「高い代償となったがこれで少しは目が覚めただろう」
ヒルデスハイム艦隊の残兵を回収しレンテンベルク要塞まで帰還したアイゼンフート艦隊司令フェルテン・フォン・アイゼンフート伯爵(大将)は残兵の収容作業を行う要塞を眺めつつ呟く。レンテンベルク要塞は首都星オーディンとガイエスブルク要塞の間に盟約軍が用意した最大且つ唯一の大規模拠点でありアイゼンフートはヒルデスハイム艦隊を含めた二個艦隊とレンテンベルク要塞に対する総指揮権を与えられていた。本来は要塞とそこに駐留させるヒルデスハイム艦隊を楔とし、包囲する敵を外からアイゼンフートが攻撃する、そういう予定であった。しかし、"消極的すぎる!! 貴族らしく正々堂々"とヒルデスハイム(とその艦隊の分隊指揮官達)が反対し、勝手に打って出て勝手に負けて帰って来たのである。
しかしその敗北はアイゼンフートはもちろん総司令部ですら大方予想していた出来事であった。総司令部はある程度現実を理解し、艦隊編成等で可能な限りの努力を行ってきたが当然のことながら"現実を理解できない跳ね返り"は存在する。その筆頭がヒルデスハイム伯であり対処に困った総司令部は派閥を問わずその手の跳ね返り達を艦隊という名目で一箇所に集め、最初の当て馬として使い潰してしまおうと非情な決断をしたのである。といっても要塞に張り付いて(=支援を受けて)戦う事くらいは出来るだろうという考えすら甘かったわけだが。
「私は要塞から少し距離を置く、心苦しいが籠城を頼んだぞ」
「承知しました」
収容が終わった要塞に連絡を入れ、アイゼンフート艦隊が距離を置く。
「後はどれだけの敵が張り付いて来るか、だ」
しかし正規軍は文字通り"身も蓋もない"兵力でこの要塞にやって来たのである。
「メルカッツ提督より報告、隙を伺う敵は一個艦隊。こちらに付かず離れずの位置を維持しているとの事」
「介入されなければそれでいい。無理に押す必要はない、適当にあしらうように伝えておけ」
ミュッケンベルガーが軽く命じ、次の瞬間には意識を目の前の要塞に切り替える。そもそもメルカッツ率いる三個艦隊には地上戦部隊を伴っていない。露払いに専念してもらうという理由もあるが……
「準備がある。どれくらいかかる?」
「今日は無いが明日には行ってもらう」
「分かった」
装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将。正規軍地上戦部隊の最高位であり困ったことにこの度の対盟約軍編制においてはミュッケンベルガーに次ぐ序列第二位の将官でもある。(地上戦を開始するまでは)そう勝手な事をする人ではないのだが何をしでかすか判らない事に変わりは無い為、ミュッケンベルガーは己の手元にいてもらう事にした。そして完全別行動なシュヴァルベルク艦隊は仕方ないにしても大規模な地上戦部隊分隊を設ける事にも眉を顰める有様なのでメルカッツ達には地上戦要員無し、と割り切った編成になったのである。
「攻撃、開始されました」
オペレーターの報告を同時に要塞周辺で交戦中と思われる光源が煌めき始める。要塞の詳細な設計図等は当然ながら正規軍として所有している為、攻撃すべき場所は丸わかりである。地上戦部隊を突入させるポイントの確保はシュターデン、要塞の駐留艦隊出入口を監視にファーレンハイト、後方の監視にアイゼナッハ、予備がフォーゲル、カルネミッツ、ミュッケンベルガー、そして周辺の艦隊対策にメルカッツらの三艦隊。合計九個艦隊での包囲戦。偵察等の結果、盟約軍の大規模拠点がここだけらしいという事もあり"全力で潰す、後詰が来るなら有り難くそれも潰す"という明快な方針による大包囲網となった。
シュターデン艦隊が突入予定ポイント周辺の要塞火器を丁寧に叩き潰す。丁寧すぎるが故に時間はかかるが動く事の出来ない要塞に対しての徹底した理詰め攻撃は士官学校生徒に見せるにはとてもいい教科書通りの火点制圧であろう。本来、このような攻撃をさせない為の駐留艦隊との連携なのだがヒルデスハイム艦隊の残兵達は出撃するや否やファーレンハイト艦隊に文字通り粉砕されてしまう。そして外からの連携を行うはずだったアイゼンフート艦隊はメルカッツ部隊に監視され、突破を試みようとするが阻止されている。
「突入を開始する」
丸一日かけたシュターデン艦隊の攻撃で更地となった要塞の一角に揚陸艇が突入を開始する。要塞の図面を解析し、この突入ルートに通す射線を潰しきっているので万が一に備えての護衛部隊が脇を固めているがビーム一本、ミサイル一発の発射すらなされなかった。
「橋頭保確保、前進を開始する」
突入の成功を知らせる連絡を受け、シュターデン艦隊が更なる安全確保の為に更地の拡大を試み布陣の変更を行う。橋頭保確保から二時間後、シュターデン艦隊が攻撃を開始しようとした時、その急報が知らされた。
「中央動力炉制圧、敵司令官降伏、これより無力化作業を行う。敵司令官との交渉は総司令部で行われたし」
前進準備三〇分、前進三〇分、最重要防御線突破三〇分、中央動力炉まで前進・制圧六〇分、これが時間の内訳であった。準備完了後に"前進開始"の連絡を入れたので完了まで正味二時間である。
突入箇所は第六通路と呼ばれる道であった。外部から中央動力炉まで繋がる道の最短ルートであり、それ故に非常に強力な防衛陣地を用意できるポイントが用意されていた。シュターデン艦隊の馬鹿正直な攻撃を受け、そこに来るとは丸わかりなので防衛陣地の構築や精鋭の配置など可能な限りの手を尽くして待ち受けており、後の状況見分などの結果「通常の正規軍の攻撃を相手にしても長期持久が可能な布陣であり、"敵ながら見事"という言葉を与えても良い」と判定された陣であったが最初からそこに強力な陣が待ち受けている事が判り切っていた為、オフレッサー自身が最精鋭直属兵と共に直接殴り込んで粉砕してしまったのである。やれる限りの事を行った守備兵達だが宇宙最強の斧にして歩く戦略兵器を防ぐ盾にはなりえなかった。そこを破られた後についてはもはや成す術なく打ち砕かれるのみであり、制圧まではほぼ残敵掃討と言ってよい作業であった。
「敵艦隊、後退していきます」
「この包囲網とはいえ、陥落即撤収か。最初に惨敗した艦隊とこの艦隊、どちらが本当の敵艦隊なのだろうか? まぁ、追う必要はない。メルカッツ提督の指示を仰ぐ、哨戒だけは怠るなよ」
視界外に消えたアイゼンフート艦隊の方向を睨みつつケンプが指示を出す。アイゼンフート艦隊はこの状況下でも突破しようとしていたのかそれに見せかけて艦隊に打撃を与えようとしたのか昨日はフレーゲル艦隊、今日はケンプ艦隊にちょっかいをかけてきた。しかしその最中にレンテンベルク要塞陥落の情報が入った。相手側にも陥落前に連絡を入れたのだろう、そのタイミングでアイゼンフート艦隊は見事な即時撤収を成功させた。追い払えば良い(=深追い禁止)の事前指示を受けていたとはいえ本気で追撃してもどこまで削れたか? と考えてしまう鮮やかな手並みであった。
この撤収でレンテンベルク要塞をめぐる一連の戦闘は終了した。結果だけで見れば盟約軍は一個艦隊と有力な拠点(要塞)を一方的に失ったのだがそれが止む無くではあるが織り込み済みであり、盟約軍の士気や予定に大きな影響が無かった事は後の行動に示されるのである。
「覚悟はしておりましたが惨敗です。申し訳ありません」
ガイエスブルク要塞の総司令部に第一報を入れたアイゼンフートがジェファーズ侯爵(上級大将)に謝罪する。
「仕方あるまい。卿の艦隊損耗が軽微だったのが幸いだ。補給・補充と増援一個艦隊程度を送る、それと引き返している例の艦隊にも合流させよう。今度は皆、言う事を聞いてくれる者達のはずだ。これでもうひと当たりしてもらいたい。拠点がないとはいえガイエスブルクまで素通り、というわけにはいくまいて」
ジェファーズがそれに応えると共に新たな指示を出す。このジェファーズが盟約軍総司令部のまとめ役であり一応は先日まで宇宙艦隊副司令長官を拝命していた者である。リッテンハイム派の重鎮であり、リッテンハイム侯とブラウンシュヴァイク公による政争などの際にはその手打ち根回し役として多くの裏交渉を行ってきた。両派が納得する落とし所を数多く導き出した名仲介役として顔は広く派閥を超えての信頼もある(なので宇宙艦隊副司令長官の席に付く際も彼ならば仕方ない、とブラウンシュヴァイク公も自派候補を取り下げた程である)。本人に軍事的才能は無くそれを習得する気もないが客観的に状況を判断し適切な答えを導きだそうとする政治手腕は軍事でも有効であり、両派入り乱れた総司令部を一致団結させ現実を直視できる組織として動かしているのは間違いなくこの人物のお陰である。
「例の艦隊は確か二個艦隊ですのでこれで四個艦隊ですか。レンテンベルクで一個潰れてガイエスブルクに残るのは四個、メルカッツ提督率いる三個艦隊がそのまま来るとしたらあと二個艦隊出して頂いて倍の数でもみつぶすのが指揮官能力に劣る我々の最善だと思うのですが?」
ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両氏の艦隊は無理だとしても残りの二個艦隊なら出せるはず。前と後ろで半々は中途半端、いわゆる逐次投入になっているのでは? というアイゼンフートの質問にジェファーズの顔が曇る。
「こちらもそれを考えたのだがな、両盟主殿曰く"本拠地を手薄にする訳にはいかない"との事だ(※1)。本音を言えばお互いにお互いの艦隊のみだけにしたくない、という所だろう。故に例の艦隊をそちらに向けるので精一杯となってしまった。すまない」
「……承知いたしました、それならば仕方ありません。兵力が万全とは言えませんので相手の状況次第で駄目そうなら素直に引き返しますか? それとも勝負しますか?」
「無理はしなくていい。レンテンベルクでの消耗戦も別動隊の帝都強襲も潰えたからには本命はガイエスブルクまで引き寄せての決戦。それ以外は確実に行けるならやる、程度の代物だ。欲を出す必要はない」
「ここまで来て一度も優位な状況を作れていませんので無理をしない程度に狙えるだけは狙ってみようと思います」
「判った」
「では」
通信が切られアイゼンフートが一息つく。過去にもこうして己の領分を超えた責任の元で苦しむ司令官が沢山いたのだろう、と他人事に様に考える。幼年の頃、宇宙戦艦の力強さ・優雅さに憧れ、勇将名将の武勲を聞いて興奮するのは男子として誰もが通る道であろう。しかし彼は名家アイゼンフート家の嫡子として門閥貴族としての教養・知識・交流などを求められた。夢から離れたように見えたのだが彼はそれを捨てることが出来ず優雅な社交界で過ごす傍らその裏では家族にも内緒で憧れを追い続け、資料を漁り、伝記を専門書を読み耽り、士官学校のシミュレータすらどこかしらから手に入れてその素人知識を満足させてきた。と、恰好はつけてみたもののつまりアイゼンフート伯は生粋の"隠れ軍事マニア"だったのである。いわゆる貴族艦隊枠が出来た際には内心で狂気に近い歓喜で踊り狂いながらその席を欲したがその趣味を表に出すわけにはいかず(※2)表面上は涼やかに順番待ちをし、やっと席に座って(バレない範囲で)色々できると思っていたらあれよあれよで"本番"に挑まなくてはいけなくなってしまった。そうなってしまったからにはと腹をくくり総司令部にて己の趣味を公けにし作戦会議においても貴族司令官の中で随一の軍事理解度を示し、まとめ役であるジェファーズから前線総指揮を任されるに至り今苦しんでいるのである。しかしリッテンハイム派のまとめ役ジェファーズとブラウンシュヴァイク派の実力派アイゼンフート、この二人がいなければ、いたとしても派閥が片方に寄っていたら現状はもっと悲惨な有様になっていた事は間違いないであろう。
そしてその盟約軍の反撃はシャンタウ星域で行われた。
「敵が数に劣る状態で仕掛けてくるとは考えられぬ、後方に更なる増援がいるはずだが…………」
前方で繰り広げられる二個艦隊同士の戦いを注視しつつメルカッツが周囲の状況を考える。
シャンタウ星域にて敵二個艦隊弱(二個艦隊+分艦隊)と遭遇、フレーゲル艦隊とケンプ艦隊をを並べて対応を行わせつつ自身の艦隊は敵分艦隊の動きといるであろう増援を警戒する。初戦は一個艦隊同士だった、レンテンベルクでは要塞での防衛戦なので少ない数で戦う姿勢を見せてもおかしくはなかった(全艦隊をぶち込んだ正規軍のやり方が異常)、しかしここは何もない星域であり少ない兵力側が仕掛けるのはおかしい。そう考えているうちに交戦が開始されたのだがこちらは前進するが相手は引きつつの応戦で戦闘可能範囲ぎりぎりの遠距離戦を心掛けているらしく、後方に増援がいるのなら典型的な引きずり込みの姿勢。なのだが、時間が過ぎても何も起きない……
「ただの時間稼ぎ、という事もあるのか? だとしたら……」
まだまだ慌てるような時間ではない、とメルカッツが考えを纏める。それにしても
「一個艦隊の司令官としてならまだしも複数の艦隊を束ねるとなると常識から踏み出せぬ私は消極的になる趣があるな。色々な事が出来るように、あの青年のような参謀が欲しい所だ」
自身のそれこそ何十年の戦いを経て染みついた性格をちょっと恨みつつメルカッツが動こうとした時、先に盟約軍が動いた。引いていた艦隊が同じタイミングで突如前進を開始し、後方待機していた分艦隊が最高速でフレーゲル艦隊の側面(後方のメルカッツから見て左前方のフレーゲル艦隊の左側側面)に回り込もうとする。これに対しフレーゲル艦隊を預かるメックリンガーはとっさの判断で前進を停止し、むしろ後退を指示した。だがケンプは苦手な遠距離戦でストレスが溜まりつつある中での敵接近を見てこちらもとっさの判断で得意の近距離戦を仕掛ける為にさらなる前進を指示した。この両者の性格が表れた行動は動き始めてからお互いの状況を知り、一瞬の混乱が発生する。そこで動き始めたメルカッツがフレーゲル艦隊には「後退速度を緩めるように」と命令し、ケンプ艦隊には「動きを合わせられる所まで後退せよ」と命じる。そして自艦隊にはフレーゲル艦隊の側面に回り込もうとする敵分艦隊を迎え撃ち、そのまま対する敵艦隊の側面に逆展開すべく左側への回り込みを開始する。敵はこの急前進で主導権を握りたいのだろうが落ち着いて受け止めれば後は数と質で上回る正規軍艦隊が主導権を取り戻せる。はずなのだが……
「四時方向より敵艦隊複数!! 突入してきます」
「ばかな! そっちはオーディンの方向だぞ!!」
オペレーターの報告にメルカッツ配下の幕僚が叫びをあげる。しかし、現実として敵反応を示す艦隊が二つ一直線に向かってくる。想定外の位置からの艦隊規模の強襲は多少の練度や指揮能力を吹き飛ばす衝撃となる。その状態で数においても不利な状況になるという事は単純に言って、良くて泥沼大抵は負けである。
「両艦隊に連絡、後退を強化。この星域を放棄し、一時撤収する。本艦隊はこれより……増援敵艦隊の阻止を行う」
来るとしたら敵の後方、つまりはガイエスブルク方面、実際に来たのは味方の後方という認識だったオーディン方面。しかも運が悪い事に総予備であったメルカッツ艦隊はその増援と真逆にいる敵分艦隊に向けて移動中である。この想定外からの敵艦隊強襲を確認した瞬間、メルカッツは素直に"司令官同士の知恵比べ(環境づくり)で負けた"と認めた。そうなれば下手な抵抗はジリ損をドカ損にする。多少自惚れて良いのであれば二度目はないしさせるつもりもない。となればさっさとリセットして仕切り直すに限る。一個艦隊+分艦隊が相手のメックリンガー艦隊と一個艦隊が相手だが二個艦隊に乱入されそうなケンプ艦隊、当たり前だが障害物の無い宙域で三倍の敵に殴られたら用兵もなにもあったものではい。それだけは防がねばならない。メルカッツ艦隊は素早く方向転換するとアスターテさながらの全力突貫を開始した。
「よし! 素人があのメルカッツ提督をハメるなど二度目は無しの一度きりだ。ここで少しでも戦果を上げておくんだ!!」
フレーゲル艦隊に対峙するアイゼンフートが艦橋で発破をかけつつ艦隊の指揮を取る。この時点でアイゼンフートは総司令部からの指示を一つ破っている。今、艦橋には総司令部が配置を命じた"実質的指揮官となる武官家人"がいないのである。つまりはこの艦隊、アイゼンフートが直接指揮をしている。本来彼の元にいるはずのアイゼンフート家私兵艦隊司令官クレーゲ少将はなんと隣で戦っているモントーヤ男爵(リッテンハイム派)の艦隊にいる。モントーヤ家にも当然私兵艦隊を預かる武官家人がいて同行しているのだが最低限の管理等が出来るだけの人物でありとてもではないが艦隊規模を操れる人材ではなかった。そこでモントーヤ男爵+武家家人よりも自分の方が"マシ"と判断したアイゼンフートが頼み込んでクレーゲを移動させたのである(モントーヤ男爵は正直自信が無かったので受け入れた)。クレーゲ少将はアイゼンフートが当主になり、隠し趣味をさらに昇華させる為に頼み込んで家人になってもらった生粋の軍人であり、正規軍所属のままなら提督候補にもなっていただろう人材である。そのクレーゲと彼に鍛えられたアイゼンフートが艦隊を指揮していたからこそ、この増援到来までの時間を稼げたのである。
「帰り道に言われるままに来てみればこんなにおいしそうな戦況とは! ならば頂かなくては失礼というものだ!!」
「とりあえず近くにいる敵を叩けばよいのだな? それで行ってくれ」
増援としてやってきた盟約軍二個艦隊を率いるアヌフリエフ子爵(リッテンハイム派)とサブロニエール子爵(ブラウンシュヴァイク派)は事前指示の通り隙を見せている正規軍艦隊への突入を開始した。
この二個艦隊は元々首都星オーディンへの奇襲を試みて最初期に出発し、見つからない事を優先し自勢力圏(盟約軍参加者領土)を迂回しつつ進軍していた。しかし正規軍がオーディンに三個艦隊を置いていると確認すると目的地にかなり近づいてはいたが後退を開始した(一個艦隊なら行く、という計画)。そして元の道を帰ろうとした所に指揮権を得たアイゼンフートが自勢力圏経由で移動できるシャンタウ星域への隠密進行を指示。指示が通るとアイゼンフートは到着時刻・予定箇所から逆算してひたすら時間稼ぎの戦闘に徹し、この瞬間となったわけである。隠密奇襲艦隊然り、アイゼンフートの指揮能力然り、油断はしていなかったつもりでも心の中に潜んでいる"盟約軍がそこまでやれるはずがない"という油断。一回こっきりの引っ掛けではあるがあとはどこまで戦果を上げれるか、である…………
「全ては指揮官たる私の責任。如何なる処分であるとも受ける所存」
ミュッケンベルガーに深々と頭を下げるメルカッツ。その姿はまさに"敗軍の将"であった。フレーゲル艦隊はアイゼンフート艦隊+分艦隊に、ケンプ艦隊と(途中から加わった)メルカッツ艦隊は三個艦隊にそれぞれ五割増しの敵に文字通りの"勢いに任せたゴリ押し"を受け、離脱が完了した頃には平均で二割近い損害を被っていた。敵に与えた損害は推定だが良くて半分程度であり(それでも状況を考えれば技量差でこの程度の差に収めたと言える)シャンタウ星域から叩き出されたからには誰から見ても正規軍の負け、と言わねばならない結果であった。
「処分は不要。あの増援は本来、後方を固める本隊にて感知・警告をせねばならぬもの。なにより謀反人共にあれだけ見事な状況を作り出せる将がいる事を見誤っていた総司令部のミス。まだ初戦快勝の蓄えが潰えたわけではない。これを機にあ奴らは烏合の衆では無いと認識を改め、駒を進めてゆくとしよう」
ミュッケンベルガーがあっさりと決断し、全軍が駒を進め直す。最も被害の多かったケンプ艦隊(メルカッツ艦隊に救助されるまで後退しつつ敵三個艦隊にボコボコにされた)がレンテンベルク要塞を基地とした後方支援全般を受け持つ事となり代わりにファーレンハイト艦隊がメルカッツ部隊に配属変更。そして本隊そのものもメルカッツ部隊との距離を縮め連携可能とする。合計八個艦隊による進軍だが減った艦隊を穴埋めする為、首都星待機だったロイエンタール艦隊に移動準備を命じる。盟約軍の新たな迎撃を警戒しつつ進む正規軍であったが次に入った情報は上がったはずの盟約軍評価を再び下げる事になるなんともいえない報告であった。
一本取って意気揚々とガイエスブルク要塞に帰還したアイゼンフート達であったが総司令部に入るもどうも空気がおかしい。ジェファーズも他の艦隊司令官にしても顔色が沈んでいる。
「何か特別な事でも起きたのでしょうか?」
帰還した四提督を代表し、アイゼンフートがジェファーズに尋ねる。
「本来はもっと晴れやかに出迎えるべきなのだがな、すまぬ。今、ちょっとした、いやかなりの問題で両盟主殿が揉めていてな。まずはあれを見てもらいたい」
ジェファーズが仕草で壁を示す。そこにあるのは星域図を示したスクリーンであり各地の被害状況が示されているのだが……
「確か敵は一個艦隊程度を遊撃に出していて各地の留守隊は専守防衛を命じられているはずですが……一個艦隊とはいえ被害が固まってますな」
アイゼンフートが首を傾げるがその横でアヌフリエフがそれに気づく。
「これは……リッテンハイム侯領のみが極端に狙われているのでは?」
「そうだ。最初の数カ所を除き、リッテンハイム侯と侯に極めて近い親族の領土のみが狙われている。通り道にブラウンシュヴァイク公に近い者の地があってもそれを無視している。この状況下でリッテンハイム侯が敵遊撃隊に対する別動隊の編成を求め、ブラウンシュヴァイク公が兵力集中を理由にそれに反対している」
既にその対立仲介に動いているのだろう、ジェファーズが疲れた顔で応える。
「罠ですな。分断すれば上々、しなくても亀裂が入れば良し。間者がいるのなら変な噂の一つや二つ、出ているのではないのでしょうか?」
ジェファーズがあっさりと手を見抜く、といっても高度な知識は必要としない。大軍を分断させる典型的手段、一部の勢力のみにとって重要なポイントを攻め相手に予定していなかった行動を強いる。歴史にしろその手の書物にしても沢山読んでいればいくらでも見る手段だ。
「噂なら既に出ている。ブラウンシュヴァイク公が裏で"手打ち"をし始めておりその代償としてリッテンハイム侯を"売った"とな」
ジェファーズのボヤきを聞いてアイゼンフートが"あっちゃ~~~"という仕草で額に手を当てる。それは駄目だ。とにもかくにもリヒテンラーデを討ち現帝を排して、そこから次を考えよう。その気持ちだけで何とか繋がっている両盟主なのだから片方を売っての手打ちは噂だけでも揉めるに十分。ましてや敵襲箇所という"そう読み取れる状況証拠"を用意されたのだから始末が悪い。
「総司令官としての御意見は?」
「当たり前だが別動隊には反対だ。そもそもこの中に、アイゼンフート伯以外に、複数艦隊を指揮して正規軍と戦う事の出来る者はおるかな?」
ジェファーズの指摘に司令官達が目線を下げる。アイゼンフート自身も
(私も消去法でやってるだけなので出来ている訳ではないのですが……)
と思っているが言わぬが華である。
「しかし、リッテンハイム侯が行くと決められたのなら従うほかありません」
リッテンハイム派であるモントーヤ男爵が宣言し、アヌフリエフ子爵もそれに頷く。現実がある程度見えているとはいえそこが門閥貴族の派閥としての限界である。そしてそうこうしているうちに帰還を知ったのかその本人が直接やって来た。
「帰還したのだな! ジェファーズ侯、モントーヤ男爵、アヌフリエフ子爵、艦隊を準備せよ。我々はこれより拠点をガルミッシュ要塞に移す。その後まずは敵遊撃部隊を平らげ、ガイエスブルクと二方面作戦で敵を殲滅する。そもそもガイエスブルク一つにこの大部隊は多すぎて要塞の利点を生かせんとは思えんか? それよりもガルミッシュも活用し且つ部隊規模も適量にすれば一石二鳥ではないか!! そうは思わんかねジェファーズ侯!!」
やってくるなり矢継ぎ早にまくしたてるリッテンハイムに対し、ジェファーズは何か言いたそうに口を開くがそこで止まる。そして目線がアイゼンフートの方に泳いでいく。彼には軍事的見地で反論する事が出来ないのだ。
(別派閥の私が言うと火に油を注ぐ事になると思いますが……仕方ない)
その目線を受けてアイゼンフートが応える。
「リッテンハイム侯。残念ながらその手立ては敵軍が均等に兵力を分け、馬鹿正直に要塞を交えた攻防戦を開始しなくては成り立ちません。片方に牽制程度の兵力を残し、もう片方に全力を注がれたら現状より厳しい兵力差での戦いとなります。そしてそれで狙われるのは要塞砲を持たないガルミッシュ要塞側、つまりはリッテンハイム侯、あなたとその同志が標的となってしまいます。自領が荒らされるのを見て立たれようとするそのお気持ちはわかります。しかし全軍の、皆の勝利の為にもここはご自重して頂ければと思います」
ガルミッシュ要塞は確かに大規模であるし良い要塞かもしれない。しかし、要塞砲を持たない故にアウトレンジで大打撃を与える事は出来ないし如何せん要塞そのものが結構古い。外壁もイゼルローンやガイエスブルク級の硬さには程遠いし搭載火砲の型も古い。レンテンベルクの有様を考えると実の所どこまでやれるかは疑問。というのが趣味でかき集めていた情報で知っていたアイゼンフートの見解である。
「ふんっ! 私は総司令官に聞いているのだ。お前に聞いている訳ではない」
鼻息は荒く、自派閥でなければ門閥貴族であろうとも格下を見下す視線。仮面が一枚剥がれるだけでリッテンハイム侯はこれである。匹敵すると言われながらもブラウンシュヴァイク公に優らなかった理由がここにある。近年の勢力争いの末にブラウンシュヴァイク公は必要ならば我慢する事も相手を立てる事も出来る様になった。本気で帝国の頂点に立とうと思っていたからこそ身に着けようと努力した王者の姿勢。だから一番でいられたし、ジェファーズの根回しも効いていた。
「総司令官でもないのにデカい面をしおって。どうせそれをいい事に兵権を握り、わしの同志たちを優先的に使い潰す腹だろう。その手にはのらんわ」
「言葉が過ぎますぞリッテンハイム侯、アイゼンフート伯はまこと勝つ事のみを考えて動いていてくださる。そも、我々総司令部は盟約に名を連ねし同志全員の勝利を願って一致団結しております。そこにはもはや派閥という壁などありませぬ」
ジェファーズがすぐさま間に入る。リッテンハイムの癇癪に長く付き合っていたのであろう、慣れた動き・口調ではあるが言うべき所はきつく言っている。横でモントーヤとアヌフリエフが完全に固まっているのを見る限り、これだけの直言が出来るのはジェファーズくらいなのだろう。
「わしはなれ合いをさせる為に貴様を総司令官にした訳ではない。何故、場を牛耳らん? ただ勝てばいいというものではないのだ。戯言に付き合う暇などない。行くぞ、お前らも付いてこい」
リッテンハイムが自派司令官達をひと睨みし踵を返す。モントーヤとアヌフリエフが申し訳なさそうにこちらに頭を下げそれに続き、彼らが率いる武官達もそれに続く。だが、
「私めは残ります。ご同行できませぬ」
リッテンハイムの足が止まり、錆付いた機械のようにぎこちなく振り向く。見開いた目が例えようのない狂気を帯びた光を放ち、もし感情を視覚に捉えられるのであれば凄まじい炎が吹き荒れていただろう。
「私めは総司令官として我らの軍を勝利に導く事を考えねばなりませぬ。それを目指すのであればアイゼンフート伯が申し上げた通り中途半端な分断は我々に利あらず。少しでも、ほんの少しでも勝率を上げるが為に兵力がなるべく一箇所に多く集まる方がいい。故に同行する事は、出来ませぬ」
ジェファーズがはっきりと言い放ち、リッテンハイムの目を正面から見据える。
「……好きにしろ。だが、事が終わりし後は覚悟しておくといい」
「その後があるのでしたら。如何程にでも」
リッテンハイムが再び踵を返し退出する。扉が閉まると同時にジェファーズの"糸"が切れたのか、倒れ込むようにその場に膝をつく。
「……申し訳ない」
ジェファーズの絞り出すような言葉に誰も答える事は出来なかった。
「そうか、貴殿が引き継ぐが良い。そのままにする方が却って酷であろう」
事の結末についてアイゼンフートから報告を受けたブラウンシュヴァイクは鷹揚にそう答えた。引き継ぐ、と言ったのはジェファーズが交代を申し出たした総司令官の地位についてである。
「して」
ブラウンシュヴァイクが言葉を続ける。王者の姿勢を崩さぬ為にか諸侯達の前では覇気も威勢もいい姿を見せているがそこから下がると現実の不安との戦いなのであろう、こう何とも言えない"抜けた"姿だったり激昂して当たり散らしていたりと極めて情緒不安定になっている。今はとても"抜けた"状態だ。
「勝ち筋はあるのか?」
決起人とは思えない、気の抜けた問い。
「微力を尽くしますが、残念ながら」
この状況下で楽観的な事を言ってもどうにもならない。
「そうか。まぁ、だからと言って今更白旗を上げる訳にはいくまいて。思うがまま存分に動かすといい」
「御意」
数日後、準備の終えたリッテンハイム侯が率いる四四〇〇〇隻の艦艇がガイエスブルク要塞を去る。要塞に残るは七八八〇〇隻。七九七年六月上旬、こうして盟約軍は二つに割れた。
待って、12029文字。二話分じゃんw
原作の戦役では温厚中立派であったマリーンドルフ伯ですら貴族としてのしがらみで参加やむなしと考えていました。なので声が小さいだけで現実を見れてたんだけど貴族としてはいかねばならぬ、と参加していた人も沢山いたんじゃないかなぁって思います。でも声だけが大きかったり、両派閥首領によいしょできる者達だけが目立ってたのかなぁ、と。なので本作では両派閥首領が静かなうちに現実をある程度理解している総司令部が声の大きい所を濃縮したようなものを最初に送り込んで上手い事敵消耗の餌として使い潰してしまおうと考える所からの作戦をスタートさせていますw
署名した人数だけでも三〇〇〇名を超える貴族集団です。派閥を超えた"いい人"や、趣味:軍事だった人も少なからずいたのではないでしょうか?そしてそういう理解度のある人がかき集まって一矢報いたのが原作のシャンタウ星域のメルカッツ"達"vsロイエンタールだんじゃないかなぁ、と。
メルカッツは確かにあの物語で指折りの名将といえますが誰かの指揮下で戦う司令官としてならともかくそれ以上の立場になると常識人という枠が引っかかるんじゃないかなぁって思ってます。原作で一番多くの兵力、というか一個艦隊以上の規模を直接指揮したのは多分シャンタウのロイエンタール戦のみだと思うのですがあの時も指揮しにくい貴族軍とはいえ敵より多い兵力を丁寧に叩きつけること以上の事は出来なかったようですし・・・・しかし、奇抜な作戦を理解する事は出来るので本作のアスターテのように出来る参謀を付ければ幅はとんでもなく広がると思います。
※1:両盟主
盟主ブラウンシュヴァイク公と副盟主リッテンハイム侯の事。如何せん両社プライドの塊なので決まった事とはいえリッテンハイム侯は副盟主(=盟主より下)と呼ばれる事でストレスが発生するらしい。という事なので個別に呼ぶときはリッテンハイム侯と呼び、二人纏めての場合両盟主と呼ぶことで対応している。貴族のプライド、メンドクセ。
※2:軍事趣味を表に出せず
この頃には門閥貴族と正規軍の不仲は深刻なものとなっていたので門閥貴族界では有力門閥貴族当主などは軍人風情のまねごとをせず家人にやらせるもの、という空気になっていた(例外は当時のフレーゲルのような勢力拡大の為の公認(?)の尖兵のみ)。