原作だったイゼルローンが小説とOVAで違かったりするんだから気にしてもしゃーなーしゃーない。
「友軍艦隊、交戦を開始したとの事です」
「要塞砲を裏に向けよ」
要塞から制御ノズルが姿を現し、要塞そのものの旋回が開始される。正面はしばらくの間殴り合いとなり牽制の必要は無くなる。毎日攻撃を受けている背面を防衛する念の為の措置である。
「さて、後は待つのみ」
要塞司令官席に深く腰を下ろしたブラウンシュヴァイクが呟く。正規軍が戦闘を回避しなかった事により全艦隊によるオーディン特攻はなくなり、一矢報いる為の艦隊決戦となった。アイゼンフートと確認は取れているが成功率そのものはもう考えていない。一瞬の希望を持った籠城についても初日からの損耗で非現実的である事は明確である。擦り切れる前に何が出来るか? となったこの攻勢、ミュッケンベルガー本隊ではなく他の方面(各二個艦隊)への強襲も考えたらしいが「戦わずに逃げてしまったらおしまいです。そこからオーディン特攻をしようにも進行方向に本隊があるので無理です」となり目標を本隊に定めた。そしてこの攻勢はたとえ成功しようとも周囲から集まってくる敵艦隊によって最終的には敗軍として帰って来る事になる。それまで要塞を保つための要塞砲旋回であり、敗軍を追って敵が平行追撃戦を開始した場合の牙もまた要塞砲である。
ただじっと待つ。背面の敵艦隊はどうやら艦隊決戦には加わらず、要塞への攻撃を試みようとしたが要塞砲が指向されている事を確認したのか射程ぎりぎりでピタッと動きを止めた。まずは牽制成功である。何せ出してもいい艦は全部出してしまったので要塞内はすっからかん。要塞の攻撃圏内に敵もいないとなればやる事が無い。
どれだけの時が経過しただろうか? と感じてしまうが大した時間は経過していない。
「全軍に後退命令が発せられました」
「…………要塞砲を戻せ」
要塞砲が再び向きを変える。これから正面での事が終わるまで背面を遮るものはなにもない。もし本気で来る(=揚陸を試みる)のなら阻止する事は不可能と考えなくてはいけない。要塞内には数百万の人員がいるが全員が戦えるわけもなく、そもそもあの化け物を止める方法などない。そこまで手配した所でブラウンシュヴァイクが後ろを振り返る。
「シュトライト。準備は出来ているか?」
「何時でも可能です」
「そうか」
ブラウンシュヴァイクが目を閉じ、深く息を吸い、吐く。そしてシュトライトに最後の言葉を伝える。
「では行ってくれ。卿のこれまでの忠節、誠に感謝する。……あれの事をよろしく頼む」
ブラウンシュヴァイクが頭を下げる。ここまで下げるのは長きにわたり仕えていたシュトライトでも(皇族以外では)数えるほどしかない。
「では。失礼いたします」
下手に言葉を発すると機会を失う。シュトライトは静かに頭を下げるとその場を去る。
「……アンスバッハ。残るはお前だけになってしまったな。すまんがとことん付き合ってもらうぞ」
「地獄の果てまでも」
静かに正面のディスプレイを見つめる。はるか先に見えていた光が遂に境界線に差し掛かる。
「布陣状況を確認せよ。射線設定可能範囲はどうなっている?」
「情報を転送します」
ブラウンシュヴァイクの手元のディスプレイに情報が転送される。各艦が自動発信する敵味方識別信号を元に各艦艇群が色付けされる。味方が青、敵が赤。そして一部の艦艇群は白。
「白の後ろの青は……アイゼンフートか。これは撃てん。しかしあいつの事だ何とかして白と赤を繋げてくれるはずだ。白を通して赤が一番濃くなる線を事前設定として入力を。青が避ける算段が着き次第、本充填を開始する」
要塞砲の避けられない欠点は"一度本充填したらその状態を保てるのは短時間である"というものである。高濃度のエネルギー収束は保ち続けると誘爆の恐れすらあるので一度本充填を開始したらその射線に打つことを前提としなくてはいけない。なので射線に撃ってはいけない友軍が含まれている場合、本充填を開始できない。平行追撃戦を行う理由がここにある。至近距離に近づきさえすれば要塞砲機器そのものへの攻撃が可能になり、それはそれで本充填を妨げる要素となる。そこまで踏み込むことが平行追撃戦の目的である。
「射線、開きました!!」
「要塞砲、本充填開始!」
警告のブザーが鳴り、充填が開始される。背面では揚陸を試みているのか敵艦隊が踏み込んで前々からのポイントにこれでもかと撃ちこんでいる。既に破壊されていた隔壁の内部には艦隊戦への編入が出来なくなった中破艦を自動操縦の砲台として配置しているが雀の涙だろう。こちらについてはもう対応はしない(出来ない)ので状況報告のみを命じている。
「充填完了しました」
その声を聴いてブラウンシュヴァイクが立ち上がる。デスクにある生体反応パネルに手の平を乗せる。ガイエスブルク要塞の委託管理者であるブラウンシュヴァイク家当主としてほぼフルアクセスの権限を有している。この戦場でこれを上回る権限が登録されているのは宇宙艦隊司令長官と装甲擲弾兵総監のみである。軽く深呼吸をして照準の最終調整が行われる。白を貫通し、その背後にいる赤塊の真ん中に設定される。この状況下であっても目標としている敵艦隊に後退する気配が無いのはこの"壁"を撃たないと考えているのかそれとも餌に固執し見えていないのか。
「……すまぬ」
一言呟いてブラウンシュヴァイクがトリガーを握る。長きにわたりお召し艦であった戦艦ベルリンとその周囲の直属(親衛隊)には全てを理解したうえで志願した者から抜粋した運用最低限の人員が乗っている。それでも万単位である。その命に恥じない"あがき"をしなくてはいけない。
「発射!!」
トリガーが引かれる。ガイエスブルク要塞から放たれる出力七億四〇〇〇万メガワットの光が全てを飲み込む。志願者達の艦、それに群がろうとしていた敵艦隊、ついでに跳ね返り共の艦。敵艦隊旗艦は光の真ん中に存在しておりその一撃で文字通り消滅した。痛みすら感じなかったであろう。
「第二射、充填急げ」
ブラウンシュヴァイクの目がディスプレイを見渡し、射線に相応しい塊のある点を探し出す。左右に分かれて逃げていた友軍はそれなりの距離を開けているので第一射より射角は得られている。敵艦隊の中央は撃ち抜いたのでその左右が候補となるのだがそこに更なる一要素が加わりブラウンシュヴァイクはその線を第二射と定め、逃げている友軍に当たらないように丁寧に照準を調整する。
「充填完了まで後一〇秒」
トリガーに手をかけ、時を待つ。
「閣下!! 後退指示を!!!」
「待て!! あと少し、あと少しであの愚兄の息の根を止めれるのだ!!!」
要塞砲の反応を感知し、撤退を進言するビッテンフェルトの言葉を拒否するカルネミッツの表情はいつものそれとは異なり明らかな"狂"が垣間見れる。平行追撃を開始した際に袂を分かつ事になった実家の私兵艦隊、その旗艦であり老齢の当主(実父)名代である兄が乗る艦であるそれを発見してしまった事で彼の精神は最悪な方向に傾いた。都合が悪い事にビッテンフェルトの分艦隊は本隊支援後再合流の関係で艦隊を追いかける形となり通常は己の後ろにいるべきカルネミッツ本隊が先頭になり自身はその後方を追従する形になっている。よって己の分艦隊を止めて後ろをせき止めるという手段を取れない。そして閃光が走る。この艦隊の右前方で敵総旗艦を目指していたフォーゲル艦隊は無残にもそのド真ん中を打ち抜かれる。
「味方ごと打ち抜いたか。……となるとあれにブラウンシュヴァイクは乗っていなかったという事だな」
ビッテンフェルトは一艦長としてイゼルローンが放つそれを、打ち抜かれた同盟軍艦隊を見た事がある。だがそれとこれとで違うのは打ち抜かれているものの大半が友軍であるという事だ。そしてこの状況で非常に宜しくない状態を再確認する。
「閣下!! 直ちに反転を!! このままでは艦隊の右翼が打ち抜かれてしまいます!!!」
カルネミッツが見つけてしまったそれは中央向かって左方面に逃亡している敵艦隊残骸の後方寄りに位置していた。そしてカルネミッツ本隊がそれを追いかける都合上、必然的に艦隊右翼が敵艦隊という壁の外側に押し出される。その結果、混乱の極みにあるフォーゲル艦隊左翼とカルネミッツ艦隊右翼は微妙な重なり合いを見せており、要塞砲からの射線を遮るものが存在しない状態となっている。
「黙っていろ!!」
「黙りません!! この艦隊は、人命は皇帝陛下よりお預かりしているもの。一艦、一名とて軽んじる事など許されません。ましてや閣下個人の私兵などではありません!!!」
「貴様ぁ!」
ビッテンフェルトとカルネミッツが凄まじい形相で睨みあい、ごく一部を除いた周囲の者が恐怖でひきつった顔で見守る。
「よ、要塞砲の反応が再上昇してますぅ」
オペレーターの引き攣った報告(悲鳴)が響き渡る。
「閣下!!!」
ビッテンフェルトの声にカルネミッツは反応しない。視線は既にこちらを向ていおらず目指しているそれしか見ていない。だが、彼ではない人物がビッテンフェルトを見つめている。その人物、カルネミッツ艦隊参謀長ラムゼイ・オイゲン少将はビッテンフェルトに向けて軽く頷き、ビッテンフェルトもそれを理解する。
「全艦反転!! 直ちに要塞砲の射程外まで後退せよ!!」「全部隊とにかく下がれ!!」
両名の号令で艦隊が慌ただしく動き始める。
「何をするか貴様ら!!」
この状況下ですらカルネミッツは何かを言おうとするが、
パァ────ン!!
オイゲンが全力でその頬を叩く。その瞬間、要塞から放たれた第二射がフォーゲル艦隊左翼の左半分とカルネミッツ艦隊右翼の右半分を貫いた。その光景を呆然と眺め、カルネミッツが糸の切れた人形のように司令官席に座り込む。
「参謀長、後の指揮は任せる。私は……少し休ませてもらっていいか?」
「構いませんが……」
「安心しろ、あ奴らがくたばるのを確認するまではもう変な事は起こさん」
そういうとカルネミッツはふらふらと艦橋を後にする。
「ビッテンフェルト少将、委譲からの委譲ですまないが艦隊の指揮を頼む。私より貴公の方が適任だ」
「承知いたしました」
艦隊が文字通り全速で後退という名の逃亡を行う。
「なぁ、オイゲン」
「なんでしょうか?」
「お前も俺がおかしくなったらあの親父殿のように俺を止めてくれるか?」
「はい。全力のグーで止めてさしあげます」
「お、おぅ」
後退が完了するまでの間、要塞はあと二回の砲撃を行い、フォーゲル艦隊は組織的行動力を喪失した。合計四回の砲撃で正規軍が被った損害は七〇〇〇隻を超えた。
「ここまでだな。友軍はどうなっている?」
一目散に逃亡する正規軍艦隊を眺め、ブラウンシュヴァイクはトリガーから手を放す。
「要塞砲指向方向から向かって左右に点在、合計で推定で一万隻程度」
「旗艦級の反応は」
「…………ありません。現段階での指揮権継承者も不明です」
「そうか」
ブラウンシュヴァイクが軽く考え込む。
「全艦に伝達。要塞砲向かって背面、敵揚陸地点に急行し揚陸艦艇等を殲滅せよ。但し、敵艦隊の抵抗が激しく任務が達成できないと判断できた場合は作戦を中断、各艦独自の判断で落ち延びよ。今、敵艦隊は正面と背面で二分割されている。側面からなら逃亡が可能なはずだ」
「伝達します」
正面の敵艦隊と連動して揚陸を試みた背面の敵艦隊は任務を達成し、観測した揚陸艦艇数からの概算だけでも軽く一〇万を超える精鋭擲弾兵が突入済みである。つまりこの時点で要塞は既に"詰み"である。最後の悪あがきを命じたブラウンシュヴァイクはゆっくりと席に座り込む。
「わしのここでのあがきはこれで終わりよ。あとはまぁ神のみぞ知る、だ」
「ガイエスブルク要塞、自転を開始」
「自転が停止し次第、作戦を開始する」
オペレーターの報告を受け、メルカッツが指示を出す。メルカッツ&フレーゲル艦隊は既に準備を完了しており自転が完了、つまりは突入ポイントが正面になったと同時に総攻撃が開始できるようになっている。十分な踏み込みを行い、二個艦隊ほぼ全力で揚陸ポイント周辺の防衛火砲を完全破壊する。後は護衛を付けた揚陸部隊を送り込むだけだ。
状況が開始され、艦隊が前進を開始する。一部隊あたり五〇〇隻程度で構成されたそれは先の無人艦攻撃と同様に各々に設定されたの突入ルートを突進し、残り少なくなった突入ポイント周辺の防衛火器を過剰とも言える火力で押しつぶす。そしてその中央を護衛付きの揚陸艦艇が突き進む。実質二万隻の全力支援を受けた揚陸艦艇はほぼ無傷で揚陸ポイントに突入した。
「……要塞砲が発射された模様です」
「そうか」
裏側にいるので直接の目視は出来ないが情報は入る。
「ここで出来る事を続けるのみだ」
恐らくこの戦場でその光を最も多く見ているであろう一人であるメルカッツにはそれがもたらす結果を容易に想像する事が出来る。そして同時にそれがもうどうにもならい事であるという割り切りも行う事が出来る。非情だがそれが現実なのだ。
「揚陸部隊の突入完了後は予定通りの位置にて警戒せよ。要塞内の艦艇が空になっているという保障は無い。油断しないように」
指示を出すとメルカッツは揚陸ポイントをじーっと見つめる。要塞をめぐる戦いは最終段階に突入した。
「第七師団、編成を完了。前進を開始します。続く第十二師団はあと一五分で編成を完了します」
揚陸艦艇群旗艦司令部。六個師団基幹総勢一四万人を数える揚陸部隊はほぼ無傷での突入に成功した。これだけの規模の強襲は演習でしか扱った事が無い。対惑星攻略の場合、制宙権確保からの揚陸が主であり事を急する強襲ということはまずない。
「よし、俺はいくぞ。以後の指揮はお前たちがやれ」
装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将は(いつもの事であるが)指揮を部下に丸投げして最前線師団への合流の為、出立する。本人にとって不本意ではあるが装甲服は未着用である。今回の揚陸作戦におけるオフレッサーの役目は要塞司令部にて制御権を掌握する事でありその間、万が一が起きてはいけないのである。本人からしてみれば装甲服を着用し最前線に立つ自分が死ぬはずがない、という気持ちであるがそれ(装甲擲弾兵総監権限による掌握)を相手が知らない訳はない以上、戦場に存在を示す事は許されない。最悪、存在を確認した区画を丸ごと自爆でもされてしまったらどうにもならないのだ。故に今回は嫌々ながら姿を現さず最前線師団の中で静かにしているしかない。その程度の分別は流石のオフレッサーにもある。
「行くぞ。お前らに護衛は付けんから死にたくなければ近くにいろ。そうすれば俺の護衛がついでに守ってやる」
オフレッサーがその客人に声をかける。予定になかったその客人、フレーゲル中将(と「一応ついてこい」と巻き込まれたいつもの一名)が青ざめた顔で頷く。
「そんなになるならわざわざ無許可で乗り込まんでもいいのではないか?」
「い、いや、これだけは私の我儘というかけじめというか白黒というか……」
青ざめた顔でじたばたするフレーゲルをあきれた顔でみつめる。下級貴族から文字通り腕一本でここまでのし上がって来たオフレッサーは生まれながら恵まれている立場の者というのが全般的に嫌いである。この内乱において正規軍側についたのも門閥貴族(のふんぞり返ってる層)と軍&政府上層部の軋轢を嫌というほど見る羽目になったからである。口に出しては言わないがミュッケンベルガーやリヒテンラーデといったあたりは身分も糞もなく「ようやっとる」と思っている。同時に俺には無理だ、口より先に手が出る、とも思っている。そういうオフレッサーから見てフレーゲルというのはふんぞり返れる層を蹴って棘の道を石を投げつけられながら進むようなもの、として見ている。だが、生き残る為、家を残す為になりふり構わずもがく姿は嫌いではない。だから抜け駆け同行も許可した。こう見えてもオフレッサー、若い者が想像する何倍もの(拳ではどうにもならない)苦労を経て現在の地位にいるのである。
通常、揚陸ポイントを基点として点と点を線にして複数の点と線を元に面として占領区域を広げていくものだがこの揚陸部隊は文字通り一丸となって突き進み始めた。そもそも面で制圧できるほどの兵力ではないしゴールにたどり着ければ後はどうにでもなる、というのもある。対イゼルローンでは使えない手ではあるがそれは今後の課題というものである。
「主攻は第七師団から第一二師団、助攻は第一三師団から第一八師団に交代します。予備の第四師団、第二七師団は継続です」
「まかせる。俺は一二師団に移る」
無人の野。とはいかないまでも一応は用意している防衛ラインを粉砕し突き進む。人数差など意味を成さず、戦力差は隔絶している。そもそも貴族の私兵に重装の陸戦部隊などは皆無であり装甲服持参で盟約軍に駆け込めた本職の人数などたかが知れている。支配下の要塞に予備の装甲服は一定量あるもののこれは素人がいきなり着こなせる代物ではない。その結果、どれだけ覚悟して防衛ラインで待ち構えようと装甲服にがっちり身を固めた攻撃側の突入を防ぐことはできない。にわか仕込みの歩兵陣地は熟練兵が操る戦車の突入を防げないのだ。
「あとどれくらいなのだ?」
「まだ二割といった程度だ。ただ歩いているだけでこんなにもへばってどうする」
緊張やらなんやらで汗ばむフレーゲルの言葉をオフレッサーがあしらう。今回の揚陸作戦の難点がこれである。要塞司令部は当然ながら揚陸後に到着しにくい位置に存在するものであり、つまりは要塞砲に比較的近い方向に存在している。今回のように要塞砲真後ろからの揚陸だと直線だと要塞中央部を突っ切らないといけないのだが当然ながらそこに道はない。これが面の制圧を最初からあきらめている理由でもある。すったもんだで直径四五kmのガイエスブルク要塞でのそれは直線計算でも三〇kmちょっと進まないとたどり着けない。それが要塞の通路を通って、一応の抵抗線を粉砕しながらとなるとかかる時間は言わずもがなである。
「ところで……寝床はどうなるのだ?」
「短期決戦に寝床などという余計な道具などないわ。休憩時に横にでもなっておけ。あとは薬(※1)だ」
乗り込んだのを少し後悔し始めた。しかし後ろを無言で付いてくる巻き込まれた一名の視線(流石に機嫌が悪い)を考えると口には出せないので我慢して淡々と進むしかない。戦闘域ではないので危険はないのだが定期的に交戦後のフロアを通る事になる。フロアの隅に積み上げられた塊とそこから滴る赤い雫を見て今何を行っているかを実感するが安全を確保したフロアは休憩ポイントにもなる。休憩はそこで赤い雫がない床を探して行わなくてはいけないのだ。寝れたものではないが近くではオフレッサーが兵と同じ携帯食を食い、壁に寄りかかり仮眠を取っている。本人からしてみたら戦場の飯など栄養になれば何でも良く、休める時に休むのは戦士の必須要素であるというだけなのだが最上位者がこれなのだから下も我儘を言えないしフレーゲルもこれ以上何かを要求する事は出来ないのである。
「位置的に最終防衛ラインです。制圧までしばらくお待ちください」
オフレッサーは「待ちくたびれたわ。さっさと潰せ」とだけ言い、フレーゲルはやっとかという顔でうんざりする。突入から約五〇時間、移動距離にして四〇km程度。古来から現代まで歩兵が足で移動する行軍速度に大した変化はなく、非戦闘移動で一日二四km、過負荷で五割増しくらいが定石と言われている。敵がどれだけ弱かろうとも戦闘やらなんやらが発生したら時間はかかる。それを戦闘やら閉鎖隔壁の破壊突破やらを行いつつ丸二日で突き進んだのはそれなりの強行軍である。その間、要塞外においては盟約軍残存艦隊による揚陸ポイント強襲をメルカッツ&フレーゲル艦隊の待ち伏せと揚陸ポイントに待機させていた空母群から放たれたワルキューレが粉砕し、盟約軍艦隊は四散している。その直後に正規軍の各艦隊による全方位包囲が実施され、現在は完全封鎖状態となった。後は要塞機能制圧を待つのみである。
「制圧完了。要塞司令部までの通路を確保しました」
「わかった。あれを持ってこい」
オフレッサーに命令された兵がなにやらトランクを持ってくる。オフレッサーがおもむろに軍服を脱ぎ捨て、濡れタオルで顔を拭き、髪を整え、余計な髭を剃り、取り出した新品の軍服に着替える。
「何を驚いてる? 帝国の歴史に残る大乱を起こした総大将を相手に正規軍総軍を代表して降伏勧告をせねばならんのだ。俺とてこの程度の"身だしなみ"は整えるわ」
ニヤリとしならがオフレッサーがこちらを見つめる。そして非常に宜しくない事に気づく。
「どうぞ」
「す、すまん」
情けで用意してくれていた道具を兵から受け取って同様に身だしなみを整える。軍服だけはどうにもならないが表面上は綺麗にする。
「準備はいいな。いくぞ」
要塞司令部へと続く最後の廊下を進む。あえて外すようにしていたのだろう、誰一人いない。そして司令部の入り口では一人の士官が待ち受けている。
「アンスバッハか」
「お待ちしておりました。こちらの必要外の要員は下げます。そちらも最低限の人数でお願いします」
扉が開く。
「思った以上に時間がかかるものだな。どうやって待っていればいいのか戸惑ってしまったぞ」
「ならば抗戦しなければいいだろうに」
「流石にそうとはいかんさ」
要塞司令部で待っていたのはブラウンシュヴァイク、ジェファーズ、そして案内役のアンスバッハ。他の要員は奥に下がっていくのが見える。この状況であれば何かをしようとした瞬間にオフレッサーが所持するブラスターが三人を貫くだろう。そしてオフレッサーが(普段の彼からは想像できない)完璧な敬礼を行う。
「銀河帝国軍装甲擲弾兵総監ヴィルトシュヴァイン・フォン・オフレッサー上級大将である。一般将兵の命は保障する。賊軍総大将オットー・ブラウンシュヴァイクに降伏を勧告する(※2)」
「銀河帝国公爵オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクである。リップシュタット帝国正道軍盟主として降伏勧告を受諾する。直ちに戦闘を停止されたし」
「承知した」
オフレッサーが後ろに控えている兵に顎で指示し、盟約軍側がジェファーズが担当し、戦闘中断の指示を出す。
「外への連絡もあるだろうし、このままだと不安だろうからやっておくか?」
ブラウンシュヴァイクが司令官席にある端末の一つを指さす。それが何であるかはオフレッサーも理解しており、ずかずかと司令官席に向かうとその端末を操作し、傍らにあるパネルに手の平を乗せる。
「要塞司令官権限がヴィルトシュヴァイン・フォン・オフレッサーに委譲されました」
無感情な機械音声が権限移譲を報告する。これでこの要塞はオフレッサーの管理下に入った。
「こちらの司令部要員を入れる。どけ」
ブラウンシュヴァイク&ジェファーズ&アンスバッハを司令部隅においやり、オフレッサー達も移動する。
「確認が終わって総旗艦に繋げるまでの時間はくれてやる、その為に来たんだろう」
フェルナー以外の全員が揃って隣接する要塞司令官控室(=ブラウンシュヴァイク待機用ルーム)に移りオフレッサーがフレーゲルを前に出す。伯父と甥、久しぶりの対面である。アンスバッハが当たり前のようにワインとグラスを用意する。
「色々あろうがとりあえずどうだ?」
「断る」「いりません」
渡すつもりで両手に持ったグラスを眺めブラウンシュヴァイクがため息をつく。
「とっておきだというのに。勿体ない」
片方のグラスに中身を移し、軽く飲む。
「で、何しに来た?」
今までのにこやかな表情が一変し、凄みすら感じる視線が貫く。
「何故私を遠ざけた?」
あの時(※3)は血の迷いか何かかと思いとてつもない疲労感を味わったのだが今ならそれが全てではないと判る。どこかでこの人はあえて突き放す事を選んだ。その結果として自分の家が残るのであればそれはそれで良しとせねばならないがそれすらも"レールの上"だったとしたら……。証人がいる以上ここでの結果が己の首を絞める事に繋がるかもしれない。だがそれを今恐れてはいない。そもそも恐れるのであれば無許可でここに来たりはしない。
「遠ざけるだと。自惚れた事を言うでないわ。獅子身中の虫を招き入れる愚行をわしが行うとでも思ったのか?」
「その虫になれと送り込んだ人が言う言葉とは思えませんな」
「送り付けたら簡単に手懐けられる阿呆とは思わんかったからな。そこまで懐いたのなら飽きられるまで尻尾を振り続ければいい」
「えぇ、振り続けましょう。それで家が保たれるならば喜んで振りましょう。あなたのように自己満足で何百、一千万という命を巻き込むよりはるかにマシというものです」
睨むような眼と馬鹿にしたような眼、もうお互いに判りきってる八百長。最初からお互いにこうするしかないのだ。なのでわざわざここまで来てやることか、とも思うがこの言葉を交わせただけでも来た意味はある。これもある意味、自己満足。真意を探るとかそういうものではない、小さい時から良くしてもらった伯父でありもう一人の父に最後の挨拶をしたかっただけ。それだけだったのだ。
「ま、せいぜい使い捨てにされないようにする事だ。お前がどうなろうが知った事ではないが親に罪は無いのだからな」
「ご期待通りに」
(そう、ご期待通りに血は何とかして残してさしあげますよ。エリザベートの方はわかりませんが)
トントン、とノックがされ兵が顔を出し、扉の近くでつまらなそうにしていたオフレッサーに一言二言伝える。
「話は終わりだ。総旗艦との連絡準備が出来たそうだ。来てもらうぞ」
そういうとオフレッサーが部屋を出る。
「やはり顔を合わせんといかんのか」
「当然です。敗軍の将なのですから」
フレーゲルも扉に向かう。流石に最後まで隠れる気は無いのでここで姿を見せて無断行動を謝らねばならない。
「そうなると良しと言われるまで生き恥をさらさねばならんという事だな」
「当然です」
フレーゲルが呆れた顔で振り向くとアンスバッハが恭しく差し出す四つ目のグラスを手に持つ。
「最後に良い物も見れたし区切りにはちょうど良い。流石にこれ以上はごめん被るとしよう」
そう言うとブラウンシュヴァイクはそれを一気に飲み干す。
「!!!」
駆けつけようとしたフレーゲルをアンスバッハが遮る。
「ジェファーズ殿、アンスバッハ、申し訳ないが後始末はおまかせする」
ゆっくりと席に寄りかかり目を閉じる。
「陛下、少し早ぅございました。たっぷりと恨み節を聞いていただきますぞ」
それがオットー・フォン・ブラウンシュヴァイクの最後の言葉であった。
「そうか」
オフレッサーからの(現地最上位者として嫌々ながら真面目な)報告を聞き、ミュッケンベルガーはその一言だけを返す。そしてその傍らにいる者に視線を向ける。
「お前の独断だな」
「はい、私の独断です。如何なる処分でも」
あくまでも"個人の独断専行による処分"であれば家に類が及ぶ率は減る(といっても相手の気分次第であるが)。それを聞くとミュッケンベルガーは何とも言えないような表情でニヤリとする。
「ならば大きな貸しがあるという事か。以後、わしの目の黒いうちはたっぷりとこき使わせてもらうとしよう。文句は言わせんぞ」
意味は二つある。これから少なくとも一〇年や二〇年、この戦いの記憶が過去のものになるまで軍の命令には従い続けるしかないという事。そしてどうやら家は残してもらえそうだという事。つまり、イザーク・フォン・フレーゲルはこの戦いにおいてひとまずの勝利を得たのだ。
「文句などどこにも。感謝しかありません」
本音である。結局はレールの上だったのかもしれないが己の力のみで得た勝利などど考える程馬鹿ではない。そう考えられる位の見識は身に着けたつもりなのでこの結果で丁度いいだろうと思う。後はまぁ、少ないツテをなんとか広げて人並の軍人になれれば御の字だ。
「すまんが要塞内の精査を進めてくれ。如何せん広いからな。残党に潜伏されると色々と困る」
「面倒な事だがそこまでは俺の仕事だ、やるだけの事はやってやる。優先して艦艇の出入りは出来るようしてやるからスタッフと兵の頭数を用意してもらおう」
「用意しよう」
戦いそのものは終わり、後始末に入る。捕虜となった高級士官や有力貴族との引見、ブラウンシュヴァイクの検分などは区切りとして行わねばない。しかしガイエスブルク要塞には降伏したとはいえ数百万を数える盟約軍の人員が存在し、要塞そのものにも何が隠れてて何が仕込まれているか判らない。となると別にガイエスブルクで引見等を行わなくていいじゃないかという考えもあるが敵の本拠地だった所に乗り込んで行うという事に政治的な意味がある。あらかじめ用意していた要塞運用要員や臨時編成の陸戦部隊や調査隊を乗り込ませ、人員輸送艦で盟約軍将兵を一時幽閉先としての各地要塞に送り込む。各艦隊は艦隊旗艦含む本隊を一部を残しオーディンに帰還させる(※4)。そして陥落から一〇日後の九月九日、ガイエスブルク要塞にて勝利の式典が行われる事になった。
オフレッサー、フルネーム不明なんですよ。なので用意しようと「ドイツ 最強 軍人」で検索したらルーデルしか出てこねぇww でもなんかイメージ違うんだよ、ルーデルだと。格闘家名でもいいのがないし・・・・でこうなった。
フレーゲルの方はこちらも迷った挙句に"理不尽や自業自得でひたすら変な方向に巻き込まれていって逆切れする姿が妙に自分のイメージ的に一致している"人の名前を使った。なんか事が起きて「なんでやねん!!」って逆切れ突っ込みしているのを後ろからグレィトな奴or巻き込まれてる例の人がニヨニヨしながら見る、そんな風景。
イゼルローンの時は要塞司令官の降伏による権限移譲処理が行われ、そこから時間をかけて解析をして完全掌握された。と考えています。解析と言っても専門家が束になって張り付いて月単位で弄って何とか、といったレベルであり当然ながら戦闘中に出来る事ではない。という認識。
ちなみに要塞突入中のフレーゲルは体調不良で療養中という形で各艦隊などとの連絡はメックリンガーが対応していた。メックリンガーは完全な共犯者、メルカッツはなんとなく察したけど口に出さず黙認。総旗艦などは元々メックリンガーを窓口にしていたから気にしていなかった。
巻き込まれた例の人は何かに使うかなと思ったのですが使わなかった。なら消せばいいじゃんとも思ったがこれはこれでこの主従らしいと思って残した。
※1:薬
合法的成分(主にカフェイン等)による眠気抑制剤。いわゆるむっちゃ強力な眠眠打破。
※2:降伏勧告
手続き上、政府&正規軍は自称:リュプシュタット帝国正道の名将を"賊軍"(非公式:盟約軍)と定義しており、ブラウンシュヴァイクの爵位は剥奪されているので正式な勧告文章としてはこうなる。
※3:あの時
No.30でのやりとり。
※4:艦隊の旗艦
一〇個艦隊が要塞周辺にたむろしていても意味がない。各地の盟約軍貴族領の鎮圧などもやらないといけないが半年近い出兵は一旦戻って補給・整備・人員休養等を行わないと流石にヤバイという状態になっているので戻せる分はさっさと戻す事にした。尚、貧乏くじを引いた一個艦隊が一時的な治安維持の為に帰還せずに残っている。