書き忘れ
章終了に伴う情報整理などの為、次回更新は一週追加で三週間後の11/17になります。
ご了承ください。
おまけとしてメモ的な物を"活動報告"の方に11/3にUpする予定です。
"我々は救国軍事同盟なるクーデター勢力に対し、抵抗を宣言する。参加せし基地は……"
"~~~~行政区全市は民主共和制政治を守るために…………"
「後はいつでも動ける準備だけを怠らず、ウランフ大将の指示を待ちましょう」
各地からの声明を心地よく聞きながらラインハルトが呟く。首飾りの消失により軌道衛星帯まで制圧したウランフ率いる艦隊は順次揚陸を開始するだろう。後の復旧の事を考えなければどこであろうと攻撃は可能でありもはや状況を覆す要素は何もない。要人が安否だけが心配だがこれはもう一個人の裁量や一〇〇人程度の非武装小集団でどうにかなる問題ではない。
「助太刀に感謝する」
後方からの声に反応し場にいた者達が起立敬礼する。少将の章を付けるこの人はここの基地司令。薔薇の騎士達はあの日各々離脱し、結果としてそこそこ距離のあるこの基地に身を寄せた。陸戦隊教練部隊の一つであるこの基地は薔薇の騎士が予備隊を編成する際に参考させてもらった縁で交流を持っておりその後の経過を知る限り間違いなく白であると判断できた。
「いえ、準備そのものは各基地が行っていましたし私はちょっと情報を整理した程度です」
ラインハルトがちょっと照れたように応える。
「その整理、最後の一押しが難しかったんだ。どうも地方基地同士はライバル心があってね。主導権を渡したくないのかなかなか連携がうまくいかない。スタジアムの英雄達の仲介が無ければここまでスムーズに統一行動はおこせんかったさ」
肩をすくめて司令がぼやく。
薔薇の騎士達がばらばらとこの基地に逃げ込んだ時、基地には全要員が待機していた。陸戦隊教練部隊だけあり、指導員たちの戦闘力は極めて高い。それを味方に出来なかった救国軍事同盟側は当然ながら首飾りの存在をちらつかせつつ車両・武装などを全て取り上げる事で無力化を実施、"定期的抜き打ち巡回の時に要員が全員いなかったら敵対と判断する"という言葉を残し彼らを自発的幽閉状態に置いた。だが、それだけできれば十分という事でそれ以上の監視などは置かなかった(置ける余力が無かった)のが幸いしてあっさりと薔薇の騎士達は紛れ込めたのである。そして連携の取れない状況を知ったラインハルト達がその時が訪れた際に一斉決起出来るように仲介をしたのである。スタジアムの映像は既に各基地などにも伝わっており彼らは顔が効いた。そして要員外なので行ける場所には(要変装だが)直接出向いての交渉も可能だった。この基地から信頼できる他基地へ、そこからまた信頼できるところを聞いて……そのうちに地方行政とツテのあるとこもあり、といった具合に枠を広げ結果として救国軍事同盟の直接統治下外の領域は全て同志になった。そもそも救国軍事同盟側ならば最初からその旗を挙げている訳であり挙げない時点でどういう姿勢なのかは言わずもがなと言った所である。
「あっさり終わってしまったな」
「血が流れるより良い事でしょう」
一斉決起の後にさぁ何が来るかと身構えていたら"停戦合意(実質的降伏)"が報じられた。武器が無い我々はどう動くべきだろうか? と幹部を開いて会議をしようとした最中の出来事であった。
「これから君たちはどうするかね?」
司令が尋ねる。
「クーデター勢力が一枚岩だとは思いません。武装解除の目途が立つなり、確実に味方と言える安全圏が得られるまで余計な動きはせずに待機して指示を待とうと思います」
そう答えるしかない。そもそもここを出てどこに行って良いかもわからない。営業所に戻るのも手だがまだ安全は確保されていない。
のだがそこからは"とんとん拍子"と言って良いスピードで状況は改善されていった。後に知った事だが首飾り消失と一斉蜂起、そのダブルパンチで気落ちしている所を事果てりと悟った温厚派的勢力が一気に場を丸め込んでしまったらしい。そして状況が判らぬ末端が動かないうちに確保していた要人を纏めて軍宇宙港へ護送(要人護衛主担当が温厚派だったのが幸いだったらしい)、慌てて降りて来たウランフ側上陸部隊に渡してしまったそうな。気を持ち直した強硬派末端が何かをしようとしてももはや後の祭り。大半の将兵は武装解除に応じ、封鎖を解除された各宇宙艦隊兵員宿舎から臨時編成された陸戦隊(武装は解除されたものを流用)が各地に派遣、要所の引き渡し及び僅かな抵抗を排除して軍機能は一週間ほどで暫定回復を果たした。
「ラインハルト・フォン・ミューゼル、原隊任務に復帰いたします」
「はい。本当にお疲れさまでした」
要人が護送されたという情報を得て駆け付けたハイネセン軍宇宙港の一角、大型揚陸艦に設置された臨時軍総司令部でラインハルトとユリアンは久しぶりに上官との再会を果たした。感動の一コマと言いたい所だが……
「おー、来たか来たか。こっちに来てくれ、早速だが色々と情報を確認させてくれ!!」
ウランフがラインハルトとユリアンの腕を掴んで文字通り中央のテーブルに連行する。ドーソン、ビュコック、レベロなど監禁されていた軍・政のトップが待ち構えるその場に連行され(当然、ヤンも参加)、彼らはこれから知りうる限りの生情報を引っこ抜かれる事になる。ちなみにどこからともなく生えてきたとあるジャーナリストは「貸しを返してもらえないかなぁ」と何食わぬ顔で揚陸艦に乗り込もうとしたがブチ切れた息子に叩き出された。一応破棄する羽目になったバンと中継機器の請求書(この状況下なのに何をどういう魔法を使ったのか判らないがきちんと作成された本物)は渡せたらしい。
「改めてお疲れ様」
今日のお話が終了し、対策室の面子が一つのテーブルを占拠する。その後も情報提供人は何人かやってきたが事を理解してハイネセン市のど真ん中で活動をしていた者は皆無なので彼らは最後までその場から解放されなかった。本来ならもう就寝前の一息きといった時間である(夕飯も食べながらだった)。
「それにしても大事二つ(スタジアム・一斉蜂起)に直接関わっていたとはな。階級が一つ上がるか、二つあがるか?」
「現状でも過分なのでお断りしたいのですが……」
こちらもやっと再開できたキャゼルヌが笑みを漏らす。彼もまた監禁組の一人であったが本来少将クラスは纏められてしまう所を軍人でありながら国の経済も理解しうる次代後方本部長候補は救国軍事同盟にとって喉から手が出る程に得たい人材だったらしくあの手この手その手で勧誘の日々だったらしい。彼がそれに屈しなかったのはその性格からしてみれば当然と思えるが「こういう日(大型訓練)は騒がしいのがちょっと、ね」と妻子がちょっと遠方に前日から観光に出ていたからという面が強い。もし彼女らに手が伸びた状態で協力を迫られたら本人も拒否は難しいだろうと思っていたし周囲も仕方ないと思うしかなかっただろう。
「それで我々の仕事はどうなるのですか?」
ラインハルトがヤンに尋ねる。
「私は本部長代理を補佐して軍の機能回復を管理しなくてはいけない。君はそれを手伝ってもらいながらになるけど別件もやってもらう事になる」
「別件?」
周りの人たちも聞いてなかったらしくテーブルを囲む顔がずいっと前に出る。
「機能回復として軍事・民事共に通信の再掌握と再開を最優先にする。そのうえで回復次第イゼルローンとフェザーンから情報を集約し、帝国内の状況を纏めてもらう。ウランフ提督の元に入っていた情報ではとりあえず当面攻めてくる事は無いだろうと言う事だからこちらが正常化する頃に説明できる分析結果をえられればいい。如何せん情報部は当面麻痺してしまうだろうからこちら(対策室)で分析は引き受けないといけない」
「わかりました。分量がありそうですね……」
「そのへんは情報元で纏めてからもらうようにするから大丈夫だ。でも同じような情報は一つにしていいけどそれ以外では捨てないでとは言っているからそれなりの量になってしまう。対策室の要員でチームを組むことになるからその中で動いてもらうことになる」
「わかりました」
これでその日は解散となった。
翌日から復旧活動が本格化した。武装解除した救国軍事同盟兵を空いている兵員宿舎(※1)に押し込む。それの見張りや潜伏を警戒した一時的な巡回兵など足りない兵員は各艦隊からの臨時編成陸戦隊で補う。軍の要所の機能を回復させる、(救国軍事同盟参加者の排除による)専門兵の不足は経験者の臨時移動や一時的な機能縮小を行う。民間インフラは問題ない限り即再開。星間貿易は(さっさと再開したい)関係民間業界に丸投げ。etcetc。各要所に危害を加える前に事が収まった事と行政機関という伏魔殿にメスを入れる事が出来なかった事などが幸いし排除せねばならない救国軍事同盟兵の穴埋めをどうするか? という問題以外は大きな障害は発生する事は無く
「本日正午をもって厳戒令は解除されます。国民の皆様におかれましてはこのような事態になってしまった事を政府を代表しお詫び申し上げます」
八月二三日、ジョアン・レベロ議長のこの宣言をもって自由惑星同盟の内乱は終結した。
「すまないが後始末は頼む」
「お気遣いは無用です。後始末に専念する為にも回廊はお願いします」
ハイネセン軍用宇宙港でウランフはヤンの見送りを受けていた。内乱終結宣言の発せられたこの日にウランフ率いるイゼルローン艦隊とフィッシャー率いる第二艦隊は出発する。片方はイゼルローン防衛という責務に復帰する為、もう片方は予定していた作業を再開する為。慌ただしい出発であるが「とにもかくにも回廊周辺の正常・安定化だけは速やかに実施してくれ」と少しでも安心したい政府からの突き上げで休む間もない出発となった。
「それにしても、だ」
ウランフが少し心配そうな顔をする。
「本当に良かったのか? 首飾りの一件は?」
首飾りの一件、それはその破壊行動の元ネタはヤン発案だったのだが"ウランフ艦隊幕僚陣で思いついた"という事にした、というものだ。
「それで構いません。注意も受けてしまいましたし」
ヤンが髪をかきながら応える。このネタについて「国防上の重要なセキュリティに関する事だったので思いついた時点で可能性として何かしらの報告はしてもらいたかった」と非公式の口頭注意をレベロなどから受けてしまった。結果としては「まぁ、ある程度データ検証して立証してからじゃないと報告するに出来ないという考えも理解できる」とし、表立った処分等は無し。そのかわりに表立ってしまうと色々と五月蠅い外野が出てしまうかもしれないという事でネタ発案者である事は秘めてウランフ艦隊単独の戦果である、という事にしたのだ。なのでこの一連の内乱に関して、ヤン・ウェンリーという男は事前の裏作業も表に出せない関係があり"即拘束されて終わりまでそのままだった"という"表面上の評価点0"となった。薔薇の騎士達(&ラインハルト&ユリアン)についても現場の臨機応変対応として処理される予定である(こっちはきちんと評価して昇進予定)。
「0にはなりませんでしたが国を半年麻痺させた内乱としては少ない被害で済んだといえます。それで十分でしょう」
「そうだな。まぁ上層部の君に対する評価が揺らぐ事は無い。これからも色々な所を支えてやってくれ」
そう言うとウランフは背を向けて歩を進める。自由惑星同盟はその混乱から立ち直り、正常な歩みを取り戻そうとしていた。
はずだったのだが……
"我らリップシュタット帝国正道軍は自由惑星同盟への亡命を宣言する。"
「………………」
イゼルローンから緊急転送されたその映像を眺めヤンとラインハルトは手元の資料がずり落ちるのも忘れ言葉を失い、フレデリカとユリアンはどうやって声をかけていいかわからず困難の表情になる。
「昨日、じっくりと説明したのにねぇ」
「しましたよねぇ」
思わずボヤキが出る。星外通信の復旧&安全性の確認が終了し、ひとまずの情報が集まったのが八月末(同時期に"当面、組織的侵攻がない事は確実"と報告)。そこから玉石混交の情報を精査し纏め終わったものを上層部に報告したのが九月に入った一三日。そして今日、一四日にその映像が緊急転送されてきた。
「となると反乱軍はもう敗れているって事か。ガイエスブルク要塞とやらはそこまで強固なものではなかったみたいだね。それともイゼルローン対策の何かの実験台にされたのか……」
ヤンの頭の中で色々な情報がぐるぐる巡る。入手した情報は八月中旬頃までの帝国政府側発表が主となっている。両軍合わせて推定三五~四〇万隻の艦隊戦(※2)、アルテナ星域での勝利、レンテンベルク要塞の攻略、シャンタウ星域での勝利、反乱軍の分裂、キフォイザー星域での勝利。全体的に政府軍が勝つべくして勝ち続け、反乱軍本拠地であるガイエスブルク要塞に進軍中。ここまでが手に入った情報であり昨日上層部に説明した流れであった。ガイエスブルク要塞は現在の帝国領最大の要塞でありイゼルローンに匹敵するという話であった。なので本気で籠城戦が行われれば月単位の時間が必要と考えられ勝利したとしても後始末などを考えれば"今年は当然ながら内乱規模を考えると来年も侵攻は来ないのではないか? "と報告した。確かに侵攻軍は来なかった。代わりに亡命軍が来るらしい。
「あ、はい。直に向かいます」
かかって来た受話器を置いてヤンが立ち上がる。
「緊急会議だけど本部長ではなくて議長からの召集らしい。政府としての対応とそれに伴う軍の行動についてだろうね」
ヤンがずり落ちたままの資料をかき集め、フレデリカが必要そうなものを追加で取り出し始める。そしてあっという間に対策室を出て行った。
「すまないね。昨日の今日で呼び出してしまって」
「いえ、無視できない事件ですから」
指定された部屋に入ると先に到着していた統合作戦本部長クブルスリー大将が出迎える。彼はフォーク元准将の銃撃により全治三ヶ月の重傷を負った。その後軍病院の高級将官用個室に入院していたがクーデターによりその部屋がそのまま監禁場所となり本来なら退院する日になってもそのまま監禁は継続され健康的な病院食とやる事が無いので個室内でリハビリ代わりの運動を続けていた結果心身共にかなりリフレッシュした状態で九月から復帰した(※3)。隣にはビュコックもいる。
「申し訳ない、呼び出しながら遅れてしまった」
少し雑談などをしていたらレベロを筆頭とした政府側の人たちが入ってくる。議長のジョアン・レベロ、人的資源委員長ホワン・ルイ、財務委員長ヨブ・トリューニヒト、国防委員長代理ウォルター・アイランズ。合計七名での会議となる。
「まず議長として私個人でまとめたものだが基本方針を述べたい」
レベロの言葉で会議はスタートする。レベロによる基本方針は
・正規の条件を満たした亡命希望者は如何なる身分・状況の者であれこれを受け入れる
・但し、あくまでも個人レベルで自由惑星同盟に籍を移す亡命が沢山あるという認識であり、"リュプシュタット帝国正道軍"という組織の受け入れではない(=組織としての存続を認めない)
・もし亡命希望ではない者がいた場合は正規の手続きで返送する(※4)
・亡命者に関しては軍が兵員輸送艦を用意し政府指定の場所に移動させる。帝国軍艦に関しては安全を確認したうえで一旦イゼルローン預かりとする
事前に軽く話していたのであろう、政府関係者からの異論・追加などはない。
「なにせイゼルローン建造が開始されてから集団の組織的亡命は発生していない。亡命者支援事業所に確認したが当時の資料はデータの山に埋もれた底にあって引き出せるけど今使えるかとなると非常に怪しい。数は判らないが軍の残党だとしたら一〇万単位なのは確実だからひとまずどこかにまとまってもらって人海戦術であたるしかないだろうね」
ルイがため息交じりに述べる。亡命者については人的資源委員会の管轄でありその委員長であるホワン・ルイがこの一件を取り仕切る事になる。長年の懸案事項であった熟練労働者問題を軍再編成と協力して道筋を作って「さぁ頑張るぞ!」となった直後にクーデターで滅茶苦茶にされてそれが終ったらこれである。政治となると財務と国防が目立つのは仕方ないが懸案事項の為にこの二つに足を突っ込まなくてはいけない人的資源もこれらに勝るとも劣らない難所である。
「ひとまずこの一件に関する追加費用は国防予算ではなくクーデター処理に伴う臨時予算から出すのでそこは気にせず厄介事だけは出ないようにしてくれたまえ」
この会議におけるトリューニヒトの発言はこれだけであった。クーデターの際、偶然にも外部非公開の休暇で別荘に移動中だった彼はそのまま姿をくらませて遠方の政治仲間が治める自治体に逃げ込んだ。そこで"活動を起こしたかったが所在が判明すると危険すぎるから動かないでくれと言われてしまった"ので仕方なく安全が確認されるまで隠れていたらしい。そして一斉蜂起の際に姿を見せてそのまま帰って来た。今も何事もなく椅子に座っている。
「それでだ。軍部に尋ねたいのは"帝国軍は亡命阻止の為にどれだけやって来るか"というのと"それに対してこちらはどれだけの戦力が用意できるか"という事なんだ」
国防委員長代理であるアイランズ副委員長が尋ねる。今は副委員長であるが近々委員長になる事が内定している。現委員長であるネグロポンティは監禁中のストレスで体調を激しく崩して入院中であり(※6)"続けられそうにない"と辞任する意向を示している。
「艦隊の稼働状態ですと現在第二艦隊が任務の為に出撃中でそのまま回廊に移動は可能。本国の艦隊(首都防衛・第一・第三・第四)は第四艦隊が帰還後の整備を開始したばかり。他の艦隊については臨時陸戦隊を組んでしまったのでその兵員を戻す必要あり。しかし代わりとなる本職の陸戦隊がまだ用意出来ておりません」
「艦隊として整ったものは無い、という事でいいかな?」
「そうなります」
ビュコックの回答に場が考える様子になる。
「亡命阻止の為に帝国軍は大軍を派遣してくることはあるかな?」
クブルスリーが呟いてヤンに視線を向ける。判断する為の情報を補足しろというアイコンタクトだ。
「その可能性は低いと思います。あの亡命宣言は帝国軍主力と十分な距離を確保したうえで出されているはずです。そうでないと追いつかれておしまいなので。それを追いかける帝国軍は大軍になればなるほどに動くが鈍くなって追いつけなくなります。現実問題として回廊付近を一時的に封鎖できれば十分なので足の速い一個、二個艦隊を急行させるくらいが上限だと思います」
それからも一つ二つと質問は続くが結局としては"大規模衝突は行いたくない"という理由で追加の艦隊派遣は行わない事が決定した。その範囲で対応できないのなら手を引く、という基本方針だ。そして移動中のイゼルローン艦隊と第二艦隊に指令が下る。
「回廊帝国側出口周辺まで進出し亡命者を発見次第保護せよ。但し大規模な軍事衝突は回避せよ、か」
命令を受領したウランフが呟く。
「出口付近を事前偵察させますか? 最低限の哨戒部隊は残していますが?」
「偵察はするが深追いはするな。通信障害がかかっているかの確認が出来ればいい。かかっているのであれば近辺の部隊が阻止の為のたむろしているという事だからな」
ウランフはそれだけを命じる。元々脱落しないぎりぎりの速度で移動しているので到着しない事にはどうにもならない。
「それにしてもお互いに内乱なら内乱で終わればいいもののこういう形で巻き添えを食らうとは。こちらは戦わずに穴熊すると決めているというのになかなか静かにならんものだ」
その一言は間違いなく同盟中の要人が皆思っているであろう本音であった。
九月二八日
「要塞には寄らずに通過、そのまま出口付近を制圧する。分艦隊単位の行動とするが現場の判断で支隊単位まで部隊を分けても良い。亡命阻止の網であれば薄く広げる形になっているだろう。敵と判断できる部隊に対し数的優位の場合は積極的にこれを掃討せよ」
回廊まで帰ってきたウランフは艦隊を分け出口に進出させる。旗下の分艦隊を分散させる傍らでウランフ率いる本隊は状況把握と総指揮の為に中央に陣取る。そして分散するや否や恐らくこちらを見張っていたのであろう敵哨戒分隊と接触しそれを追い散らかすと一〇〇隻単位の部隊を発見する。そこからはもう状況は加速度的に混乱のるつぼに突入する。
「範囲は指定した、各分艦隊はその行動範囲内でのみ活動を行え! 外れたら敵だろうが亡命者だろうが無視して宜しい!!」
「亡命艦艇はそのまま回廊に入って要塞付近まで移動させろ。その後の扱いは要塞司令部に任せる。要塞に入れるな、だが監視可能範囲からは出すな」
「亡命を示す信号を忘れるなと全チャンネルで発信し続けろ」
「混乱して撃ってきた帝国艦艇には警告を必ずしろ。それでも撃ってくるのであれば撃墜しても良い、それが亡命艦だったとしても責任は俺が持つ。既定の亡命信号を出してない方が悪いんだ」
同盟軍は全て支隊単位で行動を行い二五部隊。最終的に遭遇した帝国軍の部隊数は一部隊当たりの数は少ない者の同じくらいの部隊数。亡命艦艇達は組織的なのか非組織的なのか単艦でも動いているので幾つあるかは判らない。これらが全てイゼルローン回廊帝国側出口を少し出たあたりでもみくちゃになっている。統一した意識を持つ制宙権行動ではない追いかけっこでありはっきり言って制御などできない。その最中に入る一本の急報
「緊急通信! 大規模な亡命艦艇群二〇〇隻弱、亡命軍司令アイゼンフートを名乗っております!!」
周囲の幕僚達の視線がウランフに集中する。
「旗艦のみをこちらに移動してもらうように。残りは他の亡命艦隊と同じだ」
ウランフのその命令が混乱第一幕終結へのスタートとなった。
「銀河帝国リップシュタット帝国正道軍盟主代理、軍総司令官フェルテン・フォン・アイゼンフート大将です」
「自由惑星同盟イゼルローン要塞司令兼駐留艦隊司令ウランフ大将です」
両雄が敬礼を交わす。
「まず、この様な形で巻き込んでしまった事をお詫びいたします。生きるか死ぬかの瀬戸際でしたので」
「見事に巻き込まれましたな。どうやら封鎖している部隊はそこまで多くはなさそうですが…………」
「はい、"今の所"はここを封鎖しようとしていた数千の帝国軍を蹴散らせば制圧できるでしょう」
「今の所?」
嫌な予感のする言葉にウランフが眉を顰める。
「我々の掴んだ情報が正しければ数日内に正規軍一個艦隊と政府側貴族私兵が数千やってきます」
「…………なるほど、隠密の亡命となるとその前後(封鎖部隊・追加艦隊)から逃れられなかった、と」
「ご想像にお任せします」
にこやかな顔でアイゼンフートが応える。
(盟主代理やら軍総司令官やら名乗るだけはある。ただの貴族様、という訳ではないな)
(上級大将という位がないこの国の大将はまさしく軍幹部のみの階級。下手してこじれるより素直になるに限る)
「亡命希望の方々はひとまず回廊内に入っていただく。要塞から待機位置などの指定がありますのでその指示に従ってください」
「承知した。部隊は責任をもって私が迷惑をかけないようにまとめ上げます。無理を承知でお願いする。出来るだけの同志を救っていただきたい」
深々と頭を下げる。
「無理は出来ませんが出来る限りの事は行います」
それが応えられる精一杯である。
それから一日二日、下火になりつつも亡命者や帝国軍との追いかけっこは続き、聞いた情報を元に偵察を繰り出した先から敵艦隊接近の報が入る。
「全部隊速やかに集結せよ。予備隊(※7)や第二艦隊の合流も急がせてくれ」
そして回廊出口付近にて両軍が遭遇する。同盟軍二個艦隊で約二三六〇〇隻、帝国軍一個艦隊と色々で約一六九〇〇隻。その数を確認したウランフは
「艦隊前進。全艦総力戦準備」
「お待ちください!! 大規模衝突は回避せよと!!」
周囲が慌てて止めに入る。
「イゼルローンを取る前にやってた戦いの半分程度では大規模とは言わないだろう、というのは屁理屈だ。脅して後ろに引かせるぞ。この場に派遣されてきたという事はそれなりに頭の回る相手のはずだ。出口から遠ざけてあの数ではカバーできない広さの所まで追い出せ」
「敵が引かなければ?」
「撃破する。それが出来る戦力差だ」
強気にずんずん押し出していく。
「封鎖部隊の残余はひとまず後方へ、一箇所に集結し部隊としての体裁を整えよ」
(情報通りなら叛徒共の内乱終結宣言から一ヵ月、事を終わらせてとんぼ返りしてきたか。しかし想定よりも数が多い)
苦労してここまでやってきたシュターデンが更なる難所となってしまった宙域を睨みつける。ここに来るまで亡命を目指し逃亡する軍艦、民間船を見つける度に追跡し、破れかぶれの攻撃を仕掛けてくるなら粉砕し、ワープ妨害を受けては前進が遅れ、友軍側の私兵艦隊と危うく同士討ち寸前になり、やっと到着したら封鎖網は瓦解しており、目の前には叛徒軍最精鋭艦隊が増援付きで陣取っている。
「敵艦隊、前進を開始」
「見失わない程度の距離を保ち後退。安心しろ、深追いはしてこない。回廊に逃げれる距離は維持するはずだ」
相手の心情は手に取るようにわかる。叛徒共の事情を考えればこんな"巻き込まれ事故"で最精鋭艦隊の損耗などやろうはずがない。ただ、出てきたという事は亡命者共の取り込みは行いたいはずだ。となったら"出来る範囲で支配宙域を広げて間接的に亡命成功率を高める"くらいが関の山。
「宙域地図を。思い切って有人惑星帯手前までラインを下げる。その方が何もない宙域よりも道がある分塞ぎ易い。一時的に亡命成功率は高まってしまうだろうがその後は確実に封じる事が出来る。いや、封じる」
いわゆる"損切り"といえなくもない決断。流石にあれとドンパチやってまで完全勝利を得ろ、とは言ってこないだろう。指揮下部隊を切り分け、丁寧に主要航路を穴埋めする。やや素早さに欠けるがこういう定石行動となるとシュターデンという男は計算できる。さらに最近の激動で常識が揺れ動くのを多々と見続けているので常識外への対応として一部のベテラン艦長には少数の部隊を率いらせその経験と勘で主要航路以外の道なき道を自由に動く事を許可する。最後に万が一叛徒軍が突っ込んできた時に備えて別途哨戒部隊を前方展開し、後はじっくりと獲物を刈り取るまでである。
「頃合いが近づいてきたようだな」
ウランフのその一言が事の終わりが近づいている事を知らせる。回廊から進出して一ヵ月あまり、一一月に入ろうかという所で亡命者の流れは下火になりつつあった。見えない所、こちらが進出を戸惑う所で十分な亡命阻止網が形成されたのであろう。出口付近を塞がなくとも十分な阻止が可能になったのなら危険な宙域確保を行う必要性は無くなる。
「亡命の累計は?」
「船舶は軍・民各種含めて三〇〇〇隻弱。人数は四〇万人弱。軍がチャーターした旅客船による後送も開始されています」
「総人口から見れば取るに足らない数といっても過言ではない。しかし我々の存在意義を考えるならば意味を持つものとしなくてはいけないな」
「失礼します」
ウランフとチェン参謀長の会話に副官が割り込む。
「宇宙艦隊司令部より入電。作戦は一〇月末日をもって終了とし現宙域より後退、イゼルローン要塞へ帰還せよとの事です。第二艦隊には予定していた任務への復帰が命じられました」
「司令部に"了解"の返信を」
「なんとかかんとか……」
返信の為に場を離れる副官を見つつウランフが呟く。
「少しは静かになった状態で新年を迎えたいものだ」
"戦争なんぞ、やらんで済めばそれでいい" その言葉を思い出す。まったくもってその通りだ。軍人など金食い虫とじと目で見られながら無駄に終わる訓練をし続けて任期を終えるのが一番いい。
「だが、来年もまた忙しいのだろうな」
ウランフのその一言はある意味正解でありある意味不正解となる。一一月一日、同盟軍艦隊は後退を開始。亡命希望勢力対する直接支援活動は終了した。
「まだまだ忙しい状況を丸投げするのは恐縮ですが後はよろしくお願いします」
「いえ、気になさらず。こちらこそお作り頂いた監視網を丸ごと使わせていただくのですから」
シュターデンとクエンツェルが別れの挨拶を交わす。緊急発進したシュターデンと違い、急いだとはいえクエンツェル艦隊は再編成を実施し一四〇〇〇隻という堂々とした部隊となってやってきた。対イゼルローンへの備えとなる初代アムリッツァ星域駐留艦隊である。司令官としての格は現地及び隣接する複数星域の(対辺境地域基地を除いた)軍基地に対する統一指揮権を持つ、旧イゼルローン要塞司令官&駐留艦隊司令官に匹敵する役職である。
「さて、任務の開始だ。なに、慌てる事は無い。シュターデン提督の構築した監視網は見事なものだ、皆はただ与えられた任務を忠実に果てしてもらえればいい。大丈夫、それで万事うまくいく」
多数いる提督たちの中で最も"失敗"に縁のない男が言う"大丈夫"の一言は皆が心のどこかに潜ませている新しい状況下による不安を和らげる。帝国の次の時代の対叛徒戦がこの時から開始された。
「ようやく両国共に落ち着いてくれたものだ」
一人の男がディスプレイに表示される報告書を眺めつつ呟く。
「それにしても随分と駒を使い潰してしまいましたな。使って良いとは言われておりましたが躊躇いそうになってしまいました」
「それはいかんぞボルテック。金も人も消費する為に備蓄するのだ。使うと決めたら躊躇うな。特に今は狂った歯車を元に戻す重要な時だ」
その男、フェザーン自治領第五代領主アドリアン・ルビンスキーが語る。一見すると叱るような言葉であるが顔は笑っている。つまりは"まぁ良くやってくれた"という事だ。ボルテックの顔も緩んでいる。
「まったく。イゼルローンの持ち主が変わってからというもの、落ち着く事も出来んかったわ」
フェザーン自治領。手続き上でいえば正真正銘の帝国領なのだが五代一〇〇年弱の自治はその星を実質的な第三勢力に変えた。といっても人口でいえば帝国・同盟から見れば一割前後、警備隊を除き直接の軍事力も持たないこの自治領が今、両国を手玉に取れるのは経済そして代々の領主による"天秤の傾き調整"の結果である。その傾きが大きく歪んだ事象こそ同盟軍第一三艦隊によるイゼルローン奪取であった。
(元々門閥貴族どもの暴発は起きる風向きにする予定だった。しかしそれは帝国に押され続ける同盟を一休みさせたいが為のはずだったのだが)
イゼルローンが同盟の手に落ちた事でルビンスキーの計算は大きく狂った。その状態でいつか起きるであろう皇帝崩御の動乱に適切な介入ができれば天秤は生半可な条件では取り戻せない不均衡を生んでしまう。しかし同盟が拙攻といえる侵攻作戦を実施、この情報を何とか間に合う程度のタイミングで帝国にリークする事で帝国軍はなんとか同盟を敗北させる事に成功し、その同盟は専守防衛は出来る程度の戦力は維持する事ができた。後は門閥貴族の風向きを調整し、一方的にならない程度の奮闘をしてもらう事で帝国軍にも再建期間が必要となりフェザーンは一息つける状況になった。その後はお互いにしばらくは動けないだろうし再建の早い帝国には特に手を下さなくてもイゼルローン奪回の圧力は発生し、その回廊を帝国軍兵士の屍で舗装する事になるだろう。国力有利は帝国、環境有利は同盟という理想的な状況になる。そうなってくれれば帝国がイゼルローンを維持し続けるよりも天秤は安定する。
「さて、帝国よ同盟よ、頑張って再建する事だ。その再建が我らの糧となる」
(そしてそのままお互いを食いつくした後に立っているのはどちらの国か? それとも私か?)
三者三様の思惑を乗せて、宇宙歴七九七年という年は終了した。
※1:兵員宿舎
艦隊要員のうち、自宅通勤できない者達の集合住宅。悲しいかな帝国領侵攻作戦の余波で大量の空きが出来ている。あまりに勿体ないので赤字にならない金額で国営賃貸業でも起こそうかと考えられていたが民間業界からの民業圧迫の抗議が起きて宙ぶらりんになってる。
※2:推定三五~四〇万隻
ラ「実物を見たら壮観というよりもむしろ"気持ち悪い"と思ってしまいそうです」
ヤ「あの作戦(帝国領侵攻作戦)で出発前に回廊に集結していたのが確か九万隻くらいだからその四倍かぁ・・・」
ラ「回廊埋まりますね」
(両者、イゼルローン回廊を埋め尽くす四〇万隻の艦艇を想像してしまい轟沈)
※3:クブルスリーの入院
「クーデターなど必ず皆が治めてくれると信じていたし、その後の復興に少しでも役に立つ為に身体を万全にする事だけを考えていたさ」
ちなみに隣の部屋は帝国領侵攻作戦で死にかけたホーウッド中将。当時の中途半端な応急処置の後遺症などがあり「あと半年くらい再手術・養生・リハビリです」となって四月下旬退院予定だった。同じように入院(監禁)延長となりやっと九月頭に復帰、編成中の第五艦隊司令官が内定している。が、それどころではない状況なのでまともに仕事が再開できない。
「状況がまったくわからん!!!」
※4:返送
"正規の手続きをもって行う亡命"における重要ポイントは"本人意思である事"としている。これは拉致・誘拐等犯罪行為による強制亡命を認めないという事である。意思表示できない幼年者などについては正当な保護者の意思か亡命しなくてはいけない状況であったと認められる理由が必要となる。これらの事項に関してはフェザーンを介した非公式合意事項として帝国・同盟の共通認識(※5)となっている。
※5:帝国・同盟の共通認識
交戦規約やサイオキシン取締など非公式ながら両国には"人類として守るべき共通事項"が多数存在する。
※6:国防委員長ネグロポンティ
クーデター勢力内の過激軍拡派にとって軍再建計画における妥協とそれに伴う生産調整や総国防費縮小目標などは許しがたい所業である。その怨嗟はクーデター前からネグロポンティに集まっており(彼がトリューニヒトの傀儡である事は判りきっているがそのトリューニヒトには逆らうと怖いからという事で一応は委員長であるこっちが八つ当たり対象となった)クーデター後の監禁において彼だけは監視担当のベイの制御下に置かれなかった。その結果がこの憔悴である。ネグロポンティ本人としてはそうならない為にベイを偽装参加させたというのに結果がこれであり肉体的にも精神的にもダメージが大きく「もうやってられっか」という状態になっている。
※7:予備隊
イゼルローン要塞予備隊二四〇〇隻。内乱時、シャンプールに派遣されドーリア星域会戦後に第四艦隊から派遣された応援と共にシャンプールを制圧。そのまま現地治安維持の為に駐留していたがこの度の騒ぎで戻って来た(治安維持はランテマリオ星域方面軍から応援が代行)。