偽書・銀河英雄伝説   作:隠居おっさん

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No.35 キフォイザー会戦

 

 決別したリッテンハイム軍(三個艦隊基幹四四〇〇〇隻)は可能な限りの最短距離で目的地に向けばく進した。といっても主たるリッテンハイム侯は「いけ」と命じるのみであり実務を担当するのはリッテンハイム艦隊に集められている幕僚達と残りの二個艦隊を率いるアヌフリエフ子爵とモントーヤ男爵である。彼らはとにもかくにも自勢力圏を伝ってのルート(※1)を突き進み、邪魔な正規軍基地はもみ潰しつつ"その後"の事を協議する。如何せん人材がいない。アヌフリエフ艦隊はなんとかかんとか艦隊として動けるだけの人材を揃えていたがモントーヤ艦隊はシャンタウ星域の戦いで実質的司令官(クレーゲ)を迎える事をあっさりと承認してしまうくらいには人材に苦しんでいた。リッテンハイム艦隊はこの中では一番人材は揃えているのだが一番上があの御仁なので口を出し始めたらどう影響するか判らない。でも、アヌフリエフ子爵もモントーヤ男爵も「私が総指揮を執る」と言えるだけの度量も実力もない。せめて敵対する正規軍が情報の通り一個艦隊弱のままである事を願うのみである。それなら数で押し切る事は出来る。だが、正規軍がそのような甘い采配をするはずがない、軍事知識の乏しい彼らでもそれだけは判っていた。

 

 

「想定以上に敵は早く来る、少なくとも現状のままだとクエンツェル艦隊が到着する前に開戦だろう。追加情報として後続の艦隊が複数、ガイエスブルクを発したらしいという連絡も来た。後続については事実なら本隊が遅延戦闘を仕掛けるとの事だがクエンツェル艦隊を待ち続けると、敵が拠点になるであろうガルミッシュ要塞に入られてしまいクエンツェル艦隊を勘定に入れても非常に面倒となる攻城戦になってしまう。しかも敵後続が本隊をすり抜けてしまうと挟撃の可能性すら出てしまう。クエンツェル艦隊の不参加はきついものがあるが時間をかける訳にはいかないのでこのまま敵艦隊を迎撃する方針とする。改めて編成を述べるが……」

 

 シュヴァルベルクの訓示を各司令官が緊張した顔で見つめる。入手した情報によると敵艦隊はガイエスブルクから分離したリッテンハイム派と思われる推定四五〇〇〇隻、そして周辺星域のリッテンハイム派領留守と思われる部隊が集結しつつあるという情報も入手している。このまま各個撃破されるよりかは、と今更ながら気づいたらしい(シュヴァルベルク艦隊が活動を停止した事により攻撃される事がなくなった、という事もある)これに対してシュヴァルベルクがかき集めた兵力は

 

 シュヴァルベルク艦隊:一三一〇〇隻 ※:ミッターマイヤー隊再合流

 ロイエンタール艦隊:一二三〇〇隻

 ケンプ艦隊:一二八〇〇隻

  内訳

   ケンプ部隊:五五〇〇隻

   シュタインメッツ部隊:四七〇〇隻(※:2)

   周辺基地部隊:二六〇〇隻 ※:ミッターマイヤー独立部隊と一緒に行動していた部隊

 

 合計:三八二〇〇隻、追加でかき集めている留守部隊を含めれば五〇〇〇〇隻近くになるであろう敵艦隊の規模を考えると盟約軍の指揮能力次第では危険な差である。この中で唯一盟約軍艦隊との艦隊戦を行っているケンプの報告としては"侮れない技量を持つ司令官(or補佐する本職軍人)は確実にいる"という(※3)。各司令官が色々な不安を抱えつつ正規軍はリッテンハイム派を待ち受けた。

 

「監視システムに敵艦隊の反応、距離にして推定一〇分程度で接触します」

 

「全艦隊に通達、総力戦用意、事前の指示に変更なし。各員その任を果たせ」

 

 シュヴァルベルクが指示を出し、各艦各員に火が灯される。そして「ミッターマイヤー少将を」と呼び出しを指示する。

 

「準備はどうだね? 少将」

 

「万端です」

 

 シュヴァルベルクの問いにミッターマイヤーがやや緊張した声で応える。

 

「事前に言っておいた通り預けた部隊を含めて本隊以外の全てを指揮して宜しい。いいかね、艦隊の指揮だ。任せたよ」

 

「必ずや」

 

 ミッターマイヤーの緊張度が上がりやや上ずった声になっている。この大一番、シュヴァルベルクが本来総予備となる部隊に削れるだけ削った本隊を割当て、残りを全て指揮系統として先頭集団分艦隊司令であるミッターマイヤーの下に置いた。総予備以外全て、つまりは艦隊丸ごとであり艦隊司令部幕僚の一部に至ってはミッターマイヤーの乗るベイオウルフに移動している。独立部隊として動いた際の"やらかし"を考えれば恐ろしい博打ではあるがシュヴァルベルク本人の内心としては長年培ってきた"人を見る目"と経験からくる"感"で「任せれば出来る」とは確信している。だが"やらかし"直後のミッターマイヤーとしては今まで持ってきた「自分になら出来る」という自負が「そう言われてみると分艦隊以上の指揮、本当に出来るの?」と揺れ動いてしまった時にこの差配である。今まで感じた経験のない恐ろしい重圧が彼を襲っていた。

 

「射程まであと三〇秒」

 

 オペレーターの声を聴き、大きく深呼吸をする。味方は中央:シュヴァルベルク艦隊、左翼:ケンプ艦隊、右翼:ロイエンタール艦隊。リッテンハイム軍は同じように三個艦隊を並べ、後方にかき集めた留守部隊や元々独立部隊だったであろう艦が並んでいる。左翼に総勢四九三〇〇隻。数的不利の為、部隊を分ける事が出来なかった正規軍と作戦指揮能力不足の為、部隊を分ける事が出来なかったリッテンハイム軍は文字通り正面から向かい合う事になった。

 

「撃て!」「撃て!」

 

 三個艦隊同士の正面衝突はしばらくの間小細工の出来ない撃ち合いに徹する事になる。まともな(?)艦隊戦では勝負にならぬと自覚しているリッテンハイム軍は正面から全力でごり押して、その勢いがあるうちに後方部隊をどこかに乱入させたいと考えていた。それに対して正規軍はそれぞれ異なる理由で消極的にならざるを得ずといった環境となっていた。この組み合わせの結果、全体的に見て正規軍は"押されている"という現実に各司令官は当惑を隠しきれない状況となっていた。

 

 

(何故に俺はあのような判り切った"ごり押し"に苦しまねばならぬのだ)

 

 冷静沈着。そう評される男であるロイエンタールはなんとかまだそのイメージを保ってはいたがその内心は不甲斐ない自艦隊将兵を怒鳴りつけたい気持ちを必死に抑え込んでいた。

 その不甲斐なさは本来一二七〇〇隻である艦隊がこの会戦開始時において一二三〇〇隻になっている所にある。貴族枠艦隊の解散後、その残兵を元に編成されたロイエンタール艦隊は周囲の期待をよそに想定を上回る極度の"訓練不足"であった。個艦レベルの訓練は終了しているはずであったが艦隊再編のあおりで継続した訓練が停止、やっと再開できる頃には練度はあらかた"元通り"になってしまった。しかもその艦単位ですら個人レベルで盟約軍に参加した士官がいた為に人事異動の手間すら発生している有様であった。そこから猛訓練で遅れを取り戻そうとしても艦隊内では引き上げ役のベテラン(=熟練兵)すら極度に不足しており(他艦隊の抜けた穴を塞ぐ為に引っこ抜かれている)成果がなかなか上がらない。そのような状況なのに「頭数にさえなればいい」とミュッケンベルガー本隊への合流を命じられる始末。無論、移動中に出来る訓練は限定的となり練度は向上どころか(低レベルで)落とさない事が精一杯。そして移動中に今度はシュヴァルベルク艦隊に"戦力"としての合流に変更。その結果が標準艦隊巡航速度にもかかわらず発生した四〇〇隻の脱落艦、そんな練度での実戦である。ロイエンタールの指揮能力をもってしてもどうにもならない。そもそもどれだけ丁寧に余裕をもって命令してもその通りに動けないのだ。指揮官として正しく地獄である。そのような状況で四苦八苦しつつ指揮を取るロイエンタールの横でせわしく動く将官がいる。

 

「右翼第三分隊の後退はどうなっている…………なぜそこにいる? 指示した方向と違うだろう! それでは前にでる第七分隊の邪魔になるだろう!!!!!」

 

(……これだけ隣で熱くなられるとこっちの熱も吸い取られる。…………有り難い)

 

 ロイエンタールが見つめるその横の人物、参謀長ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン少将が止まる事のないマシンガントークで動きの遅い(本来各分艦隊司令が統率すべき)部隊の尻を叩く。艦隊が編成され急遽幕僚編成が必要になった中で宇宙艦隊司令部が用意した人材が彼であった。

 

 ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン、艦隊編成に伴い後方第一資料分析室より転属、同時に准将より少将に臨時仮昇進。

 

 最初にその履歴を見た時、ロイエンタールは思わず"幕僚も寄せ集めか!! "と悪態をつきそうになってしまった。資料分析室はいわゆる丸ごと窓際部署、そんな所に三〇代で配属などとてもじゃないが参謀長になれる器に見えない。のだがさらにひとつ前の履歴を見て考えを改める。"ジェファーズ艦隊副参謀長(訓練計画立案担当)"、それがひとつ前の役職であった。そこからロイエンタールは(本人に聞くのはちょっと気が引けるので)着任までに各所に情報収集をした結果この艦隊の参謀長になった理由を理解した。彼は極めて優秀ではあるが直言の士であり、階級も役職も関係なく必要と感じたら諫言を躊躇わなかった。その矛先がジェファーズ侯爵に向かい、本来協定により"実務を妨害しなければ司令官席に座っていればいい"とされた貴族枠艦隊司令官に"艦隊司令官&宇宙艦隊副司令長官としての心得は云々"と事ある毎に口を出してしまったらしい。人格者といっていいジェファーズ侯爵であったが流石にこれには辟易したのか宇宙艦隊司令部に対して「協定を破るつもりはないのでお願いですからこの人を変えて頂けないでしょうか?」と裏口からお願いし交代劇となった。余計な衝突をしない為に正式な抗議ではなく裏からのお願いにしたのがジェファーズによるせめてもの情けであった。しかし彼が担当として残した訓練計画が極めて優秀であった為、ジェファーズ艦隊はそのまま採用したし宇宙艦隊司令部も評価していた。なのでほとぼりが冷めたあたりで何処かしらの艦隊に転属させる事は内定しておりそれがこのタイミングとなったのである。

 そんな訳あり参謀長であったが着任して仕事を開始するとあっという間に意気投合した。お互いに「この司令官(参謀長)は得難い大当たりである」と悟るのに時間は必要なかった。このコンビによって動く事すらままならなかった艦隊はなんとか動けるようになった。しかしそれでも艦隊全体がロイエンタールの指揮に追従するには命令した後にベルゲングリューンが状況を確認して尻を叩かないと動ききれない。ベルゲングリューンが全力で"進行整理"をしてはじめてこの艦隊は艦隊として動けているのである。

 

「予定通りの消耗具合になっているか?」

 

「補給物資の消費は計算の範囲内。艦隊の損耗はご命令の通り"動きがマシな部隊"が残れるように動かしています」

 

「宜しい。敵は明らかにオーバーペースだ、いつかは下火になる。それまでに少しでも"動ける艦隊"に近づける。死にゆく将兵の怨嗟は俺が受ける。そうでもせねば艦隊丸ごとあの世行きなのだからな」

 

 ロイエンタールはこの戦いが始まり、敵艦隊が補給を上回る消費をしているのを確認すると非情な決断を下した。艦隊の中で特に練度が低い部隊を生贄にする事で時間を稼ぎ、敵の息切れを待つと同時に艦隊の練度を少しでも上げる。死の現地研修である。今の所その目論見は崩れていないのだが……

 

(何をしているミッターマイヤー)

 

 ロイエンタールがスクリーンで隣の艦隊戦の状況を確認する。

 

(シュヴァルベルク閣下の艦隊だぞ、三つの指で数えられる精強艦隊だぞ。いつまで"互角"の殴り合いをしているのだ!! さっさと優位を確保して少しはこっちに手を貸してくれ!!)

 

 

「……右翼より左翼の方が動きがいい、もう少し"速度"を上げても大丈夫だろう。…………!!! 先頭集団! 今、指定入力したポイントに火線を集中! ポイントの右側が孤立するはずだからそこを叩け!!!」

 

 そのミッターマイヤーはまさに手探りの戦いを行っていた。彼は己の今までの失敗が"自分の直属(分艦隊)以外の分艦隊が自分の指示にどれだけの速度で反応しそれだけの速度で実行できるかを掴むことが出来ていない"という事をやっと理解した。ロイエンタールの元で戦った時はそれ(周囲が追従できない指示速度)で止まれと言われたし、この度の独立部隊運用では効率の為とは言え無意識に自由に動けるサイズまで部隊を分散させてしまった。この反省を生かし、この戦いでは"なるべく落とした速度から反応を見つつ徐々に速度を上げていく"という他人に聞かれたら「実戦は実験場ではない!」と怒られかねない采配をしている。無論、将兵共に指示をしなくても(遅れても)各自で戦えるだけの質を持つシュヴァルベルク艦隊だからことできる芸当である。練度が低い所でそれをやろうとすると隣にいる盟友の艦隊のようになる(盟友の嘆きも知らず、あいつならそのうち形を作れるだろうと思っている)。だがその手探りももうそろそろ終わる。

 

「各分艦隊へ、既に把握しているだろうと思うが敵は明らかにオーバーペースで消費する攻撃を続けている、そう遠くないうちにペースが落ちるはずだ。それを機に逆襲を開始する。私の艦隊指揮が未熟故、手探りでの指示となっているが逆襲の開始と共にこちらの行動ペースを速める。覚悟して、気合を入れて、その時を待っていてもらいたい」

 

(俺は出来るはず、いや、出来る)

 

 ミッターマイヤーが戦況を確認しつつ一つ一つ丁寧に指示を出す。表面上互角に見える殴り合いであるが損傷艦の後退・応急修理・戦線復帰が適切に行えているシュヴァルベルク艦隊に対して敵正面のリッテンハイム艦隊は適切な処置を行えずに沈む艦が明らかに多い。元々の艦艇数の多さでカバーしているので戦線の位置は互角に見えるし撃沈艦の問題が顕在化していないが逆襲を開始する頃には事の違いに気づくだろう。何とかできそうだ、と少し自信を回復させたミッターマイヤーは静かにその狼の牙を研ぎ澄ましつつ機会を待ち続けていた。

 

 

 ケンプは悩んでいた。正面の敵はモントーヤ艦隊、奇しくもシャンタウで正面対峙した相手との再戦である。優秀な人材を擁していたのか正規軍と遜色のない艦隊であった(※:その時は派遣されてたクレーゲが指揮をしていた)。そしてあの時は友軍艦隊との連携を失念していた為に余計な損害を出してしまった。このような負い目があったせいか慎重に事を進めよう、と初手が受け身になる事を覚悟しての戦闘開始であったがどうやら敵の三個艦隊は同じようにごり押しに近い平押しで押し寄せてくる。前に戦った時とは"キレ"の違うただの平押し。他の艦隊に合わせているのか何か奥の手があるのか判らずにその平押しを丁寧に処理し続けるうちに時が過ぎていく。艦隊に組み込まれたシュタインメッツ隊がどこまで出来るかという不安もあったがどうやら大丈夫そうだし正規艦隊じゃない寄せ集めである事を考えれば自分よりも出来るのかもしれない。総予備扱いになっている周辺基地部隊をカウンターに使えば押せるかもしれないが戦況が横一列で進行しているのでここだけ押してもどこまで効果があるか判らない。その結果、この戦線も何とも言えない叩き合いに終始する状況となってしまった。

 

 

「圧倒的じゃないか、我が軍は。このままでも勝てるではないか」

 

 理由はどうであれ押しているように見える戦況を眺めてリッテンハイムは司令官席でふんぞり返る。その前には何とかこの艦隊を艦隊として運用すべく幕僚達が四苦八苦する。彼ら幕僚達のうちの何人かは背を向けている事をいい事に苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 彼ら(と他二艦隊の司令部)が立てた作戦はとても作戦とは言えたものではないが彼らなりの精一杯であった。左翼:アヌフリエフ艦隊一二八〇〇隻、中央:リッテンハイム艦隊一五二〇〇隻、右翼:モントーヤ艦隊一一九〇〇隻、後方に独立部隊やかき集めた留守部隊などが総勢九七〇〇隻。オーバーペース覚悟の平行ごり押しで一時的な膠着状態を作って左右どちらかに後方の部隊を丸ごと当ててなんとかして一個艦隊を撃破する。そこからは数でなんとかする。この戦いにおける絶対唯一のアドバンテージである"数"でなんとかするしかないこの決戦。だが、少し前にこの後方部隊の出撃を進言したのだが予想もしない理由でリッテンハイムはその進言を却下していた。

 

「あれが居なくなったら誰がわしの背を守るというのだ。万が一後方に伏兵がいたらどうするつもりだ?」

 

 リッテンハイムの旗艦オストマルクは艦隊のかなり後方にいた。「流れ弾が絶対に来ない所を陣とせよ」というお達し故の配置である。なので確かに後方に伏兵がいると危険なのだがそもそも艦隊旗艦がいるべき位置にいれば発生しない問題である。しかしリッテンハイムが命じた事を覆すような進言を行える者はこの中にはいない。対するシュヴァルベルクも艦隊旗艦は後方の総予備にいるのだがこちらは艦隊指揮を任せているミッターマイヤーの邪魔をせず彼の支援や全体の監視に集中する為であり、そもそも後方から多少の伏兵が来たところで艦隊が適切な行動を行えるように自らは盾になる覚悟を持った布陣である。同じ後方でも意味が全く違う。決め手を得られぬままオーバーペースの限界が近づく事に幕僚達の焦りが募る中、時間だけが無意味に経過していった。

 

 

「もうそろそろ行くとしよう」

 

 奇しくもロイエンタールとミッターマイヤーはほぼ同時に呟いたと言われる。そしてここまでの戦闘で"一番出来る奴"と目を付けた分隊司令官にGoサインを出す。

 

「ミュラー准将、予定通りの反攻を。補給支援は優先するので当てにしていいぞ」

「ビューロー少将、場所は任せる。行けそうなところに行ってくれ」

 

 動きが早かったのはシュヴァルベルク艦隊のビューロー少将であった。ミッターマイヤーは巧みな部隊配置と総予備からの若干の増援を得て、事が始まる前にビューロー分隊を一時的に非交戦位置へ下げる事に成功していた(ついでに補給)。そしていくつかの狙いを指示し「一番いけそうな所」という現場判断を尊重した突撃命令を発した。オーバーペースだった敵艦隊の攻撃は補給を追いつかせる為に平均的な火量に低下している。そして目を付けた敵分隊にビューロー分隊は強烈な全力横撃を叩きつけ、交戦していた友軍との協力で敵分隊を短時間で壊滅状態に追い込む。一つ余裕が出来ると後はドミノ倒しである。ミッターマイヤーが手の空いた部隊に次の目標を伝え、ビューロー分隊には叩きやすい敵分隊の位置をいくつか知らせて行くに任せる。適切な処置が出来ないリッテンハイム艦隊が戸惑ううちにビューロー分隊がいくつかの分隊を壊滅させ、余裕の出来た友軍はいくつものポイントで量質共に有利な戦況を作り出す。戦況にも心境的にも余裕の出来たミッターマイヤーはその潜在能力通りの実力をやっと発揮し、当然ながらリッテンハイム艦隊にそれを止める術などなかった。

 

 シュヴァルベルク艦隊と違い、ロイエンタール艦隊には部隊を一時的に下げる余裕はなかった。元々相手より若干ではあるが少ない艦艇数での開戦であり、情けないくらいに低い練度はオーバーペースで攻撃する敵艦隊の攻撃によりさらにその艦艇数に差を付けていった。しかしロイエンタールはあえて部隊の解体再編(少なくなった部隊の合流等)を行わず分艦隊レベルで"敵と同じ部隊数"を維持し続けていた。分艦隊数に差が出てしまった場合、ロイエンタール艦隊の分艦隊練度では"複数の分艦隊による挟撃"に耐える事が出来ないと判断されたからである。それなら多少艦艇数に差が出ようとも分艦隊同士の戦いが出来る方がマシである。そしてその戦いの中で最も戦果を上げている(耐えている)分艦隊を率いていたのがミュラー准将であった。実の所、ミュラーは分艦隊内の最先任ではないのだが生き残るのに必死な分艦隊司令(最先任准将)が明らかに自分達凡人と違う指揮をしているミュラーに途中から分艦隊指揮を丸投げしたのである。

 そのミュラーが率いる事になった分艦隊は他の分艦隊があらかた一割以上の損害を受けている中で一割に満たない被害に抑え、尚且つ相手分艦隊に互角といえる損害を与えていた。そして敵の勢いが低下すると共に艦隊からは現状維持以上の補給が来る。さらに「反攻の一番手になってもらいたい」というロイエンタールの希望に対して

 

「……速やかに相対する敵分艦隊を片付けて自由になる事、そして敵の対応より早く局地的有利を作り出し戦果を拡大、その戦果をもって艦隊戦そのものの傾きを取り戻す。という認識で宜しいでしょうか?」

 

 と答えた。ロイエンタールが思わずその場で最敬礼したくなる完璧な回答であった。

 

「俺の直属を半分回す、といっても二〇〇隻のみだがシュヴァルベルク閣下の所から連れてくる事の出来た唯一の分隊だ、練度は保証する。分艦隊規模同士であれば十分な楔になれるだろう。すまないが艦隊全体がジリ損を維持て来ているうちに何とか互角までもっていってくれ。そこまで行けば後は俺がなんとかする」

 

「承知しました。何とかしようと思います」

 

 重大な任務を特に緊張した様子もなく引き受ける、余程肝っ玉が強いのであろう。ロイエンタールとしてはもう任せるしかない。実の所、そのジリ損を維持する為にベルゲングリューンと共に艦隊全体を指揮するのに精いっぱいなのである。

 

「号令次第、対する分隊に対して全力攻撃を。応援に来ていただいた分隊には頃合いを見て私が相手している分隊に攻撃を。その一箇所に穴をあけて崩します」

 

 ミュラーが指示する策も結局の所、ミッターマイヤーやロイエンタールと大差は無い。如何にしてフリーな部隊を作るか、局地的優位を作るか、それを広げられるか、である。基本であるが故に誰であっても防ぎようがない。

 

「なんとかなる、な」

 

 全体の戦況パネルを見つめシュヴァルベルクがほっとしたように呟く。リッテンハイム軍の"押し"は終わり、均衡の中で各艦隊が突破点を形成しつつある。戦いそのものは現場の司令官に任せればいい。後は"あれ"の通達をするタイミングを図るだけである。そう思考に耽けっている中で一寸存在を忘れていたそれは唐突にやって来た。

 

「三時の方角に艦隊反応有り! …………識別信号は、クエンツェル艦隊!!!」

 

「「「「「勝った!!!!」」」」」

 

 各司令官が異口同音に歓喜の叫びをあげる。

 

「一日弱早いではないか! よく来てくれた!!」

 

「急ぎ過ぎたので半数程度ですが到着前に戦が終わってしまうよりかはマシかと」

 

 シュヴァルベルクの歓迎にいつもながらのポーカーフェイスでクエンツェルが応える。正しく"失敗はしない男"の面目躍如である。至急の合流を命じられていたからには開戦前に到着するのが成功、到着前に戦闘が終わってしまうのが失敗。そして出てきた答えは"戦闘後半になんとか半分連れてきた"。確かに求めたオーダーからすると"成功と失敗の間"であるが戦局全体から見ると崇めたくなるレベルの大成功である。それがこの六〇七三隻の友軍がもたらした効果であった。

 

 この増援に対して盟約軍が行った対応は思いの外迅速であった。この時、リッテンハイム艦隊の幕僚達はやっとの思いでリッテンハイムを説得し後方で遊んでいた部隊の参戦をようやく認めさせた。まずは留守部隊集団をロイエンタール艦隊に向けて大外回りで送り出し。残りの部隊も逆のケンプ艦隊に送り出そうとしていた。その指示中に敵増援らしき部隊の接近を察知するとこの後方部隊を全部、それに当てる決断をした。リッテンハイム侯も流石に事が事だけに口を出さなかったのだが結果としてこの後方部隊による戦闘が逆に盟約軍に止めを刺す事になる。

 

「敵艦識別、ほぼ貴族私兵向けの軽砲艦・軽ミサイル艦です。更に後方からもう一部隊接近中」

 

「他の部隊と連動する前に速やかに片づける」

 

 クエンツェル艦隊と留守部隊集団が正面からぶつかる。そして、軽砲艦・軽ミサイル艦が木端微塵といっていい勢いで叩き潰されていく。留守部隊集団は文字通り、盟約軍として集結した貴族私兵艦隊から漏れた留守の部隊であり艦艇の質は低い。砲艦、ミサイル艦としても正規軍が使用する"その能力(主砲・ミサイル)だけは主力艦艇に匹敵する"というものではなくグレードが一段も二段も落ちている。対海賊・治安維持が精一杯の代物といえよう。それに対してクエンツェル艦隊は強行軍に耐えれる艦=必然的に大型・高出力艦である。連れてきた艦艇数は半分であるが"重さ"は半分以上、敵編成を知ると同時にクエンツェルはそれをほぼ全力で叩きつけた。今まで各艦隊が行っていたねちねちとした開拓作業戦闘が馬鹿馬鹿しくなるくらいの粉砕劇、分厚い戦艦陣(高出力なので必然的に多い)が突き進み、本来砲艦・ミサイル艦が戦うべきではない距離まで近づくと空母が艦載機を放つ。護衛のない砲艦・ミサイル艦、近接防御力皆無なこの艦種にとってそれは死刑勧告に等しい。

 クエンツェル艦隊はそのままもう一部隊に突き進む。この部隊が交戦状態に入ればリッテンハイム軍各艦隊に向けられる増援は無くなる。その有様を見て押され始めていたリッテンハイム軍将兵に動揺が広がり敗北の二文字がよぎる。逆に正規軍は勢いづき総攻撃を開始、リッテンハイム軍の混乱はもはや挽回不可能な領域に突入した。そこに止めとなる追い打ちとしてシュヴァルベルクが戦闘全域にオープンチャンネルで勧告を発した。

 

 

 将兵に告ぐ

 お前達は領主の命令を正しいものと信じて来たのであろうが、お前達の領主のした行為は間違いである。その間違いに従い抵抗を続けるならば、それは銀河帝国皇帝に反する逆賊として処分せねばならない。上官の命に服する事は軍人として正しい道の一つであるが、臣民として間違っていると知ったならば、反抗的態度をとり続け皇帝陛下にそむき奉り、逆賊としての汚名を永久に受ける事を良しとしてはならない。今からでも決して遅くないから直ちに抵抗をやめて帝国の下に復帰せよ。さすれば今迄の罪も許すと陛下は慈悲の心を示されている。お前達の父兄は勿論のこと、帝国臣民達も皆の復帰を心から祈っているのである。速かに現在の位置を棄て、銀河帝国皇帝の命に服すべし。

 

 

 これは出兵前から定まっていた事だった。盟約軍とはいえその大半は動員・徴兵させられた、上官についてこいと言われたから付いてきた一般将兵達である。この内戦後の再編成などを考えると首を切る層と残す層は明確に分けなければならない。開戦前に勧告しても効果が無いし意味が薄まってしまう。負けを認識した時に止めとして叩きつけるべきである。そしてそれが今であり、実際にリッテンハイム軍将兵の心を折る止めとなった。後退が敗走になり、潰走になる。ガルミッシュ要塞に逃げる者、明後日の方向に逃げる者、降伏する者、抵抗する者、支離滅裂となったリッテンハイム軍は今までの善戦が嘘のように四散する。五〇〇〇〇隻近くいた艦艇のうちガルミッシュ要塞に逃げ込めたのは三〇〇〇隻に満たず、五〇〇〇隻が戦場の離脱後にあてもなく何処かへ逃げ去るか紆余曲折の末にガイエスブルクに"帰還"する。一八〇〇〇隻が完全破壊され、残余はことごとく捕獲されるかまたは降伏した。リッテンハイム軍は文字通り、消滅したのである。

 

「ガルミッシュは抑えの兵を残し放置する。下手に攻略してリッテンハイムを討ち取ってしまうより生きて存在している方が都合が良いという判断である。抑えはロイエンタール提督とシュタインメッツ少将、周辺基地から集めた部隊も預ける。ケンプ提督は捕虜を率いてレンテンベルク要塞に戻り、元に任務に復帰。私とクエンツェル提督はリッテンハイム軍が移動してきたルートを逆走し、ガイエスブルクに向かう。このルートにはリッテンハイム軍を追って出撃したらしい敵艦隊と元帥率いる本隊が"追いかけっこ"をしているらしい。これに合流する」

 

 全軍(クエンツェル艦隊残余も合流)でガルミッシュ要塞を向かい、状況を確認した後に宣言する。残留軍は一個艦隊弱程度ではあるが周辺地域の盟約派所領(大半はリッテンハイム派)はあらかた無力化されているし残ったリッテンハイム派領は派閥首領がガルミッシュ要塞にいる以上、これを無視して動けない。ブラウンシュヴァイク派がリッテンハイムの為に動く事はまずない。戦力として考えていなかったロイエンタール艦隊とシュタインメッツ部隊での封鎖で事が済むなら万々歳である。

 

「もうそろそろ出発だ。戦況的に次に会う時はあらかた片付いた時になるだろうな」

 

「そうなる事を願うとしよう。お前も艦隊を指揮するという苦労は判ったはずだ、もう周囲を振り回すんじゃないぞ」

 

「言うな。一度悟った後に思い出すと如何に自分が無茶苦茶な事をしていたのか……。戦が終わったら詫びで一杯奢ってやる」

 

「有り難く奢られよう。だが次は俺の奢りだ。艦隊司令官拝命記念としてな」

 

「もう少し閣下の元で勉強してもいいのだがな。時間だ、行ってくる」

 

「おう、行ってこい」

 

 ガルミッシュ要塞から二つの艦隊が離れていく。帝国を二分する内戦はその場をようやく一箇所に集約し始めていた。

 

 




 ロイエンタール艦隊は 同盟の帝国領侵攻作戦の損害→穴埋めとして貴族枠艦隊から引っこ抜いて補充→正規艦隊再編確定後貴族枠艦隊の不足分に補充(徴兵)計画を立てて実行(←これ) の これ で集められた兵が大半を占めています。貴族枠艦隊解散後の残兵が多かったのでとりあえずなんとかなるだろうで編成された新規艦隊ですが預けられた将官にとってはある意味地獄の職場です。如何せん「ここなら大丈夫」と言えるところが無いw

 ビューローは貴族ですし双璧より年上なので少将になっててもおかしくは無いだろうという判断です。ミュラーの准将にかんしては原作ではこの時(戦役)に登用されて提督(中将)になったので少なくともこの時点で将官にはなってるだろうという計算。年齢的(この時二七歳)にはこの准将というのは双璧とほぼ同じ昇進速度です。つまりはかなりの変態(超人)枠です。

 ロイエンタールは盟友相手にすっかり先輩提督モードですが彼は"仮昇進&艦隊司令官"なのでその地位に内乱後もいられる保証はないという事をすっかり忘れてます。

 実際の所、原作においては万全な状態での艦隊同士の対決自体がまともに発生していないので帝国軍各提督と同盟軍各提督の技量差ってのはわからんのですよね。少なくともパエッタは互角に近い殴り合いが出来るだろうし、ビュコック、ウランフ、ボロディンも同レベル。ルグランジュもヤン相手に作戦負けはしたものの指揮能力についてはかなり善戦した描写なので艦隊分離しない正面対決の場合はもっとやれたでしょう。モートン、カールセンもそれなりにやれるでしょうしアッテンボローのここくらいには入る。少なくとも原作帝国で嘆かれていた「上級大将と差がありすぎる大将」達では相手にならないんじゃないかなぁ、同盟軍有力提督は。その差がありすぎる大将の中では上位であろうバイエルラインがアッテンボローとトントンという評価ですからね。

※1:ルート
 制宙権
 1・オーディン~レンテンベルク:正規軍
 2・レンテンベルク~ガイエスブルク:正規軍
 3・ガイエスブルク~オーディン:正規軍
  2と3はミュッケンベルガー本隊のうちのオーディンルート牽制対応四個艦隊が待機
 4・ガイエスブルク~リッテンハイム領:盟約軍
  ほぼほぼ盟約軍所属の貴族領が占めているルート。リッテンハイム派の移動はこの途中にある数少ない正規軍基地がキャッチした、というか移動ついでに潰される前に急報を告げた。
 
 ブラウンシュヴァイク領、リッテンハイム領、ガイエスブルク、レンテンベルク、ガルミッシュなどを含む一帯は貴族領が非常に多く(というかブラウンシュヴァイク&リッテンハイム系の本領密集地)正規軍基地は非常に少ない。しかし、イゼルローンやフェザーンに向かうメインルートでもあるので軍の中継地として用途の無くなった要塞などを整備して使うようになったという経緯がある。その主要要塞が丸ごと盟約派としてスタートしたのでこの一帯は正規軍にとって極めてアウェーといえる。

※2:シュタインメッツ艦隊
 同盟軍の侵攻軍迎撃作戦での勲功にて准将から少将に昇進。ハーン星域の基地司令兼駐留部隊司令として着任。ハーン星域はイゼルローン回廊とフェザーン回廊の間にある壁の帝国領側の中間点付近にある。両回廊へのルートからも外れていてオーディンからの距離も最長に近い、という辺境オブ辺境といえる星域である。しかしそれ故に棄民や海賊勢力が逃げ込み両回廊付近で活動する為の拠点として使われている(実際に埋伏しているのは"壁"の中や直近)。それ故に人口密度は低く、貴族の進出もなく、海賊対策としての基地駐留部隊は比較的多く存在していた。内乱の際にも"貴族領部隊に備えて基本待機"と言われてもそのような"敵"が存在しない為、防衛最低限の兵力を残して艦艇を集中させ中央に向けて盟約派領を丁寧に潰しつつ安全になった現地の正規軍基地兵力も吸収し進出していた。

※3:ケンプの敵将評価
 盟約軍の艦隊旗艦は貴族枠艦隊時代の旗艦のままなので本人が乗っているのなら敵艦隊(=司令官)識別は容易である。が、彼がシャンタウ星域で戦ったモントーヤ艦隊は当時アイゼンフートが臨時派遣した本職のクレーゲ少将が指揮しており彼の評価はこれが基準となってしまっている。というか木端微塵になったヒルデスハイム艦隊を除けばまともな艦隊戦をしたのはアイゼンフートとクレーゲが指揮した艦隊のみ(シャンタウ後半戦のアヌフリエフ&サブロニエール艦隊は戦局がごり押しモードになっており正確な評価が出来ていない)となっているので正規軍全体として「元貴族枠艦隊は思った以上に"艦隊"になっている」というちょっとした過大評価状態になっている。
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