偽書・銀河英雄伝説   作:隠居おっさん

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帝国側から見た同盟艦隊を 敵艦隊 と表記したり 第〇艦隊 と表記したりしているのは実際に接敵し詳細照会が完了しないと所属元がわからないから。だと思ってください。


No.5 アスターテ会戦(2)

 

 

「非常識な!!」

 

 同盟軍第四艦隊司令官パストーレ中将の第一声は奇しくもその第一報を聞いた第二艦隊司令官パエッタ中将と同じであったという。そうしている間にもディスプレイに映る敵影の光源はその厚みを増しており、少なくともそれが牽制を目的とした分隊などではない事を物語っている。

 

「なんなのだ! …………いったいなんなのだ!!!!」

 

 思わず司令官席から立ちあがり周辺を見渡す。この状況下で正面の現実から目をそらしてしまうなどあってはならない事だがそれを咎める幕僚はいない。皆、ディスプレイを呆然と眺め思考を停止している。

 

「っ!!閣下!! せ、戦闘です。ご指示を!!」

 

 最初に現実に立ち戻った参謀長が参謀とは思えない口調で指示を促す。

 

「友軍に緊急連絡!方法は何でもいい!! それと全艦総力戦準備!準備出来次第各自戦闘を開始せよ!!!」

 

 パストーレ中将の命令の形をとった叫びを合図としてディスプレイに閃光が広がる。しかしその閃光は自軍のものではない。

 

 

「強襲を覚悟して突っ込んだのだが……これは奇襲といっていいのか?」

 

 帝国艦隊先頭集団を務めるファーレンハイト少将は最大射程距離を突破し最効率砲撃距離に入っても動かなかった敵軍に呆れ思わずつぶやいてしまう。既に第一段階の戦闘指示は出しており、激戦による小修正を覚悟していたがその必要もなく第二段階への移行すら見えてきた。ファーレンハイト少将の部隊は本来一五〇〇隻程度だがメルカッツ大将の本陣から五〇〇隻程の増援を受け、二〇〇〇隻規模となっている。しかも増援は突破力を高める為に戦艦・空母を多数含んでいた。これらが効率よく再配置されたファーレンハイト部隊は予定していた第二段階である接近戦すら必要のないまま敵先頭集団を文字通り粉砕してしまう。

 

「敵先頭集団に対するワルキューレ発艦は取りやめだ!! このまま突っ込んで第二陣に接敵次第ぶちかますぞ!!」

 

(これで俺の部隊のノルマは達成だ)

 

 敵軍の状況が整う前に敵先頭集団を葬る。それがファーレンハイト部隊の主任務だったがどうやらもう一つ、部隊を潰せそうな状況となっていた。

 

 

(これが、本当の戦場というものか。違う! ヴィルヘルミナ(※1)で見たものとは違う!)

 

 フレーゲル少将は眼前に広がる光景に思わずたじろぎそうになるが貴族として鍛えたやせ我慢で表面上は平然と司令官席に佇む。

 分艦隊司令官ではあるが実戦闘は用意された幕僚などがこなすので実の所、やることはない。

 

 帝国艦隊はファーレンハイト少将の部隊を先鋒とし、その次にメルカッツ大将の本陣、さらに総予備や非戦闘艦(工作艦・補給艦など)を含む後陣。本陣の右側にはフォーゲル中将、その後陣にエルラッハ少将。左側にシュターデン中将、フレーゲル少将の部隊はその後陣となっている。戦闘そのものはファーレンハイト部隊と本陣が敵軍を正面から粉砕。左右先頭の部隊が中央突破で分断された敵軍を更に叩きつつ外側に押しやる。その後陣としてのフレーゲル及びエルラッハ部隊はそれらの戦闘結果の後掃除をしつつ進むのが任務なので正面からの組織的な抵抗は受けない。せいぜい外側に逸れていく敵艦隊からのでたらめな反撃に注意する程度である。

 

「素人目にも優勢である事は分かる。これは、大勝しつつあると言って良いのではないか?」

 

 ディスプレイを確認し、幕僚達に尋ねる。

 

「艦隊戦は専門外ですが、存外の勝利となるのは確実な流れですな」

 

(司令官席に座る人が素人ですか)と言いたくなるのを我慢し、アントン・フェルナー中佐が答えた。艦隊戦が本職の幕僚は戦闘指揮に忙しい中、陸戦・諜報の専門家である彼くらいしか対応できるのがいないのである。ブラウンシュヴァイク家から各種幕僚が添え付けられているが手あたり次第な故の状況といえよう。

 

「しかし、ここまで勝ってしまいますと…………」

 

「勝ってしまうとどうだというのだ?」

 

 フェルナーは首を傾げつつその思いを素直に話すことにした。

 

「もう1戦、できるんじゃないんですかね?」

 

 そう語った時、敵艦隊旗艦撃沈確実の情報がディスプレイに表示された。

 

 

 戦闘開始後四時間で同盟軍第四艦隊は壊滅した。中央突破から逃れた両翼にはまだ組織的抵抗が可能な小部隊が存在するが指揮系統は崩壊し統一した行動は不可能、できる事と言えばとにもかくにも損傷艦の救援を各艦で実施するが精一杯。本会戦での再戦闘は論外な状況となった。

 

「さて、わが軍は予想以上の勝利を得た。ここからの行動は予定していた戦場離脱、そして今説明した追加案の実施である。諸君の意見を聞きたい」

 

 同盟軍第四艦隊を殲滅し、即離脱を実施した戦艦ネルトリンゲンではメルカッツが幕僚達にキルヒアイスの作成した追加案を説明し、幕僚達の反応をうかがっていた。

 

 "中心点から0時方向に進む帝国艦隊は、10時方向より中心点に進む敵第四艦隊を最短距離にて接近して撃破、そのまま時計回りに移動、2時方向より進軍していた敵艦隊が第四艦隊艦隊救援に直進している事を想定し、その右翼後方より攻撃する。想定位置に敵艦隊がいない事が判明した場合、もしくは想定外の位置で敵艦隊の反応を感知した場合は状況を問わず転進、戦場より離脱する"

 

 この追加案の優れた点は自軍の行動ルートが敵の行動想定範囲外であり、さらに侵入元の方を移動する為、退路を塞がれる事もなく何かあったら即逃亡が可能な事である。幕僚達の結果は「駄目元で進むだけ進んでみる」であった。現時点での離脱でも十分な戦果を得ている。二匹目の泥鰌ではないが離脱の安全性が確保できる範囲でさらなる戦果を目指してみるのも良いという判断であった。

 

 各提督に通信が入り、追加案の実施が伝えられる。更なる戦果拡大を喜ぶ者・勝ち逃げできずに残念がる者など反応は様々であるが言う通りにした結果が初戦の快勝であり、追加案にも明確な離脱判断条件が用意されている事もある以上各提督からの反論もなく、帝国艦隊は戦闘続行不可能な損傷艦を先に帰還させた後、行動を開始した。そして、

 

 

 6時間後、同盟軍第六艦隊は壊滅した。

 

 

(嫌な予感がここまで的中するのは気分が悪いな)

 ヤン・ウェンリー准将は敵艦感知のアラームと共にディスプレイに映し出される光源を見て思う。彼は一幕僚としての義務は果たしている。作戦前の提言をした、作戦に対する諫言をした、崩れた作戦の修正を提言した、ついでに万が一に対する仕込みもひっそりやっておいた。全て提言・諫言は「~~のはずだ」という推測と言う名の希望を元に退けられた。その結果が今、目の前に広がる"それ"であった。ヤンにとって唯一の希望は敵将メルカッツの人となりであったが第四艦隊からの急信が届いた時点で潰えた。奇策を弄しない常識的な正統派だというデータだったのがそれが過ちだったのか良い幕僚がいたのか。残念なのは将来それを研究する事の出来る確率が光源が広がる程に減っているという現実であった。

 

「全艦総力戦準備! わが軍はまだ負けていない。敵艦隊は短時間の連戦で疲弊している。掃討戦を受けていない第四第六艦隊の残余部隊も後に駆けつけてくる。ここで耐えれば勝てるのだ!!」

 

 第二艦隊司令官パエッタ中将の督戦を合図に艦隊の熱が一気に上がる。総司令官としての視野・柔軟性に関しては見ての通りだが"なぐりあい"となればヤンから見ても悪くない。適材適所でいうのなら一個艦隊の司令官として"使われる"側に立つ事で最も光る人なのだ。

 

「ファイエル!!」

「撃ち方始め!!」

 

 両艦隊の先頭集団の交戦が開始された。本会戦の同盟軍としては初めてのまともな戦闘開始である。連戦ではあるが極めて士気の高い帝国軍の攻勢、まずはその勢いを少しでも止めないといけない第二艦隊は初手からの全力攻撃にて応じる。

 

「旗艦、もう少し前に出せ!! 状況がわからん!!」

 

 パエッタ中将の指示で旗艦パトロクロスが前進する。手ごろな位置に陣取るとパエッタは猛然と先頭集団の立て直しを図り始めた。帝国軍先頭集団の歩みが緩み、督戦の通り"耐える"状況になりつつあるその時、パトロクロスを凄まじい閃光と衝撃が襲った。

 

 

「よもやここまで来てしまうとはな」

 

「申し訳ありません。ここでの策は用意しておりませんでした」

 

 先頭集団の殴り合いを眺めつつキルヒアイスが本当に申し訳なさそうに謝罪する。三戦目の案など最初から考えていなかった。そもそもなんとかして初戦勝利で撤収しよう、二戦目はまぁ濡れ手に粟を拾えればというぐらいの期待でしかない。万が一が発生し二戦目も勝利した所で自軍の消耗は限界だろうし三戦目が出来るはずもない。そういう認識だった。損傷は軽微、全力で消費させたはずの戦闘物資も半分残っている状態である。それでもメルカッツと幕僚たちは撤収の方向で固まっていた。うまくいきすぎているという不安と二艦隊撃破という戦果に何の文句があるのだ、という気持ちである。

 しかし、司令部の判断と下の者たちの温度差は艦隊を次の戦いへと押し込んだ。

 

「二つ目もやったぞ」「次も当然撃破だ」「ここまで来て退く選択肢などない」「進軍準備完了、方向を指示されたし」

 

 部下たちは思い思いの方法で進軍の準備をし、一部の艦艇は推定方向への移動を開始する素振りすら見せ始めている。ここで止めれば混乱は必須。落ち着かせてから戻るにしても中途半端な停滞は追撃を許すことになる。ここに至ってはメルカッツも腹を決め前進を命じるしかなかった。

 

 鈍り始めていた先頭集団の攻勢が動き始め、押しが強くなってきた。押し込まれる敵中央が凹み始め、形勢は初戦と同じ流れを見せようとしている

 

 

「どうやら、勝てそうだな」

「どうやら、負けなさそうだね」

 

 

 異変に最初に気づいたのはキルヒアイスであった。

 

「おかしいです、これは」

 

「おかしい、とは?」

 

 メルカッツが首を傾げ、ディスプレイの状況を確認する。数秒の沈黙の後、初戦との違いを認識する。

 

「敵中軍が"減ってない"な」

 

「はい。初戦の中央突破は敵軍を磨り潰して前進ですがこの艦隊は、潰れていません」

 

 敵艦隊の中央を貫きつつある、それに変わりはない。しかし敵艦隊の中軍は後ろにそれつつ左右に展開していく。第四艦隊のように中軍が消滅して左右が残るのではない。全軍が左右に分かれているのである。そして、

 

「敵艦隊、急速前進!! わが艦隊の側面を駆け抜けていきます!!」

 

 オペレーターの悲鳴が環境に響き渡る。

 

「全艦前進継続しつつ右旋回!! 敵右翼の後部に食らいつけ!!」

 

 メルカッツがこの会戦にて最も鋭い指示を出す。

 

「即離脱はなさらないのですか!」

 

「相手は十分に計算してこの機動を成している、ただ逃げるだけではエネルギー切れまで後陣に被害が出る!」

 

 幕僚の意見を即却下してメルカッツは想定外の旋回戦を開始した。

 

 

「流石にすぐに逃げてはくれないか」

 

 第二艦隊臨時司令官ヤン・ウェンリー准将がOの字になりつつある戦場を眺めつつ呟く。

 

 

 パトロクロスを襲った凄まじい閃光と衝撃、被弾による混乱。ヤンが意識を取り戻すと艦橋は醜い有様となっていた。直ちに医務班を呼び寄せ艦橋人員の生死を確認する。司令官・負傷、参謀長・死亡、副参謀長・死亡。

 

「艦隊の指揮を取れ……」

 

 それだけを伝え、パエッタ中将は医務班に連れられていく。ヤンは覚悟を決めて通信マイクを握る。

 パエッタ中将の奮戦で持ち直していた先頭集団はこの混乱の合間に磨り潰れつつあった。ここは駄目だ、すまない。しかし、その後ろに控える中軍はまだ動ける。それならまだマシな動きが出来る。間に合わせることが出来る。そして、

 

 

 戦場の状況は完全にOの字となり泥沼の消耗戦になりつつあった。途中、帝国艦隊の分艦隊旗艦が一隻撃沈したらしいが戦況としては何の変化も生み出さない。中途半端な離脱開始は相手に付け込む隙を与えてしまう。両軍の司令官に焦りの色が見え始める。  何か、何かタイミングが欲しい。

 

 そのきっかけを作ったのは帝国艦隊側だった。後軍に控えていた輸送艦から非常艇で乗員を無理やり脱出、他艦艇に収納させた。無人となった輸送艦はプログラム通りの動きで最後尾に移動し、おもむろにその荷物を放出した。

 

「前方敵輸送艦らしきものから大量の物資放出を確認。一部機雷の反応有り」

 

 パトロクロス艦橋、ヤン以外で唯一活動できる士官であるラオ中佐が報告する。

 

「了解。これでおしまいという事だ。全艦に通達、前方の荷物を左に曲がって回避。そのままO線上から離脱」

 

 ヤンが素早く指示を出す。どうやら相手がきっかけを作ってくれたらしい。同盟艦隊の方向転換を確認したのか、帝国艦隊はその逆方向に進路を変更する。

 

 

「助かった、のか?」

 

 フレーゲル少将が全身汗だらけで司令官席に座っている。起き上がる気力すらない。

 フレーゲル部隊は後方から迫る第二艦隊の砲火にじわりじわりと削られていた。反対側のエルラッハ少将は削りきられて戦死したらしい。

 

「言わなければよかった」

 

 フレーゲルもまた、二個艦隊撃破の余韻に酔い、三戦目を主張していた。一戦二戦と後ろから追いていくだけで目立った戦果は無かったが三個艦隊撃破なら昇進のおこぼれにあずかれるのでは? と考えた欲の結果である。

 

 

「総司令部より、全艦へ。諸君の奮戦・奮闘のお陰でわが艦隊は存外の勝利を得ることが出来た。これはまことに皆の……」

 

 

 メルカッツからの訓示が艦内に響き渡る。"皇帝陛下の威光が云々"という装飾もなく、淡々と全員を称える言葉が続く(一応後で怒られない程度に"皇帝陛下万歳"が入った)。

 

 

 

 アスターテ会戦と呼ばれる戦いの戦闘は終了した。

 

 帝国軍

  参加艦艇:二万隻余

  参加人員:二四四万八六〇〇名

  損失大破:二七〇〇隻余

  戦死者数:一八万四〇〇〇名余

 同盟軍

  参加艦艇:四万隻余

  参加人員:四〇六万五九〇〇名

  損失大破:二万二六〇〇隻余

  戦死者数:一五〇万八九〇〇名余

 

 

 

 同盟軍は帝国軍のアスターテ星域への侵攻を退け。戦略的な勝利を得た。

 帝国軍は同盟領のアスターテ星域への侵攻を断念。戦略的な敗北を喫した。

 

 

 

 





最初(第四艦隊)と最後(第二艦隊)は必要だけど・・・ごめんね第六艦隊(間延びするし原作と全く同じ流れなのでカット)

パエッタ中将はランテマリオの時、第一艦隊を指揮して圧倒的物量差の帝国軍と1日殴りあってます。アスターテの時もアンラッキーヒットがなかったら書かせていただいた通りのワンチャンは本当にあったんじゃないかなぁ?って思ってます。艦隊レベルでラインハルト陣営の提督と互角と言える殴り合いしたのヤン・ビュコック・ウランフ・パエッタくらいなんですよ。

アスターテ会戦はこれにておしまい。じゃないんです。あと1本あります。彼の戦いを書かないといけないんですよ。それが終わったら本当の序章終了です。そのまでは黎の軌跡Ⅱを我慢して書き抜きます。

序章終了したらやる事ありすぎるんで充填期間入ります。ストックも尽きたし。

備考 某男爵、まだまだまだ巻き込まれます(笑)

※1:ヴィルヘルミナ
 帝国軍宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥の旗艦
 フレーゲルは司令長官付幕僚としてヴィルヘルミナに乗艦し、安全地帯から戦場を見た事がある。
 No.4で「司令長官幕僚としてねじ込み階級を上げる予定」だったのはこの時。


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