三月二四日、捕虜交換式に出席したシュヴァルベルクとキルヒアイスは迎えに来た一個艦隊(クエンツェル大将)に守られ、オーディンに帰還した。
「叛徒に対する迎撃からなので半年くらいか。まことにご苦労をおかけしてしまった」
司令長官室で出迎えたミュッケンベルガーがまずは礼を述べる。
「式が終わるまで外部との連絡は一切禁止とする。いきなりそのような命令が来たときは驚きましたが少なくとも交換式が終わるまでは秘匿にしたかった訳ですな」
「いかにも。フェザーン経由でいつか漏れるのは仕方ないとしてもあの式の時に誰かが口にしてしまう事は避けたかった」
それ故にシュヴァルベルクとキルヒアイスが"それ"を知ったのはイゼルローンを発ってから数日後であった。その後、傍受を恐れある程度限定された情報しか受け取れないまま帰還となったのである。
「お伝えした情報も重なりますがまずは事の流れを説明させていただきます」
実質的副司令長官格であるシュヴァルベルクが相手なので端役に任せる訳にはいかずアーベントロートが説明役となる。この中になってしまうと流石にキルヒアイスはおまけである。
時は新年、銀河帝国第三七代皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世の戴冠式までさかのぼる。
軍代表、ミュッケンベルガー元帥の祝辞は質素ではあるがその人柄と貫禄故にその力強さは皆、納得するものであった。
貴族代表、ブラウンシュヴァイク公爵及びリッテンハイム侯爵の祝辞は荘厳であったがその姿には何か空虚なものがあった。
「そなたらはまことに帝国の柱であり……」
エルウィン・ヨーゼフ二世が皇帝としての最初のお言葉を述べる。ゆったりとした口調なのは性格などではなく一〇歳という身の上を考えると一生懸命覚えたのを丁寧に思い出しながら述べているのであろう。
その姿を幕の裏ではらはらしながら見守る女性がいる。シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ子爵、先帝フリードリヒ四世の寵姫であり侯爵夫人の称号を得ていた彼女は先帝の崩御に伴い侯爵夫人の称号を返上、実家と同じ子爵位を一代限りで授かり独立しベーネミュンデ子爵となった。そして正式にエルウィン・ヨーゼフ二世の養育係を拝命したのである。
一〇年程前の先帝に対する寵姫献上争い、それに嫌気がさしたのか年齢からなのかその頃から先帝は"そっちの事"への興味を急激に失い残った趣味である造園に没頭する日々を送っていた。それを察したのか皇帝の種や寵愛(=間接的権力)を求める寵姫献上の動きは鳴りを潜め、現金な者たちは次期皇帝候補への売り込みを開始し、ブラウンシュヴァイク家とリッテンハイム家は貪欲にそれを飲み込んでいった。そして現役でありながらゆったりとその存在を薄めつつあった先帝に最後まで寄り添っていたシュザンナは先帝を傍らにありながらエルウィン・ヨーゼフの養育に関わり始める。彼女が彼の養育に乗り出した理由について正式な記録は残っていない。しかしその理由は誰にでも察する事は出来た。
「あの者らの娘に継がせる訳にはいかない。あの人が亡くなられるまでに必ずや皇帝に相応しきお方に育っていただきます」
その一念で養育係を厳選し、数少ない反二大貴族をかき集め、彼女は蟷螂の斧に等しき抵抗を開始した。激しい癇癪持ちであるエルウィン・ヨーゼフに厳しい躾として手を上げるのは彼女の役目であった(他の者は恐れおののいてそういう事を出来ない)。しばらくすると肝の座った他の養育係にも"躾"が出来る者が出始め、癇癪持ちは完全には治らなかったが少なくとも"(暴れて)いい時と悪い時がある"という事を身に染み付ける事に成功した。
「これからも帝国の為、余に忠義を尽くしてもらいたい」
お言葉が終わりどうやら間違いなく言えたのであろう、ほっとしたような顔を見せる。こういう時にはやはり年齢相当の顔を見せてしまう。
「帝国臣民、その忠義は常に陛下の元に。もし陛下のお心に反する者がおらば、必ずやうち滅ぼしてご覧にいれましょう」
首を垂れ、ミュッケンベルガーが恭しく応える。
「帝国の正道に背きし者は必ずや神罰が下るでありましょう」
ブラウンシュヴァイク公が応え、リッテンハイム侯と共に首を垂れる。
その姿を周囲の者は複雑な心境で見つめていた。ミュッケンベルガーは"陛下のお心に反する者"と言った、そしてブラウンシュヴァイクは"帝国の正道に背きし者"と言った。ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯、そして彼らと意を同ずる者たちにとって"帝国の正道に背きし者"とは誰の事なのか。流石にまだそこまでの"教育"はされていないのであろう、その言葉の意味する所をエルウィン・ヨーゼフ二世はまだ理解する事は出来なかった。しかし当事者達にとってそれは実質的な"宣戦布告"とも取れる宣言であった。
これで腹をくくったのか元々くくっていたのか、その後ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯は中央(政府)から距離を置き、理由を付けては諸侯らとの会合に勤しみ始めた。戴冠式の言葉にせよこの会合にせよ表面上は形どっている為、政府(=リヒテンラーデ)にしても咎める理由とする訳にはいかない。そもそもお互いに大義名分の為、出来るものなら相手に先に手を出させたいと考えているからには口を出せない。それが判っているのでブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯は建前だけはきっちりと守りながらも準備を進める。そして機が熟したと判断した二月一一日、オーディンにおけるブラウンシュヴァイク公の別荘があるリュプシュタットの森に集合した者達によって通称「リュプシュタットの盟約」と呼ばれる決起宣言が行われた。
伝統ある貴族社会の合意が無く行われた皇位継承は帝国の正道に背くものでありリヒテンラーデは宰相執政就任という権力簒奪をもってその野心を明らかにした。
かの者を排すると共に傀儡として擁立された新帝をその楔から解放し、帝国の政を正しき形に戻す。
それこそ伝統ある帝国貴族の責務である。
我々はただ、帝国を正しい姿に戻したいだけであり、もし非を認め悔い改めるのであれば対話のテーブルは常に用意してある。
しかし、このテーブルにつかぬというのであればやむを得ず実力を用い、その座から退いてもらうまでである。
簒奪者の暴挙に臆するなかれ。まこと帝国に従う志あらば我らの元に集え。共に真の帝国の道を歩まん。
盟主:ブラウンシュヴァイク公オットー
副盟主:リッテンハイム侯ウィルヘルム
参加した貴族三三七〇名、最終的に集結した軍事兵力は正規軍・私兵を合計し二六四〇万名。彼らはこれを"リュプシュタット帝国正道軍"と評した(※1)。
この決起に対し政府、つまりはリヒテンラーデ公(宰相兼摂政就任に伴い、侯爵より陞爵)と軍部の動きは迅速であった。そもそもこうなるように精神的に追い詰めた側である。その時が来たら何をするかなどという事は前々から定まっていた。
宇宙艦隊におけるいわゆる"貴族枠"となっていた六個艦隊の司令官を解任。
過去にさかのぼり、この"貴族枠艦隊司令官"としての昇進を取り消し。
盟約署名者に対し、最初で最後の弁明を行う機会を与える事を皇帝名義で通達。
etc
これに対し盟約側は無言をもって回答とし、自領へと引き上げる。貴族枠艦隊司令官達もその直属部隊(※2)と共に去っていった。そしてこれを正規軍側は事前に防ぐことも打ち倒す事もしなかった。こちらもある意味覚悟を固めており"全部吐き出させてからまとめて薙ぎ払う"と決めていたからである。そして各人の軍事的旗色(+中立)が明確になった所で、それぞれ手持ちとなった兵力を再編する事になる。尚、この最中にシュヴァルベルク達が帰還するタイミングが重なる為、出迎えの艦隊を("何があっても最悪の結果にはならない"クエンツェル大将を司令官として)送り込んだ。
●正規軍
盟約側として離脱した艦、戦闘可能な練度に達していない艦(※3)を除き艦艇数一六八〇〇〇隻、これを貴族枠艦隊六個を除く元の一二個艦隊+新規一個艦隊の合計一三個艦隊として再編。戦闘可能な練度に達していない艦(一〇〇〇〇隻)は予備とし合計一七八〇〇〇隻。盟約側として離脱した将官には高級指揮官は含まれていないが中堅指揮官級人材などは少なからず抜けてしまったので緊急の穴埋めとしてこの戦いが終わるまでという期間限定の特例措置という形で実力者の抜擢を行う事で埋めた。
尚、首都防衛及び万が一の同盟軍再侵攻への備えとして数個艦隊の首都常駐が必要と見積もられている。
また、正規軍に属する各星域治安維持部隊に対し治安維持に必要な最低限の数を残し、残りを星域単位で集結させておくようにと指示を出してはいるが総数で言うなら広大な貴族領の防衛部隊(=治安維持部隊)に対し劣勢である。
●盟約軍
軍事兵力は正規軍・私兵を合計し二六四〇万名、艦艇数は二〇万以上と号しているが貴族領の防衛兵力も含んでいるので丸々正規軍と当たるわけではない。総司令官にブラウンシュヴァイク公、副司令官にリッテンハイム侯、各司令官格には貴族枠艦隊司令官経験者などを中心に編成。彼ら幹部を支える幕僚として彼らのお抱え軍人(貴族枠艦隊や私兵艦隊を実際に指揮運用している人達)をかき集め総司令部を結成。総司令部の指示の元、各家や一門などで集合し数千隻単位で部隊を編成、さらにその部隊を複数組み合わせて艦隊とする。艦隊と部隊の指揮官は貴族としての格を考慮したものになっており総司令部→艦隊司令部→部隊司令部の指揮系統は"指揮官の艦隊指揮能力を考慮しないのであれば"スムーズに進むものになっている。各部隊は貴族枠艦隊が持ってきた正規軍用編成・訓練プログラム(※4)により部隊としての形を最低限整えている。また、総司令部(=貴族枠艦隊司令官経験者)はその経験を元に"各家のお抱え軍人を艦隊・部隊司令部に必ず配備し、参謀乃至実質的司令官としてその能力を活用する事"という訓示を出し、少しでも艦隊能力が向上するように仕向けた。
結果として動かせない貴族領防衛兵力を除き、九個艦隊+独立部隊多数で一三九〇〇〇隻が正規軍と直接対峙する機動兵力として用意される事になった。
その状況下で盟約側は"本月末日までに対話の意志を示さぬのであれば武をもってその不義を正す"と最終勧告を行い。政府側は"拝謁し陛下に釈明する事こそが対話である"と返答。お互いが望み、なるべくしてなった全面戦争がもう目前となっている。そのような一触即発の状態となっている時にシュヴァルベルク達は帰還したのである。
「いやはや、やっと帰って来たかと思っていたが……。どうやら一休みする時もないようですな」
いざ事が起きれば再び数か月は休む暇はない。シュヴァルベルクが諦めたかのように呟く。
「申し訳ありませんが閣下は既に副司令官として任命されておりまして、色々と手続きや準備をして頂く必要が出てしまっております」
流石に申し訳なさそうにアーベントロートが書類を差し出す。その書類をシュヴァルベルクがやれやれといった表情で受け取る。
「もうやる、と決まっているという認識でよろしいかな? 戦の手立ては立っている、と?」
書類を流し見しつつ、シュヴァルベルクが確認を取る。
「次代に残さぬ為に盟約とやらに名を連ねた者たちは潰す。家に残された者達は条件次第では存続を許すがそれなりに身を削ってもらう事になるだろう。そして戦の手立てについてはこれから詰めていく所だ」
ミュッケンベルガーが応え、傍らで静かにしていたキルヒアイスに目を向ける。"これがお前の仕事だ"と視線が語りキルヒアイスは静かに頷き返す。
「状況は既に後戻りも止まる事も出来ない所まで来ている。遥か古の言葉でいうのであれば"賽は投げられた"という状態らしい」
そう締めくくるとミュッケンベルガーが席を立つ。シュヴァルベルクやキルヒアイスも席を立ち、各々が自分のやるべき事を行う。起こるべくして起こした嵐は目の前に迫っていた。
──────────────-正規軍及び盟約軍の編成──────────────-
●正規軍
ミュッケンベルガーが掌握していた正規軍一二個艦隊からも盟約側に参加する為に抜け出す艦は多数いたので貴族枠艦隊残存で穴埋め、その残りでなんとか一個艦隊編成できそうだから編成、さらに残ったのが戦闘可能な練度に達していない艦となる。
艦隊司令官(及び序列)は以下の通り。
ミュッケンベルガー元帥
シュヴァルベルク上級大将(※:正式に副司令長官拝命)
メルカッツ上級大将
ヴァルテンベルク上級大将(※:首都防衛艦隊)
カルネミッツ大将
アイゼナッハ大将
クエンツェル大将
シュターデン大将
フォーゲル大将
ファーレンハイト中将
フレーゲル中将
ケンプ中将
ロイエンタール中将
グリッセリン"元"中将が軍規違反等の罪で軍籍剥奪、後任として同艦隊よりカール・グスタフ・ケンプ少将が期間限定特例措置昇進。フレーゲル中将は司令官として不向きであったディッケル中将(アイゼナッハを艦隊指揮に専念させる為、彼の主任務であった後方任務に専念)の代わりに指揮を取る事を命じられる。オスカー・フォン・ロイエンタール中将(期間限定特例措置昇進)は急遽編成される事になった一三個目の艦隊司令官として通称"艦隊司令官有力者枠"となっていたシュヴァルベルク艦隊先頭集団分艦隊司令官から引っこ抜いて着任させた。尚、イゼルローンに行く羽目になったシュヴァルベルク帰還前の決定であり完全に艦隊司令官未許可のぶっこ抜きとなる。ロイエンタールが勤めていたシュヴァルベルク艦隊先頭集団分艦隊司令官の後任はミッターマイヤー少将(こちらは正式昇進、門閥貴族とのゴタゴタで一階級低くなっていたが手切れになったので元に戻す意味で"あの時の降格は無効"という処置を取った)
●盟約軍
中核兵力の一つはいわゆる"貴族枠艦隊"から持ち帰った艦。これらは正規軍所属でありながら徴兵先などを自領などからかき集めており、実質的な"もう一つの私兵艦隊"となっていた。それとは別に他艦隊(上記正規軍艦隊)や地方(辺境)警備隊などからこまぎれに参加する艦が各々集まって来た。
艦隊司令官(及び序列)は以下の通り。(最後の()は派閥)
ブラウンシュヴァイク公爵
リッテンハイム侯爵
ジェファーズ侯爵(リ)
アイゼンフート伯爵(ブ)
アヌフリエフ子爵(リ)
ヒルデスハイム伯爵(ブ)
サブロニエール子爵(ブ)
モントーヤ男爵(リ)
ウシーリョ伯爵(ブ)
基本として貴族枠艦隊の艦隊司令官がそのまま艦隊を率いる形になった。貴族枠艦隊司令官の椅子自体がブラウンシュヴァイク&リッテンハイム両氏から選ばれるものなので両陣営内での有力者であり門閥貴族的上下関係的にも上に立ちやすい人選となっている。彼らと過去の貴族枠艦隊司令官などが総司令部の中核でありフレーゲル程ではないが少しは"立場が人を変えた"者達もいるので"正規軍と対峙する"という現実を少しは理解して彼らなりにかなり必死に編成等を行っている。そういった事もあり頭を抱えている総司令部の人達にはブラウンシュヴァイク派、リッテンハイム派の垣根を超えた妙な連帯感が発生している。
それにしてもアーベントロートさんがここまで頻繁に出番があるとは思ってもみなかったのである。そして将来的に後任を考えねばならんのだが・・・・・候補がいないんだよね、貴族系参謀。オの人は無理だし。そういえばミッターマイヤーが司令長官してた時の参謀長って誰だっけ?そもそも司令長官になっても大抵の場合ラインハルトも出張ってるんで現場総指揮官じゃなくて現場前線部隊統率者しかやってねぇんだよみっちゃん。
※1:リュプシュタットの盟約、リュプシュタット帝国正道軍
以後、これらに関する言葉は"盟約"という単語を使用します(盟約側、盟約軍など)
※2:貴族枠艦隊司令官の直属部隊
書類上は正規艦隊における艦隊司令官の直属部隊であるが軍から割り当てられた運営用人員以外の要員選出(徴兵先含む)などが全て自家・自領からとなっており、実質的に自領のとは別の"私兵艦隊"となっている。なので掛け声一つで自領に戻るし、そうするのが当たり前という思考になっている。
※3:戦闘可能な練度に達していない艦
同盟の帝国領侵攻作戦での損害回復の為に新規徴兵され、訓練担当である貴族枠艦隊に配備されていた艦にはまだ最低限の訓練すら完了していない艦が多数残っている。
※4:編成・訓練プログラム
貴族枠艦隊がその任務としていた新兵訓練の為に使用していた正規軍謹製の教育プログラム。標準的な部隊編成配置と機動運用に関わる情報などが詰め込まれており、部隊の内容(艦種、数など)を入力すると適切な基本編成を作成してくれる。