4月13日 対策室室長デスク
ユリアン・ミンツはヤンが不在となる時の定例行為として元々綺麗とは言い難い室長デスクをいつも整頓している。今回もまた、同じように無意識に片づけに向かいつつ"一人で見て"と言われて渡されたメモを覗き込む。そしてその内容を確認するとデスクに向かう道筋から回れ右をし、目線でパトリチェフとラインハルトを呼び寄せ副室長デスクに向かう。
「どうした? ヤンの奴から宿題でも出たか?」
室長と比べ必要事務書類は数倍はあるはずなのに何故か数倍は綺麗に片付いているデスクで副室長アレックス・キャゼルヌが三人を出迎える。
「これを」
ユリアンがそのメモをデスクに置き、他の三人が覗き込む。
「今日が怪しいというのであればやっぱり今日行われる大規模訓練に乗じて、って事かな?」
メモに視線を向けたままキャゼルヌが呟く。四人にしか判らない様に小声になっている。
「訓練参加のふりをして、若しくは参加部隊の一部が実行者で……起こり得るパターンだと思います」
特に指名されたわけではないがラインハルトが応える。彼がこの対策室におけるその手の頭脳のNo2である事は暗黙の事実として周囲に受け入れられている。
「最悪を考えて動こう。…………ミューゼル少佐、薔薇の騎士の準備は任せる。あと鍵はユリアンが持ってそうだな、午前中はお願いされた雑貨の買い出しに行くって名目で外に出ていてくれ。少佐の方はヤンから指示があったらそれが優先だが万が一が起きたら薔薇の騎士と君自身、つまりは味方の身の安全を優先してくれ」
断を下したキャゼルヌが指示を出す。
「私達はそれでいいとして、残ったお二人は?」
ラインハルトが尋ねる。
「俺達はここに残る。全員消えるわけにはいくまい。少なくとも一定の"日常"は残しておかないといけないからな」
キャゼルヌの返答にパトリチェフも頷く。
「わかりました。では念の為に非常用端末を」
「そうだな」
そういうとキャゼルヌはデスクからキーを一つ取り出し、対策室の隅にある棚を空け端末三つと小さなカードも同じく三つ取り出す。
「番号を忘れないように」
ラインハルトとユリアンに一つずつ端末&カードを渡し、残りの一つは自分で持つ。カードに付けられた付箋の番号を瞬時に記憶し、カードを端末にセットする。いわゆる旅行者などが使用するプリペイド携帯である。ご丁寧にも複数の会社からばらばらに購入しているので棚に残った端末&カードを元に使用中のそれを見極める事は出来ない。万が一への備えの一つである。
「それと……」
キャゼルヌがデスクに戻り自分の鞄から封筒を一つ取り出す。
「これも頼む。住所などのメモも入っている」
アッテンボローから託された手紙と鍵である。物が特殊なので対策室内部で保管しておくわけにはいかず、かといってヤンに預けるとどうなるかわからないのでキャゼルヌが預かっていたのである。
「預からせて頂きます」
ユリアンが丁寧にそれを受け取る。
「よし、余計な時間はかけない方がいい。すぐに動け。無駄になる事を願いたいがぬかるなよ」
その掛け声で二人が動き始める。万が一を起こさない為、万が一が起きてしまった時の為。
「休暇中の者にも召集済みです。今いる者達は出ようと思えばいつでも出れます」
「ありがとうございます。あとすいません。かしこまられると背中がむずむずしてしまうのでここでは、その、前の通りに」
「階級的にはそれはいけないのだが……。ここなら少し例外があってもいいか。そうさせてもらうとしよう」
薔薇の騎士連隊ハイネセン支隊司令部。志願受付窓口兼予備隊訓練所兼後方支援事務所、通称"営業所"。ラインハルトは対策室を出発すると即連絡を取り(当然ながら第三者から見て判らない符丁による"動員準備"依頼)を取り、そのまま営業所にかけつける。出迎えたのは営業所実戦部隊隊長のライナー・ブルームハルト大尉。ラインハルトにとっては連隊所属時代の上官であり陸戦の師であり数えるのも馬鹿馬鹿しい回数の命の恩人であり当時(今も)の幹部から見た「残念イケメン朴念仁コンビ」の片割れである。階級通り(ミューゼル少佐、ブルームハルト大尉)の言動になってしまうのは生真面目な性格故である。
「戦力外の訓練兵を除いて使える人数は自分含めて九三人、ビュコック大将とヤン中将にそれぞれ二人ずつ(勝手に遠方監視護衛を)付けているのでここで使えるのは八九人。訓練用の装甲車と軽装甲服はそのまま実戦でも使えるから警備主体の軽装兵ならまぁ地形にもよるが後先考えなければ一〇倍程度はあしらえるだろう。今は表面上"緊急招集訓練"としている」
一〇倍という数値をさらっと言ってしまうものであるが元々師団規模の戦力を持つといわる連隊における教練隊員(=ベテラン)なのだから誇張でも何でもない事実である。
「ひとまずは何時でも出れる状態を確保しつつ体裁をとっておいてください。万が一の時には室長から何かしらの連絡が来るはずです」
「そもそもこれはヤン中将の指示と言う事でいいのか?」
「はい。"念の為"という事らしいのですがあの人のこういう予知はそれこそ"魔術師"のように的中してしまうので……」
「君がいうのだからそうなんだろうな。たまに外れた方が人らしくていいし、それが今回ならなおいいんだけどね」
「まったくです」
しばらく待機となり他愛もない会話になる。この二人、暇があればジムで体を動かしたり図書館行って学問書を読み漁ったりでいわゆる普通の趣味に当たる物を持っておらずそれ故に逆にニーズが一致してしまい気が合ってしまう。朴念仁コンビの由来でもある。そんな最中、ブルームハルトのデスクにある通信端末に連絡が入る。
「どうした? ………………無理はするな、状況の把握と身の安全を優先しろ。…………駄目だ、四人という数を考えろ。いいな」
ブルームハルトが端末を置き、ラインハルトが待ち受けるかのように見つめる。
「さっき付けていると言った四人、情報部ビル近くで待機している。お二方はその中だ。そして今さっきビルの傍らに今日実施されている大規模訓練らしき一群が来たらしいが"ライフルのエネルギーカードリッジに訓練用(誤射防止の為チャージそのものが出来ないただの空カードリッジ)を示す印が付いていない"そうだ。どうみてもきな臭い」
そうラインハルトに言いつつブルームハルトが端末を叩き、ディスプレイに一枚の図が表示される。写しだされるのは大規模訓練の対象広域図と時間単位の行動予定表。二人してその図を覗き込む。
「…………政治・軍事の要所を対象としたテロ訓練、市内行軍、それらの一時待機場所。やるとしたら同時、だとしたらどこかに一致する時間があるはず………………」
ラインハルトが広域図にある時間軸バーをスライドさせると訓練参加の各部隊マークが動く。そして、
「あった!!!!」
叫ぶと同時にラインハルトが時計を睨む。時間丁度、この時刻から少しの間、大規模訓練対象範囲内の軍&政治&インフラ等の要所全ての傍らになにかしらの兵が存在する。
「なんだ! ……無理をするな、存在し続ける事を考えろ!!!」
ブルームハルトが再び鳴った通信端末を取り、叫び返す。
「さっきの兵が一部ビルに入り、残りが"守り"の構えに入った。ちなみに情報部ビルはテロ訓練の対象外だ」
そう語ると同時にラインハルトが持つ端末が点灯する。いわゆるショートメール、連絡元番号はユリアンが持つ端末、本文はとある意味を示す符丁。その意味は。
「予知が当たってしまった様です」
「どのプランで行く? 本来はヤン中将が指示を出すはずなのだがいないのであれば君がこの用意しておいた部隊の最上位者だ」
「………………」
薔薇の騎士の活動プランは複数用意している。プランの数と主旨を決めたのはヤンだが詳細を詰めたのはラインハルトである。それが判っているのでブルームハルトもラインハルトに判断を委ねる。
「…………プランZでいきます。守るべき要人無し、連携できる部隊無しで既に動き始めているとあってはこの人数で直接行動に出れるプランは用意されていません」
プランZ、それは完全に後手に回ってしまった"後がない"状態である事を意味し、散開して身をひそめる事になる。状況が判らないがタイミングよく主要部にいる兵達がそれ(クーデター)であるならば一〇〇名程度で動いてもどうにもならない。
「わかった。ドルマン、プランZだ。詳細は任せる」
ブルームハルトが控えていた古参に対応を任せるとおもむろに立ち上がる。
「こちらも姿を隠すとしよう。行く当てはある」
「お願いします」
そういうと二人は速足でその場を後にする。三分後、営業所から彼らの姿が(軽装甲服などを満載した装甲車ごと)消えた。
「ここまで見事に国の機能って奪えるものなんだな」
「情報部と査閲部のトップがNo.1&2なのですからずっと前から必要な情報は全て掌握・操作していたのでしょう」
TVに映る(これだけしか映らない)「救国軍事会議広報番組」を眺め、二人がぼやく。あれから四日、首都機能(だけ)を完全掌握した救国軍事会議によって星外との正規通信ルートは情報管制下になり外部との情報は途絶した。星内においてもメディア等が使用する大型通信網はその管制センターごと抑えられている。使えるのはそれらの制御下ではない個人や小規模組織によるローカル、つまりはアングラ通信網用の小型衛星か地上の通信システムくらいである。
「難儀な状況になってしまったもんだ」
二人の後ろから初老の男が近づき、空になったカップにコーヒーを追加する。
「で、いつまでここに閉じこもっているつもりだ? ここはしがないじじいのバーだぞ」
「非合法の、ですけどね」
ブルームハルトが応える。ここはとあるバー、通称"隠れ家"。薔薇の騎士OBが経営する非合法バーであり現役隊員の溜まり場でありアングラ情報交換基地でもある。隊員として一定期間生き残った幹部や古参しか教えてもらえない秘密の場でもある。ブルームハルトは知っていたが現役時代のラインハルトはその条件を満たしていなかったので初見である(そもそも当時は未成年)。
「面子の把握が完了しました。ここにいるのを含めて九三名健在です」
奥の扉からひょっこり顔を出して報告するのはラッセル少尉、電子戦などを担当する薔薇の騎士には珍しい(?)頭脳派でありこのバーを拠点としたアングラネットワークの主である。主らしくそのアングラネットワークに用意した伝言板に書き込まれた隠語メッセージで総員確認を行っていてそれが完了した所である。連隊本部のイゼルローン要塞移転に伴い、営業所の隊員達はとりあえず各自で賃貸を契約するなりで生活してもらっている。それは仮なのでまだ住所録を上層部に提出しておらず、そのまま潜伏先となった。
「了解。しばらくは静かにし続けるしかないだろう。後は、ミンツ君だっけか?」
「はい」
その言葉を聞きラインハルトの顔が歪む。最初の符丁到達後しばらくしてラインハルトが返信を飛ばそうとした所、いわゆる圏外となっていた。救国軍事会議は通信端末用の管制センターも当然ながら制圧しており、自分達への協力を受け入れない会社はシステムを止められているのでその影響だろう。ラインハルトが持つ端末の方は通信可能なのだがそれはつまりそういう事なので怖くて安易には外部連絡に使えない。なのでユリアンは現状、連絡が取れず消息不明となっている。
「自宅はヤン室長と同居なので帰るという選択肢はありません。どこかで息をひそめている事を祈るしかありませんが彼は本当に出来る子です。並大抵の事でへこたれるなんて事はありえません。人目にさえつかなければ一人や二人の末端兵くらいは黙らせられますのでターゲットにされたとしても簡単には捕まりませんよ」
「本来は相手にもされない一従卒。しかしヤン中将の身内とあらば狙う価値あり、とみなされる可能性はあるわけか」
「一応はあると思いますが狙うなら先に軍幹部か艦隊司令官クラスの家族でしょう。ヤン室長は確かにビュコック司令長官などから信頼されていますが敵が欲する実戦力に対する権力はありませんので」
「…………待ちの一手だな」
「そうなりますね」
如何せん一〇〇に満たない手勢である。何かのトリガーになれるかもしれないがそれに続くものがないとどうにもならない。真紅の薔薇はいましばらくの間、蕾を閉じ続けるしかなかった。
その変化が訪れたのはさらに三日後の四月二〇日、厳戒令が発せられているはずの街は流通再開に伴う生活用品買い出しの限定許可が出た事により緊張しながらも人々が商店に出入りする光景が見受けられるようになった。変装して買い出しという名の現状視察からバーに帰って来たラインハルトは(余計なものを持ち歩かない方がいいと判断して)置いてきた例の端末に反応があるのを見つけて飛びつくように内容を確認する。反応はいわゆるショートメール、少なくともこの端末の番号を知っているのは二人しかいないはずだがその送り主はその二人とは違う番号からであった。
"おつかれさん。本社ビルに対する私物回収許可がやっと出た。明後日一〇時から一二時の間、立ち入りOKだ。但し、サーバールームや放送スタジオなどの外部発信が出来る所は不許可だ。俺は一応当日はいる予定だが回収物がある者は各自で出社してくれ 以上だ"
なんだこれは? とラインハルトが首を傾げるがもう一本届いているのでとりあえず次も見てみる事にする。
"私はイェーデンモーゲン新聞社のパトリック・アッテンボローといいます。先程のメッセージは社内メンバー向けでしたが手違いで異なる番号が入っていたようです。社外の方におかれましては先程のとこのメッセージは削除乃至無視して頂ければと思います。宜しくお願いします"
首を傾げたままだが頭の中で色々な歯車が絡み合って"カチンッ"と綺麗にハマる音が聞こえた気がする。
「やったな。ユリアン!」
思わずその場でガッツボーズを二度三度とやってしまう。
「何してるんだ? すごく不気味だぞ」
バーの奥から首だけ見せた状態でブルームハルトはジト目で見つめる。
「すいません。実は……」
ラインハルトが近寄り、概要を説明する。
「つまりミンツ君は無事であり、目的の相手に接触できた、と」
「そう考えていいと思います。恐らくこのメッセージの内容は事実でそれに乗じての事でしょう」
満面の笑みで応える。
「恐らく当日その時間にイェーデンモーゲン新聞社本社ビルに行けば何らかの形で接触が出来ると思います。問題はそこまで行く名目です。一応は厳戒令下にあるので」
「そもそもイェーデンモーゲン新聞社本社ビルって何処だ?」
ブルームハルトの突っ込みで会話がぴたりと止まる。そのまま二人して奥の部屋(隠れ生活エリア)に入り地図を取り出す。
「ちょっと遠いですね。近くに買い物の名目になるお店があればいいのですが……」
「それか潜伏中の隊員宅があればそれを中継に使えばいい……」
情報集約役となっているラッセル少尉を呼び作戦会議となる。その結果、かなり本社ビル寄りの所に宅のある隊員がいたので前日はそこに泊まる事にする。わざと人通りの多い所を通り、こっち側で買い込んだ物をある程度持っていって「お互いに買い込める者を融通しあっている」とでもしておけば万が一移動中にチェックされてもなんとかなるだろう。そして当日の接触方法をなどを含め、作戦をたててその時に臨む。
イェーデンモーゲン新聞社本社ビルは一社だけのビルではなかった。考えてみたら名前を出されても直ぐには思い浮かばない中の下程度の新聞社である。複数の会社が入り込んでいるだけありちまちま人の出入りがある。大きくないとはいえ監視対象らしく出入り口には哨戒兵が数人いるが既に許可された者達だけが出入りできるようになっているのだろう、ビルに出入りする人たちをチェックする素振りさえ見せない。このまま遠目で突っ立っているわけにはいかずラインハルトは意を決して何食わぬ顔でビルに向いそのまま入る。まるでその目的地をしっているかのようにされど視線だけは各方に向けて情報をかきあつめつつ進みエレベーターでその階に向かう。
「……一二時までだからなー。五月蠅い兵隊さんに突っ込まれないように手早く済ませてくれよー」
その階は全部イェーデンモーゲン新聞社のフロアであり、エレベーター兼待ち合わせフロアの先にある受付に人はおらず、その横の入口は開けっ放しとなっており中からの声が聞こえてしまう。横目に監視カメラを確認、しかし見ているのが誰かは判らない。仕方なく立ち止まらずにあたかも社員であるかのようにそのまま社内に入り込む。社内を見渡すとちらほらと人がおり、手持ちのバッグに荷物を詰め込んだり集めたゴミをフロアの隅に積み重ねたりと長期不在となっていいように各自が動いている。"さて、どうしたものか? "とラインハルトが考え始めると
「ん? お前、誰だ?」
五〇代中頃か後半かいかにも"ベテランジャーナリスト"な出で立ちの男が火をつけてないタバコを咥えながらこっちにくる。そして首からぶら下げるのはその身なりとは似合わないとある"鍵"。ラインハルトがその視線を鍵と相手の目の間に何度か往復させると相手も悟ったのだろう
「やっと来たか、遅いぞ。返さなきゃいけねぇ機材が結構あるんだ。さっさと手伝ってくれ」
そう言いつつ目線で何かを訴える。まぁ多分そうだろうと判断し
「すいません、遅れてしまいました。それで機材の方は?」
と話を合わせる。
「おぅ、こっちだ、来てくれ」
と、奥の方にずんずん進んでいく男を追走し横に立つ。
(変装か? 一瞬本気でわからなかったぞ)
(すいません。素だと少し目立ってしまうので)
(そりゃそうか。ま、お前さんは少し前にメディアに載った面だからな。記憶いい奴は覚えてるだろ)
ひそひそ話をしつつ奥に進む。恐らくこの男、パトリック・アッテンボローも記憶しているのであろう。そうしていると奥から機材を乗せた台車が運び込まれてくる。
「アッテンボローさん。荷物の第一陣ですけどとりあえずエレベーター前に置いておけばいいですかね?」
「それで頼むわ」
そういうと男が道を開け、ラインハルトも開ける。そして台車を押す"少年"を確認する。少年は"おや? "という目でこちらを見るので伊達眼鏡を外して軽く頷く。それで判ったのだろう、少年は軽く微笑むと何も言わずにそのまま通り過ぎる。変な反応を見せないあたり流石というものだろう。
「とりあえず赤付箋で"79706"って付いてるのを台車に乗せてエレベーター前まで頼むわ」
「了解です」(ダミーじゃないんですか?)
「じゃ、頼むわ」(すまんな、本物のリース品なんだわ)
結構たくさん運んだ。結局地下の取材用商用バン車両への搭載までやらされた。年齢的にも力仕事に丁度いいのでたっぷりやらされた。落として壊したら少佐の給料じゃ払えないのも沢山あるらしいので喋る暇すらなかった。
「はい、おつかれさん」
撤収時間までに何とか荷物の移動を終わらせて運転席に乗り込んだアッテンボローが後部座席の二人にペットボトルを手渡す。そしてエンジンなどのスイッチをいくつか押すと……
「もう大丈夫だ。このバンは取材用の特注品だから余程の大声でなければ内部の音は漏れねぇ」
その言葉に二人、ユリアン・ミンツとラインハルト・フォン・ミューゼルがやっと安堵の顔になる。今さっきまで誰にどう聞かれるか判らないしそもそも本当に力仕事が忙しくてまともに会話すらできていなかった。
「ご無事で何よりです。薔薇の騎士の皆さんは?」
「そっちもな。今、その薔薇の騎士にかくまわれている形だ」
「よーし、とりあえず俺ん家に行くぞ。ガレージに突っ込んでおけばバレねぇだろう」
アッテンボローが運転を開始する。
「? リース品なので返却に行くのではないのですか?」
「返却先が営業してるか判らんし、坊主の話を聞く限り俺らメディアの武器として使えるかもしれないからなあれは」
アッテンボローの言葉を聞いて二人して後部にがっちり固定されて鎮座している取材機器らしき代物を見つめる。
「あれはこういうバンとかに乗せて使う中継用機器の一式だ。中継用専用車両に搭載されている機器と同様の機能を持ってる。コンパクトで同性能だからクソ高ぇぞ。だから本当に必要な期間だけリースしてるんだ」
「しかしメディアの放送関係はクーデター勢力に抑えられているのでは?」
「正規のメディアルートは駄目だな。しかしアングラ、ローカル、本来は堂々と使えんルートなら奴らの管制外なのもそれなりにある。そういうものは地域クローズだから外部から接続できる機器が限られてる。なんだがそこにあるのはその限られた使える機器だ。やろうと思えば今すぐにでもアングラ動画サイトにこの車内映像をリアルタイム放送させる事も出来るぞ。だからこそ理由を付けて手元に置いておきたいんだ」
二人して"ほえ~~すごいなぁ"って顔でその機器を見つめる。
「ちなみにお値段はセットでなんとXXXXXXXX」
顔が"ほえ~"から"うわぁ~"に変わる。
「さて、お遊びはここまでだ。坊主には既に答えているが俺に接触したのは星外連絡方法を得たいって事だったらしいな。結論から言うと流石にそれは持ち合わせていない。知ってると思うが軍ならまだしも民間の星外通信は基本衛星経由だ。直接星外通信できる物は大きく高くなるしなりよりも個別に行政登録が必要になる管理対象だ。大企業とかなら持ってるかもしれないが俺の会社にそんなものはないし持ってる所は当然クーデター勢力が抑えている(※1)。一般人や普通の軍人が知らねぇ裏道をメディア界に期待したのかもしれんが、すまんな」
「そうですか……」
ラインハルトが肩を落とす。しかし無いものは無いのだから次を考えないといけない。
「ならば当面は(アングラ系などの)統制外情報網で耳を澄ますしかないですね。見極めは必要ですが最低限の情報は入ってきますし」
送受信でいうならば受信の方が難易度は低い。本来通信衛星との交信に使う地上施設でも星域外からの受信は行える。ただ正式なルート外での受信となるので圧縮暗号復号情報が足りなくて中身を見る事は出来ない。出来るのはいわゆる平文のみである。そして平文は情報量が過大となってしまうので星域間通信には使われない。その平文情報も救国軍事会議側が流す欺瞞情報が混ざるので真偽を見極める必要が出てしまう、
通信の話は一区切りとなって話題はラインハルトの立場の説明に入り、そしてユリアン側に移る。
「あの連絡を入れた後、とにもかくにも遠くに、アッテンボローさん宅に向かいました」
あの日、私服に着替えて外に出たユリアンは時間を潰しつつ一つのビルに狙いを定め視界に入る範囲で散歩の素振りを見せていた。「宇宙艦隊通信管制センター」というそのビルは屋上に大型通信レーダーを携え、宇宙艦隊司令部と星外各地との通信を一括管理する通信網上の重要施設であった。ユリアンは自宅でヤンと「クーデターとはそもそも何か?」と言う事を話している(ヤンから教えられている)際に
「血を流したくないのなら如何にして相手組織の頭と神経を抑えるかが重要になる。頭は政治家や軍人などの要人で、神経は組織の意思情報伝達を司る所。だいたいは交通と通信、それとできればインフラを管理出来る所を抑えるといいね」
と教えられた事を覚えていた。そして移動しつつ今日の大規模訓練のスケジュール等を確認し訓練のルート&対象から外れたここを監視ターゲットとしたのだ。もし万が一が起きてしまうのであればここは確実にクーデター勢力が早期に抑えるべき場所だ。だからここにそういう部隊が来たのであればアウトだと思う事にした。そしてそれが来てしまった。
「……本当に来た」
唖然とするユリアンの横を軍の兵員輸送車が通り過ぎる。道行く人達は「訓練車両、ここも通るんだ」などと話しているがこの道はあのビルへのルートだ。怪しまれない程度の速足でそれを追跡し、携帯端末のカメラで最大限拡大してその先を見る。兵員輸送車から出てきた兵とビルの門番&警備員との訓練とは思えないもみ合いの末に兵達がビルに突入するのを確認し、ユリアンは連絡のショートメールを入れた。
「その後すぐに無人タクシーを使って、鍵の入った封書には住所のメモも入っていたのでアッテンボローさん宅の方面に移動しました。移動中にクーデター宣言を聞いて、その後帰宅してきたアッテンボローさんを捕まえて匿ってもらったんです」
「クーデターが起きて"さぁどうするんだ? "って社内で揉めてる所に兵が来やがって追い出されて仕方ねぇから家帰ったら玄関前でいきなり"すいません"って坊主がやってきてな。鍵持ってたしドラ息子から"先輩の所の養子"の話は聞いてるし写真も見せてもらってたからな。とりあえず家に匿った。それで今日の事の話が出た時にそっちの電話番号を紛れ込ませたと言う事だ。"あの人ならこれでなんとかしてくれる"ってな」
その後はアッテンボローのツテを辿ってジャーナリストらしい情報収集をしながら過ごしていた、と言う事だ。
「匿っていただいてありがとうございます。一応軍の要職を務める者の養子であり軍属である者を匿い続けると目を付けられた際に危険となります。こちらの隠れ家に移ってもらおうと思うのですが……」
「うんにゃ、このままでいい。坊主は物覚えがいいし後ろのあの機材は流石に俺一人じゃ扱えん。出番が来るまでに一通り覚えてもらってアシスタントになってもらわないといけないからな」
ラインハルトの申し出をアッテンボローがあっさりと却下すると共になんか妙な事を言っている。
「アシスタント???」
ユリアンが文字通り目を丸くする。
「いや、流石にそれはあなたが危険です」
「こういうもんはな手を出したらヤバイタイミングで中継開始すりゃいいんだよ。あいつらはどうやら支持勢力に苦しんでるみたいじゃないか。少なくとも宇宙艦隊の提督なり幹部なりがまったく顔を出してねぇって事は艦隊戦力が無くて星内だけでいっぱいいっぱいという事だろ? そこでさらに市民を敵に回す行為は出来ねぇよ」
アッテンボローが楽しそうに語る内容を聞いてラインハルトは咄嗟の反論が出来なかった。ヤンが"嫌な予感"として話していた反骨メディア魂がおりなす勢いもそうだがなまじその見解が正しいだけにどうやって止めていいのかが判らない。強制的に止める手段が無いしこれ(バン+中継機器)を手に入れてしまった以上、行くと決めたら勝手に行ってしまうだろう。
「…………お願いですから勝手に飛び出す事だけはお控えください」
「つまりはその時は知らせてくれるって事だな。知らせずに解決させてしまったらそれはそれでターゲットをそちらに切り替えてたっぷりと取材をさせてもらうとしよう」
「……お手柔らかにお願いします」
"大人と子供の喧嘩"ってこういう事を言うのかな? とユリアンが眺めつつも考える。ちなみにユリアン自身は匿ってもらっている際にアッテンボローの"口撃力"はたっぷりと味わっていたのでこちらに被弾しないように黙っているしかなかった。完全な見殺しである。
「まぁ真面目な話、君ら(薔薇の騎士)が表に出る時は"勝負時"だろ? 立場的に出したら引っ込みがつかんだろうし出るなら風向きを大きく変える時だ。その際の武器として俺の中継機器を上手く使う事だ。市民に見せたい物、クーデターの連中が見せたくない物を見せる為にな」
何も答えずラインハルトが顎に手を当てて考え込む。下手に動かれてしまうよりこちらの都合に合わせて動いてもらう方がいいのは判っている。本来の目的であった星外通信方法については何も得られず、危険な同行行為を行わせるというのはそれを嫌がっていたヤンの機嫌を損ねるだろうがそれで負けたら意味はないし勝ってからならどれだけでも謝る事は出来る。
「わかりました。必要になったタイミングで協力は要請します。ですがその時以外は目に付く活動は控えてください」
ラインハルトはそう決めて連絡手段を伝える。薔薇の騎士の所在確認にも使ったアングラサイトのログを残さない匿名伝言システムだ。パスワードを知る者同士しかやり取りが出来ないそれをいくつか用意しておりそれを使ってのやりとりを行う事にする。少し使ったら破棄して別の所を使う。そのシステム自体は多数使われていてその中の一つを捉えて中身を確認するのはそれなりに時間をかける必要がある。それでなんとか機密性は保てるだろう。
「わかった、それで手を打とう。連絡はよろしく頼むよ。と言う事で俺ん家到着だ。軽く飯くらい食ってけ」
ひとまずなんとかなったし前進はした気がする。次の"何か"が訪れるまで、また辛抱の日々に戻るだろう。
隠れ家に戻った(買い出しや政府機能維持の為に必要な最低限の自動運転バスは救国軍事会議管理下で運営されている)ラインハルトはまたしばらくの間、辛抱の生活になる。ローカル・アングラ中心の情報収集だがある程度の状況は見えてくる。救国軍事会議は制宙権をまったく得ていない事は確かだ。欺瞞情報をどれだけ流そうが唯一放送されている「救国軍事会議広報番組」で外部からの映像がまったく出てこない時点で市民もうすうす気づいている。もし有力な艦隊などが救国軍事会議に味方するのであれば堂々と宣伝するだろうがそのようなものは一切流れてこないではないか、と。段々と市民が厳戒令の統制から外れてくる。街角で小さな小競り合いが起き、哨戒兵に捕まる者も出始める。流石にこれは深酔だったりいわゆるグレた若者だったりで一般的な市民からしたら双方セットで白眼視される存在であるが一般市民にもフラストレーションが溜まっている事は確かだった。そのような緊張感が一ヵ月、二ヶ月と続き遂にそれが一つの塊になる時が来た。
六月二二日一〇時
「なんかヤバい予感がします」
アングラ情報収集で端末とにらめっこしていたラッセル少尉がブルームハルトとラインハルトを呼び寄せる。二人が彼の端末に近づくとラッセルがいくつかの情報を見せる。
「ハイネセン記念スタジアムの近くに潜んでいる隊員がいるのですが彼が言うにはスタジアムに異常な数の人が集まりつつあるそうです。少なくとも厳戒令下では考えられない数です。計画された大規模集会かなにかの可能性があります。そもそも"厳戒令下のスタジアムが開放されて人が集まれる"という事自体が異常です」
かなりの望遠で取ったのであろうスタジアムの写真を見る限り万単位の人が集まっているように思える。スタジアム付近は商業スペースが多数あり、近所からの買い出し中心地になってはいるがそれとはまったく違う塊である。
「確認に走らせろ。状況次第では携帯端末を使った連絡を許可する。それと総員に召集待機だ」
ブルームハルトの指示で隠れ家に潜む隊員たちも忙しくなる。連絡は一〇分程度で来た。万が一の時の連絡受け用として使用しているバーの携帯電話に、だ。意味不明の文字の羅列だが文字の順番の入れ替え等で読める簡単な暗号文。
「ケイカクテキシュウカイ、ジュウマンンニンキボ」
その文字をじっと見つめる。
「鎮圧に来るな」
「来ます。一回目を許すと二回目三回目と歯止めが効かなくなりますから」
「(実弾を)撃つと思うか?」
「ゼロではありません。感情的になった市民側から手を出してしまった場合、確実に撃つでしょう。抑えが効かなくなりますから」
ラインハルトの即答にブルームハルトが考え始める。
「…………俺たちは一〇〇人に満たない。出来る事には限りがある。しかし、今ここでそれを見過ごしたらいつ動けと言うのか?」
考える姿勢のままブルームハルトは問う。
「動くべきだと思うが、どう思う?」
「結果がどうなるかは全く分かりません。しかし、今見過ごしたとして次に動くべき時を示せる自信はありません」
「決まりだな」
「はい」
決意すると二人は立ち上がる。
「総員召集。例の場所に集合せよ。現地の者にも監視を継続させて"俺達が行ってはいけない何か"が発生したら連絡させろ。…………で、あの御仁はどうする? 毒食らわば皿まで、とは違うがあの人が望む瞬間が今なのだろう?」
「軍人失格な言い方ですがユリアンに伝達して判断に任せましょう。恐らく伝えなくても噂が入り次第飛び出してしまうと思いますので」
「わかった」
二人は会話しつつ出発の準備をし、ラッセルが手配を済ませる。
「ラッセルはここに待機。結果が何であれ情報と記録の収集を続けてくれ」
「わかりました。また後日お会いしましょう」
二人は急いで集合場所に向かう。民間所有で未使用となっているとある大型倉庫、そこに隠しておいた車両がある。
「現地待機を除き八六名、プラス三名。何をどこまでやれるか?」
隠していた軍用車両+バン一台は何食わぬ顔で移動を開始した。市内には「市民の皆様は直ちに自宅にお戻りください」とアナウンスが連呼されている。スタジアムには既に一〇万規模の市民が集結しているらしい。薔薇の騎士は車両内で軽装甲服を着用し臨戦態勢となっている。プラス三名は借りた運転手(薔薇の騎士隊員)と四名でバンに乗りプラス三名が中継機器のセッティングを慌ただしく進めている。
「現場まであと一〇分。現場に数千人規模の警備兵らしき一団が到着した模様、我々は車両進入路を通り直接スタジアムの中に突っ込みます」
運転している隊員(近距離通話用ヘッドセット着用)が状況を説明しつつ運転を行っている。
「隊長(ブルームハルト)より、少佐には市民側の代表に接触して頂いて衝突の回避を最優先として説得をお願いしたい、と言う事です」
「了解した。アッテンボローさん、補佐はユリアンだけで中継は出来ますか?」
「出来る」
「大尉には"了解した"と返答を。あと、あなたは運転席で待機を。万が一の時はこの二人(アッテンボロー、ユリアン)だけでもなんとしても逃がしてください」
「わかりました」
あとはもう突っ込んでみないと判らない。全員が腹をくくる。いつの間にかスタジアム近くまでたどり着いていた。
「では突入します」
もしかしたら味方だと思っているのかもしれない。入口に立っていた警備兵が"行け! "の合図で道を開けてくれる。合計八九名を乗せた車両たちは何の妨げもなくスタジアムに突入した。
とりあえずアッテンボロー(父)はそのままアッテンボロー表記です。その場その場の雰囲気で父か子かは見分けてください。うむ。
※1:星外通信機器
基本「通信元:地上-通信衛星-(宇宙)-通信衛星-地上:通信先」となる。当然ながら地上から通信衛星まで届けばOKな機器と地上から星外通信できる機器ではものが違う。宇宙船などには搭載されているが現状、宇宙港は全て救国軍事会議に押さえれている。そして当然ながら宇宙間通信が出来る通信衛星は管制センターごと押さえている。我々の世界のスタ-リンク衛星のような星内通信中継システムもあるが会社が限られている為にこれも(会社単位で)押さえている。極小規模の星内通信中継用衛星は生きておりこれがいわゆるアングラ、ローカル的なものとなっている。