ガイエスブルク攻防戦は一対一の艦隊戦が三ヵ所で発生するという形態で開始された。
盟約軍は三個艦隊を集中させずに分散配置、正規軍はそれに対して二個艦隊ずつ配置。布陣としては
ポイントA
盟約軍:アイゼンフート艦隊
正規軍:アイゼナッハ艦隊、ファーレンハイト艦隊
ポイントB
盟約軍:サブロニエール&ウシーリョ艦隊(実質指揮:クレーゲ)
正規軍:フォーゲル艦隊、シュヴァルベルク艦隊
ポイントC
盟約軍:ジェファーズ艦隊(司令官代理モントーヤ、実質指揮:幕僚合議制)
正規軍:カルネミッツ艦隊、シュターデン艦隊
ポイントA後方
正規軍:ミュッケンベルガー艦隊、クエンツェル艦隊
所在不明
正規軍:メルカッツ艦隊、フレーゲル艦隊
正規軍は要塞主砲圏外から何とかして二対一の布陣になるように試みるが盟約軍は徹底してそれを回避。最初の当たりは無理をしなくていいと命じられているので攻防戦の初日と二日目はなんとも静かな遠距離砲撃戦に終始する事になった。これでは正規軍の最大優位点である指揮官能力を生かせない。だが要塞主砲には指揮能力もへったくれもない。当たれば一〇〇〇隻単位で艦が消し飛ぶ。それだけが盟約軍の優位点である。
「二日分の艦艇と物資の消耗です」
集計データを見せられたミュッケンベルガーがその想定通りの数値を確認する。
「予定通り明日から一歩踏み込む、メルカッツ提督にも行動開始の指示を」
ミュッケンベルガーの指示を受け周囲が動き始める。
「さて、対要塞演習の本番といこう。奴らは何処までこの重圧に耐えられるかな」
ミュッケンベルガーが珍しくほくそ笑む。対盟約軍であろうと対叛徒軍であろうと帝国正規軍の国力的有利は変わりがない。後は各艦隊司令官がどれだけ対要塞戦闘に熟練するかを考え抜いた結果、帰依した徹底的正攻法。それが三日目からの攻撃である。
「敵艦隊要塞線(主砲射程距離)に入りました。他の戦線も同様です」
「了解。要塞主砲は現状位置のまま、条件は事前既定の通り。さて、どこまで踏み込んでくるのか……」
目の前の"二個艦隊"との交戦を指揮しつつアイゼンフートは思考する。敵艦隊は踏み込んできたものの踏み込みそのものは浅い。要塞砲の稼働を感知したら即後退が可能な程度の踏み込みである。これに対して盟約軍艦隊は少し引く事で遠距離砲撃戦の距離を維持してみるが近接平行戦を挑む急接近を行う様子はない。これ以上引くと要塞との距離が近くなりすぎるし前に出て中遠距離砲撃戦域になると純粋に倍の敵に打たれるだけになる。そのような"位置探り"を繰り返し、なんとかして要塞砲の射線を開けようと試みるも安全第一で対応される。そうしているうちに落ち着く(諦める)頃には倍の敵を相手にする遠距離砲撃戦をしないといけない所に落ち着く羽目になる。
「イゼルローンであれば裏まで逃げる事も出来るだろうが…………」
これがイゼルローンとガイエスブルクの差である。イゼルローンの場合、その狭回廊故に戦線は半面のみで更に複数艦隊で押し出そうとすると"分詰まり"になってしまう。その状態で駐留艦隊が裏に逃げる事が出来たら極端な話だが要塞砲と浮遊砲台群だけで一~二個艦隊は壊滅させる事が出来るのだ。しかし全方位有効なガイエスブルクではそれが出来ない。駐留艦隊の防衛ラインが無ければ要塞砲の逆面を集中攻撃する事であっけなく壁は破られる。そもそもイゼルローンと違い、流体金属に覆われていないガイエスブルクは要塞砲どころか固定砲台類や艦艇出入口までもが丸見えなのだ。にっちもさっちもいかない状況で要塞砲を当てようと細かい動きをするがやはり乗ってこない。そもそも正規軍の艦隊司令官クラスはその基本教本でイゼルローン防衛のイロハを叩き込まれるし陥落後は再奪取の為の攻める為の教本作りへの協力を義務付けられている。残念ながら盟約軍側でその教本を熟読している人材など皆無だし、一応ながら一読しているアイゼンフートにしても熟読している正規軍提督群を即興で"ハメる"事などできない。そのような中で行方不明だった二個艦隊がやっと姿を現す。
「新たな敵艦隊を感知、二個艦隊。要塞を挟んでの裏側です。要塞砲指向方針を求めてきております」
「まだだ、相手がどこまで踏み込むか? だ。事前の指示を維持せよ。だが行けと言ったら直に指向できるようにしておけ」
要塞からの連絡にアイゼンフートが即答する。現時点で要塞砲はアイゼンフート艦隊側に位置している。これはただ単に感知した正規軍艦隊で最も多い所を向いているというだけである。この二個艦隊が十分に踏み込んでくる場合、要塞砲を指向するか総予備であるブラウンシュヴァイク艦隊を出すしかない。
「では、作戦をはじめます。今の所、要害側は静観の様子ですが万が一迎撃が出撃した場合はよろしくお願いします」
キルヒアイスの連絡をスクリーン越しに受けたメルカッツとフレーゲルが艦隊に同行してきた"それ"を見つめる。六四隻一組のチームが五〇個、そのうち四〇個のチームが前進を開始する。一気に速度を上げたそれは各々独自の機動を描きながら要塞に突撃していった。
「事前プログラムによる無人艦の機動攻撃?」
「はい。後のイゼルローン要塞対策としてどこまで出来るのか? そのデータ取りを兼ねての実験攻撃となります。対イゼルローンとしては実験ですが対ガイエスブルク要塞としては突入ポイント形成の為の実用的作業にできればなとは思っています。一応、オフレッサー閣下率いる揚陸部隊にご同行して頂いておりますがこちらに関しては念の為、となっております」
(ミュッケンベルガーから見て)要塞後方への回り込みを開始しようとしたメルカッツ&フレーゲルに対して「大佐の"実験"に対する支援を第一としてほしい」とミュッケンベルガーの依頼があり彼、ジークフリート・キルヒアイス大佐(乗艦:バルバロッサ)が奇妙な艦艇群と共にやって来た。その実験説明の第一声がこれであった。要塞砲を撃つには小さすぎるが防衛火器の破壊は行える最小限の戦力。編成内容を同じにした多数の無人艦チームに突撃ルートと攻撃範囲をそれぞれ設定、攻撃範囲内に防衛火器の反応があった場合は可能な限りこれを攻撃し破壊を試みる、無い場合は障壁の一点に火力を集中し破壊を試みる。一部の艦は同盟軍も使用したいわゆる突撃艦として用意しており火点集中ポイントへの止めとして使う。一定距離まで近づきつつ攻撃したらUターンし、全力で逃亡。ガイエスブルクとイゼルローンで防衛施設が大きく異なるがどこまで動けるか? を試す、という実験である。無人艦そのものは投降・降伏した盟約軍の艦艇から正規軍に編入出来ないもの(勝手に内部を改装したものや払下げしてた旧式艦など)をかき集めたので懐は痛まない。四桁の艦艇を使い捨て出来る機会などめったにない。今がその時、という訳である。
それぞれのチーム単位に設定された行動範囲内でランダム機動を行いつつ突進する艦艇群に対してガイエスブルクの防衛システムが起動する。隔壁が開きその火砲が姿を現すと感知した無人艦も応戦を開始する。流体金属内を火砲システムが移動して任意の位置に集中できるイゼルローンと違い固定火器に頼らないといけないガイエスブルクは一点に集中できる火力総量において大きく劣る。実際の所、建物としては築数百年((※1)の代物なので色々と古い。要塞砲を考慮しなければガイエスブルクはレンテンベルクと同様の攻略が可能である。とにもかくにも要塞砲が怖いだけなのである。
「ここで要塞砲を指向してしまったら他方面の友軍艦隊が押しつぶされる。要塞砲での"睨み"を残す為になんとしても他の火器で制圧するのだ!!」
要塞防衛指揮所でブラウンシュヴァイクが発破をかける。要塞砲の"睨み"についてはレクチャーを受けているので事前の取り決め条件以外で勝手に振り回す訳にはいかない。無条件で撃っていい(指向していい)のは"侵入してきた敵艦隊旗艦の識別&狙撃が可能な場合"と"牽制ではない数の揚陸艇が突入してきた時"のみである。
「再確認だ。言われた通りに要塞砲以外で対応をしているがこれでいいのだな? わしの艦隊に対応させる手もあるがこれはどうだ? こうなったら出してもいいという条件はあるか?」
合間を縫ってブラウンシュヴァイクがアイゼンフートに確認を取る。要塞砲の扱いは言われた通りにやっているから良いが艦隊出撃については事前に取り決めをしておかねばならない。
「指揮しながらで失礼。要塞砲が生きていれば他の火砲はある程度潰されてもかまいません。艦隊は待機継続でお願いします。出してしまったら四ヵ所目を固定されてしまい敵残りの二個艦隊で五ヵ所目を作られたら対応できなくなってしまいます。但し揚陸艇が来たら少数なら予備艦艇、大量なら要塞砲で確実に潰してください。艦隊ごと来たら要塞砲・艦隊なんでもありです。今、一つ思いついた反攻策を考えています。詳細は出来次第送りますのでそれまでは現戦線維持を。その為に申し訳ありませんが出撃中の三個艦隊の損耗補充を予備と盟主殿の艦隊から取り崩して捻出をお願いします」
スクリーンに映ったアイゼンフートが明後日の方向(艦隊正面)を睨みつけながら早口でまくしたてる。
「わかった。その通りに動こう。いいか、艦隊戦に専念できるようにこっちに振れる事は出来るだけ振るのだぞ」
長居は無用とブラウンシュヴァイクの方から通信を切り、周囲に待機しているブラウンシュヴァイク艦隊の幕僚達に目を向ける。
「聞いたな? 各艦隊の状態把握をより密に。"あれ"以外の予備隊をいつでも増援として送れるようにしておけ。足りなければわしの艦隊を崩して使え」
言い終わると司令官席に深々と腰掛ける。現実問題として司令官としての行動は出来ない。やれる事と言えば出来る者の足を引っ張らない事と引っ込まずに表に出続ける事くらいである。そして胸中に秘めている重要事案について考えをめぐらす。リッテンハイムの奴は下手打って大事な身柄を奪い取られたらしいがこちらはそうはいかぬ。妻は残してきたから仕方ない。しかし娘はなんとかせねばならん。しかし、何時? 誰が? どうやって? しばらく考えていると司令官用端末に情報が入る。差出人はアイゼンフート。ブラウンシュヴァイクはその内容を頭に叩き込むと傍らに控えている腹心アンスバッハとシュトライトを呼び寄せる。
「詳細を詰めるのに必要な情報を集めておけ。それと跳ね返り共と娘の件も同時に解決できるように考えよ。今日の戦いが終わってからわしの部屋で詰め始めるぞ」
小声で指示を出すと両名が何人かの信頼できる部下を連れて奥の部屋に向かう。それを確認するとブラウンシュヴァイクは盟主としての最大の任務である"逃げずに見える所に存在し続ける"という作業に戻った。
正規軍艦隊が後退し感知外に消える。それを確認すると盟約軍艦隊も要塞寄りの安全地帯まで下がる。周囲を単艦哨戒していたであろう盟約軍の艦艇がこそこそと要塞に帰還する(※2)。攻防戦の三日目が終了した。特に無理をする必要もない場合、艦隊戦においてもごく自然に一日の始まりと終わりというのが存在する。この間に乗員は交代で休息を取り補給艦と工作艦は本番とばかりに仕事に勤しむ。正規軍としては一歩踏み込んだことにより数の優位を活用できるようになった。まずはこの状態を何日か続けて不確定要素である要塞内の予備艦隊を吐き出させる。そこからが本番という訳だ。正規軍はミュッケンベルガーの性格と期待通り数の優位を最大活用した淡々とした正攻法で進める作業である。
「要塞側は特別な手を打つ事もなく対象領域の固定火器のみの対応。予備艦艇を外壁付近に展開する事もなくワルキューレによる迎撃もほぼ皆無でした。しかしながらそれでも三割近い艦艇を損失、再突入不可能と判断されたものを含むと戦力は半減。残念ながら同じ事を同じ規模でイゼルローンに行っても失う艦艇に相応しい戦果は得られないのは確実です。部隊の最小単位の見積もりからやり直す必要があります」
キルヒアイスはそう言って今日一日の実験を総括した。イゼルローンであれば浮遊砲台を集中移動させて一桁違う火線を用意できるであろう。要塞固有の艦載機(同盟軍の場合はスパルタニアン)の迎撃も加わる(※3)。どれだけ知恵を絞っても小一時間から二時間もあれば今日一日で受けた損害と肩を並べるだろう。だが、実験は失敗ではない。相手の火量とこちらのチーム単位の艦艇数や全チームの総数、これらを示し合わせたシミュレーションで「こうなるだろうな」と見積もった損害がその通り出たからである。ならばそのシミュレータの条件を新たにして思考を繰り返せばいいだけである。だがそれはその時に改めてやればいい、今必要な事は……
「計算通りの結果が出ていますので明日、無人艦を全て磨り潰す攻撃を行えば最低限の突入ポイントを形成できます。実際の突入の際には一時的な艦隊突入による支援砲火が必須ですがこれやむなしというものです」
キルヒアイスの言葉にメルカッツ、フレーゲル、そしてオフレッサーが耳を傾ける。
「要塞砲をなんとかしろ、それが最低条件だ。それを何とかして連れて来た兵共を八割方要塞に入れる事が出来れば後は自爆でもされない限り確実に落としてやる」
オフレッサーが一言で切り捨てる。如何せん帝国軍の歴史において対要塞の強襲揚陸作戦は先のレンテンベルクが唯一である。取られたイゼルローン以外に同盟領に要塞は存在しないのだ。流石のオフレッサーも要塞砲に当たれば死ぬ。
「申し訳ありません。それに関しては現時点では策はないので総司令部と連絡を密にして機会をうかがうしかありません」
キルヒアイスが軽く頭を下げる。
「ふん。まぁ、いつでも行ける準備だけはしておいてやる。その時が来たら呼べ」
後は勝手にしろ、とばかりにオフレッサーからの通信が切れる。残った三名の顔が心なしか"ほっとした"様子なのは気のせいではない。
「さて、今後の事だが艦隊旗艦宛の連絡通信なので大佐の所には入ってないと思われるので言っておくが要塞から脱走兵が再び発生し始めている、との事である。一〇や二〇の小勢は捨て置けと指示が出ているので確認した場合は相手にしなくても良いが記録と報告だけは欠かさずに行うように。脱走兵は逃げるに任せ、居残った者はあと何日か叩き続け予備を全て吐き出させる。要塞攻防戦はまだ三日、焦る事は無い。毎日油断せずに積み上げていこうではないか」
メルカッツが〆てこの日の業務が終了する。艦隊司令官はここから一日の情報を再整理し、参謀長と交代で休息に入る。そして翌日、予定通りの攻防戦四日目が開始…………されなかった。
「も、もうしわけありません!! 要塞より、ブラウンシュヴァイク本人より、どうしても繋げてもらいたいと急報が入っております!!」
朝食(彼のポリシーで"一番下の兵と同じもの")に手を付けようとしていたミュッケンベルガーが眉を顰める。
「服を」
従卒がすぐさま上着を渡し、その流れで朝食を一旦下げる。その間に休憩終了直後だったアーベントロートや幕僚達が慌てて集合する。
「繋げよ」
主だった者が揃った時点で通信接続を促す。要塞司令部らしき場所が映し出され、席に座っていたブラウンシュヴァイクが立ち上がる。それと同時にその通信の隅にもう一つの通信が入れ子で入り込む。ミュッケンベルガーとブラウンシュヴァイクの間にいるはずであるアイゼンフートである。
「突然の連絡ながら通してもらった事に感謝する。事は急を要する事態にて端的に言う。これより要塞から小部隊をヴェスターラントに急行させる。これを見逃して頂きたい。また、もしヴェスターラントに近い艦隊があるのなら是非とも高速艦艇を差し向けて頂きたい」
「理由は」
「昨夜の脱走兵に紛れ、ヴェスターラントに核攻撃を意図する小勢が要塞から出発してしまった。これを阻止したい」
核攻撃、その言葉に幕僚達から声にならない悲鳴が上がる。その中の一人(義眼)はすぐさま端末を叩きヴェスターラントの位置が地図上に出される。
「メルカッツに繋げて情報をすべて伝達、用意させよ」
その地図を見て正規軍で一番近い所(方向)にいる艦隊を確認するとミュッケンベルガーがすぐさま指示を出す。
「真偽を如何にして証明する?」
何か策ではないか? というミュッケンベルガーの問いである。
「まずは阻止部隊の発進を。真偽の証明とはならぬが誠意の証として事が収まるまでの間、"アイゼンフート伯を質として預ける"」
平然を取り繕っているミュッケンベルガーの眉がピクリと反応する。事情についていけない幕僚達が動きを止めている中で唯一動じずに動いている男が傍に来る。
「前方より艦艇一隻が急速接近中。識別信号は"それ"です」
「…………メルカッツには用意出来たら即出立させよ、と伝えよ。質の確認・監視を含めこの一件はオーベルシュタイン、お前が仕切れ」
「各艦隊への通達は?」
「別命あるまで現地待機、交戦禁止」
「御意」
応えるや否やすっと下がる。キルヒアイス不在なうえ元々艦隊戦では出番が無い(本人も不得意は認識してるので余計な事はしていない)ので押し付けるには適任である。
「では、理由を聞こうか」
ミュッケンベルガーの視線が改めてブラウンシュヴァイクを射抜く。
「協力に感謝する。理由に関してだが……身内の恥なのだが話さねばなるまいて」
ブラウンシュヴァイクがため息交じりに呟く。そして淡々と事情の説明を開始した。
それは盟約軍総司令部が発した物資調達命令が発端である。命令は"市場余剰分の収集と輸送"である。元々門閥貴族領(の中の盟約派の領)は総じて質が高くトータルで考えれば生産量>消費量なので内乱による貿易の一時停止であぶれている物資をかき集め、足りない分を市場から適度に買い込めば足りるはずであった。だが、どの世界にも"頼んでもいないのに勝手に頑張ってしまう人"というのは存在する。ブラウンシュヴァイクの甥(フレーゲルの従兄弟)でありブラウンシュヴァイク公領の一つ、ヴェスターラントを預けられていたシャイド男爵が典型的な頑張り屋さんであった。ガイエスブルクに近く、ブラウンシュヴァイク公領であり、盟主の甥である立場、それが彼を義憤に駆り立てる事になり「お家の一大事でありまさしく身を粉にしてこれを支援しなくてはいけないのである」と市場流通から過剰と言える取り立て(しかも代金後払)を行い続けてしまった。近年、公領内ではブラウンシュヴァイクが王道を歩む為(※4)に生かさず殺さずで官僚に任せきりだった民政の改善を命じており、大半の領民にとって生まれて初めての(非常に低額ではあるが)恒久減税すら実施された最中でのこの取り立ては領民に疑問を抱かせる原因となりその取り立て対象が生活必要分に及ぶに至り彼らは明確に抗議の姿勢を示した。それは領民に抗議されるという事に免疫を持っていなかったシャイド男爵の精神を逆なでし……あとはトントン拍子である。現実問題として生活がかかっている領民と己のミスを認めるという事が出来ないシャイド男爵の溝は深まる事はあれど埋まる事などなく抗議は小競り合いとなり暴動となり現地行政官僚(無茶な取り立てまでは指示されていないと理解しているがシャイド男爵の威に屈して口を出せない)は右往左往し指揮系統がズタズタになった警備兵(=現地徴用兵)は匙を投げ警備減少のシャイド男爵は暴走した暴徒に巻き込まれて重症。直属兵に守られてなんとかヴェスターラントを脱出しガイエスブルクまで逃げ込んだ。何事もなく逃げ込めたのは正規軍が単艦の相手をしていなかったからである。
「自業自得だ!! 馬鹿者!!!! ヴェスターラント一つで余計に物を集めた程度で何がどうなるというのだ!!!!!」
ガイエスブルクの高級士官用医務室に運ばれてきたシャイド男爵に対するブラウンシュヴァイクの第一声がこれであった。内心ブラウンシュヴァイクは万が一、億が一の時間切れ和睦の可能性など信じておらず如何にして幕を引くか。その際にどれだけ"ぎゃふん"と言わせるか? それだけが心配事であった。己の野望の為とは言え領民に撒いた徳の種はその後の事を考えると立派な"置き土産"になる。それをこんな理由で傷付けるとは!!!
「お前はもう何もしなくていい。まずは傷を癒せ」
(何のために癒すかは言わぬが華よ)
「ヴェスターラントに連絡を入れろ。物資輸送は必要なし、出発直後なら戻せ。以後は現地の官僚に政務を一任せよ」
傍らに待機していたアンスバッハが無言で頷き、通信室へ足を運ぶ。
「あっちの甥といい、こっちの甥と言い…………」
ブラウンシュヴァイクがぼやきながら医務室を出る。出ると共にこっちの甥の事はきれいさっぱりと頭から消え去る。しかし事はそれだけでは収まらなかったのである。
「愚民共の暴挙、許し難し。我らの手で愚行を正し、盟主の目を覚まさねばならぬ」
シャイド男爵に同行していた直属兵から話を聞いた跳ね返り一派(思想的に男爵は仲間)は独自の判断で報復として自派艦艇から懲罰部隊の派遣を決定した。正規軍の攻勢(+無人艦攻撃)で動揺した盟約軍から若干の脱走兵が出た際に紛れて出発した懲罰部隊は何かに使えるだろうとガイエスブルクの倉庫から引っ張り出しておいた核兵器(※5)を携えていた。ブラウンシュヴァイクが事を知れたのは翌朝その直属兵や核兵器の搭載を行った兵がその艦の出発を知り"まさか! "と思って色々な所に確認を取ってしまった結果である。そして事を知ったブラウンシュヴァイクが阻止する為の艦を出す事を即決し、アイゼンフートを叩き起こして相談した結果「こういう時は正直に話して巻き込むに限ります。耳に入れてしまったら無視する事は出来ないので」と正規軍を巻き込むことを決断し今に至る。
「愚かな者もいるものだ」
「そちらが"返却"してきた者達だ。処分したらしたで宣伝やら工作やらに使うつもりだったのだろう。それがこの結果ならそちらも原因の一つではないか」
ミュッケンベルガーのぼやきに思わずブラウンシュヴァイクが反応してしまう。現実問題としてミュッケンベルガーにはちょっと負い目があるので協力は仕方なし、という気持ちだし一番負い目を感じなくてはいけないはずの"返却提案者"は消去法で仕切り役になっている。
「休戦終了は現地から結果が届き次第時間を決める。その間、要塞からの移動は不可とする。それでいいな?」
「それでよい」
「では馴れ合いは終了だ」
ミュッケンベルガーが交渉終了の意思表示をし、ブラウンシュヴァイクが頷く。通信が終了し静寂が訪れる。
「メルカッツに状況の確認を。それと各艦隊に正式に一時休戦の連絡を入れろ。事は重要だがここで出来るようなことも無い。しばしの休息だ」
司令官席で一息つくと従卒がタイミングよくお預けになった朝食を持ってくる。それに手をつけようとするが……
「"質"の到着を確認しました。それでですが……」
いつの間にか傍らに来ていたオーベルシュタインが彼にしては珍しい"困った"を含む口調で報告を行う。
「それで、何だ?」
「先方が"またとない機会なので表敬訪問させてもらえないか? "と」
「…………はぁ?」
周囲の者にとって聞いたことのないミュッケンベルガーの声であった。
「いやはや、言ってみるものですな」
飄々と入って来たその人物、フェルテン・フォン・アイゼンフート伯爵はまじまじと周囲を見渡す。周囲の視線など気にしないその姿は余程の大人物か能天気か。
「周囲の者も困っとるわ。オーベルシュタイン、場への案内を」
「御意」
「会ってみるか」と呟いてしまったのが運の尽き。周囲の者は皆敬遠し、警備兵を除いて傍らにいるのはよりによって仕切り役に任命してしまったオーベルシュタインと仕方なく付いてくるアーベントロート。適当な一室を使用して会談が始まった。
「事態が事態であるというのに呑気に見学とは。こちらの迷惑も考えてもらいたいものだ」
「動き始めてしまったらじたばたしてもどうにもなりませんし、質の件は話を手早く済ませる為の方便とはいえ言い出しっぺですので来るしかなかったですし、来たからには何か土産程度は欲しいと思いまして」
「こんな所で見聞きした程度の事を土産にした所で戦局は何も変わるまい。ここで爆弾の一発でも爆発させれば変わるかもしれんがな」
アーベントロートと警備兵がビクッ! っとし、オーベルシュタインは微動だにしない。
「それも考えましたが私個人はともかく盟約そのものの汚点になりますので。そもそもやるなら艦主砲をぶつけた方が確実でしょう」
「確かにな」
妙に気が合ってしまったのかテンポがいい。会話内容(録音中)を記録として残さないといけないアーベントロートにとっては心臓に悪い会談になりつつある。そこから二言三言言葉を交わし、やっと普通(?)の会話になる。
「それにしても本当に卿本人が指揮しているとはな。こちらに仕官してくれていれば艦隊は当然だが一〇年一五年後にはさらにいい席に座れたものを。おかげで苦労させられる」
「やりたくて(総司令官を)やっている訳ではないのですが。あと二人三人、艦隊司令官がいれば苦労が減るのになぁ、とは思います」
「(門閥貴族と正規軍の)仲の悪さを恨む事だな」
「まったくです」
会談は淡々と進む。確実に判った事と言えばアイゼンフートは本当に駄目元で申し込んでみただけであり何を話すかなど何も考えておらず文字通り土産話を作りにやって来ただけだった、という事である。お互いにバレてもいい事と悪い事は理解しているので適度なネタばらしを行いつつ話は進む。そして軽く昼飯をとり、会談は終了した。
「いやはや、昼飯まで御馳走になってしまい申し訳ない。私の旗艦も元々正規軍所属でしたからやはり兵卒用の食事は味付けまで同じでしたな」
何気ない一言であるが判る者は反応を示す。つまりこの門閥大貴族伯爵家当主は"兵卒の食事が何であるかを把握し、口にしていた"と言う事だ。
「返す返すこちらにいればよかったものを」
言葉の意味を理解しているミュッケンベルガーがついついぼやいてしまう。
「願いに応じて頂いて感謝致します。ヴァルハラへの良い土産話になりました。ではまた、後日」
「うむ。武勲は祈れぬがここまで来たら後悔だけはせぬようにな」
アイゼンフートが己の艦に戻り、関係者の緊張がやっと解かれる。朝一からこの時まで張り続けていると流石に疲労する。
「…………流石に恩赦、には出来ぬか」
リュプシュタットの盟約に連署した三三七〇名は例外なく死刑となる事はな内々的に決定している。そもそもこれだけの事やってしまった集団の軍事総司令官が生き残れるはずがない。
「ま、迷うてもどうにもならぬ。後は流れにまかせるしかあるまいて」
そういうとやっとミュッケンベルガーは休憩に入る事が出来た。
「何か特別な事はあったか?」
「強いて言えばこれから起きます」
乗艦に戻ったアイゼンフートが尋ねるとスクリーンを見ながら艦長が応える。スクリーンには(恐らく正規軍も見れるのであろう)例の懲罰部隊を命じた跳ね返り一派の代表格が数人、目を塞がれ柱に固定されている。口々に人の言葉とは思えない奇声を発しているがもはや何を言っているか判らない。
「……以上三名を死罪とする」
非人道的行為を命じ、盟約の志を穢した罪による公開処刑である。ヒルデスハイム艦隊を作った時と同じで中核を潰す事で跳ね返り勢力の鎮静化を図るのであろう。あとは文字通り一部の馬鹿がやった事です、として汚名を残さない為である。
「ま、こうでもしないと面子は保てんからな」
「あとは阻止できる事を祈るのみですね。司令、これからのご予定は?」
「すまんがちょっと籠らせてもらう。作戦案の修正をしなくてはいけないからな」
「作戦案の修正ですか?」
この艦長は私設艦隊時代から乗艦を任せてきた者である。技量はまぁ一艦長止まりではあるが信じるに足りる忠誠は得ているので現在計画中の作戦案についても知っている。
「あぁ、ここまで来た怪我の功名という奴だ。ミュッケンベルガー本隊の待機位置が判ったんだ。作戦の細かい計算を図らせてもらうさ。で、俺は籠るので何か連絡が来るまではこちらからアクションをする必要はない、基本待機だ」
「かしこまりました」
そういうとアイゼンフートは司令官個室に向かい、この攻防戦最後の作戦の仕上げに取り掛かる。それは彼が"質"を終了するまで続いた。
シャイド男爵もブラウンシュヴァイクの甥なので少なくともブラウンシュヴァイク公オットーには二人の妹or弟がいるという事になるんだな。
※1:ガイエスブルク要塞(築数百年)
ガイエスブルク要塞を築数百年としましたが銀河帝国成立から数えてリュプシュタット戦役が帝国歴488年。本作では帝国拡大期の建造としましたので数百年レベルになります。流石に古すぎないか?と思われるかもしれませんが技術等はその時から格段に進歩したという事は見受けられず原作では本編開始時点で艦艇は基本第二世代、ブリュンヒルトなどで第三世代である事を考えると帝国歴331年のダゴン星域会戦くらいまでが第一世代でそこから同盟との戦争開始でフィードバックされた情報等を元に第二世代に進化、だと思われます。それを踏まえてガイエスブルクは第一世代技術の要塞、イゼルローンは第二世代の要塞なのかなぁ、と。そもそもイゼルローン建造時の予算超過とかそういう問題、ガイエスブルクがもっと近年の建造だったらその時のデータがあるのでそこまで狂わなかったんじゃなかろうか?と。資料紛失、若しくは古すぎて役に立たないデータになってたのかなぁ。
※2:要塞への出入り
要塞に陣取る艦隊を相手にしつつ要塞砲範囲外の全方位を包囲する事は物理的に不可能なので単艦での移動阻止は諦めている。重要人物の逃亡も考えられるがもはや逃げる場所もないし、逃げたとしても立場の失墜等のデメリットもあるので好きにやらせてしまえ、となっている。
※3:要塞固有の艦載機
中継基地運用となっていた帝国内地の要塞は当然ながら固有の基地航空隊など保持していない。尚且つ、貴族私兵には空母は少ない。貴族にとってはワルキューレパイロットという職人を多く抱える予算も意味もあまりないのである。
※4:王道を歩む為
娘の帝位に本気となった時、支持を集めないといけないと判断した勢力は政治・軍事・貴族界・経済界・一般臣民の5つであると定義した。その一環としての臣民からの支持の第一歩として少なくとも自領内からのさらなる支持は得られるようにしよう、として動いていた。といっても直接詳細を指示していたわけでもなく"工作費"としての予算総額を定めてその範囲での活動を官僚に命じていた感じである。
※5:核兵器
核兵器は軍事作戦用ではなく衝突の可能性がある隕石の粉砕や資源採掘用小惑星の破壊作業等に使用する極大発破として運用されており一定の需要が常にあった。管理は要塞や軍基地にて行われており、ガイエスブルクにも当然ながら一定数保存されていた。が、盟約軍としては使う気ゼロ、大半の将兵にとっては存在すら意識していなかった。跳ね返り一派は仕事も何も与えられておらず、暇だったので何か探しているうちに見つけた。そして強そう・おもしろそうだから搭載しておいた。