偽書・銀河英雄伝説   作:隠居おっさん

68 / 79
2024/12/11:FGOのボックスが開始するまでに中途半端な状態にしたくはなかったので頑張った。今年最後の更新。


 専制国家の実質的最高権力者を数十年も務めてしまう真面目で優秀な働き者。そりゃあ限界があります。


No.65 暗礁

 

「家を残してやっただけでも温情だというのにやれあれが足りん、これがつらいだの……」

「軍も軍だ。統一されているからこそ任せているというのに内輪もめを始めおって……」

「なんなんだあの幕僚本部とやらの連中は。余計な所まで首を突っ込んで余計に事をややこしくしおって……」

「あの子爵殿も陛下のご即位で満足すればいいものの女官長の如く仕切りおって。外戚が形成されたらどうなると思っているのだ……」

「それにしても」

 

 

「私は今、あなたの脈と血圧を測っているのですよ」

 

 

 割り込んできたその言葉を聞いて吐き出しかけたものを止める。目の前には一人の医師が"怒"の感情を込めた視線を射抜いてきそうな圧力で向けている。

 

「す、すまぬ」

 

 ばつが悪そうに眼を逸らし。無駄なあがきとして軽く深呼吸をし始めるその老人、銀河帝国摂政クラウス・フォン・リヒテンラーデは今、定期健診の真っ最中である。

 

 脈と血圧を測りつつ、いくつかの定例的な質問を行い、事前採取した血液検査の結果などを横目で確認する。

 この医師はリヒテンラーデ家に仕え、その一族の医療管理のみならず食事の栄養管理や精神的なメンタルケアなど幅広く関与しており、家中においても一目も二目も置かれる存在である。そうでなければこの老人、帝国の実質的最高権力者である男を相手に"怒りを込めた声で黙らせる"なんて事は出来ない。その医師が色々な情報を頭の中で織り交ぜながら心の中で溜息をつく。彼はメンタルケアも受け持っている。なのでこうやって好き勝手に喜怒哀楽を含めた胸中を語ってもらっているし思わず語らせてしまう話術も身に着けている。クラウス・フォン・リヒテンラーデも当然ながらその対象であり、長く仕えていてそれなりに心を許しているのか結構感情を込めて色々と吐き出している。あまり感情を表に出さない人、と周囲には思われているがこれでもそれなりに人としての感情があり、怒鳴り散らしたいけど出来ない時の鬱憤晴らしをする時もあれば事が上手く運んだ時などテストで良い点を取った幼年学校生の如き陽気さでその内容を語ったりする。しかしあの内乱終結後少し経過したあたりからその喜怒哀楽の喜楽と怒哀の比率に著しい不均衡が生じ始めている。最近に至っては怒とその他といってもいい状況になってしまってた。

 そのような精神的疲労も問題だが肉体的問題も無視できない状況となっている。今年で七八歳という年齢を考えれば比較的元気と言えるのであるがそれは普通の生活をしていれば、である。帝国における平均寿命とその健康状態においては上流・中流・下流の各層における差が顕著である。公的に受けられる医療レベルに差があるのだからこれはどうしようもない。あれだけ上級層に虐げられると判っていながらも下流平民層の希望就職先上位に軍属関係があるのは軍属であれば身分を問わない医療体制(食事そのものも含む)などが用意されており、生き延びられれば少なからずの身分や栄誉を得られるからとも言われている。当然ながらクラウス・フォン・リヒテンラーデが受ける事の出来る医療は帝国でも最上級の物でありその健康維持に大きく寄与している。といっても七八歳である。普通なら何もかも後継に託し、気楽な隠居と洒落込んでも誰も文句を言わないだろう。しかし彼は目標としているその時まで、つまりは少なくとも来年の末まではこの現役生活を続けるつもりである。現皇帝が即位し、その目標を掲げた時にはまだまだ元気だしそれくらいまでは持つんじゃないかな? と思われており、今もそう思われている。だがこの医師からしてみたらそんなことはない。だからこうして顔を合わせ、体について何か色々と行う際にいつもいつもこう言わざるを得ない。

 

「もう少し、お仕事の量を減らせないものでしょうか?」

 

 そしてしかめっ面でこう言い返される。

 

「いつもいつもそれだな」

 

 と。

 

 はぁ、とため息をつく。結局はいつもの健診で終わってしまった。リヒテンラーデはまだ健康であるが年齢相当の衰えははっきりしている。管理している数値にも出てきている。仕事をしたいというのであれば低下する体力に合わせて仕事量も減らすべきなのだがその仕事量はむしろ若干ながら増え続けている。下り坂の体力と上がり坂の仕事量の線が入れ替わった時、加速度的な悪化が表面的にも表れてくるだろう。今は交差する寸前ではあるがそれは本来若者が過重労働を一時的に凌ぐ際に使うような強めの栄養剤を服用する事で衰えて来た体力と減り始めた食事量をカバーしている。が、栄養剤などはあくまでもサポートの代物であり主栄養源とするものではない。更なる補助を求められたら一体どうやっていけばいいのだろうか? 医師としての経験で知っている。この年でバランスが決壊したら本当に、人間ここまで短期間でと言いたくなるような速度で衰え、弱るのだ。この人とて例外ではない、この人もただの八〇近い老人なのだから。

 

 

 

「まぁ、軍務尚書がそれで良いというのであれば良いのであろう」

 

 そう呟くとリヒテンラーデはその書類にサインをして印を押す。この最終決裁によってガイエスブルク要塞は一時的にその管理運用権が科学技術総監部に移管された。

 

 ガイエスブルク要塞。現在の銀河帝国支配圏における最大の要塞はあの内乱後、元の運用法であるイゼルローン方面軍航路の支援拠点(補給・整備等)として再稼働した。のだがそれ以外は最低限の整備をした後、完全に手付かずとなった。支援拠点として必要な艦艇駐留施設、整備工廠施設、ミサイル等の軍備生産施設などは内乱時の戦闘でも破壊されておらず、支援拠点としての再開を最優先とされていた為にその他については後回しとなったのだ。つまりあれから一年以上、陸戦隊突入の為に開けられた(破壊された)大穴も、その周辺でうち壊された防衛設備もそのままだったのである。そして流石にこのままという訳にもいかず、修繕しようとした際に横から入り込んできたのが科学技術総監部だった。曰く、

 

「イゼルローン要塞の完成後、僅かに行われた修繕作業を除き要塞級施設の大規模建造・改修業務は発生しておらず、もはや記録のみと言っていい状態になった各技術の継承が極めて難しい状況となっている。この際、技術の再確認・継承・技術者育成の為にこの要塞修繕作業を科学技術総監部主導で行わせていただきたい。本来は軍施設系からとなる修繕予算についても科学技術総監部側から可能な範囲で捻出する。修繕以外にも教育を含め色々と行いたい事があるので出来れば一時的に要塞の管理運用権をお預けいただきたい。重要技術等については機密情報の問題もあるので一旦、支援拠点としての運用も停止して頂いて要塞領域一帯を管理下にさせて頂ければさらにありがたい」

 

 との事だった。これに対し軍務尚書ミュッケンベルガー元帥は胡散臭さを感じたものの修繕そのものはいつかやらねばならない事だしやるとしたら一時的に支援拠点としての運用も止めるつもりであった。ならば予算を一部出してくれるという事だし面倒な作業を渡してしまっても差支えはないだろう、とその提案を飲む事にした。期限は本年末まで。可哀想なのは新任の要塞司令官(という窓際名誉職)になったカルネミッツ上級大将(大将より昇進)が機密保持の為にその期間ほとんど要塞住まいになる事だが大した問題ではないとしてそのままとされた。それよりも問題は次の出兵である。

 

 

 

「自分で考えた編成なのだが本当に大丈夫かね?」

 

 ちょっと無責任気味に首をかしげたのは宇宙艦隊司令長官ルプレヒト・フォン・シュヴァルベルク元帥。交戦予定七月中旬程度を予定している次期出兵計画の最中である。この出兵計画も前回同様の情報収集が主な目的となっているが意識の違いによる温度差がやはり発生してしまっている。出兵としては本土から三個艦隊、そしてアムリッツァ駐留艦隊のバックアップで合計四個艦隊。だがアムリッツァ駐留艦隊は後方支援なので前面に出る事はない。本土からの三個艦隊は

 

 シュターデン大将(総司令)

 フレーゲル中将

 ロイエンタール中将

 

 の三人。前回同様、昇進査定を含んでいる。ファーレンハイトが予定通り大将に昇進した事により中将の最先任と次席はこの二人になっている。のだがこの二人共、色々と含むものがある。

 前者はいうまでもなく実力そのもの。就任当時の周囲の予想を大きく裏切り、思った以上にこの職を真面目に遂行する努力を怠らない、これは素直に喜ばしいものである。先の死後痙攣の際には実質司令官と言われていた参謀長無しで事を乗り切り、艦隊司令官としても及第点を与えてもいいという評価になった。が、あくまでも一つの艦隊司令官としてであり複数艦隊を指揮する可能性のある大将となるとまた別問題。ならそう急いで昇進を考えなくてもと思いたい所だが現在の艦隊司令官達の階級層において大将以上の数が不足しており(※1)、バランスの為に誰かしら上げないといけない。しかし彼ら以降の着任となると安易に大将に出来ない平民だったり任期として日が浅かったりと適任者無しなのである。故の消極的候補となっている。

 そして後者、ロイエンタール中将に関しては能力そのものは何も問題はない。しかしシュヴァルベルク個人の都合によりロイエンタールは大将昇進即参謀長就任というラインが考えられているのである。軍務尚書や統帥作戦本部長との意見の溝が原因ではあるがシュヴァルベルクは現場の長として軍務尚書&統帥作戦本部総長による対イゼルローン強硬論に何とかして抵抗したいという考えを持っている。その為には十分な論理武装が必要であり、その構築には司令長官の片腕とも言うべき参謀長の協力が必須である。しかし、現在参謀長をミュッケンベルガー時代から長く勤めているアーベントロート(統帥本部次長兼務)は完全にあっちの派であり協力体制を作るのは難しい。幸いにも参謀長後任適任者がいないからという理由で現職が続いている状況であり任ずるに値する後任者が推挙されればそれを尊重すると人事権を握る軍務尚書からは(溝が出来る前に)言質を得ている。そこにロイエンタールを押し込もうという訳である。これはロイエンタールが丁度昇進候補になったという事と目に見える中将層で参謀長への適正がありそうな貴族(参謀長という重役になるとやはり貴族・平民の壁がある)である事、そしてあちらではなくこちらに付いてくれるであろうという予測。これらを含めた期待である。艦隊編成上の階級問題の調整(これは軍務尚書や統帥本部総長と意見は一致している)の為の昇進試験後に引き抜いてしまうと後任が当然ながら新任中将になってしまうのが問題だがそれは先送りにするしかない。

 そのような思惑の交差があるのだが問題はそれだけではなくこの出兵そのものにも含まれている。そもそもこの出兵は軍務尚書&統帥作戦本部総長ラインによる対イゼルローン強硬論における回廊への兵力展開限界量の確認、という側面が存在している。アムリッツァ駐留艦隊を含めた四個艦隊というのは同盟軍が行ったイゼルローン要塞攻略戦における最大動員数(※3)に匹敵する。これだけの数を動員して回廊内でどれだけ現実的・論理的に艦隊を動かす事が出来るか? という調査である。本番では恐ろしい事に"その倍"は動員し"数割から半数は失われても要塞を奪回できればいい"とすら考えているらしい。言うまでもないが近年の対同盟大規模会戦や内乱等による中堅人材の枯渇は残り三個艦隊の復旧により崖っぷちとなり予備役士官人員は底をつく。本来は能力不足などで肩を叩いた者達を連れ戻してのこの状況でさらにそのような人的損耗をされたら要塞を奪回できても一〇年二〇年は防戦以外の何もできない。ましてやその攻勢に失敗した時など首が物理的に飛ぶ。そのような事を起こさせない為の根回しなりなんなりをそのような事に近づく準備作業出兵の中でやらねばならぬのだ。

 

 素直に丁寧に事を進めようとさえすれば大事には至らんというのに面子に目を曇らせおって、とシュヴァルベルクが怒りを覚える最中にその軍務尚書から確認書類が一つ届き、苛立つ目でそれを読み込む。そして、

 

「ふんっ! 勝手にやってろ!」

 

 とその内容確認"ガイエスブルク要塞の一時的管理運用権移管について"の書類に殴り書きでサインを入れ叩き返した。

 

(今、大事な事はこっちだ。そんな事に構っていられるか!)

 

 その時はそれしか考えていなかった。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………あ、あの……」

 

 三人の提督たちが席を囲むテーブルでその沈黙に負けて最初に口を開いてしまったのは最年少であるフレーゲル。

 

「二人とも今回の目的と元帥からのオーダーとその背景については理解していると思ってもいいな?」

 

 最年長であるシュターデンが口を開き、二人が頷く。

 一通りの内示や情報等を受取り、今後の為の顔合わせとなったのだが表情は暗い。

 

「わしははどうやら言われた通りの事をやればいいだけなのだが貴公らは異なる。"実質的に司令官なしで何とかしろ"と言っているようなものだ。率直に言って大丈夫なのか?」

 

 二人に目配せする。

 

「私が後任に推挙したベルゲングリューン少将は出来る男です。しかし実際にそれをやる事になったら出来るとは思いますが今まで私はそれだけの事をやらせた事はありません」

 

 まずは一人目、ロイエンタールが応える。

 

「中の下から下の上くらい。というのが自己評価です。ただの劣勢、小さな敗北で済めば良いのですがその過程の失敗で大きな物を食らわないという保証は正直できません」

 

 そして二人目、フレーゲル。

 

「あの方も強硬論に反したいのは判る。しかしその為の根回し、下地作りで余計な損害を出しかねないオーダーを出してどうする…………」

 

 シュターデンが愚痴る。

 軍務尚書&統帥作戦本部総長ラインと宇宙艦隊司令長官の意見相違とその内容について現役の艦隊司令官達は大筋把握しており基本宇宙艦隊司令長官寄りの姿勢である。現場の者として現状の各艦隊の平均練度でそのような強硬論は受け入れられない。しばらくは受け身の姿勢を取って基礎練度や中堅士官の質の向上を図るべきである。シュタインホフ元帥はまだしもあのミュッケンベルガー元帥がそんな焦りを見せるとは……と一部の提督からはやや冷めた目で見つめられ始めている。

 

「私なんてもう出世は不要ですし世情が落ち着いたら優秀な者に譲って閑職なり予備役でもいいのですが……」

 

「貴公の存在は色々と"便利"なのだからそれは諦めろ。国が不要と判断するまでは逃げらんぞ」

 

 フレーゲルの愚痴をシュターデンが一刀両断する。

 

「それで、どこまで私などは手を出して良いのですかな?」

 

「危険を感じたら躊躇わずに出せ。出し過ぎだと後日言われるのであれば私が命令したから、という事にして良い。そちらも参謀長にはそう伝えておくように」

 

 ロイエンタールの質問に応え、フレーゲルにも伝達する。この出兵に関して宇宙艦隊司令長官シュヴァルベルク元帥はひとつのオーダーを出した

 

「ロイエンタール中将とメックリンガー少将はこの出兵の後、昇進させたうえで参謀長・副参謀長として貰い受ける。ロイエンタール中将は艦隊内で次期艦隊司令官に相応しい者を一名推挙すると共に艦隊指揮を預け、可能な限りこれに任せるように。フレーゲル中将は参謀長の手を借りず、自身の判断で指揮を取るように」

 

 これが二個艦隊に対する"実質的に司令官なしで何とかしろ"という内容である。そしてシュターデンに対しては複数艦隊を正面に展開させた場合の論理的な運用。シミュレーションで弾き出した"出来るはず"の機動が出来るかの実演。これに関しては理論派であるシュターデンならこその任務であり、本来これは軍務尚書&統帥作戦本部総長ラインからのオーダーなのだがシュヴァルベルク達現場派としても必要となるデータなのできちんと経験は得ようとする。

 

「二派から睨まれない程度にオーダーに従いつつ逆らって損害を減らすしかあるまい。論理などからかけ離れた臨機応変と言う奴だ」

 

 近年やっと論理だけではどうにもならない事は色々あると判って来たシュターデンが苦笑いを浮かべながら呟く。

 

(しかし、これでは指揮官クラスの"士気"はぼろぼろだな。戦う前から止めたがっている)

 

 三名はだだ下がりの士気を自覚しつつ出兵の準備を何とかして進めていく。しかしこれがまともに成功するとは誰も思っていなかった。

 

 

 

 結局の所、この出兵は上がらない士気、精彩を欠いた連携、損害を極端に恐れた用兵、何一つ展望の無い戦いとなる。

 総司令官と艦隊司令官の分離、最適化された指揮系統による明確且つ適切な連携、個の司令官としての技量の差。全てを整えて待ち構えた同盟軍によりいいように翻弄され追い払われる事になる。不幸中の幸いなのはその混相を収める為にそれこそ必死にやりくりしたシュターデンの総指揮が"いい練習になった"という情けない経験値であり、被害を恐れるへっぴり腰が損害を最小限に抑えた事であり、結果として"これだけ混乱してもこれだけで何とかなったという事は今後も任せても大丈夫なんじゃないか? "とよくわからない理由で"実質的に司令官なしで何とかなった"と判断された事である。ただただ、何とも言えない不満と不安だけが残った。それがこの出兵の顛末である。

 

 

 

「あのような仲違いをして今後の軍部はどちらを信用すればよいのだ……」

「マリーンドルフ殿は善き人だ。だが善いだけでは政治は回らん。時には適切に切り捨てる事も必要だがあの御仁は苦悩する没落貴族共を何とかできないかと思っている。それでは駄目なのだ……」

 

 ぶつぶつと呟くように言葉を発す老人。リヒテンラーデの愚痴から怒が減った、そして哀が増えた。いや違う。哀を怒にするエネルギーが無くなってきているのだ。と医師は判断する。医師も探りは入れている。仕事量は変わっていないが一人で作業をする事が増えている。恐らく見せられない状況で仕事を進めているのであろう。人と合う時は変わりが無いように見えているらしい。一人でいる時に温存した気力・体力で見栄を張っているのだろう。

 あれから半年も経過していないがその憔悴を隠すのは限界に近づいてきている。低下する体力を減らない仕事量が追い抜き、その差が広がり続けているのだから後は坂道を転げ落ちるだけだ。八〇近い老人なんだから身の程をわきまえよ、と叫びたくなる。

 顔を近づけてみると目元のクマが皺で隠せなくなりつつある。食欲の低下、それに伴う体重の低下、それを補う為の栄養剤や点滴の過剰摂取。老人が一度落してしまった体重・体力を取り戻すのは簡単にはいかない。言い続けても聞かなかったが流石にこの辺りが限界だ。医師としてやるべき事はやらないといけない。

 

「現状の継続を認める訳にはいきません、ドクターストップです。仕事量を減らし、休暇日を設ける事。必要ならば私がじかに政府に赴き、関係者への説明を行います。お仕事をその時まで続けたいのであればこそ、そこまで持たせる事を考えて逆算して仕事量を整える事です。後継へのお仕事の委譲を兼ねて、仕事量を減らしま」

 

「駄目だ!」

 

 最後まで言う前に遮られる。今年に入って半段階ほど細くなった両腕が医師の両肩を掴み、その細さ以上の圧力で締め付ける。

 

「"わし"がやらねばならぬのだ。その時までにやるべき事を"完遂させねばならん"のだ。休んでなどいられるか」

 

 充血し始めた目をひん剥いて老人が叫びにならない叫びをあげる。老人は気が付いていない。この老人はあの内乱に終わる目途がついたとき嬉しそうにこう語った

 

「あとは"我々が"その時までに状況を整えてやるべき事を"次代に託せるようにする"だけだ。まだまだ休めんぞ」

 

 と。自分達の代がその代の問題を片付けて次代への道筋を作る。そのはずだった。"我々"が"わし"になり"次代に託す"が"完遂させる"になった。恐らくその違いを説明しても聞かないし理解も出来ない。判断能力低下と硬直化だがその状態でも優れた思考回路は回り続ける。制御不能のエンジンみたいなものである。今は気の抜ける相手の前なので心のストッパーなしの"ただの暴走"状態なのだが仕事となると気力でそれを押さえつけ表面上はいつものままなのだろう。しかしそのストッパーが壊れるのも時間の問題だ。そうしたら周囲も"少しおかしいな"が"これはもういけない"になる。そうなってからではもう遅い。今、それを知り止められるのは自分だけである。元々仕事一筋であり家族との触れ合いも少なく、その家族からはある意味恐れられている当主なので家族が止める事も不可能だ。

 

「そうとは言いましても物事には限界がありまして、こちらに現れます通り……」

 

 と無駄なあがきと判りつつも色々な数値の変遷を乗せたリストを見せて現状を理解してもらおうと試みる。

 

「そんな事はどうでもいい」

 

 あっけなくそのリストが払いのけられる。

 

「まだ倒れる訳には行かんのだ。その時まで立ち続ける為に必要な処方さえ出せば良い。まだそういう手は残っているのだろう?」

 

「ありません。現実問題、あなたはもう倒れていると言っても過言ではない状態です。今あるもので倒れてもおかしくないのを無理矢理立たせているだけなのです。通常出しうる手は全て出しています。それでも持たないからドクターストップをかけているのです」

 

 老人の目が光る。

 

「通常の手は出した、か」

 

 その声が呪詛のように絡みつき医師は己の失言を悟る。

 

「長い付き合いだからのぅ、知っておるぞ。貴様がわざわざ"通常の"とか"普通の"という言葉を使う時は"そうではないもの"が他にある時だ」

 

「ありません!」

 

「あるのだな!!!!!」

 

 再び老人の両手が医師の肩に乗る、しかし肩は掴まずに手のひらが内側に向いている。そのまま両側から締め付けるが如く。

 

「ありません!」

 

「出せぃ!!」

 

「嫌です!!!」

 

 両手がゆっくりと内側に迫る。

 

「あれは寿命の前借りです。出す訳にはいきません」

 

「前借り?」

 

 一瞬、全てが止まったかのような仕草を見せてからニヤァとした笑みを浮かべる。

 

「前借り? 良いではないか。その時まで持ちさえすれば、その後の事などどうでもいいわ。用意せよ」

 

「お断りします」

 

「…………医師と患者ではない。当主として家人に命ずる。出せ」

 

「出せる訳ないでしょう。あれの成分にはサイ……」

 

「命令だ。出せ。さもなくば家族もろとも死ね」

 

 

 銀河帝国摂政クラウス・フォン・リヒテンラーデは珍しく一週間程度の長期休暇を取った。いきなりの事で周囲も困惑したが"疲労の蓄積による過労、一旦リフレッシュさせる必要があります"と暗い表情の専属医師が説明に回り、関係者もそれなら仕方ないと諦めた。"常識的な疲労困憊の姿"は周囲からも明らかだったからだ。そして休暇から復帰したリヒテンラーデは元気に職務復帰する。"年齢相当の身体の萎みや皺の増加"は仕方ないにしても身体から醸し出すエネルギーはすっかり元通りになった。

 

「流石に仕事をし過ぎたか、休んでみるものだな」

 

 と元気に語るリヒテンラーデの姿を見て周囲の物は「元に戻ったとはいえ元気なものだ」とはんば呆れかえったかのように笑うしかなかった。その時はただそれだけだった。

 




次とその次はちょっとサイドストーリー的なものになる予定。
やっと外堀を少し埋める作業が出来る。

 メックリンガーも引っこ抜かれる事になったのは同盟軍帝国領侵攻作戦の迎撃時に艦隊参謀長として送り込まれて以来、ずっとそのままだったから。当時から平民の昇進レースとして上位にいた(平民ではあるが芸術家としての知名度や交流の広さから当時の貴族達からも評価されていた)にもかかわらず編成の都合上ずっと少将だったのでいい加減に昇進させないと後ろがつかえてきてしまっていた。いい機会なので、という事である。

※1:現在の艦隊司令官とその席次(階級横の数値)

シュヴァルベルク元帥
メルカッツ上級大将1
グライスフ上級大将2
クエンツェル大将1
シュターデン大将2
ファーレンハイト大将3
フレーゲル中将1
ロイエンタール中将2
ケンプ中将3
ミッターマイヤー中将4
シュタインメッツ中将5
ハウサー中将6
ビューロー中将7
アイゼナッハ中将8 ※2
ビッテンフェルト中将9

 ここから更に三個艦隊が復旧予定で中将が就任予定。一八人中一二人が中将は多すぎるだろ、という編成問題になっている。
 艦隊司令長官(シュヴァルベルク元帥)、副司令長官(メルカッツ上級大将)、帝都防衛(グライスフ上級大将)以外の一五個艦隊を上級大将or大将+中将二人の三個艦隊×五の構成にしたいと計画している。なので少なくとも二人は中将から昇進させる必要がある。

※2:アイゼナッハ
 No.18や56の末尾参照 のオリキャラ(フィリップ・フォン・アイゼナッハ)ではなく原作の沈黙提督のエルンスト・フォン・アイゼナッハ
 この時期に艦隊を譲り受け、フィリップは後方支援系部署(同盟で言う所の後方勤務本部)の重役に異動

※3:最大動員数
 約五一四〇〇隻(第五次イゼルローン攻防戦)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。