偽書・銀河英雄伝説   作:隠居おっさん

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No.63 How Many!!

 

 一枚岩と思われていた帝国軍部三長官が意見の相違を隠さなくなってきたのはこの時期くらいから、と言われている。

 

 

 

 その三長官が帝国軍初の"イゼルローン要塞攻撃"に関する報告の為に拝謁した帰り。

 

「ひとまずは"早期奪回の厳命"は回避出来ましたな」

 

 ふぅ~~、っと溜息を吐き出しつつ統帥本部総長シュタインホフ元帥が安堵の声を上げる。

 

「これで今年は自由に使える。来年の何時になるかは判らんがあと二回くらいは練習できる、といった所か?」

 

「そうですな」

 

 軍務尚書ミュッケンベルガー元帥の言葉にシュタインホフが頷く。

 

(・・・・・・・・・)

 

 二人の少し後ろを宇宙艦隊司令長官シュヴァルベルク元帥が何も言わずに見つめる。いつも通りの顔、のように見えるがいわゆる"目が笑っていない"という視線である。

 

 この拝謁に先立って三長官は摂政リヒテンラーデを交え今後の対策を協議した。今回軍部が求めていた情報・成果は得られたが(表面上の)戦略目標であるイゼルローン要塞の奪回はならなかった。やる気も無かった。しかし"今回の出撃で明確になった事"を理解してもらい機が熟するまでの猶予を求めなくてはいけない。その"丸め込み"のすり合わせである。そしてそのすり合わせでミュッケンベルガー&シュタインホフとシュヴァルベルクの意見に相違が出た。今回の出兵における成果・損失を元に前者二名は"どれだけの血を覚悟(容認)すれば押し切れるか?"を重要視した。彼らからしてみたらイゼルローン奪回は失陥時に本来首が飛ぶ所を留めてもらった以上、早期にやらねばならぬものであり"どれだけの損失で落とせるか?"という計算が成り立つのであれば明日にでも奪回を、という立場である。それ以外の問題は要塞を奪回する事でどうにでもなる。

 それに対してシュヴァルベルクは今回の結果を元にしばらくの間、断続的な泥試合を続けて同盟に負担を強いると同時に艦隊が量・質共に回復するのを待つべきという姿勢を見せていた。過程は理解しているもののイゼルローンを失い、内乱で艦隊戦力を多く失った状態で三長官職(宇宙艦隊司令長官)を拝命した立場としては同盟軍が積極攻勢を仕掛けないと判っている以上は自戦力を既定のレベルまで回復させる事を優先させたいのである。

 帝国軍は同盟軍による帝国本土進攻と翌年の内乱で大きく失われた。その数、将兵合わせて約一七〇〇乃至一八〇〇万人(※1)。これは同時期における同盟軍の損失総数よりも多い。しかも同盟軍においては地上戦要員を含めた数であり、帝国軍においてはほぼ艦艇要員なのである。尚、この一七〇〇万人というのは七九六年初頭における同盟軍宇宙艦隊一二個艦隊の総乗員数に匹敵する。貴族艦隊私兵の数も多く含んでいるが彼らは私兵ではあるが同時に領内の警備隊を兼ねていた(むしろこれが本業)ので見栄の為の過剰分はともかく警備に必要な分は再建しないといけない。艦艇は増産すればいい、兵は徴兵すればいい。しかし中堅士官&指揮官層は畑からは生えてこない。

 

(といっても現場責任者としては軍政・軍令の指示には逆らえない・・・・)

 

 一昔前は皇帝は無関心、それ故に幕僚本部は影響力を行使できず軍務尚書は事なかれ主義という事で統帥本部総長と宇宙艦隊司令長官が主導権を握っていた。今はその二人が軍政・軍令を握り、影響力をちらつかせてきた幕僚本部への抵抗や私的な汚名返上欲も加わった影響でやや前のめりになってきている。それを引き留め、焦る事なくより良い形で力を蓄える。この微妙な綱引きは本人達の気づかぬまま、嫌悪していたはずの勢力争い(派閥)の様相を見せ始める。膿を大きく取り除いたはずであるがここはやはりゴールデンバウム朝銀河帝国なのである。

 

 

 

「つかれた」

 

 玉座の上で至高の存在から年齢相当の少年に姿を変える。

 

「どうぞ」

 

「うむ」

 

 傍らに控えていた青年将校が温かいタオルを差し出し、少年、銀河帝国皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世がわしゃわしゃと顔を拭く。本来なら侍女がやるべき事だが謁見の間に侍女が待機する訳にもいかず彼が代わりに世話をする。

 

「簡単には取り返せぬものか」

 

「はい。イゼルローン要塞は帝国がその英知を集結し作り上げたもの。預かる者の愚行(※2)にて失う事となりましたが奪回するとなると三長官の申しあげます通り、それなりの準備と機会が必要となります」

 

「叛徒共も手に入れたからには失いたくはないだろうからのぅ。余なら同じような馬鹿をしないであろう優秀な者を任ずるし、同じような馬鹿はするなと厳命する」

 

「陛下は賢明にあらせられます」

 

「難しいのぅ、トゥルナイゼン」

 

「難しいものでございます」

 

「いいアイデアがあれば・・・」

 

 皇帝のぼやきに同意の表情を浮かべ、青年将校イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼン少将が応える。

 

 イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼン少将。幕僚本部所属で七九九年時点で二三歳。幕僚本部の将官としては最年少であり今年から皇帝付武官として幕僚本部との中継役となっている。今年で一三歳のエルウィン・ヨーゼフ(※3)にとっては親や祖父ではなく少し年上のお兄さんくらいの年齢差であり想定以上に心を開いてもらえている(そうなる事を願って送り込まれた)。

 士官学校を中退した彼が二三歳で少将というのは名家である貴族の御曹司である事を考慮しても異常な昇進速度である。彼本人の才能も少なからず存在していたがそれ以上に"平民風情(※4)が同年齢における出世頭になるのは言語道断"という貴族界ほぼ全体の圧迫に当時の軍務尚書エーレンベルクが折れた(面倒になって適当に対応した、とも言う)結果であり、彼自身が昇進理由にこぎつけられる程度の仕事は常に行えていた事もあり文字通りとんとん拍子の昇進となった。そして七九六年に二〇歳で准将という記録を作った後は内乱と翌年の死後痙攣騒動で色眼鏡無しで昇進に値する功績を挙げた事で少将となり、幕僚本部に引き抜かれた(※5)。現在の任務は皇帝の日頃の言動の観察及び悟られない形での幕僚本部意向の刷り込みである。

 

「さて、次は何か?」

 

「御講義の時間となります」

 

 それを聞くとエルウィン・ヨーゼフは玉座から勢いよく立ち上がり、はぁ、とため息をつく。

 

「遊ぶ時間がなくなったなぁ」

 

 と年齢相当のボヤキを発しつつ学習の間に歩を進め、トゥルナイゼンが後に続く。今年あたりから日頃の講義とは別に、皇帝としての仕事も少なからず行うようになっていた。といっても特別な判断等が必要なものではなく儀礼的なもの、今のように特別な話を聞く事などである。二年後の八〇一年に引退し親政を開始して頂く事を考えているリヒテンラーデによって計画された順々に政務に慣れてもらう為の配慮である。学習のみ、政務のみのどちらかであれば都合もつけやすいがまだ学ばなければいけない事がいくらでも存在し、そのあおりを食うのは自由時間である。こればっかりはリヒテンラーデも癇癪持ちをある程度押さえれるように育ててくれたベーネミュンデに深く感謝している。

 

「では」

 

 学習の間に入るエルウィン・ヨーゼフをトゥルナイゼンが見送る。皇帝付、とはいえ常時傍にいるというわけでもない。権力者に常時張り付いている近習が非明文化の権力を得始めるというのはどこにでもある風景であり、それを防ぐために付き人は交代制になっている。

 

(本部で事前に聞いていた事ばかりだったし、特に報告する事はないな)

 

 本部に戻ろうと歩を進めると逆に学習の間に進む一団とすれ違いそうになる。普通は軽い会釈を行う程度であるが相手が相手だったので道を譲る形に横に寄り正規の敬礼で迎え入れる。

 

「お疲れ様です」

 

 その人、科学技術総監アントン・ヒルマー・フォン・シャフト技術大将が返礼しつつ声をかける。

 

「これは、御講義に使うものですか?」

 

 シャハトのスタッフが押している荷台に乗っかった軍艦やら施設らしきモデル類を見つめ。ついついトゥルナイゼンが聞いてしまう。

 

「はい。やはり手に取れる物というのは学習意欲にとても大事な事ですので」

 

 その回答にトゥルナイゼンが"うんうん"と頷いてしまう。ホログラフがいくら発達したとしても手に取れる物と取れない物の差は大きい。それこそ一〇〇〇年単位で同じように作られているのではと思われる知育玩具は今でも身分に関係なく子の学を育む。

 

「では、時間がありますので」

 

「これは、失礼しました!」

 

 慌てて再敬礼しつつ、シャフトらが通り過ぎるのを見送る。

 

(御講義とはいえ、今の陛下のご年齢を考えると軍艦なり要塞なりそういった軍事技術には興味を示されるだろうな)

 

 自身の幼年学校時代を思い浮かべながら歩を進めるが、はたと止まる。

 

「はて?」

 

 ついつい小言を口に出して首をかしげる。

 

(確かあれは要塞のモデルのはずだが・・・・外周にあんなごてごてした物がくっついた要塞はあったっけか?)

 

 

 

「何かあったか?」

 

 軍務尚書としての執務室に戻り、席に座るや否や一言だけ聞く。

 

「特に。本日中に裁可が必要な書類についてはいつもの所に」

 

 軍務尚書補佐官パウル・フォン・オーベルシュタイン准将が己の席に座ったまま応える。すぐ近くの席とは言え声が小さい方であるオーベルシュタインの声が聞こえるくらい、他が静かすぎる職場である。

 

「そうか」

 

 それだけ応えてデスクにいくつかまとめて置かれている束からその"要本日中裁可"となっている書類を取出し、読み始める。書類は事前に補佐官としてのオーベルシュタインが目を通しており、案件ごとの各二ページ目に所感メモが付箋として貼り付けられている。ミュッケンベルガーはそれを見ないように剥がすと最後まで読み、裁可内容(認可・拒否・要確認)を決めてから付箋の内容を確認する。恐ろしい事にオーベルシュタインの所感は大抵の場合ミュッケンベルガーの気づきには気づいており、気づいてない所に気づいている。そして裁可内容が異なる場合、ほぼほぼオーベルシュタインの言い分の方が正しい。それでもそれを見ずに裁可内容まで一旦決めるのはそれを最初に見てしまうとその通りに進めるだけになってしまうからである。操り人形にはならない、やると決めたからには少しでも政務能力を身に着ける。それを決めたミュッケンベルガーによるささやかな抵抗である。

 

「オーベルシュタイン」

 

「は」

 

 丁度"要本日中裁可"案件が片付いたのとオーベルシュタインが追加の書類を持ってきたタイミングが重なった所で声をかける。

 

「出来る限り早く低損害でイゼルローンを奪回せよ、と命じられたらお前はどうする」

 

「・・・・・・・・・」

 

「いや、すまん。聞かなかった事にしてくれ」

 

 いつも即答なこの男であるが流石にいきなりだったのかこの短時間の無反応となりミュッケンベルガーが切り上げ、オーベルシュタインは無言の会釈の後、己の席に戻る。

 

(さて、どう組み立てて行くか)

 

 シュヴァルベルクは明らかに嫌な顔をした。恐らくメルカッツもこちらよりあちらに近い心情だろう。しかし今考えている規模の動員となるとこの二人のどちらかが総指揮をとらないといけない。シュタインホフのみに事前計画を任せる訳には行かない、戦術面の組立もある程度こちらが介入して進める必要がある。ある程度固まれば統帥本部次長兼参謀長であるアーベントロード(こちら寄り)を通じてコントロールする事は出来るので今年中はその準備で忙しくなるだろう。

 しかしそれからしばらくの後、シュヴァルベルクから納得するしかない新参謀長人事の要請が来ることで線の一つが断たれる。元々シュヴァルベルクが新任を見つけられなかったからアーベントロードが兼任していただけであり申請があれば受け入れざるを得ない。こうしてゆっくりとではあるが銀河帝国軍の中に溝が出来始めていくのである。

 

 

 

 

 

おまけ

 

(・・・・・・・・・・・・・)

 

 オーベルシュタインはいつもの表情を崩さず。実は内心ほっとした心情で席に戻った。

 彼はイゼルローン奪回策を考えた事がある。失陥直後、旗艦から逃亡するシャトルの中である。

 

(あれくらい、奪い返そうと思えばいつでも奪い返せる)

 

 そう考えた。その時はそう考えたのだがそれは今、客観的にみると"そう思い込もうとしただけ"だ、と今の自分が糾弾する。当時の彼はそう考えないとやっていられない程にその後について悲観的だったのである。如何せん頼れる所が何処も無い状況での責務放棄であり敵前逃亡である。一旦目の前にある絶対の死から逃れる事にしたがその後はさっぱりである。心穏やかになれるはずがない。

 その後、てんやわんやの末に死を免れて宇宙艦隊司令部所属という栄転とも捉えかねない転籍となる(階級は落ちたが)。そこからはとにかく自分の立ち位置を確保する事を最優先とし行動してきた。銀河帝国に対する思いは今も奥底では変わらないはずだが如何せん死んだらおしまいである。己の主体的行動の末に死ぬのであればまだしもあのような死に方に納得はできない。現実主義者としての彼の精神は必要ならばその奥底にある感情を横に置けるくらいの太さがあるのだ。

 そして今、彼は"悪くない"といえる所にいる。銀河帝国そのものに手を付けられないが何とか滑り込んだその組織は銀河帝国に奥底にある感情を抱くにいたった原因なり要因をそれなりに破壊してくれたし、今自分の職務で見える範囲のそれも遠慮なく潰し、叩く事が出来ている。自分自身は一番上に立てない事は判っている。なので誰かの傍に立ち、それを実行する必要がある。"一番上に立とうとしている者"の傍ならば結果として全てを壊せるかもしれないがそういうのがいない以上は自身を使ってくれる人(それが難しい)の元で手を出すしかない。その人が一番上への色気を出してくれればいいが今の所、そういう人には巡り合えていない。

 

(少しは考えておくべきか)

 

 そう思ったのだがその後ミュッケンベルガーから話を振られる事は無かった。そもそも納得されるであろう常識の範囲内での回答をオーベルシュタインは見つける事が出来なかった。彼は元々純粋な戦術に長けている訳ではないし、謀においては何かを仕掛けられる材料もきっかけも落ち着いてきてしまった同盟領イゼルローン要塞に見いだせなかったのである。





※1:帝国軍損失者数

 七九六年+七九七年

 同盟軍帝国領侵攻に対する迎撃
  正規軍:約二〇〇万弱
 帝国内乱
  正規軍:約四七〇万
  盟約軍:約一〇三〇万(正規軍からの参加者+貴族艦隊私兵の合計)

 合計:約一七〇〇万(+アスターテ&イゼルローン失陥分) ほぼ全員艦艇要員


 比較(同盟軍)
  アスターテ:約一五〇万
  同盟軍帝国領侵攻:艦艇要員約五〇〇万、地上戦要員約七〇〇万
  内乱:約50万

 合計:約一四〇〇万(艦艇要員約七〇〇万、地上戦要員約七〇〇万) 侵攻作戦での捕虜を含む、その一部は後の捕虜交換で帰還


※2:預かる者の愚行
 イゼルローン要塞の失陥責任は現場が馬鹿をやった。(形式上任命権を持つ)皇帝や軍首脳部に不備は無く、現場がそれを完全にぶち壊した、現場がすべて悪いという形にしている。駐留艦隊司令官は戦死、捕虜となった要塞司令官は隙を見つけ自決。生存した司令部幕僚達は一部を除いて左遷。

※3:一三歳
 何度か書いていると思いますが父であるルードヴィヒの死亡年との整合性を付ける為、エルウィン・ヨーゼフは七八六年生まれとしています。原作1巻開始(アスターテ会戦)が七九六年で一〇歳。原作設定だと七九六年で五歳。

※4:平民風情
 とある赤毛の完璧超人
 二〇歳で大佐になった後は二三歳になった今年まで階級据え置き。軍政責任者として任命権を持つ現軍務尚書ミュッケンベルガーは「年齢的にまだ記録的なものだけどもうそろそろいいかな?」と考えているが平穏状態となってしまって名目が作れず、機会を待つ状況になってる。決定権を持ったが故に贔屓(と見られる)人事はできないのである。
 ※原作ではミッタマイヤーが二六歳くらいで准将となっており、この昇進速度に注釈がついてない事からそれよりも少し若い年齢が"記録"だと思われる

※5:幕僚本部からの引き抜き
 貴族意識の高い(=門閥貴族的思考)が首には出来ない程度に頭の良い馬鹿のストック(島流し)先としても使われていた幕僚本部が勢力拡大のチャンスを得て動き始める過程で見つけた名門貴族御曹司にして実力のある出世頭を同士として引き抜きにかかり、元々意識の高いトゥルナイゼンがその話に乗って移籍となった。形としては"陛下のご希望である"という大義名分を見せつけての人事依頼となるので人事権を持つとはいえ軍務尚書はその通りに通すしかない。尚、人の見る目に定評のあるシュヴァルベルクの評価は"一つ二つ、適度な失敗なり挫折を体験できれば大きくなれるがそうしないとどこかで大きく躓くよ。あの性格は"である。なので提督候補からは外れており、引き抜かれても特に痛くないという態度である。
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