼやかれるので)口にしない。しかし、対策室の人達に丸見えだったので遠からず耳には入るだろう。
「では国内情報のまとめですが……」
久しぶりに対策室主要メンバーが集結しひとまずの情報交換が開始される。といってもイゼルローン出張組からの報告は大体受けてきているので出張組が手にしにくい情報が主になる。そして当然ながら説明役はヤンではなくフレデリカである。
「事前に頂きました帰還者リストのデータ照会は完了しています。危険思想の記録がある人やそれらの層へ深い接触のある人などについては本部長指揮下で結成された特務班にて動向調査などを行う予定です。また、フェザーン方面からについては定期的に解放される帰還兵(※1)の確認を情報部が随時行っている関係もありそちらから情報を回して頂いてるそうです。その情報によると交換式と同時期に通常よりも多くの兵が帰還するとの事。イゼルローン方面とセットにして特務班が対応するという事です」
「データ照会は先に出来たが兵の帰還そのものは今日だからな、調査といってもこれからだろう。これは専門外なのだがそもそも何か悪さをしようとしたとして国を揺るがす大騒ぎだ。直ぐに起こせるものではないだろう?」
フレデリカの説明に頷きながらキャゼルヌが尋ねる。
「ただのテロで終わらせず大事にするのであれば規模に相応しい大義名分と旗頭が必要です。事を大きくするのであれば、地方との連携も必要ですがこれから接触していかなくてはいけません。取り込む相手を選ぶのにも一定の時間は必要でしょうから少なくともこれから動き出すそれらの尻尾を特務班が行う動向調査で掴めるかどうか、になるでしょう。そういう規模であればどれだけ急いでも一ヵ月はないと形に出来ません」
ヤンも考えていたのかすらすらと回答が返ってくる。
「そういうものか。それでだな、少佐もユリアンもそれらしき"匂い"は感じられなかったそうだ。実際の所、二〇〇万人対二人での限界はお前さんも織り込み済みだとは思うがな」
キャゼルヌが横目で同席している両名を眺めながら言う。二人は"申し訳ありません"と恐縮するがキャゼルヌの指摘通りなのでヤンは気にしない。
「それは仕方ないさ、そこまで見え見えで来ることは無いしね。それはそれで良しとしてお願いしていた方はどうなったかな?」
ヤンがラインハルトに追加でお願いしていた事を聞く。
「はい。そちらに関しては現地の司令部に許可を頂き、古巣にお願い事はしておきました。回答に関しては丁度こちらに来る予定だった方がいましたので明日か明後日にも私を訪ねてくるという名目で挨拶に来るそうです。それとウランフ司令が選別した幹部にのみ要件を伝えた形になりますが予想外の方から一つ提案というか推薦が来てまして」
そういうとラインハルトが封書を一つ取り出す。ヤンが受取り裏を見ると良く知っている後輩の名前が書かれており思わず"うわぁ"っと呟いてしまう。
「どうした?」
キャゼルヌが不思議そうに尋ねるとヤンはその裏を見せ、キャゼルヌもやっぱり"うわぁ"と反応する。とりあえずヤンが封書の中を確認し、メッセージらしき用紙と同封されていた古びた鍵を取り出す。そしてメッセージを確認する。
「うん。まぁ、確かに目的は達せられそうだけど、民間人を巻き込むのはなぁ」
「そもそも俺はお願い事の詳細を知らん。もうそろそろ教えてもらってもいいか?」
ヤンがぼやきを聞いてキャゼルヌが尋ねる。
「そういえばまだ詳細は先輩に話していませんでしたね」
そういうとヤンが説明を始める。
工作対策としては本部長指揮下で結成された特務班がメインになる事になっているのでこちら(対策室)としては"表に出せない万が一への備え"の手を打っておこうという事にした。それは1:統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官の両名に対する追加のSP(但しこれは日常的に張り付くのではなく(そもそも日頃からSPは付いている)必要に応じて周辺で目を光らせるのが目的)、対策室(場合によっては本部長や司令長官)が使える影のMPの用意、そして2:(考えたくもない)万が一に備えた外部との連絡手段の確保である。その為に1:薔薇の騎士連隊から密かに人員を借り受ける、2:地上戦の専門家である薔薇の騎士連隊に知恵を借りる(※2)、という手段を取ったのである。当然ながら統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官からは内諾と非公開の命令書を受領している(※3)。
「それで少佐の古巣をメインに、か。でもあれはイゼルローン常駐だろ? こっちに来る予定の人がいたっていってもこちらに待機させるわけにはいかないんじゃないか? …………って、ん、あれ? 少佐、そういえば"連隊の事務所"ってどうなってるんだ? あれもイゼルローン常駐か??」
ヤンの説明にキャゼルヌが当然の反応を出しかけて何かを思い出したらしくラインハルトに話を振る。
「副室長の疑問に手短に応えますと連隊の事務所は今後もハイネセンです、しかも少し規模が拡大します。後日挨拶に来た際に説明しようと思ってましたが……今軽くやってしまっていいですか?」
ラインハルトが二人に確認を取る。実際の所、薔薇の騎士連隊は特殊すぎて通常の部隊運用の枠を逸脱している。二人が目線で"どうぞ"としているのを確認するとラインハルトが薔薇の騎士連隊の事情というものを説明し始めた。
「そもそも副室長のおっしゃった"連隊の事務所"。これをどうするかで連隊内でも悩んだようです」
薔薇の騎士連隊は帝国の亡命者によって編成される都合上、通常の募兵とは別のルートが必要である。また、士官においてもまず第一に戦士としての強さが求められるので志願兵卒上がりからの現場叩き上げが大半を占める事になる(※4)。これらの募兵と下士官の士官過程への推挙・調整・支援等を取り仕切り、そして後援者(亡命者とその子孫たちよる支援団体)への対応を行うのが連帯司令部とは別となる"連隊事務所"なのである。そしてこの連隊事務所をイゼルローン常駐に伴い一緒に行くか? となり結果としてNoとなった。なんてことはない、イゼルローンに窓口を移動してしまったら志願者が集まらない。最前線の要塞である。関係者以外がほいほい行ける場所ではない。
「それで事務所はハイネセンに残り営業を続けることになったのですがそれとは別に陸戦の頻度もこれから大きく下がる事が予想されるので例年通りの志願者数でも予備部隊編成に人を回せる計算になりました。これに対応する為にイゼルローンに移動した司令部の代わりに新兵及び予備部隊を教練する指導隊が発足。その基幹要員がイゼルローンからやって来たという運びです。事情は話していますのでこちらの手伝いもする事を前提とした人選を行っています」
「了解。そういう事であれば都合がいい、向こうの本業に迷惑をかけない程度に協力してもらおう。けど問題はこっちだ……」
そういうとヤンが"後輩"からの便りをひらひらさせる。
「民間人、との事ですが?」
話を一旦巻き戻して、ラインハルトが尋ねる。
「うん。後輩、アッテンボローのお父さんはジャーナリストでね。この親有りてこの子有りというべきかなかなかにひねくれたお人らしい。本心はともかく"反権力という立ち位置"での報道を続けている人らしいから想定している"最悪の状況"での連絡手段確保協力をお願いしちゃうと良い意味でも悪い意味でもジャーナリストとして張り切ってしまいそうで……」
「軍人の立場からしたら友好かつ協力的な民間人は有難いのですが同時に非常に困りますね……安全な所からの情報・支援のみでお願いしますといっても後ろからこっそりカメラと通信機器持って追いかけてきそうですし」
う~ん、と三人で頭を傾げる。というのも事前にアポを取ると"今、こういう事考えてます"と言わねばならないし事が起きた後だとそもそも接触できるかが判らない。そもそもヤンは民間人を巻き込む事をまったく想定していなかった。
「今日明日事が起きるというのはありえないので一旦保留で、後は薔薇の騎士の人達を交えて詳細を詰めよう。式典後だから数日後といった所だと思う、日付の方は少佐が確認しておいてもらえるかな。向こうの予定にこっちが合わせる形でいいよ。さて、私はこれから司令長官の所に行かないといけないから対策室としての立ち回りについては一旦これでおしまい」
そう言うとヤンがそそくさと準備を始める。
「何か特別な用事でも?」
「フィッシャー少将の第二艦隊が近々出撃予定なんだ。先延ばしにしていた事とか色々やってもらう予定になってるしなによりも再編成後初めての星域外行動だからその打ち合わせにね。じゃ、行ってくる」
ラインハルトの問いに短く答えるとヤンはフレデリカを伴って出発する。"嵐が起きるのだとしてもまだしばらく時間がある"、そう考えていたのだが嵐となる台風の目は既に足元で渦を巻き始めていた。
「まず最初に。前にも話しておいたが先日到着したものに含まれているという話の"後続者"たちであるが当然あ奴らも厳しくマークしている。なので直接の接触は持たず、最低限の情報交換のみとし独自に動いてもらう形を取ろうと思う。そうすればそれ自体がこちらを隠す陽動になるだろうからな。あとは私の方で弄る事ができるだろう。故に事を成す本命は我々だけという気持ちを持ってもらいたい」
「それについては了解済みであるが名目上の旗頭の件はどうなった? いないのであれば貴官がそのままなってもいいのだが貴官だと正直な所、世間一般的な認知度はあまりないだろう。実力者である事は軍内部なら知らぬ者はいないだろうがな」
「候補者についてはある程度絞り込みは行えたが有力者が退役済みや遠方任地といった事もあり諦めるしかない状況になっている。残りの候補者になると確証を得られる感触が無い。最終的には誰かに絞って"事後承諾を得られる環境を作る"しかないだろう」
「貴官がそういうのであれば任せるしかない。しかし貴官で全て背負い込む必要はない。我々は同志だ。出来る事があればなんでも言ってもらいたい」
「その必要が出たら有り難く力をお借りする。……では、始めよう」
「ネプティス、カッファー、パルメレンド、シャンプール。この四ヵ所で可能な限り艦隊戦力を吸収する」
ディスプレイに映る星域図に四つに光点が存在する。
「現在、艦隊は実働が三つ、形だけは編成完了し訓練中なのが二つ、艦隊編成前の再編中の小部隊が多数となっている。まがりなりにも五個艦隊が存在する以上、地方の決起に対してある程度は吐き出さないと軍として示しがつかない。その上で薄くなった中央を取る」
静かな会議室に静寂が訪れる。異議が出ない事を確認するとその男が続ける。
「少数の兵で要所を抑えなくてはいけないが動かす名目は立っているので直前まで"それ"である事は気づかないだろう。目標は二つ。政治から軍事までの指揮系統を制圧し、麻痺させる事。次に軍民問わず軌道衛星帯に関係する機能を掌握する事。前者は当然ながら敵対する組織を封じる為であり、後者は内外問わず敵になりうる戦力を封じる為である」
「戦力を封じるのは首飾りの役目であろうが封じ込めれるのか? 首飾りは数個艦隊に匹敵する戦力と称されているが状況次第ではその数個艦隊の敵が外に存在するのかもしれないぞ?」
主導者らしき男の言葉に初めて異論が投げかけられる。
「それについては力攻めしない事を期待するしかない。と言いたい所だが恐らく手を出さないだろう。"犠牲が出ようと叩き潰して後から回復させればいい"と考えることが出来るのであれば現状のような腑抜けた整備計画など立てはせぬ。故にどこかで一時的な膠着状態になるだろう。そこからの交渉がある意味決戦といえるやもしれん」
「交渉? それが出来るのであればこうして立つ必要もないのではないか?」
他の者からも異論が出る。
「それは無理だ。軍首脳部は現状の貧弱な体制のままでいる事を自ら選び、政治はその口車に乗った。あ奴らは帝国を打倒するという国是に従わなかった、つまりそれは国に背いたといえるだろう。そういう輩に国としての正しき道を示し、理解させなければならん。帝国打倒の国是を果たす為には十分な兵力を蓄え、主導権を取り続ける必要がある。その為には悠長なことをせず十分な戦力を早期に回復させ、相手の領域で受け身ではない戦いを続けなければならぬ。そういう意味では我らもあ奴らも今、目的は違えど国内で血を流す事は望まないのだ。対峙したうえで正しい政治を取り戻し、そのうえで政治と交渉させる。それが筋道だ」
「我々はあくまでも国是に反した政治・軍事を正す事のみが目的。という事だな」
「そうだ。故に軍民問わず、相手が仕掛けてこない限りこちらからは撃たぬ。血を流すのは軍人の役目であり、それはここではないのだ」
かなり厳しい事であるのは判っている。口だけでは改めない輩を血を流す事なく口で改めるような環境を作るというのだ。しかし、そこまでして今、改めなくてはいけないと考えている人は沢山いる、だから今こうして集まる事が出来る。
「では、四ヵ所における初動の詳細なのだが…………」
静かに白熱する会議を一番後ろの席から冷めた目で見つめる男がいる。男の名はアーサー・リンチといった。
(まぁ、頑張れや。成功失敗はリクエストに入っていないのだがやるからには成功した方がありがたい。手配はしてもらえるがその方が"帰りやすい"からな。それにしてもこれは)
そう考えつつリンチは手元の紙を見つめる。そこには政府発表と軍内部で公知されている軍再建計画の概要が記載されている。
(現状を踏まえた一案としては悪くないと思うんだがな。これでも駄目でここまで熱中できる奴らなのだがらある意味うまくいくかもな。それにしても……)
紙の中に所々出てくる名前にどうしても気がひかれる。
(ヤン・ウェンリー"中将"ねぇ。新しい捕虜達からちらほらと名前を聞いてはいたがあのやる気のねぇ中尉殿がここまで重要人物になっているとは。そりゃ俺も年を食うわけだ)
そこまで考えると"おしまい"とばかりに紙を放り投げる。会議はなおも白熱している。しかしリンチはただそれを憮然とした表情で見つめるだけだった。
実際の所、ヤンがラインハルト(結果として+ユリアン)を送り込んだのは一歩間違えば複数年レベルで対策室籠りになりかねない事もあり理由を付けて色々な場所なりを経験させておいた方がいいという(彼にしては珍しい)気配りです。
※1:フェザーンからの帰還兵
高年齢、病気持ちなど労働力等にすらならない人達、そして相手にいた方がありがたい能力(=無能)の士官達を中心にやっかい払いの形でフェザーンの同盟国弁務官事務所に一方的な通告と共に現品を送り込んでいる。帝国としては労働の過程にて不運にも死亡してしまう事は仕方ないとしてもそれ以外の理由での死については罪悪感(?)があるのか帰還させてあげているのである。
※2:薔薇の騎士連隊の知恵
特殊環境下における非常時の地上~宇宙間の連絡手段の確保は地上戦要員にとって死活問題となる。なので考えたくもない万が一(首都星における通常通信環境のマヒ)の時にどのように外部との連絡手段を手に入れるか(用意するか)について恐らく同盟軍で最も経験値を積み重ねているであろう薔薇の騎士連隊にまずは知恵を借りてみようと考えた。艦隊側視点であればヤン本人も考えることが出来るし相談できる人も近くにいるのだが地上戦要員のツテはそこ(薔薇の騎士連隊)しかないしそこが一番優秀なので当然ながらそこに聞けばいいという話である。
※3:正式な命令書
これない状態で勝手に人の移動なんて手配した(させた)のなら当然ながら罰則、どころか首も飛びかねない職権乱用である。
※4:兵からの叩き上げ
シェーンコップも本作のラインハルトもこのルート。というか連隊規模維持でかつかつなので正式な士官学校を出た酔狂な亡命者新米少尉がやってきてもまず1年(中尉になるまで)じっくりと、などという事は無くいきなり小隊長として突っ込む時が多々あり、そしてさくっと死ぬ。本来新米少尉はベテラン下士官に補佐されて(又は実質的な指揮官として動いて)勉強するものなのだがここだとそんなまどろっこしい事はせずその下士官を指揮官(少尉)にしちまえ、がまかり通っている。なんであれ個の勇がないと何もできない部署なのである。