偽書・銀河英雄伝説   作:隠居おっさん

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分量がそれなりに膨れたのとタイトルを別にしたかったので分けた


No.57 幕引きと幕開け

「やはりこういうのは慣れないものですな」

 

 落ち着かないのは宇宙艦隊司令長官シュヴァルベルク元帥

 

「まぁ、儀礼的なものですし。固くなる必要もないかと」

 

 といいつつも額に滲む汗を拭く統帥本部総長シュタインホフ元帥

 

「煩わしい事だが仕事の息抜きと考えれば無駄にはならん」

 

 肝が据わっているのかぶん投げているのかわからない軍務尚書ミュッケンベルガー元帥

 

 

 軍三長官を一部屋で待機させるなどという事を行えるのは皇帝陛下ただ一人である(摂政であるリヒテンラーデは実質的最高権力者として三長官を同時に召集する事もあるが立場を配慮し個室が用意される)。今、この三名は各地で勃発した"盟約の死後痙攣"と呼ばれる騒動における収束についての奏上を行うべく参上する所である。謁見を求める者の準備が完了した事を伝え、皇帝からの呼び出しを待つ。

 

「どうぞ」

 

 侍従長からの短い一言で三名が立ち上がり、謁見の間へ歩を進める。そしてその最中に思いもよらない同行者が合流する。私語厳禁のエリアなので相手には軽く会釈するだけとし、三名は目線で確認を取る。三名が三名、軽く首を振り"知らなかった"事を確認する。

 

 幕僚総監クラーゼン元帥

 幕僚次席グライスフ上級大将

 幕僚本部所属ハックシュタイン中将

 同レーリンガー少将

 

 この四名が"同行者"であった。

 

 

 幕僚、それは司令官を補佐する幹部格を示す言葉であるが彼ら幕僚本部に所属する幕僚達が補佐する司令官は誰かと言うと"皇族"である。銀河帝国全軍の統帥指揮権を持つ皇帝やその指名により代理指揮権を預かった皇族などの実務に関する補佐を行うのが主任務だが教育係として幼年期からの講師役も勤める。そして必要に応じて軍三組織(軍務省、統帥本部、宇宙艦隊司令部)への監査などを行う場合もある。そのような職務を担う幕僚本部は皇帝直属であり"本来は"非常に重要な第四の軍組織のはずであった。

 その幕僚本部は他の三組織と違いその時代時代において非常に浮き沈みの激しい組織であると言える。というのは甘い評価であり現実においては大半の時期において沈んでいる組織であると言わねばならなかった。銀河帝国建国当初、軍人として十分な経験・実力を持っていた初代皇帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが用意した幕僚本部スタッフは皇帝による軍三組織統括の為に揃えられた実力派揃いであった。二代目以降"皇帝の器"は加速度的に縮小していっても幕僚本部の実力重視は継続され、形としてのトップダウンが働き続ける事により銀河帝国と言う国家の形が定まるまでの間、内敵はあれど外敵のいない軍機能を腐らせる事なく維持してきた。が、そこまでであった。段々と能力を低下させてきた幕僚本部は第七代皇帝ジギスムント二世により木っ端微塵となり、後は現代に至るまで皇帝が聞きたい事があったら聞く為の相談役だったり教育役としての機能のみを有する事となる。第二四代コルネリアス一世がダゴンの報復戦の為にそのダゴン星域会戦を生き残った数少ない実力者を取り込んだのが最後の花と言えるだろう。

 そのような幕僚本部が今、非常に熱意を持った組織になっていた。まだ幼年であるエルウィン・ヨーゼフ二世の即位と内乱による門閥貴族勢力の壊滅、そして摂政リヒテンラーデによる帝国再生。その最終目標とも言える古き良き政である強力な皇帝御親政の復活。その為の幼帝の教育、御親政時の軍指導力の復活。幕僚本部の本来の姿を取り戻す為、本部内の働き盛りや中堅どころは積極的な動きを開始していた。

 

 

(!!!!!!!!!)

 

 謁見の間に入り、皇帝の御出でを待つ姿勢を取ろうとした三長官は幕僚本部の面々が彼らの横を通り過ぎ、玉座の傍らに歩を進めるのを確認すると愕然とする(が、表情は崩さない)。玉座の片側には摂政リヒテンラーデ、その側近で国務尚書であるゲルラッハ(政府代表)、摂政補佐官マリーンドルフ伯(※1)、そしてもう片側には幕僚本部の面々。つまり政と軍において皇帝の傍らにて補佐するのがこの面々であり彼らからすれば軍三長官(三組織)は見下ろすべき"下部組織"であるという事である。当然ながらリヒテンラーデを筆頭に政の面々は軍三組織と協力体制にあり、本当に見下している訳ではなくお互いを尊重している。しかし幕僚本部の面々は……わからない。

 

「かのような仔細でありまして盟約などと自称する叛乱勢力はもはや虫の息。警備隊再建まで支援は必要ではありますが正規艦隊が赴く必要はなくなったと判断して良い、と臣一同は考えております」

 

 シュヴァルベルクが代表し、親切丁寧に現状を伝える。皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世は一二歳、もう数か月で一三歳となる。まだ幼いとはいえきちんと教育を受けているのであればそれなりに理解し判断する事の出来る年齢になっている。この年齢だとその賢さ(才能とも言う)によって理解度がかなり上下してしまい全く駄目な人もいれば大人顔負けの判断が出来る者もいる。この幼帝がどうなのかはわからないが下手に隠したり細工する訳にはいかないしする意味もないので説明は隠すことなく実情を伝えている。

 その間、不気味な幕僚本部一同は静かに聞いているのみであり、時々皇帝の目配せを受けると近寄り一言二言言葉を交わす(内容の確認をしているのだろう)。そして皇帝から一つ二つと問いが発せられる。今回の報告内容は事前に伝えているのでそれを元に予め幕僚本部が用意した内容から答えが完全に出ていない物を選んでいるのだろう。自発的に何もしてこなかった先帝との違いを見せたいのだな、と三長官はそれぞれ思いつつその問いに答える。

 

「つまりは余の即位に反対した盟約とかいう謀反人共はもう潰えたのだな?」

 

「御意」

 

 その一言を聞き、あまり表情を見せなかった皇帝が初めて笑みを浮かべ、満足そうに頷く。どういう風に吹き込まれていたのかは判らないがやはり"自分の存在を否定する者達"には何かを感じていたのだろう。それが潰えたという意味はは幼いながらも理解している。

 

「ならば……」

 

 言葉が続き、三長官が"ん? "と言った感じに眉を動かす。

 

「次はあの叛徒共を討伐する番なのだな」

 

 その言葉にハッとした表情を浮かべ、思わず三長官は幕僚本部の面々に視線を向けてしまう。最高位たるクラーゼン元帥は評判通りの不気味さで視線を合わせずに飄々と立っているが他の面々の視線を感じて色々と悟る。

 

「あの叛徒共は余の要塞を奪ったままだという。確か軍務尚書と統帥本部長は"必ずや取り戻す"とご祖父様(先帝フリードリヒ四世)に誓ったそうではないか」

 

 予め用意していたであろう言葉ではあるが事実は事実なので文字通り"ぐうの音の出ない状態"になってしまう。その顔を見て、皇帝は幕僚本部の面々に何かを促す。

 

「陛下のお言葉の通り、叛徒共に"あの"イゼルローン要塞を奪われるという失態を犯した際。先帝陛下のご慈悲にてその職を続けられる事になりましたがその温情に甘える事無くこの時の為に牙を磨き続けていた事でしょう」

 

 グライスフの言葉と視線を受けてシュタインホフとミュッケンベルガーは"その通りでございます"としか答える事が出来ない。

 

「ようやくその時が来たのだ。お主らが責任をもって汚名を返上するのだ。それが駄目だというのなら余自らが討伐するまで」

 

 そういうと皇帝は立ち上がり"励め"とだけ言ってその場を去る。入ってきた時は一緒だった幕僚本部の面々は今度は皇帝と共に立ち去る。場に残されるのは半場呆然となっている三長官と話に入るタイミングすらなかった政の面々。

 

 

「あ奴らめ……」

 

 控室に戻るなり唸るように絞り出されたミュッケンベルガーの呪詛が全てを物語る。

 

「あそこ(幕僚本部)を便利な箱として使っておりましたがとんだしっぺ返しになってしまいましたな」

 

「しかし、司令長官殿は違うとしても私と軍務尚書殿は当事者なので…………厄介な事ですな」

 

 器用な事に謁見の間では出ないのに戻ってくると吹き出してくる汗を拭きつつ。シュタインホフの目がかなり泳ぎ始める。

 

 あの皇帝の言葉。いや、幕僚本部が言わせたであろう言葉には色々な意味が込められている。確かにイゼルローンが奪われたのは失態であり、理由があったとはいえ首が繋がる事を受け入れた以上何かしら報復、露骨に言うと奪回を行わないと面子が立たない。失陥後の同盟軍侵攻や先帝崩御からの内乱でそれどころではない状況であったがそれが収まればあれに向き合わないといけないのも当然だ。しかしあの言葉の意味する所は……

 

「要するに早期に奪回出来ん場合は我らの首が飛び、陛下恩自らという名目を掲げあ奴らが軍を牛耳るというわけだ」

 

「軍に対する指揮権というものは御親政を印象付けるいい名目ですからな」

 

「あの頭でっかちの面々が軍の差配が出来るとは思えん。それが出来るのであればハックシュタインやレーリンガーあたりはあそこに押し込めずに傍らに置いておるわ」

 

 あまり毒づかないシュヴァルベルクから珍しく毒が出る。ここに上げた二名は士官学校を首席で卒業した秀才であり参謀職を歩み現在の階級を得ている。司令長官着任時の人事で参謀長、副参謀長の候補としてリストには乗っていたが前任者から聞いた評価や独自の調査、そして自身の人を見る目から来る直感を元にした結果"不適切"と判断された。かといって階級がそこそこ高いので使いどころに困った結果、幕僚本部という名誉職(という認識を持たれていた)に押し込んで存在を忘れていた。ある意味その適当人事が巡り巡って己の厄として降りかかって来た感じだ。一応、頭はいいだけにタチが悪い。

 

「邪魔をする」

 

 三名が愚痴る最中に予告もなく四人目が入り込む。

 

「あの連中の事はどこまで知っていたのだ?」

 

 席に座るや否やミュッケンベルガーが第一波を放つ。

 

「陛下の希望で傍らに控える事になった、とは聞いた。陛下にも確認させて頂いたがそうである、と。貴公らには事前に判るようにしておくとは言っていたが同時に来たという事はそう言う事ではないのか?」

 

 四人目の男、リヒテンラーデが応える。

 

「そうか。それであの発言と陛下のお言葉については?」

 

 疑問詞に応えず、次の問いを投げかけるとリヒテンラーデが眉間に皺を寄せる。

 

「摂政とはあくまでも代理人に過ぎぬ。ご本人の口からそれが出てしまったからにはわしがそれを覆す事は出来ん。その場でご再考を求める事が出来ればよかったのだが口を出す隙を与えずに切り上げられてしまった。それもあの者達の口添えなのだろう」

 

 はぁ、とため息が漏れる。

 

「つまりは、ですな」

 

 場の最年少にして実の所、一番のとばっちりを受けている対イゼルローン要塞現場担当最高司令官であるシュヴァルベルクが口を出す。

 

「ここにいる全員があの幕僚本部に、無意識に甘く、軽く見ていた連中に一泡吹かされた訳ですな。直接の権力は持たぬが間接的であれば持つことが出来る。皆、すっかりそれを忘れてしまっていた」

 

「その通り。だが、一番立ち回りを疎かにしていたのはわしだろう」

 

 リヒテンラーデが言葉を引き継ぐ。

 

「わしが政治の中央を知り始めたのは先帝陛下のお引き立てからだ。その先帝陛下は軍事に関しては三長官に一任されており、幕僚本部とは希薄といえる関係だった。その影響でわしの方も関係を持つ必要が無いので無関心であった。先帝陛下は稀に軍に関する言葉を発せられるときもあったが彼らではなくわしに問われていたのでわしはそのまま貴公ら歴代三長官に確認を取って応えていた。幕僚本部はまことに蚊帳の外」

 

「陛下が即位されたからの関係については?」

 

「帝国の再生、御親政の為に良き教育を頼む。とは頼んだが…… 率直な所、内治に目を向けすぎていたのでな。専門外な事もあって細かい教育内容までは把握しておらぬし教育についてはベーネミュンデ子爵に任せていたというのもある。……まぁこれらは言い訳にすぎんな」

 

 珍しくリヒテンラーデが少量であるがうろたえた姿勢を見せる。政治家としては大ベテランである彼だが先帝次代から軍事に関しては主君と同じで三長官に任せ続けていた。同盟軍侵攻にしろあの内乱にしろ戦うという状況になった(した)後は軍に丸投げする事で切り抜けた。周囲の想像以上に軍事に関しては疎い。

 

「軍人事権は軍務尚書が持つものだが法律上幕僚本部人員は陛下直属故に裁可を頂かなくてはならん。今まではこちらの希望がそのまま通っていたのであろうが恐らくこれからの人事はこちらの好きにやる事は出来んだろうな。摂政権限で裁可したとしても向こうがそれに反応して陛下が動かれてしまったら余計な亀裂と混乱を起こす可能性がある。あの連中は一概に一蹴できる馬鹿ではないだけに扱いが難しい」

 

 ミュッケンベルガーの言葉に皆が頷く。つまり一致団結していたはずの政府・軍部から離れた聖域がそれも最高権力者を取り込む形でいつの間にか発生していたのだ。完全な油断であり驕りが生み出した領域である。

 

「となると……ベーネミュンデ子爵の立ち回りにも注意しないといけませんな。あちらに取り込まれていたらますます手を付けられなくなります」

 

 ずっと口を閉ざしていたシュタインホフの一言に全員が注目し眉間の皺がより深くなる。

 

「……それは、こちらで引き受けよう」

 

 リヒテンラーデが応える。軍としては関係を持ってない人だけに任せるしかない。

 

「内々の問題は問題として……現場を預かる者としては本当にやるのか? やるといたらいつからか? となるのですが……」

 

 シュヴァルベルクが更に口を挟む。つまりは対イゼルローンをどうするか? という現実問題だ。

 

「遅かれ早かれやらねばいかん事は事実。貴公には申し訳ないが大なり小なりそれに関して負い目があるのは事実だからな」

 

 ミュッケンベルガーの言葉にリヒテンラーデとシュタインホフが頷く。

 

「馬鹿正直に押し出しても回廊を舗装するのが叛徒ではなく我が軍の兵達に変わるだけです。現場を預かる身からすると勝算はまだありません、と応えざるを得ません」

 

 シュヴァルベルクが鋭く目を向ける。"イゼルローン要塞を攻略せよ"という戦略目標を決定するのは政府~統帥本部ラインでありそこから発せられる軍令によるものである。それを言われてからどう攻略するかを考えるのが宇宙艦隊司令の仕事といえるがまだ無理なものは無理と事前に線を引く。負い目を感じているチームとその後に役職に就いた者との差であり現場を預かる者によるせめてもの抵抗である。

 

「長い間放置していた回廊の状況確認及び敵の反応能力を見る実質的威力偵察。この辺りがひとまずの落とし所でしょうか?」

 シュタインホフが提案し皆が沈黙する。そしてそれは同時にその案の賛成を意味する。

 

「それを元に進めてもらいたい。それにしても……」

 

 リヒテンラーデの口からその日一番の溜息が出る。

 

「我らが代の問題は我らの代のうちに、と口には出してみたものの簡単には終わらんものだのぅ」

 

 四人の口から同時に出てくる溜息が帝国の現状を物語っている。

 

 

 

 宇宙歴七九八年・帝国歴四八九年。帝国と同盟の交わらなかった一年が終わり。次の一年が始まる。




 ここまでで七九八年が一区切り。いや、ここまでなら頑張って不定期化になる前にやっておけよ、である。
 これの投稿時点で次話は0文字。

 幼帝と皇帝がごちゃまらやのぅ。どこから線引きのルールを作っておかねばならん。

※1:摂政補佐官マリーンドルフ伯
 重要な場が揉め始めた時の調停、緩和役としてそういう事が苦手(めんどくさい)リヒテンラーデによって最近ちょくちょく引っ張り出されてるようになった。また、優秀な者を揃えた時における"凡人視線枠"にもされている。それで本来の仕事である補佐官としての時間が減るはずなのだがそれは秘書官(ヒルダ)を代理にしてやらせればいいしむしろその方が優秀だから、とも思われてしまったりしてマリーンドルフ伯は少しは怒ってもいいはずなのだがそこで怒らずにその潤滑油を受け入れてしまっている所がマリーンドルフ伯のマリーンドルフ伯たる所以である。
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