「キルヒアイス大佐、卿の部隊(※1)で直行してもらいたい。私の艦隊からも編成次第出発させるが時間の事を考えれば間に合うとは思えん」
「私の部隊ですか?」
「そうだ」
ミュッケンベルガーからの連絡で事を知ったメルカッツはキルヒアイスを向かわせる事を即断した。
「大佐の直属編成は無人部隊と同じ。一撃離脱に特化しているので速度がある。尚且つ元帥直属からの借り物なので個々の質は極めて高い。なによりも現場への細かい指示を後方から出来ない以上、一番優れている指揮官にいかせるべきだ」
「し、しかし……」
「悩むな。無差別攻撃など見たくはないだろう? それを止める為に何をすればいいかを考え、即断即決すればいい。貴卿がやるだけやって止められなかったら何人たりとも阻止できん。もしそれで風評被害でも受けたならそんな事をする阿呆は私達が〆る。それでいいですかな、メルカッツ提督?」
流石に即受諾とはいかないキルヒアイスの背をフレーゲルが押す。
「いかにも。行ってはもらえぬか」
一瞬の静寂
「…………わかりました。微力を尽くします」
「必要な情報は既にバルバロッサに転送済みなので移動中に見てもらいたい。指示は"準備せよ"だが出来次第出発してもらっても構わない」
「準備出来次第出発します。では」
気持ちを入れ替えたのかすぐさまキルヒアイスは返答し、通信が切れる。
「参謀長、私の艦隊からも速やかに部隊を編成し出発させよ」
メルカッツの号令で艦橋が慌ただしくなる。
「これで、あとは祈るしかありませんな」
「彼に委ねて仕損じる事があればそれはもう運命として受け入れるしかないでしょう」
「しかしどうも私には"なんとかなりました"と片付けてしまう姿しか思い浮かばないのです」
フレーゲルの言葉にメルカッツが思わず頬を緩める。ジークフリード・キルヒアイスを幕僚として使った(振り回された)事のある二人にとってこの男はそう思わせる何かをもっているのである。
「艦長」
「情報は転送されています。第一報が来た時に"嫌な予感"がしていたので勝手ながら全艦移動準備は命じておりました」
バルバロッサ艦長アデナウアー大佐が応える。
「ありがとうございます。無人艦管制要員はメルカッツ艦隊に移動を。それが終わったら準備完了次第即出発します。速度は可能な限り上げたいので相手が推定出発時間から標準速度で移動していた場合に追いつける限界速度を設定してください。何隻残れるかは考えなくていいです。間に合わなかったら意味がないですから」
「了解しました。準備が出来たらお呼びします」
「お願いします。私はそれまでにやらねばならない事があるので」
そう言うとキルヒアイスは司令官席(やっぱり座る事を拒んでいたが「なかなか座ってくれなくて」という艦長の愚痴を聞いたミュッケンベルガーから「上官命令だ、座れ」と強制された)に座り、端末をものすごい勢いで叩き始める。それが終わる頃、丁度一〇分くらい経過したであろう頃に艦長から及びの声がかかる。
「準備整いました。概要も伝達済みですので何をしに行くのかは理解させています」
「わかりました」
キルヒアイスがマイクのスイッチを入れる。
「部隊総員へ。部隊を預かっているキルヒアイスです。事前に伝達した概要の通り我々はこれよりヴェスターラントに急行し核攻撃を行おうとしている盟約軍造反兵の阻止行動を行います。移動は全速で行いますのでこのバルバロッサが現地まで脱落せずに辿り着くという保証はありません。さきほど全艦に序列情報を転送しましたのでワープアウト後、バルバロッサが不在の場合は直ちに最上位者が指揮権を継承してください。以上です。総員の奮起を期待します」
スイッチを切ると目線でアデナウアーに合図を送る。
「全艦移動開始。目標、第一跳躍ポイント。到着次第、指定した跳躍基準でのワープ準備に入る。時間との勝負だ、一秒たりとも気を抜かないように」
アデナウアーの号令で部隊が出発する。キルヒアイスとしては後はもう司令官席で祈るくらいしかやる事がない。「行ってくれないか?」と頼まれた時に戸惑ってしまったのはこの為である。如何せん動かす数が少ないので個々に任せるしかなく、自分が出来る事など大したものではないと判り切っていたからである。個艦操作に熟練した部隊長なら個々の艦の状態を見てコントロールする事も出来るだろうがキルヒアイスにはその経験がない。
「ワープアウト完了。…………二九隻です。ここからは通常航行です」
「全艦全速で移動します。全速を維持しつつ即攻撃は可能としておくように。出力が足りないのであれば防御に関する分を削りなさい」
キルヒアイスが命じつつ端末を叩く。
「これからペアとなる艦と通番を振り分けます。敵を感知した場合、感知順に担当する通番を指示します。感知した艦が少数の場合、指示された艦以外は前進を継続します」
指示を出した後に「申し訳ないですがこの艦は単艦です」と小声で伝える。そしてヴェスターラントまであと(全速で)四時間となる位置で遂に"それ"を感知する。
「前方に反応有り!!」
「最大射程に入り次第、警告射撃一回。艦長、停止勧告をお願いします」
アデナウアーが停止を呼びかける。いわゆる「止まれ、止まらんと撃つぞ」である。そして当然ながら返答も何もなく加速を開始する。だがこちらは既に全速、最大戦速ではなく全速。相手が全速を選択したとしても加速中に射程に入り込めば計算上逃げられない。そしてその間にキルヒアイスは標的となる敵艦にペアを割り当てる。
「勧告及び警告射撃無視、ヴェスターラント方面に加速」
「攻撃開始。結果として移動不可能となった敵艦がある場合、撃沈せずに確保をしてください。本艦は一番先頭を進んでいる艦を狙ってください」
ここまで来たらあとは個艦の技量次第である。キルヒアイスは見守る事しか出来ない。恐らくこのような勢いで猛追してくるとは思っていなかったのであろう敵艦が条件反射的に「逃げろ」と命じたのかとにかく加速を行うが時すでに遅く各艦は射程に入り次第攻撃を開始する。全速移動しつつの砲撃はイレギュラーであり余程近づくか狙わないといけないのだが背を向けて一直線に逃げて(進んで)いくのでそれなりに狙う事が出来る。一隻また一隻と撃破され、一部の艦が明後日の方向に逃亡を試みるが予め標的として指定されている艦が追尾するので逃げ切る事は出来ない。そして、
「逃亡した全艦の撃沈を確認。合計で撃沈一〇隻、無力化三隻。事前に提供された情報通りであれば一三隻、全艦の阻止が完了しました」
「ご苦労様です。さて、これからですが…………とりあえず連絡を入れましょう」
キルヒアイスの返答が少し詰まる。(考えてみたらその後どうするか何も話していなかったな)と一部始終を聞いていたアデナウアーには判るのだが口に出さぬが華である。しばらくして、
「連絡が取れました。ガイエスブルクがら来る盟約軍の部隊が到着したら引継ぎを行い帰還します。この引継ぎ終了をもって我々の任務は完了です。それまでは念の為周囲警戒を実施します」
「ヴェスターラントの確認はどういたしますか? 小一時間もあれば行ける所まで来てしまいましたが?」
「そうですね。状況確認程度はしておきましょう。周囲警戒の差配については次席艦長にまかせます」
ところが
「正規軍の部隊か!! 我々は降伏はしない。機動兵力はなくとも陸戦兵力はまだ残っている!! 最後まで抵抗させてもらうぞ!!」
「いえ! そうではなくて!!!」
「輸送はキャンセル、後はまかせる」という一報から追加で何一つ連絡を受けていなかったヴェスターラント(※2)からすれば敵である正規軍士官がいきなり交信を求めてきたのだから当然そうなる。「盟約軍造反兵が核攻撃をしようとしたから一旦正規軍と休戦して近くにいた自分達が助けに来て造反兵排除しました」というのが今回のあらましなのであるがこれを聞いて「はいそうですか」となるはずもなく結局キルヒアイスは盟約軍部隊が来るまでヴェスターラント行政とのやり取りが続く事になる(「要塞と連絡を取ってもらえれば!」「誰がお前たちの言う事など聞くか!!!」)。結局盟約軍の例の部隊が到着するまで誤解は解けず仕舞いで去る事になるのだが後に全てのあらましを正しく理解したヴェスターラント市民からの熱烈な感謝歓迎の嵐についてはまた後日のお話である。
「これより帰還します。申し訳ありませんが本艦のみ全速で戻るようにと言われておりますので先に出発します。本艦以外については通常航行でかまいません」
心なしか疲れた表情を見せるキルヒアイスが各艦に通達を行う。特命として結構なことを行ったはずなのだがヴェスターラント行政とのやり取りの方がエネルギーを使った気がする。
「移動についてはこちらにお任せを。大佐はお休みになられてください」
「ありがとうございます」
艦長に任せて束の間の休息に入る。行って、倒して、帰還する。ただこれだけの行程なのではあるがこの一連の縁がジークフリード・キルヒアイスという一青年に大きな転機を発生させる区切りとなるのである。
「宇宙に朝も昼も無いのだがな。休戦は一二時間後の明日六時まで。明日から再戦だ」
「では、戻らせてもらいましょう。次は戦場にて」
挨拶もそこそこに一隻の艦がすっ飛んでいく。これから一二時間で全ての情報を集約して明日の戦いの準備を行わなくてはならい("質"として外部通信は禁止されていた)。
「情報を全部転送させろ。あと盟主殿に連絡を」
事前に仕事を振り分けられている幕僚達が動き始め艦橋が慌ただしくなる。
「ご苦労であったな」
「ちょっとした物見遊山でした」
ブラウンシュヴァイクとの通信が繋がる。
「正規軍側の部隊が鎮圧してくれたようで」
「うむ。こちらの不始末をこちらで鎮圧できなかった事は遺憾だが最悪の事態を防げた事は良しとせねばならん。行ってくれた正規軍部隊に直接礼を言いたい所だが流石にまだ戻ってきておらぬからな。功として十分な恩賞を与えるように先方には伝えておいた」
「それでよいと思います。で、明日の戦闘ですが……」
「受け取った案は見た。総司令部に必要な情報と集めさせ、修正を加えている。見てみたまえ」
「少々お時間を……」
アイゼンフートが視線を端末に映し送られてきた情報を流し見る。
「…………これは! 宜しいのですか?」
「根回しは終わっている。分艦隊司令全員とその作戦に該当する兵は個人単位で承諾を得た。後は実行のみだ」
「…………承知しました。これはヴァルハラには行けませぬな」
「命じたわしも同様よ。後に地獄で反省会でもするとしよう」
「ですな。では、この案で詳細を詰めます」
「実行は何時になる?」
「明日」
「早いな」
「もう、予備艦艇が一日分ありませんので」
「そうだな。任せる」
「御意」
通信を切り、幕僚から(編集させた)情報をかき集め、作戦の詳細を詰め始める。
(……徹夜かな? 人生最後の夜になるかもしれんので少しは寝れれば良いのだが)
結局眠る事は出来なかった。だが、やるべき事はやった。
翌日、一時休戦明けの戦闘は表面上三日目と何一つ変わらぬ姿で始まった。判る事と言えば盟約軍三個艦隊は最初からの規模を維持しており、それはガイエスブルク内にいるはずの予備戦力を確実に削っているという事を示していた。盟約軍が手を変えてこなかった為に正規軍も三日目と同じ布陣で合計六個艦隊が対峙し、メルカッツ艦隊(+フレーゲル艦隊)も無人艦部隊の準備を行う(キルヒアイスが残したスタッフが運用)。何も変わらぬ戦場。このままだとジリ損なのだから何かあるはず? 何かあるはず? と怪しんでいるうちに時間は過ぎ去り、暗黙の了解である"この日の戦闘終了"の時間になる。
「只今戻りました」
戦闘終了に伴い各艦隊がゆっくりと距離を開けつつある中でバルバロッサが帰還した。通常行程約二日、部隊の急行が一日半、そして第三世代旗艦級のバルバロッサ単艦での全力で一日。第二世代の中小出力艦に合わせた通常行程と第三世代旗艦級の最大出力ではこれだけの差が発生する。
「戦況はどのように?」
「何かあると思ったのだがな、三日目と変わらずだ。残してくれた者達で実施した無人艦部隊の攻撃結果についてはまとめてある。計算通りの結果だそうだ」
「それは良かった……」
「往復で大変だっただろう。艦の乗員の為にも今日は無理せずに休みたまえ」
メルカッツの勧めに従いバルバロッサの乗員には休みを出し、キルヒアイス本人は艦隊旗艦級戦艦に常設されている艦隊司令長官用個室(抵抗を諦めて最初から使用している)でその日の情報を読み漁る。そして日も回ろうかという時間にそれは訪れた。
「敵軍による総攻撃が開始された。標的はミュッケンベルガー元帥率いる本隊四個艦隊、敵は三個艦隊弱」
当直士官の報告でメルカッツらが集結する。
「我々は要塞を挟んで正反対。救援に行くにしても時間がかかりますがいかねばなりませぬな」
「いえ、敢えて背面を維持し、艦隊による要塞への直接攻撃を検討すべきではないでしょうか?」
フレーゲルとキルヒアイスが正反対の提案を行う。
「…………"本隊の救援は必要ない"と判断した理由の説明を」
若干の思考の後にメルカッツがキルヒアイスに促す。が、"このような口論をする時間を取っている"という事自体がどちらの案に傾いていいるかが読み取れる。わざわざこのような時間をかけるのはキルヒアイスとの間に意図・認識の相違が無いかの確認が主だがフレーゲルにわかってもらう為というのも少しある。
「布陣としましてはアスターテの時と似ており、各個撃破乃至総旗艦の撃破が目的と思われますがアスターテと違い本隊は相手より兵力・指揮官の力量において上回っています。ここに来ての突入は死兵である可能性もありますが我々より近い友軍(四個艦隊)が到来するまでに敗れるようなことはありません。それまでに敗れるのだとしたら友軍よりさらに遠い我々が向かっても意味がありません」
キルヒアイスの説明にメルカッツが頷く。
「私も同意見だ。これで慌てて駆け付けたのなら"我々がそこまで弱いと思ったのか? "とでも言われてしまう。ならば今ここで出来る事を考える方が良い。そこでだ、直接攻撃を検討するべき理由も聞かせてもらおう」
「我々が突入ポイントとして攻撃している面は要塞砲の裏側です。本隊が敵軍を破った場合、後退する敵軍を支援する為には要塞砲をそちらに向けておく必要があります。その場合、必然的にこちらに要塞砲は向きません。我々としては攻撃を行うチャンスです」
「しかし、攻撃を行うにしても無人艦はほぼ使い切っている。艦隊で、となると要塞砲がこちらを向いてしまった場合に甚大な被害が出るのではないか?」
フレーゲルが意見を挟み、メルカッツも同意を示す頷きを示し目線でキルヒアイスに続きを促す。
「攻撃は(要塞砲が指向してきた時に)逃げられる程度の距離から行います。ビーム系は距離による減衰の関係で効力は乏しいですがミサイルなどの実弾においては距離による減衰はありません。減衰が無い分、散布界(※:ある一点を狙って射撃した場合に、弾丸がばらまかれる範囲)が大きくなりますが二個艦隊総力にて照準を目標点に絞れば十分な量の着弾が望まれます。ある程度破壊済みである目標点の傷を深めるには十分でしょう。弾薬についてもこちらの二個艦隊は本戦ではまだ消費していないので足りるかと」
メルカッツが周囲の幕僚を見渡し、異議が無い事を確認する。
「陸戦部隊の突入支援に必要な部隊を除き、対要塞攻撃を行う。状況次第では突入して頂く事になりますが宜しいですかな?」
通信接続画面の隅で暇そうにしていたオフレッサーに声がかかる。
「タイミングとしては行かざるを得んな」
それを同意と解釈したメルカッツが号令を発す。
「ではフレーゲル提督、準備を。キルヒアイス大佐は今のうちにこちら(※:メルカッツ艦隊旗艦)に移ってもらいたい」
この号令で両軍軍の総力戦といえる戦いが要塞両面で開始されることになった。
一日目の布陣を見て思いつき、二日目に草案を練り、三日目に纏めたのを渡して、四日目に実行。という予定であった。幸か不幸か三日目と四日目に間が空いたので出来る限りの準備はしてもらえた。後は実行あるのみ。
その日の戦闘が終了し両軍が引く。質として向かった際に把握した相手の後退距離、それが最も遠くなった時にバレる程度の時間に行動開始。要塞側に後退してきた二個艦隊が急速旋回し、前進を開始したアイゼンフート艦隊の両翼に、その間に要塞から全軍出撃した残存部隊が後衛に就く。目標は正面ミュッケンベルガー率いる本隊四個艦隊。もし相手が距離を取るなり回避するなりするのならそのまま一直線に首都星オーディンに突き進む。あとは後から追いかけてくる敵六個艦隊が要塞砲に撃たれるのを覚悟で直進してくるかそれを避けて緩いカーブを描いてやってくるか。その間にヴィルヘルミナ(※:ミュッケンベルガー旗艦)に一発挨拶できるかどうかだ。もし逃げたのなら大いに宣伝して顔に泥を塗ってやるとしよう。
「全艦全将兵に告ぐ。これより我が軍は敵将ミュッケンベルガー率いる本隊への総攻撃を開始する。目標は総旗艦ヴィルヘルミナ。これを撃沈乃至潰走させ、奴らのプライドを粉砕してやることである。この一戦で我が軍は組織的戦闘能力を喪失するであろう。故に少しでも可能性が残る限り戦闘は継続する。総員一層の奮起を期待する」
それぞれ紡錘陣形となった盟約軍三個艦隊が三つの矢じりになって突き進む。そして正規軍本隊は逃げも隠れもせず、事前の想定通りの位置で待ち受けていた。
「この場で迎え撃つ」
敵襲の報告を受けてミュッケンベルガーは即断した。一部の幕僚が距離を置いての迎撃や大規模な後退を進言するが「元帥閣下は"(オーディンへの)道を開けてはならない"とお考えなのです」というオーベルシュタインの一言で沈黙した。現地迎撃の方針が伝わるとクエンツェル、アイゼナッハ、ファーレンハイトの各艦隊が特に指示を受けてというわけでもなく本陣(ミュッケンベルガー艦隊)の壁となるように前面に布陣する。敵は三個艦隊+要塞内の残りと判っているのだから壁がそれぞれ一個艦隊ずつ引き受ければそれで止まる、という無言の意思統一がなされている。
「的(自分)がここに居座れば敵はここを目指すしかない。あとは叩き潰すのみだ、細かい戦い方は任せるから存分に戦え。但し、アイゼンフートめの艦隊に当たった所は無理に全部を止めなくて良い。ある程度こちらが引き受けるので効率よく敵を落とす事を考えよ」
ミュッケンベルガーの言葉が伝わると同時にレーダーが敵艦隊をとらえる。既に全軍総力戦態勢に入り、秒単位のカウントを残すのみ。
「各艦隊、戦闘に入りました」
「敗走した敵をどうやって平行追撃するのか、今から計算をしておけ」
この一言が負けるつもりはさらさらないというミュッケンベルガーの心境を物語っていた。
ミュッケンベルガーから見て左のクエンツェル艦隊にジェファーズ艦隊が、中央のアイゼナッハ艦隊にアイゼンフート艦隊が、右のファーレンハイト艦隊にサブロニエール&ウシーリョ艦隊が突入するという三個艦隊vs三個艦隊。同じ陣形で突き進む盟約軍に対し、迎撃する正規軍はそれぞれ異なる陣形で迎え撃つ。
クエンツェル艦隊は中央を厚くした浅めのU字陣形、敵の矛先が分厚い中央部から逸れない事のみを注意して丁寧に丁寧に相手をする。残念ながらジェファーズ艦隊はこの決戦場の合計七個艦隊で最も指揮能力に劣る。クエンツェル艦隊を掻い潜る事も出来ず、かといって正面からがむしゃらに突き破る度胸もなく紡錘陣形で最も重要な突進力を自ら減らし左右へとブレ始めてしまう。ジェファーズ艦隊司令部にはこれを修正するだけの器量もなくただひたすらに艦隊を磨り潰していく事しか出来なかった。
なにかというとねちねちとした戦いである左側と違い右側は異常と言える潰し合いとなる。アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトという男は守より攻を好んだ。紡錘陣形で突っ込んでくる敵に対してがちがちに固める事は趣に合わないし苦手である。故に彼は同じ紡錘陣形を敷き相手が避けられぬ速度で"こちらから突っ込んだ"。上がそうなら下も色に染まったのか及び腰の遠距離戦しか出来なかったフラストレーションが溜まっていたのか艦隊全体がその"色"に染まり、正面衝突事故といえるぶつかりとなる。あとはもみくちゃになる前線から形が崩れた部隊を下げて次の部隊をぶつける、下げた部隊が再編成して最後尾に並ぶ、対消滅が如きがっぷり四つの潰し合いはファーレンハイト艦隊が司令官級の力量差で優位にがぶり寄りを見せる。対消滅を避けてその先(ミュッケンベルガー艦隊)に向かおうと一部の分艦隊が離脱し、ファーレンハイト艦隊の横をすり抜けていくがファーレンハイトはすぐさま同規模の追撃隊を出発させる。分艦隊司令の力量差は艦隊司令官の差よりも大きく、背後から取りつかれたらなすすべもなく削られていく。まさしくファーレンハイトの好む、攻めによる防衛がここに成り立っていた。
「旗艦照合完了。アイゼンフート艦隊旗艦シュプリンガーです」
その確認が終わるとアイゼナッハは「陣を鶴翼へ、中央は開けても良い」とだけ命じる。鶴翼からV字、V字から逆ハの字という流れは教典通りの"中央突破のいなし方"であり幕僚は各分艦隊司令にとってはその命令だけでやる事は判る。最終的には敵艦隊(↓)を l↓l の形に捉えてミュッケンベルガー艦隊が止めた所を両側から磨り潰せばいいだけだ。
「そうなる事は百も承知だ。だがな、教典通りの動きであれば考えようがある」
アイゼンフート艦隊の最後尾から小部隊が二つ分離しV字の両先端に襲い掛かる。アイゼンフートの本隊に艦首を向けた場合に側面となる位置からの攻撃。続いて先頭部隊も左右に分離し逆ハの字の狭まった出口を無理矢理こじ開く。その間、突進速度の低下は最小限に抑え、陣形は残った部隊での紡錘陣形に再編成される。そしてこじ開けた先に次の艦隊が姿を見せる。
「よし! 総予備行け!!」
その号令で艦隊後方で追走していたガイエスブルク残存部隊から二つの部隊が飛び出し、アイゼンフート&アイゼナッハ艦隊を上下から飛び越えてミュッケンベルガー艦隊に向かう。これでもう残存部隊には盟約軍総旗艦(ブラウンシュヴァイク艦隊旗艦)ベルリンと公の親衛隊、そして掛け声だけは立派だが交戦域には決して突入しない跳ね返り部隊しか残っていない。アイゼナッハ艦隊を切り抜けたアイゼンフート艦隊残余八一四七隻、ガイエスブルク残存部隊が二部隊合計三八〇二隻。合計一一九四九隻がミュッケンベルガー艦隊に挑む盟約軍艦隊最後の牙である。
「いいか。戦後の再編成で分艦隊司令クラスの人材はどれだけあっても足りぬ。故に卿らはこの戦いで良い戦果を上げさえすれば戦勝祝いで皆昇進させてやる。連携など考える必要なし。思うがままに敵を貪れ」
対するミュッケンベルガー艦隊は総数一四五一一隻。しかし今、ミュッケンベルガーの手元(直属)にいるのはアイゼンフート艦隊残余より少ない六九七五隻。残りはなんと少将・准将クラスが最少二〇〇、多くて五〇〇隻程度ずつ率いる形で分散させている。それが文字通り四方八方から"多くの敵艦を葬り、昇進する"事だけを考え、襲い掛かって来た。
「(中堅指揮官)層の違いがここで見せつけてくるか!!」
思わずアイゼンフートが愚痴をこぼし、対応を考えようとするが思考が停止する。協調した攻撃ならば考えも浮かぶかもしれないが動きに統一感が無い。つまりは優秀な中堅指揮官が高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に動いている。そうなると攻撃を受ける個々の部隊が対応しないといけないのだがこちらの中堅指揮官にはそれに対応できるだけの軍才を持ったものが少ないのでその場その場での思い付きに近い動き、要するに行き当たりばったりという動きになる。大小を問わず戦える才能のある司令官の数の差、アイゼンフートが最初からずっと判りきっていた非情なる現実をミュッケンベルガーがまざまざと見せつける。そしてアイゼンフートが絡め捕られた網でもがき苦しみだした頃、遂に背後からそれが姿を現した。
「「突撃!!」」
盟約軍から見て左右の斜め後ろから突っ込んでくる勢力はそれぞれ二〇〇〇乃至三〇〇〇隻と思われるやや大きめの分艦隊と言えるものであった。ジェファーズ艦隊と対峙していたシュターデン&カルネミッツ艦隊からはカルネミッツ艦隊のフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト少将、サブロニエール&ウシーリョ艦隊と対峙していたシュヴァルベルク&フォーゲル艦隊からはシュヴァルベルク艦隊のウォルフガング・ミッターマイヤー少将。司令官からの「最大速で行け」というシンプルな命令に従った二つの特急便は同盟軍がイゼルローン要塞に行った「D線上のワルツ」でもやらなかった要塞砲射程ぎりぎりの全速移動(たまに線を踏み込んでる)を決行。想定より若干の近道を艦隊司令官自慢の二名が全速で突っ走った結果、想定よりワンテンポ半程早く到達した増援。それが盟約軍艦隊を斜め後ろから食らいつき、文字通りの蹂躙を開始した。
「…………一太刀すら無理、か」
前面のミュッケンベルガー本隊は射程に入るや否や過剰と言える砲火で前進を拒み、周囲を蠅のように飛び回る小部隊によって歩みが鈍るといつの間にか距離を空けている。とっておきとして上下から突っ込ませたガイエスブルク残存部隊もいつの間にか小部隊によってみじん切りにされている。両翼だった艦隊は増援の分艦隊が到着した時から崩壊の一途を辿っている。後方では敵艦隊(アイゼナッハ艦隊)の足止めに置いてきた部隊が最後のあがきでわずかながらの帰路を残している。
「全軍後退! 要塞まで逃げろ!!!!」
"少しでも可能性がある限り"とは言ったが"可能性がなくなっても"とは言っていない。その決断をすると盟約軍各艦隊は"念の為"とあらかじめ用意していた高速Uターン機動を開始し逃亡を開始する(用意しておかないとぶっつけ本番でそれやろうとしても出来ずにその場で殲滅される)。戦場の左右からは遅ればせながら到達した四個艦隊が残った獲物を探して突進し、逃げる三個艦隊だったものと追撃する四個艦隊と絡み合い塊となって要塞まで突き進む。既に盟約軍艦隊は要塞砲圏内に入ってはいるが正規軍は足を止めない。いわゆる平行追撃戦というものだ。
「(ブラウンシュヴァイク公の)親衛隊は"指示通りのルート"を走れ! おまえら(跳ね返り)はそれに付いていけ!!! 両翼艦隊は……」
文字通りの潰走となっている盟約軍各部隊に道筋を与えて逃がす。一番奥まで突入したアイゼンフート本隊は当然ながら潰走の最後尾なので前方の友軍を上手く逃がさないと自分の逃げ場がない。よって、前方の部隊をある程度制御して道を開けてもらう必要がある。両翼だった艦隊を左右に誘導し親衛隊(&跳ね返り)を真っすぐ走らせる。そしてアイゼンフート本隊が親衛隊にいるであろう総旗艦ベルリンを守るかのようにその後方に続く。
「よし、各艦左右の艦隊の行ける方に付いていけ! ……諸君、今までご苦労であった。さて艦長、後は任せる。私が出来る仕事はここまでだ」
潰走路の目星がつけて最後尾の中の更に後ろからアイゼンフートが自艦隊の残骸に最後の指令を出す。そしてこれがこの内乱において盟約軍総司令官が発した最後の命令となった。
「数が多すぎても遊兵が出来るだけだ。"背面"でも開始したとの事だし、前面は後から来た艦隊に任せればいい」
そういうとミュッケンベルガーは本隊だった四個艦隊の追撃を止め増援四個艦隊に道を譲り、平行追撃戦が開始される。タイミングを計っていたのだろう、この追撃開始と同時に背面で待機していた艦隊(メルカッツ&フレーゲル)から強襲揚陸を前提とした総攻撃を開始したとの連絡が入っている。後は強襲揚陸に目途が立ち次第、平行追撃を適度なタイミングで切り上げればいいだけである。強襲揚陸を回避する為に要塞砲をそちらに向けた(要塞180度自転)なら必然的に突入予定口はこっちに向くのでこちらの艦隊でその周辺を破壊し尽くせばいい。念の為に、シュヴァルベルクとメルカッツ(&キルヒアイス)には射程に入るなとは伝えてある。これで射程に入っているのはシュターデン、カルネミッツ、フォーゲル、フレーゲル。口には出さないが"出撃中十二個艦隊では評価が下から四つ"つまりは万が一が起きても人材的に致命傷にはならない面子である。
追撃する四個艦隊の中で先頭を走るのはフォーゲル艦隊、続いてカルネミッツ艦隊。シュヴァルベルク艦隊とシュターデン艦隊はこれ以上横並びすると並走する盟約軍の壁が無いので前二個艦隊の後方を急なUターンしても混雑にならない程度の隙間を開けて追走する。
「敵軍総旗艦ベルリンを発見」
先頭集団のフォーゲル艦隊から通信が入り、艦隊が他を無視してこれに突進する。
「まともに戦果を上げておらんからと力み過ぎだ。穴が開いたらどうするつもりだ。まぁ運よく落とせたのなら適当な席(=窓際名誉職)にでも上げれば良いか」
酷い言われようだがミュッケンベルガーにとって評価最下位に対する言動などこの程度である。しかし後ろから"素朴な疑問"が発せられる。
「あれには本当にブラウンシュヴァイクは乗っているのでしょうか?」
「……だとしたらどうなのだ? ……いや、それは」
オーベルシュタインの一言にミュッケンベルガーが眉をひそめながら"それ"を思いうかべる。
「はい、あれが"予定通り"であれば可能性があります。今ベルリン周辺にいる部隊はあらかじめ定められていたかのように先程の戦いでは非交戦域から踏み込んでおりません」
「ここまで来てそれをやるか? いや、ここまで来たからやる、といえる。左右(に逃げている敵艦隊残骸)を壁にするように命令するか?」
「平行戦を続けるならそれが良いかと」
そうするか、とミュッケンベルガーが一言呟いて命令を発しようとした時、それは来た。
「高エネルギー反応感知!!」
「全部隊下げろ!!!」
いつでも出来るようにしていたのだろう、ミュッケンベルガーからの指令が届く前にシュヴァルベルク艦隊とシュターデン艦隊は素早く後退に入る。左右の敵を壁に出来る位置をキープしつつ、である。しかし、
「前方の二艦隊、まだ動きません!!!」
「何をやっとるんだ馬鹿者!!!!」
ミュッケンベルガーが拳を叩きつける。元より今後の為の"免疫"として一発や二発は仕方ないと割り切っている。しかし真面目に逃げんでどうするのだ。
「……来ます」
その言葉と共に要塞から放たれる出力七億四〇〇〇万メガワットの光は長きにわたり何十何百と放たれた中で初めて実戦で放たれた光であった。
レーザー水爆ミサイルの事をすっかり失念してて核兵器というものの扱いはこうなってしまいましたがもうそれは演出としてそういうものだーというくらいの気持ちでいきましょう(逃避)
流石にもうそろそろフレーゲルのフルネームを設定してあげないといけないのである。
※1:キルヒアイス部隊
無人艦作戦の指揮の為に特別編成された部隊。ミュッケンベルガー艦隊から抽出された総数六四隻で旗艦バルバロッサ。無人艦作戦のチームと同一編成でありその機動データの作成等の為に用意された。ミュッケンベルガー艦隊からの抜粋なので個々の艦の技量は非常に高い。キルヒアイス的には技量的に非常にありがたいが大型艦の艦長とかになるとキルヒアイスよりも先任の大佐も結構いるので(ちょっとやりにくいんですよね)というのが本音である。それを聞いたミュッケンベルガーから「今からでも臨時昇進使って一時的に准将にする事も出来るが?」と言われ全力で断った。現状の大佐でも異例であり奇異の目で見られているのを我慢している状態なので臨時だろうが将官になることは ア「少し怖かったですね」ミ「うむ」 と呟いてしまうくらいの勢いでの拒否であった。尚、部隊の大まかな指揮そのものはバルバロッサ艦長アデナウアー大佐(キルヒアイス含む最先任)が行っている。実はキルヒアイス、佐官を参謀系で走り抜けているので個艦(極小数部隊)レベルの運用はあまりわかってない。四桁にならないとわからない。六四隻編成も「これくらいが最小単位でしょう」とは判ったがそこからこの小部隊をどう動かす(=機動データを作る)かについてはそれこそ先任のベテラン艦長大佐に聞きまくった。というか課題としてぶんなげた。
※2:未連絡
流石に「核の無差別攻撃がいくかもしれないわ」とは言えない。それを言えないから一時休戦した事も言えない。結果、何にも伝わってない。