偽書・銀河英雄伝説   作:隠居おっさん

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[2024/3/17]ホーウッドとルファーブルを間違えていたので修正


全話及び活動報告にある通り"不定期期間"となっております。

いつもとあまり変わらぬタイミングになりましたがいつもと違うのは次話の書き込みが0です。
いつもはこのタイミングで次話は基本書き終わっていてその調整をしつつその次の話を書く流れとなっています。

なので暇見つけたら書いていきますがペースは自分でも判りません。


No.55 束の間といふもの

 なんとかフォローしてあげたい上司

「うん、まぁこんな味が好きな人もいるんじゃないかなぁ(モグモグ)」

 

 師匠の一人の弟にして基本食えればOKな肉食系男子

「濃い味ですけどその分主食が進みますし、嫌いではないですよ(モグモグモグ)」

 

 大師匠の旦那

「これ女房が教えたレシピだよな。昨日家で同じの食ったし。どうしてここまで違う味になるんだ? (モグ)」

 

 師匠の一人

「まずはレシピ通りに作っているか、ですね。後でどう作ったのか教えてください(モグ)」

 

 

 対策室近くの休憩所、お昼休みに最近よく見るようになった風景。テーブルを囲む男四人と女一人。

 

「どうして、こうなっちゃうんでしょうか…………?」

 

 その女、フレデリカ・グリーンヒル大尉が首を傾げる。テーブルの中央に置かれたパックには彼女が作った今日のおかずが入っている。それを皆でつまんで評価するのが最近の男性陣の日課である。師匠陣からのレッスンを受ける日々にて大師匠たる夫人から「作るからには食べていただかないとね」とノルマを課せられてしまってこういう日々になってしまっている。最初のうちは他の対策室所属女性陣からあまりいい目を見られていなかった。妻帯者が一名いるが他の男は年齢層が丁度よい上中下と揃っているのでアピールするにも露骨すぎ! という妬みの対象であったがさり気なく近くのテーブルで耳を傾けてみるとその内容で"??? "となり興味を持って一口貰ってみて"!!! "となって経緯を聞いて"……うん、頑張ってね"となった。まぁ男(上)が本命である事は日頃の態度で判るし、どう見ても中と下はそういう感情の無い会話になっているので判ってしまえば遠目で見守るのみである。

 

「こっちは同じ料理だよなぁ(モグモグ)」

 

「一応は、はい」

 

 先輩が後輩のお弁当から遠慮なくおかずを取る。"お試しおかず日課"がスタートしてしまったので男性陣もお弁当持参の日々となっている。フレデリカにとってつらいのは結果としてそのお弁当はそれぞれの師匠達の作品なので同じおかずになってしまったら比較対象にされてしまうという事である。やっぱりお勉強会の後となるとその対象がおかずとして出てくるわけであり、必然的によく被る。そしてフレデリカが駄目出しを受け続ける事になるわけである。

 昼休みとはいえ緊張感の欠片もないが最近の対策室は、というか情報部以外の軍部はとても安定してきており束の間の安息の日々になり始めている。なのでこういう日々もまた良し、なのである。

 

 

「出たぞ。予想はしていたが数値として見てしまうとなかなかインパクトがあるもんだ」

 

 その日の午後、今が安息の日々である事を証明する報告書が回ってくる。

 

「三二八隻……ですか」

 

「そうだ、三二八隻だ」

 

 七九八年上半期における自由惑星同盟軍宇宙艦隊損失艦艇数、その数字である。三二八〇隻ではない、三二八隻である。内治警備隊関係はまた別勘定だがこちらはイゼルローン獲得後、回廊同盟側警備隊の損失がなくなった関係で元々前年から大きく減少している。

 

「過去に同様の事は?」

 

「ない。これだけ被害が少ない期間があるとだな、これ幸いにと大規模動員をしてあそこ(イゼルローン)を狙ってだな。勝手に損失を跳ね上げるんだ」

 

 ラインハルトの問いにキャゼルヌがうんざりとした声で応える。

 

「分艦隊規模の遭遇戦が一回、あとは回廊出口付近での哨戒部隊同士の小競り合いのみ、ですからねぇ」

 

 ヤンの呟きが全てを物語っている。七九八年、同盟と帝国の意図的交戦は全く発生していなかった。同盟はもとよりその意図はなく、帝国もまた内戦後処理に目途が立つまでは自粛中である。お互いに回廊帝国側出口周辺における哨戒活動と監視システムの設置&破壊活動が精一杯であり衝突したとしても一〇隻二〇隻の哨戒隊だと二隻三隻失う前に逃げ出しておしまいである。唯一の衝突といえるのは同盟側イゼルローン艦隊所属のアッテンボロー分艦隊と帝国側アムリッツァ駐留艦隊所属のアイヘンドルフ分艦隊の遭遇戦であったがお互いに積極交戦の意思は無く自軍の戦力維持姿勢を理解していたので小競り合い程度で終了してしまった。損害のほとんどはその状況下で"何もせずに撤収してしまって良いのか? "という不慣れな遭遇戦故の行動不徹底が招き起こしたものであり、それでも損害は一割未満だったのはイゼルローン艦隊が最精鋭を保てるように配慮されているお陰であろう。

 

「この調子だと年間の損失艦艇が一〇〇〇隻を下回る。前年と合わせれば……本当に予定を一年前倒しだ」

 

「前倒しの影響は後で考えるとして、被害が少ないのは素直に喜んでおいてもいいと思います」

 

 同盟軍宇宙艦隊の再建計画は五ヵ年で約三〇〇〇〇隻の増強、単純計算で年六〇〇〇隻である。建造数は再建計画前から若干数を減らして年あたり一三〇〇〇隻、損失六〇〇〇、増強六〇〇〇、その他一〇〇〇(耐用年数超過艦艇の交換など)で考えられていたが七九八年の損失が本当に一〇〇〇隻であれば七九七&七九八年の合計で六〇〇〇隻の損失となり予定の半分となる。想定より早く中堅指揮官を用意しないといけない事と前線駐留基地の一個艦隊受け入れ可能予定の若干の前倒しなど嬉しい悲鳴はあるもののその逆になってしまう事と比べたらなんて事は無い。

 

「第五&六艦隊も正式に動き始めましたし今年はまぁ何も起きて欲しくはないですね」

 

 ヤンの言葉通りこの夏に予定半年遅れ(クーデター騒ぎの為)で第五&六艦隊が正式に活動を開始した。第五艦隊の司令官は元第七艦隊司令官ホーウッド中将、第六艦隊の司令官は元第一一艦隊副司令官コナリー少将。これで再建開始時に想定されていた艦隊司令官人事は完了した。帝国領侵攻作戦から生き残った艦隊司令及び副司令はほぼ使い切り、これからは独立分艦隊などを通して次代の中堅将官の育成が必要となる。しかし現時点での艦隊&分艦隊司令官格を十分な経験者達で埋める事が出来るのは心強い事であり内乱で中堅人材が大きく損なわれている事が推測され、そこからの回復において平均的質(経験者)の低下が予想される帝国に対するアドバンテージであると同盟軍は考えている。ここにたどり着くまでにクーデターが発生したとはいえ二年の時間が必要だった。この第六艦隊までの艦艇総数は実の所二年前の帝国領侵攻作戦終了時と大差は無い。しかし、処理能力を上回った損傷艦や組織として崩壊した部隊の再編成、定期的に行われる動員解除&新兵編入に伴う再訓練。ただの数が艦隊として動かせるようになるにはこれだけの手間がかかるのだ。帝国からの侵攻が再開する前に間に合った事を喜ぶ軍幹部は多い。

 

「ひとまずはここ(対策室)も情報部お手伝いの帝国情報分析に集中できるのだが……お前さんはある意味余裕ある今年中に色々と準備をしなくてはな」

 

 何かを思い出したかのようにニヤリとした先輩の一言にヤンが一瞬びっくりしたような表情を浮かべて直に むすー っとなる。

 

「どうしてここまで心配されるんですかねぇ。私だって一応あの時までは一人暮らししてたんですよ」

 

「暮らしてたというか存在してたというか」

 

 そのやり取りを見てユリアンが"ははは"と苦笑いを浮かべる。このやり取りの原因は彼である。ユリアン・ミンツは今年で一六歳、軍属ではない職業軍人の必要年齢に達した。ここから正式な士官になるルートは三つ。一つは士官学校に正式に入学する事、二つ目はこのまま軍に属して准尉まで昇進して幹部候補生育成所を経由する事、そして三つ目として今から幹部候補生育成所に入る事である。軍属経由で士官学校に入る者はまずいない。軍属になる事(=志願兵)自体が兵役(志願兵で足りない分の選抜徴兵)の対になるものであり正規軍人になるのなら志願する必要もないからである。そんな暇があるなら士官学校入学に向けて勉強していた方がいい。そして二つ目と三つ目の差であるが俗な言葉で言えば"ツテ"の違いである。前者は准尉まで叩き上げた者がその実力に応じてさらに上に行くための制度であり必要な推薦状は所属部隊の上官を中心に佐官クラスのものを集めれば良い。実際に見ている上官から"こいつはもっと上でも出来る"と認められればOKというものだ。消耗の激しい尉官の補充と言う側面があるので入学までの門は比較的広い。そして後者だがこっちはかなり条件が厳しくなり将官クラスからの推薦が必要となる。これは推薦者にもリスクがあり、不合格にでもなったらその者の見る目が無かったとして履歴が残るのでかなりの器量持ちである事を認められない限り推薦はされないし一人の将官が出せる推薦状の数にも制限がある。そのかわりに被推薦者の条件は年齢を満たしている曹長以上、のみなのであるがそれ以上の才覚が認められないいけない。そして重要な事としては"推薦者は被推薦者の親族及び特別親しい者であってはならない"という付加条件である。要するに"身内の推薦不可"である。なので少なくともヤンとキャゼルヌはユリアンの推薦状を出す事が出来ない。ヤンは養父として当然、キャゼルヌとは軍属前から家族ぐるみの付き合いだからである。

 

「まー、本人がそれを希望して色々とやってしまいましたからこちらとしては止められませんからねー」

 

 ヤンがジト目でユリアンを睨む。といっても"怒り"と言う意味での睨みではなくいわゆる"ツン"の睨みである。

 ヤンとしては"なんでわざわざ"という気持ちもあるし学費程度は賄える収入はあるのでこのまま軍属任期を満了させて望みの道を進めば良いと思っていた。だが、その望みの道が軍人なのだと言われてしまったら愚痴はこぼすが止められない。それが職業選択の自由と言うものだ。なのでヤンは"ツン"を発動させてこちらからは何の手助けもしなかった。"希望をするなら自分で調べて動くんだよ"と言って大切な養子の行動を見守った。しかしこの時点でヤンは養子が"一番弟子"である事を忘れていた。それを思い知らされたのはある日自宅で真剣な目のユリアンから"ご報告したい事があります"とテーブルにかしこまられて

 

「推薦状を頂きました」

 

 と二通の推薦状を出された時であった。

 

 

 推薦人 宇宙軍大将 統合作戦本部長チェスター・クブルスリー

 推薦人 宇宙軍大将 宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック

 

 

 文字通り、椅子からずれ落ちた。

 

「いつの間に! いつの間に……あー」

 

 勢いよく立ち上がり、それに気づいてへなへなと椅子に座り直して天を仰ぐ。

 

「そうかぁ。自分で蒔いた種かぁ」

 

 思わずぼやくが後の祭り。考えてみたらこのお二方とのツテを深くしてしまったのは自分自身だからと気づいたからだ。対策室という職場から統合作戦本部長や宇宙艦隊司令長官に報告相談する事は大小さまざま存在した。そして少なからずのやり取りをこの一番弟子に任せていたのだ。クーデターの働きでユリアンは周囲から一目置かれる存在になっておりそう重要でない書類の受け渡しや口頭伝達程度なら任せても良しとされていた。たまにそのまま"お昼ご飯御馳走になってしまいました"とか言って戻ってくる日もあった。考えてみたらあの二人からユリアンの話を聞く事もあったしその時はよく褒めてくれるのでこちらも嬉しくなって受け答えしていた気がする。…………もっともっと考えてみると自分、ユリアンが正式に軍人になる事を一個人としては望んでいない、と言ったっけ???? 多分言っていない。言っていないとなるとユリアンがそれを希望するのなら、まぁ、そう受け止められるよね。

 

「一通でも十分な方なのにお二人からもらっちゃったんだ」

 

「曹長になって少し経った時に"もし希望するのなら推薦状はまかせなさい"とお言葉を頂きまして……」

 

 二人ばらばらに言葉を貰って(一通で十分だとはわかっていたので)どちらから頂こうかと素直に相談したら"わたしが""わたしが"となって結局"別に二通で困る事もないだろう"と用意されてしまったらしい。

 

「困るのは……受付だろうね」

 

 多分、現役の統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官の両方からの推薦状を同時に持ってくるなんて前代未聞だ。受付もたまげるだろう。

 

「ふぅ」

 

 ヤンが大きく息を吐く。空になったカップにユリアンがおかわりを入れるが心なしかブランデーの量を多くしてる気がする。

 

「本当に、それでいいんだね」

 

「はい」

 

 即答である。覚悟は決めていたがこれは一時的な感情とかそういうものではない、十分に考えたうえでの決断なのだろう。少なくともこの子は自分の人生を適当に決めるような子ではない。

 

「そう決めたのならもう言う事は無い。でもね」

 

 これだけは伝えておく。

 

「軍人になるという事はその判断、言葉、命令の一つで何千何万の人の命を奪う事になる。そして当然、その命の一つが自分自身になる事もある。私である可能性もある。逆に私の命令で君のいる部隊を見捨てないといけない可能性もある。君が私を見捨てるように進言しなくてはいけない可能性もある。その意味、重さから目を逸らさないように。いいね」

 

「……はい」

 

 その日は流石にいつもより多く飲んだ気がするがお咎めはなかった。

 

 

「ふっふっふっふ、終わったぞ、一つ、遂に終わったぞ」

 

 一キロ弱/月のペースで体重を減らしつつあったドーソンが不気味なうめき声と共にパァ──ンと分厚い書類(添削用印刷)をテーブルに叩きつける。ついにこの日、情報部はクーデターの後処理としての軍内部人事精査を完了させた。クーデター勢力として直接動いた(逮捕された)者、日頃からその言動に問題ありとされていた者、それら将官・士官を起点として交流関係を探りさらに怪しい人物が出てきたらまた探る。それを再帰法で対象者がいなくなるまで繰り返す。作り出したリストでまだ軍に所属中である(=退役・逮捕等されていない)対象者の行動を確認し同調していなかったかを確認し未遂である事が明確になった場合、処罰の対象となる。実際の処罰は上層部が行うがそれに必要な情報は全て整った。ここまでが情報部の仕事だ。それが終わった。

 

「これでやっと別の案件の指揮を取る事が出来る、ふっふっふ」

 

「あの、ドーソン部長、宜しいでしょうか?」

 

 来客に全く気付いていなかったドーソンが自分の前に立つ人の存在にやっと気づく。

 

「ん、お、ヤン室長か。いや、すまん」

 

 委託されている作業の報告に来たヤンがどうにも困った様子で立っている。

 

「お疲れ様です。遂に終わりましたか」

 

 テーブル上の書類を見て何が終わったのかを悟る。

 

「あぁ、うちとしては終わった。これを元に上層部が処分を下せばやっとあのクーデターの幕が閉じるといえるだろう」

 

「処分しないといけない人もいましたか……」

 

「基地司令クラスでも何人かはな。基地内で多数派になれずに決起を断念、形跡をもみ消して何食わぬ顔で場を流した。そういうのが未だに何の処罰もされずに現職に留まっている。厳罰は免れんよ」

 

 それを相手に悟らせず尻尾を掴む指揮能力、本当に情報系には強いんだなこの人は。とヤンは思う。

 

「では、報告を」

 

「よろしく頼む」

 

 近くの席に二人が座り、情報部から委託された作業の報告を行う。帝国の最新情報の集約、本来は情報部が担当してまとめ上げないといけない情報。対策室としての仕事の報告はその管理元となる統合作戦本部経由であるが情報部から委託された仕事は情報部への報告となる。結果としては統合作戦本部への報告は情報部にも伝達されるし逆もまた然り。馬鹿馬鹿しい事だがこれが組織の手続きというものである。

 

「やはり情報の精度が落ちてるのが痛いな」

 

「そうなります」

 

 ドーソンが頭をかきヤンが同意する。双方の内乱の後、帝国に対する同盟の諜報力は明らかに落ちていた。内乱期間中に繋ぎが途切れた事も大きいが帝国政府内をはじめとした各界の人間模様が様変わりしてしまった為に情報組織網そのものを作り直する必要があったからである。しかしこれは作ろう、出来ましたとは言えぬものであり地道な再建期間がないとどうにもならない。

 

「亡命者からその当時の情報はいくらでも手に入るのだがな。だがその後の政変を考えると、その情報を前提にする事も出来ん。それに対してこちらは…………」

 

「政治体制の違いとこの度の亡命者に紛れ込んでいるであろうスパイ群。筒抜けですか?」

 

「機密事項さえ守れれば軍を回廊外に出さない間は直ちに問題にはならない。だがその間に撲滅は無理だろうが大事を起こさん程度にする必要はあろう。これがここ(情報部)の次の課題だ」

 

 ドーソンの眉間に皺が寄る。

 

「内部精査に亡命者精査、この突発的な大物二つが片付かん限り情報部は"通常営業"に戻れん。私の頭に入りきらんものは他人に持ってもらう必要がある。そっち(対策室)は大物を抱えていないようだからな、もうしばらくの間は何かしら"外注"させてもらうぞ」

 

「本業に影響が出ない範囲で、ならなんとか」

 

「ま、ここからの外注が終わってもどこかしらからは事が入ると思うがな。君の頭はそういうものだ、というのはもう軍首脳部の周知の事実だ」

 

「……給料あがりませんかね」

 

「中将が大将になったら十分に上がるぞ、役職も上がるがな。なんならこの椅子座るか?」

 

 ニヤリと笑うドーソン。ヤンは"現状でほどほどに頑張ります"と応えた。完敗である。

 

 

 

「平和だねぇ」

 

「いい事じゃないか、残業が減る」

 

 秋もたけなわ、半年で三二八隻だった損失艦への追加は三ヵ月で四一隻。合計三六九隻であり年間三桁になりそうであるというのが現在の自由惑星同盟軍の状況を物語っていた。数値は全部キャゼルヌが取り仕切れるので結果を見て確認するだけ。やる事と言えば帝国情報の確認・分析なのであるがどうやら帝国の謀反貴族達残党対策としては各地に部隊を広く浅く展開して対応しているらしく同盟が知り得る情報元からはその動向が伺えず、帝国艦隊が駐留するヴァルハラ星域の各惑星はこちらに勝るとも劣らない静けさを保っている。要するにかなりやる事がなくなってきているのである。この対策室は。

 

「計画は五年、対策室は二年で縮小は早いから三年くらいが頃合いと考えているみたいです」

 

「あと一年予定、か。今より縮小となると規模的にトップが中将ではなくなるだろうな。兼任解除か配置転換か?」

 

 キャゼルヌが最終確認した書類を渡し、ヤンが軽く見てサインをする。目標値に対する実数値は極めて順調であり動員解除(志願・徴兵満期終了)は予定より多く行われている。一年以上かけて計画的に行われてきた配置転換や現艦隊規模に合わせた組織人員数調整で捻り出した適切なリストラによる技術職の動員解除対象をその"予定より多い"枠に押し込み、社会に還元する。帝国領侵攻作戦の大損害を無理矢理回復させようとせず、むしろ必要十分な程度の規模に縮小再編成するこの改革は今の所上手く回っており社会インフラの質低下などはここ一年であきらかに下げ止まりになっている事は数値として出始めている。これがより多くの損害を受けて、回復させなくてはいけない状況だったら下げ止まる事なく更に加速度的に落ちて行った事だろう。崖っぷちから一歩二歩、間を置く事に成功したといっていい。

 

「階級が上がる事はないでしょうから現職(幕僚総監)をじっくりやらされるか、経験として色々な所を回されるか。こればっかりは判りませんね」

 

「ユリアンも一人立ちといっていい状態になるからな。ある意味、どこにも配属させやすいと言える」

 

「それなんですよねぇ」

 

「ま、お前さんの頭を当てにしているお偉方は多いだろうから遠くに飛ばさずにここ(首都星系バーラト)での職になるとは思うがな」

 

 少なくとも退職は出来ないと諦めているヤンはやや達観している感があるので現状(同盟と言う国が)道を外さなければどこでもいいという気持ちではある。出世とか権力欲とかはまったくないのだ。それなりに仲良くしていられる首脳陣と連携できる所だったらどこでもいい。そう考えているヤンの元に思った以上に早く、その後のお話が出始めた。

 

「現役は来年いっぱいまでという事で内諾をいただいとる」

 

 宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック大将は七九八年で七二歳。普通は退役している年齢である。

 

「となると後任は当然ですがウランフ提督に?」

 

 ヤンの問いにビュコックと同席しているクブルスリーが同時に頷く。

 

「それに関係して来年から色々と人事が動く事になる」

 

 クブルスリーがペラいちの用紙を取り出しヤンに見せる。手書きのそれには今後の大まかな編成についてのメモが書かれており自分の名前を記載されている。名前と? マークだけ書かれているそれがとても気になるがそれ以上に気になる項目を見つける。

 

「イゼルローン総司令の独立ですか? ゆくゆくはとなっていましたがこの機にやるのですね」

 

 ヤンの見つめるそれには"イゼルローン総司令:大将"、"イゼルローン艦隊司令:中将"、"イゼルローン要塞司令:中将"と"別々の項目"で記載されている。

 

「そうだ」

 

 クブルスリーが頷き、その背景を語る。

 

 帝国時代、イゼルローン要塞司令と駐留艦隊司令は共に大将であり明確な序列は設定されていなかった。それ故にこの二人は常に仲が悪く、その最悪の結果がヤンによる奪取だった。同じ轍を踏まない為に同盟はイゼルローン総司令兼艦隊司令を大将とし、要塞司令を中将とする事で明確な上下関係を作った。のだがこれはこれで一つの問題が発生した。帝国には上級大将が存在し大将というのは"艦隊司令官クラスの先任"に近いものがある。同盟で言う所の中将が帝国では大将と中将だと考えればいい。故に帝国にとって大将というのは比較的替えが効く階級なのである。それに対して同盟にとって大将と言う階級が必須となるのはイゼルローン獲得前は統合作戦本部長と次長、そして宇宙艦隊司令長官だけでありそれに次ぐ役職といえる参謀長や各部長は中将で就任可能である。そしてこの要大将の職にイゼルローン総司令が追加されNo.3の役職と定義された。その結果として統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官が長期政権になったらこのイゼルローン総司令までもが長期着任となってしまう。No.1&2になれる人材というものは貴重でありNo.3が長いからと肩を叩くわけにはいかない。一応統合作戦本部次長という役職もあるがこれは本部長の負荷削減と万が一の時の予備的な人員であり"本命"ではない。それを考えた場合、政治側が嫌がるのは現地(イゼルローン)での人事固定による軍閥化でありそれに対応する為の総司令独立である。No.3としての総司令はそのままだが現地の武力である艦隊と要塞とは切り離す、中将であれば定期的に交代はできるし現地武力の固定化はされない。

 

「ゆくゆくはイゼルローン艦隊と支援艦隊(後方駐留基地)と総予備(首都星待機)を三個艦隊の任務群にして交代制を取る事も考えている」

 

 同格による喧嘩、最高位と直接戦力の融合による軍閥化、それらの問題に対応した予定人事という事である。実はヤンが纏めた構想はそこまで考えておらず(軍閥化という考えが無かった)現状と同じ総司令兼艦隊司令案であったが当時からこの指摘はされていた。だがその時は司令官格の不足、そしてなりよりもウランフ大将への信頼と実力が後処理が安定するまでの兼任を可能としていた。

 

「それらを含め、来年頭から数カ月ごとに人事を動かす予定だ。まとめてではないのは範囲が大きいので同時に行うと影響が大きすぎると考えての事だ」

 

「それで、その過程で困ったことにな……」

 

 ビュコックが頭をかきながらぼやく。

 

「ヤン室長、来年の四月か七月ごろからか……参謀長になってくれんか?」

 

「はい?」

 

 対策室は縮小予定とは言え来年いっぱいくらいはそのままかな? と思ってたヤンが虚を突かれたように空返事してしまう。

 

「現職のオスマン中将がな、ちょっと体調が宜しくないのだ」

 

 ビュコックが話すにはオスマンは軽い心臓病を患わっており医師からは"現在の落ち着いた状況ならまだしも本来、参謀長という要職でありハードワークが嵩む役職はお勧めできない"と言われている。一枚目のイエローカードを貰っているようなものだ。いや、いまだからレッドになっていないだけで一昔前ならレッドだったのかもしれない。

 

「非常事態でないかぎり司令長官と参謀長の同時交代は避けたいのでな。となればわしが退く前に交代させるしかない。本人もそれが望ましいと言っている」

 

「でしたら副参謀長をもってというのが定例では?」

 

 現在の副参謀長はビュコックの元で第五艦隊参謀長を務めていたモンシャルマン少将である。

 

「モンシャルマン君は……一個艦隊の参謀長や今の副参謀長としてなら十分だが、残念だが総参謀長と言う程ではなくてな。良い頃合いなので来年頭に交代をする予定だ」

 

 長い付き合いのビュコックがそう評しているのだからそうなのだろう。

 

「モンシャルマン君の後任について候補者は今絞っているが率直な所、君以上に信頼できて参謀長にしてもいい人材がいないから副参謀長にする、というのが実情だ。なので予定より再建状況が良いという事もあり対策室の縮小は半年かそれくらい前倒しにして君とキャゼルヌ君を他に回てしまおうという考えになった。キャゼルヌ君の方はロックウェル君(後方勤務本部長)から"もうそろそろうちの次長としてくれないか? "とせっつかれている状況でな」

 

 クブルスリーの説明を聞いてヤンが"う~ん"と悩み込む。確かに今、対策室はそこまで重い状況ではない。少なくともアレックス・キャゼルヌをあそこで軽い後方事務処理させるのは正しく"役不足"というものだ。後方勤務本部次長→部長というのは彼の実力を知る軍幹部にとって既定路線というものであり後方勤務と事務処理だけで四〇歳までに中将で部長も夢ではないと言われている。そうなれば軍歴の半分以上を部長で過ごすという稀有なケースだ。

 

「その後の対策室は?」

 

 対策室は解散ではない、縮小だ。つまりは後釜がいるはずだ。

 

「規模を縮小し室長はグリーンヒル次長(統合作戦本部次長)が兼任、役割としては予定に齟齬が無いかなどの軍全体に対する監査役みたいなものになる。視野を広くさせたい若手を登用して見張らせて"顔"が必要な時はグリーンヒル次長に出てもらう。君に任せていた"考える"という役目は終了という事だ」

 

 説明を受けたヤンが頷く。その機能にするというのであれば自分やキャゼルヌとは趣が違う。

 

「ちなみに、君が参謀長になった場合、幕僚総監は兼任だ。こっち(統合作戦本部)とそっち(宇宙艦隊司令部)の両方に公式なパイプは持ってもらいたい。だがメインが参謀長でいい。幕僚総監の方は次席のマリネスク君にこれまで通り任せていい」

 

「私の人事は、その、既定路線という事でしょうか?」

 

 ヤンの問いに両名がそろってニヤッっとする。言葉には出さないがもう"そう"であるという事なのだろう。幕僚総監との兼務であるが前任の参謀長(グリーンヒル大将)が本部次長と参謀長を兼務していたのだからやってもいい人事なのだろう。

 

「君のキャリアを考えれば艦隊司令官にもう一度なってもらうという考えもあったが君はどちらかというと艦隊司令官からのこっちというより参謀長からのそっちという線の方が似合っていそうだからの」

 

 ビュコックが指差ししつつ"参謀長→(イゼルローン総司令)→統合作戦本部長"というルートを示す。しかし、それは……

 

「自分はそんな柄ではないです……」

 

 ヤンが慌てて否定する。この人たちに評価されるのはそれなりに嬉しいが自分が一番上に立つ事がまったくもって想像できないというかしたくない。それまでになんとかして退役したいのだ。

 

「しかしだな、今、艦隊司令官クラスで軍令方面に適正がある者が見当たらないのだ。正直な所、ウランフ君の次の候補がいないというのが我々と国防委員会の共通認識だ。特に国防委員長(とその主)の目にかなう都合の良い存在がいないらしくてな、それもあって今はある程度こちらの希望の人事(=要職候補者リスト作成)がやりやすい状況なのだ」

 

「ひとまず未来の話は置いておきましょう」

 

 このままだとそのレールに乗る事を承諾させられそうなので話をいったん切る。

 

「参謀長という事でしたらその、どこまでやれるかは判りませんが、まぁ、他がいないというのではれば、未熟者ですが……」

 

 しどろもどろになりながら応えるがいつの間にか参謀長の既定路線が受けいれてしまっている。任期を考えれば支えるのはビュコックとウランフの両名だ。この二人であればやっていける。その次はまぁそれまでに逃げ道を考えよう。

 

「一応話が表に出始めるのは来年になってからだ。国防委員長も"これはまぁ仕方ないんじゃないかな"とは言ってくれているがあの人の立ち位置を考えるとこちらとは違う人事が出始めてもおかしくはない」

 

「以前、情報部の予算を捻り出してくれて"おや? "と思ったがあれはあれで"レベロ議長が握っている予算を少しでも分捕りたいだけだった"という話だしのぅ。あの人にとってはそれが"ご主人"への貢献らしい」

 

「それは置いておいて、この話そのものはまだ内密に頼む。ひとまずは来年、現状の対策室を畳む準備だけは考えておいてくれ」

 

「わかりました」

 

 五ヵ年計画の素案立案者としてそれが終わるまではどういう形であろうと辞めれないだろうと腹をくくっていたが何だか知らないうちに重役ルートになってる気がする。どうやって逃げ道を作ればよいのだろうか? 

 

 

「可能な限りの自動化はしておきましたがゴミ捨てだけは自動化できません。分別と曜日についてはそこに張り出していますから必ず守ってください」

 

 仁王立ちして指導するユリアンの声をかしこまった姿勢でヤンが聞く。滞りなく来年度の予算も定まり、年越しも見えてきた昨今。士官学校に併設されている幹部候補生育成所への入所が決定したユリアンは一年間宿舎暮らしとなる。初めてこの家に入った時のありさまを記憶する彼はその再来を防ぐべく徹底した準備を行った。家政婦を雇うという手は秒で却下されたので洗濯機・掃除機・食器洗い機など自動化できる機器を最新の音声対応型から選んで(ヤンのカードで)購入。配置、動作確認を行い、使い方をレクチャーする。

 

「そこまで信用できないものなのかなぁ?」

 

「できません」

 

 公と私でここまで立場が正反対になるのも珍しい。

 

「宿舎通いは本当に暇がないとミューゼル大佐から聞いています、あの人がそこまで言うのなら本当に大変なんでしょう。なのでどれだけ帰ってこれるか判りません。卒業して帰宅して最初に大掃除とならないようにお願いします」

 

「こっちはいいからね。まずはきちんと卒業する事を考えて、ね」

 

「安心して励めるように後顧の憂いのないようにしているだけです。キャゼルヌさんにお願いしてご家族で定期的に訪れてもらえるようにはしていますので手は抜けないと思いますが……」

 

「うえぇ……」

 

 混じりっけなしの"嫌な顔"になる。旦那はどうでもいいが奥さんと娘さんには不愉快な事にはしたくない。

 

「さて、晩御飯の準備をしないと」

 

 台所に消えていくユリアンの背中をじーっと見つめる。軍人になってしまったら同じ職場になる保障は全くないしそうなる様に手を回す事をするつもりもない。ある意味のんびりと食卓を囲める日々はほぼ終わりという事だ。

 

「それにしてもな~~~んで軍人なんだろうねぇ」

 

 その軍人として史上まれにみる年齢で重役ルートに(嫌々)乗ってしまっている自分がいうのもなんであるがそれでもやっぱりヤンは思ってしまう。それがまぎれもない彼の本音なのだ。

 

(育成所で一年、少尉として比較的安全な場所で学べるのが一年。再建予定は一年巻いてるからそれが完了するのと中尉任官が同じくらい。奇手を弄していなければ帝国のリアクションも見定めるのもこれくらいの時期だろう)

 

 そのうえでどう考えて行動するべきか、それを指導する事は出来る。常識的な艦隊戦であれば総参謀長と言う役職はその分析・提言などの中心の一つだ。どうせ当分の間退役などできないのだ、せめてこういう事で守れるものを守るしかない。

 

 宇宙歴七九八年。自由惑星同盟はあのイゼルローン要塞の完成後において初めて、艦隊規模の軍事活動を行わない年となった。ただ、これが来年も続くとは誰も思っていなかった。

 

 

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