偽書・銀河英雄伝説   作:隠居おっさん

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[2024/03/04]不定期化致します。活動報告をご参照ください。


No.54 旧に正す改革

 七九八年某月某日  銀河帝国、宰相(摂政)執務室。

 

「以上が報告となります」

 

「ご苦労。滞りなくとはいかぬが直ちに影響はないといった所か。それと、例の資産については?」

 

「それについてはこちらから」

 

 報告を求められた男が傍らの秘書らしき女性に目配せをする。

 

「叛乱貴族からの没収資産総額ですが試算では金額にして四兆六〇〇〇億程度になると見込まれており現時点で七割程が徴収済です。内訳ですが…………」

 

 

 秘書らしき女性が奥に下がり、リヒテンラーデが男を客人用テーブルに招く。

 

「こちらが多忙とは言え舵取りをほぼお任せしてしまっている。申し訳ない」

 

 リヒテンラーデが軽く頭を下げる。近年の彼の権力を考えればあまり見られない光景である。

 

「舵取りといっても下の者達が皆優秀ですので。上がって来たものをまとめるだけです」

 

「それは貴公だからだ。私が直接仕切ろうとしたらどこかで衝突してしまう。如何せん長きにわたり対立に等しい関係であったからな」

 

「しかしそのような者達であれ、必要なら登用する。摂政殿の器量と言うものでしょう」

 

「今必要なのは統制された適度な改革故にな」

 

「ここまで世情が変わってしまったのです。これからの為に必要な事でしょう」

 

「うむ。……さて、ご息女を待たせ続けるのも宜しくない。この辺りにしよう」

 

「では」

 

 リヒテンラーデが男を出入口まで見送る。これも珍しい光景だ。

 

「待たせてすまんな。年を取るとどうも世話話が長くなってしまう」

 

 これもまた珍しく"苦笑い"を浮かべながら待機していた秘書に話しかける。

 

「では」

 

「うむ。よろしく頼む」

 

 そう応えてリヒテンラーデはマリーンドルフ伯フランツとその娘にして秘書であるヒルダを見送った。

 

 

「あと三年、それまでに道筋は作らねばならぬ」

 

 周囲に人がいなくなった後にリヒテンラーデが呟く。三年後、帝国歴四九二年(宇宙歴八〇一年)にリヒテンラーデは八〇歳となり皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世は一五歳となる。摂政を筆頭に各地位を返上し引退。エルウィン・ヨーゼフ二世による親政を開始するには丁度良い頃合いだ。それまでに新しい帝国統治システムの基盤を用意し次代への道筋を作る。それが帝国摂政リヒテンラーデの目標である。

 

「さて、そこまでは持ってもらわんと困るぞ」

 

 年齢相当のボヤキを吐きつつ肩をトントンと叩く。この少し痩せている老人が長きにわたり帝国を支えてきた紛れもない柱なのである。その任務もあと一息で終わる。それだけを頼りに老体に鞭を打ち続けるのだ。

 

 

 

 リヒテンラーデが"戦後(内乱後)"を見据えた構想をいつ考え始めたか? 当時腹心であったゲルラッハやワイツがその相談を受けたのは先帝フリードリヒ四世の死後、その数日後であった。エルウィン・ヨーゼフ二世の擁立で意思統一をすると共に政府内のブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両派に属する人脈の再確認を命じられた。その間にリヒテンラーデは軍部との協力体制を確立し、中途半端な対応ではなく"無理矢理決起させてでも根底から叩き潰す"事を確認。軍部現場トップ(当時)であるミュッケンベルガーの了承を得る事で戦争そのものへの対応をお任せする。後は溜めこんだネタを元に決起するまで(潜在的に)敵対する諸侯を控訴し続けて叩きまくるのみ。

 そして勅命(※1)が下り軍が動き始めると当初の予定通り戦争は軍に任せ、リヒテンラーデ本人は政府内でもう一つの戦争を開始する。各省から洗い出した敵対勢力を排除し穴埋めとして自派で目をかけていた下級官吏の地位を向上させる。前々から考えていた叛乱門閥貴族への懲罰内容の詳細を定め、没収する封土や資産の算出を腹心である財務尚書ゲルラッハに取り仕切らせる。そして本題である"その後の改革"なのだがここでリヒテンラーデは詰まってしまった。今日この時までは流石に腹心以外に相談できる者はいなかった。つまりはリヒテンラーデ本人を筆頭として帝国政界保守派中枢の人々だけなのである。といってもここに至るまでの間には何とかなるだろうと思っていたがブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両家を追い込む工作で手一杯な状況が続いていた影響で腹心たちにも"大丈夫だ"と言っていたのだが大丈夫ではなかった。実はこの時のリヒテンラーデはかなり焦っていた。増長しきった門閥貴族共を潰した所で帝国のシステムそのものに変化が無ければ同じことが繰り返されるだけである。これだけの大事をやってしまうのだから新たなる国家百年の大計を打ち立てて帝国を更なる盤石に導かねばならない。

 のだが程度が判らない。非常に優れた政治家であるリヒテンラーデだが本質は前例主義の保守派であり己でも不甲斐ないほどに"どのように改革を行えば良いのか? "という具体案を示す事が出来ない。困り果てたリヒテンラーデが至った先は……

 

(もはや毒食らわば皿まで、である)

 

 彼は門閥貴族の次に敵視していた"開明派"の取り込みを決意する。といっても自由にやらせるわけにはいかない、あくまでも我々の制御下において"保守系改革"と呼べる範囲内で、だ。彼らの謳う"民権拡大"などそのまま受け入れる事はしない。現時点で認められているはずの臣民の権利(※2)が守られるように、その範囲で臣民の底上げがなされるように。それが主題だ。少なくとも総人口が半分程度である叛徒(同盟)に対して国力で十二分に優位に立てていないのはこの一般臣民層が問題である事は明確だ。ここにテコを入れなくてはいけない。しかしその開明派を自分が直接指揮できるかと自問してみると途端に弱気になる。彼らは主流から外れた派閥でありながらそれを隠そうとせず、一定の独自勢力を政府内に確保して正規の手段で改革案を叩きつけてくる。尚書クラスですら怖気ついてしまいリヒテンラーデ自身が矢面に立って追い払う事すら定期的にあったのだ。犬猿の仲といえるこの両派は直接手を組もうとした所で少しのかけ違いで殴り合いになるだけでありリヒテンラーデも"正直やり通せる自信がない"と言うのが本音。なのでなんとかかんとかその間に立てるような人材を周囲に求めた、それがフランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵だったのである。

 マリーンドルフ伯は門閥貴族という枠組みには入るが特にどこかの派閥に入るという事もなく中央に栄華を求めるような事もなくかといって自領で民を虐げるような事もせずむしろその温厚な姿勢と適切な統治によって周囲から一目置かれる"善良な方"という評価を受けていた。そしてこのマリーンドルフ家は帝国内の衝突が明確になるとフレーゲル男爵(※:父)を通じて政府側の立場に立つことを政府に通知する(※3)。その後も非派閥独立系貴族からの相談を受け、仲介を斡旋するなどして政府からしてみれば"敵とは思っていない中立系"が叛乱貴族に取り込まれるのを防ぐ活動をしている。これらの活動、人柄などを評価してこの"改革立案チームのまとめ役"を依頼したのである。

 

(まぁ、これくらいは認めてやっても良かろう)

 

 リヒテンラーデが手元の政策リストを眺めながら考える。政策グループに取り込んだ開明派はあの手この手で己の政策を紛れ込ませようとする。大元のリヒテンラーデが(保守的)大方針を打ち立て、マリーンドルフが政策をまとめ上げるのだがマリーンドルフ自身は善政を布いてるとはいえ基本的には保守的思想であるし実際の所、そこまで賢い者ではない(諸侯平均よりかは上であるが)。そこがまたポイントでありそんなマリーンドルフ領が地域経済・臣民教養(学力)レベルなど多数の項目で帝国直轄領平均より優れた値を示している。つまり現行の法制度などにおいても正しい運用が行えればより良い結果を生み出す事が出来るという事である(そもそも比較できる値を正しく算出し可視化している貴族領そのものが少ない)。リヒテンラーデが希望している改革とは現状の法制度による成長を妨げる原因であった有象無象の障害、特に法的根拠の無い貴族特権の排除であり本来はその影響(搾取)から臣民を守る為に用意されていた法の適切な運用を可能にする事である。しかし既存利益化されてしまっているそれら特権の仕組みは現法の隙間を潜り抜ける強固な糸として張り巡らされてしまいそう簡単にほどく事は出来ない。そうなるとどうしても一旦解体して組み直すという改革的プロセスが必要になるのである。ただ、一旦解体して違う形として組み立て直したい開明派と違い保守派であるリヒテンラーデは解体後に不要物を排除したうえで元の形に組み直す事を希望しているのである。そのうえで隙間を再び糸が潜り込まない様に補強をしたいのだ。この補強部においては開明派の思想が含まれているものであっても協力してもらった報酬としてまぁ許そう、という訳である。

 

(その糸が浸食して新しい形になってしまうやもしれんがそれはそれ。次の世代がどうするか考えれば良いのだ)

 

 リヒテンラーデはこの世代を代表してこの世代の病魔を焼き払うし事後整理くらいはする。

 

(エーレンベルク程ではないがわしにだって最後はのんびり余生を過ごす権利くらいはあってもいいだろう)

 

 道筋は作る。だが後の事は。知らん。

 

 

 

「現法のルールがそのままだとしてもその法の目を潜っていた部分においては同じ轍を踏まない為に法整備を行っても文句は言われん。言わせてたまるか」

 

「マリーンドルフ家が行っているような領内統治の可視化は直轄領も含めフォーマットを定めて必須化するべきだ。可視化されれば嫌でも比較される。それは宜しくない統治をしている領主への無言の圧迫となる」

 

 政策グループの職場は今まで対立状態だったと言える保守派と開明派の正しく呉越同舟なごった煮となっているが少なくとも"門閥貴族のしがらみ(悪影響)の排除"においては同志であり、それがこのグループを空中分解させずに突き進む原動力となっている事は確かである。その開明派のリーダー格となっているのは

 

 財務省官僚:オイゲン・フォン・リヒター

 内務省官僚:カール・フォン・ブラッケ

 

 この二人である。両者共に壮年と言うべき年齢であり本来ならもっと高い地位であってもおかしくはない実力を持っている事は周囲が皆認める所である。しかし開明派である彼らはその思想故に人を使う事が主となる役職に上がる事は無く人から使われる事が主となる役職にしか付く事が出来なかった(一応、そういう役職としては限界まで高い地位にはなっている)。そんな二人が今回の招聘に応じたのは保守的であるとはいえ現状を少しはマシな方向に進ませようとしているという点は理解しているし実際に現場に入り込んでしまえば"より良い結果が得られるという正論(データ)を元に自分達の考えを反映させる事が出来るかもしれない"という希望を少しはもっていたからであった。少なくとも今、この職場にいるメンバーが今後の各省幹部候補である事は明白だ。そこに自分達の名前を実力で刻みこむ事は今後の為になる。(悔しいが)政治家としての力量に優っているリヒテンラーデの現役期間はそう長くはない。その後に食い込める様にしなくてはならない。

 

「これは私が爪痕を残さねばならない分野だな」

 

 "貴族領統治状況の報告義務化"と書かれている用紙を睨みつけリヒターが目を光らせる。大原則として諸侯の封土たる貴族領はその貴族たちの統治する所であり中央政府から統制を受ける事は無い。本音はそこを弄りたい二人であるが保守的大方針によって早々に道は断たれた。しかしその貴族領の生産性を上げない事には帝国の国力は叛徒勢力を十分に上回る事が出来ない。その為にはそこを治める貴族達が生産性を上げる政策を自ら取らねばならない状況を作り出す必要がある。その為の義務化。"皇帝陛下より頂いた封土臣民が今、どのような生活を送っているのかを報告する"という建前で各領主から皇帝陛下に奏上申し上げる事として定義し、国務尚書及び財務尚書が代理で受け取り内容をまとめて奏上する。これが奏上ではなく尚書への報告となると偽造なりなんなりの塊となるが皇帝陛下への奏上となれば偽造は重い罪となる。かつてカストロプ家の問題で浮き彫りになった不鮮明という問題は財務省の保守派開明派問わず何とかしたい問題として存在していたので当時歯ぎしりしていたメンバーでもあったリヒターはあの手この手を使って透明化を図る。後は宜しくない統治をおこなう貴族に対しては"奏上を受けた皇帝陛下からの諮問"という名目でその統治内容を問い質す権限を政府に持たせればいい。少なくともその状況になれば少しは真面目に統治を考えるようになるだろう。真面目になってくれた者達の為に参考にすべき良い統治例を政府でまとめてこれも透明化すれば良い政治はそれなり浸透するはずだ。貴族達の自主性に期待しなくてはいけないのはマイナスポイントだがこの状況下で政府側に立った貴族ならそれなりに聞く耳はありそうだし謀反側の生き残りは生き延びるためにこちらの望む事に気を配ってくれるだろう。

 

「ならこっちは俺だ」

 

 ブラッケが覗き込むのは"既存法制度の厳正なる適用"と銘打たれている資料。貴族優先社会とはいえ貴族・一般臣民関係なく従わねばならない法はある。貴族からの不当なる扱いから一般臣民を守る法もある。だが問題はその法ですら有力貴族にとっては回避できる代物となってしまっている事なのである。ここを直接弄れないのは残念だが叛乱貴族共が潰れれば圧力をかけてくるような貴族そのものが減るだろうから司法・警察側が襟を正して圧力にNOを言えるようになるしかない。ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両派閥の人材は駆逐されているのでその穴埋めとする人材をしっかり見極めればそれだけで抵抗力は高まる。後は戦後の初動で何かが起きた時に威に屈することなく罪は罪として裁く、これからはきちんとこうするんだと態度で示す。ここはもう尚書クラスが後ろから目を光らせるしかないだろう。これを強く提言する。"改革せずにやっていきたいのなら既存ルールぐらいきちんと守れるようにしろ"とオブラートにつつんだ口調で提言をまとめる。問題は法にすら定義されていない網の目の様な隙間だ。ここには改革の手を入れる余地はあるしここに関してはそれなりにこちらの手段でやってもいいと暗に言われている。保守派からしてみたら既存の部分に手を加えさせないが空白を埋める新しい法についてはゼロから作るのだから保守やら改革やらは関係ないという事だ。

 

「こうできたら、ああできたらと考えて来たネタは山ほどあるんだ。一度素案を作ってしまったらこっちのものだ」

 

 ブラッケが不気味な顔をしながら口元を歪ませる。ブラッケが中心となって作成された法修正案(法の隙間を埋めるために既存法に対する追加微修正などの表面上は保守的な改善案としてまとめている)は小出しに時間をかけて出されてきたがそのほとんどが本当に微修正と言えるものでありそのからくりに気づかない保守派官僚は"こちら(保守派)を気遣ったやり方だな"と概ね高評価を与えていた。しかし個々の法だけでなくある程度修正案の数がまとまってきて全体を俯瞰的に見てみると"司法や警察側が正しい行いをしないといけない(しないと責任を負う)"ように巧妙な条文が組み込まれている事に実力者たちは気づく。しかし時すでに遅しといった感じでそれらの大半は承認済みであり、ゼロからやり直す時間は無かった。概ね修正案を出し終わった後、責任者として説明に来たブラッケに対しリヒテンラーデは

 

「七割程で気づいたがやりおったな。この修正案通りに司法が義務を果たす為には建前上だけの制度だった捜査権を使わねば司法側の不備となってしまう」

 

 と苦虫を噛み潰したような顔で睨みつける。

 

「はい。ご希望の通り、既存の法を生かした軽い肉付けの修正案としております。建前だろうが現法は現法。既存物の有効活用をしたまでです」

 

 あっけらかんとブラッケが答える。

 

「ふんっ。……まぁ、この上奏が必要な捜査権の行使に及び腰だったからこそあのカストロプの時は揉めたのだ。そう考えると今が節目かもしれん。どうせわしに十分な前例を作らせるつもりだろう」

 

「前例のある既存法の運用。正しく摂政殿(=保守派)の様な政治姿勢の方に相応しいかと」

 

「……よく言う口だ。だが、この程度の褒美はお前達(=開明派)にも与えんとな。大筋、このまま通ると思って良い」

 

 その言葉にブラッケが頭を下げる。

 

(ひとまずは今よりマシで元に戻りにくい状態には出来た。続きはこのじじいが死んだ後だ。どうせその時はまた荒れる。次のチャンスは来るさ)

 

(どうせわしが死んだあとは、とか思っているのだろう。あぁ、そうだ。その後は勝手にしろ)

 

 後に"ブラッケ修正"という一括りで語られるこの司法修正法は本筋で言えば「既存の法をきちんと適用出来るようにする」だけの法案である。しかしそれがある種の"改革"と呼べる程に現法運用は形骸化していた。だがそもそも帝国政府だって貴族に好き勝手される世にしたいわけではなくそうならない為に法を整備してきた歴史があり、ある意味これは帝国の理想への先祖返りとも言える出来事であった。

 

 

 

「では、これより陛下に上奏し一連の内容を公布する」

 

 七九七年九月一〇日。閣僚会議にて修正法案などの上奏が正式に可決された。事前通知の為の上奏は済ませているのでこれは儀式的な物に過ぎない。そもそも一一歳の幼帝が内容を理解したうえで行動できるはずがない。聞くだけ聞いて「よきにはからえ」と答えるだけだ。少し事故が起きてしまったがガイエスブルクにて行われた勝利式典をもって正式な勝利宣言とし、この上奏公布により戦後処理と新しい政治がスタートする。ここから戦の主役は軍人から官僚に移る。盟約に値を連ねた家、加勢した家が"逆賊"として確定し正式公布されその存続条件(降伏条件)が示される。降伏が認められた家は形式上その領全てと爵位が没収され一時的にその領を代理管理する"帝国騎士行政官"に任命される。その後、改めて(減った)領&資産と爵位を与えられる事で復帰する。その際には再び正式な叙勲式が行われ"皇帝陛下の定めし法の順守、帝国直轄領に劣る事のない治政"を大神オーディンに誓約する儀式が行われる。近年においてそれはただのお約束に過ぎないものという認識だが今回は事前に修正法案の内容やその意義について十分に伝えた後となるのでお約束ではない何かである事は十分に思い知らせたうえでの誓約となる。これを理解できない家はまぁ潰れればいい、くらいの扱いなので情けや慈悲などはない。まずは家が明確に割れていた諸侯(※4)が手続きを開始(※5)し、一族丸ごと乃至大部分が盟約側に立っていた家は年内に必要な情報を纏める事という条件での手続き開始を命じられる。数千という家が盟約に名を連ねたのである。領を持たない帝国騎士も多くいるが領を持った貴族は一つ一つその罪の重さ(※6)を考慮して対応が変わる。少なくとも七九八年中に処罰内容を確定させ、七九九年中に再叙勲を終わらせたいというのが政府の方針である。

 

「例の準備はどうなっている?」

 

 リヒテンラーデが側近である財務尚書ゲルラッハ子爵に目を向ける。

 

「準備は完了しております。試走も十分に」

 

「よかろう。まずはそれを使えるだけ使って事を進める。仕切る様に」

 

「承知しました」

 

 ゲルラッハの応えに満足そうに頷く。このゲルラッハが準備した代物、それがこの戦後処理の核となる。この核となるデータ解析システムは家単位の処罰や没収資産などの算定を自動化する。一家の誰が盟約側になり、誰が政府側になったか? それぞれどれくらいの働きをしたのか? 生存か死亡か行方不明か亡命か? それらの情報を元に誰が処罰され誰が許されるのか、家としての罪の重さはどれくらいになるのか? それが査定される。続いて提出を義務付けた資産目録を元に没収する領や資産についての算出を行う。最終確認は当然人力であるが"情を介せず機械的に処理を行う"と決めているので機械的に算出されたものはほぼ適用される。そうでもしないと短期間でこれだけの家の処分は行えない。機械的にと言うが一応最小限の情けとして存続を許されるのであれば一家が居住地としていた領はよほどのこと名が無い限り残す事にはしている。が、言い換えればこれくらいしか情けはかけない。

 

「一同にお伝えする。各省の幹部にも告知をお願いするがこれから恐らく罪の軽減などを求めた請願・陳情の類が寄せられると思う。これらについては全て上司への報告を行い尚書が責任をもってまとめる事。請願・陳情はこちらの手続きの不備若しくは機械的処置が原因の齟齬修正のみを考慮の対象とする。他は全て処罰の対象になる旨、公布の際に通知する。恐らく縁戚なり恩人なり、出来れば助けたいと思う所から希望を託される場合もあろう。だが例外はない。覚悟をもって当たるように」

 

 リヒテンラーデのこの一言で政府の戦いが開始された。

 

 

 

「申し訳ありませんが公務・私事含め全ての取次は私がその内容を確認したうえで行うようにと父より命じられております」

 

「重要な事なのだ!! 直接でないと話す事は出来ん!!!」

 

「では取次は行えません」

 

「御令嬢とはいえ何のつもりだ!!」

 

「今の私は伯爵家としては当主である父より正式に任じられた全権名代であり、公的な身分としては摂政補佐官フランツ・フォン・マリーンドルフの首席秘書官となっております。この身分と職務により父への取次を取り仕切っております。それと申し訳ありませんが公布による義務によりこの訪問については内容次第では父を通じて然るべき所に報告させていただきます」

 

 何一つ怯む事のない堂々とした態度にその貴族、無関心だったが故に処罰から逃れ、家を継ぐ予定になってしまった男が呆然と立ち尽くす。あの公布が出て数カ月、年を跨ごうかとしている時期なのに毎日これである。駄目だというのにマリーンドルフ家に手助けを求める者達が後を絶たない。中には政府に申告しなくてはいけない内容について不備が無いかの事前確認をしてほしいといった気持ちはわかるものもある。しかし大体は公布内容をそれほど重く見ておらず"どうすれば罪を軽減させられるのか? "と聞いてきたり、"これでなんとか……"と袖の下を持ってくる輩である。賢いから盟約側に立たなかったという訳ではない、どちらに付くか判断できないだけだった者も沢山いたのだ。そしてその者しか継嗣がいなかった場合、動かねばならないのはその者なのである。真面目に仕事したいのにこんなのを毎日相手させられるのだからたまったものではない。かといって政府中枢で仕事をする事になってしまった父にこの手の雑務をさせる訳にはいかないし身分が低い者を出すと帰ってくれない。なので父から正式に名代と言う名目を発してもらってまで自分がこれを取り仕切っているのだ。

 

「お疲れ様です」

 

 訪問者に丁重にお帰り頂いた所で執事が持ってきた温かいタオルで顔を拭う。伯爵家御令嬢であるが化粧無しのすっぴんで生活しているので出来る芸当である。特に補佐官秘書として公務に付くときは基本男だらけの職場なので化粧などしていられない。

 

「車の出発は二〇分後です」

 

「わかりました。時間になったら呼んでください」

 

 淹れたてコーヒーの香りを楽しみつつ一時の休憩ではあるが直に父に元に合流する事になる。本来首席秘書として常に同行しないといけないのだが公布後は早朝にやってくる客を処理してから追いかけるのが常となってしまった。しかし、明確な政府側姿勢を取るように父の背中を押した結果、摂政補佐官を依頼されてしまい断り切れずに引き受ける事になってしまった。その父を補佐する為、秘書に立候補(という建前でごり押した)した。巻き込んでしまったのは自分のせいなのだから全力で助けないといけない。本来、伯爵家の娘が政府中枢でやる事ではないとは理解しているのだがお家で慎ましくしているよりもこちらの方が性に合っている。だから全力で取り込める。移動に護衛が必要になってしまったのが意外だが(※7)父が狙われるよりかは遥かにマシというものだ。

 

「こちらが伯爵様のご確認が必要な書類です」

 

「わかりました」

 

 父に合流して政策スタッフ達の執務室での作業に入る。はずなのだがフランツは他所に顔を出しているらしくその間に積まれた書類の代理決裁を始める。それも"父が座るべき補佐官の席に座って"である。目の前の執務室内でせわしく働く者達は各省の実力派中堅官僚や一部高級官僚達である。その部屋の一番偉い人が座る席に代理とはいえ座る事に最初は本人も、それ以上に周囲の者達が違和感なりなんなりといった雰囲気を醸し出していたが

 

「皆さま、申し訳ないが何日か娘、いや、この秘書の代理を認めてください。それでお分かりになるはずです」

 

 とフランツが頭を下げる事で周囲の者は我慢した。そしてその数日が経過した時点で才能あふれる官僚達はこの伯爵令嬢がそこに座る事に一切の苦情を出さなくなった。人格者であるが一人の人間としては実の所そこまで才の無い(少なくともここに集まった優秀な官僚達よりかは劣る)フランツよりもこの娘、ヒルダことヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの方がはるかに才は優る。男勝りとはまさにこの事だ。本人にとってははた迷惑な事にこの"実力派伯爵令嬢"の事は政府高官達の話題となってしまい、伯爵家一人娘という立場、そしてすっぴんでも十分な美貌などが尾びれをつけて駆け巡り虎視眈々と縁談申し込みの準備をし始める諸侯も多々いるとかいう噂があり内心、フランツとしてはこれを機に良い縁談を選びたいのだが娘としては"仕事楽しい!! "に目覚めてしまい元々考えてなかったそっちへの気持ちはさらに遠ざかってしまい父を含む親族一同をやきもきさせてしまうのである。

 

 

 

「改革に集中するあまりこちらの方への注意が怠っていたのは事実。確かにこれは明確なテコ入れが必要である」

 

 リヒテンラーデがその書類を捲り、重要な数値を次から次へと頭に入れる。そしてその中に一つの数値を見つけると傍らに控えている男に見せる。

 

「フランツ殿、この金額は徴収済みの財から捻出できるだろうか?」

 

 書類を手渡されたフランツは少し考えさらに横に控えている秘書にそれを見せる。

 

「…………細かい数値は調べる必要がありますが当面の分はありますので出せるという前提で事を進めても良いと思います」

 

 ヒルダの言葉を聞いてリヒテンラーデが頷く。

 

「宜しい。出す事を前提に話を進めても良い。概要は(財務尚書)ゲルラッハに伝えておくのでこの資料を持って説明しておくように。それでも揉める輩が出たのなら"わし(リヒテンラーデ)がやれといった代物である"とでも言ってやれ。それで事は進みやすくなるだろう?」

 

「ご配慮くださりありがとうございます」

 

 言葉を受けて予算の嘆願に来た義眼の男、パウル・フォン・オーベルシュタインが表情を変えず言葉だけは丁寧に応える。

 

「うむ。尚書殿に(貸し一つだぞと)よろしく伝えるように」

 

 

「不気味ではあるが出来る人材の様だな。まぁ、そうでなければあの軍務尚書が傍には置かぬ風貌であるな」

 

 退出したその扉を眺めつつ不気味な事では似たり寄ったりのリヒテンラーデが呟く。

 

「確かイゼルローンでの一幕で話題になった……」

 

「いかにも。こちらに理由があった影響で生き延びれた者であるが今の所は生かしてよかった、という結果にはなっている。さてさて」

 

 そう言ってヒルダの方に顔を向け、手元の書類を軽く掲げる。

 

「フロイライン、これの写しは後で届ける。申し訳ないが財務省と連携して必要な資金の捻出をお願いしたい。軍備の回復は滞りなく進めねばならない」

 

 ヒルダの実力についてはリヒテンラーデも噂を聞いているし色々なやり取りの際に見せる見識には一目置いている。それどころか行政官としては恐らく父よりも優れた素質を持っていると感じており時折こうやって直接仕事を依頼する時がある。フランツには改革立案チームとの間のクッション以上の期待は正直していなかったが思いもよらない掘り出し物を見つけてしまったのだ。有効活用しないと損である。

 

「…………承りました」

 

 横目でフランツが軽く頷くのを見てからヒルダが応える。本来は補佐官であるフランツが行う仕事だからである。最初のうちは"直接は……"といった所であったがヒルダの実力を最も買っているのはフランツその人なので"何かあった時の責任は私が取るから出来そうな仕事は引き受けてしまっていい"とヒルダが直接仕事をする事を妨げるどころか背中を押している。

 

「では、失礼いたします」

 

「うむ、よろしく頼む」

 

 

「それにしても……羨ましいものだ」

 

 親子が退出し、一人になった所でリヒテンラーデがまた呟く。自身の子も孫もあのフロイラインの様な才は欠片も見えない。子は少し期待して官僚の道を進ませてみたがある程度時を経て見切りをつけて自領運営に専念させる事にした。中堅官僚程度にはなれそうだったがリヒテンラーデ家の御曹司がそのような中途半端な場所にいても周囲に迷惑になるだけであり、かといって親の七光りで出世させるつもりは毛頭ない。そして孫はまだ未成年だが良い話を聞かぬ。

 

(派閥を作らずにいたのは寧ろよかったかもしれん)

 

 ブラウンシュヴァイク家やリッテンハイム家と同じ土俵に立たない為にあえて貴族界で閥を作らなかったがそれを逆手に取って己の死後は自領をこじんまりと経営し、適度に忘れられていく存在になればいい。

 

(その為にもあの愚息でもやっていける世にはしておかねばな)

 

 首を軽くゴキゴキ鳴らして政務を再開する。やはり最近、疲れが抜けにくくなっている。もうひと踏ん張り、ひと踏ん張りなのである。

 

 

 

「諦めが悪いのも無くならんものだのぅ」

 

 シュヴァルベルクが手元の報告書を放る。七九八年も半分以上経過しているというのに残党なりなんなりとの小競り合いは明らかに頻度は下がっているが無くならない。非航路の小惑星群に紛れこみもはやただの海賊となっている残党もいれば戦後処理を不服として再決起、しようとしたがまともな戦闘用艦艇が残っておらず掛け声だけで終わった者もいる。一つ一つは呆れる程小さいが何時周囲の旗色が変わるのかが不鮮明なので討伐隊は一〇〇〇隻単位で動かねばならず想定以上に艦と物資と予算が動き回る。しかし帝国全域をしらみつぶしに出来るはずもなく安定するまでは対処療法に徹するしかない。正規艦隊の大規模動員も出来ない(※8)とあってはもはや自然鎮火を待つのみである。

 

「段々と青の領域は増えては来ていますが…………」

 

 隣で高級副官ジークフリード・キルヒアイスが広域星域図を眺めながら応える。気の遠くなる作業ではあるが全星域、全有人惑星に対して治安度がマーキングされている。元から政府側勢力だった所は基本青であるが旧盟約諸侯領の色は青から赤までさまざまである。戦後の恭順度や行動、交渉状況などによって危険度が判定されてはいるが青だと思っていた所が近所の騒動に影響されて赤になる事もあったりするので簡単には安心できない。

 

「そもそもあれだけ派手に謀反を起こしておきながら条件さえ満たせればお家が残るのだからそれだけで十分な慈悲ではないか。それでも奪われる事を不服とするならばはっきりと旗色を鮮明にして欲しいものだ。そうすれば遠慮なく叩き潰せる」

 

 シュヴァルベルクらしからぬ乱暴な言い様ではあるが行政上の処理は七九九年いっぱいまで続くらしいのでそれまでこの緊張状況が続くなど考えたくもない。

 

「閣下……」

 

 情報参謀が"残念ですが"という顔で近寄ってくる。

 

「中六日。記録更新とはいかなかったかぁ」

 

 つまりは今年に入ってから"何も起きずに一週間が経過した時が無い"のである。半分以上が圧倒的兵力差で降伏させるか四散するかなので人的消耗は少ないものの関係者のストレスが減る事は無い。しかし今回はここから様子が異なっていた。

 

 三日後

「閣下……」「今度は短くなってしまったか」

 

 二日後

「閣下…………」「ちょっと頻繁になってないか?」

 

 翌日

「閣下」「ちょっと待て、関連性があるかないか情報を集めよ」

 

 翌日

「か」「今度は何処だ!!」

 

 四時間後

「閣下!!!」(無言で手元のティーカップを叩きつける音)

 

 

「ガイエスブルク要塞より報告、旧ブラウンシュヴァイク領の複数個所にて暴動が発生。一部の旧私兵治安維持隊がこれに同調。旧リッテンハイム領からも動きがあるとの報が入っております」

 

「……なんで?」

 

 

 後に"盟約の死後痙攣"と呼ばれる事になるこの内乱最後の大きくて小さい動乱の幕開けであった。




※1:勅命
 といっても実態としては摂政としてのリヒテンラーデのGoサイン

※2:臣民の権利
 階級・軍法によって保証されているいるはずの軍人の権利や刑法などにおける貴族・平民の区別なく罪とされている内容などにおいても法などより身分による圧力が優先され、一般臣民が不当な扱うを受けてしまう事例が多々存在する。ミッターマイヤーのあれとかね。

※3:フレーゲル家を通した政府への通知
 フレーゲル家に仲介をしてもらう事によりカストロプ動乱の際に助けられた恩を返す意味を含めた行為。

※4:家が明確に割れた諸侯
 カルネミッツ家のように政府・盟約に立場が分かれて活動していた家など。特に軍人のいる家は活動が明確になる為に判断しやすい。

※5:手続き開始
 最初から立場を明確にしている者にはサービスとして事前通知などを行い、手続きを行いやすいようにサポートしている。政府側が資産目録の作成や公収する財や領の算出などを行うモデルケースを作りたいという事もあり家によっては手続き開始と同時にほぼすべての処理が終わる所もあった。

※6:罪の重さ
 家の中における盟約側、政府側の比率や政府側に立った人物の貢献度。当主や跡継ぎがどちらに付いたか?などの"重み"で没収される領や財産の量は変わる。

※7:護衛
 頭の悪い生き残り貴族や門前払いを食らったり不正(賄賂)に失敗した貴族達からの逆恨みなどがあり摂政補佐官として父共々怪しい輩に狙われる事が発生し始めているので常時護衛が付くようになっている。

※8:正規艦隊
 現存一三個艦隊のうち司令長官直属・帝都防衛・アムリッツァ星域防衛・旧ブラウンシュヴァイク領警備・旧リッテンハイム領警備で五個艦隊が運用中乃至動員不可。残余一部艦隊は基幹人員を再建中艦艇に引き抜かれ当分の間慢性的人材不足、残りが万が一の同盟軍襲来対応への待機が必要。となっておりかなりの"カツカツ"状態である。
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