「勅命である。私党を組み、余の座を覆さんとする者達を討て」
「御意」
エルウィン・ヨーゼフ二世の言葉にミュッケンベルガーが短く答える。余計な事は言わない、いつものミュッケンベルガーである。
四月六日、遂に勅命が下り盟約軍(正式自称名:リップシュタット帝国正道軍)は文字通りの"逆賊"となった。準備万端の正規軍は即日行動を開始する。盟約軍主力は大部分が本拠地としているガイエスブルク要塞及びその周辺に集結していると確認済みであるが正規軍はこれに対し軍を四つに分けた。
・先発隊
メルカッツ上級大将
ケンプ中将
フレーゲル中将
目標:一言で言えば露払い。盟約軍から見れば動く挑発行為であるフレーゲルと抜擢人事で提督になった平民というこれもあまり心情宜しくないであろうケンプを表に立てて本隊と連絡が取れる範囲で前進し叩ける敵をひたすら叩くという潰し役。尚、地上戦要員は伴わず艦隊戦に集中する事となっている。
・本隊
ミュッケンベルガー元帥
カルネミッツ大将
アイゼナッハ大将
シュターデン大将
フォーゲル大将
ファーレンハイト中将
目的:先発隊の後詰、敵拠点(要塞等)の無力化。拠点占拠等の為、オフレッサー上級大将率いる装甲擲弾兵主力が同行している。頼りにしている三枚(シュヴァルベルク・メルカッツ・クエンツェル)が外れており精彩を欠くカルネミッツ(※1)、艦隊戦が得意という訳ではないアイゼナッハ、あまり頼りにしていないシュターデン、フォーゲル、まだ若くて実力を把握しきれていないファーレンハイトといった具合に少々物足りない布陣になっている事をミュッケンベルガーは嘆いている。
・遊撃隊
シュヴァルベルク上級大将
目的:ブラウンシュヴァイク家及びリッテンハイム家の領土のみをひたすら荒らす。他の部隊と異なりこの遊撃隊のみ近隣星域の正規軍地方基地兵力の運用を許可されている(他の星域は盟約軍の各貴族領守備兵力を牽制する為にひとまず兵力維持を命じられている)
・首都星待機
ヴァルテンベルク上級大将
クエンツェル大将
ロイエンタール中将
目的:首都星防衛、万が一の同盟軍侵攻に対する待機、練度の低いロイエンタール艦隊及び艦隊未編入艦艇の可能な限りの訓練。但し、同盟には"仕掛け"をしており侵攻は無いと判断しているので頃合いを見て(盟約軍の強襲が無いと判断した時点で)後詰として動かす予定。
勅命を受けた翌日七日に先発隊及び遊撃隊が出発、その翌日に本隊が出発を開始した。先発隊は予定通り盟約軍本拠地であるガイエスブルク要塞に向けた航路を取るのだがここで"盟約軍に全てを吐き出させたうえでまとめて薙ぎ払う"とした正規軍の方針故に避けられない問題が立ちふさがる事になる。
そもそも何故、ガイエスブルク要塞という軍要所が盟約軍の制圧下にあるのか?
この問いに関する答えを得る為には帝国内部に存在する要塞の扱いを紐解いていかなくてはいけない。これらの要塞は帝国の支配域拡大などに伴う最前線の防衛や交通要所の支配権確保の為に作られていった。そして貴族、特に支配力の大きい大貴族(後の門閥貴族)などは建造当初より関わっていく事になる。まだ政府・軍部・貴族の鼎がそこまで崩れていない時期、政府・軍部は最前線(勢力圏最外部)の防衛(この場合は勢力圏外に逃亡した反勢力や海賊、組織化した追放棄民が相手)の要を必要としており、貴族はまだ十分な私兵を擁するに至っていなかったので軍部の保護を必要としていた。その結果、要塞建造に対して貴族側は比較的協力体制にあり、建造物資等を自領から黒字ぎりぎりの低価格で提供したりもした。
しかし、支配域が拡大するにつれそこまでの拠点(要塞)は必要ない事が判明し適度な星を直轄領とし基地を整備する方向へ変化していった。その後さらに支配域が拡大する事によってもはや安全圏と言える場所にしか存在しなくなったそれら要塞はただの中継基地施設へと変貌していった。そしてそこに目を付けたのが門閥貴族側である。大きさを問わず、要塞司令というのはステータスのある軍役職である。そして中継基地施設としての役目については要塞故に存在する要塞事務監に押し付けることが出来る。門閥貴族は軍のステータスを得る為に建造時からの付き合いのある要塞の司令席を求め、政府・軍部は段々と五月蠅くなってきた門閥貴族へのガス抜きを込めて中継基地施設としての運用の邪魔をしない事を条件にその席を与える事にした。
後は段々の乗っ取りである。元々門閥貴族達は広大な領土を持つ為、優秀な運営官僚といえる人材を要していた。その運営官僚をゴリ推し、コネ、実力などで要塞事務監の席に付ける。要塞事務監がその手の人になってしまったのでその下で働く幹部達もそのツテで集めた人材の方が使いやすいので増えていく。下働きの人達(徴兵対象)も自領土出身者で固める。徴兵される側にとっても最前線に送られる事なく徴兵義務を果たせるのでむしろ感謝する。こうして要塞は彼らの庭となった。一応要塞は国の所有物でありまだ理性が十分にあった時代に結んだ契約を元に預かっているので中継基地施設としての仕事は真面目にやっていた。それ故にこの時に至るまで使われなくなっていた部分も含めて要塞は比較的整備された状態であったのだが盟約軍が発足すると共に当然ながら要塞は丸ごと彼らの基地になったのである。
これらの要塞陣に対しての盟約軍総司令部の運用であるが……大半を放棄する、という決断を下した。ある程度現実を理解し、お抱えの専門家を交えて検討した結果としてこれらの要塞陣に関しては
「遺憾ながら多くの要塞に兵を割いた場合、我々総司令部はそれを有効に連携させる事は出来ず、孤立化した分散兵が発生するだけである(※2)」
という判断を下したのである。結果として盟約軍はガイエスブルク、ガルミッシュ、レンテンベルクに要塞運用要員を集約。ガイエスブルクを本陣、レンテンベルクを最前線拠点、ガルミッシュを予備と定義し、その他の要塞については偵察部隊とその処理班のみを残し、物資を根こそぎ持ちだして(※3)戦力という意味では完全に放棄された。
「情報収集の結果、敵はレンテンベルク要塞を最前線の拠点としている事が判明したが艦隊規模は不明である。我々はまずこの要塞を攻略するルートにて前進し、艦隊戦を挑んでくるのであればこれの撃破を最優先とする。先鋒はフレーゲル提督。敵規模が不明な為、想定以上であれば無理せず後退を。細かい所はメックリンガー参謀長、補佐をよろしくお願いします」
「了解した/しました」
先発隊三個艦隊を指揮するメルカッツの命令にフレーゲルとメックリンガーがそれぞれ応え、正規軍はついに戦闘区域(=一時的な民間船立ち入り禁止指定区域)への侵入を開始した。先頭は総司令部指定の当て馬、フレーゲル艦隊。メルカッツとしては無理せず常道、正攻法として抜擢人事であるが経験豊かなケンプに任せたかったのだが総司令部の命である以上、こうするしかなかった。フレーゲル艦隊からさらに偵察艦が先行し、敵艦隊の情報を感知する。数は一個艦隊。宇宙は広い、けど狭い。お互いの位置が判明すると会敵する場所は自ずと定まる。そして四月一九日、最初の会戦がアルテナ星域にて発生した。
「なんだあの陣形は?」
盟約軍の艦隊を率いるヒルデスハイム伯は待ち受けていたフレーゲル艦隊の姿を確認すると直に"???? "という状態になり傍らにいる実質的司令官である初老家人(ヒルデスハイム家私兵艦隊のまとめ役)マーヒェンス予備役少将の方に顔を向ける。
「攻め手を限定させる効果はありそうですがどう見ても相手よりこちらの方が多くを当てられそうですな」
マーヒェンスが第一印象を述べる。
フレーゲル艦隊はドーナツ状に敷設された機雷の中央の穴を塞ぐように分艦隊が配置されており、他の部隊は機雷の裏に隠れていると思われる。穴は極端に狭いという訳でもなく適切な(細目の)紡錘陣形で突き進めば通り抜けられるのでは? という程度の大きさである。しかし、穴の後ろではなく塞ぐような形で敵がいるので浅めのU字陣形で火点を集中すれば一方的に叩けるようにも見える。ドーナツの外側から敵が回り込まなければ、であるが。
「敵艦隊の旗艦、識別出来ました。正面の部隊にいます」
「この距離で出来るのか?」
「識別した、といいますか識別信号を発信しています。艦名は……」
「通信が入っております。繋げますか?」
「この艦に私がいる事は宣伝済みだからな。食いつくかも、と思ったらあっさり食いついたか」
本人も、事情を知っている司令部スタッフも皆、苦笑いを浮かべる。フレーゲルはカップに残ったコーヒーを一気に飲み干すと席から立ちあがる。
「よし、繋げてくれ」
参謀長以下幕僚達はあえて映像に入らない位置に移動する。そして回線が繋がった。
「久しぶりだなヒルデスハイム伯、まさかお互い軍艦に乗っての対面となるとはな」
「………………」
「どうされたのかな? そちらから繋げてきたのだろう。用件があるのはそちらではないのですかな?」
帝国軍軍服姿のフレーゲルが余裕綽々といった風情で尋ねる。見えない所にいる幕僚達の方が落ち着かない。しかし失うものが何もない、というか全部取り上げられてるフレーゲルは自分でも内心驚くほどにすっきりしている。なんてことはない、状況極まって色々と麻痺しているだけである。
「貴、貴様、そこで何をしている!!!!」
それがヒルデスハイム伯の第一声であった。この第一声を聞いてメックリンガーとフェルナーが顔を合わせて頷きあう。この一言で分かる、これは相手にとっても予定していた対話ではない、フレーゲルだから思わず繋げてしまったものだ。それでこの状況であるならば、フレーゲルは(多分)負けない。
「何をしていると言われましても……帝国軍人として国に仇なす逆賊の討伐に赴いているだけですが?」
フレーゲルの涼しい全力ストレートにヒルデスハイムのこめかみに浮かぶ筋がより明らかになる。
「ぎゃ、逆賊!? 我々を逆賊というか!!!」
「それはまぁ、恐れ多くも皇帝陛下に武をもって逆らうからには逆賊でしょう」
「我々は正義である!!! 伝統ある貴族の責務としてこの間違った世を正そうとしているのだ!!!」
「私の知る限り、貴族の義務とやらにそのような事が法定義されているとは聞いたことがありませんな」
「お前は貴族の責務をなんと心得る!!!!」
「神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝の定めし法の元、忠義に励み、民の範となり、広くその御威光を世に広める事である」
「帝国とはすなわち我々貴族界あってのものだ! 我々が支えるからこその銀河帝国なのだ!! お前はブラウンシュヴァイク公から、長きにわたり貴族の伝統を守護されていたあのお方の元で一体何を学んできたのだ!! 貴族の伝統というものは……」
独演会に入ったヒルデスハイムをフレーゲルは恐ろしく冷めた目で見つめる。冷めた心の奥底に何とも言い難い感情が湧き出してくる。ここ数年でひたすら溜まり続けていた何かが。
「……改めて聞く! 我々のこの大義をなんと心得る!!!」
「おもちゃ売り場で駄々をこねる小僧だな」
ごく自然に出てきたその一言に場の全てが凍り付く。
「おもちゃ売り場であれが欲しいこれが欲しいと駄々をこね、売り切れだろうがお金が不足していようがやだやだやだ買う買う買うと喚き散らす、そんな小僧みたいなものだ。所詮は体と共に我欲まで肥大化した子供がやだやだあれがいいあれはやだと泣きわめいているだけではないか。何が伝統だ、何が正義だ、ただお前らの望みどおりにならない事に我慢が出来ないだけではないか。それならいっその事、大声を上げてしまえばいい。"銀河帝国を我々の好き勝手にさせろ"、と。いい加減に盟約とやらに名を連ねた者共以外からは呆れた目で見られている事に気づけ、馬鹿者が」
静まり返った艦橋で冷めている顔と冷めていく顔が向かい合っている。見えない所でメックリンガーが(器用に無音で)コンソールを叩き、何か指示を出す。冷めていく顔が再び今まで以上に赤くなり何か大声で叫ぶようなタイミング(音声が直前で切られた)で、映像が途切れた。
「全軍突撃!!! あ奴を殺せぇぇぇぇぇ!!!」
ヒルデスハイムが顔を真っ赤にして命令(?)を下す。
「なりません! やみくもに突入しても場が混乱するだけで」
「じじいは黙ってろぉ」
グチャ
慌てて止めに入るマーヒェンスをヒルデスハイムが力任せに殴りつける。吹き飛ばされたマーヒェンスは激しく頭をぶつけ、ピクリとも動かなくなる。ヒルデスハイムが腰からブラスターを抜き、おもむろに頭上に一発撃つ。
「口答えするな! つべこべ言わずに全軍に突撃命令を出せ!!!」
命令を聞く前から動いたのか、聞いたから動いたのか、ヒルデスハイム艦隊の大部分がそのドーナツの穴を目掛け突撃を開始した。
「一応は想定していた形の一つになります。予定通りの布陣で宜しいでしょうか?」
立ち尽くすフレーゲルにメックリンガーが確認を求める。
「ん? あぁ、確かにそんなパターンがあったな。宜しい、予定通りの行動を」
フレーゲルが応えるとメックリンガーがオペレーターの方を向き、何か合図をする。予測済みで用意していたのであろう、それだけでオペレーターは各部隊に指示の伝達を行い始める。
「それにしても、お見事、と言うべきなのでしょうか?」
思わず含み笑いになりつつメックリンガーが尋ねる。
「自分でもびっくりするくらい勝手に口に出たものだが、結果的には成功と言った所だな」
従卒から受け取ったタオルで顔を拭き。すっきりさせたフレーゲルが応える。
「それにしてもあいつの姿は……いや、これは今はいい。戦いに集中しよう。動きはどうなっている?」
気持ちを入れ替えて戦況を示すスクリーンを見上げる。そのスクリーンにはヒルデスハイム艦隊のそれこそ大部分が、突撃の無謀さを悟り且つ味方の濁流に巻き込まれなかった一部分を除いて穴に吸い込まれるように進む様が映し出されていた。穴を塞いでいたフレーゲル艦隊本隊が下がり、穴を抜けた敵を待ち受けるかのように両翼と共に陣形を整える。どれくらいが穴に来るかで本隊以外の包囲数を調整する必要があるがほほほぼ穴に来てしまったので後陣を予備とし、本隊と両翼が丸ごと包囲網に加わる。常識的に考えればそのような穴に考え無しに突っ込む事など在り得ないのだが……
「敵艦隊、来ます。陣形不明、文字通り流れ込んできます」
「ヒルデスハイム家程であれば十分な経験のある武官家人がいるはずなのだが?」
「あれだけの形相でしたので聞く耳を持つとは思えませんが艦隊全体がそうなるとは想定外ですな」
その武官家人が逆上の鉄拳で医務室送りになっている事など予測できるはずもなく、フレーゲルとメックリンガーが揃って首を傾げる。ドーナツの穴付近と外周に設置された使い捨て監視ユニットからの情報を見る限り、本当にほぼほぼ丸ごと穴に突進している。旗艦からの信号は適度に出し続けているのか穴から出ても周囲が見えないのか包囲網を無視して本隊にまっしぐらに迫ってくる。
「やると決めたのだ、来るのであれば徹底的に叩くのみ。戦闘開始タイミングはどうなのだ? 本隊のエリアに入る前に両翼側は打てそうだが?」
「真っすぐ来てますので本隊と同時で良いかと」
「そうか」
フレーゲルがスクリーンに映る相互距離をじっと見つめる。敵艦隊が発砲を開始するが射程を無視した攻撃はよほど綿密に計算しないと掠りすらしない、カストロプの時にキルヒアイスからイロハのイとして教わった。
「そろそろか、撃ち方……始め!!」
その合図で一方的な殺戮が始まった。密集する穴付近を狙い効率よく削る部隊、本隊に突進する敵を側面から叩く部隊、方向転換した敵を抑え込む部隊。そして潜り抜けてきた敵を最終的に潰す本隊。予備となってる後陣を除き全てが戦闘に加わっているフレーゲル艦隊に対してヒルデスハイム艦隊は本隊に近づく先頭集団と方向転換を試みる僅かな部隊のみが戦闘を行っている。その戦闘にしても統率なく個々に動いているだけであり部隊として統率されたフレーゲル艦隊にとっては的の様なものである。
「監視ユニットからの情報です。突撃に加わっていなかった艦が回り込んでいます」
フレーゲルとメックリンガーが同時にスクリーンを見ると確かに敵部隊がドーナツの外側を乗り越えようと移動中である。このまま回り込むと位置的にはフレーゲル艦隊の左翼側の背面にたどり着く。
「予定通り予備で抑え込める数だと思えるが? その通りにするのか?」
フレーゲルが確認をするがメックリンガーは腕を組み何か考え込んでいる。
「いえ、少し変えましょう。左翼は包囲網を解き、本隊と右翼で敵をそちらの方に追い出します」
「それだと回り込んでいる敵と合流してしまうのでないか?」
フレーゲルが当然の疑問にたどり着く。
「はい、そうなりますが合流した所で敵がそこから何が出来るのか? という事を考えますと合流させてしまった方が自由に動けなくなるかと。何せ、既に敵司令官はおりませんので」
この時点で既に先陣を切って突撃してきたヒルデスハイム艦隊本隊はその旗艦を含めて粉砕されている。実の所、今敵がどういう指揮系統で動いているのかさっぱりわからない。
「回り込んだ敵と包囲網から抜け出した敵は予備と左翼で叩きます。本隊と右翼は穴を逆走し、向こう側の敵が相手です」
「向こうが向こうで待ち構えている可能性は?」
「あれはただ穴に入りきらずに待ちぼうけになっているだけです。一旦立ち止まり血が上った頭も冷えている頃でしょうから打って出るには頃合いです」
「そうか。わかった、それでいく。詳細は任せる」
実の所、完全に判ったわけではないが決断に時間をかける訳にはいかないので承認し詳細を任せる。決断は早くそして責任は自分にある形で、という(最近叩き込まれた)司令官の心得といえる対応である。これでもし不都合があっても"認めたのも任せたのも自分なので失敗の責任は自分にある"となる。成功したら当然"部下がいい仕事をした"となる。
「このまま来た敵を潰し続ける、というのも有りだと思ったのだが何故打って出るのだ?」
各種指示を出し終えた後、少しの間が発生したので確認する。
「まだ敵の多くが穴の後ろで留まっています。もし目が覚めて司令官戦死の意味を悟ったら逃げてしまう可能性があります。正直な所、この敵艦隊は弱い。後に残兵がまともな司令官の元に付いてしまう可能性を考えれば少しでも多く叩いておくべきです。直接叩く為でもありますが追撃の為にも穴の向こうに駒を進めたいのです」
身も蓋もない言い方であるが弱いから叩きたいというのは本音なのだろう。艦艇数だけいうと先の叛徒軍の侵攻よりも多いという試算らしいから油断も容赦も一切無しといった所か。
左翼が道を開き本隊と右翼がそちらに誘導するように敵を押し込む。そのまま右翼は穴を塞ぐように進み本隊は右翼が塞ぐことによって途切れた敵を更に誘導したい方向に押し込む。適度に押し込んだら右翼を追いかけるように方向転換し、いつの間にか再編成していた左翼が押し込みを引き継ぐ。押し込まれ逃げていく敵がドーナツの外をやっと回って来た友軍と合流(という名の鉢合わせ)を果たすが形が定まらぬうちに準備していた予備隊が襲い掛かり追いかけている左翼と合わせ二方向からの攻撃にもがき苦しむ。その間に穴を塞いだ右翼はそのまま敵を薙ぎ払いながら前進し本隊が後を追いかける。そして穴から飛び出した右翼と本隊はその先に留まっていた残兵を文字通り薙ぎ払う。
「これが艦隊指揮というものか……」
メックリンガーが操るその艦隊機動を眺めつつ"本来、自分がそれをやらないといけない立場である"という事を考え、気を重くする。
「これは相手が相手なので行けると判断しているだけでして、普通の相手でしたらそれこそおっしゃられた通りに穴の裏で潰し続ける手を取るでしょう。まぁ普通の相手でしたら穴にそのまま来ることはありませんが」
聞こえていたのかメックリンガーが指揮をしながら応える。流石にこの戦いは色々な意味で普通ではないという事だ。
考えてみればアスターテの時は短期決戦故の全軍全力強襲だったし叛徒侵攻軍を相手にした時は襲い掛かってくる相手にじたばたしていたら事が終わっていた。カストロプの時は一応直接指揮はしたがあれはなんというか答えを見ながら行うシミュレータの様な感覚だった。そう考えると実戦部隊を率いるようになってからまともな戦闘指揮をしたことが無いのだがそれなのに実績だけは詰み上がる。これはこのまま実戦部隊に身を置くとすれば極めて良くない事なのではないのだろうか?
(しばらくはお目付け有りの看板司令官だ。その間に何とかする事を考えよう)
そうしているうちに本隊&右翼が攻める敵陣が逃げに入る、のだが完全に統率を失ってるのか逃げる方向もバラバラだしそもそも逃げる事をせず抵抗する部隊もある。統率も何もあったものではない。
「こうなると、逆にやっかいですね」
狙ってやったわけではないのだが無秩序な四散というのは追撃が難しくなる状況の筆頭格である。その後逃走地に集結できれば、だが。そのような状況となってしまいメックリンガーが眉をひそめて考え込む。
「全てが全て上手くいく事などないだろう。残った敵をきちんと片付ける、後ろ(左翼&予備が戦っている敵)の状態を確認して出来ればこちらをすっきりさせる。それで十分ではないのかな?」
「…………おっしゃられている通りです。欲のかきすぎはよろしくありませんな、その方針でいきましょう」
メックリンガーが納得し、右翼に現地掃討を命じ本隊は情報を集めつつ敵と同じルートでドーナツを回り込む。四散している敵を掃除しながら回り込み左翼&予備と合流を果たした時には右翼による掃討も終了し、戦闘は終了した。
「面会を希望している捕虜?」
フレーゲル艦隊による事後処理中に起きた、ちょっとした出来事。
「はい。何でもブラウンシュヴァイク公の縁戚、つまりは閣下の縁戚であるというワトガ子爵と名乗っておりますが?」
「ワトガ子爵???」
フレーゲルが頭を傾げる。貴族界の縁戚関係は複雑怪奇、縁戚とひとくくりに言っても誰が誰だかわからない。ましてやブラウンシュヴァイク家程になると正直、把握している者など誰もいない。
「ワトガ子爵…………一応血は繋がってますな」
戦闘中はこの上なく暇だったフェルナーが自分用の手持ち端末を見ながら呟く。情報筋として貴族界の血縁把握情報の保持は必須事項であり主だった貴族の家族構成等は独自に収集されている。盟約に連なっている者達の情報は当然ながら詳細にかき集められているだろう。
「一応というとどれくらいだ?」
「ブラウンシュヴァイク公から計算して28等親」
「それは親戚とはいわん」
フェルナーの回答にフレーゲルが呆れる。むしろそれだけ離れていながらも血が繋がっている事を把握しているのがすごいというかなんというか…………
「会わずにいて後である事ない事騒がれるのも厄介だ。参謀長、記録の準備と証人を頼む。準備が出来たら繋げてくれ」
メックリンガーがいくつかの指示を出し、準備が出来たのかこちらに合図を送る。フレーゲル個人について、盟約側貴族との接触について警戒されているので色々と制限がある。記録は全て取り、その他の不正が無い事の証人がいなければ会う事は許されない。が、だからといって会わないで記録無しとなると役目を果たせない。彼には戦後の為に盟約側貴族達の気持ち(=怨嗟)が集まる様に"顔を合わせたが助けなかった"という記録を作る必要があるのだ。
「やぁ! フレーゲル男爵! 勇ましいお姿だ。小さな時から君なら立派な人物になると思っていたよ!! あれは何時の頃だったかな」
スクリーンに映し出されたまともに話した記憶もないしそもそも姿を記憶していない小太り貴族、それがワトガ子爵であった。
「私は今、男爵ではなく艦隊を預かる帝国軍中将としてここにいます。私は正規軍艦隊司令官でありあなたは敵対した軍の捕虜です。それを弁えて頂きたい」
フレーゲルが切り捨てるように言い捨てる。そうでもしないとこの小太りの口は何時までも回り続けるだろう。
「いやいや私は敵ではないよ。これは縁戚のよしみという事で味方だったという話にしよう、そうすればそちらも得するだろう? 君がブラウンシュヴァイク一門をこれから統べるのだから頭領となるべき者としての器量を見せるべきなのではないかな? 私と同じような気持ちの者は沢山いる。その者達を統べれるのであれば今後の貴族界は君の思いのままだ。今の様に軍人などに身を落とし、階級などという血筋とは関係ない代物が原因で平民風情に頭を下げる必要などない。そんなものは伝統を持たない下級貴族と平民どもにやらせておけばいい。君のような高貴な血筋を持つ者はそれに相応しい立場になるべきだ。このワトガ、ブラウンシュヴァイク家に連なる者として伝統ある貴族一門頭領の道を歩まれる事を御支えしますぞ。さぁ共に参りましょうぞ」
ワトガ子爵がさも当然と胸を張り、返答を待つ。返答をするべきフレーゲルを参謀長以下幕僚達や旗艦艦橋スタッフ達は見ていなかった。いや、途中から見ることが出来なくなったと言った方がいい。仮初の司令官である事は皆理解していたし大半の者は心の中でそういう扱いをしていた。しかし、彼が何故ここにいるのか、何故そうしなくてはいけなかったのかという事を知っている以上、とてもではないが今、その顔を見る勇気を保ち続ける事が出来なかった。
「ワトガ子爵」
「はい、なんなりと」
フレーゲルのもはや絶対零度にまで落ちている声を聴いてもワトガは何も感じる事が無い。
「話は聞きましたがそもそも私は捕虜の扱いに関する権限を持っておりません。"今の会話データは全て添付して"後送しますのでそちらの方でお話しください」
「なにをおっしゃいますか、ですからそもそも私は捕虜ではなくてですね」
ここで映像が途切れた。我慢しきれなくなってメックリンガーが切ったのである。
「閣下……」
「…………参謀長、私の気が変わる前に速やかに後送するように」
俯き、組んだ両手の甲で目元を隠し、絞り出すように命じる。
「…………閣下が黙認して頂ければ"捕虜はいなかった"という事にも出来ますが?」
皆がその言葉にぎょっとする。しかし多くの者が頷くなりの仕草でこれを肯定する。
「その気持ちに感謝する。しかし、規定通りの行動をする事」
「はっ」
メックリンガーが幕僚の一人に合図をし後送措置を開始する。
「どうぞ」
フェルナーが(怖くて出しに行けなくて涙目になっている従卒から取り上げた)飲み物とタオルを差し出す。
「ヒルデスハイム伯も、ワトガ子爵も、あれは私自身なのだ」
タオルで顔を拭き、すっきりさせたフレーゲルが呟くように言う。メックリンガーもフェルナーも口を挟まない。
「こっちに来る前の私も伯父の無茶振りにストレスが溜まりはしていたが彼らと大して変わらなかった。もしこっちに来る事無く伯父のレールを疑う事なく走り続けたら私が彼らと同じ様になっていただろう。同族嫌悪、という奴だ」
何とも言い難い気まずい空気が淀む。
「しかし、それを忌み嫌うというのであれば同族であったのは昔であり、今の閣下は違うという事でしょう」
「その通りかと。そうでなければ私が困ります」
如何せん、今この世に一人しかいない状況の人間である。非常に扱いが難しい問題であり何かと普段から切り込んで言ってくる感のある二人も腫物を触るかのような扱いになる。
「まぁ、これからもこの戦いが終わるまではこれが続くんだ。一つ目で凹む訳にもいかん」
「捕虜の後送だけなら私の権限で閣下にお手数をおかけすることなく行えますが?」
「駄目だ。爵位持ちは全員、顔を合わせ、言い分を聞き、こちらの主張を言い、記録を取り、それと一緒に後送しなくてはいけない」
「何故に?」
「それは簡単だ」
フレーゲルの顔がいつも通りに戻る。いつも通りではあるが最近は達観、開き直り、感情の麻痺と色々なものが混ざっている。
「この戦いの後に、一家が生き残る為だ」
後にアルテナ星域の会戦と呼ばれる戦いは正規軍損失艦艇六八三隻に対して盟約軍のそれは八一五七隻という一方的な結果に終わり盟約軍は有力貴族であるヒルデスハイム伯を筆頭に七四名の盟約署名貴族を失った。しかし、"正規軍・盟約軍共に"想定通りだったこの戦いは後の戦いの開始点に過ぎなかったのである。
現時点最不幸オリキャラ暫定一位:マーヒェンスさん
※1:精彩を欠くカルネミッツ
実家は当主である老父と跡継ぎである長兄を中心として盟約軍に参加。説得に失敗し喧嘩別れとなっている。フレーゲルと違い軍の信頼度は高いので今まで通りの地位ではあるがやはり精神的に宜しくない状態といえる。そしてテンションあってなんぼの人なので低い状態のこの人は使い物になるのか?と不安がられている。
※2:要塞放棄
そもそも艦隊をアウトレンジ出来る要塞主砲を備えるのがガイエスブルクのみであり、他の要塞は駐留艦隊との連携が必要と考えられていた。そして大半を占める小規模要塞に駐留できる最大数千隻規模の分艦隊で正規軍とやりあえる技量持ちに余裕はなく、各艦隊を支える人材として働いてもらわねばならなかった。これらの理由もあり全要塞に実用的な戦力配置を行う事は不可能と判断された。
※3:放棄要塞の物資
中継基地としての機能維持だけは契約としてやり続けていたので要塞物資の生産・輸送・搬入・艦隊への供給などについてはやたらと練度が高かった。集約先に貯め込まれたこれらの物資&後方支援人材が(本来自領防衛が専門であり長期遠征能力を持たないor不足している)貴族私兵部隊の活動力を支える物になったのである。