時は遡り正規軍出撃直前
「・・となりますので閣下の部隊には増援を送りにくい、というのが実情となります。ですのでまずは部隊として存在し続ける事を第一として頂きたい。との事です」
ミュッケンベルガーが遣わせたキルヒアイス大佐が遊撃艦隊を率いるシュヴァルベルクに大まかな行動指針などを伝える。
「下手を打って欲しくない、という気持ちはわかるがだからといって脅威にならないのなら遊撃として出る意味もない。この艦隊が出る事でどのような変化を起こす事が元帥や君たちの希望なのか、それが胸の内には何もないとは思えん。希望があるなら今のうちに聞かせてはくれんか?」
「はい。可能ならばとっていただきたい動き、はあります」
そう答えるとキルヒアイスはとても分かりやすい、シンプルな希望を告げた。
「可能な限り、リッテンハイム本家の領土とそれに近い親族の領土のみを狙ってください。ブラウンシュヴァイク派の領土は意図的に避けるくらいのお気持ちで」
それを聞くとシュヴァルベルクは"はぁ~~~"っと息を吐く。
「あざといのぅ、それをやったら"後は勝手に相手が話を盛り上げてくれる"というやつだ。火のない所に煙は立たぬというが実際に火を付けてしまうのだから始末が悪い」
「元々不倶戴天の間柄ですので、さぞかし揉める事でしょう」
キルヒアイスがにこやかに答える。
「しかしこちらは一個艦隊。それが原因でリッテンハイム派が群がって押し寄せて来たら太刀打ち出来ん、本隊による敵動向監視と動きに合わせた適切な増援を依頼する。それが出来ぬのならこちらは遠慮なく逃げる、という事は伝えておいてもらいたい」
「必ず、お伝えします」
本隊に先立ち出撃したシュヴァルベルク艦隊は適度な目的地に到着すると手始めとしていくつかの盟約陣営領の無力化を開始する。最初の方は派閥関係なく色々な領を無秩序と言える動きで襲撃する。これは同じ家の領土内、同派閥内、そして派閥を超えた先、それぞれと連携した行動を取るのか?という確認である。一つ一つは大したことは無いが束になると気を抜けない、如何せんこちらは一個艦隊なのだ。そしてどうやら連携無しの専守防衛が基本路線らしいと判明すると艦隊からさらに遊撃隊を編成する。動かぬ個々の敵兵力相手だと一個艦隊は過剰兵力なのである。
「リッテンハイム侯領が最優先で侵攻具合によってはそれに親しい親族なども可とする。とにかく"リッテンハイム侯に近い所から落とされている"という状況を作るのだ。占領作業はこちらが一括で受けもつので防衛戦力の無力化を進めてもらいたい。いい機会だ、今後の為に無理せず部隊指揮を存分に経験するといい」
「お任せください」
シュヴァルベルクより独立遊撃隊に任命されたミッターマイヤー少将が緊張した顔で応える。兵力としては周辺の正規軍基地などからかき集めた部隊を含め六〇〇〇隻程度、帝国軍における少将が扱う数としてはかなり多いのだが出撃前に聞いておいた前任者から評は
「艦隊指揮、特に機動においては私などよりはるかに司令官として優秀です。しかし艦隊指揮に慣れるまでの間は周囲が追従できない機動をしてしまうかもしれません」
との事だったのでいっその事解き放って好きに動けるようにした方がいいだろう、という"放し飼い"にしたのである。少々危なっかしい委任になるが人を見る目にはそれなりに自信がある。直感も入るが行けるだろうと考えたうえでの任命となった。そして解き放たれた遊撃隊は正しく"疾風"となってリッテンハイム領を駆け抜けた。
リッテンハイム領に解き放たれた狼は文字通りその領土を"もみくちゃ"にした。専守防衛に徹している盟約陣営は一箇所あたり数百から多くて一千程度の中小艦艇である。目星をつけたいくつかの星を無力化し、補給中に次の標的を選定しているミッターマイヤーに一つの考えが浮かんだ。
「これだけの艦艇を用意して頂いたのは有難いが、やっぱり多いよなぁ」
出発時点で予想で来ていた事たがあの程度の敵に対するには六〇〇〇隻という数はミッターマイヤーにとって多すぎた。といっても二つに分けたら三〇〇〇隻、自分自身で指揮するのなら大丈夫だが他人に任せると万が一がある。
「・・・・・両方に俺がいればいいのか。この艦ならそれが出来る」
考え込みながらぶつぶつ呟くミッターマイヤーの声を聴いた幕僚の一人が「何言ってるんだこの人?」という顔で見つめる。この幕僚はロイエンタールの元で同盟軍第九艦隊を相手にした時のミッターマイヤーの無茶振りを直に見てた人である。「また何かしでかすのか?」と不安がる中、ミッターマイヤーが今後の行動を命じ、その幕僚は嫌な予感が当たった事を悟ったのである。
「よし、大丈夫そうだな。この後は予定通りで頼む」
そういうとミッターマイヤーは旗艦に若干の護衛を付け、もう一つの部隊の方にすっ飛んでいった。
彼は隊を二つに分けた。一つは自分で指揮して最初の目的地に向かう、そして二つ目には次の目的地に事前に向かわせて待機させる。最初の戦闘に目途が立つや否や用意していた最小限の護衛を連れて全速で次の目的地に向かいそちらの指揮を執り、目途が立ったらその次の目的地に向かっていた最初の部隊に直行する。これを繰り返せば倍とはいかないまでも隊を分ける前よりも素早く事を進められる。そして一番割を食うのはこの殺人的スケジュールの進行管理を任された幕僚達と恐ろしい速度で走り回る羽目になった旗艦ベイオウルフの乗員達である。自分がいない間にロイエンタールを艦隊司令官として引っこ抜かれたシュヴァルベルクがミュッケンベルガーに「せめて貧乏籤を引く羽目になった二人(ロイエンタール&ミッターマイヤー)にいい旗艦くらいくれてやってくれ」と愚痴をこぼし、ミュッケンベルガーから「好きな艦を選べ」と未配属旗艦級艦艇リストを見せられたミッターマイヤーが選んだのがこのベイオウルフであった。乗員達からしてみれば"艦隊司令官候補席"であるシュヴァルベルク艦隊先頭集団分艦隊司令の乗艦という事で将来の艦隊旗艦を夢見たのであるがまさかこんな形で高速タクシーの様な振り回され方をするとは思ってもみなかったであろう。しかしその司令官は
「それにしてもいい艦だな。艦隊旗艦になれるように頑張らねばな」
と、嬉々としながら次々と指示を飛ばすのであった。
「ある意味、存外の戦果である。だが別の意味においては論外の運用である」
後からじっくり占領行動をしつついけそうなら手を付けていない所の無力化を行う、と考えていたシュヴァルベルクはその速度に呆れつつも占領するより早く増えていく無力化エリアの対応に四苦八苦していた。どうやら部隊を二分して交互侵攻しているのは理解したが旗艦が何処にいるか判らない(部隊間移動をしている時間の方が長い)ので本人を捕まえる事を諦め、後で説教する事に決めた。とにもかくにも占領を追いつかせる為に本隊での無力化作業を諦め本隊を二分し、交互に占領作業を行う事で追いつこうとするが一向に差が縮まらない。そうしているうちにその牙は既にリッテンハイム本家のみならず有力な親族分家にまで伸びていた。あまりにもズタボロにしていくので本家領だけに限定してしまうと攻撃対象が少なくなってしまい効率が落ちてしまう段階になっているのだ。
しかし、その疾風にも"止まれ"を命じる必要のある情報が本体から寄せられてきた。その情報を得ると同時にシュヴァルベルクは現状の占領行動を進めつつミッターマイヤーには侵攻停止を厳命(旗艦探すの面倒なので部隊そのものに連絡した)、近辺星域各地に残ってる正規軍基地に状況と補給物資の備蓄量を報告させる。そしてやっと止まった(そして連絡してきた)ミッターマイヤーにたっぷりと説教という名の小言をかました後に次の任務を伝える。
「指定したエリアの無力化を行うように。そのエリアの先にいる友軍と合流したい、その道作りだ」
「そこまでして合流したい理由とは? お聞かせいただけないでしょうか?」
シュヴァルベルクからの指示を受けたミッターマイヤーが方針転換の意義を問う。
「元帥からの情報でリッテンハイム派が分裂し、こちらに向かってくるそうだ。数にして四五〇〇〇隻程度。これの迎撃準備を行う」
シュヴァルベルクがその意図を順々に説明する。現在、シュヴァルベルク艦隊はミッターマイヤー隊込みで総数一六〇〇〇隻程度。リッテンハイム派を向け迎え撃つには当然ながら少ないのでミュッケンベルガー本隊に合流予定だったロイエンタール艦隊(一二七〇〇隻)とレンテンベルクを拠点に活動していたケンプ艦隊(活動中だった分艦隊を除いた即移動可能な艦のみで五五〇〇隻)がこちらに移動中、追加で首都防衛担当だったクエンツェル艦隊(一二二〇〇隻)にも急行させるがこれは間に合うか判らない。クエンツェル艦隊が間に合えば同規模だが間に合わない場合は敵の八割程度の兵力となってしまう。これをカバーする為に貴族領が少ない辺境で活動を開始し、(点在する盟約派領を無力化しつつ)比較的近い所まで来ていた部隊を招き入れる。その出迎えルートがミッターマイヤーに指示した無力化対象エリアである。
「辺境から招き入れる部隊が約五〇〇〇隻程度との事だからこれを含めばクエンツェル艦隊無しで三九〇〇〇隻程度にはなる。ここまでは敵の到来までに間に合う計算だ。これからの行動はこの部隊集結を間に合わせる事を最優先とする」
「事情は理解いたしました。これより活動を開始しますが・・・・その、部隊運用については・・・・・」
意気揚々、とはいかずミッターマイヤーがそう大きいわけではないその体を心なし縮めながら尋ねる。ついさっきこの尋常ではない遊撃隊二分割行動に対する小言をたっぷり聞かされた後なのである。
「今は効率最優先だ、動かしたいように動かしたまえ」
シュヴァルベルクが苦笑しつつ応える。だが一度聞かせた小言がまた出てしまう。
「しかし、だ。すまん言い方になってしまうが貴官の身の上(=平民)で中将に昇進させるには半個艦隊なり司令官代理なりできっちりと"艦隊規模を任せても大丈夫だろう"という運用実績を上げたうえで上官として推薦を行わないといかんのだ。貴官は出来ると思っているだろうしわしも出来るとは思っているのだが現状の実績記録としては"分艦隊司令として優秀"で止まってしまう。この戦いが終わったら席は沢山空くだろうからねじこめるかもしれんが必要な段取りについては注意した方がいいぞ」
「肝に銘じます」
「宜しい。では行きたまえ」
「では」
通信が終了するとシュヴァルベルクは幕僚達を集める。各地からの艦隊集結までに現在の占領地を確定させる必要がある、それから敵味方総勢一〇万近い艦艇が戦う舞台を選ばないといけないし各艦隊が保持する補給物資を確認し不足分を周囲の基地から取り寄せないといけない。艦隊指揮官としての力量には限界を感じている分、下の者達が十二分の力量を発揮できるように少しでもいい環境・状態を得られるように努力せねばならない。それが彼なりに到達した人の上に立つ為のけじめというものなのである。
「最低限の防衛兵力をガイエスブルクに残し、残りは全て出撃させます。それも可能な限り速やかに行う必要があります」
総司令官として指揮権を掌握したアイゼンフートの第一声がこれであった。
「理由を述べよ」
ブラウンシュヴァイク公が感情の無い声で尋ねる。冷静という訳ではない。盟主としての威厳を保つ為、派閥を越えて残ってくれた将兵を失望させない為、分裂行動という暴挙を犯したリッテンハイム侯への荒れ狂う感情を無理矢理抑え込んでいるのです。と、側近のアンスバッハ准将より事前に説明を受けていた。つまりはまぁ"あまり刺激しないで頂けないでしょうか?"という事なのだがアイゼンフートとしては遠慮もなにもあったものではない。元々低い勝率が絶望的な所まで来ているのだ、万が一を起こす為か恥ずかしくない滅びを迎える為か、"思うがまま存分に動かすといい"と言われたのだ好きにやらせてもらう。
「最悪の展開としてはこのまま我々がガイエスブルクに逼塞したままリッテンハイム勢が敗れる事。典型的な各個撃破というものです。これを防ぐ為には何かしらの形で我々が打って出なくてはいけません」
「敵はどう動くのだ?」
「判りません」
「判らぬ、と」
身も蓋もない答えにブラウンシュヴァイクが眉を顰め、横にいるアンスバッハが目線で何かを訴えてくる。その訴えを相手にせずアイゼンフートがその考えを述べる。
「まず、我々は正面に控えるミュッケンベルガー率いる本隊に対してこれが現状のままの艦隊規模を保つ場合は挑む事ができません。どうやっても勝てない戦力差なので・・・。狙うのはリッテンハイム勢を狙う別動隊、若しくは首都星オーディンです」
「敵がリッテンハイムを討つために兵力を分散させるのであればリッテンハイムがどう思うが関係なく我々の兵力を無理矢理集中させる。だが敵も兵力を集中し全兵力をリッテンハイムにつぎ込むのであれば奴らを餌にして玉体を抑える、と」
「お見事、御推察の通りであります」
アイゼンフートが喜びの声で応える。まだブラウンシュヴァイクの精神は壊れていない。それならばこれをアテにした手も打てる。
「出撃準備が整うまでに少しでも情報を集め、行き先を決めます。その為には各地に潜めています同志(=敵地にいるスパイ・内通者等)からの情報も重要となります。摘発され続け残り少なくなっておりますが最後の踏ん張りとして強く情報を求めようと思います、宜しいでしょうか?」
「ここで温存しても意味はあるまい。使い潰してよい」
「ありがとうございます。盟主殿には一個艦隊半程度の兵力をガイエスブルクに残しますのでしばらくの間ご辛抱をお願いいたします」
「・・・・敵がこっちに来たらそれでしばらく耐えればいいのだな。イゼルローンと駐留艦隊の実績を考えれば全部が来ない限り凌げる、という算段だな」
「まっこと、まっこと。盟主殿手元の兵力を減らすのは危険ではありますが敵との総兵力差がある分、ガイエスブルクという地の利は使わねばなりません」
「事ここに至っては正面決戦などできぬとは理解している、どこかで無理矢理にでも局地的有利を作らねばならぬともな。貴公に任せたのだ、自由に動かせ」
「有り難く。では、引き続き準備を進めてまいります」
「うむ」
事が決まるとアイゼンフートは足早にその場を去る。急いで準備したいという気持ちもあるがブラウンシュヴァイクの気が変わる前に事を進めてしまいたいというのが本音である。
「クレーゲ!」
「こちらに」
アイゼンフートが腹心の武官家人であるクレーゲ少将を呼びいくつかの指示を与える。
「すまないが貴官には残ってもらう、盟主殿本隊の実質的司令官としてだ。俺の見る限り本隊にはノルマを果たせる分艦隊司令はいるがそれを纏める艦隊司令クラスの人材が見当たらないのだ。シュトライト殿やアンスバッハ殿は確かに優れた人だがこっち(艦隊戦)向きの人材ではないしな。あのお二人には筋は通しておく、二人に通せばブラウンシュヴァイク家はどうとでもなる。ブラウンシュヴァイク家以外で誰かを頼りたければジェファーズ侯を頼れ、あの方で駄目ならどうにもならん」
「御意。して伯は?」
「俺は出撃部隊の編成だ。といっても艦隊そのものは盟主殿以外のは全部連れて行くので艦隊外の独立部隊の振り分けと指揮官級人材(=貴族)とお抱え武官の確認だ。厚くする為の予備人材などはいないがどこまでやれそうなのかは把握する必要があるからな。なので居残り部隊の細かい所は任せる」
「判りました」
今日準備して明日出る。と、アイゼンフートは決めている。リッテンハイム派が出て行ったのが昨日。日を開けすぎると"リッテンハイム派の戦いに乱入する"というオプションが取れない。基本的にガイエスブルク周辺にしろリッテンハイム領までの道にしろ貴族領が極めて多い星域なので移動の隠密性などはこちらが有利(なので引き返したがオーディン奇襲などを試みる事が出来たしそもそも盟約軍総司令部はそういう場所を使って行動する事を心掛けている)なのだが明らかに狙っているリッテンハイム領蹂躙なので移動ルートに網を張っているだろう。正規軍に見つからずにリッテンハイム派に追いつく為にはリッテンハイム派が通った直後(=リッテンハイム派も馬鹿じゃないから移動ルートに見つけた哨戒線は潰していくだろうという期待)に滑り込む必要がある。後は各地に潜む同志からの情報を期待するしかない。
翌日、アイゼンフート部隊はガイエスブルクに残す二〇〇〇〇隻と出撃させる五五八〇〇隻の編成を完了させる。前日のうちに先行させた三〇〇〇隻に哨戒網チェック&潰しを行わせその道を通るわけだが流石に昨日の今日で手に入るとは思わなかった正規軍情報が意外な形でやって来た。
「はははは、素人用兵など全てお見通しというわけか」
今日中に出撃せねばならないのだがその情報が印刷された紙を放り出し、アイゼンフートが頭を抱える。その紙には"正規軍総旗艦ヴィルヘルミナから発せられた正規軍ミュッケンベルガー本隊の行動予定表"が記載されていた。
・多分リッテンハイム派艦隊と思われるのを発見しました
・本隊は八個艦隊です。
・本隊以外でリッテンハイム派艦隊に勝つ目星はつけました
・本隊を四個艦隊×二に分けてガイエスブルク残留軍を見張ります
・片方はオーディンへのルートを見張らせます、もう片方はリッテンハイム領へのルートです
・ガイエスブルク残留軍を見つけたら無理に相手をしないでひたすら時間を稼ぎます
・リッテンハイム派艦隊を片付けたら全軍でガイエスブルクに行きます
「・・・・・・・いや、これ自体が罠という考えもある」
気を取り直して考え始める。これが嘘であるなら理由はなんだ?リッテンハイム派を処理する兵力が足りないから本隊を割く必要がある?我々を誘い出して敵本隊全軍で叩きたい?既に全軍で引いている?逆にガイエスブルクを封鎖しに来ている?
次から次へと"パターン"が思い浮かぶ、だが決断が出来ない。それがアイゼンフートの限界。基礎教養はもちろん専門知識もあり才能もあった。しかし圧倒的に経験が無い。読みふけった書物のお陰で色々なパターンが浮かぶのだが何故それが選択されたのかという書物では判らない経験による分析が出来ない。正しく素人の生兵法。
「数えきれない選択肢から基準を設け切り捨てを行い、目的損得を考え少しでも選択肢を減らす。可能な限り減らした選択肢から選ぶ。と口では言えるがそれが思い浮かばぬ。あれもこれも"ありうるのでは?"と考え始めると捨てる事が出来ぬ・・・・・」
そこまでぼやいて一息つく。クレーゲを呼び戻すか?と考えるが彼は前線指揮で出世した戦術家だ、恐らくは好転しないだろう。そこまで考えて彼は決断を投げる事にした。放棄という訳ではない、総司令官となったからには何かの決断をしなくてはいけないのだが八〇〇〇〇隻近い自軍将兵の行く末を根拠を示せない勘で決める事に自分自身が納得出来ない。なので素直にギブアップして相談をする事にした。軍事ではないが数多くの決断を、取捨選択をしてきた人がこの要塞にはいる。
「・・・という次第でありまして総司令官失格と言われればその通りでございますが何卒"決断"に関するご助言を賜りたく参上した次第であります」
ガイエスブルク要塞にある一室。盟主・ブラウンシュヴァイク公の個室として用意されたその部屋にアイゼンフートがいた。同席するのは部屋の主たるブラウンシュヴァイクとその腹心のアンスバッハ、そして相談役となっているジェファーズ。
「決断、か。やれ鉱物惑星の利権だ派閥の移動だと何百何千万という領民のその後を左右する決断、それこそ沢山してきましたなぁ、ジェファーズ侯」
「まことに」
ブラウンシュヴァイクの語りかけにジェファーズが頷く。ガイエスブルクに残り孤立すると思われたジェファーズであったがブラウンシュヴァイクがすぐさま"相談役"として傍らにいてもらう事で解決した(※1)。庇う事が目的と思われていたが見る限りとても友好的である。数々の決断の為に腹を割って話し合ってきた間柄である。上辺だけの関係よりも本音で話せる間柄の方が結びつきは強くなるのであろう。
「まずは目的をはっきりさせましょう。アイゼンフート殿、この後の展開で最も悪い事はなんでしょうか?」
「各個撃破される事です」
ジェファーズの問いにアイゼンフートが即答する。これは答えられる、だがその為に何が最善なのか?で思考が飽和状態になる。
「ならば行くしかあるまい。リッテンハイムめがこちらに戻ってくる事などないのだからな。何かできるかもしれない、いや、何かしなくてはいけないと思うあまりに見なくてはいけない本筋を曇らせておるぞ」
「しかし我々こそが狙いであった場合、というのを考えると素直に行ってよいものか?と。かといってそう思わせてあちらが狙いだったら・・・・」
「はっはっは!それこそ堂々巡りというものだ。どこかで"えいや!"と割り切らねばんらん。そういう所は流石にまだ若いのだな。わしも家を継いだ頃は威張り散らしながら内心そのまんまだったぞ」
己の若い時を思い出したのかブラウンシュヴァイクが楽しそうに応える。
「ならば盟主として命じよう。総司令官アイゼンフート伯よ、予定している軍をもってリッテンハイムめの所に行きそれに対している敵を討て。無傷で合流できたのなら敵の規模を問わず決戦せよ。敵が予告の通りの艦隊で合流を妨害するのであればこれと決戦せよ。敵全軍がこちらを狙っていた場合は逃げよ。以上だ」
「なっ!」
ブラウンシュヴァイクがあっさり出した明確かつ重要な命令を聞きジェファーズが驚きの声を上げる。アイゼンフートはあまりにもあっけなく命令するブラウンシュヴァイクをぽかーんという顔で見つめる。
「盟主殿の命であればその完遂に全力を上げますが、よろしいのですか?決戦で」
なんとか気を取り直したアイゼンフートが恐る恐る確認する。
「構わん。好転の目が無い限り長引かせても意味はない。それにこのままだと兵が逃げ始めるのではないか?」
ブラウンシュヴァイクの指摘にアイゼンフートは頷くしかない。正規軍だろうと盟約軍だろうとその多くを占めるのは徴兵された一般民であるし艦を預かる艦長達も大半はやれ忠義やら大義やらは関係ない、明日の飯を食う為に仕方なく働いているのだ。"あぁ、これは負けが決まったな"と判るや否や文字通り多くの兵が四散するであろう。ある程度賢ければ既に予想が付いているのであろうが今の所、それを決定づける戦いが起きていないので踏ん切りが付かずに居残っているだけなのだ。
「まことに盟主殿の仰せの通り。ならばご命令の通り、打って出るのみです」
「うむ。後悔の無い戦いをしてくるがいい」
「それでですが・・・・一つどうしてもお聞かせいただきたい事があるのですが?」
「遠慮は無用、良い機会だ何でも答えるぞ」
アイゼンフートの問いにブラウンシュヴァイクが鷹揚に応える。
「盟主殿は、その、勝つ算段というか見込みというか、そもそも勝てると思って決起なされたのでしょうか?」
場が静まる。その顔に見えるのは怒りではなく寧ろ悲しみというべきか。後にアイゼンフートは「怒り、を覚悟していたが寧ろ優しさすら感じた。後の世から見れば身の程を弁えなかった大罪人なのだろうが私から見たら正しく盟主と呼ぶにふさわしい大人物であった」と語っている。
「御年六〇。確かに年齢以上に年を取られている印象ではあるが生活が乱れているという訳ではない。あと五年や一〇年はご健在であると思っていた」
ブラウンシュヴァイクが語る。御年六〇という事は先帝フリードリヒ四世の事だろう。
「それだけの期間があれば正規軍にもっと根を下せていただろう。我らの艦隊ももっと持ち回りが進み、軍を理解する者が増えただろうし卿のような出来者も一人二人増えたかもしれん。リヒテンラーデも死ぬか引退するかで政府に柱がなくなったであろう」
ふぅ、とブラウンシュヴァイクが一息つく。エルヴィン・ヨーゼフの存在が明るみになってからの異常なまでの勢力拡大は彼の正式な立太子の儀を阻止し、娘に継がせる為、政治・軍事・世論の全てを頷かせるだけの力を得る為。しかしそれは一度動き始めてしまったら後に引けない膨張。
「だが、その時間を得る前に崩御なされた。そして残ったリヒテンラーデは不完全な我々を後戻り出来ぬ所に追い込んだ。もし決起していなかったら今頃幾つもの同志が家ごと取り潰しやそれに近い扱いを受けていただろう」
「取り潰し?」
アイゼンフートが反応するがその事情を知っていたと思われるアンスバッハやジェファーズは反応をしない。ブラウンシュヴァイクに代わってジェファーズが言葉を続ける。
「エルヴィン・ヨーゼフが帝位を継ぐと発表された時から幾つもの家に対して内密に"法に反する行為に対する告発"が言い渡されました。数にしても証拠の質にしても長い間溜め込んで準備していたのでしょう。過去においてもみ潰した本当の罪もあれば今では死文化している法に基づくものもあったのですが突然の事に困った彼らは我々(ブラウンシュヴァイク家とリッテンハイム家)を頼った。彼らから見れば我々を頼れば今まで通りになぁなぁで潰せると考えたのでしょう。しかし困ったことに政府は"本気"だったのです」
アイゼンフートにとっては初めて聞く事情である。余程内密に進められていたのだろう。
「"貴族と言えど度を越した罪は罪として罰せられる" それは先のカストロプ家の顛末が物語っています。それを小さい所からやっていこうという訳です。一つでも罰が実行されれば後はなし崩し的に数と範囲を広げていくつもりなのでしょう。今までそれを行ってこなかったのは大事を避けてなぁなぁで収めてしまっていたからというのもありますがもしそれが大規模な反乱に繋がった場合、叛徒共に付け入る隙を与える事になるでしょうしなによりも時の皇帝の失政として権威の失墜につながるからだと思います。しかし」
「叛徒共は去年叩かれしばらくは動けぬ。そして幼いエルヴィン・ヨーゼフに失政の烙印は付かぬ、そもそも執政兼宰相という地位でその責任をすべて引き受けることが出来る。リヒテンラーデからしてみれば命尽きるまで我々の勢力を法という大義名分でひたすら削ぎ落す事が出来るのだ。政府と軍部は奴の手中にある、遮るものは我々自身しかない。あ奴から見れば今やらねばいつかは自家が狙われるのだ。是非も無し、というものだな」
ジェファーズの言葉をブラウンシュヴァイクが引継ぎ結ぶ。
「・・・つまりこの決起は皇位継承問題でも何でもなく我々貴族界の、いえ、リヒテンラーデ家とブラウンシュヴァイク&リッテンハイム両家による生存戦争である、と」
「そうだ。わしとてもし事成せばリヒテンラーデ家は理由を付けて再起不能にせねばと考えていたのだ。相手とて同じだろう。ならこちらに残る選択肢は二つ、潰される前に潰す、か、潰されていく同志達から目を背けリヒテンラーデが死ぬまで逼塞するか、だ」
「しかし、頼ってくる同志達を見捨て続ければそれ以上の速度で勢力は瓦解する。少なくともリヒテンラーデ死後の再結集など夢のまた夢。いえ、そこまで外を埋め続ければ本陣にも手を付ける事が可能となるでしょう。故に決起した。法によって正しく罰せられる事への反発は大義名分にはならないので違う大義名分を立てて・・・・」
「結局の所、わしのやろうとしていた事は"無理を通して道理を引っ込こめる"というものに過ぎん。しかも引き返せぬ所まで来たがまだ道理を引っ込められぬという時に事が起きてしもうた。・・・・・だがな、先程言った二つの選択肢。本来は三つ目があった」
「それは・・・」
「同志達に手を出さぬことを条件にリヒテンラーデに一方的に降伏する事だ。卿がわしの立場だったら出来るかね?」
「できません」
ブラウンシュヴァイクの問いにアイゼンフートが即答する。
「理由は?と聞かれると困りますが伝統、名誉、意地、色々な言い方がありますがその柵が降伏など許しません」
「そうだ。なんらかの罪を設定してもらい、我が首とそれなりの領土を差し出し、指定された娘婿を迎えて継承権を正式に放棄する。そうすれば家は残るやもしれん。それをせず、決起せず、となったら一方的な合法的罪状で同志が削られ続ける。決起が沢山の同志を巻き込む事は判っている。だがブラウンシュヴァイク家の名跡を継ぐものとして首を垂れる訳にはいかぬのだ」
やはり誰かには言いたかったのであろう、すっきりした顔でブラウンシュヴァイクが椅子にもたせかける。
「では、現場の我々に口を出さず自由にさせたのは・・」
「どのような理由であり巻き込んだ事は事実、その程度の事はさせてやらねばな。だからな、わしの所の艦艇もわしそのものも使えると思ったら使え。それで一度でも二度でもいい、正規軍を"ぎゃふん"と言わしてやれ」
「お話して頂いた事、誠に感謝致します。率直な所、我が家は巻き込まれた側となりますが代々ブラウンシュヴァイク家に恩の有る身です。遠からず政府は我が家にも牙を剥いてきたでしょうしそれが無かったとしてもブラウンシュヴァイク家を見捨てる事など出来なかったでしょう。ならば」
アイゼンフートが立ち上がる。
「やるべき事をやってあ奴らに"ぎゃふん"と言わせて見せましょう」
アイゼンフートは予定通り四個艦隊基幹五五〇〇〇隻の艦艇を率い出撃した。目指すはリッテンハイム領、かの地に向かった"友軍"との合流である。
そもそも原作においてどうやって戦ってきたのかというか意思決定機関はどうなっていたのかとかまったくわからんのよね。メルカッツが総司令官となってもまともに指揮できなかったと言われてますがならだれがどうやって指示して動いてたんですか?と。ただぼーっとみんなでガイエスブルクあたりでフラフラしていたわけでもあるまいし(全軍の数を考えるとガイエスブルクにみんな入れないんだからどこで何してたのだろう?)だからと言って全軍が自由に動き回っていたらガイエスブルク攻防戦になる前に艦隊兵力消滅してただろうし。
大貴族の矜持とか言っているが「正論(法律)に対する逆切れ」と言ってしまえばそれまでである。
※1:居残ったジェファーズ
剥奪されているが軍階級としてはジェファーズ(上級大将)がアイゼンフート(大将)より上であり、ジェファーズ本人が軍知識皆無である事を自覚しているので現場に出ても迷惑をかけるだけ、と艦隊は家の者達に任せて本人はガイエスブルク内に残る事にしている。